第２話

この日タロウが蛇の国にやってきたのも、いつものようにいきなりのことだった。

魔法の鏡で「今からタロウが行くからよろしく」とガットが突然言ってきたのだ。

相手をしたラクシュミはあきれたが、拒絶する気もなかった。ラクシュミはシスに魔法を使わせて、

タロウがやってこれたというわけだった。タロウが来るのはシスも大歓迎だった。


シスに呼ばれてラギがあわてて王の間の前あたりにやってきた。そこにはシスがすっぽり隠れそうな

ほど体格の良すぎる金髪の少年が立っていた。その姿を見てラギの顔がほころんだ。

「タロウさん！」

「おーラギ！元気だったかーははは」

タロウは駆け寄ってきたラギをひょいと抱き上げていた。まるで親戚のおじさんがするような仕草である。

タロウの背丈はイシュタールとそうは変わらない。体格もそうだ。だが、まだ子供である。アヤコに怒られて泣くこと

だってあるらしい。想像するだけで不思議な光景である。タロウはいつものように王族らしくもないラフな白い半袖の

シャツに皮のベスト、青いズボン姿だった。

「うーん、ラギはあいかわらず小さくて軽いなあ」

タロウは赤ん坊をあやすようにラギを高くあげていた。片手でも持てそうだ。

「ルルの方が重いんじゃないかな？」

「僕もちょっとは育ってるよ」

ラギはタロウと同じ目の高さで言っていた。タロウの金髪は短くなっていた。前回は肩にかかるほどのびていたが、

今回は後ろも横もかなり短くなっている。

「髪切ったんだね」

「うん。お母さんがむさくるしいから切れって言ってさ、いやだったけど切られてしまった」

「かっこいいよ」

「そうだよ。男らしくてかっこいいよ！」

ラギに続いてシスもほめると、タロウは「そうかい？」とまんざらでもない顔つきになった。

「だけどこういう髪の男ってあんまりいないんだよなあ」

「よく似合ってるよ。あのーそろそろおろしてほしいなあ・・・・」

どうにも落ち着かないのかラギが告げ、タロウはラギをおろした。シスは後ろで苦笑している。

「それであのう・・・今日はどうして・・・・」

ラギがようやくタロウがいきなり来たわけを聞こうとした時、瞬間移動でロイが飛んできてタロウの背中に

へばりついた。

「わーい！タロウさん！遊ぼう！」

「おっいいぞ！遊ぶかあ！」

タロウがすぐにいい反応を返した。

「やった！早く行こうよ」

「ほいほい」

タロウはロイを肩車し、「じゃあなー」と二人に挨拶して行ってしまった。

「あっ！タロウさん！」

「きゃっほー！」

二人の姿はあっという間に見えなくなり、ラギはあげていた手をぱたりと下ろした。そして横のシスを見た。

「また僕が狙われている、とかじゃないよね？」

前回タロウが蛇の国にやってきたのはそういう理由だった。さきほどタロウがやってきた、とシスに思念で

聞いた時にはさすがにどきりとしたものだ。

「違うみたいだよ。お母さんに贈り物だってさ」

シスは青い布袋をラギに見せた。タロウが来てすぐ渡されたものだ。

中に何か入っているようだ。硬い手触りだが、りんごのような大きなものではない。くるみほどのものがいくつか

入っているようだ。

「なんだろうね？」

「勝手に開けてもいいのかなあ？」

「所で今日はタロウさん一人できたの？」

「ううん、侍女も一緒だよ。お母さんに挨拶するってもう行ったよ」

「そう」

「何をしているんですか？」

声がかかり二人が顔を向けた。ここでハインリヒに出くわしたというわけだった。



ハインリヒにタロウの話を聞いて部屋を出たゆりは、挨拶に来たタロウの侍女に出会っていた。

前回の時と同じ猫の一族の女性である。

侍女によれば、今回はアヤコからの贈り物を持ってきただけだったようだ。ついでに数日遊びたいとか。

ゆりがタロウに会いに行こうとすると、シスとラギが上にあがってきた。

「タロウ君は？」

「遊びにいっちゃったよ」

「そうなの。私に贈り物って何かしら？」

「これ」

シスが青い布袋をゆりに渡した。

「もしかしてアレかな？」

ゆりが袋を開けてみると、そこには紫色の小さいりんごのようなものが20個ほど入っていた。

「やったあ。変身の実だわ！しかもこんなにたくさん！」

「ほんとだ。なんだか久しぶりだね」

シスもラギも袋の中をのぞいた。

「そうね。この前変わったのはいつだっけ・・・忘れちゃった」

「４．５年前じゃない？」

ラギが言った。

「そんなに前だったかな？わーい、変身しちゃおうっと！」

ゆりは喜んで変身の実を持って行った。ゆりにとっては何よりの贈り物である。今のところこの実は蛇の国には

存在しないのだ。



夕食時、ゆりは食堂で初めて子供達に姿を披露した。いつものごとく、ゆりの耳は大きく上がとがっている。

そしてこころなしか目じりもあがっていた。

「マーミミ、ミミ！」

ミシェイラが驚いてゆりの耳を指していた。

「ミミ、ミミ」

「ふふふ、大きくなったでしょーかわいい？」

「ミミ、ミミ！」

「のばしたの？」

ナナミが聞いた。

「違うわよ。変身の実で変身したの」

「そうなの？」

「ミミ、ミミ」

ミシェイラはしつこく連呼していた。よっぽど驚いたようだ。

「今はなんでもよく聞こえるわ。そしてあなた達の気もちょっとは見える」

今のゆりは子供達がまとっている気も見ることができた。金色の綺麗な気である。

「ミミ、ミミ！」

「耳かわいい？」

「うんにゃ。ヘン！」

「変？」

末の娘の発言にゆりはちょっとショックを受けていた。

「ミシェイラ、かわいいって言ってあげなくちゃ」

ナナミがミシェイラに言っていた。

「うんにゃ」

ミシェイラは天使のようなかわいい顔で再び「ヘン」と言った。

「ミシェイラ、うそでもかわいいって言ってあげなくちゃ。かー様かわいいよ」

ナナミはにっこり笑って言った。

「ありがとう・・・・」

ミシェイラは「うんにゃ」とまた言っていたので、どこでそんな言葉覚えたのだろうとゆりは不思議に思った。


そこに他の子供達もやってきた。アナスターシャをはじめ、シスやラギ、ロイもゆりの耳をしげしげと見て

「何度見てもすごいねー」と言っていた。

「タロウ君ありがとうね。あら、髪切ったの。男らしくていいじゃない」

ゆりはタロウのすっきりした頭を見て微笑んでいた。

「はい。えーと、お母さんが、変身して妊娠疲れをぶっ飛ばせって言ってました」

タロウが言葉を思い出しつつ言った。

「ぶっ飛ばせ？」

「あれ？ぶっ壊せだっけ？」

「吹き飛ばせじゃない？」

ラギが言うと、「そうだったかも？」とタロウは頭をかいていた。

大量の料理が運ばれてきて子供達は席に座った。

「ロイもまた変身したい？」

ゆりがにんまり笑って聞くと、ロイは「したくない」とすぐに答えていた。

変身の実は子供達が食べると、こちらの力をなくすという不思議な効果があるのだった。

「今回は実が結構採れたので、すぐにあげようと思って持ってきたんですよ」

「そうなの。うれしいわ。アヤコさんも変身したの？」

「凶暴になってるんでしばらく逃げたいなあと」

「凶暴？アヤコさんが？」

ゆりは目をぱちくりさせていた。

「昨日は無理やり捕まえられて髪切られちゃったし、今頃はお父さんをぶっとばしてるでしょう」

タロウは淡々と言いながら食事を食べていた。分厚い肉のステーキである。それが次々と口の中にほうり

こまれている。子供達はタロウの毎度の食欲にもまた驚いていたが、先ほどのセリフに首をかしげていた。

「タロウさんとアヤコさんて仲悪いの？」

アナスターシャが聞いた。

「そんなことないと思うけどね」

「でもぶっ飛ばすんでしょ？」

「蹴り飛ばしもするよ」

タロウが言った。

「それが虎の国では愛情表現なのよ」

ゆりがフォローしたが、子供達は理解できていないようだ。

「あ、そうだ。今回身体に蛇はいたの？」

シスは話題を変えた。ゆりは変身すると身体に蛇が現れることがある。

「それがね、今回は残念なことにいなかったの」

「そうなの」

「でも後で・・・アレを確かめたいなあ・・・・・」

ゆりはぼそっと言っていた。

蛇は現れなかったが、もしかしたら蛇紋は面白いものが出るのかもしれない。夜のことを考えてゆりは一人

にまにましていた。今ゆりは妊娠中だが、まだ興奮しても蛇紋は出ていなかった。今なら出るかもしれない。そう

ゆりは期待していたのだ。

ロイがタロウと遊びに行ったことを話し出した。

「やっぱりタロウさんと遊ぶのは楽しいなあ」とロイは満足げだった。

「ロイはともかくラギは全然たくましくなってないな」

タロウがラギを見て指摘した。

「え・・・そ、そうかな？」

「全然身体動かしてないんだろーだめだぞー」

「うう・・・」

実は半分図星だった。一時は体力づくりに燃えていたラギだったが、数日でその熱意もさーと冷めていた。

勉強ならば続くのだが、そちらはどうも続かないようだ。

「よし、明日の朝は運動だ」

「えー！！！勘弁してー！」

ラギは泣きそうになり、子供達は笑っていた。


子供達の話題は今年の女性達の妊娠に移った。今日、たいていの一族の女性達の結果が出たらしい。

今回はいつもよりもちょっと悪い、程度だったようだ。ちなみにゆりの恋人の中では、ジュノーの彼女がめでたく

妊娠できた。ゆりは先ほどジュノーと喜んだところだが、今回がんばったヴィラはできなかったのでかなり

落ち込んでいるようだ。

ゆりもヴィラのことが気がかりだった。変身ついでに元気づけてあげようかと思っているほどだ。



食後部屋に戻ってまったりお茶を飲んでいると、ハザークとミシェイラが部屋にぱっと現れてゆりは驚いた。

「ねー。ママミミヘン！」

ハザークに教えるかのように、ミシェイラはゆりの耳を指していた。

「王妃・・・また変身したのか・・・」

ハザークが驚いたように言った。

「はい、変身の実をもらったんですよ」

ゆりは立ち上がってみせた。

「そうか。ミシェイラがしきりにママヘンというものだから、どう変になったのだろうと思ったぞ」

「変になってないですよ。ミシェイラには変に見えてるみたいですけどね。せっかくみんなと同じになったのに」

ハザークはゆりの身体をじろじろ眺めていた。

「残念ながら蛇はいませんよ」

「そうか・・・ミシェイラ、王妃の顔は変じゃないぞ」

ハザークはミシェイラを見つめて言った。

「いえ、顔じゃなくて耳ですから」

ゆりは強調した。

「所でいつまで変身してるんだ？」

「しばらくはこのままいけますよ」

「そうか。じゃあ楽しみだな」

そう言ってハザークは消えた。

残されたミシェイラはじーとゆりを見上げている。

「ミシェイラもお風呂入ってねんねね」

「トーとねんね」

「今夜はお兄ちゃんかお姉ちゃんと寝たら？」

ゆりが笑顔を作って言った。

「うんにゃ、トー」

「他の誰かにしたらどうかな〜？」

「トー」

「ミシェイラちゃん、お願い」

「トー」

「・・・・パパじゃだめなの？」

「トー」


こうなったら早めに寝かせよう・・・・


ゆりはそう決心して、お風呂に入った後、王の寝室でミシェイラを寝かせようと奮闘した。

子守唄を歌ったり、お話をしてあげたりしたが、ミシェイラは目をパッチリと開けてゆりを凝視しているのだった。

「ミシェイラ、いつもは寝るじゃないの。どうしたの？」

「や」

「何がやなの？」

「ヘン」

「みんなと同じになっただけよ？」

「や」

「困った子ねー」

ミシェイラは眠る気配もなく、歌も歌いだす始末だった。

「にゃーにゃーにゃにゃにゃにゃにゃー♪」

ゆりはどうやって眠らせようかといろいろ試したが、ミシェイラに眠気が訪れることはなかった。

「ねーベツマー」

そういうとゆりの左目は変わっていた。

「ベツマー」とは「ベツのマー」ということなのだ。「もう一人の」とはまだ言えない。

「なあに？ミシェイラちゃん、眠くないの？」

「うん」

「どうして？」

「ほにゃらにゃらんぐにゃぐにゃ」

ミシェイラは意味不明な言葉をいろいろ話していた。まだまだ完全に意思の疎通はできないようだ。

「思っていることを思念で伝えてごらん」

ゆりはミシェイラの手を握った。

すると、「マーミミヘン」と思念が聞こえてきた。

ミシェイラはどうもゆりの耳が気になるらしい。

「ミシェイラはいつもの丸っこい耳が好きだったのね」

ゆりが言うと、ミシェイラは「うん」とうなずいていた。


私も蛇紋は気になるところだけど・・・他に移動させて泣かれるのもやだしなあ・・・・


「眠れ〜眠れ〜」

ゆりは指をぐるぐる回しながら言ってみた。

「眠れ〜」

「にゃはは」

「やっぱりだめか」

二人であれこれ過ごす内にゆりもすっかり眠くなってしまい、夜中にラクシュミが寝室に来た時には

二人ともぐっすり眠っていたのだった。

ラクシュミも眠っているゆりを起こすことはせず、そのまま眠ったのだった。

こうしてせっかく変身したものの初日は何もなく終わったのだった。



虎の国でもアヤコは変身の実で虎の一族の女性に変身していた。城の一室では男と女の裸のバトルならぬ、

本当のバトルが繰り広げられていた。アヤコは黄色のノースリーブのひざまでの寝巻き姿、ガットは上半身裸、

下も虎縞のパンツだけである。いまやアヤコの身体能力は虎の一族の女性並である。

瞬発力もすごく、飛び蹴りなどもお手の物だった。普段のアヤコなら、ガットを蹴っただけで足を折りかねない。

ガットはなんとかアヤコを抱こうと迫っていたが、アヤコの方はそんなガットを殴りまくり蹴りまくっていた。部屋の中

ではどたばたと誰かが暴れているかのようなでかい音がしていたが、いつものことなので様子を見に来る者は

いなかった。

「ああ、アヤコほれぼれする！なんて素敵な蹴りだあ！」

「ありがと！」

アヤコは迫ってきたガットを跳び箱のように飛んでかわした。

「アヤコちゃーん！」

くるりと向きを変えたガットの頬にアヤコの拳が入った。ジャンプしながらのパンチである。

何度も変身したおかげでアヤコの技もレベルアップしていた。

ガットの頬にはくっきりと拳の痕がついていたが、怒るどころかガットは喜んでいた。

その証拠に口は笑いの形になっているし瞳も輝いている。

「アヤコちゃん好きー！」

「あたたたた！」

今度はアヤコはガットの分厚い胸を裸足で蹴りまくっていた。ガットはどっしりと受け止めている。

「かわいい〜！」

「あたたたた！あたー！」

「かわいすぎる！」

「てい！」

アヤコはすばやく後ろに回りガットの首筋を後ろからチョップしてみたが、それでもガットはびくともしなかった。

アヤコの息があがってきた。

「さあ、おいで、アヤコ、そろそろ寝ようじゃないか」

ガットはもはや飢えた虎のようになっている。虎縞が顔に現れているのも興奮ゆえだろう。

「それじゃおやすみなさーい！」

アヤコはびゅーと部屋の外に逃げて行き、

「今度は追いかけっこかー？待てー！」

ガットは追いかけた。虎の国ではアヤコが変身するとこういう夜が続くのであった。いや、変身するごとに

アヤコが鍛えているせいか、すさまじくなっている。

それでも変身するのはアヤコがガットを殴りたいせいか、それともこういうやりとりを楽しいと思っているせいなのか、

それは第三者にはわからない。


国が変われば愛の形も変わるようである。


つづく

もどる