第４２話
国の中央付近には朝靄がかかっていた。人々が目覚めて活動を開始する時刻、城の近くにある森を妖精のように
ふわふわ浮いている一人の霊がいた。キース将軍の亡くなった息子、セルジュである。
６０年以上過ぎても、森や山や川などはそう変化もない。ただ人だけは違う。知っている人達もそれ相応の年をとっている。
もやの中、薄く輝く光の玉に出くわした。
両手の親指と人差し指で輪を作ったくらいの大きさだ。ふわふわと漂っている。
「おかえり」
とセルジュは声をかけた。その光る玉は誰かの魂だと知っていた。
きっと以前亡くなった一族の誰か。
妊娠した女性のおなかに入り、転生を果たすために戻ってきたのだ。
自分もいつかは同じように、この国に戻ってくることができたなら・・・
「良い人生を−」
光る玉は森を抜けていき、人々が住む町の方に移動して行った。
ゆりやラクシュミ、子供達もセルジュの一件を聞いていた。どちらかというとほほえましい事として受け取ったようだ。
キース将軍によくバラクで遊んでもらうラギはセルジュとバラクがしたくなり、是非にとお願いして相手をしてもらったりした。
セルジュもかなりバラクはうまかったらしい。ラギは勝てなかったようだ。
イシュタールは早々暇ではないので他の男性の体を借りていた。
セルジュが城に来た時にゆりも挨拶をすませていた。
「王妃の恋人になり損ねましたよ」
とその時セルジュは明るく挨拶してくれた。評判通り明るくて優しそうな男だとゆりは好印象を抱いた。生前はかなり力も強かったようだ。
生きていたら今頃は、長い恋人の一人になっていたのかもしれない。
「王様にも会ったらいいのに」というと、「さすがに王には申し訳なくて会えません」と言っていた。
子供も作らない内に亡くなってしまい、王に対して申し訳ないという気持ちが強くあるようだ。
「それでカーラさんはセルジュさんと仲良くやってるんですか？」
この日はハインリヒがゆりの部屋にやってきていた。ゆりは長椅子でひっついて気をもらっている。
「カーラはあんまり気にしないようにしているみたいよ」
とゆりが答えた。だがセルジュもいるのがばれてからは、お互いにちょっと気まずい時があるようだ。
「せっかくだから妹か弟見せてあげたいって言ってるって」
「そうですか」
「そういえば、最近よく病院に一緒について行ってるんだって？」
ゆりはにんまりして聞いた。
「気になるものでね。驚かれるんですよ。こっちの男はあんまりそういうことしないようで」
ハインリヒは彼女の一人、カレンがめでたく妊娠中である。たまに病院に付き添ったりするらしく、彼女の方が驚くらしい。
「そうみたいだね。昔ミカエルらに対して彼女らほったらかしだからちょっと冷たいなーと思ってたよ。ミカエルはそれで普通だって
言ってたけど」
「この時代はそうみたいですね。私は初めてだしいろいろ気になって尋ねたりもするんですが・・・彼女は時々むっとしてますよ。
状態とかあまり聞かれたくないみたいです。信用されてないようで嫌みたいで・・・」
そんなにしつこく聞いてないんだけどなあとハインリヒは首をひねっていた。
「へー。まあ妊娠すると気分的に落ち着かなくなったり怒りやすくなったり、いろいろあるからねえ。ちょっとした相手の言動に
傷ついたり、でもいろいろ気にしてあげるのはいいことよ」
「むっとされますけどね・・・・この前初めて睨まれたんですよ。びっくりしました」
二人のやりとりを想像するだけでゆりは笑いがこみ上げてきた。さすがの騎士様も、妊娠した彼女にはかなわないようだ。
彼女の方もなんとしても子供を産みたいと思う気持ちが強いに違いない。プレッシャーでいらいらすることもあるのだろう。
私は構ってもらえないとむっとしてるもんな・・・逆ね・・・・
とゆりは思った。
「でもどう？今では女王様の次くらいにカレンのこと好きになっちゃったんじゃない？」
「さあ、どうでしょうかねえ・・・なんでうれしそうに聞くんです？」
「別にー」
「内心むっとしてるくせに」
ハインリヒがゆりの横っ腹を手でむにむにつまんだ。
「ひゃひゃひゃ、ちょっと何するの」
「私より好きにならないでって言ってご覧なさい」
「やです。ひゃひゃひゃ」
両手でくすぐられてゆりは笑っていた。
「全くかわいくないなあ。今から横の部屋でかわいくしてあげましょうか？」
ハインリヒが怪しい目つきでゆりを見ていた。
「いーです」
「構ってほしいんでしょ？本当は」
「いーんです！」
「遠慮しなくてもいいですよ」
ゆりは別室に飛ばされて、一時間もしない内にかわいくさせられていた。
こんな事前にもあったような気がする・・・相手はミカエルだったような・・・
ハインリヒに誘惑モードに入られると未だに逆らえないのはなぜなのか。ゆりは疑問に思いつつ、黒い蛇を見つめていた。
今では魔王も好きなのだからしょうがない。もっとも弱いのはハインリヒだけではない。
ミカエルにも弱いしヴィラにも強く出られると弱い。結局はみんなに弱いのだ。
ハインリヒも年を重ねていくほどにいい男ぶりがあがるのだから、ゆりが勝てる日は永遠に来ないのかもしれない。
「来年には蛇紋見られるといいなあ・・・」
横に寝転んだハインリヒがつぶやいた。
「どうかな？」
「むしろ最後までしたいんですけどね」
「え？」
「この時代の男ってなんでこう・・・性欲が薄いというか、ずるさがないというか・・・・みんな仲良しというか・・・なんでしょうかね」
「はあ・・・」
ゆりはそれとなーく体を離していた。
「私は来た当初はミカエルは王妃とこっそりそうなってると思ってたんですけど、やっぱり抜け駆けしてる様子もないし・・・
それなのに自分が一番だと言い張ってるし、そこらが本当に不思議だなあと感じる今日この頃です」
「そうですか」
「というわけで抜け駆けしていいです？」
ハインリヒがゆりを見た。眼力のある青い瞳がきらりと輝いた。
「いや、だめです」
ゆりはささっとベッドを回って服を手にとった。そして急いで着ていた。
誘惑には弱いがそこはぴしっと一線を引いておかねばならない。
「いいじゃないですか。一人くらい」
「だめだめだめだめ」
「実は誰かとそうなってないです？」
「なってない。なってない」
「本当かなー？」
「本当ですよ。本当です」
ゆりはなぜか敬語だった。慌てて服を着るゆりがおかしかったのか、ハインリヒは笑っていた。
大いなる一番の謎はあなたですけどね・・・・
ハインリヒは過去の世界でもいろいろな女性を眼にしてきたが、ゆりほど不思議な女を見たことはなかった。
横で長くいれば理解できることもあるだろうと思うが、今でも理解できないことは結構ある。
「あ、ひっかかった」
ゆりは必死になって背中に手を伸ばして、ファスナーをあげようとしていた。
「お手伝いしましょうか？」
「お願いします」
ゆりはファスナーがひっかかったので仕方なく背中を向けた。
するとハインリヒはまたすーとファスナーを下に降ろしていた。
「あーこらー！」
「せめてもっとかわいがってください」
「えー・・・！かわいがってくださいってなに！？」
ゆりは腰をつかまれてまたベッドにあげられていた。
夕食の最中、蛇の国の南にある羊の国では南部が梅雨に入ったらしいと、ラギが皆に伝えた。
蛇の国が梅雨入りするのも間近のようだ。
「もうこんな時期かあ・・・梅雨に入る前に外に遊びに行きたいなあ。王様に頼もうかな」
気楽にゆりが告げた。夕食前にお風呂に入ったのでさっぱりした顔をしている。
するとアナスターシャが神妙な顔つきで言い出した。
「もしかして戦が近いとかじゃないよね？さっき父様に会ったらすっごい機嫌悪かったよ」
「嘘！？」
ゆりが真っ先に反応していた。
「戦近いの？ねえ」
アナスターシャがシスとラギに聞いた。
「ええ？この前あったばっかりだし・・・そんなことはないと思うけどなあ」
とシス。
「僕もそう思うけど・・・」
「僕はあると思う」
ロイが言ったがみんな無視した。
「そうよねえ。まさかねえ。父様の他はみんな普通だし」
アナスターシャがほっとした表情で言った。
「僕はあると思う」
ロイがまた言ったが誰も顔を向けなかった。
「うるさいよ。ロイ」
横にいたナナミが言った。
「なんでさ。僕よりもミシェイラの方がうるさいじゃんか。何で誰も注意しないのさ」
ロイは口をとがらせて抗議している。確かにミシェイラはうるさかった。
ミシェイラは侍女にご飯を食べさせてもらっているが、ご飯を食べながら机を手でバンバンたたいていた。そしてうれしそうに
笑っている。
「パーパ〜♪パパパパ〜♪」
そして時々歌っていた。
「あら、私が教えた歌覚えたんだね。えらいね。ミシェイラ」
ゆりがにっこり笑っていった。
ミシェイラはうれしそうに机をバンバンたたいていた。
「パパパー〜クー♪」
「ご飯がおいしいのねー」
「何の歌？」
アナスターシャが聞いた。
「パパの歌？なかなか言わないから歌ってみたら覚えたみたい」
「ハザーク様がにやっとしそうだね」
ラギが言った。
「そうよね。今日あたりにやっとしてたかもね」
とゆり。
「えー見たかったなあ。ハザーク様のにやっとした顔・・・」
アナスターシャが言った。みんなの頭の中にはハザークがにやっとした顔が浮かんでいた。子供達はあんまりハザークのそういう顔は
見たことがない。超貴重な表情といえるだろう。
「ねえ、かー様、ミシェイラはいつになったら話すの？」
ナナミが聞いた。
「まあそのうちじゃない？たまにぽろっといろんなこと言ってるわよ」
「クークークーパーパーパー♪あいあいあい〜あいちい！」
ミシェイラはおいしそうに桃を食べていた。
「あいちい？おいちいの。ふふ」
「ミシェイラは桃好きだよね」
とシス。幼い子供の仕草に皆の表情はすっかり和やかになっていた。
「あれ？何の話だっけ？」
何か重要な話だったような気がしたが、ゆりはすっかり忘れていた。
「戦の話よ。ないよね？って話」
アナスターシャが答えた。
「そうそう。そうだった。ロイが変なこと言ったからよ」
「だってさージュノーが戦があるって言ったもん。真剣な顔で言ってたよ」
「ジュノーが？」
ラギとシスは首をかしげている。
「来年も３の月には女と男の戦があるって」
その言葉に一同は拍子抜けしていた。
「それは別の戦よ。それは毎年あるからいいの」
「え？そうなの？なんだー」
「戦じゃないならなんで父様の機嫌悪いのかな？」
アナスターシャがそう言った時、この場にラクシュミがぱっと現れて一同びっくり仰天した。
ゆりなどはついはしたなく「うわあ」などと言ってしまっていた。
ラクシュミはその言葉に即反応して「うわあ？」とゆりを見た。
侍女がすかさずラクシュミの元に椅子を移動させ、ラクシュミは椅子に腰を下ろした。ラクシュミはゆったりした上下がつながっている
ローブのような服装で、王の飾りやマントはつけてはいなかった。
「すいません。今ちょうど王様のこと話していたものですから・・・」
ゆりは先に謝った。
「何話していたんだ？」
「毎日毎日ご苦労様ですって。王様のおかげでこの国は平和だねって話してました」
ゆりはにっこり笑って言った。
「えー？そうだっけ？」
ロイが言ったが、ラギもシスもそうそうとうなずいていた。
「王様も一緒にお食事いかが？」
「いやいい、もう食べたんだ。酒だけもらおう」
その言葉に侍女らはあわててお酒を用意していた。普段いないだけにたまにくると子供達の間にも緊張感がうまれている。
確かに・・・王様機嫌悪いような・・・
ゆりはラクシュミの眉尻の微妙な上がり具合でそう思った。
「お前達がちゃんと行儀良く食べているか、ちょっと気になってきてみただけだ」
ラクシュミは皆を見回した。
この時ミシェイラは皿から桃を奪って手でぐにゅーとつぶして喜んでいた。侍女がおろおろしていたが、ラクシュミはすぐ他の子供らに
目を向けた。さすがに２歳児を怒る気はないらしい。上の子ら３人の間では思念が飛び交っていた。
アナスターシャが「機嫌が悪い理由を聞いてよ」と二人にいい、二人が「いやだ」と言っていた。
すると「とー様機嫌悪いの？」とロイが聞いたのだった。
「何か悪いことしたからそう見えるんじゃないのか？」
ラクシュミがそう返すと、ロイは考え込むように上を向いていた。
「３つあるけどどれかな？」
「３つもあるのか？」
ラクシュミが呆れ顔になった。
「でももう他の人に怒られたよ。それにとー様が怒るほどでもないよ」
ロイは胸を張っていた。
「全く・・・あまり皆に手間をかけさせるんじゃないぞ」
「はーい。じゃあなんで機嫌が悪いのかな？わかった。アーねーがまた悪さしたんだね」
ロイの言葉にアナスターシャはフォークを落としていた。
「変なこと言わないで。私は何もしてないわよ」
「本当？」
「本当よ。ロイの次がなんで私よ。順番からいったらナナミでしょ？」
「え？私はお利口さんだもんね。悪いことなんてしないもん」
話をふられたナナミが心外とばかりに言った。
「別にお前達に怒ってるわけじゃない」
ラクシュミが言った。すると子供らは一斉にゆりを見た。
「え？私何もしてないわよ」
ゆりはびっくりして目を見開いていた。さっきまでハインリヒといちゃいちゃしていたが、今更そんなことで怒りはしないだろう。
「ゆりでもない。そんなに機嫌が悪そうに見えるか？自分では普通にしてるつもりなんだが・・・・」
ラクシュミは自分の頬をなでていた。
「父様さっき会った時、機嫌悪そうだったよ」
ついにアナスターシャが遠慮がちに言った。
「そうか？時にゆり、私の一番嫌いな言葉が何か知ってるか？」
ラクシュミは突然ゆりに聞いた。
「え？一番嫌いな言葉？・・・・」
ゆりの脳裏にいろんな言葉が浮かんでいた。
「好きな言葉なら知ってるけど・・・」
「好きな言葉は何？」
ナナミの問いに、ゆりは「楽隠居」と答えた。
ロイは「それ何？」とラギに聞いていた。
ラギは説明しながらも（王様なんだから平和とかにしてほしいなあ）と思っていた。
もっとも平和でなければ楽隠居はできないのだが。
「嫌いな言葉っていうと、やっぱり『い』がつくもの？」
ゆりは（もしかしたらやっぱり戦があるのかな？）と思いながら聞いた。
「い？いや最初の言葉は『い』じゃないぞ。『き』だ」
ラクシュミは酒を飲んで言った。
「き？き・・・き・・・」
「これがわからないとは、お前も私の妻としてはまだまだだな・・・」
「えーき、きつつき、キリギリス、キース将軍・・・なんだろう」
ゆりはいろいろ『き』がつくものを探したが、よくわからなかった。子供達は（キース将軍はないだろう）と心の中で突っ込んでいた。
その時ラギが「僕わかりました」と言った。
「えー何何？」
ラクシュミはお酒の瓶を手にとった。その仕草にシスが声をあげた。
「あー僕もわかりました！」
「えー？？」
女性３人はわからず首をかしげている。
「き・・・き・・・きききき」
「禁酒だ」
ラクシュミは答えを言った。
「え？禁酒？」
「私は禁酒という言葉が嫌いだ」
ゆりにとっては「へーそうなの？」と気楽に返すような言葉だった。わざわざそんなことを言うからには何かあるのだろうか。
「山羊の国で国民的に禁酒運動が起きているらしくてな、先ほどそれを聞いて気分が悪くなったのだ」
ラクシュミはわずかに片方の眉をつりあげて言った。
「どうしてまた禁酒運動なんて・・・」
「国王の弟君が病気で寝込んでしまったらしくてな、一種の願かけだな。重臣達が病気が治癒するまで禁酒すると言い出して
それがじわじわと国民に広まっているらしい」
「お酒飲まないと病気が治るの？」
アナスターシャが首をかしげて聞いた。
「関係ないな。治る時は治るし治らない時は治らない」
ラクシュミはきっぱり言った。
「あ、そうか。国民的に禁酒されると、お酒の輸出量が減るから困るってことね」
ゆりはそのことにようやく気づいた。
「そうだ。まあ山羊の国にはそんなには送ってはいないが、遠いからな。これが羊の国だったらえらい事になるな。
とにかく禁酒なんてのがはやると困る。忌むべき言葉だ」
「そうね」
とゆりは言いつつも、禁酒は元の世界的にはいいことだけどねーと心の中でつぶやいていた。
王様の一番嫌いな言葉だったとは・・・
「山羊の人達って変な人なんだねー」
アナスターシャはそういいつつお酒を飲んでいた。向こうからすれば子供がお酒を飲んでいるこの国の方が変なのかもしれない。
この世界の中でも、国が代われば常識も代わるのだ。
「王様の機嫌の悪い理由がたいしたことじゃなくてよかった」
ゆりはつい小声でぽろっと言ってしまい、
「禁酒はたいしたことだ！」
とラクシュミに睨まれてしまったのだった。
結局は外に出たいと言いそびれたまま、蛇の国は梅雨に突入してしまった。
梅雨は一月近くも続き、川が氾濫した所などもあった。今年は長梅雨のようだ。
こう雨ばかりだと城に閉じこもりっきりのロイはいたずらがひどくなって困りものだ。戦士らは災害対策にかり出されていたので
侍女らがロイの相手をして手を焼いているようだ。
雨がちょぼちょぼと降るある日のこと、ラクシュミがゆりに外出許可をくれた。
喜んだゆりだったが、
「病院に入院している妊婦達を見舞ってやってくれ」との王のお言葉だった。
「わかりました。王妃様らしく見舞ってきます」
ゆりは意気込んで答えた。たまに王妃様らしい仕事をもらえるとゆりとしてはうれしいのだ。
シャナーンに連れていってもらい、気になっていたカーラを最初に見舞うことにした。
カーラはゆりの顔を見るととても喜んでくれた。雨で外にも出られず暇だったようだ。
相変わらずセルジュは時々病室にやってきているそうだ。最近ではなんと筆談ができるようになったらしい。
カーラの手だけを借りてセルジュが言葉を伝えるというものだった。ちょうどセルジュがいたようで、カーラの手を借りて
「こんにちは」と挨拶してくれた。
キース将軍はカーラに筆談してもらい、セルジュとバラクもしているとか。
ゆりはしばらくカーラと話をして病室を後にした。
「噂通りのお守りの数だね」
出た所でゆりがこそっとシャナーンに言うと、シャナーンは笑っていた。
「私が渡したのだけ額に入れてあるってのには笑っちゃったけど」
「素晴らしい事です」とシャナーンは言っていた。
話に聞いた通りカーラは元気そうだ。来年には看護婦付きで家にも帰れるらしい。
ゆりは他の女性らも笑顔でお見舞いし、王妃様らしい仕事は終わったのだった。
みんな喜んでくれたのでゆりもうれしかった。久々に充実した気分だ。
「あ、そうだ、受付の女性がかわいいらしいからちょっと見てみよう」
ゆりはカーライルの件を思い出し、病院の受付に行くことにした。来る時は受付はすっとばしていた。
一階の廊下を曲がって、受け付けのテーブルにいる女性が目に止まった。
長い黒髪のストレートの髪の女性で、なんとなくハザーク様の侍女さんを思わせるような面長の顔の美人だった。
「確かに美人だね」
ゆりは壁にへばりついてこっそり見ていた。服装はテーブルでよく見えないが確かに前にゆりが着ていたようなデザインだ。
色も黒だった。
ゆりが壁にひっついていたのでシャナーンはどうしていいやらわからないようできょろきょろしていた。
すると受付に水色の長い髪の男がやってきた。
「やあ、ルイーズ」
「あら、エルバート様、今日もカーラ様のお見舞いですの？」
受付の女性は笑顔で聞いた。やってきたのはエルバートだった。
「いや、実は君の顔を見たくなって来てしまった。どうだろうか。今晩お酒を一緒に」
エルバートはテーブルに肘を乗せて言った。
「まあ、そんな・・・・良いんですか？私で」
「いいに決まっているじゃないか。君のかわいらしい顔をじっくり眺めながらお酒を飲んでみたい」
「そんな・・・」
「待ち合わせはー」
「何してるんですか。カーライル様」
突然横に現れたゆりにエルバート、いやカーライルはぎょっとしていた。
「だめですよ。勝手なことしちゃ」
「お、王妃・・・」
「え？王妃様？え！？」
受付嬢は驚いて席を立っていた。
「いくら受付嬢にぐっときたからってエルバートに内緒でくどいちゃだめですよ。さ、いきましょう」
ゆりは強引にカーライルの腕を引っ張っていた。
「あ、こら、なんで邪魔するんだ！私はルイーズと・・・」
カーライルは逃げようとしていたが、ゆりはぎゅっと腕を握りしめていた。
「シャナーン、城に飛ばしちゃって」
「は、はい！」
「こらー！」
３人共移動し、受付には不思議そうな顔の受付嬢だけが残されていたのだった。
「王妃、なんで邪魔するんだ！」
城に飛ばされたカーライルは不機嫌そうにゆりに詰め寄っていた。
「だから言ってるじゃないですか。いくらぐっときたからってくどいちゃだめですって」
「いいじゃないか。別に、お前には全く関係ないだろう」
「関係なくても後でややこしいことになったらエルが気の毒でしょ？」
「私はルイーズと酒を飲みたかっただけなのに・・・」
カーライルはぶつくさいいつつもいじけていた。
「酒飲むくらいいいじゃないか」
そのいじけようにちょっとかわいそうかなと思ったゆりは、
「わかりました。私が一緒に今からお酒飲んであげますよ」
と笑顔で言った。
「いや、いい」
カーライルは冷めた瞳で即座に言った。
「飲んであげますって言ってるじゃないですか」
「いい。別に王妃の顔を見て酒なんか飲みたくない」
カーライルはさも嫌そうだ。
「ひどい・・・」
ゆりは本気でいじけていた。
するとゆりの後ろにいたシャナーンが、
「ひどいですよ、カーライル様！王妃は優しい心でおっしゃってるんですよ。私だったら朝から晩まで王妃の顔をみてお酒を飲みたい
ですよ！」
と怒り顔でしゃしゃり出てきた。
「お前はそうでも私は違う」
「いえ、世界の常識的にそうです！」
「違うだろ。それはお前だけの常識だ。第一なんで私が悪者になるんだ」
「今のはあなたが悪いです！」
カーライルは怒り顔のシャナーンの次にしょんぼりしたゆりと見て、はあとため息をついた。
「わかったわかった。さっきのはなしだ。王妃の顔を見てお酒を飲みたいなあ」
（なんでこんなこと言わなきゃならないんだ）と思いつつカーライルが言うと、
「じゃあ３人でお酒を飲みましょう」
とゆりが言い、なぜか３人でお酒を飲むことになったのだった。
「侍女に頼んで来ますね」
シャナーンは部屋を出て行った。ゆりはすっかり笑顔になっている。
なんなんだ。お前達は・・・私はルイーズとお酒を飲みたかったのに・・・・それなのになんで王妃の顔見てお酒を飲むことに
なってるんだ・・・
お酒とつまみが用意されて、陽が暮れない内から王妃の部屋では酒盛りが始まった。
しばらくすると話を聞きつけた子供達までやってきて部屋は賑やかになった。
ナナミはなぜかカーライルの膝に乗っている。
「山羊の国の禁酒終わったんだって」
ラギが言っていた。
「国王の弟病気治ったみたい。元々たいした病気じゃなかったんだろうね」
「そうなの。よかったね。王様も機嫌よくなったよね」
「うん」
ゆりも子供らもシャナーンも楽しそうだった。
なぜ私がここにいるのかわからん・・・・
ふと見ると、蛇の目に代わったゆりがカーライルを見てくっくと笑っていた。
性悪女め・・・・
ナナミを膝に乗せたまま、一人むっとした表情でヤケ酒を飲んだカーライルだった。
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