第39話
あちこちの棚に翼がついた神様の人形が置かれている。
「ステキですね〜かっこいいですね」
とセリアが言うと、ミシェイラがにこっと微笑んでいた。ミシェイラは自分の半分ほどの大きさの２頭身の
クーリーフンのぬいぐるみをだっこしていた。
「クー♪」
ご機嫌の様子だ。にこっと微笑んだ顔はなんとも愛くるしい。ハザークの侍女でなくても顔がほろこんでしまう。
「クーリーフン様の物、一杯あるんですねえ」
人形を眺めていたセリアが言った。
「店で売られている物はたいてい買ってきたみたいよ」
とゆり。
ゆりは部屋にやってきたセリアをミシェイラの部屋に案内していたのだった。ミシェイラがクーリーフンを好きという話を聞いた
人達がそれぞれ買ってきたものだから、部屋の中はクーリーフンの人形で一杯になっていた。陶器の人形が多いので、
ロイは立ち入り禁止になっている。
ミシェイラの目がとろーんとしてきた。
「おねむみたいねー」
「むにゃむにゃー」
「ベッドに運びますね」
侍女がミシェイラをだっこして寝室に連れて行った。クーリーフンのぬいぐるみも一緒に移動している。寝る時には横において
寝ているようだ。
「ミシェイラ様は本当にかわいらしいですねー」
セリアはほんわかした表情で見送った。
ゆりはセリアと自分の部屋に戻った。
「セリアったら呼ばないと来てくれないんだからさ」
ゆりが言うと、セリアは恐縮したような顔をしていた。
「王妃様とお話したかったんですが、私のような若輩者に時間を割いていただくというのも気が引けまして・・・」
「そんな遠慮しなくていいのに。私の方こそ忙しいかなーと思っちゃって」
「そんなことないです。今日も王妃様の元気なお姿を見ることができて、ほんとうれしいです」
セリアはお世辞ではなくうれしそうだった。
「ありがとう。元気さだけが取り柄だからいっつも元気よ。セリアこうしてみると女らしくなったみたいね」
「本当ですか？うれしいです！」
セリアは大人になりたてだけあって若さがはちきれんばかりだ。ゆりにとってはうらやましいことこの上ない。
いや、ゆりも一部には今も大人になりたてだと言われている。一部というのはシャナーンやイシュタールだが。
他の男達だって聞けば言ってくれるだろうが、わざわざ「私ってまだ若いよね」と聞くのもあほらしい。
最近アヤコとの手紙でもつい年のことばかりになってしまっていた。
アヤコは手紙に「若い恋人でも欲しいわ〜」と書いてあってゆりはどきりとした。アヤコはもちろん冗談で、ゆりも「私も〜」
と返したが、周りが聞けば本気にしそうだ。
私はまだ若い！と思っていても、セリア見るとちょっと違うもんな
若さのオーラがあふれ出ててないし、かといって私の方には大人の落ち着きがある、というのとも違うし・・・・
ミニの戦士服を着こなしているセリアはゆりの目から見てもかっこいい。胸元も開いているのでセクシーさもある。
実はゆりは一度女性の戦士服を着てみたかったのだが、今更着てみたいとも言い出せなかった。
「ミカエルから聞いたんだけど竪琴はじめたんだって？」
「そうなんです。夜になると練習してます」
話をふられたセリアはとてもうれしそうだった。
「そうなんだ」
「母親には結構迷惑がられてますけど。安眠妨害だって言われて」
「ははは。私なんて最初蛇も逃げてたからね」
「うふふ、王妃様ったら」
セリアは冗談だと思ったようだ。
「いや、本当に逃げてたよ」
今では蛇もそんなに迷惑ではないようだ。
「この私が偉そうに言うのもなんだけど・・・練習してればうまくなるよ。セリアって器用そうだからすぐ上手く弾けそう」
「いえいえ、私はそんなに器用ではないですよ」
「そう？なんでもこなしそうだけど」
「ミカエル様は結構なんでもこなしますけど、私はそうでもないです。おっちょこちょいですし。この前もどじっちゃって
先輩に怒られましたし」
「へーそうなんだ」
「東の砦に送る荷物を西の砦に送っちゃったり・・・街で怪しい男がいる！と思ったら全然怪しくなかったり・・・しょっちゅうです」
セリアはちょっと恥ずかしげに言っていた。
「そうなんだ・・・」
ゆりはちょっと笑っていたが、内心親近感を感じていた。
セリアがどじっている所に遭遇したら、かまいたくなりそうだ。
は！さては・・・それでエルがセリアにかまってる内に仲良くなったのかもなあ・・・・
ゆりはぴーんときた。二人が仲良くなった詳しいいきさつは知らなかった。エルと顔を合わせることはあったが、そこまで聞くのも
どうかと思い聞いていないのだ。
ありうる・・・いや、そうに違いない！
『僕が手伝ってあげますよ』
『ありがとう、助かります。エルバートさん。私ってどじばっかりで』
『そんなことないですよ』
『そうですか？』
『はい。そういうところがかわいいですよ』
『エルバートさんったら・・・・』
見つめ合う二人はいつの間にか・・・・
ってな感じかな？
ゆりが勝手に妄想劇場を展開している間、セリアの元に思念が届いた。相手はミカエルだった。
「えええ！？」
セリアが突然立ち上がったのでゆりはびっくりした。
「ど、どうしたの？」
「お、お母さんが倒れたってミカエル様が・・・」
セリアの顔色が変わっていた。
「え？大変すぐ行ってあげなさい」
「はい！失礼します！」
セリアはあわてて部屋を出て行った。
「大丈夫かな？何でもないといいけど・・・」
ゆりはセリアの母親の身を案じていた。
その頃、王の間の扉の外では、若い男が３人いて番兵に話しかけていた。
「番兵さん、どうですかね？この格好。髪も入念に整えたんですけど」
「いーんじゃないですか？」
番兵はちらりと見てあっさり言っていた。
「なんだか投げやりですねえ。やだなあ。もっとじっくり見てくださいよ」
「王様に用じゃないならあっち行ってくださいよ」
もう一人の番兵が文句を言っている。男達は大人になりたてのような初々しい連中で、３人ともびしっと髪をセットし、
初めて着たかのようなちょっと着慣れてない感じの正装服を着ていた。新品なのかもしれない。
首にジャラジャラした銀の飾りをつけていた。若い男の最近のはやりだ。
「今誰もいないんだからいいじゃないですか」
「所で王妃様に面会の申し込みはしたんですか？」
番兵が聞いた。男達は王妃様に会いにやってきたと言ったからだ。
「いや、これから」
若いのはあっさり言った。
「これから？」
「だって、いっつも却下なんですよ。だから思い切って来たんです」
「だいたい俺らの王妃様への面会の申し込みは、ミカエル様通さなきゃならないなんておかしいでしょ」
「しかもいっつも却下だし」
男達はぶーぶー言い出した。
「私らに言われても知りませんよ。それにまあ、みんな許可してたら王妃様も大変でしょう」
「俺たちだって王妃様に会いたいんです！」
「なかなか城勤務になれないし・・・」
「王妃様とゆっくり話がしたいんです！」
「だから私に言われても知りませんって」
番兵は迷惑そうだった。
「王妃様のお部屋はどこですか？」
男に聞かれて番兵は驚いた。
「え？それすらも知らないんですか？大人になって王妃様に挨拶とかなかったんですか？」
「その日は庭園で王妃様とお会いしたんです。顔ちょっと見ただけでさよならでした。教えてください」
「うーん」
（引率してきたのはミカエル様に違いない）と番兵はぴんときた。
その時扉の前にイシュタールがやってきて、若い連中に目をとめた。
「何してるんだ？」
「あ、イシュタール様！王妃様のお部屋はどこですか？」
若い男に聞かれてイシュタールは素直に「王妃の部屋？３階の・・・」と答えだし、番兵が「教えなくていいです」
と遮っていた。
「なんでだ？」
「いいんですよ。言わなくても。今王様は休憩中です。休憩室にどうぞ」
「そうか、わかった」
イシュタールはさっさと移動した。
「番兵さん！ひどい！」
「こうなったら自分で探します！」
「あーもーちょっとー・・・」
番兵達が困っていると、今度はシャナーンがやってきた。
「何してるんですか？」
同じように聞いている。
「シャナーン様、彼らが許可もないのに王妃様に会いに行くと言ってきかないんですよ」
番兵が困ったように告げた。
「え？許可もないのに？」
その時男達はシャナーンの眼光が鋭くなったような気がした。
「うわっでた！嫉妬の眼光！」
「これが噂の・・・ってシャナーン様、俺たちは別にただ、ちょっとだけ王妃様とお話したいだけなんですから、そんな怒ること
ないでしょ！」
男達は後ずさりしていた。
「だめですよ。勝手に来たら。私が面会の許可取ってあげますよ」
なんとシャナーンが笑顔で言った。
「え？本当ですか？」
男達がびびって聞いた。
「５０年後くらいにね」
笑顔で言うシャナーンの右手がなんだか青白くなっている。
「ひえー！やっぱ怒ってる！」
「今日は帰りまーす！」
男達は慌てて去って行った。
「ふん！さあ、王妃今日は部屋にいるかな？」
シャナーンはうってかわってさわやか笑顔で廊下を歩いていった。
『嫉妬の眼光』という言葉に番兵達はひそかに受けていた。何かの技のようだ。
「シャナーン様って大人になってそう間もないのに、もうすっかり中堅ぽいな」
シャナーンの後ろ姿を眺めつつ、番兵がつぶやいた。
「そうだな、さっきの彼らとそう年も変わらないのにな」
「その内ミカエル様っぽくなったりして・・・」
番兵達ははははと笑っていたが、あの様子ではあながち冗談ではなくなりそうだ。
ゆりの都合を聞かずに部屋に訪ねられるのも恋人の特権のようなものだ。シャナーンが部屋に行こうとすると、
ゆりは自分の部屋の前の廊下にいた。上を向いて何か考え込んでいる。
「王妃、どこかに行かれるんですか？」
その言葉にゆりはようやくシャナーンに気づいた。
「ううん、どうしようかなーと考えてただけ。実はさっきまでセリアが来ていたんだけどね、お母さんが倒れたとかで帰ったの。
それで大丈夫だったかなって気になって・・・ちょうどよかった。ミカエルにちょっと聞いてみてくれない？」
「いいですよ」
シャナーンはすぐにミカエルに思念で聞いた。
王妃が心配していることを告げると、ミカエルは「大丈夫だ。ちょっとした貧血だった」と伝えてきた。
シャナーンがゆりに伝えると、ゆりはほっとした顔をした。
「よかった。なんだあ、単なる貧血かあ。部屋に入りましょ」
明るい顔で部屋に入るゆりを見て、シャナーンは（あんなに心配されるなんて、なんてお優しい・・・・）
と感動していた。
「だけど貧血っていってもばかにはできないけどね。セリアのお母さんってまだ若いんでしょ？」
「そうですね。綺麗な人ですよ」
「だろうねー」
二人は和やかな雰囲気で話をしていたが、セリアがいる病院ではセリアが絶叫中だった。
「ただの貧血・・・・ってどこがただの貧血ですかー！！！！」
「・・・・」
「お母さん！」
「・・・・・」
「こら、お母さんってば！」
母親のカーラはベッドに横たわりそっぽを向いていた。
ベッドの横にいるミカエルは少々苦笑気味だ。
「まあ、ただじゃない貧血だな。ははは」
ミカエルが笑って言うとセリアに睨まれてしまった。
「王妃には心配させるとなんだから、ただの貧血だと言っておいたからな」
「すいません。お母さん、こら、こっち向きなさい！」
セリアは腰に両手をあててカーラに言っていた。
「うるさいわね。貧血は貧血じゃないの」
「妊娠のせいの貧血ってどういうことなの！」
「カーラさんが妊娠したってことだ」
とミカエル。
「そんなことわかってますよ！！」
セリアは怒鳴っていた。
そう、セリアの母親カーラは妊娠による貧血で倒れて病院に運ばれたのだった。
それを聞いたセリアはびっくり仰天だった。
まさか、自分の母親が５０数年ぶりに妊娠するとは！
「あーもーセリア呼ばなくてもよかったのにー」
カーラは小声でぶつくさ言っていた。
「呼ばないわけにはいかないでしょう」
とミカエル。
「お願いだからみんなそっとしておいてー」
「そーいうわけにはいきません！」
セリアの方がまるで母親のようだ。
そこに医者がやってきた。
「カーラさんはいくら聞いても年齢を教えてくれないんですよ。一体何歳なんですか？」
医者はセリアに聞いていた。
「えーと・・・さあ、私が聞いてもいっつもサバよんでて教えてくれないんですよ。正確には何歳？」
「１２５歳」
「んなわけないでしょう」
と突っ込んだのはセリアだった。
「カーラさんセリア生んだ時には、確か１００は余裕で越えてましたよ」
ミカエルが暴露した。
「１６０から２００の間です」
セリアが言うと、医者は「んじゃ２００って書いておきます」と言ってカルテに書きだした。
「ちょ、ちょっと、この私が２００越えてるわけないでしょ！」
カーラはがばっと起きた。
「あなたが教えないからですよ」
「２００よりもかなり下よ！」
「だから何歳なんですか？」
「・・・・ちょっと来て・・・」
カーラは医者をちょいちょいと呼び、こっそり耳打ちした。
「身内に内緒にしなくても・・・」
ミカエルもセリアも呆れていた。
「わかりました。それで一番重要な所ですが・・・・お相手は」
「あ、私も聞いてなかった。相手の男誰よ」
とセリア。
「・・・・ああ、ふらふらするわ。もう何もしゃべれないわ」
カーラは額に手をあてて倒れ込んでしまった。
「はあ・・・」
医者はため息をついている。ミカエルは苦笑ぎみでセリアはあきれ顔だった。
医者はジェスチャーでセリアに部屋の外に出るように示した。
ミカエルも行こうとすると、カーラは「ミカエル、王様にだけは言わないで！」とミカエルの腕を握りしめて言ったのだった。
カーラの妊娠は出生率の低い蛇の一族にとってはありがたいことではあるが、そう喜んでばかりはいられなかった。
ミカエルとセリアは別室で医者に対面して座っていた。
「ミカエル様はよくご存じだと思いますが、あの年での妊娠はかなり珍しいです。そして危険でもあります」
医者は真面目な表情で告げた。
「出産は無理なんでしょうか？」
セリアが不安げな顔で聞いた。
「わかりません。流産の確率が高いですからね。念のためもう入院なさった方がいいと思いますが・・・」
「お母さんいやがるだろうなあ・・・」
「相手は誰なんだろうな」
ミカエルが言った。
「やっぱり若い男なんじゃないですか？それで言いにくいんですよ」
「そうかな」
「とにかく、入院を勧めましょう」
３人はもう一度カーラがいる病室へと戻り、入院の話をした。
「絶対嫌」
「カーラさん、危険なんですよ。一人でいる時に倒れたらどうするんですか？」
「今日はどこで倒れたの？」
「街で買い物してるときに倒れてすぐ病院に運ばれたんだ」
ミカエルが説明した。
「だいたい赤い月を異性と過ごしてるのなら妊娠の検査受けないとだめですよ」
と医者。
「だって、私だってまさかできてるとは思いもしなかったんだもの・・・」
カーラはぐちぐち言っていた。
そこに王族医師のフレイがやってきてカーラは「げっ」と声を出していた。
「カーラ・・・まさかその年で妊娠するとは・・・・」
フレイは来るなり言っていた。
「ちょっと、ちょっとちょっと、みんなにべらべらしゃべらないでよ。私の妊娠はここだけの話にしておいてよ！」
カーラは医者に怒っていた。
「そういうわけにもいかぬだろう。そなたは若い頃は上級ランクの力の持ち主であったんだし・・・それで相手は誰だね？」
フレイはカーラを見て、ミカエルらを見た。皆さあ？という顔をしている。
「カーラ、隠しておくわけにはいかないぞ。いいなさい」
「嫌でーす」
「仕方ない、ミカエル、全戦士に思念を送って相手を聞きなさい」
フレイの言葉にカーラは「ぎゃー！」と絶叫していた。
「やめてー！恥ずかしい！！！！」
「あのーそれだけは・・・私も恥ずかしいですし・・・」
とセリア。
「カーラさん、そんなに恥ずかしい相手なんですか？」
ミカエルが腰をかがめて聞いた。
「違うわよ。うーん、もう・・・・ちょっと耳貸して」
カーラはミカエルの耳にぼそっと言った。
ミカエルは二度ほど瞬いた。
「なんだ、ぴったりの相手じゃないですか」
ミカエルはちょっとほっとした顔をした。カーラはかなり恥ずかしそうだ。
「だれ？相手誰なんです？」
「キース将軍です」
「え？」
「キース？」
ミカエルの言葉に一同ぽかんとした顔をした。
やがて驚きまくったキースが本当に病室にやってきた。
「嘘じゃなかったんだ・・・」
セリアは密かにつぶやいていた。
若い男かと思ったらまさか将軍だとは・・・・
お母さんったら今までキース将軍の『キ』の字も出さなかったくせに・・・
『あの子いいわね』とか『あの人ステキね』という話はいろいろ聞いていたが、カーラからキース将軍の話題を聞いたことはなかった。
「カーラ、本当なのか？本当に妊娠してしまったのか？」
キース将軍は驚きすぎて声がうわずっていた。
「そうみたい。みんながよってたかって私をいじめる。私の年のことでいじめるのよ」
カーラが訴えると、キースはカーラの手を握っていた。
「私はそんな年じゃないのに！」
「君は見た目は１３７歳に見える」
キースは即座に言った。
「ありがとう」
（えらい半端な年齢だな・・・）と一同は思った。
だがこうして二人を見ると、同じ黒髪でまあお似合いと言えるだろう。
「見た目は１３７歳でも中身が違うんですから。高齢出産は危険です」
医者がずばり言った。
「高齢言うな！」
「いつの間にひっついたんですか？」
ミカエルが聞いた。キースは真面目な男でかなり奥手そうなだけに気になったのだった。
「そんなことより！将軍、お母さんに入院を勧めてください。家に一人置いておくのは不安です」
セリアはキースに訴えた。
「入院した方がいいカーラ。私も心配だ」
「でもずっとここにいるのはいやよ。だって出産はずっと先だもの。それから王様には言わないでーお願い」
カーラは拝むように言っていた。
「そういうわけにはいかないだろう」
「そうですよ。キース将軍の子供ともなれば、いわなきゃだめですよ」
ミカエル。
「えーん、恥ずかしくて王様にもう会えない−」
カーラは泣き顔だった。
「別に恥ずかしくないでしょう」
ミカエルに続き「そうよ、相手がキース将軍ならぴったりお似合いの二人だし」とセリアが続いた。
「心配されるのが嫌なの！」
「今は無事出産する事だけを考えなさい」
フレイが諭し、キース以外の者達は病室を出て行った。
「あの二人の子供なら強い子供が生まれるだろうになあ・・・」
ミカエルは病室の外でつぶやいていた。
「せめて後３０年若ければ・・・・」
フレイは残念そうだった。
「無理ですかねえ。フレイ様」
と医者。
「わからん。妊娠も危険だが出産はもっと危険だからな・・・」
フレイの言葉にセリアはしょんぼりしていた。子供が強いほど、母体にかかる負担は大きくなる。
ミカエルはセリアの肩に手をあてていた。
病室では、キースが「君に負担をかけてしまってすまない・・・」とカーラに謝っていた。
「何言ってるの？驚いたけど、でもうれしいわ。まさか私もこの年でこんなことがあるなんて思ってなかったけど・・・」
「入院してくれるね？」
「うう・・・そうした方がいいなら・・・・」
カーラ自身、自分の年で出産することがいかに危険かよく知っていた。若い頃に流産し、悔し涙を流したこともある。
女にとってあれほどの悲しみはない。
「２年も３年も入院しなきゃならないのかしら・・・」
「私も毎日顔を見に来る」
「え？いいわよ。そんな！忙しいでしょ？」
「いや、心配だから・・・」
「いいわよー」
変なことになってしまったとカーラは思った。
きっかけは、キースと長年恋人関係だった女性が病で亡くなり、それで会って慰めていて、なんとなくそういう仲になったのだった。
別に二人とも子供を作ろうと思ったわけでもないし、できるとも思っていなかった。
私にまだ子供を作る力が残っていたなんて・・・・
そう喜ぶ気持ちもどこかにはあるが、この年で一族の女性が出産したことはあまりないために、不安は不安だった。
「無事生まれるといいわね・・・・」
「生まれるよ」
キースは元気づけるようにカーラの背中をなでていた。
その話を王の間で聞いたラクシュミは５秒ほど固まっていた。たまたま一緒にいたザメハも同様だった。
「カーラ・・・今何歳だったかな？」
「１７５歳です」
その話を告げに来たフレイが言った。
「１７５？！」
「カーラはもうそんな年になりますかな！」
ザメハも驚いていた。
「若い頃は大変魅力的で綺麗な娘でしたがなあ・・・・もうそんな年になるとは・・・・２０若ければ王妃になってたのにと
当時言われてましたな」
ザメハは昔を思い出しながら言った。
「それで、カーラは大丈夫なのか？」
ラクシュミがフレイに聞いた。
「こればっかりは、ヒルデリア様の加護でも欲しいところですな」
フレイもお手上げだった。女性の妊娠時期は８０から１２０歳頃が多く、１５０を過ぎると０に近い。
ちなみに男性の方は８０からで、大人になったばかりで女性を妊娠させるのは珍しいことだった。
カーラはラクシュミが王になって数年後にセリアを生んだが、もしゆりがこの世界に来ず、セリアが王妃になっていたとしても、
出産までの道のりはかなり長いものになっただろう。
まさか今頃子供ができるとはキースも驚いただろうが、もう３０年ほど前に妊娠していたらなあ・・・・
カーラの予想通り、喜びよりも心配の方が大きかった。
「なんとかがんばってほしいが・・・・気をつけてやってくれ」
「わかっております」
フレイはうなずいた。
最近ではゆり以外のことで一番びっくりしたな・・・
そう思ったラクシュミは夜、ベッドで会ったゆりにそのことを話した。
話を聞いたゆりもびっくり仰天だった。
「でもセリアのお母さんってまだ若いんでしょ？」
「そんなに若くはないぞ。見た目は若いが」
「ロアンナより若いんでしょ？」
中年の女性といえばロアンナのことを思い出してゆりは聞いた。
「そりゃ若い。ロアンナはもう２００になるか、なったか、くらいじゃないかな？とにかく喜んでいいやら何やらわからない事態なんだ」
「そうなの・・・・セリアも心配しているだろうね」
「だろうな」
そういえば・・・・・とゆりは先日神官のリティアからもらった、いや買ったお守りを思い出した。
その中にはヒルデリアのお守りもあったはずだ。
こういう場合でも効くかな？もしかしたら効くかもしれない
そう思ったゆりは後日お守りをミカエルを通して渡したのだが、ミカエルがカーラの病室に行ってみると、
ベッドの横には吊された大量のお守りがだんごのようになっていた。カーラは憂鬱げな顔でミカエルを睨んでいる。
「・・・・王妃からお守りもらったんですけど・・・いります？」
ミカエルが遠慮がちに聞くと、ついにカーラは怒りを爆発させていた。
「ちょっと！何でみんな知ってるのよ！言わないでって言ったでしょ！！！」
「しょうがないじゃないですか。我々にとっては事件にも等しい出来事ですよ」
「何が事件よ！」
「みんなそれだけ心配してるんです」
「だから言うなって言ったじゃないのー！！」
「これこれ、何怒鳴ってるんですか？」
そこに医者がやってきた。
「もっと心おだやか〜にしないとだめですよ。カーラさん」
「穏やかになれるかー！！！」
「出産によるストレスですね」
医者はカルテに書きだした。
「お見舞いによるストレス！もう家に帰る！」
カーラは泣きそうな顔になっていた。
そこにノックと共に男がやってきた。恰幅のいい男、ジェダンだった。
「おお、カーラ、まさか君が今頃妊娠するとは驚いた。みんなから預かってきましたぞ」
ジェダンの手にはお守りが１０個ほどあった。
「ヒルデリア様のご加護がありますように」
カーラの不機嫌さは最高点に達した。
「もうみんな出て行って！」
「どうしたのかね？」
「妊娠によるストレスです」
医者が言った。
「お見舞いによるストレスだって言ってるでしょ！！そっとしておいて！」
カーラの気迫に押されて男達は病室を出た。
ミカエルは王妃からもらったお守りを渡しそびれていた。
ジェダンはドアノブにお守りをぶら下げている。王妃のお守りも一緒に下げるのもはばかられたので、
ミカエルはお守りをセリアに渡しておくことにした。
「まさかこんなことがあるとは・・・実はわしはカーラには１００年前と７０年前と３０年前に振られておるんだよ」
「そうだったんですか」
ジェダンの告白にミカエルは驚いた。
「１０年前にも振られたかな」
「結構最近も振られてるんですね」
「カーラはまだ若い。見た目は１３７歳に見える。だからきっと大丈夫だ」
「そうですね」
といいつつ、（なぜに１３７歳？）とミカエルは疑問だった。
「いやはやキース将軍とひっついたか・・・」
ジェダンはちょっと寂しそうに去って行った。
「・・・それにしても・・・」
いずれ国中のヒルデリアのお守りがここに集められるかもしれないなあ・・・・
ドアノブにかけられたお守りを見て、そう思ったミカエルだった。
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