第３７話
気がつくと喧騒の中にいた。道路には車が行き交い、歩道には人々が歩いている。クラクションの音、人々の話し声、
信号が変わったことを告げる音楽。店のチラシを配りながら宣伝している人たちもいる。とにかく騒がしい。
周りを見渡すとばか高いビル群。ショーウインドウにはスタイルのいいマネキンが流行らしい服を身にまとっている。
元の世界だわ。久しぶりに夢で見たわー
それは、元いた世界のようだった。相変わらず人も車も多い。だが街の様子はあの頃とは変わっているようだ。
人々を観察しながら歩いていると、手に小さい機械を持ってそれを触ったり耳にあてたりして歩いている人がいた。
あれ何かしら？見慣れない機械持ってるわね
珍しげにあたりを見回しつつ歩いていると『レストラン街』の文字が見えた。
おお！レストラン！そうだ。何か食べよう！
和食処のメニューを見ると、懐かしい写真が並んでいた。見ているだけでよだれがでそうだ。
天丼、カツ丼、親子丼、うーん、味噌汁は絶対飲みたいし、何にしよう。全部食べたい！
あっ！寿司屋！
横はどうやら回転寿司のようだ。入り口においしそうな寿司の写真が貼ってある。
「寿司に決まり」
自動ドアを抜けようとしてあることに気づいた。パパパと体に触れてみたが、どこにも財布らしきものがない。
ハンドバッグも何も持ってはいなかった。夢にしては気が利かない。
「嘘。いやん、お金がない！」
だけど寿司が食べたくてたまらない。
こうなったら食い逃げしかない！うーん、でも警察に捕まったらどうしよう・・・
ガラス越に中の様子が見えた。職人らしき人たちが寿司を握り、その周りにおいしそうなお寿司が回っている。
「マグロ、サーモン、タイー！」
「・・・って叫んだ所で目が覚めたのよ」
「それはおしかったわねー」
ゆりは同情するように言った。今日も魔法の鏡でアヤコと話をしていたのだった。今日はアヤコからで珍しい夢を見たのでどうしても
言いたかったらしい。ちょうど客がいなかったのでラクシュミは休憩室に行ってしまった。
「夢でも警察に捕まる心配するなんてさーおかしいの」
ゆりは笑っていた。
「本当よ。さっさと食べていればよかったのに。お寿司が食べたいよー！！！」
「わかるわかる。私もよく食べ物の夢見たよ。たいてい食べる前に目が覚めるのよねー」
二人にとって寿司は遠い食べ物だった。
「やっぱり生魚はまずいかしらねー」
「止めといた方がいいよ。向こうでもあんまり川魚生で食べたりしなかったからね。もしあたったら困るし」
「そうねー・・・それにしても、私がこっちにきてうん十年。向こうもだいぶ変わってるんでしょうねー見慣れない物がいっぱいあったわ。
小さい機械をいじってる人が結構いたわ」
「アヤコさんが見たのは携帯電話よ」
「へー電話なの？随分小さくなったのね。もしかしたら向こうの世界にちょっとだけいけたのかも？」
「そうかもね。アヤコさんがいた頃は電話は黒電話だっけ？」
「そう、指でダイヤルをくるくると回してって、違うわよ。プッシュフォンだったわよ！」
「冗談よ。冗談」
ゆりが笑って言うと、
「でも夢でも元の世界に行けて楽しかったわ～」
とアヤコは言った。
ゆりも何度か元の世界の夢を見たことがある。ただの夢だと思っていたが、もしかしたら元の世界を本当にちらりとのぞいていた
のかもしれない。とアヤコの夢を聞いて思っていた。
二人にとっては遠い世界となってしまったが、元の世界は、実はわりと近い所に存在しているのかもしれない。
いつか、過去の自分を助けるために子供達が元の世界に行く魔法か何かを開発するはずだ。
それがいつになるのか、今のゆりにはさっぱりわからなかった。
「うーんうーん・・・・・」
その頃王の休憩室でうなっていたのはシスだった。シスはラクシュミとバラクをしていたのだ。
「うーんこれだ」
と駒を動かせばラクシュミはさっと駒を動かし、シスはまた「うーん」とうなっていた。
バラクといえば子供達で一番うまいのはラギである。最近ではたまにバラク好きのキース将軍がラギと遊びにやってくるほどだ。
ミルキダスには「もう教えることはないです」と免許皆伝をもらっている。
ラギは作戦を立てたり相手の裏をかくというのがとにかく好きらしい。アナスターシャはゆりと同じで作戦など考えないタイプ、
シスはあーでもないこーでもないと悩んでしまうタイプのようだ。
「うーん、これ！」
「私の勝ちだな」
ラクシュミがさっさと駒を動かした。
「あー、本当だー！」
次の一手でシスの王の駒を取られてしまう。
「負けましたー」
「どうやら長話も終わったようだ」
ラクシュミは王の間から思念を受けていた。
「うーん、難しいなあ、ラギに結構教えてもらったんだけどなあ。父様にはどうやっても勝てないなあ」
「まあいいじゃないか。私が負けたら親の立場があまりないだろう。じゃあ私は行くぞ」
「はーい」
ラクシュミは立ち上がり消えた。
「うーん・・・バラクって奥が深い」
バラクの盤を眺めていたら思念がきた。
「あ、忘れてた。今日はダンスの日だっけ」
シスも瞬間移動で消えた。王の間の横の広間にて合同練習二回目が行われるのだった。
シスが行くとみんなすでにそろっていた。せっかくだから古代語で授業をしましょうとハインリヒが言い出して、
ハインリヒの指示はすべて古代語になっていた。
子供達は古代語をすでに勉強しているだけあって簡単な言葉なら理解していた。
シスは３人の女の子達と踊ったが、ソフィアが一番にこにこだ。
休憩時間になり、一同は一休みした。
「アナスターシャ様、おもしろいドレスですね」
ソフィアがアナスターシャに告げた。
「そう？」
「これ、人参ですか？」
「うん、人参ドレス」
アナスターシャはオレンジ色のドレスを着ていたが、人参らしき模様がスカートの裾の方についていた。胸元にもある。
あまり見かけないデザインだ。
「おもしろいですね」
「ありがとう」
実はアナスターシャを最初に見た時、男の子達３人は「？」を浮かべていた。花の模様がついたドレスは数多いが、人参の模様が
ついたドレスを見たのは初めてだ。
「似合っています」と言っていいものかどうかわからなかったので何も言わなかったほどだ。
誰か何か言ってくれないかと待っていたのだった。ちなみにドレスを初めて見たシスは、きょとんと目を見開いただけだった。
アナスターシャに「どうしたのそのドレス？」と聞いてはいたが、思念だったので他の人たちには聞こえてない。
ーギャグで着ていらっしゃるのかと思ってたけど違っていたんだな
ヴィンセントが二人に思念を送っていた。
ー僕はダンスを楽しくするために着られてるのかと思ってたよ
とクリス。
ーいや、アナスターシャ様は純粋に人参が好きなんだろう
ラリーはそう思った。
こんなドレスを仕立て屋が自分のセンスで作ったとしたら、その仕立て屋は職替えした方がいいな、と３人とも思っていた。
「アナスターシャ様は人参がお好きなんですね」
「ハインリヒ様も人参がお好きですよね」
クララとリリーが言い出した。
「実はゼッドは人参が嫌いで、この前大量の人参見て泣きそうになってました。ふふふ」
「人参を恐れたのか今日は来るとは言わなかったんですよ」
それを聞いたハインリヒは苦い表情になった。
ゼッドと自分が同レベルのような気がしたからだ。
それにしてもわざわざこんなドレスを作らせるとは・・・・
アナスターシャの自分への嫌がらせに失笑したハインリヒだった。
カボチャが嫌いだと言ったら次はカボチャのドレスを作らせるかもしれない。それはそれでおもしろそうだ。
『困った王女様だ。全く、そう思われませんか？』
ハインリヒは古代語でシスに聞いてみた。
『姉様の考えは僕にはさっぱりわかりませんよ』
とシスは古代語で返したのだった。
今日のダンスの授業はスムーズに進められた。アナスターシャ一人が古代語で怒られてはいたが前回よりも怒られる回数は
減っているようだ。
授業が終わった後、アナスターシャは一人つまんなそうな顔をしていた。
「ハインリヒったら全然怖がってくれないんだから・・・」
「大人がそれくらいで怖がるわけないよ」
シスが呆れた表情で言った。
「本物の人参もぶら下げた方がよかったかな？」
「そういう問題じゃないよ」
（一体姉様の頭の中はどうなってるんだろう・・・）とシスは思ったが、日々勉強と修行ばかりのアナスターシャにとっては
こういう馬鹿なことをするのも息抜きの内なのかもしれない。
子供達がタオルで汗を拭いているとラギがひょっこりやってきた。
ラギはアナスターシャのドレスを見て、「何それ、シャレで着てるの？」と聞いたのだった。
夕食の時間食堂で、ラギはゆりに「あげる」と言って袋に入った何かをくれた。
「ありがとう。何かな？」
あけてみると、１５センチほどの白くて丸い花の形をしたものが入っていた。白い光沢のある布で作られていて、膨らんでいる。
「あらかわいい。何かな？あ、すごくいい匂いがする」
中に何か入っているようだ。鼻に寄せると花の匂いが香ってきた。
「匂い袋だよ」
「ポプリだ。どうしたの？買ってきたの？」
「中身は僕が入れたの。乾燥した花びらを自分で好きなように詰めたんだ」
「へーラギがそんなことするなんて意外だわ・・・」
「私にもちょうだい」
アナスターシャが手を出した。続けてナナミも手を出している。
「姉さん達のはもう部屋においたよ。枕の下に入れて寝るといいんだよ。一番高価なムフラジの花が入ってるんだよ」
「ムフラジって何？」
ゆりが聞いた。
「枕元に花を置いて寝ると自分の望みの夢が見られるって言われている花だよ。聖地にしか咲いてないんだよ」
「へー」
「さっき女の子達にあげてたね」
シスの指摘にラギはちょっと赤い顔をした。
「クララとリリーにあげたんだ」
ゆりがにんまりして言った。左目はいつの間にやら変わっている。
「私にはついでにくれたんだ」
「からかうだけのために出てこないでよ。お母さん！」
ラギが真っ赤な顔で言った。
「ソフィアにもあげたよ。この前お菓子もらったからお返しにあげただけだよ」
「ふーん。それにしてもいい匂い・・・」
女の子にこういう物を贈るようになったとは・・・・ラギも成長したもんだ・・・
とゆりは感心していた。てっきり実験や本にしか興味がないと思っていたが違うようだ。
「何勘違いしてるかしらないけど、店でたまたま見つけておもしろそうだから作っただけだよ」
「はいはい。わかってますよ」
「シス兄さんのもあるよ」
「ほんと？ありがとう」
「みんなどんな夢見たか教えてね」
ラギにとっては実験も入っているようだ。
「自分の望む夢かあ、どんな夢が見たいかなあ。母様はどんな夢が見たい？」
アナスターシャが聞いた。すると左目のゆりは、
「いい男達にほめられまくっている夢」
と答えた。
「別に夢に見なくてもほめられてると思うけど・・・」
とラギ。
「夢でもほめられたいの。いい男達に囲まれて褒めちぎられたい」
「ふーん」
左目のゆりが消えた所でアナスターシャはもう一度同じ質問をしてみた。するとゆりは
「元の世界で思う存分好きな物を食べている夢がみたい」
と言った。
「どっちもたいした夢じゃないなあ・・・」
ラギはぼそりとつぶやいたのだった。
その夜、ゆりは枕の横にポプリを置いて眠りについた。この日は王の寝室ではなく自分の寝室にいる。
目を閉じた所で横に何かが入ってきた。
大きさからいってミシェイラのようだ。ミシェイラは最近ではたまに自分のベッドを抜け出してゆりの所で寝たり
王の寝室で寝たりしている。ミシェイラは２歳になったが一歳の頃からたいして変わってもいない。言葉もまだ「とー」とか
「まー」とか言うくらいだし、歩くのもちょっとだけだ。だが瞬間移動はできるし宙に浮かんだりはできるようだ。
「今日はマーと寝る？」
ミシェイラはゆりにひっついてじっとした。
「そっか、じゃあ一緒に寝ましょ」
ゆりはミシェイラと一緒に眠りについた。ポプリのいい匂いをかいでいると、神の国のことが思い出された。神の国もお花畑
が多いせいかどこもかしこもいい匂いでいっぱいなのだ。
お花畑にいる気分～あ～いい匂い・・・
すぐ寝付いたゆりは、気がつくと紫色のお花畑にいた。
「わー素敵～いい匂い～」」
思う存分深呼吸した。
「それにいい風だ～」
お花畑は見晴らしの良いなだらかな丘にあった。あたりにはいろんな色のお花畑が続いている。森があったり小さい
川が流れていたりで建物はまばらだった。なんとも素晴らしい景色だ。
「あれ？ここ神の国かな？」
遠くの方の森の向こうに光りの柱が上っているのが見える。あれはきっと誰かの神殿だ。
もしかしたらこれがムフラジのお花だったりして・・・・
紫色の花の匂いはポプリの匂いに似ていた。匂いをかいでいるだけで心が穏やかになってくる。
どうやら神の国に来たようだが、何かがいつもと違っていた。
「きゃは、はははは」
なぜか後ろで笑いながら花をむしっている子供がいる。
「あれ？ミシェイラ！？」
「きゃははは」
「あれれー？」
自分の体を見てみると、いつものガーベラ姿ではないようだ。金色のくるくるの巻き毛もなく、くびれた腰も長すぎる脚もない。
「うーん、自分の姿のままみたい・・・はて、神の国の夢を見ているのか、それとも神の国に実際に来ているのか？」
それはゆりにはわからなかった。ゆりは楽しそうに花をむしっているミシェイラを眺めつつ、「まあいいか」と腰を下ろした。
「あー」
ミシェイラはゆりに花を指しだした。
「綺麗なお花だねー持って帰ったらラギが喜びそうだなあ」
聖地にしか咲いていないというからラギも咲いている花を見たことはないだろう。
「あー」
「うーん、いい眺めだ・・・・」
周りに見えるのは今の所景色だけだ。神も妖精も見えない。ペガサスも。
まあお花畑で遊んでればその内夢から覚めるだろう
「ここが本当に神の国ならだけどね」
ゆりは花を一輪摘んで匂いをかいだ。ポプリになる花だからてっきりバラのような蔓植物かと思っていたが、これは球根植物のようだ。
紫色の丸い花びらが折り重なってついている。芯の部分も紫色だった。
「アネモネの花を思い出すなあ・・・かわいい」
「あ」
「ちょうちょ飛んでるねえ。ちょうちょも紫色だね」
紫色のちょうちょがひらひら飛んでいた。よく見るとあっちにもこっちにも飛んでいる。
「あーあー」
ミシェイラはしきりに上を向いていた。ちょうちょでも目で追っているのだろう。
「あーこの光景癒される～」
お花畑をぼんやり眺めていたら肩をぽんとたたかれた。
「ん？」
上をみてゆりはわっと横に飛びのいた。
「ク、クーリーフン！？」
後ろにいたのはどっから見てもクーリーフンだった。白い大きな翼が背にある美しい青年だ。
「あれ？今日はそのまま来ちゃったの？」
「そうみたい。やっぱりここって神の国なんだ。私の夢じゃないんだ・・・いや、夢できたから夢は夢か・・・」
「？」
「こっちのこと。妖精さん達が見えないからさー」
「ああ、どっかで集まってるんじゃない？おや、こちらは・・・」
クーリーフンがミシェイラを見ると、ミシェイラは飛んでいき、クーリーフンにだっこされた。
「ミシェイラって言うの」
「ミシェイラ、こんにちは」
「ちゅー」
ミシェイラはクーリーフンの頬にちゅっとキスしていた。
「ちゅーちゅー」
「はい、ちゅー」
クーリーフンもちゅっとミシェイラの頬にキスしてあげている。ミシェイラは最近ハザークの侍女らにちゅーして喜ばせていた。
「ちゅーちゅー」
ミシェイラはかなりご機嫌だ。
「かわいいねー」
といいつつクーリーフンはまたちゅーしていた。それを見ていたゆりは、（なんてうらやましい・・・私もされたい）と思った。
白い翼を背中につけたクーリーフンは、どっから見ても非の打ち所のない美青年だ。ちょっとほほえんだだけで周りがきらきら
輝いている。これぞ神様スマイルというものだ。しかもクーリーフンは肩から半分だけ布で覆っているだけの半身裸姿
だった。筋肉はないが綺麗な体があらわになっている。抱きついてしまいたいほどだ。
はっ今の私はゆりであってガーベラじゃないんだ！ガーベラの振りしなくてもいいんだ！
「私も～私もちゅーして～」
ゆりはいつもは言えないようなセリフを言いつつ、クーリーフンに近づいた。
「はい、ちゅー」
クーリーフンはミシェイラをゆりに近づけて、ミシェイラはゆりの頬に「ちゅー」と言ってキスした。
「いや、そうじゃなくて・・・」
「ん？」
「そのう・・・」
ああ、だめだ。笑顔に悩殺される～
ゆりの頬は真っ赤だった。
クーリーフンってほんとなんて綺麗なのかしら・・・・
いつもは平然としている自分が信じられない・・・
どうやらガーベラではないのでクーリーフンの魅力をもろに受けてメロメロになっているようだ。
「あのーて、て、手つないでいい？」
「え？」
「それよりも抱きついてもい～い？」
ゆりの目つきはだんだん怪しくなっていた。
この際だ！抱きついちゃえー！！
ゆりはがばっと抱きつこうとした時、「こらー！」という女性の声が聞こえてきた。
だがゆりはかまわず抱きついた。もう理性が押さえられないようだ。
「ああ、幸せ～～～～！」
「離れなさーい！」
すると体を問答無用で体を離された。
「あー」
「ちょっとあなた人間じゃないの？人間の分際で何してるのよ！」
ゆりをクーリーフンからひっぺがしたのはダーナだった。
「ごめんなさい。あと５秒だけ！」
「だーめ」
「あと３秒でいいから」
「だめ、こっちなら抱きついてもいいわよ」
ゆりは体をくるりと回された。
するとそこには別の男がいた。地面から３０㎝ほどの所を浮いている。水色の髪をした男だ。
「いえ、私はクーリーフンの方が・・・・」
ゆりは名残惜しそうにクーリーフンの方を見ていた。
「ウィル、人間に人気ないわね・・・・」
ダーナは宙に浮いている恋人に告げた。風の神ウィル、ダーナはウィルと飛んでいるところだったようだ。
「・・・顔では負けてないと思うんだがなあ・・・」
ウィルはあごに手をあてている。
「クーリーフンは愛の神だから女を引きつけるのは神力ってやつだな」
「いえ、そういう問題では・・・」
「男らしさでは俺の方が上だろ？お嬢さん」
ウィルはゆりに顔を寄せていた。相変わらずウィルは軽薄そうな顔をした神なのだが、『お嬢さん』といわれてゆりはいい気分になった。
「男らしさでは上ですね」
「そうだろ？ちょっと年くったお嬢さん」
「何ですってー！！ちゃんと聞こえたわよ！」
「はははは。冗談だよ」
ウィルは上の方に飛んで行ってしまった。
「もー何よ！」
ダーナは楽しそうな顔でクーリーフンと話をしていた。人間の目から見たダーナは、やはり強烈に綺麗だ。
背中に流れる金色の髪は金にも勝る輝きを放っている。
「かわいいわねーこの子」
「そうだね」
とクーリーフン。
「私もこんなかわいい子欲しいわ」
「ダーナにはいっぱい子供いるじゃない」
「クーリーフンの子供が欲しい」
ダーナは直接的な言葉を言って「あら恥ずかしい」と頬を染めていたが、ちょうどミシェイラが「あぶぶぶぶ」と
言っていたのでクーリーフンはそっちに気を取られて聞いてなかった。
「ん？何か言った？」
「クーリーフンのー」
「ねえ、髪の毛一本もらってもいい？」
ゆりがダーナの背後で聞いた。
「え？だめ、だめに決まってるでしょ！」
ダーナがばっと振り向いた。
「お願い、一本だけ。お守りにするから」
「だめ！」
「ちぇ・・・」
「何なのあなたは・・・・どっかで会った気が・・・」
ダーナはゆりをまじまじと眺めて首をかしげていた。
「気のせいでしょう。私はどこにでもある顔してますから」
ゆりがあっさり言うと、「まあそうかもね」とダーナは納得していた。
「おいでおいでー」
ウィルがミシェイラに手を出すと、ミシェイラはクーリーフンの布を握りしめたまま離さず、ぷんと横を向いた。
「あ、ひどい。それにしても綺麗な子供だな。変わった髪してるし・・・わかった。侍女と一緒に寝てて神の国に来たんだろう」
ウィルは手をぽんとたたいて言った。
「な、侍女さん」
ウィルはゆりを見た。
「・・・え？私？私はその子の母親ですよ」
ゆりが真顔で言うと、ウィルは「ははは」と笑っていた。
「まーた冗談ばっかり」
「本当ですって。そっくりでしょ？」
ウィルはゆりを見てミシェイラを見ていた。
「全然」
「ひどい・・・決めた。庭園のウィルの石像、違う風の神のに変えることにします」
ゆりが宣言するとウィルはぎょっとのけぞっていた。
「やめてくれよー」
「もう決めましたもーん」
「俺が悪かったよ。お嬢さん。ダーナ、演奏会に遅れるぞーもう行こう」
「そうね。行きましょ。あなた、抱きついたら許さないからね」
ダーナはゆりにぴしっと言ってウィルと共に去っていった。
ゆりは「さよなら～」と」手を振っている。
「変な人間だなあ・・・・」
ウィルは空でそうつぶやいていた。
一方クーリーフンも、（人間のままでも対等に神とやり合うとは・・・・）と半ば感心していた。
恐れを知らない人だ・・・・
クリーフンに抱かれたままのミシェイラはにこにこだ。
「ねえ、夢できたってどうしてわかるの？」
ゆりはウィルのセリフが気になっていた。
「わかるよ。あなたたちの姿は普通とは違うから」
「そうなの？どこが違うの？」
「説明しにくいなあ。僕らは見たらわかるよ。まあ体ごと神の国にこれる人間は珍しいからね。夢の中で来る人間は
たまに見かけるよ。悪さをしなければたいして気にもされないよ」
「そうなの。たとえばジンラの酒蔵からお酒２、３本かっぱらったら怒られるかな？」
クーリーフンはきょとんとした顔をし、そしてほほえんで言った。
「ハロルドに頼んだら？」
「やめてーそれだけは絶対嫌」
「あ、ペガサス！」
「ひゃー！」
ゆりは反射的にその場にうずくまっていた。
「はははは、冗談だよ」
「もーそういう冗談だけはやめて！」
ゆりはがばっと顔をあげた。
「なんで？」
「ハロルドにだけは絶対会いたくない。頼み事なんてしたら後が怖いわよ」
「あ！」
クーリーフンが空に何かを見つけてつぶやいた。白い翼の生き物が遠くからやってくるのが見える。
「まさかペガサス？」
「違うよラーズだよ。困ったなあ・・・」
「？」
クーリーフンはどうしたものかとゆりを見たのだった。
人間界、蛇の国では朝になっていた。ラギは朝食を食べながら兄弟達から昨夜見た夢の話などを聞いていた。
食堂にゆりとミシェイラの姿はない。
シスは別に夢は見なかったが、いい匂いに包まれてゆったりした気分で眠れたと告げた。
「私は願望とは関係ないけど、大きな蛇にまたがってる夢見ちゃった」
アナスターシャが言った。
「むちゃくちゃでかい金色の蛇だったの。ハザーク様だったのかも」
「ふーん」
アナスターシャの夢の話にはラギもシスもたいして反応しなかった。
「私ねーディランにあったよー」
ナナミがそう言い出して、ロイ以外の子供達は「えっ！？」と目を見開いた。
「ディランに会ったの？過去に行ったの？」
シスが聞いた。
「よくわからないけどそうみたい」
とナナミが言った。
「ディラン元気だった？」
「なんかねー寂しそうだったからね、なでなでしてあげたの」
「寂しそうだった？どうしたのかなあ？」
「わかんない」
シスとラギの二人は首をかしげていた。
「ディランかっこいいから大きくなったら結婚したいなあ」
ナナミは夢見るように言っていた。
「きらきらしてるんだもん」
「ナナミったら最近そればっかりなんだから」
とアナスターシャ。
「みんなに言うから戦士達が本気にしてたわよ。大人になってみんなに結婚してくれって言われるよ」
「みんなと結婚するからいいんだもーん」
ナナミはまだ結婚の意味はよくわかっていないようだ。
「いいなあ。僕も過去のみんなに会いたいなあ・・・」
シスはため息混じりに言った。
「王子も大きくなっているだろうね」
「そういえば、過去の世界では来年あたり戦が起こるんじゃなかったかなあ」
ラギが思い出したように言った。ヴィラルージュ女王の御代、大きな戦は３回起こっている。一度目は即位してまもなく、
二度目はもうじきなのだ。
「え？もうだっけ。教えてあげた方がいいんじゃない？」
アナスターシャが驚いて身を乗り出していた。
「まあ大丈夫だろうと思うけどね。戦士らの数もすごいし、女王様もすごいし、ああ、どんな戦になるんだろう。
すごい魔法がばんばんなんだろうなあ。見学したいなあ・・・」
「こらこら」
シスがたしなめた。
「だけど僕も見たいな。不謹慎だけどね」
「私は見たくない。戦って聞くだけでぞぞぞっとするもん」
アナスターシャは身震いしていた。
食堂にミラがやってきた。
「お母さん達まだ寝てるの？」
とラギが聞いた。
「とっても幸せそうなお顔で寝ていらっしゃるので、起こすのが可哀想な気がしまして・・・」
「もしかしたらお母さんも過去に行ってたりしてね・・・」
とラギは思った。
ラギの予想は外れて、ゆりは過去ならぬ神の国にまだいた。
ダーナとウィルの次にラーズにまで出会ってしまい、しかも困ったことにラーズには小さい虹の神サーラまでくっついていた。
ラーズがゆりとミシェイラを見て何かを言おうとした時、サーラがゆりを指さして「ガーベラ」と言った。
クーリフンはまずいと思ったが、止める間もなかった。
「ガーベラ、ガーベラ」
サーラはゆりの周りを回っていた。ラーズはきょとんとしている。
「こんにちは、ラーズ様、またお会いしましたね」
ゆりはとりあえずサーラのことは置いておいてラーズに挨拶した。神の国で見るラーズはやはり強烈に派手だ。ミシェイラは
まぶしいのか目をぱちぱちさせている。こんな派手な髪の人は過去の世界でもお目にかかれない。派手なだけではなく、
その緑と紫の瞳も印象深い。白い翼の周りが虹のような色にきらきら輝いて見えた。
「ガーベラ～♪」
「こんにちは、確か・・・蛇の国の人だったな。サーラは一体何言ってるんだ？」
ラーズが首をかしげているとサーラはまた「ガーベラ」と言った。
「もしかして・・・あなたの名前はガーベラというのかな？」
「いえ、私の名前はゆりと言うんですけど、実はあだ名がガーベラなんです」
「あだ名？」
「私のどこかがガーベラ様にそっくりらしいです」
「どこか」
「恋人が、その・・・そう言うもんで・・・」
「ああ、そう。サーラがガーベラと言うくらいだから似てるんだろうな」
ゆりは自分の言葉が恥ずかしかったのか頬を染めていた。ラーズはどこが似ているのか深く追求しなかった。
いい神だ。
「すいません、その・・・化粧すれば少しはましなんですけど・・・」
ゆりが恐縮していると、「いや、別に・・・」とラーズは言っていた。
「それじゃラーズ、さよなら」
とクーリーフンが言った。
「どっか行くのか？」
「ううん、ラーズがどっか行く途中なんでしょ？」
「別に」
「お母さんにでも会いに行ったら？」
「ガーベラはさっきジンラの所で会った」
「・・・・・」
「なんでおっぱらおうとするんだ」
ラーズは怪しんでいた。
「別にー」
クーリーフンはできることならゆりとラーズをあまり話させたくないようだ。どこかでばれると困ると思っているのだろう。
ゆりもそれには気づいていたが、ここはおとなしくしているしかない。
サーラはゆりの腕にだっこされて脚をぶらぶらさせていた。人なつっこい女神様だ。
「ところでどうして神の国に来たんだい？」
ラーズがゆりに聞いた。
「普通に寝ていたら来ちゃったんです」
「それは驚いただろう」
「はい。来るのがわかっていたらおめかしして来たんですけど」
ゆりは自分の服を見た。せめてドレスでも着て化粧をして着たかった。たまに着るスケスケの下着姿じゃなかったのだけが救いだ。
「ははは。せっかくだから着飾ってあげよう」
「え？」
ラーズは腰につけている袋を取り、中に入っている物をゆりの頭からかけた。
「うわっ！」
それはきらきらした虹のかけらのようなものだった。それはゆりの髪や服についてきらきら輝きを放っていた。
「わー綺麗」
白いネグリジェが一瞬でキラキラのドレスに変わったかのようだった。
「よかったね」
クーリーフンが言った。
「あーあー」
「君もね」
ラーズはミシェイラにもちょっとかけてあげた。ミシェイラの服もキラキラになった。
「おいでサーラ、じゃあさようなら、ガーベラにどこか似た人間のお嬢さん」
「どうもありがとう！」
サーラはゆりの腕から離れてラーズと共に飛んで行った。
「ラーズって素敵ね～ほんといい男～」
ゆりはぽわんとして二人に手を振っていた。普通に会話をしてラーズのいい男度がさらに増していた。
「あーどきどきした」
一方クーリーフンは胸をなでおろしていた。サーラにはどうなることかと思ったがうまくごまかせたようだ。
ゆりはミシェイラの姿が薄くなっているのに気づいた。
「あ、そろそろかも？」
「そうだね。さようなら」
クーリーフンはミシェイラをゆりに渡した。
「ありがとう。またね」
「またね」
ゆりとミシェイラの姿は神の国から消えてしまった。
クーリーフンは（ハロルドが来なくてよかった・・・）と思いつつ飛んで行ったのだった。
二人が人間界で目覚めた時には、もうすっかり部屋の中は明るくなっていた。
「あ、あ、あ、あ～♪」
ミシェイラは朝からご機嫌だった。
「楽しかった？ミシェイラ」
ゆりが聞くとミシェイラはにこーとほほえんだ。どうやらラーズのきらきらはもってこれなかったようだ。
「楽しかったねえ。クーリーフンもいい男だけど、やっぱりラーズもいいわあ」
ゆりは神の世界でのラーズを思い出し、自分でも気が多すぎると思いつつもしばらくぽわーんとしていたのだった。
夢が相当楽しかったのか、ミシェイラはその夜も次の日の夜もゆりにべったりくっついて寝ていた。
そして朝になると何かゆりに抗議するように「あーあー」言っている。神の国に行けなかったせいかもしれない。
ゆりもしばらくはポプリを側において寝なかった。しょっちゅう本人のまま神の国に行くのもまずいかもしれないと思ったからだ。
「ミシェイラ、あのね、あの時だけの夢だからねー何回も神の国には行けないのよ」
ゆりがミシェイラに優しく説明するが、ミシェイラは頬を膨らませていた。
「クークー」
「クー？もしかしてクーリーフンのこと？」
「クー」
「クーリーフンにはしょっちゅう会えないのよ。ごめんね」
「クー」
うーん、二歳児をとりこにしてしまうとは・・・おそるべしクーリーフン・・・・
それから１０日ほど経ち、試しにポプリを置いて寝てみたものの、神の国には行けなかった。やはり匂いがあれば絶対行けるという
ものではないようだ。あの時はたまたまだったのだろう。
「クークー」
ミシェイラはラクシュミの膝の上でも時々訴えるように言っていた。会いたくてしょうがないようだ。
いくらかわいい娘の願いでも、クーリーフンにミシェイラを会わせてやることはラクシュミにもできない。
「トークークー」
「困ったもんだ・・・」
クーリーフンが神の国にいることは、ミシェイラにはまだ理解できないことだった。
ある日ミカエルがミシェイラに贈り物を持ってきた。
「ミシェイラ様にいいものもってきましたよ」
ミカエルはミシェイラに２０㎝ほどの陶器の人形を渡した。
「クー！」
それは翼がついた青年の姿をしていた。クーリーフンの置物なのだ。色がついていて綺麗だ。
「よかったね、ミシェイラ、これでクーリーフンと一緒ね」
ゆりが言うとミシェイラはうれしそうにほほえんでいた。人形はミシェイラの部屋に飾ることになったが、ミシェイラはいっつも
人形を握りしめている。だが、ある日恐れていたことが起こった。
ロイが見せてと言って人形を引っ張った時に、頭がとれたのだ。
「あ、もげた」
ミシェイラは頭が取れた人形を見てぎゃーぎゃ泣き出してしまった。
「わっごめん、ごめんミシェイラ」
「びえええええんびえええええん！」
「あら、どうしましょう」
「大変！」
ミシェイラの侍女らはおたおたし、あやしても泣き止まなかったために新しい人形を頼みに言った。
話しを聞いたゆりもミシェイラの部屋にやってきた。
ミシェイラはまだわんわん泣いている。すごい泣き声だ。
隣でしきりにロイは謝っていた。
「大丈夫よ。これくらいボンドがあれば・・・・あれ？ボンドってこの世界にあったっけ？」
この世界で陶器用のボンドがあるかどうか、ゆりには不明だった。
「よしよし、泣かないで」
「わーんわーん」
ゆりが抱いてミシェイラをあやすが、ミシェイラは泣き止まない。するとそこに慌てた様子のイシュタールがやってきた。
「か、買ってきましたよ！」
どうやらおつかいを頼まれたようだ。
「ミシェイラよかったね。新しいクーよ！」
イシュタールは包みをがさがさ開けて人形を見せた。そのクーリーフンは青年版ではなく、子供姿をしていた。
「びえええええん！びええええん！」
「あれ？」
「ごめん、大きいクーリーフンじゃなきゃだめみたい」
「え？そうなんですか？すいません、クーリーフンの人形を買ってこいとしか言われなかったもんで・・・また行ってきます！」
イシュタールはあわてて消えた。
イシュタールが再びやってきた時には部屋にはハザークの侍女達と他の子供達までそろっていた。
まだミシェイラの泣き声が響いている。
「はい、どうぞ！」
イシュタールが人形を出した。
「クー！」
新しい人形を見てようやくミシェイラは泣き止んだ。
今までさんざん泣いていたのが嘘のように笑っている。
「よかったね。クーだね。よかったね」
ゆりも横であやしまくっていた侍女らもようやくほっとしたのだった。
この噂を聞いたのか、ゆりの恋人達がクーリーフンの人形を見つけては城にもってくるようになった。ミシェイラの部屋の棚は
クーリーフンの人形だらけになった。そしてなぜかハザークの部屋にもクーリーフンの石像が置かれるようになった。
等身大二分の一ほどの大きさの微笑んでいるクーリーフンだ。
「クー！」
ミシェイラはそれを見て大喜びした。顔もなかなかのハンサムにできている。
「クークー」
ミシェイラは楽しそうに石像の前でぴょんぴょんはねている。
それを長椅子から眺めていたハザークは、
「まだ２歳なのにもう男を好きになるのか？」
とちょっとおもしろくなさそうに侍女に聞いていたのだった。
つづく
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