第３８話
暦は１０の月に入っていた。城の周りでは季節はすっかり秋になり、木の葉が舞っている。
一族の者達にとってはこの時期は心が躍る楽しい時期だ。もう少しで新酒ができるからだ。
街ではお酒の祭りが間近で人々もうきうき気分らしい。
この国では秋は物悲しい季節ではないようだ。
その日、ゆりは少々重くなった蛇のルーを首に巻いて侍女のミラと庭園に出ていた。
「ルーも前に比べてかなり重くなったなあ。昔はもっと細かったのに。今じゃ胴体こんなに太くなっちゃって」
ルーは他の蛇に比べると、まだそんなに大きな蛇ではない。ハザークによればルーは大蛇にまでは大きくはならないらしい。
だがずっと首に巻いているとかなりだるい。
「また卵産まないかなー」
今の所、ルーの子供はナナミにひっついているゴショクだけだ。他はどこかに行ってしまった。
二人と一匹が神々の像がある庭園に入ると、そこには先客がいた。
「おや、だれでしょうか」
ハロルドの像の前に女性がいる。茶色の髪の見かけない女性だった。体型は小柄だ。
「一族の人・・・じゃないっぽいね」
「どうも違うようですね。旅人っぽいですよ」
ミラは女性を眺めつつ言った。
女性の横には大きな布の袋が置いてあった。背中には茶色いマント。スカートもブーツも茶色だ。
そういえば、一族の女性で茶色い髪はあまり見たことがない。
だがここにいるのだから怪しい人物でもないだろう。女性はこちらに気づく様子もない。石像を見上げてぶつぶつ
つぶやいているようだ。
近づいてみると言葉が聞き取れた。
「・・・ああ、本当になんてステキな方なんでしょう。うっとり・・・一日たりとあなた様のことを想わない日はありません」
どうやらハロルドの信者らしい、とゆりは思った。
「あの・・・」
ミラが声をかけても女性は気づかなかった。惚けたようにハロルドを見上げている。
頬はバラ色に染まり、まさに恋する乙女である。目が大きくてかわいらしい顔立ちをしていた。
「あのー・・・」
「・・・」
「あのーそこの方」
「ステキな身体・・・」
女性は気づく気配もない。よっぽどハロルドの石像に心奪われているようだ。
「ほっておいてあげたら？今自分だけの世界に入っているみたいよ」
ゆりがミラを制した。
「そうですか？おかしな人ですねえ」
二人がそっと離れようとすると男が一人やってきた。
「あ」
「わっ狼！」
ミラが驚きの声をあげたのでゆりもびっくりした。
「どこ？どこに狼？」
ゆりは周りを見回した。
「いえ、狼の男が」
「え？」
「こんにちは、お嬢さん方」
近づいて来た男は二人に頭を下げた。
「リティアさーん、今日は城で泊めてもらえることになりましたよ。おーい・・・だめだこりゃ・・・」
男は石像に魅入られている女性に声をかけたが、女性は気づかないようだ。
男も大きな布袋を下げていた。茶色い皮のズボンに上着、髪も茶色で首に襟足がかかる程度のちょっとぼさっとした
髪で、口の上とあごに茶色いひげが見えた。背は高く男らしい顔つきだ。ひげのせいで年齢はよくわからないが
中年ほど年はいっていないようだ。こういうタイプの男はあまりお目にかかることはない。
「あなた狼の方ですよね？」
ミラが聞いた。ミラは男の顔に見覚えがあった。
男はこちらに視線を向けた。黄色っぽい目で瞳孔部分は茶色だった。
「失礼しました。私は狼の一族のヴァレリオです」
男はそう名乗ってウインクした。
「そちらは」
「私は侍女のミラ。確か虎の国でお会いしましたね。こちらはこの国の王妃様です」
「なんと王妃様！これは失礼いたしました。お手に口づけたい所ですが、実は蛇がちょっと苦手でして」
男ははははと笑って頭をかいていた。ゆりの首にはルーがまだぶらさがっている。
そのせいで近寄れないようだ。
「初めまして。狼の方ですか・・・なるほど狼っぽいですね」
「王妃様は狼を御覧になったことがおありなんですか？」
「実際にはないですが本とかテレビで見たことありますよ」
「テ・・・・？」
「あ、こっちのことです」
ゆりは狼の男を見るのは初めてだったのでつい観察するように眺めてしまった。アヤコによれば、狼の男は皆
ひげがあって、ニヒルらしい。
おおー確かにひげがあるーアメリカ映画によく出てきそう！ワイルドな感じね〜
（ゆり様ったらそんなにまじまじ眺めちゃだめですよ）
横でミラがこづいていた。
「私はかまわないですよ。どうぞじっくり眺めてください」
ヴァレリオが言った。どうやら聞こえたらしい。
「すいません。狼の人みたの初めてなんで・・・野性的な感じでいいですね」
「野性だけはあふれまくってますから」
「まあ」
面白い人、と思っているとシスとラギがぱっと現れた。二人はゆり達を見て驚いていた。
「あ、どうしよう。母様もうあっちゃってるよ」
シスがラギに言っていた。
「父様に母様をヴァレリオさんに会わせないようにって言われたのに」
「えー？なんで？」
ゆりが聞いた。
「えーと、フラフラするからだっけ？」
シスが聞くと、「ムラムラだよ」とラギが言った。ヴァレリオはえっと口を開けている。
「ななな、何言ってるのあんた達・・・・」
ゆりの顔は真っ赤になっていた。
「だって前にガットさんにムラムラしたんでしょ？」
「ち、ちがっあれは・・・とにかく私はそんな節操なしじゃなーい！」
ゆりは声を大に叫んでいた。ヴァレリオは横で密かに笑っている。
「違います！本当に違いますから！」
王妃様の品位も何もあったものじゃない。
「失礼しました。王妃様にムラムラしていただけるとは光栄です」
ヴァレリオは笑いながら言っていた。
「違いますって！！」
ゆりはきっと子供らを睨んでいた。
「あ、あの人が一緒に来た人なんだ・・・」
ラギはゆりの視線をかわして奥にいる女性を見た。
「あの人はあなたの妹か何かで？」
恋人とか夫婦にはどうも見えなかったのでゆりはそう聞いた。
「違いますよ。あの人ハロルド様の石像を見るとああなんだから・・・あ！ハロルド様の石像がこっちにも！」
ヴァレリオがそういうと女性はようやく顔を向けた。
「どこ！？」
「王族の方がいらしてますよ」
「え！あ、これは失礼しました。リティアと申します」
女性は表情を引き締めて走りよってきた。先ほどとは別人のようにきりりとしている。
おでこは出されていて長い髪は上で結ばれて三つ編みにされていた。茶色い大きな瞳が印象的だ。
「こんにちは、あなたも狼なんですか？」
ゆりが聞いた。二人の髪の色が似ていたのでそう思ったのだった。
「いえ、私はリスの一族の者です。今は一族を出てますが」
「え？リス」
ゆりはリスの一族の女性を見るのも初めてだった。背丈はゆりよりも低く小柄でかわいらしい女性だ。
確かにリスのように愛くるしい。
「じゃあ二人の関係は？」
「私はハロルド様の神官なんです」
「神官？」
「リティアさんは神官の中でもかなり上の人なんだって」
ラギが言った。
「そうなんですか。ではあなたも神官なんですか？」
ゆりがヴァレリオを見た。
「俺は、いえ、私はちょっと今臨時で頼まれただけで・・・・」
「はあ」
どうも話がよくわからない。そこにフリットとロイが現れた。ロイはヴァレリオの顔を見るなり喜んで背中に乗っていた。
「わーい！おじさん久しぶりだね！」
「そうですね。元気そうですね」
ヴァレリオが言った。
ゆりが不思議そうな顔をしていると、ラギが「虎の祭りで会ったことがあるんだよ」と説明してくれた。
「あっそうか、ミラもその時に会ったのね」
「はい」
「ねえおじさん、強い大蛇と戦いたいでしょ？僕紹介してあげようか？」
ロイが言うとヴァレリオの顔が微妙に引きつっていた。
「え、いえ、いいです。遠慮します」
「どうして？戦うの好きなんでしょ？虎の国では虎と戦ってたじゃない」
「ロイ様その辺で。お二人を部屋にご案内致しますよ」
フリットが促し、一同は城の中に移動することになった。
どうも謎が多い二人組だ。
「フリット殿、俺は街の宿の方が気楽でいいんだがなあ・・・」
ヴァレリオはこっそりフリットにつぶやいていた。
「まあよいではないですか。 御三方もあなたと会えて喜んでいますし」
「うれしいよね。まさかこの国に来てくれるなんて」
とシス。
「そうだね。僕もうれしいな」
ラギが言った。
「おじさん、今夜泊まるの？僕と寝ようよ」
ロイはまだヴァレリオの背中にくっついていた。
「王子様と一緒というわけにはいきませんよ」
「ヴァレリオさん、僕らに気を遣わなくていいよ。気楽にしゃべってくれていいよ」
シスが気を利かして言っていた。
男性陣の後ろでゆりはリティアと並んで歩いていた。この国ではゆりよりも背が高い女性の方が多いので、
リティアのような小柄な女性は珍しい。
「あなたはハロルドがすごく好きなんですね」
そう声をかけると睨まれた。
「ハロルド様がすごく好きなんですね」
ゆりが言い直すと、リティアは微笑んだ。
「たとえ王妃様といえども神々には敬意を払わなければ。好き、などという軽い感情ではありません。
私にとってはハロルド様は命の恩人ですから」
「そうなんですか。それで神官に」
「話せば長いんですが・・・後ほどお部屋に伺ってもよろしいですか？」
「はい、では後で」
子供らは「僕らにまかせて」と言って３人ともヴァレリオとリティアを案内しにいった。
ロイはべったりヴァレリオにくっついている。
どうやらヴァレリオは子供に好かれる人のようだ。なんだか親戚のおじさんが久しぶりに訪ねてきたかのようだ。
ゆりは部屋で待っている間フリットに二人の話を聞いていた。
今日の朝、フリットが北の国境にいた所、たまたま入国したヴァレリオを見かけたのだという。
女性が一緒だったのでフリットはとっさに駆け落ちかなにかだと思ったようだ。だが、どうもしっくりこない二人に見えた。
国境から町に向かう馬車の列に並びに行く二人に、フリットが近づいて行ったのだった。
「久しぶりですねヴァレリオさん、旅行ですか？」とフリットが聞いてみると、ヴァレリオは驚いていた。
「これは久しぶりですね。祭り以来ですね。えーとお名前は・・・」
「フリットですよ」
「そうそう、フリット殿でした」
ヴァレリオは笑っていた。
「えーと、そちらは・・・・」
フリットが小柄な女性を見た。狼の女性ではないような気がした。
「こちらはその・・・・」
「妻です」
と女性が告げた。
「ヴァレリオさん結婚してらしたんですか！？」
フリットが驚くとヴァレリオは「いやーははは」と頭をかいた。女性はしきりにヴァレリオをひじでこづいている。
「あのー所で、この国で一番素晴らしいハロルド様の像ってどこにあります？」
ヴァレリオの問いに、フリットは素直に
「ハロルド様の像ですか？そうですね。城の庭園の像が一番ですね」
と答えた。
「それって旅行者も見る事できますかね？」
「いいえ、無理ですね」
「そこをなんとか」
「庭園には旅行者は入れないんですよ。私はあなたを知ってますが、奥様のことは存じてないので」
フリットはそう答えた。
「だそうですよ。あきらめましょうや。リティアさん」
「ハロルド様の像どのくらい見事なんでしょうか？どなたの作なんですか？」
リティアは目を輝かせてフリットに聞いていた。
「最近亡くなった聖地の職人の作ですよ。多分ですが・・・」
「見たい！」
リティアはフリットに迫っていた。
「お願いします。見せてください！」
「すいませんが無理ですね」
「うー・・・・」
「馬車がでますよー」
御者が声をかけてくれた。もうみんな乗り込んでいる。
「うーぐるぐるぐるぐる」
女性はうなっていた。
「フリット殿、それじゃ。いきましょうやリティアさん。他の石像で我慢しましょう」
ヴァレリオが声をかけるとリティアはぱっとその手を振り払った。
「仕方ないですね。正体をばらします」
「馬車行っちゃいますよ」
「馬車よりも像よ！像！」
リティアの言葉に御者は馬車を走らせてしまった。
「あー行っちゃった・・・・」
フリットは目をぱちくりさせている。
「ちょっとこっちに来て下さい」
周りに人がたむろしていたので、リティアはフリットの腕をつかんで建物の影の方に連れて行った。
「一体なんなんですか？」
「実は、私は聖地の神官なんです。ですから怪しい者ではありません」
リティアははっきり告げたのだった。だがフリットはぽかんとしていた。
「聖地の、神官？」
以前フリットは聖地の神官を見たことがある。ゆりにガーベラが降りた後にやってきた神官達だ。
見るからに立派な神官、という格好をしていた。目の前の女性はどう見てもただの旅人だ。
「これを見てください」
リティアは袖をめくって腕にある入れ墨のような剣を見せた。剣はわずかに輝いている。
以前ロイの腕にあったのと似ていた。
「ハロルドの加護・・・・」
「ハロルド様のご加護です。これで信じていただけました？」
「はあ・・・それでヴァレリオさんと夫婦に？」
「私があのヒゲと？冗談はやめてください。何の縁もありません」
正体をばらしたとたん、リティアはヴァレリオをヒゲ呼ばわりしていた。
後ろにいたヴァレリオは引きつった顔でヒゲをなでている。
「実は事情がありましてねえ・・・・」
ヴァレリオは事情を説明しだした。
リティアは神官でもかなり上の神官で、その仕事は邪教徒狩りなのだそうだ。世界を旅して周り、不審な事件があると
聞けば出向いて調べるのが任務である。そういう神官は普通二人で行動するもので、リティアにもパートナーがいた。
６の月頃、二人は狼の国に滞在していた。だがその頃狼の国では流行病が起こっており、病人が続出していた。
医学の心得があった二人は治療に加わって、２月ほど狼の国に滞在したのだった。だがそこで困った事が起こった。
病が下火になった頃、パートナーの女性が病にかかってしまったのだ。
その時龍の国で不審な事が起きているから調べてほしいという依頼が舞い込み、一人で出かけようとしたリティアに
一人では危険だと、狼の国の国王がヴァレリオをつけたのだった。
聖地が変わりの神官をよこそうにも皆出払っていたようだ。外周りの神官はそんなにはいないのだという。
リティアにすれば迷惑だったが、国王から頼まれて嫌々連れて行くことにしたのだった。若い女の一人旅は何かと
危険を招きやすい。リティアは仕事がら普段は神官ということを隠していた。なので最初もフリットに夫婦だと言ったのだった。
龍の国での調べは案外あっさり終わり、二人は蛇の国に行くことにした。
仕事の依頼ではなく、まだそっちには行った事がなかったのでリティアがちょっと寄りたかっただけだったようだ。
ちなみにパートナーの神官からはすっかり元気になったという手紙が届いていた。
だがまだ力は完全ではないので移動はできないと伝えてきた。
元気そうなのでリティアは安心して、龍の国の南の国境から出て蛇の国に寄ったのだった。
ちなみにヴァレリオは蛇といえば酒なので二つ返事でついてきたようだ。
滞在日数などはまだ未定だという。とりあえず街でハロルド様の石像情報を調べる予定だった。
そこにフリットに出くわしたのだ。
神官なら大丈夫だろうとフリットはラクシュミの許可を得た上で二人を庭園に連れてきたのだった。
ヴァレリオに関しては、狼の一族は敵というわけではないのでよしということになったようだ。
庭園でハロルドの石像を見るなり、リティアは「ぎゃー！」と悲鳴をあげていた。
「ああ、半裸！なんで半裸！？ステキ過ぎる！くらくら」
そう言いつつばたりと倒れてしまった。
驚いて近づこうとしたフリットにヴァレリオは「ほっといていいですよ」と制していた。
リティアはがばっと起き上がり、今度は石像の隅から隅まで眺めていた。
でかい虫眼鏡を手に持っている。
「これはミッケル氏の作に間違いないわ。なかなかいい仕事だわ。うん。やるわねミッケル氏」
今度は何度もうなずいている。そして手帳に何やら記帳していた。
「変わった人ですね」
フリットはこっそり言っていた。
「彼女はハロルドの神官なんでハロルドの石像から力をもらえるらしいんですよ」
ヴァレリオが説明した。
「そうなんですか」
そこにヴァレリオの頭にスコーンと何かが飛んできた。
見ると靴が片方転がっている。
「様をつけろ！ヒゲ！」
リティアが叫んでいた。
どうやらそこにはかなり敏感らしい。
「楽しい旅みたいですね」
泣きっ面のヴァレリオにフリットが言った。
「なんなら変わりますぜ。旦那」
ヴァレリオはフリットの肩に手をあてた。
「いえ、いいです。所で龍の国での話を我が王が聞きたいらしいんですが・・・」
「王様にお会いできる格好じゃないですよ？」
「いいですよ。こちらへどうぞ」
リティアは再び石像に見入っていたのでフリットはヴァレリオを王の間に連れて行き、しばらくして
ゆり達が来たというわけだった。
フリットはゆりに一通り説明をして去って行った。話を聞けば聞くほど面白い二人だ。
「あの方すごい神官様には見えませんねえ」
ミラが言った。
「そうね。まだ若いし。命を助けられたっていきさつも気になるね」
謎の二人にゆりは興味津々だった。
「それよりもあの狼さん城に泊めちゃっていいんですかねえ？」
ミラはそこが引っかかったようだ。狼の一族は、この国にとっては友好関係を築いている国といえなくもない。
酒の輸出などは普通にしているようだ。だが簡単に城に泊めてもいいのだろうか。
「あの人も気になる・・・・」
ゆりがぽろりと言うと、ミラが低い声で「王妃様〜」と言っていた。
「別にムラムラしてないからね」
ゆりはきっぱり言い切った。
その頃子供達３人はヴァレリオの部屋にいた。
ヴァレリオはリティアと共に旅するいきさつを子供らに話して聞かせている。侍女らは部屋の隅に立っていた。
「一人じゃ寂しいからついていってくれと頼まれちまってなあ」
「そうなんだー」
ヴァレリオの言葉を子供らは信じ切っていた。シスに指摘されて言葉使いも丁寧じゃなくなっている。
「まあ俺は旅は慣れてるし、途中山賊に襲われてもちょちょいのちょい、だからな」
「すごーい！山賊に遭ったの！？」
「ああ、遭ったぜ。戦ったぜ」
ヴァレリオは身振り手振りを交えて説明していた。
「すごいね！」
「さすがだね」
子供らに尊敬のまなざしで見られてヴァレリオは気分がよかった。
本当は違うんだが・・・・まあいいか
旅の途中山賊が出たことは出たのだが、ちょちょいのちょいとやっつけたのはリティアだった。
さすが上位の神官だけあって強すぎるほど強い。
（俺が居なくてもよかったんじゃないか？）と思ったヴァレリオだったが、龍の国にはまだ入った事がなかったため
入ってみたかったのだ。ちなみにリティアは国境を入る時だけ身分を明かしたので連れということで
ヴァレリオはすんなり龍の国に入れたのだった。
「かわいい人との旅でいいですね」
シスが言った。
「ははは」
女性との旅といってもヴァレリオにとってはあまり楽しいものではなかった。相手はちょっと好みのタイプではない。
ヴァレリオのタイプは、やはり肉感的な美女だ。リティアは胸もさほどなく、肉感的とは言えなかった。
その上神官ともなれば、おしりを触るだけで神罰が下りそうだ。
「それで龍の国でも危ない事あったんですか？」
ラギが聞いた。
「いや、まあ龍の者らには睨まれたが、結局たいした事件はなかったな。行ったらもう事件は解決してたんだ。
それで拍子抜けよ」
「そうなんですか」
「実は初めての龍だったもんでドキドキだったなあ」
ヴァレリオは龍の国の話を子供らに聞かせた。間近を飛んでいる龍にはひやっとしたようだ。
大都市は賑わっていたが夜は物騒な感じだったと話した。
「でも狼の国から龍の国まで相当の距離があるんじゃないんですか？どうやって移動したんですか？」
二人が旅してまだ２月ほどしか経っていなかったのでラギには疑問だった。
「実はあのリティアさんは長距離の移動ができるんだよ。それで狼から龍の国の近くまで一気に飛んだのさ。
距離にも限界があるらしくて龍の国に一気に入るのは無理だったみたいでな、移動先は森の中だったんで
びっくりさ。しかも一度長距離を飛ぶと一月は飛べないらしくてなあ・・・いやー歩いた歩いた」
「それで山賊に遭ったんですか？」
シスが聞いた。
「そういうことさ」
「でもさすがすごい神官様なんですねえ。そんなにすごい距離を飛べるなんて信じられない」
「本当だよね」
子供達は尊敬のまなざしを浮かべていた。
「まあ、俺も驚くことは多かったよ。実は王子様に頼みがあるんだよーこの国に来る時に楽しみにしてたんだよなー
頼む。高いお酒飲ませて」
ヴァレリオは子供達に頼んでいた。
子供らはあっさり「いいですよ」と言い、まだ陽が沈まない内から部屋では宴会が始まったのだった。
ゆりの部屋には軽装になったリティアがやってきた。
「神官であることは隠しているつもりだったんですが、どうしてもハロルド様の石像を見たくて正体をばらしてしまいました。
私ハロルド様の石像や絵画を見るのが好きなんです。特に石像が大好きでして」
「そうなんですか」
横ではミラがお茶を入れてくれていた。
「さすがミッケル氏の石像は見事ですね。彼の石像で半裸のハロルド様は初めて見ました。勇ましくてステキでした」
リティアの顔はぽやーんとしてきた。相当好きらしい。
「あれってやっぱりミッケルさんが作ったんだ。よくわかりましたね」
「そりゃあもう！ミッケル氏の作品は龍の国にたくさんあるですよ。龍の国は私にとってはまさに楽園！至る所に
石像があってほんとすごいんです！」
（この国で龍の国のヨイショをされても・・・）とゆりもミラも思っていた。
「ハロルド様の神官ならあちらではちやほやされそうですね」
「普段は旅人として行動していますから。でも龍の上の人にはばれてますけど。石像をずっと眺めていたら
不審者として何度か捕まっちゃったもので」
「はははは・・・」
その場面がなんだか想像できてゆりはおかしかった。
「結構あちこちでばれちゃってるんですけどね。地味に行動しようと思ってるんですがどうにも目立っちゃって」
「龍の国の事件って、もしかして教会が焼かれたりした事件ですか？」
ゆりはもしやと思って聞いた。
「そうですよ。行ったらもう解決済みでした。まあたいしたことはなくてよかったです」
「そうですか。でもあなたのようなか弱い女性がそんな危険な任務についているなんて・・・・」
詳しい内容は知らないが、か弱い女性がするような仕事ではないだろうとゆりは思った。
「ふふふ、大丈夫です。私これですから」
といいつつリティアは机に手をかけた。
「え！？」
ゆりもミラもぎょっと驚いた。でかい机がわずかに浮いている。
「もしかして・・・ハロルド様の加護で怪力？」
「はい」
リティアは机を降ろした。
なるほど、だから危ない任務にもつけるのだろう。
「時に王妃様、最近よく眠れないということはないでしょうか」
リティアが真面目な顔で言い出した。
「え？別にこれといって・・・・」
「そうですかあ？」
「まあたまに寝付けない時も・・・」
というとリティアはうれしそうな顔をした。
「そんな王妃様にはこれをおすすめします。オルガ様のお守りです」
リティアは黒い布の小さな袋を取り出してゆりの前に置いた。
「オルガ様のお守り？」
「これを枕元において眠ればぐっすりと眠れますよ」
「はあ・・・」
ゆりは小さい黒い袋を手に取った。中に丸い石のような物が入っている。
そして小さい値札もついていた。
「実は聖地で売られているお守りをいくつか持っているんです。こちらがダーナ様の美のお守り、
こちらがカサンドラ様の智の守り、こちらがヒルデリア様の安産のお守りで・・・その効力はですね・・・」
リティアは次々とテーブルに並べだした。お守りは布に入ったもの、綺麗な紙で包まれているもの、様々だ。
「全て神殿で祈りを捧げられた正規品です。いかがですか？」
リティアはかわいらしい顔でにっこり笑って言った。
ゆりとミラはあまりの展開に固まっていた。
その頃ヴァレリオの部屋では、ヴァレリオと子供らが酒を飲んですっかり仲良くなっていた。
「いやーいい飲みっぷりだ。こりゃ驚いた」
ヴァレリオはただ酒が飲めてご機嫌だった。
「狼の子供らでもそんなに飲まないぜ」
アナスターシャとナナミがのぞきに来たが、王女様方はさすがに・・・と侍女らが入れなかった。
「よし、お兄さんが面白い遊びを教えてあげよう！」
ほどよく酔いが回った所でヴァレリオはカードを取り出した。
「何々？」
子供達は興味津々だ。
「狼の国では大人の男達がよくする遊びさ。いいかい？カードに数字が書いてあるだろう？」
ヴァレリオはカードをテーブルに並べた。中には狼の絵が描いてあるものもある。
「一番簡単なゲームをしよう。円上にカードを並べるからな。真ん中に一枚置いて、一枚づつ引いていく・・・」
ヴァレリオはカードゲームのルールを説明し、男達で酒を飲みながらのゲームが始まったのだった。
「なんか楽しそう。私もまじりたい〜」
アナスターシャは部屋の外で悔しそうだった。
同じく部屋の外ではアナスターシャの侍女らもいた。シスやロイの侍女らもいる。
「もういいよ」と言って部屋を追い出されてしまった。
「ほっておいていいんでしょうかねえ」
「まあ、いかがわしい、というほどでもないですし・・・」
「あの人本当に大丈夫なんでしょうか」
侍女らとしては、突然男が襲ってきたりしないかと冷や冷やだった。
「どなたか一緒にいてくださればいいのに」
「後でフリット様がいらっしゃるようですけど・・・」
「お酒の追加もってきてー」
シスの声が飛んできて侍女の一人は用意をしに行った。
ゲームをしている４人は実に楽しそうに時々笑っている。
「あ、お父さんが侍女全員集合しろって言ってるよ」
アナスターシャが侍女らに言った。
「え？本当ですか？」
「本当本当。みんな王の間に来いってさ。今すぐこいって」
「何でしょうか」
侍女らはわらわらと去って行った。しめしめとアナスターシャは部屋に入り、
「私も入れて〜」とゲームに加わったのだった。
ナナミがゆりの部屋に行くと、部屋にはゆりとミラしかいなかった。
「母様おなかすいちゃった」
「あらもうこんな時間、食堂に行こうか」
ナナミは宙に浮かんで、テーブルの上にいろいろ置かれている物を見た。
「それなあに？」
「これ？神様のありがたいお守りよ。ナナミにもあげるよ。どれほしい？」
「この綺麗なの」
ナナミは花柄の模様の小さな袋を指さした。
「これはね、美のお守りよ。これ持ってると心が美しくなるんだって。ナナミにはあんまり関係ないけどね」
「わーい」
ナナミは喜んでいた。
「王妃様ったらこんなに買われなくてもよかったですのに・・・」
ミラはちょっとあきれ顔だった。
リティアが一生懸命説明してくれたので、ゆりはついいろいろ買ってしまった。
ここまで売りに来る人もなかなかいないので珍しかったせいもある。
「まあこれも神様へのお布施だからさあ」
「普通のお守りの３倍の金額でしたよ」
「そりゃあ聖地の正規物だからしょうがないでしょ」
どうやら旅にはお金がかかるようだ。リティアはお金持ちと知り合うとああしてお守りを売っているらしい。
「心がきれいになる〜」
ナナミはお守りを持って無邪気に喜んでいた。
食堂にゆりがナナミと行くと、ミシェイラしかこなかった。
「他の子らは？」
「ヴァレリオ様と一緒に食べるとおっしゃられているんですが・・・・」
侍女が困ったように告げた。
「よっぽどあの狼さんが気に入ったのねえ。まあいいんじゃない？」
ゆりはあっさり言った。
ミラが部屋に様子を見に行くと、子供ら４人はすっかりカードゲームに夢中になっていた。
さっきとは違うゲームになっている。
「アナスターシャ様ったら・・・もう・・・」
侍女らが部屋の外でぶつぶつ言っていた。王様が呼んでいると言ってだまされたようだ。
アナスターシャは侍女らが何を言ってもてこでも動こうとしない。
「子供ら相手に何やってるんだか・・・」
ミラがその話をゆりにすると、ゆりはうらやましそうな顔をしていた。
「私も後でちょっと・・・・」
「だめですよ。王妃様が夜に他の一族の男性と会うなんて」
ミラにぴしゃっと言われてしまった。
「ちょ、ちょっとだけー」
「だめです」
「ムラムラしないから〜」
「だめで〜す」
「むらむらってなあに？」
横でナナミが聞いていた。
「なんでもないのよ」
うらやましいなあ・・・・
ゆりが会いに行かないようにミラはずっとゆりにひっついていた。
どうやらそういう信用はされていないようだ。
子供達は客間でご飯を食べた後、再びヴァレリオとカードゲームをはじめていた。
ロイどころかシスもラギもすっかり夢中になっている。どうやらヴァレリオは子供の扱いがうまいようだ。
フリットが様子をうかがいに来ると、５人で楽しそうに遊んでいた。
「すいませんね。子守をしていただいて」
「ははは、楽しくやってますよ。子供らとほっとかれた時にはこの国の危機管理は大丈夫かと不安になりましたけど・・・」
ヴァレリオがひげをかきつつ言うとフリットは笑っていた。さすがに武器は預けているが、それにしても信用しすぎだと
ヴァレリオは感じたようだ。
「臨時の神官は悪さはしないでしょう」
「いやーははは。まあこれだけ信用されると気分はいいですがね」
「おじさんはいい人だもんね」
ロイが言った。
「いいかい、一族以外の大人はあんまり信用しちゃいけないぜ」
「なんでー？」
「なんでもさ」
「ねえ、フリットも一緒に遊ぼうよ。僕ら全然ヴァレリオさんに勝てないんだよ」
シスがフリットを誘った。
「私ですか？」
「おお、やりましょうや」
ヴァレリオは見事な手さばきでカードをきっていた。
こうしてシスの変わりにフリットが入り、ゲームは続いた。夜が更けてくるとメンバーは変わり、子供達はいなくなり、
変わりにミカエルとハインリヒが加わっていた。そうなると話の内容はがらりと変わっている。
ヴァレリオは龍の国の国王は悪ガキ王子に手を焼いているらしい、という話もしていた。
だがこの悪ガキ王子、国では人気があるようだ。おとなしいよりもやんちゃの方がいいらしい。
「しかしああ近くを龍が飛んでるんじゃ心臓に悪くてかなわないぜ・・・」
「そうでしょうねえ」
とミカエル。
「食われるんじゃないかとひやっとしますよ。いやうひゃって感じか。はいあがり」
ヴァレリオがカードを広げて見せた。１から５まで並んでいる。
ハインリヒが「うひゃっ」と言った。
「やっぱ本場で飲む酒はうまいな〜」
ヴァレリオは高いお酒を飲みまくり、すっかりへべれけになっていた。
それなのに３人はなかなか勝てない。
「おかしいな。ずるしてないです？」
ハインリヒが不審に思って聞いた。
「まさか、んじゃそっちで配ってくれてもいいですよ」
「いいでしょう」
今度はハインリヒがカードを配りゲームを始めた。
だがやはり勝ったのはヴァレリオだった。
「イヤー俺はカードの運だけはいいんだよなー女運はよくないんだけど」
ヴァレリオがしみじみと言い、３人は笑っていた。
「そろそろお開きにしましょう、もう遅いですし」
フリットはかなりの時間カードの相手をしていた。どうにも憎めない男だと感じている。
「はい、おわりましょう・・・」
そう言うとヴァレリオは机に伏していびきをかいて寝てしまった。
「結局この人何をしにこの国に来たんですか？」
ハインリヒがフリットに聞いた。
「えーと・・・」
「ははは酒を飲みに来たんじゃないのか？」
ミカエルが言った。
「まあ愉快な人ではありますけど・・・」
「グーガーグーガー・・・」
他国でこれだけ気楽に過ごす男も珍しいと３人は思った。
次の朝、結界の外を飛び回る白い鳥がいた。
早朝の運動をしていたラギとシス、ロイは「あの鳥は何かな？」と首をかしげていた。
普通の鳥ならば結界は関係ない。入れないのは普通の鳥ではないからだろう。
「敵じゃない？僕やっつけようか？」
ロイはしきりに鳥を捕まえたがっていたが、シスはロイの腕をつかんでいた。
「敵じゃないと思うけどね。父様に聞いてみようよ」
３人はラクシュミの寝室に移動した。
ラクシュミは３人が来ると目を覚まし、鳥を確認してみた。
ちなみにゆりは横で寝ている。
「・・・ムラムラ・・・ムラムラなんてしない・・・」
ゆりは何やら寝言で言っていた。
ラクシュミが見た所、鳥はやはり普通の鳥ではないようだった。
「あ、その鳥私宛です」
部屋に来た女性にリティアは告げた。すでに朝の支度はすんでいるようなのでシスが部屋に入った。
「やっぱりそうだったんですか。結界で中にこれないようなんで、僕が連れていってあげますよ」
「ありがとうございます」
シスがリティアを連れて城の門の外に出ると、白い鳥はリティアの元に飛んできて、なんと巻き手紙に変わり
落ちてきた。
「わっすごい！」
シスは驚いている。
「神官が使える魔法なんですよ」
リティアは手紙を開いて読んだ。
『リティアへ お疲れ様
もうすっかり力も元に戻ったので、先に聖地に帰ってまーす。
所で狼さんどう？もしかして恋が芽生えちゃったりなんかしちゃったりして・・・うふ
私が知らないリティアになってたらどうしましょ！
後で詳しく聞かせてね ローラ』
「・・・」
リティアは頭を抱えていた。
「私の友人の神官なんですが、狼の国から聖地に帰ったようです」
リティアは横にいるシスに説明した。
「そうなんですか。一人で大丈夫なんですか？」
「大丈夫ですよ。とっておきの技がありますので」
「とっておき？」
「この世界のどこにいても聖地にびゅーんと帰れる魔法を使えるんです」
「へーすごいですねー！」
「距離に関係ないからほんと便利なんです。私はどうしようかなあ。これ以上ヒゲと旅行しててもしょうがないし・・・
すぐ帰ろうかなあ・・・」
リティアはぶつぶつ言いながら悩んでいた。
とりあえず城に戻りヴァレリオの部屋に行ってみた所、ヴァレリオはまだぐーすか寝ていた。
「きーめた。聖地に帰ろうっと。すいませんが伝言伝えてくれます？」
リティアはシスに伝言を残し、用意してくれていた朝食を食べてからゆりに別れの挨拶を述べに行った。
「王妃様にハロルド様のご加護がありますように」
「あ、ありがとう。本当に一人で行っちゃうの？」
部屋に来るなりいきなり聖地に帰ると聞いてゆりは驚いた。
「はい、まああのヒゲを聖地に連れて行ってもしょうがないですし。友人の神官がすっかり元気になったようなので
私も帰ることにしました。お世話になりました。任務でこの国に来る事がないように祈ってます」
リティアは子供達にも頭を下げて、みんなの前でぱっと消えてしまった。
「あ、結局神官になるいきさつを聞くの忘れちゃったなあ・・・」
ゆりがぽつりと言った。いろいろ聞きたかったが、どうにも聞きそびれてしまった。
その頃になり、ようやく部屋でヴァレリオは目覚めていた。
酒を飲み過ぎてすっかり二日酔いだった。
シスからリティアの事を聞いたが、たいして驚く様子もなかった。
「リティアさん行っちゃったのか・・・俺はどうすっかなあ・・・」
ヴァレリオは頭を抑えつつつぶやいていた。
「うー・・・だめだ・・・頭が・・・」
「お薬もらってきますよ」
シスは二日酔いの薬をヴァレリオに持ってきてあげた。
「ありがとう。いやーすっかり飲み過ぎちまった。やっぱり現地で飲む酒はいいなあ・・・」
「リティアさんが、お世話になりましたって言ってましたよ」
シスが伝えると、ヴァレリオははははと笑っていた。
「『聖地に帰る、ヒゲ』、じゃないのかな？」
「・・・」
シスの口元はこわばっていた。
「やっぱりずばり？ははは、リティアさんらしいやねーまあ何事もなくすんでよかった。よかった」
ヴァレリオはそういうとシスにもらった薬と水を飲んでいた。
「僕はヴァレリオさんは、すごくいい男だと思いますよ」
「リティアさんにとっては、男はハロルド様と、その他なのさ。まあ神様と比較されちゃあしょうがないが・・・
あのお嬢さんらには本当にお世話になった。えらい神官なのに病人の世話をずっとしてくれて、あれで心の優しい人
なんだぜ」
「知ってますよ。心が優しくないと神官にはなれませんもんね」
「そうだよな」
二人で和やかに話していたらロイがやってきた。
「おじさん、おはよう、ねえきてきて！」
「お、わっ！」
ロイはヴァレリオの腕をつかんで瞬間移動させた。
ついた先は城の外だった。
「うおっ！」
目の前にとてつもなくでかい蛇がいたのでヴァレリオはのけぞっていた。
鎌首をもたげると、視線はヴァレリオよりも上だった。茶色い蛇は口を開けてしゃーしゃー威嚇している。
狼でも丸呑みにしそうだ。
そこにシスとラギがやってきて「わ！」と驚いていた。
「僕ね、おじさんに戦ってもらおうと思って大蛇連れてきてあげたよ。戦っていいよ」
ロイは目を輝かせて言っていた。
「え・・・・・」
「ロイ・・・何言ってるんだい。そんな無茶なこと言っちゃだめだよ」
ラギが言った。
「え？なんで？」
「ここで蛇殺したらヴァレリオさんも殺されちゃうじゃないか」
ラギの言葉にヴァレリオの顔はさらに青くなっていた。
「それにヴァレリオさんは丸腰なんだから無理だよ」
シスが続いた。
「でも虎の国では虎と素手で戦ったんでしょう？」
とロイ。
「・・・うう・・・」
ヴァレリオは突然しゃがんで右膝に手をあてた。
「昔龍と戦った古傷が・・・」
「え？おじさん龍と戦ったこともあるの！？」
ロイがびっくりしていた。
「ああ、昔はぐれ龍が飛んできたときにな。戦って膝に傷を負ったんだ。今でも時々痛むのさ。これじゃ戦いは無理だ。
残念だがな・・・・」
「そうかあ、なら無理だね」
「それじゃありがとうな。坊や」
ヴァレリオは足を引きずったまま去って行き、子供らが見えなくなったところで走って逃げていった。
「ごめんね。もう帰っていいよ」
ロイが蛇に言うと、蛇はなんだか物足りなさそうな顔で去って行った。
リティアが去ってしまい、一人で国に帰ろうとしたヴァレリオだったが、シスの申し出で虎の国まで
魔法陣で送ってあげることになった。
「もっといてほしかったなあ・・・」
その日には帰ることになったので子供達は寂しげだった。
「これお土産だよ」
子供らからはとっておきのお酒が贈られた。でかい酒の樽が一つ魔法陣の上におかれているが、これは虎の国王
あてである。
「これはうれしいな。どうもありがとうな。代わりと言っちゃなんだが、これをあげよう。兄弟で仲良く遊んでくんな」
ヴァレリオは昨晩遊んだカードを子供達に渡した。
「わーい、ありがとう！」
身支度を調えたヴァレリオは子供達とゆり、フリットに見送られて虎の国に移動したのだった。
「私ももっと狼さんとお話したかったなあ・・・」
ゆりも残念そうだった。
「お母さんはムラムラしちゃうからねえ」
ラギが言った。
「だからしないってば。ヴァレリオさんの前で言うなんて、あんたらひどいじゃないの！」
ゆりはそのことを思い出して今更怒っていた。
「ごめーん」
「ヴァレリオさんって楽しい人だね」
シスが言った。
「うん。そうだね」
「僕あのおじさん好き！」
ロイはうれしそうにカードを手に走って行った。
「あの人って何歳なんだろう？」
ゆりは首をかしげていた。
「まだ若いですよ。９５って言ってましたよ」
フリットが言った。
「え？そうなんだ。二人とも楽しい人達だったな。また会いたいなあ。所でフリット、神様のお守りいらない？」
「お守り？」
二人が去って、ちょっとした寂しさと共に大量のお守りとカードが残されたのだった。
子供達の間ではしばらくカード遊びがはやっていた。
「おじさんまたこないかなあ？」
ロイは遊ぶ度に同じ事をいい、「次は蛇と戦えたらいいなあ」と言ってシスとラギを苦笑させた。
後日ゆりの元にはリティアから感謝状と共に分厚いハロルド教本が届いた。
ゆりは一ページ目の３行ほどを読んで、本をラギにあげたのだった。
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