第４８話
星が流れた。
一つ流れたと思ったらもう一つ、間をおいてまた一つ。今度は一気に３つも、夜が更けてからひっきりなしに流れている。
ここ一月ほど、毎晩のようにいくつもの星が流れて見えていた。場所によっては不吉ともとられる流星群だが、
ここ蛇の国では美しい夜空が織りなすショーとして喜ばれている。街の広場にテーブルや椅子がおかれて、最近はどこも
夜空を見上げながら酒を楽しむ人々で一杯である。子供達も夜更かしする日々が続いていた。
星が一つ二つ流れるのは珍しいことではないが、次々とひっきりなしに流れるというのは珍しい。
酒を飲んでいる人々のほとんどが蛇の国の人々であり、夜空を見上げる人々の衣服も色彩が鮮やかだった。
夜空に白く浮かぶいくつもの塔が重なった城といい、国の中央にある雄大な城といい、ラクシュミ王の時代にはないものだった。
ここはヴィラルージュ女王の時代、かつてハインリヒが暮らしていた過去の世界である。
「昔、流れた星はどこに行くんだろうと不思議に思ったことがあったなあ・・・」
ディランがぽつりと言い出した。ここはドルイドの屋敷である。二人は庭のテーブルで流星を肴に酒を飲んでいたというわけだった。
５の月といえど夜は少し冷える。二人は長いコートを上に着ていた。ドルイドは黒、ディランはもちろん緑色のコートである。
襟や肩に金や銀の飾りがついた特注品だ。
「寒くないか？」
ディランが聞いた。
「ああ。寒くない」
「ならいいが・・・」
二人は時々会話を交わしながら、空を見上げている。ずっと見上げていると首が痛くなりそうだ。
「その調子じゃ、今年は陛下一人だけだったんだな」
ドルイドはディランの横顔を見つめつつ言った。
「ん？」
ディランが視線を降ろした。
「普通こういう事は恋人とするものだろう？」
「今年はそれどころじゃないからな。陛下は今日は女性らで流星観測を楽しむとおっしゃられていた」
「ディランも休める時に休んだ方がいい。毎日大変だろう」
「今、休んでる」
ディランは両手を広げて見せた。ディランだって毎晩こうして夜空を見上げているわけではなかった。
戦の期日は迫っていた。準備は進められて、毎日城では戦の会議が行われている。戦の場所は国外だった。
馬車で大軍が移動するわけではなく、北の国境にて女王が魔法で移送するのである。かなり大がかりな魔法だが、
現地にて同族の者が特殊な魔法を使って目印を作り、女王はその目印を頼りに大軍を送ることができるのだった。
ディランも現地には二度ほど下見にも行っている。
この時代、戦は魔法の力が大きい。当日までの体調管理も重要なことである。
戦に赴くのは健康な者だけなのでドルイドは留守番だった。本来ならばディランを助ける立場だったものを、何も手助け
できないのが心苦しい。ディランはそんなドルイドの気持ちを察しているようだ。
「しかし戦はたった１日で終わるというのに、準備は半年がかりなんだからな・・・終わればあっけないと思うのかもしれないな・・・」
ディランがつぶやいた。
「そうだろうな」
たった１日、しかしその１日でお互いの一族の優劣が決まるのだ。
この時代で龍の一族の下になるわけにはいかない。
戦、といえば二人の脳裏によみがえるのは未来で戦った記憶だった。
この国に、龍の一族の者も、龍すらも入り込んでいた。それすらも二人にとっては衝撃であった。
星がまとめて３つ流れた。
人は死んだら星になる、とはどの国のおとぎ話だっただろうかー
ドルイドは昔読んだ童話を思いだそうとしたが、思い出せなかった。
「なあディラン、忙しいんだから私のことはもう気に掛けるんじゃないぞ」
「恋人じゃあるまいに、そんなに気にしてない」
「ならいいけどな・・・毎日誰かしらやってくる」
「賑やかでいいな」
「ディランの方が心配だ。重圧に押しつぶされてるんじゃないかってな」
「ははは、他には内緒だが、実は夢でうなされることはある。だが指揮官といっても参謀もいるし、私が全て決めるわけでは
ないからな」
「みんなの無事を、祈っている」
ドルイドは心を込めて告げた。
「ああ」
ディランとドルイドは目を合わせたが、ドルイドはすぐに視線を上に向けた。
美しい。
吸い込まれるような星空だ。
「ドルイド・・・」
「ん？」
「いや・・・」
ドルイドの気が弱くなっている・・・・
ディランはここでドルイドに出会ってからそう気づいていた。だが、その話をすることはできなかった。
ドルイドは体調がいまだよくないようだ。そしてそれを気づかれたくないと思っているに違いない。
だから指摘ができない。
やはり、心臓だろうか・・・？医師でもどうにもならないのか？
「最近陛下には？」
「今年になってから拝謁してはいない。だが思念でたまに話しかけてくださる」
「そうか」
「そう心配しないでくれ。戦でへまをした言い訳にはされたくないぞ」
ドルイドが横目で言うと、「そんな言い訳するか」とディランは苦い表情で返したのだった。
ドルイドへの不安は膨らんでいたが、ドルイドの言う通り、今は、戦の方に専念しなければならない。
ディランは複雑な思いを胸に、流れる星々を見つめていたのだった。
それからの日々は戦の準備でディランの日々は過ぎて行った。戦が近づいているが国の中はそう暗くなることはない。
むしろ応援ムードである。この時代龍と蛇の一族の力は拮抗状態にある。たとえ負けたとしても、悲惨な負け方をするはずはない、
と誰もが思っていた。
５の月の最終日の夕方、城では戦を前に壮行会が開かれた。
かつてゆりとの儀式に参加した男達は、ドルイドを残して皆参戦する。救護部隊などの後援部隊も合わせて千人ほどの部隊だ。
一部は移動済みだった。
それはもちろん龍の一族も同じことである。離れた場所で、一族の者達はすでに対峙していた。
戦の場では不気味な空気が流れているに違いない。
疲れを残してはいけないため、壮行会は一時間ほどで終わり、ディランは女王を含めて主な騎士達と最後の会議に入った。
他の者達は解散し、家族と言葉を交わしている。
ルークは５歳になる愛息のアダムに「活躍してよ！」と激励されていた。
「龍やっつけてよ！」
「はいはい、そーだ、ちょっと出てくる」
夕闇が迫る頃、ルークは城の噴水がある庭園にあるゆりの石像の元に行った。石像は今もいつでもぴかぴかである。
ゆりの石像の周りには今は物は置かれてなかった。一時期増えすぎたため、物を置くのは禁止になったのだ。
ルークはぼんやりと石像を眺めていた。
石像と同じで、ルークの中のゆりも年をとることはない。
思い出すのは儀式のことよりも、恋人同士のようにデートをした普段の姿だった。
彼女ができても、やっぱりゆり様って女王陛下と同じように特別なんだよなあ・・・
そんなことを思っていると、軽く肘でこづかれた。横を見るとレイアスが立っていた。
「こんばんは。レイアス様」
「やあ、ルーク」
レイアスは相変わらず人なつっこい笑みを浮かべていた。
「なんだかゆり様に会いたくなって・・・」
「僕もさ」
レイアスの頭には新たに宝石がついたサークレットがはめられていた。今ではレイアスもルークと同じで子持ちである。
だが、あまり落ち着いたようには見えない。兄のディランと違って女性関係ではいろいろ噂があるようだ。
「噂聞きましたよ。彼女に妬かれたそうじゃないですか。ゆり様と私とどっちを愛してるのよって！」
ルークがにやっと笑って指摘すると、レイアスは一瞬ぎょっとし、やがて子供のように口をとがらせていた。
「どっちって言ったんです？」
「一番愛しているのは女王陛下、と言った」
「２番目は？と聞かれなかったです？なんでそんなことになったんですか？」
「黒髪の彼女といてつい寝ぼけて名前を間違えてしまった。いやーあの時は参ったよ」
レイアスは頭をかいていた。
「そりゃー彼女も怒りますよ」
「ルークも気をつけて」
「私は大丈夫ですよ」
「ゆり様の肌が恋しいなあ・・・」
レイアスはつぶやいていた。
「所で、話は変わりますけど、今日の壮行会、ドルイド様はいらしてなかったですね。この前お見舞いに行った時に、
体調がよかったらいくよとおっしゃられてたんですが・・・」
ルークが真面目な顔で言い出した。
「うん。どうもここの所あまり思わしくないようなんだよ。兄さんも心配してたよ」
「そうですか」
「戦が片付いたらゆっくりお見舞いに行くつもりだよ。じゃあそろそろ行くよ。君もゆっくり休んで」
「はい、がんばりましょう」
二人は庭園から姿を消した。
夜が更けて、暦はいよいよ６の月に変わった。
この日は祭壇にて巫女による戦の無事を祈る儀式が行われた。
性的な儀式ではなく、巫女一人が祭壇で先祖の王の御霊に祈りを捧げるという儀式だった。
いよいよという時になると、国中にどこか落ち着かない空気が漂っていた。
女王から騎士らに、「体調を万全にするように」との思念が飛んでいた。
戦が始まるのは翌日の朝９時。７時には北の国境にて騎士らは勢揃いし、女王が魔法を使い、戦の場へと移動させるのだった。
「いよいよですね。お母様」
王子アゼルが言った。肩までの銀の髪、金色に輝く瞳のかわいい王子は御年１0歳になる。
「そうじゃな。いやいよじゃ」
やれるべき準備は全てした。あとは騎士らを戦場へと送る仕事を残すのみである。
女王は王子とバルコニーでティータイム中だった。だが休憩中でも戦のことばかりきになっている。
「何か忘れてないかのう・・・」
「あのーお母様・・・僕も後学のために平原に行きたいんですが・・・」
「だめじゃ。まだそなたは幼すぎる。周りの迷惑じゃ」
「やはりだめですか・・・」
「当たり前じゃ。遊びではないのじゃ」
そこにフークスがぱっと現れた。輝く銀色の髪は相変わらず、フークスも何年経っても少年のようなかわいらしい顔つきをしている。
「お呼びですか？陛下」
「おお、どうじゃ、騎士らの体調は万全か？」
「はい、今の所病気の届けを出している者はいないようですよ」
フークスが王子に会釈しながら言った。アゼルもフークスを見てにこにこ笑っている。
アゼルの父親はフークスだが、アゼルはフークスのことは名前で呼んでいる。御父様と呼ぶことはない。
フークスも息子よ、とは呼ばない。そういうものなのだ。
「そうか、ならよいが・・・病気というと、ドルイドは最近顔を出さぬのう。フークスは会ったか？」
女王がふいに聞いた。
「この前会いましたよ。流星群が綺麗だったと話しましたよ」
「そうか」
「僕も会いましたよ」
アゼルが言い出した。
「いつじゃ」
女王が驚いて聞いた。
「一月前くらいかな？僕を訪ねに来てくれたんですよ」
「そうなのか？私は今初めて聞いたぞ」
アゼルはあっと口に手をあてていた。
「そうだ。内緒の話だった。今は私のことで心配かけたくないから言わないでほしいと言われたんでした」
「なんじゃ・・・他人行儀じゃのう・・・城まで着たのならちらっとでも顔を見せればよいものを・・・」
女王はぶつくさ言っていた。
「まあまあ、落ち着いたらいくらでも」
フークスは笑みを浮かべて言ったが、どこかぎこちない笑みだったことに二人は気づかなかった。
「では私も準備がありますのでこれでー」
そう頭を下げてフークスは去って行った。
『もう一度、私の子供の蛇に会いたいな・・・』
この前会った時、ドルイドはそんな話をしていた。
『会えるよ。落ち着いたらまたみんなで一緒に寝てみようよ。そのうち成功するよ』
フークスはそう返した。
「そうだな・・・」
もう少しだ。戦が終われば・・・
今は戦のことだけを考えよう
フークスの顔からすっかり笑みは消えていた。
２日早朝、北の国境にて集合した騎士達は無事女王の魔法によってグンサー平原へと移動した。
対するは龍の一族８００人と龍５０頭−
龍の姿を見るなり平原にいた鳥も小動物も皆逃げていった。
晴れ渡った青空には不似合いな、殺伐とした空気があたりに漂いはじめたのだった。
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