第５７話
暑い日射しが照りつける日、ロイは泉で水泳を楽しんでいた。少しでも暑くなると途端に水に入りたくなるのがロイである。
バシャバシャ泳ぐ水の上では、膝を曲げた格好でジュノーが飛んでいた。
「ナナミもくればいいのになあ」
「女の子は虫とかに弱いですからね」
ロイにあわせてジュノーも場所を移動している。いくら綺麗な泉であろうとも、虫などの生き物がいない場所などない。
あるとすれば神の国くらいのものだ。ロイはどんな虫だろうと平気だが、ナナミはヒルなどが肌につくのが嫌なのだ。
「シスにーも泳ぐの嫌だってさ、こんなに気持ちいいのに」
その時水面すれすれに何か小さな塊が猛スピードで飛んできた。
それはロイの近くで止まり、目にも止まらぬ速さで来た方向に飛んで行った。「ぐえっ」と低い声がし、がさごそと森の草が
動く音が聞こえてきた。ジュノーは瞬間移動でその場所に移動した。
「死んだ？」
ロイが聞くと、「今死にました」とジュノーの声が聞こえてきた。どうやらとどめを刺したのはジュノーらしい。
ジュノーはロイの元まで戻ってきた。
「今のすごかったよね。ね！」
ロイはうれしそうだった。ほめられたくて仕方がない顔をしている。敵がいることは二人とも気づいていた。
思念で会話をしつつ、敵の出方を見ていたのだ。ついでにロイの訓練も兼ねていた。
ジュノーの思念を受けて、仲間が敵の死体を片付けて行った。
「まあ、あれくらいはやっていただかないと」
ジュノーは冷静に返し、ロイはほっぺを膨らませていた。
「なんだよーつまんないなあ」
ロイは水の中に潜っていった。
なかなか素晴らしい反撃でしたよ。もっとほめたいところですが、やはりやめておきましょう
ジュノーはほめたいのを我慢し、しばらくロイの水泳に付き合っていたのだった。
今日７の月２０日は羊の国の王様の１５０歳の誕生日だった。ラギ、ミルキダス、ミカエルは羊の国にいる。
今頃はみんなで楽しんでいる頃だろう。
「どんなお祝いしてるんだろうね。想像したら私までどきどきしちゃって」
昼食の時間、ゆりが言った。ロイとラギ以外の子供達はそろっている。ロイはまだ水泳に夢中のようだ。
「そうだね。僕もなんだか胸がどきどきするよ」
シスはそう言ったが、シスの横にいるアナスターシャは元気がなかった。
「アナスターシャってば、まだラギが羨ましいの？」
ゆりがそう聞くと、
「違うの。最近プリモがねー、あんまりご飯食べなくて心配なの」
アナスターシャはしょげた顔でそう言った。プリモは以前ゆりが神の国から連れて帰ってきたペガサスのような生き物である。翼がついている
ことはついているのだが、全体的に茶色いまだらな模様がついていて、外見は真っ白なペガサスとはほど遠い。アナスターシャが一番大切
にしていた。
「そうなの？最近暑いからばててるんじゃない？」
「馬の世話係の人もそう言ってたけど・・・」
「たまにはお肉あげたら？」
ナナミが提案していた。
「草ばっかり食べてて飽きたんじゃない？」
「プリモはお肉食べられないの」
「えー？つまんないね」
「母様もし神の国に行けたら干し草もってきて」
アナスターシャが真面目な瞳で言った。
「干し草？」
「神様の国の干し草なら食べるかもしれないでしょ？」
「そうね。わかった。行けたら干し草を抱えて・・・・とにかく努力します」
ゆりは干し草を抱えるガーベラを想像し、ちょっとそれはどうなんだ？と思ったが、ここはプリモとアナスターシャのため、がんばってみようと
思ったのだった。ペガサスを一頭連れて帰るのは無理だが、干し草くらいはなんとかなるかもしれない。
シスは笑いをこらえている。ゆりと同じように干し草を抱えるガーベラを想像したようだ。
「よし、後でお昼寝してみるわ。神の国に行けるといいなあ」
「怪しまれないように気をつけてね」
善は急げとばかりに昼食後、ゆりはベッドで昼寝をした。するとうまい具合に神の国に行くことができた。場所はガーベラの神殿である。
やったーこれはもう干し草持って帰るしかないわ！
ガーベラになったゆりは張り切って神殿を出て行ったのだった。
その頃、城の中のカーラが眠る部屋では、エルバートと霊のセルジュは筆談中だった。
最近ではそうやってエルバートもセルジュと会話している。思念も試してみたが、霊とはなかなかできないようだ。
カーラは未だ眠ったままだが、布団も服も薄手の物に変えられていた。部屋の中は白い大きな花で飾られている。
セリアによればカーラが好きな花だそうだ。最近ではキースもたまに笑みを見せるようになったらしい。戦士達もキースの様子が普通に戻ったの
はうれしいことだった。
二人きりで話をするのはいいのだが、セルジュはすぐにセリアとの仲を聞こうとしてくるので困ったものだった。
エルバートははぐらかしているが、「霊になると他人のそういう話題しか楽しみがなくてねー」とセルジュはにやにや笑って言うのだった。
エルバートの方は、あの真面目一筋のキース将軍とこのセルジュが今も全く結びつかないでいる。
「しかし君って面白いね。大昔の蛇様がくっついてるなんてさ、あんなすごい方が一緒だと僕だったらひえーって感じだよ。君は良く平気だねえ」
セルジュはそんなことを言ってきた。
「普段は姿が見えませんからね。姿がずっと見えていたら、きっとすごく緊張してしまうでしょうね」
エルバートは紙にそう書いた。エルバートがカーライルの姿を見ることができるのは、たまの夢くらいのものだ。普段は見えない。常に横にいたら
エルバートでさえ嫌だろう。
エルバートはカーライルが最近一族の女性達と会話をしたり、お茶を飲んだりしているのも知っていた。
「これ、カーライル様に」とカーライルあての贈り物までもらうこともある。話題が豊富なカーライルは裏で結構な人気になっているようだ。
女性達はハザークと会話することは恐れ多くてできないが、相手がカーライルなら、姿がエルバートなだけに平気らしい。
エルバートはカーライルにかなり恩を感じていたので、カーライルが楽しく過ごしてくれるなら、それにこしたことはないと思っていた。
「僕だったらあんな真面目そうな方とずっとは無理だな。やっぱり君はすごいよ」
「いえいえ」
その時エルバートの目つきが突然すっときつくなったので、セルジュは「ひええええ」とベッドの端から端まで飛び退いていた。
カーライルが出てきたのだ。
「突然変わらないでくださいよー」
セルジュはびびって言っていた。
「懐かしい気を感じる。とてもイヤーな気だ」
カーライルはすくっと立ち上がった。
「あの、いずこへ？」
セルジュはびびったまま聞いてみた。
「言っておくが、私だってお前と一緒は嫌だぞ」
カーライルはセルジュを見るとそう言い残して消えてしまった。
「そりゃそうでしょうね」
セルジュは一人うなづいていたのだった。
その少し前、ハザークの塔では、ハザークが突然の訪問者にイヤーな顔をしていた。対照的に部屋にいる侍女はうれしそうだ。
まさか、暑い日の真っ昼間にこんな顔を見てしまうとは。
「元気だったか、ハザーク！」
ハザークの肩をぽんぽん気安くたたいていた霊は、古の王ザクートだった。相変わらずキラキラした雅やかな格好をした霊だ。
「真っ昼間からどうしたんだ？」
ハザークはまずそう聞いた。霊が現れる時刻でもない。最近は儀式以外でぽんぽん現れる。古の王のありがたみが全然ない。
「たまたま昼間に目覚めてしまった。まあいいじゃないか。それよりも、ほら、ほらほらほらほら生まれたろ？かわいい子が！」
ザクートは目を輝かせて何か興奮していた。
「あー？」
「連れて来い。ほら、早く！早くしろ！」
「・・・もしかしてそのために出てきたのか？」
「そうだ！そうに決まってるだろう！」
「儀式以外であんまり出てくるな。最近出すぎだ」
「うるさい！早く連れて来い！」
ザクートはそういうとソファに腰を下ろして脚を組んだ。
「どうだ？かわいいんだろ？」
ザクートは侍女に聞いていた。
「ミシェイラ様のことですね？そりゃあもう、本当にかわいいんです！」
侍女は両手を握りしめてあごにつけていた。
「そうだろうなあ。うんうん、お前何してるんだ。とっとと行け」
ザクートは突っ立ったままのハザークに催促していた。
「ああ楽しみだ。実際寝るどころではなかったのだ。ははは。楽しみにしすぎて夢に見てしまったほどだ」
ザクートはいつも以上に楽しそうだった。
（迷惑な・・・）と思いつつ、ハザークはミシェイラを抱いて戻ってきたが、ザクートはいなかった。
しばらくすると人間の身体を借りたザクートが戻ってきた。人間はいつもと違っていた。紺色の蛇が２匹いる男だった。
「おー！！！なんとかわいい！！」
ザクートはハザークの腕にいる子供を受け取って自分の腕に抱いた。ミシェイラの左右にある金色の髪は結構長くなり、ピンクのゴムで
両方とも結ばれていた。そのため金色の髪が目立っている。以前よりも金の髪が増えているかもしれない。
「生まれてすぐだったか、かわいいなあ！」
ミシェイラはいつもと違い、金色に輝く瞳を持ったシャナーンを不思議そうに見ていたのだった。
まさかザクート王が現れているとはつゆ知らず、神の国のゆりは神殿から出たものの、どこに行くべきか首をひねっていた。
一応神として、干し草であろうとも勝手に盗むわけにはいかないだろう。誰かに「ください」と言うべきだ。
ペガサス牧場といえば真っ先に思い浮かぶのがハロルドの顔だったが、この前機嫌悪かっただけに今日会いに行くのも気が進まない。
腕を組んで考えていたらクーリーフンが飛んで来るのが見えた。今日は赤ん坊姿である。
「やあ、お母さん」
「クーリーフン、いいところに。ねえ、馬に詳しい神様って誰かわかる？」
ゆりは突然そう聞いた。
「馬？」
「ユニコーンでもペガサスでもいいけど、ここには普通の馬もいるよね。ハロルド以外にそういう動物育ててる神様いる？」
「うーん、動物は結構勝手に育ってるけどね。あ、サントスも動物のことはよく知ってるかなあ」
「サントス？じゃあサントスに会いに行ってみよう。ありがとう！」
ゆりは移動した。クーリーフンはたいして気に留めることもなく、神殿に入って行ったのだった。
果樹園らしき場所に移動したゆりは、近くでサントスを発見した。なんとジンラも一緒にいる。サントスが先にこちらに気づいた。
「ガーベラじゃないですか！どうしたんですか？」
土の神サントスは土色の髪にウエーブかかった短い土色の髪をしている。神というと体格が良く、背が高い男が多いが、サントスは背も
さほど高くはない。体つきも細くて、穏やかな風貌をした親しみやすい神だ。ジンラの方は相変わらず鮮やかな紫色の髪、ゆりにとっては最も
愛着のある風貌で、足元までの薄い紫色のローブ姿だった。腰には葡萄の蔓を巻いている。パッと見、ジンラの方が神っぽいが、二人の
輝きはさほど変わらなく見えた。
「こんにちは、二人で何をしているの？」
「りんごの木を眺めていたんだ」
ジンラが言った。二人の目の前にあったのはリンゴの木だったようだ。見たことがないほど大きなりんごの木だったが、葉っぱだけで
実はついていなかった。
「立派な木ね。あれ？横の木にはりんごなってる。この木は花が咲かなかったの？」
横には小さなりんごの木が並んでいたが、そちらには赤い実がいくつか成っていた。
「これはヒルデリアが育てている特別なりんごの木なんですよ。黄金のりんごが成るんです。それもたまにしか成らなくて、前に成った時には
いたずら小僧のパティウスが食べてしまいましてねえ・・・あの時はさすがにヒルデリアもかんかんでしたよ」
「あの時は私の農園にもかなり雷が落ちてきたなあ」
ジンラが懐かしげに言った。
「パティウスって怖れを知らないね。あのヒルデリアにもいたずらができるなんて。黄金のりんごって皮をむいても黄金なのかしら？」
ゆりはそこに疑問を感じた。
「どうでしょうね。私も中身を見たことがないのでわかりません」
サントスは真っ赤な顔で首をひねっている。
「多分皮だけだろうな」
とジンラ。
「じゃあ、皮をむいたら赤いりんごと一緒なのかしら？」
「そうそう思い出しました。パティウスが赤いリンゴに黄金の色をつけてヒルデリアに出したんでした。それがばれてヒルデリアが怒ったんだった。
黄金のりんごには神の力を高める力があるんですよ」
サントスが手をぽんとたたいて言った。
「あ、その話前に聞いたような気がする！」
ゆりは怪しまれないようにそう言った。そういわれればそいう話が神話の本にあったような気もする。
それにしてもパティウスも毎度くだらないことばかりする神である。
悪知恵の神とはよく言ったものだ。
「ガーベラは用があってきたんじゃないのか？」
ジンラが聞いた。
「実はサントスに用があって・・・」
「え？私に？」
サントスは驚いていたが、なんだかうれしそうだった。
「そうか、では私はこれで、じゃありんごもらっていく」
「はい、好きなだけどうぞ」
ジンラは歩いて去って行った。
「どこのりんご持って行くのかな？」
手ぶらで帰ったのでそう思っていると、わらわらと妖精達がやってきてりんごの実を収穫しだした。
どうやらジンラの下にいる妖精らしい。
「もしかしてりんごのお酒作るとか？」
「そうみたいですね」
「いいなあ・・・」
「できたら飲ませてもらえますよ」
サントスは微笑んでいた。
「そうね」
ゆりはサントスをりんごの木からちょっと離れた所に連れて行き、草の上に二人で座った。
「それで話はねえ」
ゆりが横を見ると、サントスは真っ赤な顔ですでに気が遠くなっている。
「あれ？だ、大丈夫？」
「近くにいたら匂いでもう・・・」
「ちょっと離れた方がいい？」
「はい、少し・・・」
ゆりは少し離れて座った。
「それで話というのはね」
サントスはこちらに背中を向けて座っていた。
「あのーどうして背中向けてるの？」
「あなたの姿を凝視できなくて・・・」
「サントスったら・・・これじゃ話できないでしょ」
ゆりはサントスの前に回った。二人きりになった途端にこれだ。
「あのねーサントス」
前にかがんでいたので豊かな胸の谷間がばんと見え、サントスは固まったまま横にぱたんと倒れてしまった。
「あーもう！」
なんだかガーベラといる時のサントスの状態は前よりもひどくなっているようだ。
（ガーベラったらサントスに何か強烈なことでもしたのかしら？）
とゆりは勘ぐった。実はガーベラが何度かサントスの寝床に忍んだせいなのだが、サントスはガーベラに免疫が付くどころか、ますます
免疫がなくなっているようだ。
「サントスー起きてちょうだい！これじゃ話ができないわよー！」
ゆりはサントスの頬をぺちぺちとたたいていたのだった。
人間界では古の王ザクートがまたもや現れてラクシュミが驚いていたが、自分の代になってもう何度も現れていたので、驚きも小さいもの
だった。今や古の王が現れた、というよりも、遠いところにいる親戚が久しぶりにやってきたような感覚になってしまっている。恐れ多くも困った
ことである。
「今回はシャナーンの身体を借りるらしい」
ラクシュミはちょうど王の間にいたフリットにそう告げていた。
「ミカエルはいないですからね。しかし今回はどうしていらっしゃったんでしょうか」
「孫の顔が見たかったんだろう」
ラクシュミが笑いながら言うと、フリットが目を見開いた。
「孫ですか。あれ？ザクート様はどうして分かったのですか？」
となるとゆりの子供にハザークの血が混じっているとすでに知っていたということになる。
「前回いらした時にはゆりは妊娠中だったからな。その時に気づいていたんじゃないのか？」
「なるほど・・・さすがはザクート様ですね」
フリットは感心しながらも、（ミカエルのやつ、ザクート様がシャナーンの身体を借りたと知ったらどんな顔をするだろうなあ）などと
考えていたのだった。
ハザークの塔では祖父と孫の楽しい語らいは為されていなかった。シャナーンの様子がいつもと違うのでミシェイラは恐がり、
ハザークにべったりくっついていた。
「嫌われたな」
ハザークは内心喜んでいる様子である。
「ふん、しかしあの王妃は器用だなあ・・・一体どうすればこんな奇妙なことになるのやら・・・」
ミシェイラは完全にハザークとゆりの子供というわけではない。ラクシュミの血も混じっているようなので、ザクートには不思議だった。
子供を見れば見るほど不思議だ。
「もしや赤い月に一緒に？」
「ばかなこと言うな」
「じゃあどうやった？」
「我にもよくわからん」
「わからんで生まれるか」
「わからないが生まれたのだ」
「わからんのに生まれるわけないだろう」
などと二人が言い争っていると、他の者が部屋にやってきたのだった。
「やっぱりお前だったか・・・」
もう一人の侍女と部屋にやってきたカーライルは、シャナーンに入ったザクートにすぐ気づいていた。瞳は忌々しげに金色に輝いている。
「ん？お前は・・・・」
ザクートがカーライルの登場に驚いて目を見開いた。
「どうせ私の名前も覚えてないだろう」
カーライルはすでにあきらめているようだ。
「ふっ覚えている」
ザクートは自信満々だった。
「オ」
「もういい」
カーライルはすぐに遮った。
「まだ『オ』しか言ってないだろう」
「最初が違ったらあうわけないだろう」
「だがお前が誰かは覚えている。私の力に嫉妬していた水蛇―」
「違うわ！」
カーライルは忌々しげに告げていた。
「―でシスレーンの父だ」
「それはあってる。私は別にお前に挨拶しに来たわけではない。お前の気を感じてはっと閃いた。お前ははっきり言って嫌な奴だが、
魔法にかけては天才的だった。一度見た魔法は自分で使うこともできたな？」
「ああまあな。所で途中で腑に落ちないことを言ったな『嫌な奴』ってのはなんだ」
「お前ほど嫌な奴はいないだろう」
カーライルは物怖じすることもない。
「だれが嫌な奴だ。仮にも歴代の王の中で一番といわれている私に対してだな―」
「嫌な奴であってるな」
ハザークはミシェイラをだっこしたまま言った。ザクートは横目でハザークを見た。
ハザークもどこ吹く風といった感じだ。
「お前に一つ魔法を使ってほしいのだ」
カーライルはずばり言った。
「魔法？」
「お前の長男は、孕んだ女と生んだ女が別だったろう。魔法で胎児を移動させて生ませたんだったな」
「ああそうだ。最初の女性が危篤になりかけたからな」
「その魔法、知ってるだろ？」
「・・・ああ」
「ってことは使えるな？」
「・・・」
ザクートの自信ありげだった表情がちょっと曇っていた。
その時、ハザークが、
「ああ、それはいい。その魔法を使ったら王の負担が減るな」
と言い出した。
「そうだ。その魔法、ある女に使ってくれ」
ザクートはカーライルとハザークの顔を交互に見て、「ちょっと待て」と言った。
「それは無理だ」
「何故だ」
「あれはすごく難しい魔法なのだ。魔法を使える医者じゃないと無理だ」
「どんな魔法も一度見たら覚えるんじゃないのか？」
「女って誰だ。もしかして王妃なのか？」
「いや、違う女だ。だがその女は結構高齢で妊娠して危篤に陥った。王は魔法をかけて身体の状態を保っているのだ」
カーライルが説明した。
「その魔法もずっとかけているので王は大変なのだ」
「ほー、お前が王の心配をするような優しい蛇だったとは思わなかった・・・・」
ザクートはそこに感心していた。
「他の男には関心がないものと思っていたが」
「それはお前だろう。私はお前ほど極端ではない」
「それにしても、だ」
「今の王はとても大変そうだ。お前の１，０００倍は苦労している」
カーライルが気の毒そうに言うと、ハザークが
「いや、一万倍は苦労してるぞ」
と続けたのだった。
「この男は苦労の『く』の字も知らない男だったからな」
「そうだな」
「・・・ひどい言いぐさだと思わないか？」
蛇二人に責められたザクートは侍女に聞いていた。どちらもザクートを敬う気持ちのかけらもないようだ。
二人の侍女はただ返答に困っているのか、どちらも口元に引きつった笑みを浮かべている。
「私だってちょっとは苦労したのに・・・」
「とにかく、お前がその女をなんとかしてくれれば、王の負担も減るのだ」
カーライルは構わず続けた。
「その魔法は無理だ。それに他人に物を頼む態度なのか。それが」
ザクートが憎々しげに睨んでみたものの、カーライルの態度は変わらなかった。
相手は今も強い力を持っているといっても、こちらは死んだ身だ、怖い物など何もない。
「魔法の天才なのに無理なのか？」
ハザークが聞いた。
「大きい魔法は得意だが、小さい、そういう他人の身体の中をいじくる魔法ってのは苦手なのだ」
「だが使えるんだろう？」
とカーライル。
「実はだな・・・前に試しに使って失敗した。だからしたくない」
ザクートは腕を組んだまま白状していた。
「失敗・・・・」
カーライルの目が丸くなった。
「私だって失敗くらいするのだ」
「魔法の天才って肩書きはもうやめた方がいいな」
「そうだな」
ハザークとカーライルはそんなことをうなずきながら言い出して、ザクートが切れかかっていた。
「お前達いい加減にしろ！なんで二人がかりで責められにゃならんのだ！」
「だって天才じゃないじゃないか」
「天才でもたまには失敗するんだ！」
「誇張だ」
「えせだ」
「うるさい！大体お前達いつの間にそんなに仲良くなったんだ！」
いい年をした３人のやりとりは続き、侍女達は引きつり笑いを浮かべたまま、ミシェイラはすでにハザークに抱かれたまま眠っていたのだった。
続く
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