第32話


夜、ほどよい時刻になり、エルバートがセリアの屋敷を訪れた。今宵は赤い月、７日目の夜である。

「いらしゃい、エルバートさん」

「こんばんは、セリアさん。これどうぞ」

「ありがとうございます」

エルバートはお土産のお酒をセリアに渡した。二人は一階にある酒飲の間に入った、テーブルにはセリアが適当に

用意しておいた簡単な料理とお酒の瓶が並んでいる。

「今夜はご迷惑じゃなかったですか？」

セリアが聞いた。

「いいえ、私も実は寮にいづらかったですから・・・」

「そうですか。まあ今夜は適当に飲みましょう」

「はい」

「私はこれ飲んでみていいですか？」

「はい、どうぞ」

セリアはお土産のお酒を早速開けていた。グラスに注いでみると、綺麗なピンク色をしていた。エルバートは

カーライルの助言通りピンク色のお酒を買ったようだ。

「エルバートさんは好きなのをどうぞ」

「はい、では遠慮なく・・・」

エルバートは自分でお酒を選んで飲みだした。


お土産のお酒は甘口で女性好みの口当たりだった。花の芳香がふわっと鼻腔をくすぐった。

「おいしいです」

「そうですかよかった」


うーん・・・ピンク色のお酒はなんか意味深だったような気がしたけど・・・意味あるのかな？


セリアは疑問に思いつつ飲んでいた。

昔は赤い月の行為の前に男性が女性にお酒を贈る習慣があった。最近の若者にはない習慣ではあるが。



えーと・・・これって何かのお花から作られているのかな？



セリアはお酒の瓶のラベルを眺めた。カルサの花の名前が書いてあった。この匂いはカルサの花の匂いのようだ。

ピンク色の何枚もの花びらがこんもりと重なった可愛らしい花で、花屋では結構な値段で売っている花である。


花言葉は確か「愛らしい人」だったかな？



とセリアは思い出した。

「あのーどうしてこのお酒を選んだんですか？」

セリアは念のために聞いてみた。

「酒屋で今夜女性に渡すならこれだと薦められまして」

「なるほど・・・」


やっぱり深い理由もなく買ってきたのね・・・・とセリアは納得した。


「それで・・・お母様に誤解されたって話ですが・・・」

「そうです、そうなんですよ。一日きりでさよならなんていけません！私達は犬や猫じゃないんですよ！とか

すっごい形相で言われちゃいまして・・・何もなかったとは言い出せませんでした」

「そうですか。それは誤解もなさるでしょうね。一応赤い月の夜を一緒にすごしたんですから、普通は何かあったと

思われるでしょう。私からその・・・説明しましょうか？」

エルバートはおずおずと言っていた。

「いいですよ。まあほとぼりが冷めた頃に言いますから」

「そうですか・・・」

「このお酒、口当たりはいいですけど結構強めですね」

まだ半分ほどしか飲んでないのにセリアは体温があがってくるのを感じていた。

「そうなんですか？」

「はい、でもおいしいから飲んじゃおっと♪」

「いい匂いのお酒ですね」

向かい側に座っているエルバートの元にもお酒の匂いが香ってきたようだ。

「カルサの花の匂いですよ」

「花が入ってるんですか」

「はい」

セリアはにこにこしながらお酒を飲んでいた。

赤い月の夜だというのに何もせずにお酒を飲みあっている二人、ではあったが、エルバートは今までにない気楽さを

感じていた。


「セリアさんって、王妃に似てますね」

エルバートがふいに告げた。

「え？私がですか？一体どこがですか？」

「一緒にいて楽しい所とか・・・優しい所とか・・・」

「そうですかあ？なんだかうれしいです。でも私なんてただおっちょこちょいなだけですからねえ」

「そんなことないですよ」

「あ、そういえば、結局エルバートさんは王妃様の恋人にはならないんですか？」

セリアは前に気になっていたことを聞いてみた。

「え？はあ・・・・」

「シャナーン様が全力で阻止したって聞きましたけど」

「ははは、そんなことはないですよ」

そういえば・・・・とエルバートはゆりと身体が入れ替わってしまった時のことを懐かしく思い出していた。



王妃の肌はとても柔らかかったなあ・・・・女性は皆ああなのだろうか・・・・セリアさんも？


エルバートは変なことを想像してはっとした。

前を見るとセリアの姿がない。と思ったらセリアはしゃがんでいた。

「何をしてるんですか？」

「蛇にお酒あげてるんですよ」

見るとテーブルの下に紫色のメス蛇がいた。セリアは小皿にお酒を入れてあげている。

その時ふいに、セリアの肌の蛇の話をエルバートは思い出したのだった。

「セリアさんの蛇は・・・・」

「はい？」

エルバートの声が小さかったため、セリアには聞こえていなかった。

「いえ・・・か、かわいいメス蛇ですね・・・」

「シンシアっていうんですよ」

「蛇の名前ですか？」

「王妃様が蛇に名前つけてるからまねしてつけたんです。自分の肌と同じ色の蛇ってなんだか愛しくなっちゃって」

「ええ！？」

エルバートが大きな声で言ったのでセリアはびっくりした。

「どうかしましたか？」

「セ・・・セリアさんの蛇は・・・む、紫色なんですか？」

「そうですが何か？」

「いえ・・・」

エルバートはなんだかどきどきしていた。

一体セリアの身体のどこに蛇がいるのだろうか、と勝手に想像していた。

「きっと、か、かわいいんでしょうね」

杯を持つ手が微妙に震えていたがセリアは気づいていない。

「でも友達にはよくからかわれるんですよ。私は絶対性欲が強いって。なんだか紫の蛇の人って性欲強いっていう

話があるみたいで」

「そ、そうなんですか？強いんですか？」

エルバートは真面目に聞いていた。

「え？性欲強くはないですよ。多分、よくわからないですけど・・・そーだ、エルバートさんの蛇は何色ですか？」

自分だけ暴露してしまったのでセリアは逆に聞いていた。

「私は水色です」

「そうなんですか。だから水蛇様がひっついたのかな？エルバートさんにはぴったりですね」

セリアは気軽に言ってお酒を飲んだ。

「・・・・」


紫色の蛇・・・どこにいるんだろう・・・・腕？それともおなかかな？それとも太もも？それとも・・・・

ああ、なんだか変なことを考えている・・・・


エルバートはどうにも紫色の蛇が気になって仕方なかった。セリアの身体につい視線が向かっていた。


蛇紋になると一体どうなるんだろう・・・・み・・・みたい・・・・みたい・・・・


エルバートは今までにない衝動を感じていた。体温が上昇し、熱いくらいだった。


今まで女性の蛇を気にしたことはなかったというのに、今夜は一体どうしたのだろう

ああ、なんだかセリアさんがいっぱいいる・・・・


目の前に座っているはずのセリアの姿が3人にも増えてぐるぐる回っていた。

「どうして回ってるんですか？」

「え？何がですか？」

セリアがきょとんとして聞いた。

「セリアさんが・・・・回ってる・・・」

「はい？」

「回って回って・・・ぐるんぐるん・・・・」

エルバートは意味不明なことを言い、そのままばたんと机にふしてしまった。驚いたのはセリアだ。

「エルバートさん！どうしたんですか！？」

セリアはあわててエルバートの側に寄った。

「大丈夫ですか？」

「うーんうーんうーん・・・・」

エルバートは机にふしたまま唸っていた。


どうしよう、病院に連れて行った方がいいのかな？


セリアがおろおろしていると、エルバートが顔をあげた。

「大丈夫です。酔っただけですから」

「え？そうですか？でもそんなに飲んでないような・・・あれ？」

セリアはエルバートの顔をまじまじと見つめた。エルバートの瞳がゆらゆらゆれている。

青い瞳の瞳孔が、やがて細長く変化した。

「？」

エルバートは立ち上がり、セリアの手を握り締めていた。

「どうやら君に酔ってしまったようです。かわいい僕の小鳥ちゃん」

「・・・・・は？」

セリアはぽかんと口を開けた。


今何か変なセリフを聞いたような・・・・


「今宵こそは、君の期待にこたえてあげられそうだ。さあ！行こう！」

エルバートはセリアの腰に右手を回した。

「え？どこに・・・・？」

「もちろんベッド」

「へ？」

「君のかわいい蛇ちゃんを見せて」

「はいー？？？？」

エルバートはセリアの身体を抱き上げて勝手に移動した。


エルバートさんが変だ・・・・昨日よりも変だ・・・・もしかして・・・変化してないですか？？？


エルバートの瞳は明らかに蛇の目のように変わっていた。

エルバートはセリアの寝室まで来てセリアの身体をベッドの上にひょいと下ろした。

「君のかわいい蛇ちゃんはどこにいるのかな？おなかかな？それとも胸かな？ああわくわくする！」

エルバートはセリアの上にすでに覆いかぶさっていた。

「ちょ、ちょっと待ってください！エルバートさん、もしかして変化してます！？」

セリアはあわてて聞いた。

「今の僕は、君を愛する男へと変化してるよ」

「はっ！？」


僕？君を愛する男？なんじゃそりゃ！？


エルバートの突然の変貌にセリアは困惑していた。

「ああよかった。今夜は君を失望させずにすみそうだ、昨日はがっかりさせてしまったからね」

「別に失望なんてしません！」

セリアは思わず自分の服にかかったエルバートの手をぺしぺしはたいていた。

「そうか、先に僕の蛇ちゃんが見たいんだね」

エルバートはにこにこしてセリアの腰の上にまたがったまま、自分の上着を脱ぎだした。



ひえーなんなのこの展開は！？わけがわかんないよー！！！いつものエルバートさんはどこいったの！？


「フフフ〜ン♪フフフフフ〜♪」

エルバートの方は鼻歌交じりだ。さっさと上着を脱いで、下のシャツを脱いでぽいとほっていた。

「あ、あわわわわわ」

セリアは思わず両手で目を覆った。

「わっ！」

とエルバートの声がした。

「これが僕の蛇紋かあ。すごいなあ・・・なかなかかっこいい。うん」


え？ど、どうかっこいいの！？



セリアは興味をひかれて、指の間からそろりと見てしまった。


うわー・・・・



エルバートの身体のおなかと胸に二匹の水色の蛇がいる。

一匹はおなかでくねっている蛇でもう一匹はおなかから胸の方にのびている蛇だった。

「こっちが蛇紋だよ」

エルバートが伸びている蛇の方を指した。

「君の紫色の蛇ちゃん気に入ってくれるかな？」

水色の蛇の鱗が輝いて見えた。


あ・・・・あれが蛇紋・・・・なんか・・・どきどきしてきた・・・・


セリアは胸の鼓動が早くなるのを感じていた。

「さあ、次は君の見せてね」


ひょえー・・・・・


「ラララ〜ララララ〜♪」

エルバートは陽気にセリアの服を脱がしていった。

「いや〜ん・・・・」

「可愛い声だね、小鳥ちゃん」


だからその小鳥ちゃんってなんじゃ！？


セリアも全力で抵抗しようとすればできただろうが、どうにも身体の力が抜けてできなかった。胸はどきどきするし、

なにやら身体が変だ。

「おや、かわいい！丸まってる子蛇ちゃんだ！」

セリアのおなかがはだけた所でエルバートは声をあげた。

「え！？」


なんでおなか！？


自分で見ると確かにおなかに蛇が浮き出ている。


もしかして・・・・蛇紋でちゃってる！？


「かわいい子蛇ちゃん、口づけしてあげよう」

エルバートはおなかにちゅっと口付けていた。

「く、くすぐったい・・・」

「僕はもう我慢できないよ。早く交わりたい」

「ええー！？ま・・・まじわ・・・る？うー・・・」

エルバートはセリアの上に乗り、そのまま口付けた。

「かわいい紫色の小鳥ちゃん」

「意味わかりませーん！！」

セリアはわけもわからず絶叫したが、エルバートの変化がとけることはなかった。

あれよあれよという間に服を脱がされてそのままセリアはエルバートに抱かれてしまった。


ひー・・・・・・い・・・いたたたたた！！


「うれしい？小鳥ちゃん」

「う・・・うれしく・・・にゃい・・・・」

「そう？でも僕はうれしいよ？おや、君もなんてかわいい瞳なんだろう！」

「え？」

「黄色と紫の蛇の目になっているよ」

「ええ！？み、みたい！」

セリアは動こうとしたが阻止された。

「だーめ」

「みたいー！」

「じゃあ鏡の前でしようか」

「いやー！！！っていうかもっとや、優しく・・・・」

エルバートは激しいくらいに腰を動かしていた。

「よしよし」

エルバートはセリアの頭を優しくなでた。

「そ、そういう意味じゃ・・・・」


そういう意味じゃなーい！



「あー気持ちいいよ。小鳥ちゃん。君はどうだい？」

エルバートは交わったまま聞いた。

「どうもこうも・・・・き、きついです・・・」

「そんなにいいかい？よかった」

「そろそろやめてくださーい・・・」

「うん」

身体がようやく離されてセリアはほっと息をついた。



・・・・ついにやってしまった・・・・なんだかわからないまにやっちゃったよー

びっくりしたけど、思ったよりも・・・・楽だったかな？


変化してしまったせいで、最初は痛いと思ったものの、痛みは途中からなくなっていた。

なんだかよくわからない感覚が身体を駆け巡っている。


なんだか、つ、疲れた・・・・



「僕は君に良く似た女の子がほしいなあ・・・」

エルバートはうれしげにつぶやいていた。


気早っ！


エルバートはすっかり脱力しているセリアの身体をぐるりと回転させてうつぶせにした。

「え？何する・・・・」

「わっ背中にも蛇がいる！どっちが蛇紋なのかな？」

エルバートがセリアの背中を見て驚きの声をあげた。

「こっちもかわいいなあ」

エルバートはセリアの背中をなでなでしている。

「ひゃ、ひゃひゃひゃ、くすぐったい」

「ねえどっちが蛇紋？」

「お、おなか・・・ひゃひゃひゃ」

「君って背中弱いんだね。こっちの蛇ちゃんにも口づけしよう」

エルバートが口付けると、くすぐったさのあまりセリアはまた「ひゃひゃひゃ」と笑っていた。

「前にも後ろにも蛇がいるなんて・・すごい！君はなんてお得な人なんだ！」

「お、お得？！」

「お得は変かな？お買い得・・・じゃないな。とにかくどっち見ても興奮する！素晴らしい！」

エルバートはセリアの腰をもって引いていた。

「あ・・・あの・・・何を・・・」

「２回戦♪」

「えー！！！」

「ああ、そんなに喜んで・・・僕もうれしいよ」

「さっきから私の話ぜっんぜん聞いてませんね！」

「君の愛のささやきはずっと聞いてるよ」

「聞いてないじゃないですかー！！早く元のエルバートさんに戻ってくださーい！」

「小鳥ちゃんってば、僕は普段と全く変わってないじゃないか」

エルバートは勝手に交わっていた。

「変わりすぎです！」

「そうかな？普段よりもちょっとおちゃめな男になってるかな？」


サギだー！！！


結局エルバートは変化しっぱなしのままセリアを抱き続けたのだった。



赤い月って・・・赤い月って・・・・赤い月ってなんて恐ろしい・・・・



普段温厚すぎるエルバートがこんなにも変わってしまい、セリアは驚いていた。

変化の原因はなんだろうと記憶を手繰ってみると、どうも肌の蛇の話だったようだ。

赤い月に肌の蛇の話は禁句だとようやくセリアは気づいた。だがその頃にはエルバートの方はすっかり眠っている。

癪にさわったセリアはエルバートの鼻をつまんでやった。だが疲れ果てているエルバートはまったく起きなかった。



エルバートが目覚めたのは陽がかなり昇ってからだった。

「うーん・・・」



なんだか身体がひどく疲れてるんだが・・・どうしてだろう・・・・



そんなことを思いつつエルバートは目を開けた。

「うん？」

よく見ると自分の部屋のベッドではなかった。

ぼんやり起き上がると他には誰もいない。

布団の上に服がおいてあったのでエルバートはとりあえず服を着た。


・・・・いつの間に寝たんだっけ？記憶がない・・・しかも真っ裸だし・・・



なんとエルバートは昨晩の記憶が全くなかった。


セリアさんとお酒を飲んだのは覚えているんだけど・・・・



服を着てぼんやりしているとセリアが部屋にやってきた。

「やっと起きましたか？私もうおなかがすいちゃって朝食食べちゃいましたけど、よかったら食べますか？」

セリアは普段と変わらない様子でにこやかに聞いた。

「・・・・・」

エルバートはぼりぼりと頭をかいている。

「あの・・・・なんだか記憶がすごくあいまいなんですが・・・いつの間に寝たんでしょうか？」

エルバートは眉をひそめたまま首をかしげてセリアに聞いた。

「何も覚えてないんですか？」

「何も・・・何かあったでしょうか？」

「・・・・ありまくりました」

「え？何が？」

「・・・・」


あれを全く覚えていないなんて・・・・私の立場は一体・・・・



セリアは気が抜けるやら呆れるやらだった。

「あの・・・私セリアさんに何かしたんでしょうか？」

「昨晩エルバートさんは変化して私を抱いたんですよ」

「ええ！？まさか・・・・そんなばかな！」

エルバートは死ぬほど驚いていたので逆にセリアの方がびっくりしていた。

「あのーそんなに引かれると私の方が困るんですけど・・・本当はその気全くなかったんですか？」

「いえ、そうじゃなくて・・・」

エルバートは動揺しまくり頬をかいたり頭をかいたりしていた。

「すいません、セリアさん、覚えてなくてすいません」

今度は平謝りで謝っている。

「でも、本当なんですか？本当に本当に私がセリアさんとそうなったんですか？」

「はい」

エルバートの瞳から涙が流れてきてセリアは後ずさっていた。


な、なんで泣いてるの！？


「あのー・・・・そんなに嫌だったんですか？」

「違います。うれしくて・・・私も普通に大人の男になれたことがうれしいんです。ありがとう。セリアさん、

ありがとう」

エルバートはセリアに近づいてセリアの両手を握り締めていた。

「ありがとう。本当にありがとう」

どうやらかなり感謝しまくっているようだ。

「いいえ・・・そんな・・・」

「所で昨晩はセリアさんに失礼なこととか、しなかったでしょうか？」

エルバートは涙を拭いて聞いた。

「え？いえ・・・別に・・・紳士的でしたよ。わりと・・・」

どこが？と思ったがエルバートの様子についセリアはそう言ってしまった。

「そうですか。よかった！」

「あの、朝食食べますか？」

「いえ、今日は帰ります。それではセリアさんまた！」

「はあ、さようなら」

エルバートは喜んだまま去って行った。


残されたセリアはしばらくぽかーんとしていた。


「あれを全く覚えてないなんて・・・・」


しかもさわやかに去っていかれるとは・・・・感情のもって行き場がないんですけど・・・

『僕のかわいい小鳥ちゃん』

その言葉を思い出してセリアはぷっと吹き出していた。



エルバートさんもあれが初めてだったなんてなあ・・・・ってことはあのエルバートさんに会ったのは私が初めてって

ことかあ・・・


今改めてエルバートをどう思うか、と考えると、別段怒りも嫌悪感もなかった。セリアの心には、「あれはまああれで

面白い体験だったかもしれないからいいか」という感情が芽生えている。だが、逆に愛情が芽生えたか、というと

それはよくわからなかった。

元々愛が燃え上がりにくい一族のため、赤い月を共に過ごして「愛している」と言い合うカップルもそんなには

いないのかもしれない。



あれだけ泣いて感謝されると、どうにも憎めないなあ・・・


「エルバートさんって自分勝手で変な人だなあ・・・」

セリアは改めてそう思ったのだった。



一方寮に戻ってシャワーを浴びたエルバートは、頭が冴えてくると同時にある思いが心をよぎっていた。

「・・・あの・・・・もしかして昨晩カーライル様がセリアさんを抱いたんじゃないですよね？」


ー・・・・ん？

返答があった。

「や、やっぱりそうなんですか？カーライル様がしたんですか？」


ー私は何もしてないぞ。何？！ついに抱けたのか？！やったなカール！


「・・・・エルバートです・・・」


ーついに大人の男になったか・・・・


どうやらこのカーライルの喜びようからいって、昨晩代わりにカーライルがセリアを抱いたわけではなさそうだった。



ってことは私が本当に変化をしてセリアさんを抱いたのか・・・うーん、なんで覚えてないんだろう・・・



ーそれでどうやって変化したんだ？

カーライルに聞かれてエルバートは頭を悩ませた。

「さっぱりわかりません。記憶にないんですよ。全然！」


ーそうなのか？ってことはお前激しく性格変わった可能性があるぞ


「え？！どういうことですか！？」

カーライルに思ってもいない指摘をされてエルバートは驚いた。


ー変化した時に性格ががらりと変わってしまう者は記憶がないことがたまにあるようだぞ。自己防衛機能みたいな

ものかもしれないが・・・


ガーン・・・



エルバートの顔は引きつっていた。

「彼女に失礼なことをしていたらどうしましょう・・・」


ーいまさら考えてもしょうがない。怒ってなかったんならいいんじゃないのか？今晩の約束もしたんだろうな？


「い、いえ・・・」


ーばかだな。せっかくだからここは積極的に攻めておけ


積極的に攻めるというよりも、セリアに詳しい話を聞かなければ、と思ったエルバートはセリアに

「今晩も行ってもいいですか？」と思念を送ってみた。

どきどきしながら待っていると、やがて「いいですよ」と思念が返ってきた。


いいってことは怒ってないようだ。よかった・・・


エルバートはほっと胸をなでおろした。


一方セリアの方は、ついいいといってしまったものの、本当にいいのか？と考えていた。

「うーん・・・怖いけど・・・もう一度あの変なエルバートさんに会ってみたいかも？どうしよう、私ってば

変な快楽に目覚めちゃったかもー？」

どうやらセリアは変化したエルバートに変な好奇心をもってしまったようだ。



この夜やってきたエルバートは大きなピンク色の花束をもっていた。

「うわ、綺麗・・・カルサの花ですね。昨日のお酒と同じ」

「は、はい・・・そのようで・・・花屋で絶対これだと薦められまして・・・」

「ありがとうございます。所で、私調べたんですけど、カルサの花には性欲を刺激する作用がちょっとあるようですよ」

セリアは恥ずかしげもなく言っていた。ちょっとエルバートを困らせてやりたくなったのだ。

「ええ？そうなんですか？」

「はい。まあ昨晩はお酒のせいでああなったわけじゃないようですが・・・」

「はあ・・・」

エルバートは恥ずかしそうに頭をかいていた。


こうしてみると普段のエルバートさんなんだけどなあ・・・・



「あのう・・・昨晩のことなんですが・・・詳しく話してもらっていいですか？」

昨晩と同じように酒飲の間に案内されてからエルバートが聞いた。

「だめです」

「え？」

「だって女の口からそんな恥ずかしいことは言えません」

「そ、そりゃそうですよね・・・」

エルバートの方が真っ赤になっていた。

「でもさっぱり何も覚えていないなんて・・・かなりショックです」

セリアはもっとエルバートをいじめてやりたい衝動を感じていた。

「そうですね。ほんと失礼な話で・・・すいません・・・・」

エルバートは大真面目に謝っていた。

「ぷぷっ・・・」

「え？」

セリアは噴出したのを手で押さえた。

「すいません。だって、今のエルバートさんってほんとからかいがいがなくて・・・だめだわ。私、なんだか

エルバートさんを変化させたい」

「え？」

「エルバートさん、私の肌の蛇見たくないですか？」

「ええ！？」

なんとセリアの方が積極的に攻めていた。

「見たい？見たくない？どっちですか？」

「み、みたいですが・・・見てもいいんですか？」

「どこにあったか覚えてます？」

「え・・と・・・お、覚えてないです」

エルバートはどぎまぎして言った。

「背中ですよ。背中」

「背中・・・」

「背中に紫色の蛇がいるんですよ」

「背中に紫のメス蛇が・・・・」

つぶやくエルバートの瞳がゆらいできた。

セリアはわくわくしてエルバートを見つめていた。やがてエルバートの瞳孔がまっすぐ細くなってきた。

スイッチが入ったようにエルバートの顔つきがすっと変わった。先ほどよりも自信に満ちた表情をしている。

やがてエルバートがにんまり微笑んだ。

「僕のかわいい小鳥ちゃん♪」


きたー！！！！



エルバートは今日はすんなり変化してセリアの両手を握った。

「そうかい、そんなに僕に抱かれたいなんて・・・僕はとってもうれしいよ」

「いえ、抱かれたいっていうか、ただ今のエルバートさんを観察したいっていうか・・・」

「そんなにいっぱい抱いてほしいのかい。ふふ、いいとも、さあベッドに行こう！」

「さっぱり聞いてないですね」

「フフフ〜ンフフフフフ〜ン♪」

エルバートは鼻歌交じりにセリアを寝室に連れて行き、すぐにセリアの服を脱がしていた。

セリアは抵抗する気はないようだ。

「あのーその前にもっとお話しませんか？」

「小鳥ちゃん、男と女は肌で語るものだよ」

「はあ？」

「ああ、昨日よりもつややかな肌だ。昨日は散々興奮したせいだね」

「そうでしたっけ？」

「明日の朝にはもっと綺麗になってるよ。さあ、お得な蛇ちゃんを見せておくれ！」

「お得は失礼ですよ」

「じゃあお買い得ー」

「もっと失礼です！」

「今夜もすばらしく綺麗な蛇だ！」


変化したエルバートは昨晩と同じ、かなり自分勝手で外見との落差が激しすぎる男だった。

だが二晩目のせいか、セリアもすんなり変化し、昨晩よりも快楽を感じていた。

「気持ちいい？僕のかわいい小鳥ちゃん」

「うーん・・・・はい・・・」

「じゃあ明日の晩もしようね」

「でもエルバートさんってばまたぜんぜん覚えてないんじゃないですか？」

「まさか！そんなことないよ。君とのことは全部覚えてるよ」

「本当かな〜？」

「本当だとも」

エルバートは自信満々だ。

「じゃあ覚えてなかったらどうします？」

「僕を襲っていいよ」

「なんでですか・・・」



次の朝セリアがエルバートに昨晩のことを覚えているか聞いてみると、やっぱりエルバートは覚えていなかった。


あれだけ変わると覚えていないほうがいいかも？


普段の真面目なエルバートなら自己嫌悪に陥ってしまうかもしれない。


「すいません。セリアさん」

エルバートは本当に申し訳なさげだ。

「いいですよ。その代わり、今晩も来てくださいね」

「は、はい」


結局その晩も、最後の晩もセリアはエルバートと過ごした。エルバートは変化してからのことはさっぱり覚えてはいないのだが

セリアが呼んでくれるくらいだから、普通に仲良く過ごしているのではないか？と思うようにしていた。



セリアの方は普段のエルバートとの変わりっぷりが楽しくてしょうがなく、また性の目覚めがやってきたために、

夜になると、男性と交わりたくてしょうがなくなっていた。自分では思いたくはなかったが、やはり性欲は強めな方

なのかもしれない。



普段のエルバートさんがああじゃなくてよかった・・・・



最後の夜まで一緒にすごしておきながらそう思ったセリアだったが、赤い月を共にすごさないと会えない、となると

また会いたいような気になってしまう。


かなり強引で自分勝手だけど、でも面白い人だったなあ・・・

『来年も絶対一緒だよ』っていってたけど、エルバートさんはどうせ覚えてないだろうしなあ、来年はどうなるかな？

また私から誘ってたりして・・・・



それは来年までわからないセリアだった。



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