第33話
赤い月が終わり数日後のこと、廊下を歩いているゆりの元にロイが走ってやってきた。
「か〜様！」
「んーなあに？」
とゆりが振り向いた。
「これあーげる」
ロイは両手でぽんと何かをほおった。ゆりは反射的にそれを受け取った。それは見たこともないほど巨大な
カタツムリだった。
「うわっなにこれ！」
「へへへー」
カタツムリの身体の感触は子供の頃触ったものと同じだった。ねばーとした胴体で柔らかい角がある。
丸まった殻は綺麗なピンク色をしていた。しかしゆりの片手ほどの大きさがあるため、お世辞にもかわいいとは
言えない。
「うわーでかっ！」
ゆりはカタツムリの胴体をつまんでロイに返した。
「もーロイちゃんったらおいたばっかりするんだから。だめでしょ。めっ」
ゆりはロイの頭をなでなでして鼻歌交じりに廊下を歩いて行った。
「あれー？つまんないの」
ロイは拍子抜けしていた。てっきり「ぎゃー」と悲鳴をあげるのかと思ったのだが。しかも、ゆりはロイが何をしても
最近不気味なほど優しかった。
その時廊下の向こうからアナスターシャが軽やかに歩いてきた。
「ねー様これあげる」
ロイはひょいとカタツムリをアナスターシャにほおった。
「ん？何？」
アナスターシャは反射的にそれを両手で受け取り、「ぎゃー！！！」と悲鳴をあげてぽいっとほおった。
「きもちわるっ！何するのよ！」
「へへへーだ！」
期待通りの反応にロイはご機嫌だった。
「待ちなさい！こらっ！」
「やだよーんだ」
ロイはあっかんべーをして逃げ、アナスターシャがロイを追いかけた。
「ばかロイ待てー！！」
結界の中をロイは逃げまくり、アナスターシャはロイを追いかけた。ちょろちょろ逃げ回るロイにアナスターシャは
思わず「ばか」だの「悪がき」だのと悪態をつき、それを教師の一人に聞かれてしまった。
「姫様！なんたる言葉使いですかー！！」
「うわっやばっ！」
アナスターシャはさっきまで行儀作法の授業をこの教師から受けていた所だったのだ。
「姫様こっちへいらっしゃい！」
「ごめんなさ〜いいいい！！！」
お説教はごめんとばかりに逃げたアナスターシャだったが、しばらくして部屋に戻るとその教師が部屋の中で
待ち受けていた。
「うわっ！」
「うわっではありませぬ。そんな言葉使いで恥をかくのは姫様ですぞ！」
「だってえロイが・・・」
「だってではありませぬ！」
「ごめんなさい」
アナスターシャは教師からのお説教を散々聞く羽目になってしまったのだった。
夕食の時間、アナスターシャはお説教のことを愚痴っていた。
「まったくロイのせいで怒られたじゃないのよー」
「僕知らないもん」
とロイ。
アナスターシャは忌々しげにロイを見つめ、ローストされた鶏肉にぶすっとフォークを突き刺し、かぶりついた。
「・・・そんな食べ方してるとまた怒られるよ」
ラギがぼそっと言った。
「なんで私だけ行儀作法の授業受けなきゃならないのよー。もーいやっ！」
「一応僕だって受けてるけど」
とシス。
「私の方が授業が多い！！」
「しょうがないわよ。アナスターシャは過去に行く予定なんだから。ちゃんとした礼儀作法も身につけないとね」
ゆりがにこやかに言っていた。だがゆり自身ちゃんとした礼儀作法は身についていない。
「女王様との食事会とかあるよ。きっと」
「気がおもーい」
「僕が変わりに過去に行こうかあ？」
ロイが明るく言い、アナスターシャが「いやよーだ！」と舌を出した。姉としては兄弟達に力で上をいかれるのは
面白くない。
ーちょっとラギ、ロイをぎゃふんと言わせる方法を何か考えなさい
アナスターシャはラギに思念を送っていた。
ーえー？
ー大事なお姉様の命令ですよ！
ー聞きたくありません
ラギが思念を送ると、アナスターシャは金色の瞳で睨んでいた。ラギは無視してスープを飲んでいる。
ーいいわよ！自分で考えるから
「ぶっ！」
その時一緒に並んでご飯を食べていたミシェイラがぶっと食べた物を吐き出した。ミシェイラは侍女に食べさせて
もらっている。
「ぶぶぶぶっ！」
「うわっもー何するんだよー」
それは真横にいたロイの顔を直撃した。
「ばっちいなあ」
「ミシェイラったらえらーい、おりこーさん♪」
アナスターシャは大喜びだ。
それを見たナナミがぶっと豆を飛ばしていた。
「こらこら、アナスターシャ変なことでほめないで！」
ゆりがあわてて言ったもののロイまでまねして豆を飛ばしだし、その豆がアナスターシャにあたったものだから
仕返しとばかりにアナスターシャは豆をつかんで投げていた。
「はははおもしろーい」
ロイは大喜びだ。
「やめなさーい！」
「私もやるー」
ナナミも豆サラダの豆を投げていた。ミシェイラは「きゃはは」と楽しそうに笑っている。
侍女らはあらあらといった表情だ。
「節分じゃないんだらからー！！」
とゆり。
ラギとシスの二人はやれやれという顔つきで空の皿で豆があたるのを防いでいた。
「行儀作法以前の問題だねえ」
「僕らはもう行こうよ」
「そうだね、姉様、今夜はダンスの練習があるからね」
シスはそうアナスターシャに告げて食堂を出て行った。食事が終わった時には豆は散らかるは、食べ物は散乱
するはで散々な有様だった。子供は元気が一番だが、これではあまりに王族らしくない。
「アナスターシャまで一緒になってどうするのよ」
「だってえ・・・」
アナスターシャは頬を膨らませていいる。
「あー楽しかった」
「きゃはは」
「またしようね、ねー様」
下の３人は満足げに食堂を出て行き、ため息をついたゆりだった。
夜、お風呂に入った後、ゆりは自分の部屋でまったりすごしていた。すると訪問者があった。
ハインリヒだった。
「王妃、一緒にお酒でも飲みません？」
「いいよーじゃあせっかくだからここで飲もうよ」
ゆりが提案し、ハインリヒが部屋に入ってきた。部屋にいた侍女が「お支度しますね」と部屋を出て行った。
部屋の中は薄暗く、テーブルの上にはいくつもの小さな灯りがともっていた。
「商人さんがおしゃれな蝋燭くれたから遊んでいたの」
とゆりが言った。
「綺麗でしょ」
蝋燭の灯りの色はそれぞれ違っていた。赤いのやらピンクっぽいのやらオレンジのやら、青いのまである。
透明なグラスに入れられた蝋燭で飾り用のものだ。
「雰囲気が出ていいですね」
「でしょー」
しばらくするとお酒が10本ほど運ばれてきて、ゆりはハインリヒと乾杯した。
「火って怖いけど綺麗だよねー」
「そうですね」
ハインリヒも小さな灯火を見つめていた。すると懐かしい記憶がよみがえってきた。
「火といえば、昔の時代ではよく火の祭りとかありましたよ。空に火の蛇を走らせたりしたなあ・・・」
「へー楽しそう」
「昔は祭りもかなり盛大でしたけど、こっちではお酒の祭り以外は規模も小さいしあまりやらないですね」
「そうだね。昔ほどお金ないからね」
「そうですね」
ハインリヒはくすっと笑っていた。
豪華絢爛なお城ははるか昔の物語ー
今ではまるでおとぎ話のようなそんな世界の出来事とさえ思える
あの世界に確かに自分は存在していたはずなのだがー
この時代にすっかりなじんでしまったということなのだろうな・・・・
そうハインリヒは感じていた。
「さっきまで王女様方にダンス教えてたんですよ」
「そうなんだ。アナスターシャ上達した？」
「今日もいっぱい足踏まれました」
「おかしいなあ。アナスターシャ運動神経はいいんだけどなあ・・・」
「今までずっとお二人にだけ教えていたんですけど、せっかくだから他の子供も数人混ぜたらどうかと思うん
ですけどね。シス様も足踏まれてばっかりじゃかわいそうですし、他にも子供がいたらアナスターシャ様も
気合が入るかもしれないですよ」
「いいかもね。ラリーとかソフィアとか呼んであげたら喜ぶよ。きっと」
「じゃあ王に相談してみましょう」
「うん」
ゆりはにこにこ顔だ。
「今年はいつにもましてご機嫌ですね」
ハインリヒがとうとうそういうと、ゆりは「聞いてくれる？」と身を乗り出した。どうやら聞いてほしいようだ。
「王様がとってもよかったんでしょ？聞かなくてもわかりますよ」
「今年は一杯一杯感謝してくれたんだー。私が幸せなのはお前のおかげだって、何度も何度も言ってくれた」
「そーですか。よかったですね」
「あんなふうに言われちゃうと参っちゃうなーもっと王様を幸せにしてあげなくちゃ」
ゆりはテーブルにのの字を書きながら言っていた。
「今年は赤ちゃんだめだったみたいだけど、来年に向けてみんなから気もらいまくってがんばっちゃおうかなあ」
「がんばってください」
ハインリヒはそっけなく言った。ゆりのにやけた顔を見るだけでご馳走様といった感じだ。
「あなたの元気さには私でさえ脱帽しますよ」
「えへへ。そうだ、カレンの様子はどう？元気？」
カレンはハインリヒの子供を身ごもっている女性だった。
「元気ですよ。最近は顔を見るたびに幸せそうです」
「そう。子供が生まれても過去のみんなに見せてあげられないのが残念だね」
「まあ皆は皆で過去の世界で幸せでやってるでしょうからね」
「そうだね」
皆それぞれ幸せでやってるに違いない。二人ともそう信じていた。
「過去のみんなに乾杯」
ゆりが杯をあげて、ハインリヒが軽く杯をひっつけた。
愛する人達が、どうか幸せでありますようにー
二人の願いは同じだった。
その頃、ミカエルはフリットの屋敷で酒を飲んでいた。
今夜のミカエルは力なくテーブルに肘をついて手であごを支えている。
元気がない様で何度もため息をついていた。
「まだ落ち込んでるのか？」
フリットがやれやれといった感じで聞いた。ミカエルは赤い月の翌日からこんな感じで毎晩ここに来ては
ぼんやりしていた。
「落ち込んでる？別に落ち込んではいないが・・・」
「じゃあ気が抜けてる」
「はー・・・」
赤い月が終わった翌日の朝のことだった。セリアがエルバートとずっと一緒だったという噂は瞬く間に広まり、
ミカエルは直接セリアに問いただした。セリアはあっさり「本当です」と認めたのだった。実際は赤い月全部では
ないようだが。
エルバートのやつ、のほほんとした顔して狙っていたとは・・・
「エルバートがあんなに抜け目のない奴だとは思わなかった」
ミカエルは夜這いをかけそうな戦士らには睨みを聞かせていたのだが、エルバートはノーマークだったので
かなりショックを受けたのだった。なんとか上級の男とくっつけたいという願望があったからだ。
「いいじゃないか別に。めでたく赤い月を経験できたということは、来年も再来年もその気になるってことだ」
フリットがもっともな事を言った。
「そりゃそうだけどなあ・・・」
「普通に祝ってやればいいじゃないか」
「お前が手を出してくれていれば・・・」
ミカエルはぶつぶつ言っていた。
「いやーもう、私は赤い月はのんびり過ごしたいからな」
「じいさんみたいなこと言うな」
「二人も子供ができたし目を血走らせて赤い月をがんばりたくない」
「じゃあもう王妃の恋人も降りろ」
ミカエルが横目で睨んで言うと、フリットは「それは別だ」と即答していた。
「私なんていまだに目を血走らせてがんばってるぞ」
とミカエル。フリットは「ご苦労さん」と言っていた。
「私だって毎年がんばってはいる。ただ休憩の日ができただけだ。結局はエルバートがいやなのか
セリアが経験したのがいやなのかどっちだ？」
「兄としては複雑なんだが・・・・腹が立つことにあいつ私を避けてる」
「エルバートがか？」
「今日も私の顔を見るなり逃げたんだぞ。男らしくないだろう」
「そりゃお前が睨むからだ。子供みたいに嫌がらせするんじゃないぞ」
フリットが笑って言うと、ミカエルは横を向いてちっと言っていた。
噂の主エルバートはというと、その頃シャナーンの屋敷にやってきていた。
「ああ、ミカエル様が怖い！どうしようシャナーン！今日もすっごい目で睨まれたんだよ」
向かい側にいるシャナーンはというと、不安顔のエルバートを見て笑っていた。
「君はよくそんなんでセリアさんに手を出したね」
エルバートの噂にはシャナーンでさえ驚いたものだ。
エルがセリアをくどいた、という場面がまだ全然想像できていない。
「本当に彼女と一緒にすごしたんだろう？」
「いや・・・その・・・まあそうなんだけど・・・」
「胸を張っていればいいじゃないか。悪いことしたわけじゃないし」
「だけど私は数日中にもミカエル様にぼこられるという噂が立ってるんだが・・・・」
「はははは」
シャナーンはおかしそうに笑っていた。
「ちっともおかしくないよ」
エルバートは本気で心配しているようだ。
「そんなの嫉妬からみの噂だろう？」
「本当になったらどうするんだい？」
「彼女に助けを求めたら？」
「そんな恥ずかしいことはできないよ」
「ふっふっふ・・・」
シャナーンは下を向いて笑っていた。おろおろしている友人がおかしくてならないようだ。
「君は面白がってるな」
エルバートは睨んでいた。せっかく相談しにきたのに、全く相談になってはいない。寮にいてもみんなに
こづかれるは、どうやってくどいたのか教えてくれと言われるばかりだった。ヴィクターら中年の男性陣からは
「やるじゃないか」とにやりとして言われていた。
「最近ほんと、身の置き場がなくて・・・皆私のことを見るし・・・」
「そりゃ噂の主だから仕方ないよ。所でどうやってくどいたの？」
シャナーンでさえ気になって仕方ないようだ。
「教えない」
「さては彼女の方から迫ったとか？」
「違うよ。私からだよ」
「夜這いしたの？」
「ち、違うよ」
「じゃあひそかに約束してたの？」
「いや、そういうわけじゃないけど・・・その話じゃなくてミカエル様のことで相談にきたんだよ」
「堂々としてればいいじゃないか。せいぜい嫌がらせをされるくらいで殴ったりはしないよ」
「そうだろうか」
「君の顔は男でも殴りたくないよ」
男らしい外見ならともかく、エルバートの顔は男にしては綺麗すぎる。殴るには躊躇する顔だ。
「できることなら嫌がらせもされたくないんだけど・・・」
エルバートはぶつぶつ言っていた。
「でもよかったじゃないか。無事赤い月を体験できて。君は実は相当悩んでいたようだから私も安心したよ」
シャナーンは気分を変えて言った。
「うん・・・まあ・・・」
エルバートの頬はちょっと赤くなっている。
「しかも彼女は強くてミカエル様に似ず性格もいい。王妃も面白くてかわいい娘だと言っていた。王妃に面白い
といわれる女性はなかなかいないよ」
シャナーンにしては珍しく王妃以外の女性を褒め称えていた。
「ひょっとしてシャナーンが彼女にしたかった？」
「私に彼女がいなかったらね。まさか入れ替えるなんて無情なことはできないし、それに王妃とよく接触する
女性はやっぱり彼女じゃない方がいいかな。彼女は王妃に気をあげることもできるからね」
「王妃に言われると何かまずいことでもあるのかい？」
「そういうことじゃない。王妃といる時と彼女といる時は私の中では別だからだよ」
「ふーん・・・」
「まあ何にせよめでたい。一度経験できたら気が楽になっただろう？今夜はお祝いしてあげるよ」
シャナーンはちょっと高めの酒を持ってきてエルバートについであげた。
何も言わなくても結構心配してくれていたんだな・・・
シャナーンの気遣いにジーンときたエルバートだった。
確かに一人前の男になれたことで気は楽になれたのだが、変化してからのことをさっぱり覚えていないのも
結構問題だった。本当に無事行為に及べたのか、実はそれも自信がない。
セリアさんが嘘をつくわけはないだろうけど・・・・でも優しい人だから私のことを気遣ってくれたのかも・・・
エルバートは赤い月が終わってからセリアに会っていなかった。あれやこれやというまに噂になり、どうにも
恥ずかしくて顔をあわせられない。話をするにもどうやって誘ったらよいのやら。
その前にミカエル様と話をした方がいいのかも・・・・うーんそれも気が重いなあ・・・
「シャナーン・・・私はミカエル様に謝った方がいいのかな？」
エルバートはまだミカエルのことを気にしていた。
シャナーンからは「堂々としてればいい」といわれて、そうだな、と思ったエルバートだったが、変な噂は加速
していた。
「ミカエル様がエルバートの顔を変えてやるって言ってたぞ」だの「その内思い知らせてやるって言ってたぞ」
だの、仲間達が律儀にエルバートに教えて「気をつけろよ」といってくれるのだった。そんな噂を聞くたびに
青ざめていたエルバートだったが、ついに噂は女性達の間を回ってセリアの耳にも入った。
「ミカエル様、エルバートさんを再起不能にするって噂本当なんですか？」
セリアは目をつりあげてミカエルに抗議していた。
「え？再起不能？」
自分の屋敷にいたミカエルはきょとんとしていた。
「なんだかすごい噂になってますよ。エルバートさんの顔にイシュタール様みたいな傷つけるのやめてくださいよ」
「そんなことするわけないだろう。ばからしい。私は何も言ってないぞ」
「本当ですかあ？」
「本当だ。デマだろう」
ミカエルは一瞬エルバートの顔に斜め傷があるところを想像していた。いくらなんでもそこまでしたくはない。
「ならいいですけど・・・」
セリアはじゃあなんでそんな噂が？と首をかしげていた。男の戦士達の嫌がらせだとは気づいていない。
「あいつの休みを減らしてはやったが・・・」
「ええっ！？かわいそうじゃないですか！」
「なーにがかわいそうだ。かわいいお前にあんなことやこんなことをしたんだから全然かわいそうじゃない」
「あんなことやこんなことって・・・・ミカエル様のすけべ！」
ミカエルは思いっきりセリアに罵倒されていた。
「それにあいつ未だに私を避けてるところが気に食わん」
赤い月が終わって一月になろうというのにエルバートはまだミカエルから逃げていた。
「そりゃ、あれだけ噂になってれば誰だって避けますよ。エルバートさんもかわいそうに」
「セリア、お前そんなにエルバートを心配するとは・・・あいつがそんなに気に入ったのか？」
ミカエルは軽くショックを受けた表情で聞いた。
「だって・・・エルバートさんってすごいんですもん」
「え？すごいって何が？」
「秘密です。もう嫌がらせもしないでくださいね。さよーなら」
そういってセリアは消えた。エルバートの変わりっぷりがすごい、というのはまだ自分だけの秘密だった。
「お、おい！すごいって何がすごいんだ！？気になるじゃないか！」
ミカエルの言葉はもうセリアには聞こえていなかった。
まさか・・・エルバートの奴あの顔で精力がものすっごいとか？まさか・・・あの顔で？
精力と顔は全く関係ないのだが、あまりに意外だったのでミカエルはそう思ってしまった。
しかもセリアがかなり気に入ってるじゃないか。来年は別の男を薦めようと思ったのに・・・
ぶつぶつ言いながら居間に行くと、ラリーが弟のミルドの両手を持って鼻歌まじりにくるくる回っていた。
「何やってるんだ？」
「ダンスの練習だよ。アナスターシャ様の練習相手の子供募集してるんだって」
「へーそうなのか」
「ヴィンセントには負けられないからね」
ラリーはヴィラの子供ヴィンセントとまだいろいろ競い合っていた。子供時代ライバルがいるというのは
いいものだ。
「そうか、がんばれ」
「セリアお姉ちゃんのことはほっといてあげなよ。その内に僕が大人になったら恋人にするからさ。それまでの
辛抱さ」
ラリーはにやりと笑って言っていた。
「・・・」
息子のあまりの言葉に一瞬声を失ったミカエルだった。
赤い月から一月ほど経った夜のこと、城で「ぎゃー」とけたたましい悲鳴があがった。
「誰か！誰か助けてー！！！！」
悲鳴は子供の悲鳴だったが、広い城なだけにそれだけで皆集まるわけはない。助けを求める思念を
子供達が聞いたのだった。場所は双子の部屋のロイが使っていた寝室だった。
「やったあひっかかったひっかっかった！！」
一人喜んで寝室に来たのはアナスターシャだった。アナスターシャはロイの布団に罠を仕掛けておいたのだ。
「どーしたの？」
「何があったの？」
兄弟達が集まってきた。布団の中で誰かがもがいている。
「どーだ参ったか、ロイ」
アンスターシャは両手を腰にあててえらそうに言っていたが、横から「何が？」と声をかかった。
「あれ？」
なんと横にロイがいるではないか。布団をはぐってみると、中でもがいていたのはシスだった。
「あれえ？」
「姉様！！！」
シスから怒りの声が飛んできた。シスの体は網状のものでぐるぐる巻きにされている。
「なんであんたがここにいるのよ！」
「それより早く出してよ！！なんか、ぬるぬるしたのが頭に乗ってるんだけど！！！」
「うわっカエルがいっぱいいる！」
とロイが言った。
「早く出してー！！！！」
「はいはい」
「ゲロゲロ・・・ゲロゲロ・・・」
寝室の中をぴょんぴょんカエルが飛びまくり、ナナミが「きゃあ！」とラギの背中に飛びついた。
「うわっなんだこりゃ・・・」
でかい大量のカエルにラギも呆れていた。
解放されたシスはよろよろしながら隣の部屋に移動した。布団の中には網状の罠と共にカエルが
隠されていたようだ。
「もーなんで今日に限ってロイのところで寝てるのよう」
アナスターシャが頬を膨らませて聞いた。シスは乱れた髪でぎろりとアナスターシャを睨んでいる。
「・・・ごめん・・・」
「ごめんじゃないよ。いい年してこんないたずらしないでよ！！」
「シスにしたわけじゃないよ。ロイにしたんだよ。本当にごめんってば」
その時ロイは寝室ででかいカエルを捕まえて遊んでいた。カエルはこちらの部屋まで飛んできた。
「このカエル自分で捕まえたの？」
ラギが聞いた。
「まさかあ。男の人に頼んだの」
「全くもう・・・・気持ち悪い。顔洗ってこよう」
「だ、大丈夫？」
シスの足がよろよろしていたのでラギが心配して言うと、シスは大丈夫といって一人で出て行った。
「なんでシスがいたんだろう？」
ロイは最近自分の部屋で寝てるものだとアナスターシャは思っていた。ナナミはアナスターシャの寝室で一緒に
寝ている。
「ここで一人で寝るようになったんだけど、時々寂しくなって僕らの布団にもぐりこんでくるんだよ。
ロイは寝相が悪いから、おおかた蹴り飛ばされてシスにーさんがこっちに来たんじゃない？」
「なーんだ」
「なんだじゃないよ。全く・・・ロイにこんなことしても喜ぶだけだよ」
「そうかなあ」
「ラギにーこのカエルどうするー？」
ロイはカエルを捕まえて無邪気に聞いていた。
「外に捨てなきゃだめだよ。ロイはいたずらしちゃだめだよ」
「はーい」
「まさかシスが引っかかるなんて・・・・ロイをぎゃふんと言わせてやろうと思ったのに・・・」
姉さんって時々突拍子もないことするんだからなあ・・・・
改めてそう思ったラギだった。
こうしてアナスターシャのいたずらは失敗に終わったのだったが、ロイはひそかにカエルを３匹ほど隠しておいた。
こんなにでかいカエルは珍しいから明日とー様にも見せてあげよう！
そう思ったのだ。
次の朝、王の間にラクシュミが入ると椅子の上に布袋がおいてあった。
「なんだこれ？」
「アナスターシャ様からの贈り物らしいですよ」
「ふーん？」
ロイからならラクシュミもあけなかったかもしれないが、アナスターシャの名前が出たのでつい布袋を
あけてしまった。
「ゲロゲロ・・・ゲロゲロ・・・」
中にはでかいカエルが３匹も入っていた。しかも一匹ぴょんと飛び出したではないか。
「うわっ！なんだこれ！！！」
「カエルですね」
番兵は冷静な声で告げていた。
ーアナスターシャ！！ちょっと来い！
「え・・・」
朝食中のアナスターシャにラクシュミからの怒りの思念が飛んできた。
「なんか父様が怒ってる！昨日のこと言った？」
シスはまだ怒った顔をしていたが「言ってないよ」といい、他の兄弟達も首を横に振った。
ゆりは「何のこと？」と聞いている。
「ねー様からの贈り物ってことで昨日のカエルとー様にあげた」
ロイがあっけらかんと告げた。
「なんですってー！！！」
アナスターシャは仰天していた。
「とー様喜んだかな？」
「喜ぶわけないでしょー！！しかもなんで私からよ！」
ー早く来いと言ってるだろう！！！
「ひえええええ！！」
こうして昨晩のアナスターシャのいたずらまで一気にばれてしまい、アナスターシャは今度はラクシュミに
散々怒られる羽目になってしまったのだった。
「お前はいい年をして一体何考えてるんだ！？」
「ごめんなさい」
「もっと長女らしくしろ！」
「ごめんなさいい・・・」
アナスターシャは何度も謝っていたがお説教はなかなか終わらなかった。しかもいつもは助けてくれるシスも
今日は助けてはくれない。
いたずらはいずれ自分に降りかかる。そう理解したアナスターシャだった。
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