第8部　　　第１話

生まれ育った世界を離れて一体どれほどの月日が流れたのだろうか。

新たな生を受けて３３年が経過した。元の世界で３０年といえばかなり世界の有様も変わっているはずだ。

電気機器は格段に進化しているだろうし、もしかしたらロボットが街を歩いているなんてこともあるかもしれない。

ゆりはそんなことを思いながら、だだっぴろい公園を歩いていた。

すぐに元の世界だとわかった。公園ですれ違う親子、人々の耳はみな丸く、公園の草も綺麗に刈られている。

レジャーシートを敷いてお弁当を食べている親子連れもいる。人はさほど多くはないので平日なのかもしれない。

平日の昼下がり、天気もよく、行楽にはいい日和のようだ。その光景は、自分がいた時とさほど変わらない。場所が公園だからかもしれない。

街中だったなら、違いもあるのかもしれない。

どうやら夢を見ているようだ。向こうの世界に行ってからも時々元の世界の夢を見た。今日のこれも、そうなのだろう。


ゆりは眠った時のままの襟元にピンクのひらひらがついた白いネグリジェを着ていたが、周りの人たちは誰も自分を

気にしていないようだ。もしかしたら見えていないのかもしれない。裸足だったが場所が草の上なのでそう気にはならなかった。


横にいた誰かが空を指した。ゆりが見上げると、遠くの空に飛行機が飛んでいくのが見えた。向こうの世界では空を飛行機が飛ぶ

ことはない。代わりに人が飛んでいることはあるが。

「あれは飛行機って言うのよ。人がいっぱい乗ってるのよ。でっかい鉄の塊だけど、なんで飛んでるか不思議だねえ」

ゆりの説明では納得できないのか、その誰かは何度も空を指した。

「向こうの魔法じゃなくてねえ、こっちでは機械で飛んでるのよ。機械っていってもわからないかなあ。機械っていうのは・・・・（うーん、

なんと説明すればいいのやら・・・）自分の思い通りに動くように人間が作った物・・・かな。向こうにある時計も機械だけど、とてつもなく

すごい機械があれね」

ゆりが困った顔で説明していると、今度はその誰かは近くの空を指していた。

おじさんが凧をあげている。翼を広げた鷲のような凧だ。

「ああ、あれは凧って言ってねえ。風で飛んでるのよー」

今度は遠くの空をヘリコプターが飛んでいった。ブルブルと低い機械音が響いてきた。

「あれはヘリコプター。飛行機の仲間なの。あれも機械ね。遠くで見ると小さいけど、近くで見たらすごく大きいのよ」

横にいた誰かは「ふーん」とでも言うかのようだった。

「こっちの人たちは魔法が使えないから、機械で空を飛んだりして移動するのよ。あ、タンポポ」

ゆりは草むらの中にタンポポをみつけてしゃがんだ。黄色いタンポポの横に白い綿毛のタンポポがある。

ゆりは綿毛のタンポポを指でちぎった。

「ふーってしてごらん。種が飛んでいくよ」

ゆりが横にいた誰かにタンポポを見せた。

その誰かはきっとふーっとしたのだろう。綿毛は飛んでいった。



ゆりが目覚めるとそこはいつもの王の寝室だった。横にはラクシュミが寝ていたし、いつの間にか真ん中にミシェイラもいた。


また面白い夢見たわ。向こうの夢・・・・あんまり思い出せないけど・・・


公園らしきところを歩いた、くらいの記憶しかゆりにはなかった。


こっちにきて３０年過ぎたんだもんなあ・・・あっちの世界よりもこっちでの世界の暮らしの方が長いのかあ・・・

なんだか不思議だなあ・・・


この不思議な世界で長い月日が経ったものだ。

いろいろな出会いがあり、別れがあり、子供もいっぱいできた。そして再び妊娠している。

今回の妊娠生活は今のところ穏やかに過ぎている。

ラギを妊娠した時のようにどか食いも今のところないが、儀式もまだ起きない。

赤ん坊が欲してなくても気は皆からもらっている。ハザークにもどんな赤ん坊が生まれるかはまだわからないようだ。

これだけ子供を生んでいると周りの反応も穏やかなものだ。一番反応したのは虎の国にいるアヤコかもしれない。

「すごい！いまだにラブラブね〜♪」

とちゃかされた。アヤコとガット夫婦の方がラブラブのような気がするが、アヤコは夜の方は面倒臭く思っているようだ。


横にいたミシェイラがもぞもぞ動いていた。顔をむっくりとあげると金色の髪が横にぴょんぴょんはねていた。

「おはよう。ミシェイラ」

「おはよ」

ミシェイラは目をこすって挨拶し、ラクシュミに抱きついていた。


しばらくして身支度をすませて食堂に行くと、ミシェイラ以外の子供たちは皆そろって朝食を食べていた。ラクシュミの仕事が始まるまで、

最近はミシェイラはラクシュミにべったりだ。朝食も一緒に食べることもある。

ミシェイラの中では遊んでくれない（ラクシュミ）父親の方が遊んでくれる（ハザーク）パパよりも上らしい。

ハザークと一緒に昼寝をすることはあるが、夜は一緒に寝ないし、しょっちゅうラクシュミにひっついて寝ている。

ミシェイラも最近では言葉も増えてきて、遊び方も変わってきた。ナナミがおままごとのようなことをして遊んであげるととても喜んでいる。

ハザークの部屋で遊んでいる時はせがまれてハザークも参加しているようだ。

それを聞いたラクシュミは「一度のぞいてみたい」と言っていたが、ミカエルらは「逆に怖くて眠れなくなれそうですね」などと言っていた。



食堂では子供たちがそれぞれゆりに挨拶をし、ゆりも挨拶を返した。

「何の話をしてたの？」

ゆりが聞くと、「今日一族の女性達が妊娠したかどうかの結果が出るからその話だよ」とシスが教えてくれた。

「今日かあ。ヴィラはどうだったんだろうなあ・・・」

ゆりはつぶやきつつ椅子に座った。今日は６の月20日。ラクシュミも妊娠状況の報告を受けて喜ぶかがっかりするかすることだろう。

「ヴィラもジュノーもできてればいいねえ。他の人の子供もいっぱい」

とラギ。

「そうだね。いっぱい妊娠していればいいね」

それは毎年変わらない願いでもある。

「ねーかーさま、私ドルイド君見たい」

ナナミが突然言い出した。

「ドルイド君？」

「僕たち昨日ドルイド見てきたからナナミも会いたいんだってさ」

シスが言った。

「私もみたーい！後でいっちゃおいっちゃお」

「うん、いっちゃおいっちゃお！」

ゆりがうきうきして言うとナナミもまねしていた。

「私連れて行ってあげる」

アナスターシャが笑顔で言うと、シスが「今日は結界の訓練だからだめだよ」とすかさず言い、アナスターシャは口を尖らせていた。

「ああさぼりたい」

アナスターシャがつぶやいた。

「そういう言葉は心の中で言わないと」

ゆりが笑って言うと、「さぼりたいー！」とアナスターシャは叫んでいた。アナスターシャは相変わらずである。


ゆりの後ろを通った侍女が、「御髪に何かついています」と言って、ゆりの髪から何かをつまんで取った。

「ありがとう」

ゆりはお礼を言ったがその何かは見なかった。侍女はゴミか何かを指でつまんで取り、もって行った。

それは小さな黒い細長い種のようなものに、白いふわふわしたものがついたものだった。

侍女は何かの種のようだ、とは思ったが、この国にも似たような種はあるのでたいして気にしなかったのだった。



ゆりはナナミとハインリヒの子供ドルイドに会いに行きたいと思っていたが、ハインリヒに話すとドルイドを部屋に連れてきてくれた。

ドルイドが生まれて一月以上経ち、母親のカレンは自分の屋敷に戻っている。育児については万全のサポートがあるに違いない。

ゆりの部屋に来た時ドルイドはすやすや眠っていた。

「ドルイド君かわいい！」

「かわいいよねー」

青い髪の小さな赤ん坊は両手を握り締めていた。ハインリヒの話ではミルクもよく飲むようだ。

生まれた時よりも明らかに大きくなっている。

「赤ん坊ってのはいつ抱っこしてもいいねえ」

「小さいねえ。小さいお手手だねえ」

ナナミはお人形でも観察するようにドルイドを眺めていた。

「ねえ、かー様は誰が一番良い男だと思う？」

ナナミが言い出した。

「え？」

「誰が一番私の嫁にふさわしいかな？」

「ヨメ？」

「あれ？違ったっけ？」

「もしかして婿のこと？」

「そう、婿！」

「さあねえ、先は長いんだからゆっくりと選べばいいんじゃない？」

「早めにとっとかないとアーねーにいい人取られるでしょ？」

「え？さあねえ。まあ良い男はいっぱいいるから大丈夫じゃない？」

「そうかなあ。ドルイド君も候補に入れてるんだ」

「そうなの。他にも候補いるの？」

「いるよ。ダッシュにアイラッシュに、オルバにねーシャナーンもいるし、フランツにミズーリに・・・」

途中シャナーンの名前も出てきたがゆりは聞かなかったことにした。

「あれ？ラリーとミルドは入ってないの？」

１０人くらい名前が呼ばれたがミカエルの子供は出てこなかった。

「うん。好きじゃない」

「え？どうして？前はいいって言ってたじゃない」

「髪が黒い男は好きじゃない」

「えー？なんで？」

「ロイが嫌いだから！」

「おやまあ・・・」

どうやら髪が黒いだけで二人は除外されてしまったようだ。

「でも自分の髪も黒いんだから髪の色で毛嫌いしなくてもいいじゃない。黒髪でもいい男なんだからもったいないわよ」

「うーん、考えとく」

ナナミはちょっと上を向いて告げると「ドルイド君またね」と言って部屋を出て行った。

「ませてるわねーアナスターシャは全然そんなこと言わないのに・・・」

ナナミは今年１２歳になる。アナスターシャは２７歳だが、二人の話の内容はたいして変わりはない。もちろんアナスターシャの方が

いろいろなことを良く知っているし、語彙も多いのだが、年が離れた姉妹という感じはなく、年が近い姉妹に見える。

アナスターシャは男の子にはあまり関心がないが、ナナミは結構あるようだ。ませたことをよく言っている。


腕の中のドルイドを見るとすやすや眠ったままだった。

「寝る子は育つ、か。大きくおなり。大きくね・・・・」

３０分ほどするとハインリヒが迎えに来た。

ゆりはドルイドをハインリヒに渡した。

「かわいいね」

「かわいいですね。一緒にお酒を飲めるようになる日が待ち遠しいですよ。所で下にまたタロウ様がいらしてますよ」

ハインリヒが思いもがけないことを告げた。

「え？タロウ君？」

「王妃に贈り物とか言ってましたよ」

「え？本当？」


贈り物ってなんだろう？


なんだか楽しい予感を感じつつも、部屋を出て行ったゆりだった。



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