第31話
生まれて初めて自分の蛇紋を見てびっくり仰天したセリアだったが、どうしても再びおなかの蛇が見たくなった。
もっとじっくり見たいよーまた出ないかなあ？興奮したら出るかも？
「・・・・うーん、どうやったら興奮するんだろう・・・・」
興奮したいと思ったが、どうやれば興奮できるのやらわからない。いやらしいことを考えようにも何を考えていいか
わからなかった。
「あっそーだ！学校でもらった教科書」
セリアは何かを思い出し、机の引き出しをごそごそさぐった。
「あったあった！」
それは性の教本のようなものだった。学校でも性の授業は一通り受けるし、どうやったら子供ができるか、という
ことも習う。それは一族にとっては重要なことだ。
セリアはページをぺらぺらとめくり性交の絵図などを眺めてみたりもしたが、なかなか興奮状態には
ならなかった。
「うーん、だめかー変化したら目も変わるのかなあ？変わってみたいなあ・・・」
他人の変化した姿だけは普段は見ることはできない。ただ体験談としていろいろ聞いてはいた。
「私の場合、どういう色の目になるのかなあ？」
それも興味を引かれるところだ。
「興奮興奮こうふ〜ん！」
先ほどのミカエルを思い浮かべてもだめだった。
さっきのはたまたまだったのかもしれない・・・
セリアがあきらめかけた時、思念が聞こえてきた。
ーセセセセ、セリア、一人で屋敷にいるのか？
緊張じみた声だった。
ーいるけどだれ？
ー俺だ。パドリックだ
ーああ、パドリック、どうしたの？
赤い月の夜にどうしたの？もないが一応セリアは聞いた。
パドリックは若い戦士で、いわばセリアとは同世代の仲間だ。ちなみに力はセリアの方が上である。
ーた、頼む、ちょっと外に出てきてくれ！
ーうーん・・・
ー頼むー！！！それとも俺が部屋に行っていいか？
ーだめ！
セリアは屋敷の外に飛んだ。するとがしっと両手をつかまれた。
「セ、セリア、好きだ！俺の子供を産んでくれ！」
「へー？」
いきなりだったのでセリアはまぬけな反応をしていた。
「頼むセリア！」
パドリックは緑の肩くらいまでのストレートの髪で、まあとりたてて目立つタイプでもない普通の戦士だった。
「俺の恋人になってくれ！」
「突然そういわれても・・・」
「とりあえず、今年だけでもいいから」
「うーむ・・・」
セリアにとって、赤い月の男の訪問は初めてのことだった。それまでいろいろあったことはあったのだが、
周りが強い男と引っ付くことを望んでいたために、相手をずっと決めかねていた。ミカエルがさりげなく
男達をけん制させてもいたのだが。それでも訪問してきたのだからパドリックは勇気がある男だといえ
るかもしれない。
「今晩だけでもいいから！！！」
パドリックは必死に迫っていた。
私の好みは男らしい美形顔なんだけど・・・・
パドリックの顔は、まあ可もなく不可もなくといった感じだ。
「頼むよ〜セリア！一回だけでもいいから！」
パドリックの目は血走っている。普段温厚なパドリックがこんなになってしまうとは、セリアは驚いていた。
「頼む！この通り！」
この際体験しちゃおうかな・・・・
空には巨大な赤い月ー
その月明かりがセリアの気持ちをちょっと、いやかなり解放的にしていた。やはり大人の目覚めがセリアに
訪れているようだ。
変化してみたいしなあ・・・・相手がパドリックになるとは思いもよらなかったけど・・・
「ミカエル様にぼこぼこにされてもいい！」
パドリックががばっとセリアに抱きついた。セリアがひょえーと思った瞬間、パドリックの身体はセリアから
引き離されていた。誰かがひっぺがしたのだ。
「あっ！」
セリアがその男を見て声をあげた。
「だ、だれだ！？」
と振り向いたパドリックの顔がぎょっとなった。
「悪いが、彼女は私と過ごすことになってるんだ。お前じゃ役不足、さようなら」
男が淡々と述べた。背丈はパドリックとそう変わらなかった。だが顔はパドリックよりもかなり美形だった。
水色の長い髪が風に揺れていた。
「え・・・・えー！！！？」
パドリックが男を見てセリアを見た。
「そんな噂はぜんぜん・・・」
「早く消えてほしいんだが・・・なんなら彼女を争って戦ってもいいがー」
男の方が力が上なのは明らかだった。
「うわーん！！！」
パドリックは泣きながら去って行った。
なんだか哀れな感じだ。
後にはぽかんと口を開いたセリアと男が残されていた。
「間に合ったようでよかった」
男がほっとしたように告げた。
「・・・エルバートさん、どうしたんですか？」
男はエルバートだった。
なぜこんな夜にエルバートがこんな所にいるのかセリアにはさっぱりわからない。
「君を誘いに来たに決まっている」
「わ、私を？！」
「ちょっとおいで」
「え？」
エルバートはセリアの手を取り、どこかに移動した。
移動先は湖のほとりだった。そんなに大きくはない湖である。湖面には赤い月が映っていた。
移動先が寝室じゃなかったのでセリアはちょっとほっとした。
「あのう、エルバートさんって恋人いるんじゃないんですか？」
セリアが聞いた。エルバートもどちらかというと上の方の戦士なのでてっきりそうなのかと思っていた。
「いいや、いない。できたら君に恋人になってほしいんだが・・・」
「え！？」
セリアは今までエルバートにそういうそぶりを見せられたこともなかったため、かなり驚いていた。
ま・・・真面目に言ってるのかしら？？？しかしなんで突然今夜！？
どぎまぎしながらエルバートを見たが、エルバートの方は冷静な表情をしていた。
月明かりの元みるエルバートはいつもよりも大人びて見える。
赤い月においては、たいていそれより前に相手を決めるのが普通だ。当日、しかもこんな中日に
二人の男から申し込まれるとはセリアも思っていなかった。「夜這いに気をつけろ」とミカエルに言われては
いたのだが。
「ポチャン」と水音がしてセリアは湖を見た。銀色の魚が飛び跳ねていた。
魚が次から次へと飛び跳ねている。
やがて湖面に青や緑、様々な色が綺麗に広がって行った。
幻想的な光景だった。
「綺麗・・・」
どうやらエルバートが魔法をかけているようだ。
いつまで手を握ってるんだろう・・・・
手を離そうとしたらぎゅっと握られてしまい、そのまま二人の手は繋がれたままだった。
「あのう・・・・なんで突然今夜・・・・」
セリアはおずおずと聞いてみた。
「今まで隙がなくて・・・・」
「え？すき？」
「君を誘う勇気がなくてこんなに遅くなってしまった」
「はあ・・・」
「君の〜その〜胸に〜浮かぶ〜男は誰だろう〜♪」
手を離したと思ったらエルバートが突然歌いだしてセリアはぎょっとした。
「できる〜こ〜と〜なら〜私〜であってほしい〜♪」
エルバートはセリアを見つめて歌っていた。
セリアは驚きのあまり、またぽかーんとしていた。
「どうか、思いを受け入れて〜愛しい人〜♪」
流れるような星空と赤い月の下で、エルバートは気持ちよさそうに歌っていた。
突然歌われてびっくりしたセリアだったが、「エルバートさんって結構いい声・・・・」とも思っていた。
いろいろ愛の詩を歌い、エルバートはセリアに微笑んだ。セリアは思わずぱちぱち拍手していた。
「エルバートさんってかなり美声なんですね。びっくりしました」
「ちょっとはその気になったかな？」
「え？その気？」
セリアは恥ずかしそうに頬をかいていた。ぼんやりしていたが、よーく考えたら自分に向けた愛の歌だった。
しかし湖のほとりで愛の歌を歌われるとは・・・エルバートさんって思ったよりも、変わってる人ね。
とセリアは思った。見かけが女性のように綺麗なだけにそれが様になっているところがすごい所だ。
最近ではこんな風に告白する人は珍しいだろう。
「いやーなんというか・・・よくわからないですが・・・あのー本気なんですか？」
「もちろん、こんな冗談をするほど私は暇じゃない」
「そりゃそうでしょうけど・・・でも今まではぜんぜんそんなそぶりすらなかったから・・・」
「誘いたいと思っていたが、いろいろもんもんと一人考えていて誘えなかった」
「はあ・・・」
「私は奥手すぎるのが欠点だ」
エルバートは自分で言っていた。
「そうですか・・・」
エルバートの手がセリアの腰に周り、セリアはどきんとした。
「朝まで一緒に過ごしてくれないだろうか」
すぐ側で顔を見つめられていた。
セリアは思わず「はあ」と返事をしていた。近くで見ると、やはりエルバートは美しい顔立ちをしている。
そのせいか男だという危機感をあんまり感じにくい。
エルバートさんってまつげ長っ！
男なのがもったいないなあ・・・
「それじゃ君の部屋に行ってもいいかな？」
「え？あの・・・・えーと・・・・」
セリアがぼんやりエルバートの顔を見ている内に、いつの間にやら身体は自分の屋敷の中にいた。
「君の部屋はどこだろうか」
「え？あの・・・２階の左のーええ！？あの・・・・エルバートさん、これってマジですか？」
セリアはようやくこの後のことを考えてあわてていた。
「マジ？」
「今から・・・その・・・私と・・・ええ！？嘘！？」
「嫌なのかな？」
エルバートはセリアの両手を握り締めて聞いた。
「えー嫌ってことはないですけど・・・でも心の準備も何も・・・・」
「嫌じゃなければいい。部屋にお邪魔していいかな？」
2階に移動したエルバートはセリアの手を引いていった。
ええー！？ぼんやりしてたらいきなりこんなことに！？いいのか！？私！？
いいか。この際・・・エルバートさんも男なんだなあ・・・
いやよくないって！あー頭が混乱するー！！！
セリアの頭の中はさっぱりまとまらなかった。体験してみたいという好奇心と羞恥心、そこに理性が
加わり、なんだかよくわからない。しかし男を感じさせないエルバートと行為に及ぶということが
まだ想像できなかった。
「あっ！へ、部屋の掃除もしてない！だめです！」
セリアはあわてて言った。
「ベッドに寝れればいいから」
「ひょえー！！！」
ついに、二人はセリアの寝室へと来てしまった。
目の前に自分のベッドがどんとあり、セリアはどうしたらいいのか混乱していた。
こ・・・・このまま・・・このままいっちゃうー！！！？
いいか別に・・・いやよくないって・・・・
その前に身体洗った方が？
そうじゃなくてー！！！！！
やっぱり頭の中はまとまらない。
どどどどうしよー！！！
ーそれじゃ後はよろしく
そんな声を聞いてエルバートは覚醒した。そう、今までのエルバートはカーライルだったのだ。
エルバートは中腰できょろきょろしているセリアを目の前に見て、これは夢か？と思った。
夢にしては面白い・・・・・セリアさん一体どうしたんだろう？
「あれ？ここはどこだろう？」
エルバートは見慣れない部屋に眉を細めていた。
ーここはセリアの部屋だぞ。お前の代わりに誘っておいた
そんな声が聞こえてエルバートの顔は凍りついた。
ーまたまたそんな冗談を・・・
ー冗談ではない。マジだ
「ま・・・まじって？」
ーううううううう嘘でしょうー！！！！！！
ー気になる女はさっさと奪わければだめだ。さっきもほかの男にもっていかれる所だったんだぞ。
失敗してもいいからがんばってみろ！幸運を祈る！
カーライルはそれっきり思念を閉ざしてしまった。
失敗してもいいからって・・・・そんな！！失敗するのは私なんですよー！！！！！
心の内の絶叫も、カーライルにはもう聞こえてはいなかった。
おどおどしているセリアの前にはすっかり青ざめているエルバートがいた。
まさか知らない間にこんなことになっているとは・・・・
一方セリアの方は、エルバートがいつまでたっても何もしてこないので、やがておかしいな、と
思い始めていた。
「あのーどうかしたんですか？なんだか顔色悪いですけど・・・・」
「はっあ・・・あの・・・すいません」
エルバートは身体をびくりと震わせていた。
「はい？」
「すいません！セリアさん、いきなり誘ってしまって！」
「は？」
エルバートの青い顔は今度は赤くなっていた。
「あの・・・・その・・・・実は・・・・」
エルバートはつい黙っておけずに、自分の中にいるカーライルがしたことだとすっかりセリアに告白していた。
セリアはまたもやぽかんとしていた。
あまりに現実離れした話だったが、別人だ、と言われれば納得できることもあった。
今のエルバートと先ほどのエルバートはまず同じ男だと思えない。
「どうもすいません」
エルバートは心底申し訳なさそうに謝っていた。
「はあ・・・」
先ほどまで混乱状態にあったセリアの心は急激におさまっていた。
セリアはなんだかひどく残念に感じていた。
エルバートにくどかれてうれしい感情が心のどこかにあったに違いない。
「そうなんですか、じゃあさっきの歌はエルバートさんが歌ったんじゃないんですね」
「歌？」
「びっくりしたけどうれしかったから残念です」
「・・・・」
「でもなぜ水蛇様はこんなことしたんですか？」
「それは・・・・」
セリアはエルバートの返答を待つように首をかしげていた。
「それは・・・私があなたを気にしているのを知っていたからですよ」
「え？」
「あなたには強い男性がふさわしいと思っていましたし・・・私は自分で言うのもなんですが・・・本当に
情けない男で・・・赤い月に女性を自分から誘う勇気もないんです」
「・・・・」
「それで気をもんだカーライル様がこんなことを・・・」
「じゃあエルバートさんは私と赤い月を過ごしたい気があるんですか？」
セリアはずばり聞いてみた。
「え・・・はあ・・・」
どうにもはっきりしない返事である。
「どっちなんですか？」
「それはもちろん・・・ですが・・・・その・・・自信が・・・」
「自信？」
「なんというか・・・私は極度に緊張するとどうも・・・すぐ胃をやられてしまって・・・」
エルバートは頭をかいていた。
変な人
セリアはそう思った。せっかくの赤い月の夜なのだからその気があるのならぐだぐだ言ってないで行動で示せば
よいものを、理性が押しとどめているのか、やはり自信がないのかは不明だが、どうにもはっきりしない。
仕事関係では頼りになる人なんだけどなあ・・・本当は私にその気がないんじゃないのかなあ？
「あの・・・私はこれで・・・」
エルバートはいたたまれなくなり去って行こうとしていた。これ以上恥をかきたくなかったのだろう。
「あのーせっかくだからもっと水蛇様の話聞かせていただけませんか？」
ここで別れるのもなんだか寂しい気がしてセリアの方から誘ってみた。カーライルの話もさっきはざっとしか
話されなかったので気になっていた。
「え？はい」
「じゃあここに座ってください」
目の前にベッドがあったので二人はベッドに並んで座った。今のエルバートからはその後の展開に対する
危機感の微塵も感じなかった。
まあいいか・・・
セリアにしては拍子抜けしたような感じだが、どうしても体験したいわけでもない。こういう夜もありだろう。
「じゃあまず、どうしてカーライル様がエルバートさんの中にいるんですか？」
「それは・・・・」
エルバートは過去のいきさつを丁寧にセリアに話して聞かせたのだった。
いろいろ話を聞いている内に時間は過ぎていき、気づくと夜明け前になっていた。
結局エルバートはセリアの手を握ることもなく、二人は普通にさよならをして別れたのだった。
「うーん、あれは私に全く気がないわね・・・」
セリアはそう確信し、そのままベッドで眠ったのだった。
一方寮に帰ったエルバートの方は、「情けなさ過ぎる・・・」とかなりの自己嫌悪に陥っていた。
セリアの横にいてどきどきはしていたものの結局何もできなかった。もっとも赤い月の魔力があると
言われる中間日にこの有様とはー
「私はまぬけだ・・・・」
ーなんだ失敗か・・・
ぐったりしているエルバートにカーライルの声が聞こえた。
ー一度や二度の失敗で落ち込むな
「はあ・・・」
何もしようとしなかったのだから失敗ともいえない。エルバートにはカーライルを責める気にもなれなかった。
ただ自分はなんと情けない男なんだろうとそればかりを思っていたのだった。
セリアが目覚めた時にはすでに昼は過ぎていた。今日は休み、ゆっくり寝ていても文句は言われない。
食堂に行くと母親の姿があった。
「帰ってたの」
「今日は遅いわねーセリア」
「寝たのが遅かったから」
「一人でもんもんとしていたんじゃないの？」
母親がちゃかすように聞いた。
「違うわよー一人じゃなかったもん、エルバートさんと一緒だったもん」
「エルバート君と？」
「それが笑っちゃうことにさー・・・」
セリアが自分の紅茶を入れようとしていると、母親カーラが紅茶ポットをぱっと取り上げた。
「エルバート君ここにいたの？」
「うん」
「まあ！いつの間に約束してたの？」
カーラが驚いて聞いた。
「約束してないよ。昨晩たずねてきて、それで・・・・紅茶ちょうだい」
セリアが手を出したが母親が代わり紅茶を入れていた。
「それで今夜も来るの？」
「来ないわよ」
「明日は？」
「来ないよ」
「あさっては？」
「来ないよ」
セリアが紅茶のカップを持とうとすると、カーラが紅茶ポットをバンと乱暴にテーブルに置いたので
セリアは驚いた。
「ちょっとそこに座りなさい！」
なぜかカーラは怒っていた。
「何よう、突然」
「いいから座りなさい！」
おなかがすいていたものの、仕方なくセリアは椅子に腰を下ろした。
「いいこと？セリア、私達は犬や猫じゃないんですよ。行為さえすればいいってもんじゃないんです。
赤い月を男性と過ごしていくらなんでも一晩でさよならはないですよ。それはあなたに対してあまりに失礼って
もんですよ」
カーラは目をつりあげたままセリアを見つめていた。
「それともエルバート君が乱暴だったの？」
「いや、別に・・・優しかったけど・・・」
「ならなんで今晩限りなの？最近の若い者はそういう礼儀を知らないわね。私からエルバート君にがつんと
言うわ」
「いやいやいやいや言わなくていいから」
セリアはあわてて手を振っていた。
「私とエルバートさんは別に・・・恋人ってわけじゃ・・・・」
「あなたのお父さんはそれは情の細やかな人でしたよ。そこに私もうっとりしたものだわ。いいですか？
私達にとって子供を作るのは大事なことだけど、赤い月ってのはただ子作りするだけのものじゃないんですよ。
身体が交わる瞬間、心も一つになってこその赤い月なんですよ。エルバート君と過ごしたのなら、月が開ける
間だけでも恋人同士のように過ごしなさいよ。それとも何？彼にはほかに彼女がいるの？」
「さあ・・・・そのう・・・・わかんないけど・・・」
「わからないなら聞いてみなさい！」
母親の怒りようにセリアはびびっていた。こんな母親の姿を見るのは初めてだ。
これで何もしてないなんて言ったら更に何を言われるかわかったものではない。
「あっ！エルバートさんから今思念がきた。今夜も来てもいいかって」
セリアがあわてて言うと、ようやくカーラの表情は元に戻っていた。
「あらそうなの」
「・・・というわけです・・・」
カーラは満足げに笑みを作ってうなずいていた。
「そうでしょ？そうじゃなくちゃ、じゃあ今夜も仲良くすごしなさいね」
「お母さんはでかけるの？っていうか相手誰よ。いい加減教えてよ」
「内緒よ」
母親はそういうと食堂を出て行った。
「もーなによー」
セリアはふてくされた顔で冷めた紅茶を飲み干した。
「成り行きで変なことになっちゃったなあ・・・」
エルバートさん誘わなきゃだめかなあ・・・・お母さんにばれなきゃ誘わなくてもいいかな？
でもばれた時が怖いかも・・・・
普段は温厚な母だが、いざ怒るとかなり怖い。やっぱり何もなかったと言おうかとも思ったが、
もう面倒だった。
「まあいいか」
セリアは気軽な気持ちでエルバートに思念を送った。
ーあのーセリアですが、今夜暇でしたらまた話でもしにいらっしゃいませんか？
思念を受けたエルバートははっと飛び起きていた。
ーセ、セリアさん？
ー母親に誤解されてしまって・・・一晩限りでさよならなんてだめだって怒られたんです。すいませんが
形だけでも来てくれませんか？
ー行ってもいいんですか？
ーはい。今夜は一緒にお酒でも飲みましょう
ーでは今夜行きます
ーお願いします
二人の間にはこのような会話が交わされていた。
エルバートはセリアに嫌われていなかったのでほっとしていた。
「お酒を飲もうと誘われました。母親に誤解されたとかなんとか・・・」
エルバートはカーライルに報告していた。
「セリアさんって心が広い人だなあ・・・」
赤い月に何もしなかった男に普通なら愛想を尽かすものだが、それもセリアが大人になって間もないせい
だろう。
ー彼女の蛇は何色かな？
カーライルがふいにつぶやいてエルバートはどきんとした。
「え？蛇？さあ・・・知らないです・・・ミカエル様は紫らしいですけど・・・・いとこだから一緒かも・・・」
セリアの身体の蛇を、エルバートは今まで気にしたことはなかった。
ー紫色の蛇を持ってる女は性欲が強いんだぞ
「え？そうなんですか？」
ー紫とか黒とか、濃い色の女は性欲が強めだっていう話だが・・・彼女には紫が似合うな。
蛇紋はどうなるのかな？まあお前には関係ないか。ただ酒を飲みに行くだけだもんな
「・・・・」
カーライルの嫌味のような言葉にエルバートは無言だった。
「どうせ私は情けない男ですよ」
やがてエルバートはいじけたように言っていた。
「そうだ、今夜は何かお土産をもっていかなければ・・・お酒がいいかな？」
ー赤い月に女性に贈るお酒はピンク色の酒がいいんだぞ
「え？そうなんですか？知りませんでした。酒屋に行ってみようかな」
エルバートはなぜかちょっとうきうきしていた。
・・・・私はセリアさんに誘われてうれしいのかな？それとも愛想を尽かされなかったことがうれしいのか？
行為を期待されての誘いではなかったのでエルバートも気が楽だったのかもしれない。
エルバートはさっそく酒屋に出かけていった。
その頃セリアは再び睡魔に襲われてベッドで眠っていたのだった。
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