第４５話
思わず揉み手をしたくなるほどの寒い朝だった。地面のあちこちには霜柱が立ち、草も凍り付いていた。
街の路地にも広場にも、蛇の姿は見えない。
暖かい所に移動しているか、冬眠してしまったのかもしれない。蛇によっては冬眠しないのもいる。ゆりがかわいがっている蛇ルーも
ずっと部屋の中にいるせいか冬眠しない。人がいる所にいる限り蛇達も食料に困ることはない。ただ、大体の蛇は寒いのは苦手だ。
２の月も半ばになり、街の様子もちょっと様変わりしていた。赤い月を控え、特に若者達の顔つきは違っている。
各砦でも休憩時間にもなると、その話題でもちきりだ。
街の店先に精力を増強する食べ物が並びだすと、赤い月が近づいたのだと実感できる。
食べ物の流行は毎年違うようだ。今年は、なんと『うなぎ』だった。開いてぶつ切りにされたうなぎが並べられている。
この国の人達はうなぎにもその形のせいか結構愛着を感じているが、蛇とは違って食べることもある。
だがそれも一般の皆さんの話で、城の食卓にうなぎが並ぶことはめったになく、ゆりの口に入ることもなかった。
一族の者は獣の肉を好む傾向にあり、川の生き物も山の幸もあまり食べることはないようだ。酒のつまみに出れば手を出すくらいのものだ。
一般の皆さんの食卓の方がよっぽどバラエティに富んでいそうだ。
「好きだなーこういう雰囲気」
そういいつつふらふら移動していたのは身体がない霊体、セルジュだった。
普段男に興味がない女性達も、２の月に入ると頬を赤らませて男の話題に花を咲かせている。多少の寒さなんどなんのそのだ。
心なしか化粧も鮮やかで、アクセサリーも増えたりする。
本能の為せる技なのか、女性の変化というものは実に面白い。
街の一般の娘さん達も同様に変化している。子供を為すことは一族だけのことではない。この国に住んでいる他の者達も、
赤い月には心を躍らせて本能の赴くまま、子作りに励んでいる。
若い女の子達の集団ににやけていたセルジュだったが、ふいに沈んだ表情になった。
今年に入り、カーラは自分の家で過ごすことになっていたのだが、家に返ったとたん、体調が悪くなり病院に逆戻りになってしまった。
「はしゃぎすぎたみたいね」とカーラはこんな時でも笑っていたが、内心は辛いに違いない。
セリアもキースも心配な日々だ。
セルジュは街の外れの子供らがよく遊ぶ草原でなじみの蛇に出くわした。今はまだ子供達はいないようだ。
１０メートルほどの茶色いまだら模様の大きな蛇である。この蛇にはセルジュが見えるらしく、セルジュがたまに話しかけている蛇だった。
「やあ先生、元気かい？」
先生と呼ばれた蛇は宙を見上げてセルジュに目をとめていた。結構長生きしている蛇なので敬意を込めて勝手に『先生』と呼んでいた。
蛇の顔はどことなく賢そうに見えなくもない。
「先生は冬眠しなかったんだね。まあそれだけでかいと冬眠するのも大変かな」
などと話しかけていると、目の前を光る玉がふらふら飛んで行った。いつぞやもみかけた。人間の魂のようだ。
それはやけに心もとない感じでふらふら飛んでいた。
「大丈夫かな？」
心配していたらすーとどこかに飛んで行ったのでセルジュはなんとなくほっとした。
蛇はじーとセルジュを見ていた。
「君も早くああなりなよ」とでも言っているかのようだ。
「わかってますよ。子供が産まれたら、思い切るつもりですよ」
セルジュはそう答えた。
「子供が生まれたら生まれたで成長した姿が見たくなるだろうけど、思い切りますよ」
「どーだかね」と蛇は顔を横に向けていた。
少し気温があがる頃、ゆりの部屋からは竪琴の音色が響いていた。曲が終わり、拍手が起こった。
手をたたいていたのはジュノーとヴィラだった。
ジュノーは目元を拭いていた。
「そんなに感動した？」
ゆりがうれしそうに聞いた。竪琴で誰かを泣かせたのは初めてだ。
「王妃がここまで上手になるなんて・・・と泣けてきたんです。あきらめずに続けるって大事なんですね」
ジュノーはしみじみと述べていた。
「そうですね。プロほどではないですが、それでも安心して聞けるようになりましたもんね」
とヴィラもうなずいている。
「すごく下手でも続ければなんとかなるもんなんですね」
もちろん言ったのはヴィラの方だった。
「なんとでもお言いなさい」
ゆりは余裕の言葉で返した。
うまくなったと自分でも思っているが、上級者用の曲はまだまだ弾けない。だがここまで上達したのだからあと５０年もしない内には
軽々と弾いているかもしれないという希望はあった。
「また開いて下さいよ。演奏会」
ジュノーが微笑みと共に告げた。
「いやー前回ずっごく緊張しちゃったから、実はもうやらないでおこうとあの時思ってたりして・・」
ゆりは竪琴を棚に置いていた。
「残念ですねえ。まあこうして個別に弾いていただけるのもうれしいですけど、これだけ上手になったんですから王に聞いていただいても
いいんじゃないですか？」
「いやいや」
二人に顔を向けたゆりは思いっきり手を横に振っていた。
「あれ？王はまだ？」
ヴィラは意外そうな顔をしていた。
「王様の前で演奏するのって半端なく緊張するんだもん。一度聞いてもらったけれど、次は１０年後くらいでいいかなーって思ってる」
その言葉に二人はくすりと笑った。その時のゆりの様子が想像できたのだ。真っ赤になって緊張しまくったゆりは
さぞかしかわいらしかったに違いない。
「あっなんかその時の王妃を想像していたら、その気になってきました」
ジュノーがちょっと驚いたように言った。
「え！？」
「真っ赤な顔で奮える指で懸命に竪琴を奏でる王妃、いい！あっち行きましょう王妃！」
ジュノーの目がらんらんと輝いていた。
ゆりの方は驚いてのけぞっている。
「びっくりした。今ミカエルがいるかと思っちゃった。もしかして乗り移った？」
「ミカエル殿はよかった。ははは」
ヴィラは笑っていた。
「たまには押してみます」
とジュノーは微笑んだ。
「行きましょう。ね、王妃」
ジュノーはさっと近づいてゆりの手を握っている。まるでデートのお誘いでもかけているかのようにちょっと甘えた声だった。
ゆりの頬がちょっと赤くなった。ジュノーとひっつくのは儀式くらいなので久々だ。
「ヴィラはどうする？」
ジュノーはヴィラを見た。
「参加希望で」
「じゃあ３人で仲良く行きましょう」
「はー・・・」
勝手に話は進んでいるようだ。
唖然としている間にゆりは二人に連れて行かれてしまった。
「昼に『う』食べたもんで、効くのかなーと思って」
「私も朝から『う』食べさせられたんだ。朝からあれはないだろう」
『う』？なんだろう？？
ゆりの脳裏を鳥の鵜が飛んで行ったが、その時ジュノーが顔を寄せてゆりに口づけていた。
続いてベッドに押し倒されて、ゆりは思わず「うへっ」と言葉を発してしまった。
ヴィラの眉が潜まっていた。
「王妃、なんです、うへってのは、やり直し」
ジュノーは律儀にゆりの身体を起こして、押し倒す所からやりなおした。
「何をなさるの？おやめになって！」
今度はお上品に言ってみた。芝居がかった言葉にジュノーはゆりの上に乗ったまま、ぷっと吹き出していた。
ヴィラは笑いたそうな顔をしながら、「まあさっきよりはいいです。萎えるようなこと言っちゃだめですよ」と先生のような口調で述べていた。
ゆりは自分で言った言葉に恥ずかしくなっていた。
「かわいい」
ジュノーはちゅっとゆりの頬にキスした。
「王妃の暖かい身体にあっためてもらおうっと」
ジュノーはいそいそと服を脱ぎだした。
その頃セルジュは産科の病院にやってきていた。ちらりとカーラの病室をのぞくと、セリアもいた。親子で楽しげに会話をしているようなので
セルジュは部屋を出て行った。今日はカーラの具合は安定しているようだ。
廊下を大きなおなかの女性がしんどそうに歩いて行くのが見えた。出産間近なのだろう。
ここは病院なだけにいろいろな妊婦がいる。
昔なじみの女性をみかけると、ついうれしくなってしまう。
２階、３階は入院病練である。一階に降りると廊下の端で言い合っている男女がいた。
「どうしていらしたんですか？」と女性は迷惑そうだった。
「どうしてって気になるからですよ。いいじゃないですか」
「後でご報告しますから」
「・・・・じゃあ終わったら送ります」
「一人で帰れます」
女性はぴしゃっと男の好意をはねつけていた。男は軽く息を吐いている。
おおすげえ！
とセルジュは思わずそのやりとりを眺めていた。廊下をすれ違う女性達もちらちらと二人を気にしていた。
この廊下を進むと奥の部屋は診察室である。途中、待合室のような大きな部屋がある。診察に来た女性達が二人を気にしながら
奥へと向かっていた。
緑の軽くウエーブがかかった髪の勝ち気そうな美女はカレン、背の高い男はハインリヒだった。
セルジュは街で話題になっていることはたいていのことは知っていたし、ハインリヒのことも知っていた。
ハインリヒは男達の中に紛れていても目立つ。ぬきんでて美形すぎる、ということでもないのだが、強さを抜きにしても気も強烈だし、
雰囲気も他の男達とはどこか違う。自分に対する自信のようなものが伺えるのだ。立ち居振る舞いも優雅だし、
そこに立っているだけでも絵になりそうだ。
「さすがは過去の騎士様は違うな！」とセルジュも感心したものだった。女だったらしびれていただろう。
そのハインリヒの彼女になって妊娠したカレンもすごいが、ハインリヒに対してああ無碍にできるというのもすごい。
妊娠して相当いらついてるな、とセルジュでさえ想像できた。カレンの妊娠は一族にとってはまさに快挙だった。
そのためプレッシャーも相当なものだろう。
カレンが廊下を歩いていくと、ハインリヒはその姿を見送って、くるりと身体の向きを変えた。すると、遠巻きに見ていた女性達がわっと
近づいてきた。いつの間にあんなにいたのだろうか。数えると８人もいた。
「カレンさんったら気が立ってるのね。気にしないでくださいね。ハインリヒ様」
「女性は妊娠するといらいらしがちですから」
「私だったらハインリヒ様に心配していただいたらとってもうれしいのに」
「私だってあんなこと言いませんのに」
どうやら見舞いに来た女性も混じっているようだ。妊婦の女性とは目つきが違う。
目をぱちくりさせたハインリヒはやがて微笑を浮かべていた。
「いえ、私もしつこかったからいいんですよ。心配でつい・・・」
「心配なさるのも当然ですわ」
女性達はうんうんとうなずいていた。
女性達はいろいろ話しかけ、ハインリヒは場を去ろうにも去れない状況になっていた。
「所でハインリヒ様は彼女増やされないんですか？」
女性の一人が意を決したように聞いた。誰もが聞きたかった事に違いない。
「ええ、まあ二人でも十分ですし、赤い月くらいはゆっくりしたいもので」
ハインリヒはあっさり返答し、女性の一部はがっかりしていた。
（そこでもうちょっと押せ！）とセルジュは女性達に期待した。
「羨ましいですわ。二人でハインリヒ様を独占できるなんて・・・・」
（その言葉はおかしいぞ！）とセルジュは突っ込んでいた。
「二人で独占って変よ」
と他の女性が案の定突っ込んだ。
「それじゃ私はこれで・・・」
ようやく女性の輪からでようとしたハインリヒは、腕を捕まれていた。
「おお！」
セルジュが注目していると、腕をつかんだ女性は
「せ、せめて握手してください！」
と言っていた。セルジュはがくっと力を抜かした。ハインリヒは「いいですよ」と言ってみんなと握手をしていた。
最近の女性はかわいいもんだなあ・・・もっと迫るかと思ったのに・・・
セルジュ的には残念だったようだ。
（しかしあの騎士さんはほんと女性に優しいなあ・・・）などと思っていると、どこからかふっと光る玉が飛んできた。
それは先ほど見た玉と同じかどうかは不明だが、女性達に近づいていた。
「おお！まさか！すげえ！」
セルジュは大興奮していた。８人の女性の中で妊婦は４人いた。
妊婦のおなかに玉が入れば、赤子に魂が宿ることになるのかもしれない。
光る玉は女性達の間をくるくる回っていた。誰にしようか選んでいるかのように。
「誰だ？誰にするんだ？誰を選ぶんだー？」
その玉はセルジュ以外には見えていないようなので、セルジュ一人が興奮し、拳を握りしめて前に振っていた。
「入れ、入れ、入れー」
光る玉はまだ決めかねているようだ。うろうろさまよっている。
「さあ４人の内誰にするんだー？」
そこに、奥からカレンがやってきた。診察が終わったようだ。
カレンはハインリヒがまだいたので驚いていた。ハインリヒもカレンに気づいた。
そして女性達もカレンに目を向けた。
「妊婦が５人に増えた！さあ、どうなる？！」
光る玉はカレンの方に飛んで行った。
「力的にはカレンの子が一番だぞ。決めちゃうか？！」
セルジュがどきどきしていると、光る玉はカレンから離れた。
「入らないのかい！じゃあどこ行くんだ！」
どうやらまだ迷っているようだ。一生がかかっているのだ。迷うのも当然といえば当然かもしれない。
「ああーもうどきどきするー！！」
セルジュ一人が気をもんでいた。
その時ハインリヒは、カレンが嫌な顔をするだろうな、と思っていたが、カレンはわりとすっきりした表情だった。
女性達の羨望の眼差しを受けて、カレンは「順調ですよ」と告げた。ハインリヒは微笑んだ。
「ハインリヒ様、送ってください。皆さんごめんなさいね」
「それじゃ皆さんこれで」
ハインリヒはようやく女性達から解放されてカレンを伴った。その時、光る玉はすっとカレンのおなかに入ったのだった。
「やったー！入った！」
セルジュは決定的瞬間に出くわし、歓声をあげた。
「やった！やったー！ああ！こんな感動的場面なのに自分にしか見えていないとは！もったいない！！」
セルジュは誰にも気づかれず、派手なジェスチャーをしながら一人泣いていた。
「先ほどはすみません。怒ってませんか？」
「怒ってないですよ」
「最近ずっと落ち着かなくて・・・さっき赤ちゃんの心音を聴かせてもらったんです。そうしたらなんだか落ち着きました」
「そうですか」
二人はそんな会話を交わしていた。
「感動をありがとう！」
セルジュは涙を拭きながらカレンに手を振っていた。
城では、ゆりとジュノー、ヴィラが布団にくるまって体を寄せていたが、熱々の時は終わっていた。
「『う』効いたかな？」
ジュノーが聞いた。ゆりをはさんでヴィラは「さあ？」と言っていた。
「いつもと同じでそんなに効かないだろう」
「『う』って何？」
ゆりが聞いた。
「うなぎの『う』ですよ。今年の２の月の流行はうなぎみたいですよ。うなぎって言うのが嫌なので『う』なんですよ」
ジュノーが説明し、ゆりは普通に「そうなんだ」と返した。今のゆりは蛇の目のゆりだった。もし普段のゆりだったならばそれこそ
目の色が変わったに違いない。
「二人の蛇ちゃん大きくなったねえ」
ゆりは大事そうに二人の右手にいる緑の蛇をなでなでした。細いがまっすぐ伸びると手の平から肘くらいまでありそうだ。
「もうこんなに大きくなるとは思いませんでしたよ。どのくらいまで大きくなるんでしょうねえ」
「本当に、大きくなりましたよねえ」
二人もしみじみと蛇を眺めていた。元からある蛇の大きさも向きも変わらないのに、こちらの蛇は成長し、時にはちょっと移動もするの
だから面白い。
「あーあったかい・・・毎晩こうしたい」
「本当ですよ・・・」
二人はしばらくゆりのあったかい肌にひっついていた。
残念なことに黒目のゆりに変わった後もうなぎの話題は出なかった。
夕方、ゆりが部屋にいるとミカエルがやってきた。
「これどうぞ」
とミカエルは言いながらゆりに手渡したのは紙袋だった。ゆりはそれを開けた。すると、中には白い肉っぽいものが入っていた。
「何？これ」
あんまりおいしそうには見えない。魚か何かかな？とゆりは思った。
「これうなぎですよ。王妃珍しい物が好きだからもってきたんですけど、喜ばないです？」
「え？うなぎ！？」
ぶつぎりになって身しか見えなかったので、そうは見えなかったゆりは驚いた。
「うなぎって食べてもいいの！？」
ゆりはうなぎは蛇に形状が似ているため、てっきり食べないものかと思っていたのだった。
食べるという話も聞いたことはなかった。
「別にいいですよ」
ミカエルはあっさり言った。
「我々はあんまり食べませんけどね。うなぎをよく食べる村の出産率が高いとかいう話が出て、今年の流行はうなぎなんですよ。
毎年いろいろな食材がはやってるんですけど・・・王妃？」
ゆりの目は潤んでいた。
「どうかしたんですか？」
ゆりは紙袋を握り締めたまま、そっとミカエルの両手に手をあてた。
「ミカエル、愛してる」
「え？」
「蒲焼だ！！」
ゆりはびゅーっと風の速さで部屋を出て行き、ミカエルはその素早さにあっけに取られていた。
「え？カバを焼く？」
ミカエルには意味はわからなかった。
夕食時、子供達が食堂で食事をしていると、ゆりがようやくやってきた。と同時に香ばしい匂いが漂ってきた。
ゆりは両手で大きな皿を持っていて、その上には蒲焼き風にされた茶色いうなぎが乗っていた。
「なあに？それ」
アナスターシャが聞いた。
「うなぎよ。食べる？まあみんな食べてみてよ」
ゆりはミシェイラ以外の子供らに分けてあげた。もうすでに試食済みだ。日本の蒲焼きのタレは手に入らないので、以前研究した
醤油らしきものにいろいろ混ぜて焼いてみた。子供らは恐る恐るそれを口に運んでいる。
「うん、おいしいよ」
と言ったのはラギだけだった。他の皆は微妙な感じだ。
「お母さんこういう味好きだね」
シスが言った。
「うん、好き。あっちで食べたのはもっとおいしかったけど、まあいいや。これでも十分おいしいわ」
ゆりはむしゃむしゃうなぎを食べ出した。身が分厚く、弾力があるうなぎである。もうちょっと柔らかくできればよいのだが、
研究すれば柔らかくできるかもしれない。
シスとラギは一切れ全部食べていたが、アナスターシャ、ロイ、ナナミの３人は一口食べて残りはゆりの皿に返してきた。
「僕もう一個もらおう」
ラギだけはおかわりしていた。
ゆりはラギに「自分がいた世界ではうなぎは夏バテ防止の食べ物だったのよ」などと話して聞かせ、ラギは熱心に耳を傾けていた。
うなぎを食べてもいいなんて・・・明日からおいしく食べられる研究をしよう！
ゆりは今までの分を取り返すかのように毎日うなぎを焼いては食べていた。しまいには串に刺して炭火で焼いていた。
おかげでゆりの部屋まで毎日香ばしい匂いが立ちこめていた。
悲鳴をあげたのはラクシュミだった。
「ミカエル、このバカ！ゆりに変な物食わすな！！」
３の月に入った頃、ラクシュミはミカエルに怒鳴っていた。ゆりがうなぎを食べるだけならよかったのだが、毎晩ぎんぎらぎんの瞳でねだってくる
ようになったのだ。そう、ゆりにうなぎが効いたのだ。いや、効き過ぎた。
「いやーうなぎって本当に効くんですねえ」
ミカエルはのんきに言っていた。
「効くんですねえじゃない！怖いんだぞ。あの目！やらなきゃ食われそうな勢いだ！！」
「私は別に食べても普通でしたが・・・王妃にそんなに効くとは・・・」
ミカエルは笑っていた。その場面をつい想像してしまったらしい。
「笑い事じゃない！」
「まあいいじゃないですか」
ミカエルは幸せそうだった。ゆりに愛してると言われたせいかもしれない。
「何がいいんだ！」
「じゃあ私が相手しちゃおうかなあ」
「お前は今から精力使うんじゃない！」
ラクシュミは憎々しげに言っていた。
ミカエルがその後ゆりの部屋に行ってみると、ゆりはいなかった。ゆりはハザークの所に行っていたのだ。
二人のゆりの相手をしたハザークは恐れおののいたような口調で、「一体王妃に何があったんだ？」と
ラクシュミに思念で聞いたのだった。
今年の赤い月は１２日から。それまで美しい王の精力が持つのかどうか、それは定かではない。
つづく
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