第５２話

目の前には所々オレンジがかった茶色い塔がドーンとそびえ立っていた。

一口に塔といってもハザークの塔のようなものではなく、円錐状に上方が狭まったかなり巨大な塔である。

ハザークの塔が４つは入りそうだ。

塔の周りには螺旋状に階段がついている。階段は途中で途切れてはまたついていて、それが上の方まで続いていた。

小窓のようなものもいくつか見える。

二人のゆりは塔の近くにいたのだが、塔の上の方はよく見えなかった。一体どれほどの高さなのか見当もつかない。


東京タワーとどっちが高い？


黒目のゆりはそんなことを思ったが、もしかしたらこちらの方が高いかもしれない。


「一番上にドルイドへと通じる扉があるからね。日が完全に落ちるまでにそこまでたどりついて。何か質問はあるかしら？」

ガーベラはかなり簡潔に説明して聞いた。

「ここってどこなんですか？」

黒目のゆりが聞いた。塔の周りはまばらに木が生えているくらいだ。ここから遠くは見えない。

「内緒」

「とりあえず上ろうよ。時間制限あるから」

蛇の目のゆりがせかした。空はじょじょに明るくなってきている。東の空から朝日が昇ろうとしている所だった。

「もし途中でやめたいときは無理って叫んで。元に戻れるから。がんばってねー」

ガーベラは右手をひらひらと二人に振り、消えてしまった。

夢のように美しい女神が消え去ると、二人の目の前にあるのはどーんとそびえたつ塔だけだった。


「・・・じゃあ行こう」

「うん・・・」

蛇の目のゆりの声に黒目のゆりはうなずいた。

強い決意でうなずいた、というよりも、尻込みするようなうなずきである。


今、二人は茶色い底の厚い靴に青いワンピースのような長袖で白い襟のついた膝下までのつなぎの服を着ていた。

これはガーベラが魔法のようなもので着せてくれたものだ。

服は綿のような薄手の生地なのだが、柔らかく動きやすい生地で、よくのびる。

装飾性はあまりなく、襟の下に花の形の小さい青いボタンが二ついているだけだった。

腰はくびれているが窮屈ではない。色も光沢のある綺麗な青でそんなに地味でもない。

普段着として城で着たいような服だった。



二人は塔の周りに螺旋状についている階段を上っていた。階段の横幅は人が３人ほど並べるくらいの幅があるが、二人は壁に左手をあてて

縦に並んで上っていた。蛇の目のゆりの下から黒目のゆりが続いている。


これって土なのかなあ？中どうなってるんだろう？


黒目のゆりは壁をこんこんたたいてみた。壁の感触は土を固めたようなものだ。

茶色い階段も土か粘土を固めたようなものでできているようだ。だが、塔の壁には汚れた所はない。作られたばかりのように綺麗で、

階段にも緑色の葉っぱが落ちているくらいだった。階段は緩やかで、規則正しく同じ幅で続いている。


塔の周り一周するだけで疲れそうなんだけど・・・・


黒目のゆりは階段をあがりながらもそう思っていた。なにせ身体がなまりきっている。準備期間もなしにいきなりなのだから。


死ぬ気でがんばればなんとかなるかな？


まだまだ地面からは飛び降りても平気そうな高さだった。


がんばろう。東京タワーだって幼稚園児が上れるくらいだし、このくらいの塔、夕方までならなんとか・・・・なんとか・・・



下がシーンとしていたので蛇の目のゆりが気にして顔を向けた。すると黒目のゆりは神妙な顔つきで上っていた。

「どうかしたの？」

「私今・・・・ちょっと変なこと思っちゃった」

「変なことって？」

「この塔って・・・トイレあるのかな」

「・・・」

「私達って本体じゃないから大丈夫かな？」

「さあ・・・」

「観光地じゃないから休憩所とかなさそうだなあ・・・」


東の白い雲が陽の光で輝いていた。茶色い鳥が飛んでいるのが見える。鳥のさえずりも聞こえてきた。

他の動物が居る所を見ると、ここは人間界か神の国のどちらからしい。


二人はようやく塔の周りを２周ほど周り、その先に階段が途切れているのを見たのだった。

「あ、扉発見！」

「本当だ。中に入れるんだ。中どうなってるんだろうねえ？もしかして休憩所あったりして」

黒目のゆりは喜んで言い出したが、蛇の目のゆりは冷静に「絶対それはない」と断言した。

上が丸まった扉で、扉とその周りだけは木で作られているようだった。二人は躊躇なく扉を開けて中に入った。

中にあったのは通路だった。塔の外にはいくつもの小窓のような穴が空いていて、そこから光が中に差し込んでいるので普通に歩くことが

できた。円状の通路をぐるりと歩いていくと、その先にまたもや扉があった。先ほどの扉は木製だったが、こちらは金属製のようだ。

丸い取ってを回して重い扉を開き、中を見て二人の目が大きく見開いた。

「すごーい！」

右の壁には外からの光を入れる窓がいくつかあったが、左の壁一面にあるのは、白い石の壁に埋められた宝石だった。

色とりどりの宝石が上から下までびっしりと埋め込まれている。


「すごーい！すごーい！」

二人は壁を端から端まで見つめてすごいを連発していた。

赤、青、緑、でかいのから小さいのまである。これだけの宝石は過去の世界でお目にかかって以来だ。

部屋の真ん中には丸い木のテーブルがおかれて、その上には鉄製の先がとがった道具が置かれていた。トンカチのようなものもある。

部屋はそんなに大きなものではないが、壁の宝石はかなりの数だ。


「道具があるってことは、これって採ってもいいのかな？見て、これ採れそう」

蛇の目のゆりは壁から取れかかっている宝石を発見した。ちょっと道具でこつんとたたけば採れそうだ。

「どれ」とテーブルの上から道具を取ろうとしているゆりの手を、黒目のゆりが制した。

「ちょっと待った。わかった、これが神の試練ってやつよ。ここで足止めして夕方までいさせようという魂胆なわけよ」

「え・・・これが試練？」

「採らない方がいいよ。採ったら失格になるかもしれないよ」

「そうかなあ・・・」

蛇の目のゆりは名残惜しそうに壁を見つめていた。

「行こうよ。目の毒よ」

黒目のゆりがせかし、蛇の目のゆりもうなずいた。今は宝石よりもドルイドである。

二人はもう一つの扉を開けた。その先は塔の外で、そこからまた階段が続き、二人は再び階段をあがっていったのだった。



「あーよかった！一つ目は難なく突破したわね！」

その時試練をやらせた張本人、女神ガーベラは、自分の神殿で二人のことをのぞいていた。

装飾された手鏡には、二人が塔を上っていく様子が映されていた。

「がんばれ！愛の〜ために〜♪どんな〜困難も〜乗り切る〜のよ〜♪」

ガーベラは歌いながら二人を応援していた。



神殿にいるガーベラはのんきなものだったが、二人のゆりは、すでに足にかなりの疲れを感じていた。


うーん、まだまだ下の方なのになあ・・・まあすでに結構な階段上ってるもんな・・・・


横の景色はだいぶかわっていた。周りに生えている木はかなりでかいのでまだ木のてっぺんはみえないが、

すでにここから飛び降りたら死ぬかもしれない高さまできている。

（もう一人の私はすごいなあ）と黒目のゆりは前を上るゆりに感心していたが、蛇の目のゆりの方も両足はかなり重くなっていた。


くそー二人一緒にってのは失敗だったな。一人だったらかわりばんこに上れたのに。まあ身体は一緒だけど・・・・


蛇の目のゆりはそんなことを思っていた。

重い足取りで上る二人の前に、ようやく次の扉が見えてきた。

「やった！」

「ようやくだー」

二人は木の扉を開けて中の通路を歩いた。

「平坦な道っていいなあ・・・」

黒目のゆりはそんなことをつぶやいている。

円状の通路を周り、またもや扉が見えてきた。


今度は何が？


どきどきしながら二人は扉を開けた。

扉のすぐ向こうにあったのは、上から垂れ下がった白いのれんだった。

「へい、いらっしゃい！」

威勢の良いそんな声が聞こえてきた。のれんをくぐるとその先にあったのは、なんと寿司屋のカウンターだった。

綺麗な木目ののカウンターの内側には、白い調理服を着て白い和帽子をかぶった中年の男性が一人立っている。

「お好きな席にどうぞ」

男は笑顔で二人に言った。カウンターの後ろには水槽が置かれていた。その中には鯛やあじが５匹ほど泳いでいる。

カウンターの席が１０ほどあるだけの狭い店内だった。店内の壁には白い札がいくつも貼られて何か文字が書かれている。

蛇の目のゆりは不思議そうに店の中を眺めていた。男も耳が丸い事から見るとこの世界の男ではないようだ。


一体何がどうなっているのだろう？


黒目のゆりは横にはいなかった。「あれ？」と探すとなんと一人で椅子に座っていた。

「今日は活きのいいの入ってますよ。鯛にヒラメにマグロ、タコにイカにイクラに―」

「全部下さい！」

黒目のゆりはテーブルに置いてあったおてふきを手に取り手を拭いていた。すっかり客になっている。

「え、あ、ちょっとちょっと！何やってるの！？」

蛇の目のゆりが驚いて黒目のゆりに駆け寄った。

「だめよ！これも罠よ？この人は絶対幻か何かだって！」

「大トロあります？」

黒目のゆりはもう一人の自分の言葉も耳に入っていないようだ。視線はまっすぐ板前にむいている。

「もちろんありますよ」

「味噌汁あります？」

「もちろんありますよ」

味噌汁の独特の匂いがあたりに漂い始めた。

「あーこの匂い・・・・懐かしい・・・・」

黒目のゆりは目を閉じて匂いをかいでいた。

「ちょっと！ちょっと！私の言うこと聞いてよ！これも試練よ！食べたらきっとおしまいよ！」

「ごめん・・・私は寿司の誘惑には勝てない・・・」

涙ながらに黒目のゆりが言い出して、蛇の目のゆりの顔はかなり引きつっていた。

「え？そんなに？あなたってドルイドよりもすしなの？」

蛇の目のゆりはこの世界に来てから別れた人格なので、元の世界の食べ物のことはよくわからない。

だが、黒目のゆりにとっては３０数年ぶりの元の世界の寿司だ。この部屋に入ったとたん、自分がここにきた目的の全てを

忘れてしまっていた。

「よっく考えて！ドルイドよりもこの食べ物の方が大事なの！？」

蛇の目のゆりは黒目のゆりの肩を揺さぶった。

宝石はあんなに簡単に通り過ぎたのに、たかだか食べ物でこんなにも引きつけられてしまうとは驚きだった。

いや、今はまともな精神状態ではないに違いない。

「これは罠よ。きっと食べ物の中に何か入ってるに違いないわよ！そうでしょ！？ねえ！」

蛇の目のゆりは中で寿司を握っている板前を睨んだ。

ちなみに板前が握っていたのは赤身を帯びた魚、マグロだ。

「失礼なお客さんだなー何かって毒でも入ってるとでもいうんですか？」

「だって、こんな所にいるなんておかしいじゃない！」

「おかしくないですよ。ちなみにこの店夕方までですから、ゆっっっっっっくりと食べていってくださいね」

板前がにやりと笑って言った。「はい」と黒目のゆりも微笑んでいた。

「やっぱ罠だ！！！！正気に戻ってー！！！！」

「大トロですよ」

板前が白い皿に乗った大トロを一つどんと黒目のゆりの前に置いた。

「おおおお！」

ご飯の上に覆い被さる霜降りが入った赤身に、黒目のゆりの目が輝いた。

小さい皿に醤油をたらし、大トロを指でつかもうとした時、蛇の目のゆりが皿をさっと奪い去った。

「よっく考えて、これを食べたらもう二度と、ドルイドには会えないわよ」

「・・・・」

「ドルイドよ、私達の大事なドルイドのこと思い出して。黒い髪で、ちょっと寂しげな目をしたあのドルイドを思い出して！！！」

黒目のゆりの手が止まった。

「ドルイド・・・」

「うちの店今日限りですよー」

板前が口を挟んだ。

「夕方には店たたんじゃいますからね。はい、お味噌汁どうぞ」

湯気が立つお椀が置かれた。中には豆腐にワカメと揚げが入ったシンプルな味噌汁が置かれている。

「わかった。食べながら考える」

黒目のゆりはそういいつつ味噌汁のお椀に手をのばした。

「だめだったら、食べちゃだめ！」

蛇の目のゆりは味噌汁のお椀も奪い、その反動で味噌汁が手にかかって「あちっ！」と言っていた。

「ちょっとくらいいいじゃない」

「ちょっとも一杯もだめよ！」

「握りですよ」

今度はずらりと並んだ寿司がゆりの目の前に置かれた。

マグロ、イカ、エビ、ホタテなど、新鮮でおいしそうな握りが１０個ほど並んでいる。

「わー！！！すごい！！」

「私は先に行くわよ？あなたは一人でこれ食べてれば？」

黒目のゆりの目の輝きに、蛇の目のゆりはついにそう言い放った。

ゆりが出口の扉まで行こうとした時、

「・・・わかったわよ。私も行くわ」

黒目のゆりは思い切るように目を閉じた。

「本当？」

どうやら正気に戻ったようだ。

「逃げろ！」

黒目のゆりは寿司が並んだ皿を両手でもって、皿ごと出口まで走った。

「あ！泥棒！」

という板前の声が聞こえる。

「開けてー！！」

蛇の目のゆりは扉をあわてて開けて、黒目のゆりは寿司ごと外にでた。

「やった！成功・・・ああ！！！」

外にでたとたん、寿司も皿もあとかたも消し去り、後には何も残っていなかった。

「そんなー！！！！！！」

ゆりの絶叫に驚いた小鳥達がばたばたと木の間から飛んで行った。

「す・・・・寿司が・・・・」

黒目のゆりの身体から力が抜けていた。

「残念だったわね・・・」

さすがに同情したように蛇の目のゆりが言った。

「やっぱりあれは幻だったのよ。ね、元気だして」

「うん」

といいつつも、黒目のゆりの表情はすっかり暗くなってしまっていた。階段を上る足取りのなんと重いことか。


困ったものだわ・・・次もあの店があったら・・・・もうだめだわ・・・


「いかにたこにえびにほたてにまぐろ・・・ぶつぶつ・・・」

下で不気味につぶやく声を聞きながら、蛇の目のゆりはそう思ったのだった。


私達を見守ってドルイド！


蛇の目のゆりはそう念じながら塔の階段を上っていったのだった。



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