第36話
タロウがいなくなり、城の中はちょっと寂しい雰囲気が漂っていた。ラギはせっかくだからと朝食前に軽く運動することにし、
それにシスも付き合っている。それを知ったロイも眠い目をこすりつつ参加しだした。
ロイの方がラギよりも体力があるようで、城の周りを走っていると「早く早く」とせかされるようだ。
ゆりはアヤコにお礼の手紙を出していたのだが、ラクシュミに頼んで魔法の鏡を使わせてもらった。
ゆりがタロウのことをほめたたえるとアヤコもまんざらでもなさそうだ。
「アヤコさんも心配だったでしょう？」
「別に。タロウに何かあるなんて想像すらできないからねえ。ラギ君に何もなくてよかった。賢い菌もちょっとはもらってきたようだし」
ゆりはアヤコの冗談にはははと笑っていた。
「それはそうと、アヤコさん、犬の国の温泉に行ったでしょ！」
ゆりは突然問い詰めるように聞いた。
「え？何の話？」
「ネタはあがってるんだから白状しなさい」
まるで警察の取り調べのようだ。アヤコは「何のネタ？」と言っていたが、タロウが口を滑らせたと思い、白状することにした。
「ゆりちゃんには悪いから黙ってたけど行ったわ。温泉」
「やっぱり！」
「温泉巡りしたわ。実は去年もおととしも行ったわ」
「えーいいなあ・・・・どうやって行ったの？馬車？」
「早馬よ。脚が８本ある珍しいでかい馬よ。すっごく早いの」
「聞いたことあるけど乗ったことはないわ。それよりもいいなあ温泉」
「暑いと温泉っていう気分じゃないけど、時々入りたくなるのよねー病気に効くという温泉がいろいろあって、結構あちこちから
人がやってきてるみたいよ」
「へー」
「私は気楽に旅行なんてしちゃってるけど、ゆりちゃんには悪いからずっと黙ってたわ」
「そうなの。自慢してもいいよ。旅行の話聞くだけで楽しそうだし」
「そう？なら今度からそうするわ」
「うん」
「違う国に旅行かあ、いいなあ・・・」
ゆりはアヤコと別れてからつぶやいていた。
「ねえ、フリットは旅行したことある？」
ゆりは鏡に見えないように立っていたフリットに聞いてみた。
「羊の国に行ったことはありますよ」
「そうなんだ。早馬に乗ったことあるの？」
「蛇から羊の国には早馬は走ってないんですよ。北には走ってるんですけどね。早馬ってのは神の国から下りてきた馬らしいですよ。
神の国でごらんになったことはないんですか？」
「ないわ。ユニコーンとかなら見たけど」
「そうですか」
扉が開いてヴィクター将軍が中に入ってきた。ヴィクターはゆりの側にぱっと移動してきた。
「こんにちは王妃」
「こんにちは、将軍」
ヴィクターは相変わらずのナイスミドルである。子供ができてさらに若返ったという噂だ。３人目の子供を作ることが今の目標とか。
シャナーンよりもヴィクターの方が若い子にはもてているらしい。シャナーンは女の子にはつれないたちだからだろう。
「何か変わったことでも起きましたか？」
フリットが聞くとヴィクターがうなずいた。
「王妃もお聞きになりたいですか？」
ヴィクターが聞いてきたのでゆりはうなずいた。
「龍の国の情報なんですけどねーあ、王がお戻りですね」
ラクシュミがぱっと椅子の近くに現れた。
ヴィクターは軽く礼をした。
「相変わらずの長話だな・・・」
ラクシュミは少々呆れたようにゆりを見ていた。ゆりはちょっと舌を出した。フリットが話が終わったことをラクシュミに思念で
伝えたようだ。ちょっとだけと思っていてもいつも長話になってしまう。それも仕方がないことだ。
「ごめんなさい。だって話はつきないんだもの。虎の国に行って話したいくらいだよ」
「だめだ。それで何かあったのか？」
ラクシュミは簡潔に答えてヴィクターを見た。そしてゆりを見た。どうやら出て行けと言いたいようだ。
「将軍が私も聞いてもいいって」
「龍の国の大きな街にある教会が、最近放火にあってるようなんですよ」
ヴィクターが話し出した。
「放火ですか？」
とフリット。
「そう、ここ二ヶ月で５つほど、その一つは城近くの教会だったようで。表向きは不審火ってことになってるようですが、
実は放火されたようです。まあこれだけ燃えてると不審火ってことはないでしょうしね」
「へーそれって・・・どうなの？うちにとってはいいこと？」
ゆりが聞いた。
「別にいいも悪いもないが・・・邪教徒の仕業だろうか？」
ラクシュミは少し首をかしげていた。
「その可能性もあります。その割にはたいして警備も増やしていないようでおかしいんですが、一応うちも教会の警備を
した方がいいかと思います」
ヴィクターが答えた。
『邪教徒』ゆりにとってはあまり聞きなれない言葉だが、この世界には、アシュランを筆頭とする神々を崇める人たちのほかに、
闇の世界の者を崇める人達がいるようだ。その人達がいわゆる『邪教徒』である。
元の世界で言うところの、『悪魔崇拝』のようなものらしい。そういう者たちが増えるとまずいらしく、
どこの国でもその『邪教徒』には目を光らせているのだ。ある意味敵よりもやっかいなのだ。
「龍の一族に敵対している人の仕業ってことはないの？」
「それはないな。普通の者ならば教会を焼くわけがないからな」
「教会を焼くと神の怒りをかう場合がありますからね」
ラクシュミに続けてフリットが言った。
「なるほど」
敵に恨まれても神様に恨まれるのはゴメンだというのも人の心理だろう。
「ゆり、もう行け」
ラクシュミに促されて、ゆりは「はーい」と返事をして歩いて行った。
「それにしても龍の国でしでかすとは大胆だな・・・」
というラクシュミの声が聞こえてきた。
城の近くの教会が燃えたとなると、龍の国では結構な騒ぎになっているに違いない。
邪教徒かあ・・・・闇の世界の者って神の国のはずれに出る魔物とかのことかなあ？
ハロルドの話によればそれらは人間界にもいるらしいけど・・・怖い怖い
ゆりはそれ以上考えないようにして王の間を出た。
それらの存在はあまり口に出してはいけないらしい。口に出したらそれらを呼んでしまう可能性があるからだ。
別のことを考えようとして先ほどのアヤコとの会話を思い出した。
私もぶらり旅でもしてみたいもんだわ。老後に王様と旅行とかできないものかなー
とりあえず綺麗な湖で泳ぎたい気分♪
今日は気温が高めだったので温泉という気分ではなかった。
今度神の国にいけたら泳ごう！
相変わらず常人では思いつかない望みではあるが、そんなことを考えていると、その夜神の国に行くことができた。
スイトピーのようないい匂いがするお花畑で目覚めたゆりは「やった、泳ぐぞー」と言いつつすくっと立ち上がった。
どこで泳ごうかなー
あたりを見回したが、川はあるが湖は近くになさそうだ。その時遠くの空からペガサスが飛翔してくるのが見えた。
ペガサスにはハロルドが乗っているようだ。
「おーい」
ゆりは両手を振ってペガサスに合図した。すると気づいたのかペガサスが下りてきた。
「来てたのか」
ハロルドがすぐに言った。今日は紺色のチュニックにズボン姿。腰には金色のベルトをして剣を差していた。
庭園にある石像そのままの男らしい神である。
「もうばれたの？まあいいや。３番目の子供元気？」
ゆりはあまり気に留めずにハロルドに聞いた。
「ああ元気だ。所でお前名前忘れてるんじゃないだろうな？」
ハロルドがペガサスに乗ったまま鋭い瞳で聞いてきた。
「知ってるよ。力の神バルンでしょ？」
「・・・・・バリアスだ」
ハロルドはちょっと呆れ顔だった。
「・・・ごめんなちゃい」
ゆりはガーベラの顔でかわいげに謝った。
神の国では子供がたくさんできすぎて、これ以上子供ができたら名前を覚えられないかもしれない。
すでに間違えている所からしてやばいだろう。
「ねえどこに行くの？」
「ラクアに用がある」
「私も一緒に行ってもいい？」
「ああ」
ゆりはペガサスに乗せてもらい、空を飛んでいった。ラクアの神殿の外の湖で泳ぐのもいいかもしれない。
「ラクアの双子ちゃんちょっとは大きくなった？」
「ちょっとは大きくなったんじゃないか？そっちは名前覚えてるのか？」
「ユリアナにイオナ、覚えてるけどどっちがどっちかはわからない」
ゆりは素直に白状した。
「本人らには言うんじゃないぞ」
「もちろん」
「大胆というか肝が太いというか・・・・」
ハロルドはやっぱり呆れ顔だった。区別もついてないのに平気で会おうと思う所がハロルドからすれば大胆に見えるのだろう。
「ばれたらどうしようとか考えないのかお前は」
「あんまり考えない。だって今の私は身も心もガーベラだもん」
ゆりは自信たっぷりに言っていた。
内心「うーん」とうなっていたハロルドだったが、まあガーベラの性格とまるっきり違うわけでもない。似ているから自分もずっと
だまされていたのだろう。そのハロルドも、最近では一目で区別がついている。
私の方がばれやしないかとどきどきするんだが・・・困ったもんだ・・・
「ちょうどよかったー。湖に行きたかったの。今日はどうしても泳ぎたくて」
その上私をただの御者並にしか感じてないときたもんだ。この女は・・・・
神への崇拝もくそもあったもんじゃないな・・・
ハロルドはさらにあきれていたがそれも今更であろう。
ラクアの神殿が見えてきてペガサスは下降した。二人の女の子が湖の上を歩いている。
「あ、カカ様だー！」
湖の上を歩いていた双子が手を振ってくれたのでゆりも手を振って返した。湖と同じ綺麗な水色の髪の女の子達は、やはりそっくり
だった。人間界でいえば５歳ほどだろうか。水の神様だから水の上を平気で歩けるのだろう。
輝くばかりの美少女達にゆりは思わず「おおー」と感嘆の声をあげていた。
二人とも前髪は眉でそろえられて残りの髪は肩までのストレートだった。上半身は水色の衣を巻きつけたような感じだが
腰から下は膝上までのフリルがついたスカートだ。
まさに芸術だわーこんなにかわいいのに二人もいるなんて！
これではラクアも娘に毎日でれでれに違いないわね
ペガサスから降りたゆりは近づいてきた二人と手を結んでいた。
「二人とも今日もかわゆーい。ねえ一緒に泳ぎましょ」
「「はーい」」
二人は片手をあげて同時に言った。
「ますますかわゆーい」
ゆりは思わず二人を抱きしめてほお擦りした。
「二人とも水の上歩けるんだ。いいなあ。私も一度歩いてみたいわ」
「水の神様だもん」
「カカ様はお花の上歩いたらいいよ」
「そうねー前に踏み外しちゃったけど」
神殿の中からラクアが出てきた。
「やあガーベラ、ハロルドまで、何か用？」
ラクアがハロルドに聞いた。ラクアは髪と同じ水色のローブ姿だった。今日も青い水瓶を持っている。
「お前が罰を与えた龍の子供のことで話があるんだ」
ハロルドが答えた。
ん？龍の子供？
ゆりは思わず聞いたその言葉に耳を傾けていた。
「カカ様泳ぎましょ」
子供達に手を引っ張られた。
「うん、泳ごう泳ごう」
ゆりは子供達と一緒に服を脱いで湖に入った。
ラクアとハロルドは真面目な表情で何事かを話しているようだ。
うー気になる。龍の子供って何？文字通り龍の子供なのかそれとも龍の一族の子供なのか？
ラクアが罰を与えたってのはどういうこと？
ゆりは立ち聞きしたかったが、近づいていったらハロルドに睨まれそうだ。
ここはあきらめよう、と思っていたゆりだったが、いつの間にやら子供らと二人の近くの方へと泳いでいっていた。
するとラクアとハロルドが同時に顔を向けた。
ゆりは笑顔でごまかしてすーいと移動して行った。やはり立ち聞きは無理のようだ。
「あっち行こうか」
ゆりは神殿の横の方で子供らと遊ぶことにした。
水の深さはガーベラの身体の胸元くらいだった。子供達は平泳ぎっぽい泳ぎ方ですいすい泳いでいる。
ゆりは綺麗な湖の中にいるだけで気分爽快だった。時折小さな魚達が横切っていくのが見える。上を見ると青い空。
横を見ると光り輝く神殿や木々。鮮やかな色の鳥達の姿も見える。あまりの気持ちよさに歌いたい気分だったが、ここで歌は
まずいだろう。
「二人とも泳ぐの上手だね」
ゆりがほめると「そんなことないよー」「下手だよー」という言葉が返ってきた。
「下手なことないでしょ。神の国の子供の中で一番上手なんじゃない？」
「ううん、この前下手だって言われたのー」
「誰に？」
「海の子らによ。海の子らと競争したの。そしたら私達ビリだったの」
「へーそうなの。まあ海と湖じゃかってが違うからね。なにせ海はしょっぱいし潮の流れもあるし」
「でも悔しかったー」
「もっと速く泳ぎたいなあ」
二人は水に浮いてぷっと頬を膨らませていた。
「まあまあ。泳ぐのは遅くてもかわいさじゃ一番だったでしょ？だからいいじゃない」
「速く泳ぎたーい」
「ばかにされるんだもん」
「ふーん・・・」
ゆりは立ち止まって考え込んだ。ここは親としてなんとかしたいものだ。
「よし、私が速い泳ぎ方を教えてあげましょう！」
「本当？」
「わーい！」
ゆりの言葉に二人は無邪気に喜んだ。
一方、神殿の前でラクアとハロルドは立ったまままだ話し中だった。
「相手は子供なんだからそこまですることないだろう」
ハロルドの言葉に、ラクアは「ふっ」と鼻で笑っていた。
神格でいったらハロルドの方が上ではあるのだが、だからといってラクアよりもハロルドの方が偉いというわけではない。
穏やかな風貌のラクアだが、性格の方はどうだろうか。ゆりはラクアのことを時々面白いことをする優しい神様だと思っているが
人間界ではラクアは「怒ると怖い神」だと言われている。
「子供のいたずらにそんなに怒らなくても・・・」
ハロルドが続けて言った。
どうやら今日はハロルドがとりなし役のようだ。
「水は生命の源。子供のいたずらではすまされないんだよ。ハロルド」
ラクアはガーベラには決して向けないような鋭い視線を向けていた。
「水がなければ人は生きてはいけないんだ」
「それはよくわかっている」
「なら口を挟まないでくれよ」
「うーん・・・強情な奴だ」
ハロルドはちょっと困ったように首をかいてぼそりと言った。
「さてはどこぞの美女に頼まれたんだろう」
「そういうわけじゃないんだが・・・」
「君が男の頼みを親切に聞くとは思えないなあ」
「あのな・・・」
子供達の楽しそうな笑い声が聞こえていた。
「僕も一緒に遊ぼうっと」
ラクアはたまらず歩いて行った。
「おーい話はまだ終わってないぞ」
ハロルドがついていく。
「君といるより僕もガーベラと遊びたいよ。おっ！？」
「わっ！？」
二人は泳ぐ子供達を見て足を止めていた。
「すごい、二人とも上手上手ー！」
ゆりは喜んで手をたたいていた。イオナとユリアナは両手を交互に動かして足をたばつかせ、猛スピードで泳ぎまくっていた。
そう、この泳ぎはクロール、二人はクロールで泳いでいたのだ。
さすが神！ちょっと教えただけでこんなに泳げるなんて！！ああ、神の国にオリンピックがあれば・・・
ゆりは一人感動して口惜しそうに唇をかみ締めた。
美しい少女達が両手を交互に動かしてものすごい速さで泳いでいる。この光景を見たラクアとハロルドはしばらくぽかんとして
二人の泳ぎを見つめていた。二人は遠くまで泳いで、再び泳ぎながらゆりの元まで返ってきた。
「どうだったー？」
「すごい速かったよー！」
「本当？やったあ」
「速い速ーい！」
二人は大喜びでまた泳いで遠くまで行ってしまった。ゆりはふと神殿の横でこちらを見ている二人に気づいた。
「・・・・」
「「・・・・」」
・・・もしかしてやばかったかしら？
ゆりはちょっとどきどきしていた。
「一体どうなってるんだあの子達、何かの動物みたいだなあ」
ラクアが泳ぎ去った二人を見て言った。ハロルドは無言だ。
猛スピードで戻ってきた二人がラクアに気づいた。
「トト様速かったでしょー？」
「すごいー？」
「すごいけどどうしたんだい？」
「「カカ様が教えてくれたのー」」
「ガーベラが？」
「・・・」
ゆりは口元まで水に浸かっていた。
もしかしたらまずい状況なのかもしれない。
「ラ・・・ラクア・・・その・・・怒らないように・・・」
ハロルドがどきどきして告げていると、
「へーガーベラ、どこでこの泳ぎ方知ったんだい？」
とラクアが言い出した。
「えーと、その・・・人間が泳いでるのみたの」
「へーそうかあ」
ラクアがまるで怒る様子がなかったので、ハロルドは「ちょっとは怒ったらどうだ？」と逆に言っていた。
「え？どうして怒らなきゃならないんだい？」
「女神っぽくないぞ。全然優雅じゃない」
「そうかい？まあいいじゃないか」
「これで海の子らに勝てるかなあ？」
ユリアナに聞かれたラクアは「勝てるといいね」と笑って言った。
「最近何かあると海の子らがうちの子らを誘って遊びたがるんだよ。全く困ったもんだ」
「いいじゃないか。別に」
ハロルドが言うとラクアはじろりと睨んだ。
「よくないよ。あいつら絶対狙ってるんだ。将来僕が目を離した隙に手篭めにされないか、と思うと心配で夜も眠れないよ」
ラクアははーとため息を吐いた。
「今からそんな心配してるのか。気早いな・・・」
ハロルドは呆れて言った。
「君はのんきに笑ってるけど、キュリアだって危ないじゃないか。もしそうなったらどうするんだい？」
「解体する」
ハロルドはあっさり言った。
「かいたい？」
「解体？」
ゆりもラクアも一瞬意味がわからず首をひねっていた。
「そんなことする奴は解体するしかないだろう」
「？とにかく、まあいいんだ。優雅じゃなくても。海の子ら『今度泳ぎ方教えてあげるね』とか言ってたから教えてもらわずにすんだよ」
「そう、よかった。所でそろそろあがってもいいかな？」
ゆりが遠慮がちに言うと、「乾かしてあげるよ」と言ってラクアが水の上を歩いてきてくれた。
ゆりは子供らと水からあがり、服を着たのだった。
そして神殿の中で休憩させてもらった。子供らは疲れたのか眠いと言って奥の部屋に行ってしまっている。
「ねえ、ハロルド何の話だったの？」
くつろいでおいしい水を飲みながら、ゆりはラクアに聞いてみた。
「ああ、まあたいしたことじゃないんだけど・・・」
「私にも水をくれ」
ハロルドが部屋の中に入ってきた。
「なんだまだいたのか」
「いちゃ悪いのか？こうなったらガーベラにあの話言うからな」
ハロルドは最後の手段とばかりに言った。
「言えば？」
「・・・」
ハロルドはちょっと悔しそうだ。
「聞いてもいい話？」
「ラクアが年端も行かない子供にひどい罰を与えたんだ」
「え？」
「それだけ聞くと僕がひどいことしてるようじゃないか」
ラクアが横目でハロルドを見た。
「子供にあの罰はかわいそうだろう」
「どんな罰？」
「いくら水を飲んでものどが渇いてしょうがない罰だ」
ハロルドが説明した。
「なんでまた・・・」
「あの子が井戸にいたずらをしたからだよ。一度や二度じゃないんだ。５度もしたから罰を与えたんだよ。一日の内一時間だけ
のどが渇くようにした。そんなにひどいとは思わないけどなあ」
「いたずらって？」
「井戸に薬を投げたんだよ。それを飲んだ人達は皆腹をくだしたんだ。もし猛毒だったら死んでるよ。しかも自分が飲む井戸には
入れてない。全く悪がきだよ」
「それはひどいわねえ」
「あの子教会も焼いてたそうじゃないか。ちょっとは罰を受けた方が身のためだよ」
「教会・・・」
龍の国の教会が焼かれた話、といえば昼間聞いたばかりだ。まさか一人の子供の仕業だったとは。
「大人はその子がしたって知らないの？」
ゆりが聞いた。
「王子様だからね。知ってても怒るくらいなんだろう」
「王子様なんだ・・・」
龍の国にはどうやらロイ以上の悪がきがいるようだ。
「あの王子は最近母親が亡くなって荒れていたんだ。病気の治癒を神に祈ったが聞き入れられなかったもんで教会を焼いたんだろう。
死に至る運命だったからな、どうしようもなかった。今回のことでちょっとは反省しているだろう。まあ許してやってくれ」
「・・・ガーベラはどう思う？」
ラクアはゆりを見た。
「え・・・まあまだ子供なら許してあげてもいいんじゃないかな、とは思うけど・・・」
「そうかい、じゃあそろそろやめてあげようかな」
「ガーベラが言えばあっさりやめるのか」
ハロルドがげんなりして言った。
「うん」
「全く、最初からガーベラに頼んだ方が早かったじゃないか・・・」
ハロルドはぶつぶつ言っていた。
「ハロルドは美女にとりなすように頼まれたようだよ」
ラクアが言い、ゆりが「へーなるほど」と横目でハロルドを見た。
「違う！まあ、まるっきり違うわけでもないが・・・王妃が亡くなる時、くれぐれもよろしくと言って亡くなったからな」
「そうなんだ」
「お前が龍の国の神父達の懇願を無視するから、私が頼まれたんだぞ」
ハロルドがラクアを睨むと、ラクアは「知らないよー」と横を向いていた。
どうやらラクアに罰を許すように頼んだが無理だったので、龍の国の人達はハロルドにとりなすように頼んだようだ。
龍の国にとってはハロルドが一番身近な神様なのだろう。
龍の一族の王子様かあ・・・どんな子なんだろうなあ・・・
女神の身体が突然横に倒れた。
「「ガーベラ！？」」
そしてむくりと起き上がり元に戻った。女神はラクアとハロルドを見た。
「どうしたんだい？」
ラクアが聞いた。
「一瞬眠くなっちゃって」
にっこり微笑んでいたのはガーベラ自身だった。どういう状況かわからなかったので笑ってごまかしているようだ。
いきなりにもほどがあるだろう・・・・
ハロルドは状況を悟り、はーと息を吐いていたのだった。
その朝、ゆりは神の国で仕入れた情報を王の間でラクシュミに伝えていた。
「まさか王子の仕業だったとは・・・」
ラクシュミも驚いたようだ。
「そういえば、今年に入って王妃の一人が亡くなったようだったな。王子はたしか10歳くらいじゃないか？ロイと似た時期に
生まれたようだぞ」
「へーそうなの」
「王子の仕業だと知ってるから犯人探しもたいしてしなかったわけだ。まあそういうことならよかった」
「どこの国にも一人は悪ガキ王子がいるのかな」
ゆりは笑っていた。
もっとも龍の国の人達にとっては笑えない話だが。
「そういう話を聞いてくるのはいいが、あんまり寝堀葉堀聞いてくるんじゃないぞ」
ラクシュミは心配するように言った。
「大丈夫よ。私も神の国ではおしとやかに振舞っているから」
「本当か？」
「本当ですわ」
ラクシュミは怪しんでいたが、ゆりはさっさと王の間を出て行った。
おしとやかにするつもりがつい余計なことまでしてしまうから困ったものだ、と自分でも思っていた。
次に行く時には神の国でクロールが流行っていたりして・・・
と思いつつも、大人になった美女二人がクロールで泳ぎまくる所を想像すると、さすがに微妙な気がするゆりだった。
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