第60話

ザクート王の魔法が成功し、カーラのお腹からセリアのお腹に胎児が移動してから一月が過ぎた。魔法で胎児が移動することなど

めったにない事なだけに、病院にいるセリアの元にはいろいろな人達が訪れていた。

「ありがたいことだ・・・」

「ありがたや〜」

とセリアは皆に拝まれ、

「セリアさん、突然妊婦になったご感想をどうぞ」

と新聞の取材までやってきた。

「うれしいですか？」

「もーうるさいわねえ。食事の時間だから出て行ってよ」

セリアがそっけなく言うと、記者は何かをメモっていた。

「あ。ちょっと！何書いてるの？見せなさい！」

セリアはメモを記者からひったくった。

「『顔色もよくすこぶる健康そのもの。だが妊娠のせいかいらいらしているようだ』ってあなたがいらいらさせてるんでしょ！」

「あ！」

セリアが力を使い、メモ紙は消し炭になってしまった。

「やはり妊娠のストレスでカリカリしてますね」

「あなたのせいなの！」

「セリア、食事の時間よ」

部屋にカーラがやってきた。

「待ってました！じゃああなた帰ってね」

記者は追い出されて病室に食事が運ばれた。

「あーおいしそー」

セリアはベッドからテーブルがある方に移動して、食事がテーブルに並べられるや否や、食べ出した。

「あーおいしい！最高！」

その様子をカーラは立ったまま見詰めていた。

皿に並んでいた食べ物はみるみる内にセリアの口の中に入って行き、あっという間に空になった。

「おかわりお願いします」

「はあ・・・毎回こんなに食べていいのかしらねえ？」

「先生が好きなだけ食べていいって言ってたわよ？」

「好きだなけって限度があると思うけど・・・」

「おかわり〜」

「はいはい」

新たにシチューにパン、ローストされた鳥が運ばれてきてセリアは再び食べ出した。

「鳥もっと欲しいんだけど・・・」

「まだ食べるの？」

普段の倍は食べる娘に、カーラは恐ろしい者でも見るような目で見詰めていたのだった。


暦は９の月に入っていたが、蛇の国は暑い日が続いていた。こう暑いと夏バテしてしまう。蛇達もちょっと元気がないようだ。

ゆりはこの日やってきたミカエルにセリアのことを聞いていた。

「ここ最近暑いから食欲ないんじゃない？元気にしてる？」

するとミカエルはぷっと笑っていた。

「何よ」

「あれから食欲ない日がないですよ。ありまくって大変なんです」

「ええ？」

「王妃と同じタイプなんですね」

「そうなの？でもよかったじゃない。食べるってことは元気があるってことだもん」

ゆりはむしろ喜んだ。妊娠して食欲がなく元気もない女性は結構多い。食欲があるのはいいことだ。

「そうですかねえ？」

「不安がってない？」

「全然ですよ」

「そうなの。よかった」

「いや、あまりよくないですけど・・・病室に行くとあれが食べたいこれが食べたいとうるさいんですよ」

「いいじゃない。食べたい物食べさせてあげたら」

「いやあ・・・王妃もセリアを見たら驚きますよ」

「もしかして太ったとか？」

「いえ、太ってはいないですけど・・・」


カーラはもう退院しているが、セリアは今も念のために入院中だった。妊娠して不安になるところか、仕事もしなくていいのでのんびり病室で

食っちゃ寝生活を続けている。こんな生活を続けていいのだろうかと思うくらいだ。

「いやーみんな働いてるのに悪いなあ・・・・」

セリアはこの日やってきた友人達にも申し訳なさそうに言っていた。

「私もその内に身体に支障のない仕事くらいはしたいんだけどね」

そう言いながらも友人達に頼んでもってきてもらったチーズケーキをセリアはむしゃむしゃ食べていた。

「でも未だに信じられないわ。セリアに赤ちゃんがいるなんて！どんな感じ？」

「うーん、どんなって言われても・・・お腹がすく感じかな？」

「よく食べるわねえ・・・」

セリアの食べっぷりには友人達も驚いていた。丸のまま買ってきたチーズケーキを、セリアは１人で全部食べてしまった。

「あーおいしかった。やっぱりクルルのチーズケーキは最高においしいわねー」

セリアが幸せそうに水を飲んでいると病室にばっとエルバートがやってきた。

「あ、皆さんこんにちは」

エルバートは友人達に挨拶し、持っていた紙袋をセリアに渡した。

「セリアさんが食べたがっていたセシル亭のチョコレートケーキ買ってきましたよ」

「わあ！ありがとうございます！」

セリアは大喜びで中からケーキを取りだしてふたを開け、先ほどチーズケーキを食べたスプーンでケーキを食べ出した。

「セリア、さっきあれ全部食べたでしょ！」

「食べたいんだもん。ああおいしいです。エルバートさんどうもありがとう！」

「いやあ」

エルバートは照れた様子で頭をかいていた。友人達は呆れた様子で目を合わせていた。

「ここのチョコレートケーキって朝一で並ばないと売り切れるくらい有名なんですよね。もしかしてエルバート様並んだんですか？」

友人の１人が恐る恐る聞くと、エルバートはにっこり笑って「はい」と言った。

「開店一時間前から並んでしまいました」

「はー・・・・」

「エルバートさんありがとう・・・ありがとう・・・」

セリアは涙も流さんばかりだった。

「いいんですよ。これくらいしかできませんから」

エルバートもうれしそうだ。


―エルバート様を並ばせるとは・・・

―ミカエル様に並んでもらうよりはいいんじゃない？

―いいなあ。私食べたことない。ちょっと食べてみたいと言ってみてもいいと思う？


「セリア、ちょっとだけでいいから食べさせて」

友人が頼んでみると、セリアは笑顔で「もちろん！」と言ってナイフで本当にちょっとだけ切って３人に配った。

「エルバートさんも食べる？」

「いえ、私は見てるだけでお腹いっぱいです」

（そりゃそうよね）

薄いチョコレートケーキを食べながら友人達はうなずいていたのだった。

そして（妊娠するってすごいことなのね）と友人達は認識して帰って行ったのだった。


しかしそういう食生活が良いわけはなく、ついにはセリアは医者から差し入れを禁止されてしまったのだった。

「そ、そんな・・・先生ひどいです・・・」

セリアは涙目になっていた。

「セリアさん、いくらなんでも食べ過ぎですよ。病院でもデザート出てるじゃないですか」

「あれってちょっとだけじゃないですかあ」

「セリアさんに差し入れするのが私の楽しみなのに・・・」

エルバートも残念そうだった。

「このままじゃ逆に危険ですよ。だめだめ。食事のおかわりも禁止です」

「えー！！！そんな！」

「先生、セリアが悪いんじゃないんだ。悪いのは子供だ。だからセリアを責めないでくれ」

一緒に病室にいたキース将軍が言い出した。

「元はといえば私が悪いんだ。責めるなら私を責めてくれ！」

「いえ、そういうことではなくて・・・」

医者も将軍にそう言われて困っていた。

「セリアさん、この短期間でかなり体重増えてますよ。いくら妊娠しているからとはいえよくないですからね。野菜ならいくら食べてもいいですよ。

人参とかキャベツかじりなさい」

医者はそれだけ言うとさっさと出て行った。

「そんな・・・・私はウサギじゃないのに」

「かわいそうなセリアさん・・・」

「すまない。セリア」

エルバートとキースはセリアに同情していた。一緒に病室にいたカーラだけが（そりゃそうよね）と医師の意見を最もだと思っていた。

「ちょっと周りも甘すぎたかもね。セリアも大丈夫そうだし、そろそろ退院する？」

「退院するわ！」

「でも買い食いは禁止」

「えー！！！」

「エルバート君、セリアが甘い物勝手に食べないように見張ってちょうだい」

「私にはそんな非情なことはできません」

エルバートは首を横にぶるぶる振っていた。

「非情って・・・・」

「私にもそんな非情なことはできない・・・」

キースも言っていた。

まさかキースに見張れと言う気もカーラにはなかった。

「食欲があるのは妊娠のせいなのに」

セリアは悲しそうだ。

「きっと子供がキュリキュリのシュークリームやエミエルのパンを食べたがっているのに！」

それらも結構行列ができる有名店の品だった。

「そんなわけないでしょ」

「そうだな。そうだな。全部子供が悪いんだ。そして私が―」

キースがまたもや言いだしていた。

「キュリキュリのシュークリームとなんでしたっけ？」

エルバートが覚えようとしていたので、カーラは「買ってこなくていいから」と先回りして言っていた。セリアの要望をかなえずにはいられない

エルバートにも困ったものである。



城では子供達もゆりもとうとう夏バテ気味だった。どうにも食欲がない。

「お母さんは珍しいね」

ラギが言った。

「そうね。どんなに暑くてもいつも食欲はあるんだけどね。今年はどうもねえ・・・・」

ゆりは体調を崩してしまい、今はハインリヒが魔法で部屋の中を涼しくしてくれていた。

「あー極楽〜ありがとう」

ゆりはだらりと長椅子に寝そべって御礼を言った。せっかくなのでラギは横で本を読んで涼んでいる。

「どういたしまして」

ハインリヒは涼しい顔で言った。

こう暑いと誰かに引っ付く気にもなれない。別室は最近はご無沙汰だった。



10の月に入ると気温は下がり、子供達の食欲も元に戻ったのだが、ゆり１人食欲がないままだった。一方屋敷に戻ったセリアは食欲と

戦っているらしい。どちらも大変なようだ。


「どうもおかしいですねえ」

ゆりを診たフレイが首をかしげていた。

「身体がだるいのは夏バテじゃなかったのかしら？」

「それもあったかもしれないですが、かなり長引いてますからねえ」

「だるくて何をする気もおきないの・・・」

ゆりは毎日部屋で寝転んだりぼんやりする日々を送っていた。竪琴を奏でる元気もでてこない。

「うーむ・・・」


フレイはその後王の間のラクシュミに会いに行った。

「フレイ、ゆりはどうだった？」

「はい・・・まだ体調は悪いようですねえ」

「珍しいな」

ラクシュミも心配していた。

「もしかしたら・・・病気ではないのかもしれないですが」

「ん？」

「ここ数ヶ月、夜はどうですか？仲良くされました？」

「え？」

ラクシュミが目を見開いた。

「もしかして・・・・またできたのか？」

「心当たりはおありで？」

「う・・・うむ・・・」

ラクシュミはちょっと気まずそうだった。

「ではそうかもしれないですねえ」

「うーむ・・・・」


カーラのことが解決し、ラクシュミは楽になったお祝いにゆりと結構仲良くした。

（あれが原因か？気をつけたつもりだったのだが・・・・）

ラクシュミはぽりぽりと頬をかいていた。

「まあいいか。ラギも元気でやってるし」

明らかに赤い月以外で子供を作ってしまったことになるが、ラギの時ほど後悔もしていないようだ。

「非難はしておりませんよ。どんな御子様も、この国にとっては重要な方になると思いますからね。まあ、まだそうとは言えませんが、もうちょっと

様子を見ましょう」

「ああ」

そんなことを言っていると、数日後ゆりにつわりらしき兆候がでてきた。ゆりもそれでもしや、と思ったのだった。

「子供ができちゃったのかも！」

「ええ？本当ですか？」

侍女らもびっくりである。

ラギはまだ気づかなかったようだが、ゆりがハザークの元に行ってみると、「そう言われればそうかもなあ」と言われた。

「やっぱり妊娠したんですね」

「来年まで待てばいいのになあ。待てなかったんだな」

ハザークがのんきに言った。

ゆりはラクシュミと子供達に妊娠の報告をした。番兵達が「おめでとうございます」と祝福してくれた。赤い月でできた子供ではないが、

子供達も喜んだ。ラクシュミも微笑んで「そうか、よかった」と言ったのだった。

「本当にそう思う？」

ゆりが驚いて聞くと、ラクシュミはうなずいた。

「どの子供も大切な子供だ」

「王様・・・・」

ゆりはラクシュミの言葉がうれしくて、その日はお祝いパーティーを開いたのだった。



「王〜なんで来年の赤い月まで待てなかったんですか〜」

その次の日、ミカエルが非難がましくラクシュミに告げていた。

「儀式が起きないじゃないですかあ」

「そんなこと言われたって、できちゃったものはしょうがないだろう」

「もー・・・・」

「おめでとうございます」

フリットや他の男達はは普通にお祝いを述べていた。

「王、来年まで待てなかったんですね」

フリットの言葉にラクシュミは沈黙した。皆に同じ事を言われていたからだった。



（それにしても赤い月以外でまた子供ができてしまうとはねえ・・・・）

てっきりラクシュミが気をつけているだろうと思っていたので、蛇の目のゆりは今回の妊娠にはかなり驚いていた。

「それだけ盛り上がってたってことかな？まあいいかあ」

力がなくてもいいや、とこっちのゆりも思っていた。

「母様は今度はどっちだと思う？」

「私は男だと思うけど」

「僕も！」

子供達はすでに子供の性別を気にしているようだ。

「どっちだろうねえ」

「今度はどんな子供が出来るんだろうね」

ラギが言った。

「素敵な子供には間違いないわよ」

ゆりが笑って言い、子供達も「そうだね」と同意した。その時ゆりは身体の中がぞわぞわしてくるのを感じた。

「あ、あれ？なんか気が欲しいかも・・・」

「ぼ、僕あげるよ！」

「私もあげる！」

シスとアナスターシャがゆりに引っ付いた。

「ラギの時は気が欲しくはならなかったけどねえ？」

「もしかしたら力がある子が生まれるのかもしれないよ」

ラギが期待しつつ言った。

「そうなのかな？」


力がある子供が生まれるかもしれない？

でもすぐに気が欲しくはならなかったしなあ・・・どうなるんだろう？


こればかりは生まれてみなければわからない。

こうして再びゆりは赤い月以外で妊娠してしまったのだった。今度はどんな子供ができるのか？ゆりも子供達も、しばらくわくわくの日々が

続きそうである。


つづき

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