第４１話
「どう？どう？」
「かわいいですよ。似合ってますよ」
ゆりはジュノーの目の前でくるくる回っていた。ゆりの服装はいつもと違っている。ジュノーにぽろりと女戦士の服を着てみたいと
言った所、今日わざわざ持ってきてくれたのだった。
首周りが大きくあいた黒い上着に膝上のミニスカート、そして黒いブーツである。大きな襟と袖は緑で縁取られている。
上着の上からベルトをするようになっていて、ベルトのバックルには金が使われていた。
普通の戦士は腰に剣をさしたりしているのだが、そこまでしていない。生地は柔らかい皮のような感触だ。ちょっとてかって見えた。
銀色のボタンには蛇の模様が入っている。
ゆりはうれしそうに襟もとに小さい金の蛇のブローチをつけたりして飾ってみた。そして首に紫色のスカーフを巻いたりもしている。
ジュノーがベルトに金の鎖の飾りをつけてくれた。
ジュノーは今日は肩や襟に飾りのついた青い上着にズボン姿だった。両肩の飾りにはいつもと同じように緑の蛇の刺繍が入っている。
１００歳を越えてもジュノーの顔立ちはまだまだ若く見える。だが、自分ではそれが気になる所らしい。
「なんだか身が引き締まるわー」
ゆりは姿見の鏡で自分の姿を見ている。久々の膝上までのスカートなだけになんだかうきうきしていた。
元の世界に戻ったみたいな気もするなあ。どっかの制服っぽいデザインだし・・・
ゆりはうれしそうに鏡に向かってポーズを取りまくっていたので、ジュノーも服を持ってきた甲斐があったと喜んでいた。
「いらっしゃいませー」
ゆりは右手をあげて言ってみた。
「それ、どこかの店員さんのまねですか？」
横でジュノーが聞いた。
「なんとなくそういう感じがして・・・・でもみんなこれで戦うの？戦いにくくないの？」
「大丈夫ですよ。結構生地伸びますから」
ゆりはパンチのまねをしてみた。意外に動きやすい。
「あ、ほんとだ」
「ちなみに戦士らは中に薄くて丈夫な胸当てとかしてるんですけどね」
「そうなんだー」
ゆりは調子に乗ってキックなどもしていた。
ジュノーにスカートの中が見えないようにしていたが、鏡に映っていた。
「あらやだ、見えちゃった？」
ゆりは恥ずかしげに言っていた。
「女戦士らは下も見えてもいいようなの履いてます」
「そうなの」
「かわいいなー食べちゃいたいな〜」
ジュノーがにこにこしてゆりに近づいた。
「強そうに見える？」
ゆりはジュノーに向かってファイティングポーズを取っていた。
「やられたー心が奪われたー」
ジュノーはわざとらしく言って心臓を押さえている。
「もージュノーったら」
ゆりはジュノーの肩を手で押していた。
二人はしばらく、端から見たら「何やってんんだ？」と言われそうなことをして遊んでいた。
途中蛇の目のゆりに変わって猛烈にキスしあったりと、それなりに恋人らしい時間を過ごしている。
たまに変わった格好をするのもジュノーにとっては新鮮でいいようだ。
ゆりはすっかりこの服装が気に入ってしまった。だがラクシュミに見せてもそう喜ばないだろうと想像はついていた。
「なんて格好してるんだ？」と言われるだけだろう。
ハザーク様ならどうかな？案外興奮したりして・・・見せてみようっと♪
ゆりは次の日、同じ格好でシスに移動させてもらってハザークの部屋を訪れた。
ちなみにシスはゆりを見て、「かわいいね」と笑顔で言ってくれた。かわいい息子だ。
ハザーク様なんて言うかな？その気になっちゃったらどうしよう。まあいいか
そんなことを思いつつ、
「ハザーク様〜」
ゆりはノックしてからハザークの部屋の扉を開けて、すぐにパタンと閉めた。中にハザークはいたのだが、もう一人余計な人がいた。
エルバートだ。長椅子に寝そべっていたので１００パーセントカーライルの方だろう。
くそー今日に限っているとは・・・・どうしようかな・・・・
「王妃様？」
侍女がどうしたのかと扉を開けた。
「こんにちは」
まあいいか、別にバニーガール姿じゃないし・・・・
ゆりは思い切って部屋に入った。
「こんにちは、水蛇様来てたんですね」
「・・・」
ハザークとカーライルは両方寝そべったままゆりを眺めていた。正体が蛇なだけにカーライルも寝そべるのが好きらしい。
こうしてみると、やはり二人とも共通した独特な雰囲気を感じる。
「この格好どうですか？」
ゆりは開き直って反応を伺うように聞いてみた。
「かわいいでしょ？ね？」
「あ・・・・ああ」
ハザークは短くそう言った。
「ああだけ？つまんないですねえ」
一方カーライルの方は、ただ無言で冷静な表情を向けている。
二人とも反応が薄かったのでゆりは侍女を見た。
「どう？これ見た人はみんな似合うって言ってくれたんだけど」
みんなと言ってもジュノーとシス、ゆりの侍女らだった。
「とてもお似合いですよ。王妃様には黒い生地も良いですね」
侍女はにっこり笑ってそう言った。
「そうだね。黒いドレスってないもんね」
その時ハザークは、ゆりを見つめつつ、ちょっとうつろな目をしていた。
ああ・・・なんてことだ・・・王妃も働かされているのか。そんなに人手が不足しているとは・・・・・
ハザークは久しぶりに誤解していた。なんとゆりが働いていると思ったようだ。
ゆりが着ている服は働いている女性が着るような服装だったからだ。
国の財政はそんなに悲惨なのだろうか？だからといって王妃を働かせなくても・・・
言ってくれればちょっとは酒の量控えたのに・・・
大昔に比べれば、王族の生活はかなり質素になっている。だが、ここまで貧乏になっているとはハザークも思っていなかった。
「わかった、病院の受付だな？」
カーライルがうなずいて言った。
「病院の受付？」
ゆりが聞くと、「病院の受付の娘のまねだろ？」とカーライルが続けたのだった。
「なんでわざわざ病院の受付の娘さんのまねするんですか」
「違うのか？なら図書館の受付か？それとも役所の受付か？」
「なんで受付限定なんです。ああ受付嬢は綺麗な人って決まってますもんね」
ゆりは胸を張って答えた。
「そういうわけで言ったんじゃない。おい、ハザークどうしたんだ？ぼんやりして」
カーライルはぼんやり顔のハザークに気づいて声をかけた。
「そんなに見惚れるほど似合ってます？」
とゆりは腰に片手をあててポーズを取っている。
「それで何の受付の仕事してるんだ？」
ハザークにそう聞かれたゆりは、がくっとポーズを崩した。
「どこの受付でも働いてないですよ！」
「え？そうなのか？てっきり働いてるのかと思ったぞ」
ハザークは大まじめだった。
「違いますよ。ちょっと着てみたくて着てみただけですよ」
「なんだ・・・」
ー王、今のはなしだ
ハザークはラクシュミに思念を送っていた。先ほど驚いたハザークはついラクシュミに「そんなに悲惨なら酒の量控えようか？」
と思念を送ってしまっていた。
ー悲惨って何のことだ？
ラクシュミから思念が返ってきた。
ーすまない。忘れてくれ・・・
ー？？？
王の間のラクシュミは不思議そうな顔をしているに違いない。
「冗談が通じないんだから・・・」
てっきり「たまにはそういう服もいいな」くらいで終わるのかと思っていたが、働いている女性の服装なだけに真面目に勘違いされて
しまったようだ。
ハザークが起き上がってゆりを呼んだので、ゆりはふくれっ面でハザークの横に座った。
「たまには喜ぶかなーと思ったのに」
「？？」
ハザークはゆりの意図する所がさっぱりわかっていなかった。するとカーライルが言い出した。
「王妃はわかってないな。男は女性の懸命に働いている姿にぐっとくるんだ。その服装にぐっとくるわけではない」
蛇のわりには正論だとゆりは思った。
「そーですか。水蛇様は懸命に働いている病院の受付の娘さんにぐっとくるわけですね」
「そう。いやそういうわけではないが、そういえば昨日はかわいい娘がいたな」
（そうって今認めましたね・・・）とゆりは突っ込もうとしたがやめた。
「病院って、エルバートどっか悪いんですか？」
そっちの方が気になった。
「いや、カーラ嬢の見舞いだ」
「カーラ嬢？ああ、妊娠したカーラ。元気でした？」
カーラはエルバートにとっては恋人の母親なので、お見舞いをするのも当然といえば当然だ。
「カーラ嬢は元気だが、そのことでエルバートは面白いことになっている。本人は悩んでいるようだが」
「面白い事って何ですか？」
ゆりが聞くとカーライルはふっと鼻で笑っていた。
「くく・・・」
今度は口に出して笑っている。ゆりは待っていたが、カーライルは話そうとはしなかった。
一人で思い出し笑いしている。
「あのーむちゃくちゃ気になるんですけど・・・・」
「何なら変わるから本人から聞いたらいい。ほんとしょうもないからな」
カーライルはそういったとたんに隠れてしまったので、エルバートはこの状況にまず驚いて「うわっ！」と飛び起きていた。
「すいません！うわっ！あれ！？」
エルバートはハザークに驚き、そしてゆりを見て驚いていた。身体が前に揺れたリ後ろに揺れたりしている。コントのようだ。
「あ、この格好？気にしないで。最近困った事が起こってるんだって？水蛇様が言ってたよ」
ゆりはにこやかに言った。
「困ったこと？面白いことじゃなかったか？」
ハザークが訂正していた。
「でもエルが悩んでるって」
「え？カーライル様がそんなことを！？」
エルバートは立ったまま居心地が悪そうにしていたので、侍女が気を利かせて椅子を持ってきた。
「どうぞ」
「あ、どうもすいません」
エルバートは御礼を言って椅子に腰を下ろした。
二人と向かい合って座っている格好になっている。
「何かあったの？」
「実は困った事があるんですが・・・」
エルバートはちらちらハザークを見ていた。エルバートがハザークを気にしているのに気づいたゆりだったが、
ここで二人で去って行くというのもハザークに悪いような気がした。
「ハザーク様エルの相談に乗ってくれます？」
ゆりが聞くと、ハザークは「内容によるが」と言った。
嫌だとは言わなかったのでゆりはエルバートを促した。
「話してみたら？」
「あのー・・・命に関わるとか、そういう大それたことではないんですけど・・・」
「わかってるよ」
「実はカーラさんの病室に霊体がいらっしゃるんです」
エルバートは思い切って言った。実は誰かにこの話をしたくてたまらなかったのだ。
シャナーンに聞いてもらおうかと思っていたくらいだった。
「霊体？・・・ってこれ？」
ゆりは両手を垂らして幽霊のまねをした。だがこのまねはこっちでは通じないようだ。二人ともきょとんとしている。
幽霊というと元の世界では怖い存在だが、この国では守護霊的存在だと見なされている。
「若い男性なんですが・・・」
「へーいい男？」
ゆりはつい聞いてしまって、はっとハザークを見た。
ハザークは横目でゆりを見ている。
「背が高くて細身で、整った顔立ちですよ」
「へー」
「もしかしてその霊は銀髪じゃないだろうな？」
ハザークは苦々しい口調で聞いた。
「黒髪です」
「ならいいが・・・」
「ザクート様だったらびっくりすぎですよ。それでその人のことカーラは知ってるの？」
「いえ、まだ言ってはいないんです。その男性はカーラさんの親戚のようで、カーラさんが心配で側にいるようなんです」
「へーお父さんかな？」
「話ができないのでわからないんですが・・・」
「それでその霊がどうしたの？」
（エルとは関係ないようだけど？）とゆりは思った。
「私を笑わすんです」
「え？」
「おかげでカーラさんとセリアさんには変な男だと思われてしまいました」
エルバートは力なく告げた。
ゆりもハザークもちょっとぽかんとしていた。やはりさほどたいしたことではないようだ。
「どうやって笑わすの？」
まさか幽霊が漫才をするとか？それってどんな幽霊？
「昨日病室に行ったのは三度目だったんですが・・・」
エルバートは語りはじめた。
二度目のお見舞いは霊が気になったので早めに行ってみた。
その時も同じ霊が病室にいた。カーラは一度目の時に持って行った葉っぱが気に入って、セリアにそのお茶を買ってきて
もらったのだとエルバートに話した。そのカーラの横で、霊はカーラに見えないのをいいことに百面相をはじめたのだった。
普通にしていたら真面目そうな男なので、そんなことをするとは全く想像ができなかっただけに、エルバートは
身構えることなく男の百面相を見てしまった。
（私を笑わそうとしている！？）
エルバートは男の思惑に気づいたが、カーラと話をしながら必死に耐えていた。
ここで笑ったら負けだ、と耐えようとしたのだが、男の笑わせたい思いの方が勝ってしまったようだ。ついにぷっと笑ってしまった。
会話中では笑う要素はなかったため、カーラは不思議そうな顔をしていた。
「すいません！なんでもないんです。ちょっと変な思念がきたもので、これで失礼します」
エルバートはその日はそう理由をつけてさっさと逃げた。
もうお見舞いに行くのはやめよう。あの人もカーラさんに悪いことはしないだろうし・・・・
エルバートはそう思っていたのだが、それから後に砦の休憩室でセリアと一緒になり、セリアがエルバートに見舞いの御礼を
言い出した。
「若い男が来てくれるってお母さん喜んでるんです。全くしょうがないんだから」
エルバートは久々にセリアと会話をしてちょっとどぎまぎしていた。来年の赤い月の話をしようかどうしようか、やっぱりやめとくか、と
頭の中ではいろんな事が回っていた。
「カーラさん、みんなが心配していたわりには元気そうでよかったですね」
「そうなんです。お母さんは家に帰りたがってるんですけどね。また暇だったら行ってあげて下さい。エルバートさんの顔癒されるって」
「そんな・・・」
「明日は休みだから一日お母さんといるんです。よかったら顔見せてくださいね」
セリアは笑顔でそう言って去って行った。
「はい、わかりました。所でセリアさん、ら、来年は・・・・」
セリアはもういなかったが、エルバートはつい練習するように言っていた。
「どうも本人を目の前にしては言えないな。来年は・・・来年の赤い月は・・・・来年の赤い月を是非ご一緒に！」
エルバートは一人で練習していた。
「え？」
と声がして顔をあげると目の前にイシュタールが立っていた。イシュタールはさっきの言葉をどうも聞いたようだ。
目をぱちくりさせている。
「あの、ただの練習ですから気にしないでください」
エルバートはあわてて言った。
「あ、そうか。びっくりした。また男に誘われたのかと思った」
イシュタールは引きつった笑いを浮かべて歩いて行った。
また？
どうやら以前にも男に誘われたことがあるらしい。
赤い月に男同士で何をするんだろう？いやそんなことはいい。明日ちょっと行ってみようかな・・・
エルバートはセリアのことがかなり気になっていたので、翌日休みだったこともあり、病室を再び訪ねたのだった。
この日はセリアもいたが、ミカエルまでいた。
そしてやっぱり霊もいた。この日もカーラは元気そうだった。カーラもセリアも和やかにエルバートを迎えてくれたのだが、
霊はセリアの肩になれなれしげに手をかけていた。
そして頬にちゅーまでしていた。
おいおい・・・と思ったエルバートだったが、３人に見えていないので止めるわけにもいかない。
真面目な男かと思ったらやらしい霊だなあ・・
身体に腕を回されてもセリアは気づいてはいないようだ。エルバートはそれとなく霊がいる場所に移動して、
やめさせたい意思を瞳で伝えてみた。
すると霊は「お？もしや彼氏なのか？」というような目をしていた。そして「やるじゃん！」というような感じで
にやっとしている。
カーラはミカエルがかつてエルバートをいじめた話題を出していた。
「もういじめてないの？」
とカーラが聞くと、「いじめてなんていないですよ」とミカエルが答えていた。
場所を取られた霊は横でしきりにエルバートにちょっかいを出してきた。肘でこづいたり、また百面相をしたりしている。
今日は絶対に笑いませんよ
エルバートは決心していたかのように霊を無視し続けた。
カーラがセリアとエルバートの話をしだしたのでセリアもエルバートもちょっと恥ずかしげにしていると、霊はなんとミカエルの
膝の上に腰を下ろして座りだした。ミカエルはもちろん気づいていなかったのだが、その様子がおかしかったエルバートは
ついぷっと吹き出してしまった。
他の３人はエルバートに注目した。霊はすました顔で今度は横向きに座っている。
霊なのにちゃんと膝の上に座っていたのでおかしいことこの上なかった。
エルバートは「すいません！」と言って病室を出て行き、病院の外で大笑いしてしまったのだった。
そしてその後で、激しい自己嫌悪に陥ったのだった。
「私はなんて精神力が弱いんだろう・・・そう毎日思い悩む日々なんです」
エルバートはうつむきがちに告げた。エルバートはゆりとハザークにイシュタールのこと以外を語っていた。
「うーん、まあ誰だって笑うと思うよ。気にすることないよ」
ゆりは励ましていた。
「そうでしょうか？」
「その人エル以外の人には見えないんだよね。私には見えますかねえ？」
ゆりはハザークに聞いてみた。面白そうな幽霊だから会ってみたくなったのだ。
「さあな」
ハザークはどうでもよさそうな顔つきだった。
「カーラさんには言わない方がいいんでしょうか？カーライル様は気づいていないのだから言わなくてもいいのではないかと
そうおっしゃるのですが・・・」
「そうだねえ。ずっと誰かが一緒にいるとわかってしまったら、緊張しちゃうかもね」
「私はもう行けません。これ以上笑ってしまったら、嫌われるかもしれません」
話の内容のわりにはエルバートの顔は深刻だった。
「その霊の人、エルバートに気づいてもらってうれしかったんだよ。きっと」
「そうでしょうか」
「そうだよ。だからいたずらしたくなったんだよ。あっちは来てほしいかもよ」
「はあ・・・」
「誰か他の人にも見えたらいいのにね」
「そうなんですよ！誰か他の方にも見えればいいんですが」
「あ、お前の賢い息子になら見えるかもしれないぞ」
ハザークが思いついたように言った。
「え？ラギですか？」
「ああ、カーライルの姿も見えるようだったからな。もしかしたらな」
「へーじゃあラギにお見舞いに行ってもらいましょう！」
「本当ですか？ラギ様にあの方が見えたら私もうれしいです！」
エルバートは大喜びだった。
次の日、ゆりにお願いされてラギはシスと一緒にカーラのお見舞いに行ってみた。この日はキース将軍が病室にいた。
二人が見た所、今日もカーラは血色がよく、元気そうだった。だが、ラギにもシスにも霊らしき姿は全く見えなかったのだった。
実はこの時霊は部屋にいなかった。だがラギにもシスにもそのことがわかるはずもなかった。
シスから思念を受けたエルバートはかなりがっかりしたが、ちょうどその時ミカエルに北の砦の個室に呼び出されていた。
「エルバート、最近大丈夫か？」
ミカエルはエルバートを椅子に座らせると真面目な顔で聞いた。
「何がでしょうか？」
「お前この前病室で変だったぞ。カーラさんに、私がお前をいじめすぎたせいじゃないかと言われてしまった」
「え？」
「仕事のしすぎというわけでもないだろう。何かあるなら言ってみろ」
「別に何もないですが・・・」
「じゃああの日病院の外で笑い転げていた原因はなんだ？」
エルバートの顔がちょっと引きつった。どうやら誰かに見られていたようだ。
「あの、すいません。笑ってはいましたが、笑い転げてはいません」
「結局笑ってたんじゃないか」
「そうですが笑い転げてまではいません」
エルバートはそこはきっぱり訂正した。
「どっちも一緒だ！じゃあ笑ってた原因はなんだ？」
「・・・・」
霊がミカエル様の膝の上に乗っていたもので・・・・とはさすがに言いにくいエルバートだった。
「その・・・あの時友人から思念でギャグが来たもので・・・つい・・・」
「ふーん、友人って誰だ？」
ミカエルは目を細めて聞いた。
「シャ・・・いえエルンです」
シャナーンと言いかけたエルバートは、シャナーンは死んでもギャグを言いそうにないと、違う名前を出した。
「エルンね・・・・・私は知りませんと言ってるぞ」
「え・・・・」
「私をだまそうなんて１００年早いな」
ミカエルの眉間にはしわが寄っていた。どうやら素早く思念で問いただしたようだ。
（さすがミカエル様は素早い・・・）とエルバートは感心してしまった。
「すいません。実は・・・カーラさんの部屋には霊体がいるんです。若い男性なんですが、あの時その霊が私を笑わそうとして
それでつい・・・笑ってしまいました」
「お前ふざけてるのか？」
ミカエルは切れかかっていた。声にも怒りがこもっている。
「これは本当のことなんです！」
エルバートは拳を握りしめて主張した。
「ふざけてるとしか思えないだろう！霊がなんでお前を笑わすんだ！」
「本当なんです！霊がミカエル様の膝の上に乗っていたんです！」
「ふざけるな！」
ミカエルは机をばんとたたいた。
「わかった。あの時の嫌がらせだろ？そうだろ？」
「違います！」
「お前って奴は真面目そうな顔をして・・・シャナーンよりタチが悪い・・・」
「本当なんですう。王妃もわかってくださいました」
エルバートはもう泣きそうな顔をしていた。
「本当なんです！なぜか私にしか見えなくて、あ、カーライル様にはしっかり見えてるんですが。本当にあそこに霊の方が
いらっしゃるんです！」
エルバートはほぼ半泣き状態だったので、ミカエルは眉間にしわを寄せたままエルバートを見つめていた。
相手が線が細い美男子なだけに、これでは自分がいじめているかのようだ。
「本当なんです。信じてください！」
「何もこれくらいのことで泣かなくてもいいだろう。全く・・・で、誰の霊がいるって？」
「若い男性です。多分カーラさんの親戚ではないかと思うんですが・・・話ができないのでさっぱりわかりません」
「誰かに似てるとかないのか？カーラさんに似てたとか」
「いえ・・・」
「ちょっと待ってろ」
ミカエルは姿を消して、少ししたら戻ってきた。そして白い紙とペンをエルバートに渡した。
「どんな男か描いてみろ」
「私絵下手なんですが・・・」
「いいから」
エルバートは仕方なく絵を描き始めた。
「このこと王妃にも話したのか？」
「はい、王妃は全て信じてくださいました。さすが心の優しい方です」
「どうせ私は優しくないからな」
「そういえば王妃はあの時変わった格好でしたが・・・どうしてあのような格好だったんでしょうか？」
エルバートはそのことを思い出していた。
「変わった格好？」
「なぜか女性戦士の皆さんが着るような服を着てました。・・・・霊の方はざっと、こんな感じです」
エルバートは描いた絵をミカエルに見せた。
←エル画
「黒髪で黒い瞳です。背はミカエル様くらい高いですが体格はもっと細くて・・・顔も細面で、口がちょっと大きめですかね。
性格は、かなり明るくてひょうきんな方ですね」
ミカエルはエルバートが描いたイラストを見つめていた。結構想像しやすいイラストだった。
「すいません。下手で・・・・」
エルバートは申し訳なさそうに頭をかいている。
「うーん・・・・」
なんだかこんな男に身覚えがあるな・・・
ミカエルはうなりながらそう思った。だがこういう黒髪で若い男であごがとがっている男なら、生きている男にも結構いる。
死んだ男なら誰だろう？私の父もカーラさんの父親も髪型が違うし・・・
「何歳くらいだって？」
「若そうでしたよ。７０くらいでしょうか？」
「カーラさんの父親ではないな。お前の話が本当だとして、今もこの男が病室にいるのかな？」
「今日は行ってないのでわかりません」
「ふーん、わかった。今日はもういいぞ」
ミカエルはエルバートを解放した。
話を信じてくれたのでエルバートはほっとして去って行った。これで霊のことで自分が悩む必要もなくなったというものだ。
ミカエルは夕方ゆりの部屋を訪ねた。すると蛇の目のゆりとイシュタールが一緒にいた。
「いらっしゃい。ミカエル」
「今日もかわいいですよ。王妃」
ミカエルはゆりの頬にちゅっとキスして、イシュタールを見て「頬に口紅がついてるぞ」と言った。
「おっ」
イシュタールは頬をなでていた。
「王妃、エルバートにカーラさんの病室に霊がいる話聞いたんですって？」
ミカエルはそのことをまずゆりに聞いていた。
「ああ、霊のこと？聞いたよ」
「その時に変わった格好してました？」
「あっちがしてた。ジュノーに服もらってねー」
どうやらつじつまはあっているようだ。イシュタールは「どんな格好ですか？」と聞いた。
「知りたい？フリルがついた下着で・・・」
「え？」
「下着をエルバートに見せたんですか？」
ミカエルは唖然としていた。
「冗談よ。ジュメみたいな服よ。裾が長いドレスにちょっと飽きたから、たまにはああいう服でいたいなあ」
「見たかったですね」
イシュタールの言葉に「今度見せてあげるね」とゆりはにっこりして言っていた。
「全くもう・・・これ以上恋人は増やさないでくださいよ。所でエルバートに霊の顔描いてもらったんですよ」
「へー見せて見せて」
ミカエルはゆりにイラストを見せた。
イシュタールものぞき込んでいる。イシュタールは霊のことは知らなかったのでミカエルが説明した。
「ミカエルっぽいね」とゆりが言った。
「そうですね。髪型とかちょっと変えればミカエルですね」
とイシュタール。
「私はもっともっといい男ですよ。なんか知ってるような気がしないでもないんですが・・・イシュタールは心当たりないか？」
「うーん・・・おちゃらけた性格で黒髪の男か？わからないな。世代が上の方じゃないのかな？」
「カーラのお父さんでもおじいちゃんでもないの？」
「お父さんでないのは間違いないですが・・・」
「その霊ミカエルにのりうつってもらえないの？ザクート様みたいにさ。そしたら話できるじゃない」
蛇目のゆりが気楽に言い出して、ミカエルはあからさまに嫌そうな顔をした。
「いいじゃない。だってミカエルの親戚の方かもしれないんでしょ？」
「そうですけどね・・・」
「カーラにこの話するの？」
「しますよ。こういうことははっきりさせないと嫌なんです」
「大丈夫かな？カーラ」
「大丈夫でしょう。親戚だったら逆に会えてうれしいかもしれないですよ」
ミカエルは笑っていた。
「そうかなあ？」
「今から行ってきます。イシュタール、一緒に来てくれ」
「私か？いいが・・・」
「それじゃあ行ってきます」とミカエルはイシュタールを連れて去って行った。
二人が病室を訪ねるとカーラは椅子に座ってお茶を飲んでいた。
「あら、いいところに、今日はこれからキース将軍の屋敷に行って夕飯を一緒に食べる予定なのよ」
とカーラが言った。
「そうですか。カーラさん、この方誰かわかります？」
ミカエルはいきなりエルバートが描いたイラストを見せた。
「あら、よくかけてるわねー。ラリーが描いたの？ミカエルでしょ？」
「違いますよ。私じゃないですよ。私とは髪型違うじゃないですか」
ミカエルは今このイラストよりはもう少し髪が長めだ。
「鼻はもっと高いですしね、顔の形も−」
「はいはい。ミカエルじゃなかったらだれかしら」
「ちょっと昔の男ですよ。もう今は亡くなってるんです」
「え？亡くなってる？」
二人が話しているとキースが入ってきた。カーラを迎えにきたのだ。キースは黒ずくめの服で普段着だった。
「おや、二人ともきてたのか」
二人はそろってキースに挨拶した。
「この絵誰だと思う？もう亡くなってる人ですって」
カーラがキースに絵を見せた。絵を見たキースはすぐに「息子に似てるなあ」と言った。
「そういえばセルジュ君に似てるわね」
とカーラ。
「あ、セルジュさん！」
ミカエルはそこではっとキースの息子の顔を思い出したのだった。
「誰かを思い出すと思ってたんですよ。そうだ、セルジュさんだ・・・」
顎がシャープで口がちょっと大きかったのをミカエルははっきり思い出した。イシュタールも「そういえば・・・」と思い出していた。
「すごく明るい面白い方だったな」
てっきりカーラ側の親戚だと思っていたので、セルジュのことはすぐ思い浮かばなかった二人だった。
「一体何のことなんだ？」
キースもカーラも不思議そうだ。
「セルジュさん、本当にいらっしゃるんですか？いらしたらイシュタールの体の中に入ってください」
ミカエルは部屋の中を見回して言った。
「・・・え？おい、もしかしてそのために連れてきたのか？」
イシュタールの顔が引きつっていた。蛇目のゆりの話でミカエルはそのことを思いついたのだった。
「その通り、頼む、体を貸してくれ」
「・・・はあ・・・」
「セルジュさん、私の膝の上に乗ったでしょう！わかってるんですよ！」
カーラとキースは目をまん丸くしたままだった。
「セルジュさーん」
するとイシュタールの体が一瞬びくんとはねあがった。
「すまなかったなミカエル。つい、あのかわいい子をからかうのが面白くて」
イシュタールが笑って言い出した。
「セルジュさん・・・どうしてカーラさんの病室にいるんですか？」
ミカエルが聞いた。
「その前に、お父さん、お久しぶりですね」
イシュタールに入ったセルジュはぎゅっとキースの手を握った。
「カーラさんも久しぶり」
今度はカーラの手を握っている。
「ミカエル、一体どういうことなの？！」
カーラの声は裏返っていた。
ミカエルは再び説明した。だがいきなり目の前に昔亡くなった息子がいる、と聞かされてもキースには信じられなかった。
その間セルジュは自分のイラストをまじまじと眺めて、「どうしてこれでわかったんだろう？」と不思議そうだった。
「私はもっともっといい男だと思いますけど・・・しかもこの絵でわかるとはちょっとショックだなあ・・・・」
ぶつくさ言っている。
「カーラさんの方じゃなくて将軍の方の親戚だったとは・・・」
エルバートはセルジュとは面識がないので知らないのも無理はなかった。ジェスチャーで話が通じていたと思っていたが、ちょっと
違っていたようだ。
セルジュが亡くなったのはラクシュミが王位についた時に起こった大戦だった。その時セルジュは６０歳。
あれから６６年もの歳月が流れている。
息子の魂がいまだこの世にとどまっていたとは、キースにとっても相当な驚きだった。
「本当にセルジュか？なんでずっといたんだ？」
「セルジュ君ずっと私の側にいたの？」
カーラとキースの質問は同時だった。
「ごめんなさい」
「いや・・・・」
「ずっとじゃないですよ。亡くなってからこの国の先がどうにも気になってぶらぶらしていたんですが、最近平和だからもう
消えようかなーと思っていた所に新聞で見たんですよ。カーラさんがお父さんの子供を妊娠した記事を。びっくりしました。
それで心配になって、たまにここに来てました。あ、着替えはのぞいてないですよ」
セルジュはそこは最後に強調していた。
「・・・・」
「水色の髪のかわいい子に聞いたんだろう？あの子私が見えるようだったんでうれしくて、ついからかってしまったよ。ははは」
セルジュは胸に片手をあてている。
「その笑い方、セルジュなのか・・・」
キースはちょっと涙ぐんでいた。
「お前はでかい口でよく笑ってたなあ・・・」
「お父さん・・・もっといいこと思い出してくれませんか」
「やっぱりお前だ」
「はい。お父さん、やりましたね」
セルジュは親指を立てていた。
「ばか・・・・」
普通ならば感動的な親子の再会なのだが、ミカエルは感動できなかった。だがキースは涙ぐんでいる。
「いるならなんでもっと早く言わなかった！」
「いやー死んだ後に挨拶するってのも変ですし・・・お父さんは全く見えていないようでしたし・・・」
「そうか・・・」
「二人はあまり似てないですね」
ミカエルが言った。
「こいつは私の父に似てるんだ」
「ああ、久しぶりに話ができてうれしいなあ。せっかくだから酒が飲みたい！お父さんは飲まないからミカエル、付き合ってくれ！」
セルジュは心底うれしそうにミカエルの肩に手を乗せた。
「ミカエル、頼む」
キースにも頼まれたミカエルは、話も早々に自分の屋敷でセルジュと飲むことにした。
「キース将軍とじっくりお話しなくていいんですか？せっかくの父と子の再会なのに」
「いい。恥ずかしいし泣かれるだけだし・・・しかしミカエルはいい男になったな。ミハエル様を見るようだ」
セルジュはまぶしそうにミカエルを眺めていた。ミハエルはミカエルの父親である。
「ラクシュミ様も立派になられて・・・あの頃は国全体が暗かったから無理に明るく振る舞っていたんだが、
今ではそうする必要もないんだな・・・」
「セルジュさん・・・」
（明るさはこの人の仮面だったのかもしれない・・・・）そうミカエルは思った。
（そういえばたまに見るセルジュさんはよく笑っていたなあ）とミカエルは思い出していた。
「王妃のことも新聞でよく読んだよ。公園で新聞読んでいる人の後ろから大体読ませてもらってるんだが・・・」
「城に行ったことはないんですか？」
「城の中はないよ。なんだか勝手に入るのがはばかられてね。国が変わっていく様子を外から眺めているのは楽しかったよ」
「子供の頃たまに遊んでくださったこと覚えてますよ」
「そうだったね」
セルジュはミカエルやフリットらよりも１０ほど年上だった。学校に行っていた頃は一緒に遊んだこともあった。
「ずっと国の中をぶらぶらしていたんですか？」
「ああ。寂しそうなお父さんをしばらく見ていたこともあったなあ。たまに誰かに誘われて天の園に行こうとしたこともあったんだが・・・
もうちょっともうちょっとと思ってずるずると・・・」
「誰にも気づかれず寂しくなかったんですか？」
「蛇は結構気づいてくれたよ。人も、この前病室であった子のようにごくたまに。霊もたまに見かけたな。こんな風に体を借りたのは
初めてだ。イシュタールに御礼言っておいてくれ」
「はい」
「それにしても、お父さんの子供ができるとは・・・無事生まれてほしい。生まれる所を見届けてからこの世を離れたい」
セルジュは酒を飲んでしみじみと言い出した。
「お父さんに子供ができればいいのになあとずっと思っていたんだ」
「私も無事生まれるようにと願ってますよ」
「実は当時カーラさんにあこがれていたことがあったから、今回のことはびっくりしたよ」
「そうなんですか」
「美人だったからなあ。あこがれている男は結構いたよ。お父さんとひっつくとはね。結構情に厚い人だから新しい女性とくっつくなんて
思わなかった。よかったなあ。子供が生まれれば、お父さんも生きるのがもっと楽しくなるだろうなあ」
「そうですね」
「生きているのは素晴らしい事だと死んでから気づいたよ。お前は長生きしろよ・・」
「はい・・・」
最初は明るい雰囲気だったのだが、酒が入るにつれてなんだかしんみりしてきて、ついには泣けてきたミカエルだった。
キースから状況を伺う思念が来た時には二人そろって涙を流していた。途中ミカエルに呼ばれたフリットも加わり、同じように
涙ぐんでいた。
フリットは、もしかして同じ時に亡くなった自分の父もこの世にとどまっているのでは？と思ったが、セルジュは
二人の父親の霊は見かけてはいないようだった。二人の父は天の園へと行ってしまったようだ。
その時のことを思い出すと更に泣けてくる。
「久しぶりの酒はなんだか目にしみるな・・・・」
「私も・・・酒がしょっぱいです」
ミカエルが言った。
「私も今日はもうだめです・・・」
フリットも涙を流していた。
「私も生きて王妃の恋人になりたかったなあ・・・『面白さではセルジュが一番よ』、と言われただろうに・・・結局今のお気に入りは誰なんだい？」
「私ですよ」
ミカエルが涙ながらに言った。
「王妃は恋人の優劣はあまりつけていないんですよ。みんな同じように好きみたいです」
フリットが言った。
「そうなのか。いい王妃だなあ」
「いい王妃なんです」
「本当は私が一番なんですよ」
ミカエルはしつこく言っていた。
３人はいろいろな話題を出しつつも、夜が更けても飲み続けたのだった。
次の日、ミカエルから霊の正体を聞いたエルバートの驚きは大きかった。キース将軍の息子だとは全く思っていなかったからだ。
これは挨拶をしなければ・・・と思っていたらセルジュの方から霊体のまま砦にやってきた。
そして悪かったねという風に頭を下げたのだった。
「そんな・・・・私の方こそ・・・エルバートといいます。セルジュ様のお噂は伺っておりました」
エルバートは霊に向かって何度も頭を下げていた。だが、それは砦の中の広間の隅っこだったので、
それを見た仲間から「あいつ何やってるんだ？変な奴だな」とまたまた誤解されてしまったのだった。
一方セルジュが抜けたイシュタールは頭がぼうっとするだけですんでいた。ミカエルにザクート王が入ったほどの後遺症はないようだ。
「全くミカエルめ・・・」
セルジュに文句を言う気はなかったイシュタールは、泣きはらした目でミカエルに文句を言っていたのだった。
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