第34話
城のあたりはぽかぽかとした陽気な日々が続いていた。庭園の花も綺麗に咲き乱れている。
ゆりはお花見がてら庭園の東屋でお茶会をしていた。お茶会といっても今ゆりの前にいるのは男が一人きりだったが。
「あ、みてみて、綺麗な鳥がいるよ。かわいいね」
ゆりが木の枝を差した。小さい赤い鳥が止まっている。
「あっちには紫のもいるよ。ねえ、かわいいわね」
「そうですね」
男はちょっとそっけなく答えた。
「もーミカエルってば、もっと楽しそうな顔して」
ゆりがむっとして言った。ちょっと前からゆりの前にいたミカエルはずっとむっとしたままだ。
その理由もわかっていた。
先ほどまでその話をしていたからだ。
ゆりはその話をフリットに聞いていた。ゆりとしてはエルがとうとう大人になってしまったのでショックだったのだが、
ハインリヒらと引っ付くとなるともっとショックかもしれないので、まあよかったのかなあと思っていた。
やはり恋人達が若くてピチピチの女の子と引っ付くとなるとちょっとどこかひっかかってしまう。ジュメがイシュタールと引っ付いたと
聞いた時は結構平気だったのだが、それはなぜかと聞かれてもゆりにもよくわからない。
赤い月のエルってどんなんだったんだろうなあ・・・エルのことだからあんまり変わらないかもね
ゆりはエルバートと体をとっかえた時のことを懐かしく思い出していた。
「エルとセリアかあ・・・ピンとこないけど案外長続きするかもね」
「えー」
ミカエルはいやそうだった。
「えーって・・・セリアはエルのこと気に入ってるんでしょ？ならいいんじゃない？」
「もっと上の男とくっつけたかったんだけどなあ」
「まあまあ思い通りにはならないものだよ。まあいいじゃない。エルだって中級の上あたりなんでしょ？今」
「水蛇様のおかげでね」
「そうなの。じゃあ水蛇様がいなくなったら下がっちゃうの？」
「そりゃ下がるでしょうねえ・・・」
「いいじゃない。ミカエルだって子蛇ちゃんのおかげで力あがったんだし、いなくなったら下がるでしょ？」
「いなくならないですよ」
「いつの間にかハインリヒの方に移ったりして」
「縁起が悪いこと言わないでくださいよ」
ミカエルは反射的に腕をなでていた。皆の子蛇は結構成長している。それぞれ２０センチ以上にはなっていた。
「そういえば、また元気なお方がいらしたそうですね」
ミカエルが話題を変えた。
「タロウ君のこと？そうだよ。今日の朝来たんだよ」
「また家出なんですか？」
「ううん、ただ遊びに来ただけみたいだよ。なんでもー」
その時ミカエルの視界にぱっとエルバートが現れた。
「あ！」
「わっ！ミカエル様！？」
エルバートの方も驚いている。
「私が両方呼んだのー。このまま気まずいのもなんだからお話しなさいね」
ゆりは逃げ腰のエルバートに笑顔で言ったのだった。
その頃、ラギは研究所の調査員と一緒に西の方角にある沼地にやってきていた。地面がぬめぬめしているのでラギは
長靴を履いている。調査員は３人、このあたりに住んでいる蛇が元気かどうかの確認にやってきていたのだった。それに
ラギが引っ付いてきていたのだ。そしてもう一人、３人の大人よりも背がかなり高い少年タロウもいた。
タロウは相変わらず体格が良い少年だ。後ろから見たら全く少年には見えない。違う所といえば、前まで肩くらいまで伸ばしていた
髪をすっきり短くしていた。今虎の少年達の間では短い髪が流行っているそうだ。
沼の真ん中には木や草が生い茂っていた。４人は沼の周りの泥状の地面の所を歩いている。
「ラギ様足元に気をつけてくださいね」
「はーい。タロウさん、つまんないでしょ？ロイと遊んできたらいいのに」
ラギがいいながら長靴でずぼずぼ歩いて行った。
「別にいいんだ。いろんな蛇見るのも面白い。お母さんに見せてあげたいなあ。きっと気絶するなあ」
タロウははははと笑いながら言っていた。アヤコは蛇が嫌いだ。気絶するだけではすまないだろう。
「蛇って泳ぐんだなあ。知らなかった」
「結構泳ぐの上手いよ」
「虎も泳ぐの上手だぞ」
「ねえ、所で本当に今回は家出じゃないの？」
ラギが聞いた。
「違うぞ。遊びに来ただけだぞ」
「ふーん」
タロウが突然来ると言ったのが今朝のことだった。その後すぐに魔法陣でやってきたのだ。
いつも突然なんだからなあ・・・
「でもあれからちょっと賢くなったぞ。お母さんにはやいやい言われるけど」
「そう。それでどのくらいいるの？」
「さあ、まあ飽きるまで」
タロウはそう答えた。やっぱり家出じゃないのかな？とラギは怪しんでいる。
「すいませんがこの大蛇の胴体ちょっと持ち上げていただけませんか？」
「いいよ」
男に言われてタロウはばかでかい蛇の胴体をひょいと持ち上げていた。男達は蛇の胴体に異常がないか調べている。
さすがタロウさん、怪力だなあ
ラギは改めてタロウの力に驚いていた。
庭園では、エルバートとミカエルが向かい合って座っていた。それをミカエルの横に座っているゆりが眺めている。
ゆりはフリットから二人の事を聞いて話をさせて方がいいと思い、この場をもうけたのだった。
「ねえ、ミカエル、何か言ってあげて」
ゆりはまずミカエルに言った。
「何かって何をです？」
「別に怒ってないんでしょ？」
「怒ってないですよ」
ミカエルはエルバートを睨んで言った。エルバートはかなり居心地が悪そうだ。
「じゃあもっとにこやかに言ってよ」
「嫌です」
「もー」
「あのう・・・ミカエル様・・・どうもすいません」
あれ以来ミカエルから逃げまくっていたエルバートがとうとう言った。
「すいません？私に何か悪いことでもしたのか？」
「え・・・その・・・」
「私が腹を立ててたのは、お前が私から逃げまくっていたからだ。セリアのことは別にもう怒っていない」
「え？そうなの？」
ゆりが言った。
「セリアに子供を産ませたかったから誘ったって胸を張って言えばいいんだ」
「そんな直接的な・・・」
「私は・・・セリアさんが好きで誘いました」
エルバートが言うと、ミカエルは「そうか」と言って横を向いた。
「ミカエル様に了解も取らずにすいません」
「いいさ、どっちみち了解なんてやらないしな。それじゃ私はこれで」
ミカエルはぱっと消えてしまった。
「ミカエルったら子供みたい」
「・・・・」
エルバートはミカエルが消えた空間を見つめていた。申し訳ないような、そんな顔をしている。
「しょうがないよ。かわいがってるいとこが大人になっちゃったんだから。きっと相手が誰だって面白くなかったと思うよ」
きっとセリアのことをとてもかわいく思っていたんだろうな、とゆりは感じていた。相手がたとえハインリヒだったとしても、手放しに
喜ばなかったような気がする。
「そうでしょうか」
「そうだよ」
「ありがとうございます。ようやくミカエル様に言えました」
エルバートはちょっとほっとしていた。
「ううん。エル、セリアを泣かせないでね」
「は、はい」
ゆりは以前よりも心なしか男っぽくなったエルバートを見つめていた。エルバートも笑顔を浮かべていたのだが、やがて目元が細まった。
「さては恋人にしたいと思ってるな？」
カーライルが出てきたようだ。
「思ってませんよ」
ゆりの顔からも笑顔が消えた。
「どうかな？赤い月のエルバートが気になったんだろ」
「気になってないわよ」
「変化したエルバートはすごいんだぞ」
「・・・え・・・・」
ど、どうすごいんだろう・・・・
ゆりはちょっとどぎまぎしてしまった。
「あれ？水蛇様もしかして二人のことのぞいてたの？」
「いや。でもわかる」
「なんでよ」
「エルバートは赤い月の間のことはさっぱり覚えていないと言ってた。私の本当の息子のカールもそうだった。毎度赤い月のことは
記憶になくてな、相手の女性に聞いてみたら、普段では考えられないほど性格が変わったと言ってた。エルバートもきっとそうだ」
「え！」
普段では考えられないほど性格変わった？それで記憶にないって、王様と同じじゃん！
ってことはエルも王様タイプってことかしら？どう変わるんだろう。気になる！
ゆりの脳裏にはかなりの妄想が膨らんでいた。
「ほら欲情してきた」
「え！！」
「図星だろう」
もしかして気がピンクになってる！？
「さようならー！」
ゆりは言いながら逃げるように走って行ってしまった。
「ふっ。毎度のことながら騒がしい王妃だ」
カーライルは鼻で笑ってテーブルに肘をついた。
そして庭園の花々に目を留めた。カーライルはしばらくぼんやりしていた。
蝶も花も、鳥も木も、長い時が流れてもそうは変わってはいない。
だが、景色も、人も、空気もあの頃とは違う。
カーライルはハザークとは違い長い時をずっと今まで生きていたわけではないので、生きていた頃のことを思い出すことはよくあった。
その頃は人化できる蛇も数十人いたし、子供達も敵の心配をせずとも湖で泳ぐことができた。
街を歩いていてもほとんどが蛇の一族の者ばかりだった。
ぼんやり考えていると物悲しい気分にさせられる。そういう時はふらりとどこかへ行ってしまいたくなる。
エルバートがカールの生まれ変わりならよかったんだが・・・・
二人には似通った点もかなりあるのだが、性格はやはり違っているし、魂も違う。
息子はもっとしゃきっとしていたものなあ。まあエルバートはかわいい奴ではあるが・・・・
「あっエルだー」
ナナミが東屋にやってきた。カーライルは手を出してぽいっと何かをほってやった。それは小さい水色の蛇で、それは
ナナミの周りをぐるぐる回りだした。
「わーい」
蛇はナナミから離れて飛んでいき、ナナミはそれを追いかけて行った。
まあ先のあてがあるわけでもないのだが・・・エルバートはどこか抜けているからなあ。敵にやられて早死にしそうで心配だ・・・
もうしばらくは・・・
カーライルは瞬間移動をして姿を消した。
その日の夕食の時間、ゆりは一人うきうきだった。タロウが朝やってきた時に、お土産にアヤコが最近見つけてはまっている沢蟹を
大量にもってきてくれたのだ。でかいハサミで２０センチほどの緑色の小さい蟹だが、ゆでて食べるとおいしいらしい。
ゆりはこらえ切れなかったのでもらってすぐに３個ほどゆでて食べていた。蟹はゆでると真っ赤になり、食べる所はそんなになかったが
ちゃんと蟹の味がしておいしかった。心配していたアレルギーも出なかった。
テーブルの上にでんとゆでられた蟹が大量におかれた。子供らは珍しげにそれを眺めている。子供達は蟹が丸ごと食卓に並んだのを
見たのは初めてだった。
「これってどうやって食べるの？」
アナスターシャが聞いた。
「まずはねーここをこうして、こうして・・・」
ゆりはあちちと言いながらハサミを使いつつ蟹を解体していった。子供らは見よう見真似で蟹をばらしていった。
「ナナミとロイにはむいてあげるね」
ゆりは蟹の身をほぐして二人にあげた。ミシェイラは侍女に鶏肉をほぐしたのを食べさせてもらっている。
「うーん、めんどくさーい！」
アナスターシャがさっそく音を上げていた。
「もういいや。そんなにおいしいってほどでもないし、それにほとんど殻だしー」
「そう？おいしいけどなあ」
「僕もあんまり」
シスが言った。
「僕は楽しいけどなあ。蟹の構造がわかって」
言ったのはもちろんラギだった。
「タロウ君は食べないの？」
タロウは全く蟹に手をつけていなかった。
「僕は肉の方がいいです」
「皆このおいしさがわからないなんて・・・」
ラギ以外には蟹は不評らしい。ゆりは一人もくもくと蟹をばらしたりハサミを開いたりしていた。
「海に行けばでかい蟹が一杯いるんだろうになあ・・・行きたいなあ海」
ぶつぶつつぶやいていたらタロウが「お母さんも同じこと言ってたなあ」と言っていた。
「アヤコさんはいろいろ旅行したりしてるんでしょ？他国に行きたいって思わないのかな？」
アヤコはゆりのように行動制限もない。結構自由にあちこちいけるのではないかとゆりは思っていた。
「この前休みをもらって国の外に旅行してましたよ。たまに行ってますよ」
「え？本当？手紙ではそんなこと全然書いてなかったけど」
「あ、そういえば、ゆりさんには悪いから旅行行った事は書かないって言ってたかな」
「いいなあ・・・・」
ゆりはうらやましそうな目をしていた。他国を自由にぶらつくなんてゆりには一生できそうにない。
さては犬の国の温泉に入りに行ってるな、とゆりはぴんときた。
「まあいいじゃない。お母さんは夢の中でわりと自由にしてるし」
ラギが慰めるように言った。
「まあ、そうだけど・・・」
タロウは一人きょとんとしている。
「カニカニー」
ロイが蟹を宙に浮かべて遊んでいた。
「これ、やめなさい」
「ところでさーアナスターシャって本当は女の子なんだろ？うちの父さんも母さんも女の子だっていってたぞ」
タロウの突然の指摘に一同どきりとした。そういえばタロウにはアナスターシャは男ということになっていたのだ。
「な、そうだろ？」
タロウはラギに聞いた。
「えーと、実は僕らの一族の女の子は他の一族の男には男だって偽る習慣があるんだ」
ラギは考えながら言った。
「えーなんで？」
「それは、ほら、好きになったら困るからだよ。王族だから他の一族の人と一緒にはなれないでしょ」
「ふーん」
「ねえ、タロウさんは今回どうして来たの？」
シスが話題を変えた。
「なんとなくラギに会いたくなったんだよ」
「今回は本当に家出じゃないの？」
ゆりが再び聞くと、「違いますよ」とタロウは言い張っていた。誰が聞いても遊びに来たとしか言わない。タロウと一緒に来た侍女に
聞いても同じだった。
「そうなの。まあいいわ。ごゆっくり」
ゆりは言いながらも蟹のハサミをじょきじょき切っていた。
子供達は夕食後、一緒にトランプをして遊んだのだが、寝る時間になり、タロウはラギの部屋に一緒にやってきた。
「まだ寝ないの？」
「寝るよ」
「何か話？」
「いや別に」
ラギが不思議がっていると、タロウは寝室までついてきた。
「僕ラギと一緒に寝る」
「え？！なんで？」
「決めたんだ」
「僕のベッド小さいよ。あれ？」
ラギはベッドを見て目を真ん丸くした。今までのベッドよりかなりでかくなっている。
「大きくしてもらったんだ。ははは」
「どうして一緒に寝るの？」
「えーと、お母さんがラギにひっついて賢い菌を移してもらえって言ってた。そんじゃおやすみ」
タロウはごろんとベッドに横になり、ぐーと寝てしまった。
「え？賢い菌って何？？？？｝
聞こうとしたがタロウはすでに寝ている。ラギも寝転んだのだが、やがてぐーすかうるさいいびきが聴こえてきた。
・・・シスにーさんの所で寝よう・・・
ラギがベッドから降りようとすると、手がむんずとつかまれた。
「だめじゃないか。寝なきゃ」
「ええ？！でも・・・」
「おやすみ」
タロウはまた横になった。
「ぐがーぐがー」
「なんなんだ。一体？？？」
ラギは奇妙だと思いつつ眠ろうとしたが、結局うるさくて眠れなかった。
早朝、城の外で獣のおたけびのような声が響き渡った。その声を聞いた鳥達は全て飛んでいってしまい、部屋の窓を開けて寝ていた
ハザークもすっかり目を覚ましていた。
「また猛獣がやってきたな」
ハザークは寝室でそうつぶやいていた。
タロウは気分爽快で目覚めていたがラギは寝不足だった。横で一晩中うるさいいびきをきかされていたのだから無理もない。
体を屈伸させて運動しているタロウの横で、ラギはぼーとした顔をして座っていた。
「よし、ご飯食べようぜ」
タロウはラギの腕を引っ張って行き、城の中に入っていった。
朝食の時間、ラギがぼーとした顔をしていたので、ゆりは「また本読んでたんでしょ」と誤解していた。
ラギは口ではいえなかったのでシスとアナスターシャに思念で愚痴っていた。
ーなぜか僕と一緒に寝るって言ってさー一緒にいたら賢い菌が移るとかいうわからない理由で
ー賢い菌？
ーアヤコさんに賢い菌をもらえって言われたって
ーえ？そんなのあるの？賢い菌私も欲しい！
アナスターシャが目を輝かせていた。
ー・・・そんな菌ないよ
ーなんだー
ーわかった。きっと勉強しなくてアヤコさんに怒られたんだよ。それでそう言われたんじゃない？
シスはそう推理した。
ーそうなのかな？
ーそうだよ
確かにそう考えるのが一番自然だ。
ロイがタロウに「今日一緒に遊ぼうよ」と言っていた。だがタロウは用事があると言って断っていた。
「用事って？」
ラギが聞いた。
「さっきひらめいたんだけどさ、今日からラギを鍛えようと思うんだ」
「え？」
ラギはぽかんとしていた。
「この前は勉強教えてくれたからお返しに鍛えてやるぞ」
「は？いや、僕は鍛えても無理だから・・・ほら、最初虎行った時もいろいろされたけど無理だったし」
ラギの顔は心なしか青ざめている。
「大丈夫だ。為せば成る！」
タロウは胸を張って言った。
「おっ！難しい言葉知ってるわね」
ゆりは感心していた。タロウは「へへへ」と笑っている。
ーだ、誰か助けてー
ラギはすがるように兄と姉を見た。
「がんばってねー」
アナスターシャは笑顔で言っていた。予想通りの反応だ。
「ラギは身体動かすの苦手だから鍛えても無理かもしれないよ」
シスはちょっと遠慮がちに言ってみた。
「僕は勉強できなかったけど今ではちょっとましになった。ラギも鍛えればちょっとましになるはずだ」
もっともな意見だ。
「じゃあ今日からがんばろうな。ラギ」
タロウは目を輝かせて言った。どうやらやる気満々のようだ。100パーセント好意で言っているのだからゆりも
「まあラギももうちょっと身体動かした方がいいかもね」などと言っていた。
ーひえー助けてくれーそれでなくても寝不足なのにー
訴えてみたものの、誰も助けてくれなかった。
朝食を食べて休憩してから、さっそくラギの特訓とやらが始められたのだった。
「運動運動！」
タロウはラギに屈伸運動をさせた。
「一体何するの？」
仕方なくラギは付き合っている。
「うーんまずは体力つけないとなあ。よし、まずは城の中を走って５周だ！」
「いー？？？」
城は結構広い。歩いて一周するだけでも結構時間がかかるのだ。走って一周するのも今のラギには無理だ。一階の廊下さえ
走れるかどうか。
「いくぞー」
タロウはラギの手をひっぱっていった。
ー誰か助けてくれー・・・
思念を送ってみたものの、「がんばって」というエールが返ってきただけだった。
タロウは完全な好意でやっていたのでラギも嫌だとは言えなかった。ひーひー言いながら城の階段をのぼっている。
一周回るだけで脚がふらふらだった。しまいには『なんでこんなに広いんだ！』と城に愚痴っていた。
城で出会う人達も助けてくれるどころか「がんばってください」と励ます始末だ。
「僕、もう、もう無理」
ラギは死にそうな顔で言った。
「そうか？ラギは本当に体力ないなあ。じゃあやめるか」
ラギはがっくり倒れこんでしまい、タロウに背負われて部屋に運ばれたのだった。
「王、ラギ様がひーひー言いながら階段上ってましたが、何されてるんですか？」
王の間ではイシュタールがラクシュミに聞いていた。
「ああ、体力つけてもらってるらしい」
「体力ですか」
「まあラギは部屋にこもりがちだからいいかもな」
ラクシュミは苦笑していた。ラギはラクシュミには助けを求めてはいなかったが、求められてもラクシュミが助けたどうかは謎だ。
「今回はなぜいらしたんですか？」
「まあ気が向いたから来たんだろう」
「そうですか」
前回タロウと腕比べをしたのでイシュタールはなんだかうれしそうだった。
午後になるとラギ待望の時間がやってきた。
昼寝の時間である。虎の一族の子供達は午後には昼寝の時間があるのだ。
蛇の目のゆりがこっそりラギの部屋に来てみると、いびきをかいているタロウの横でラギはすっかり熟睡していた。
疲れ果てていびきも気にならないようだ。
「あらまあ、仲良く寝てる。ふふふ」
でもなんで突然ラギを鍛えようと思ったのかしら？
それはわからないまま、３時になると昼寝の時間は終わってしまい、おやつの後には再び体力作りが待っていたのだった。
そしてそういう日々が次の日もその次の日も続いたのだった。
「あ、悪夢だ・・・・」
「ん？何か言ったか？」
前を走っていたタロウが振り向いた。
「いや、なんでも、たまには遊んできたらいいのに」
一日中タロウはラギにべったりだった。これではラギも逃げられない。
「いいんだ。僕は今回は全力でラギに体力をつけて強くするって決めたんだ」
「それは、あ、ありがたいけど・・・・」
迷惑だ、とは口が裂けても言えずに、ラギはふらふらになりながら城の廊下を走っていたのだった。
タロウが一体いつまで蛇の国に滞在するのか、それはまだ不明である。
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