夜空に丸い赤い月が浮かんでいた。今日は赤い月が出て5日目である。

大きな赤い月は人の心を騒がせる。

こんな夜に一人さびしく月を眺めるとは、なんとも情けない話なのだが、病み上がりの身ならばしょうがないことだった。


ここは同じ蛇の国でもラクシュミ王の時代よりもはるか昔。

蛇の国がザクート王の時代ほどではないにしても、かなりの力を保っていた時代のことである。

バルコニーで月を一人眺めていたのはドルイドだった。



今年はディランはどうしたんだろうなあ・・・女性関係はさっぱり教えてくれないんだからな・・・・



ドルイドはそんなことを思っていた。未だ一番騎士の座を維持しているディランは女性にももてもてなはずなのだが、

女王陛下以外の女性関係はドルイドにもよくわからない。本人に聞いても「さあ」と言ってはぐらかすばかりだ。

今年からは女王陛下が赤い月を騎士達と過ごすことにしたので騎士連中の間ではえらい盛り上がり用だった。

それもドルイドには関係のない話だ。今のドルイドは第4騎士ではない。体の状態が思わしくなかったために、最近あった

騎士のトーナメントでも順位をおとしていた。50位以内にも入ってはいない。いわば順位外の騎士だ。

今はディランが第1騎士、フークスが第2騎士、レイアスは変わらず第13騎士、ルークがちょっと順位をあげて第20騎士に

なっている。


ドルイドの体調は一時に比べれば回復しているば、未だ本調子ではない。赤い月を女性と過ごす元気もなく、

一人さびしい夜を過ごしていたのだった。


「寝るか・・・」


ぼんやり月を眺めていても仕方がないと、ドルイドは寝室に移動した。瞬間移動で部屋に入ったドルイドは、

自分のベッドを見てぎょっとした。その驚き用も並ではない。壁に背中がつかんばかりに後ずさっていた。

「え？ヴィヴィヴィ、ヴィラルージュ様！？」

自分のベッドに寝ていたのは銀色の髪の女性だった。その神々しい力は女王ヴィラルージュ以外にはない。

「おおーやっときたか、ドルイド」

驚くドルイドとは正反対にベッドで寝転んでいた女王は落ち着き払っていた。

「こんなところでいったい何をなさっているんです？」

「今宵は休日じゃ。一人で寝ようとおもって酒を飲んでいたらふいにドルイドのことを思い出したので来たのじゃ」

「はあ・・・・」

「というわけで横で寝ても良いぞ」

「良いぞと言われましても・・・私はもはや順位外の騎士ですし皆に申し訳ないですよ」

「まあ良いではないか。ほれ、こっちにおいで」

女王は布団をひらひらさせていた。銀色のガウンのようなものがちらりと見えた。。化粧をしてはいないとはいっても、

やはり美しい。

「いえ・・私はそんな・・・やはり皆に申し訳が・・・・」

ドルイドは部屋の端につったったままもじもじしていた。

「なんじゃ？女性に手を出す元気があるのなら別に何かしてもかまわぬが・・・」

「陛下！」

「騎士の順位なんぞよいではないか。私が良いと言っておるのだから・・・・そなたがほかに自慢しなければ誰にも

ばれることもない」

「はあ・・・・そうでしょうか」

「良いのじゃ。休日の夜にどう過ごそうが私の勝手じゃ」

お言葉に甘えて・・・とレイアスならばすぐに女王の横に寝転ぶなりするところだろうが、ドルイドはしばし躊躇していた。

やはりほかの皆に悪いという気持ちがあったのだ。


「なんなら朝まで突っ立っておるか？」

「朝までいらっしゃるんですか？」

「うむ。城にいると休日だといってもうるさくてかなわぬ・・・」

「はあ・・・・それは騎士がこっそり潜んでくるとかそういうことですか？」

「うむ」



それは陛下も大変だ・・・・



それで逃げてきたのかな、と思っていたら女王は目を閉じていた。どうやらここにはただ寝にきただけのようだ。

いや、病み上がりの自分の様子を見に来てくれたことは確かだろう。



・・・・横で寝るくらいいいかな？



せっかくの機会、違う部屋で眠るというのもそっけなさ過ぎるし、女王に対して愛がないと思われかねない。

「みんなすまない」ドルイドは仲間に心の内で謝りつつ、思い切って女王の横に寝転んだ。



やはり身体はまだ本調子ではないようだ・・・女王のかぐわしい匂いにも身体が反応しないとは・・・・



ドルイドはそう痛感していた。


普通の状態ならば、何かを考える間にも変化してしまい女王にひっついていただろう。赤い月に理性が勝っているということは

身体の調子が悪いからに違いない。


そのことよりも、今は女王が自分を気にかけてくれた、ということがドルイドにはうれしかった。



初めて上位の騎士に入り、女王に触れることができたのはもう何年前のことだろうか。

あの時の心のときめきは今も忘れることはできない。もっとも緊張のしすぎか興奮のしすぎだったのか、

行為に入ってからのことはさっぱり覚えてはいないのだが。

そのため行為が成ったのか成らなかったのか、さえもよくわからなかった。まさか女王に「ちゃんとできましたか？」と

聞くわけにもいかず、しばらくは女王の顔を見るのも恥ずかしい日々だった。


今までの人生を振り返ってみると、どうもドルイドは赤い月が苦手なようだ。騎士らしく優雅に楽器でも奏でて女性を誘う

ということも恥ずかしくてできなかった。女王の相手ができるようになってからは、女王とのことで頭がいっぱいだったし、

この時代押しの弱い騎士はどうにも好まれない。一時は上位の騎士のくせになさけない、とも思っていたが、

不器用なものはしょうがない。


もっとも女王以外に目もくれない騎士も結構いるが、この時代はとにかく騎士の数も多いので、女性が相手に困ることも

なかった。

騎士の力も拮抗しているので、たとえば10番と15番の騎士の力がそう違うかとういうとそうでもない。

騎士の順位には学問の点数も含まれていて、ドルイドはそっちでは満点に近い点数を毎回とっていた。



第4騎士の座を何度か維持できたのは運がいい方だったかもしれないなあ・・・・



今ではそう思っている。

大勢いる騎士の中で女王の相手をできるのはわずかなものだ。それを思うと、自分は運は良いほうだ、ともいえる。

女王は圧倒的な力を持った女性だが、ドルイドが惹かれたのは美しい外見や強さではなく、その優しさだったのだろう。


外見も中身もまるで違うもう一人の女性を思うと、その優しさやユーモラスな所はやはりどこか似ていると思ってしまうのだ。

だから騎士達が惹かれたのだろうと。


どちらも優しくて暖かい。



「ありがとうございます、陛下」

ドルイドは小さな声でそう礼を言った。

女王はまだ眠ってはいなかったのか、小さな声で「うむ」と返していた。



第30話

未来の時代でも赤い月の半分が過ぎていた。今は昼間なので月は出ていない。外は陽気で暖かく、草むらのあちこちでは

蛇達が日向ぼっこをしていた。

そんな昼間ハザークの部屋にて、部屋の真ん中のじゅうたんの上で金色の大きな蛇がぐるぐると円を描くように丸まって

いて、その上には小さいミシェイラが乗っかっていた。蛇の身体はうねうねと上下に動き、その上にまたがっている

ミシェイラはきゃっきゃと笑っている。時折寝転がっては蛇の胴体で身体を起こされていた。傍らでは白い髪の侍女が

その光景をほほえましく見守っていた。

そんな時、ノックと共にナナミとロイが部屋に入ってきた。

「あーいいなー僕も僕も」

ロイが部屋の中を見るなり巨大な蛇の上にぴょーんと飛び乗った。

「私もー」

ナナミはロイよりもおとなしめに上に乗った。蛇は大きかったので子供が３人乗ろうが平気そうだった。

だがナナミとロイの後ろにはほかの子供らもいた。

「私もー」

アナスターシャが無邪気に言って上にでーんと寝転がると、蛇の胴体は大きくうねり、アナスターシャの身体だけ

下ろされてしまった。


「あっひどい！私だけ！」

アナスターシャが起き上がると口を尖らせて抗議した。

「私も乗せてくださいよー」


ーお前まで乗るんじゃない


金色の蛇ハザークからの思念が飛んできた。

「やーいやーい」

ロイがそれを見て笑っている。

「ずるいーずるいー私も乗りたいー」

ハザークは無視していた。

アナスターシャの後ろにはやれやれといった表情のシスとラギがいた。この二人はさすがにハザークの上に乗る気は

ないようだ。

「もーずるいよーねーそう思うでしょ？」

アナスターシャは後ろの二人に同意を求めたが、二人は同時に「別に」と返した。

「ハザーク様の意地悪ー。前から思ってたけど、私よりもこの子らの方を絶対可愛がってるでしょ。兄弟なのにずるいよ。

差別だ」

「まあまあ、姉様はもう大きいんだからさー」

シスがアナスターシャの肩をぽんとたたいた。

「そうだよ。ロイと同レベルになってどうするのさ」

とラギ。

「だって楽しそうなんだもん」

３人の子供らの身体はあちこちに動かされていた。

ハザークとしても愛情面はともかくさすがにアナスターシャほどのでかい子供を乗せたくないのも無理はないだろう。


ー所で何しにきたんだ？


ハザークが聞いた。


「ミシェイラがここにいるって聞いて様子見に来たんですよ。邪魔じゃないのかなーと思って。てっきり大きなメス蛇さんと

いちゃいちゃしてるのかと思ったら違うんですね」

アナスターシャが答えた。

「それとも夜になったらメス蛇さんがやってくるんですか？」


ー我は赤い月でも別に変わらん


「え？そうなんですか？」


ーそろそろ子供らを下ろしてくれ


ラギとシスが３人の子供らを下に下ろした。するとハザークは人型に変身した。


「今日はね、お勉強もないの。お休みなの。父様はご機嫌なの」

ナナミが言った。

「そうか。じゃあ子供らで仲良く遊んでくれ」

ハザークは長いすに横になった。

「ミシェイラ歩く練習しよー」

ナナミがミシェイラの両手を握って歩く練習をしだした。アナスターシャは椅子に座り、侍女が「お茶を入れますね」

とお茶と菓子の用意をしてくれた。


ミシェイラは未だとことこと歩いてはいない。２、３歩歩いてこてんと座るくらいだった。


「もうちょっとだね」

「そうだね」

シスとラギもすっかりくつろいで座っていた。

「侍女さんもオス蛇さんといちゃいちゃしたりしないの？」

アナスターシャは今度は侍女に聞いていた。そういう話が恥ずかしい、と思うような感情はまだない。

赤い月は大人は異性と過ごすものだと思っている。


「はい、私達も別段普段と変わりませんわ」

侍女が答えた。

「そうなんだ。ハザーク様も父様みたいに赤い月には面白くなるかと思った」

「王はどう変わられるんですか？」

侍女の問いに、「時々意味もなくにやにやしてる」とアナスターシャは答えた。

「はあ・・・」

「意味もなくにやにやって・・・父様は機嫌が良いだけだよ」

シスが付け足した。

「今日は不気味なほど優しかったじゃない。いつも勉強がんばってるな、今日はゆっくり休め、なんてさ」

「いいじゃないか。ご機嫌だったんだから」

ラギが苦笑気味に言った。

「いつもあんなににこにこしてるといいのになあ・・・」



「いっち、に、いっちに、あんよが上手、いっちに・・・」

部屋の真ん中ではナナミがミシェイラとぐるぐる回り、

「ぼーくは強いぞ、やほー♪やほー♪」

お菓子を食べながらロイは歌っていた。



ほかで遊べという意味だったんだが・・・・



ハザークは思っていたが、口には出さず、そのまま黙っていた。




日が暮れる頃、セリアが自分の屋敷で一人食後のお酒を飲んでいると、訪問者があった。

いとこのミカエルだった。

「どうしたんですか？」

とセリアが驚いて聞いた。赤い月の間姿を見るのは珍しいことだった。

「ちょっと様子を見に来たんだ。今回もやっぱりずっと屋敷にいるのか？」

「ええまあ」

「そうか」

ミカエルもいまさらくどくど何かを言う気もないようだった。


セリアはミカエルの様子がいつもとどこか違うかな？と思っていた。

別にミカエルが何かに悩んでいる、とかいうことではなく、普通にいるだけなのだが違っているように感じる。



いつもよりも男っぽい？？

赤い月の間のせいかな？

色気があるっていうかなんというか・・・まあいい男はいい男なんですけど・・・

おやおや何考えてるんだか・・・



セリアは一人おかしなことを思っていた。


「カーラさんは？」

部屋の中にはセリアだけで母親の姿はなかった。セリアはその声ではっと我に返った。

「そうそう。それが、今年はどうも彼ができたみたいなんですよ」

「え？彼？」

ミカエルの目が丸くなった。セリアの母親カーラはしばらく赤い月を異性を過ごすことはなかった。それが今年は、

出かけるわ、と言っておしゃれをしていそいそと出かけて行ったのだ。朝帰ってきてまた夕方でかけたり、今日は早めに

出て行ってしまった。

セリアにとっては晴天の霹靂だった。いつの間に母に彼ができたのかもさっぱり知らなかったからだ。


そういえば最近外に出かける時はばっちり化粧をしてたような・・・


と後で気づいたくらいだ。カーラは大きな子供がいるとはいってもまだまだ美しい女性だ。子供が産めるかどうかは

ともかくとして恋人がいてもおかしくはない。


「彼ができたのか。知らなかった。相手は誰なんだ？」

「それが教えてくれないんですよー誰かすっごい気になってるんですけど」

「誰だろうなあ？」

ミカエルにも初耳だった。

「後をつけようかなーとも思ったんですけど、ばれそうなんでやめました。案外若い男かもしれないですよ」

「ははは、まあいいことじゃないか。女性は赤い月を男と過ごした方が年はとらないっていうからな」

「まあそうですけど・・・でも相手の名前くらいは教えてくれてもいいのになあ」

「恥ずかしいんだろう」

「気になるー」

「そうか、カーラさんにも彼ができたのか・・・・」

しみじみとつぶやいたミカエルはぽんとセリアの肩に手を乗せて、「それじゃあな」と言って出て行った。

カーラの話に驚いてセリアのことはどうでもよくなったようだ。


ミカエルが触れた瞬間、セリアはなんだか身体にぞぞぞとしたものを感じた。


何？今のぞぞぞは？

身体がなんだかぞくぞく？いや、ぞわぞわするなあ・・・


両手をさすりながら椅子に座り、お酒の続きを飲むことにした。だがどうも落ち着かない。

「うーん、なんか身体が変だなあ・・・・おなかのあたりがもぞもぞするなあ・・・」

どうも変だと思ったセリアは服をめくってみた。

「うわっ！何これ！」

自分のおなかを見たセリアは驚きのあまり立ち上がっていた。そして服を大きくめくった。おなかにいたのはくるりと

丸まった紫色の薄い蛇だった。


「えー！！！！蛇だ、蛇がいる！蛇、ねえ蛇！」

セリアは思わず部屋の中にいた蛇に話かけていた。もっとよく見てみたいと思ったセリアは自分の部屋に移動して

大きな姿見鏡で自分のおなかを眺めた。

「うわー蛇だ。蛇がいる！やっぱり蛇だ！」

動揺しているのか蛇蛇と連呼していた。セリアの身体には右肩の後ろ側にくねった細い蛇がいる。それは知っているが

おなかにいるのを見るのは初めてだった。

「丸まってる。かわゆーい」

触っていると蛇はやがて消えてしまった。

「あーん、消えちゃった。何だろう、今のは・・・もしかして、さっきのが噂に聞く蛇紋！？」

セリアは自分の考えに愕然とした。

蛇紋は赤い月に異性と仲良くなった時に出る物というのはもちろん知っている。

赤い月未経験のセリアは自分の蛇紋を見たこともなかった。


「あれが・・・・あれが蛇紋！？嘘、本当に！？なんで！？」

男と仲良くなってもいないのになぜ蛇紋らしきものが出たのかセリアには不思議だった。


だが、蛇紋以外には考えられない。


もしかして・・・さっきのでミカエル様に欲情しちゃったとか？

嘘ー！！！！


セリアはしばらく驚いた顔のまま鏡の前で固まっていたのだった。



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