第３話

この夜はどうも酔っ払っていたらしい。

手にお酒の杯を握り締めて、木の丸いテーブルに両腕を投げ出している有様からいっても、やはり酔っている。

一体どれほど飲んだのだろうか。酔うことからして珍しい。

酔って愚痴を言うのもこの男にとってはかなり珍しいことだったのだが、今夜ばかりはどうも違うようだ。

「なんというか・・・・みんなの視線が痛いんですよ。周りが思っているほど自分では気にしていないんですが・・・ジュノーの彼女が妊娠したのが

ショックだったのは確かですけどね。おかげで息子にはさらに睨まれる始末で・・・まったく・・・・」

愚痴愚痴言っていると、目の前にいた男が「わかりますよ」と返してくれた。

「わかってくれますか。この気持ち」

「わかりますよ。私も弟に先に子供ができましたからね。私も早く、と周りから声にならない声が聞こえてくるんですよ」

「無言の圧力ってやつですか」

「そうです。それですよ。」

酔っていたのは青みがかった銀髪の男、ヴィラだった。酔いのせいか目が座っている。襟が立った緑系統の上着にズボン姿である。

上着も胸の辺りから上は留め具が留められていない。家でいつも着ている服装である。

一体いつから飲んでいるのか、ヴィラはよくわからなかった。いつこの場所に来たのかもわからない。

確か今夜は一人で飲んでいたはずだ。

だがここは自分の屋敷ではないようだ。テーブルの上には見慣れないお酒の瓶が置いてあった。

「ジュノ・ヴィタール？・・・おや？幻のお酒と言われたお酒じゃないですか」

ヴィラはお酒のラベルを見て手に取っていた。そしてしげしげと眺めている。

「この時代ではありふれたお酒ですがね」と目の前にいた男が返した。

「この時代？」

ヴィラは何度か瞬いてようやく目の前の男の顔を見て「わっ！」と驚いていた。

「あれ？ディラン殿じゃないですか。いつの間に！」

「え？今更ですか？」

ディランはそっちに驚いていた。

「出会ってからだいぶ経ってますが・・・・」

ヴィラは目をこすってもう一度男を見た。やはりディランである。緑色の長い髪、上品そうな優しげな顔つきもそのままだ。

ディランは銀色の布地に緑のでかい蛇の模様がある服を着ていた。首周りには緑色の宝石がついている。目がちかちかしそうだ。

（派手だな・・・・）と思っていたらその蛇がなんだか動いてみえる。

「かなり酔っ払っているようです。服の蛇が動いて見えるなんて・・・」

ヴィラが片手で頭を抑えて言うと、ディランはあっさり「動いてますよ」と言ったのだった。

「え？」

「今回はこの蛇が私の蛇みたいですよ。動いてます。面白いですね」

「え？本当ですか？では私の蛇はどこだろう？」

ヴィラはきょろきょろ自分の周りを見た。ここはどうやら現実の世界でも過去の世界でもないようだ。その証拠に酒飲の間も半分ほどしか

なく、残りは真っ白な空間が広がっていた。

ならばここは夢なのだろうか。いつから夢を見ているのかさっぱりわからない。

「ヴィラ殿の蛇も上着にいましたよ。今は背中にいるのかもしれません」

「え？」

ヴィラは自分の背中を見ようとしたが、よく見れなかった。毎回蛇たちには驚かされる。

「それにしてもいつの間にここに来たんでしょうか？」

「それは私もよくわからないです。気づいたら二人でお酒を飲んでましたからね」

「私・・・・何かヘンなこと言いませんでした？」

ヴィラはちょっと強張った顔で聞いた。

「親友の彼女の妊娠を素直に大喜びできない自分が腹立たしい、とか嘆いてましたよ」

「わー恥ずかしい！」

ヴィラはまさしく穴があったら入りたい心境に陥った。

「そんなことまで言ってしまったとは・・・どうか忘れてください」

「いいじゃないですか。言ってしまえばすっきりするかもしれません。それにジュノー殿に告げ口しようにもできませんしね」

ディランは茶目っ気交じりに言っていた。前回会った時に比べると、だいぶ立ち直っているようだ。

そう気づいてヴィラははっとした。

「そうだ。自分のことよりもハインリヒ殿のことを言わねば。男の子が無事生まれましたよ。男の子の右目が蛇の目だったので、ドルイド

と名づけたんです」

「え？ドルイドという名前にしたんですか？」

さすがにディランも驚いたようだった。

「はい」

「そうですか・・・・」

ディランの目にちょっと涙がにじんでいた。

「ドルイドが亡くなってもう一年が過ぎたなんて・・・自分でも信じられないですよ。ハインリヒが自分の子供の名前をドルイドにしたとは・・・

本人が知ったらなんて言うでしょうねえ・・・・」


子供に私の名前をつけるな、と怒るのかそれとも・・・・


ディランはその場面を想像してちょっと笑っていた。


「ディラン殿が元気そうでよかった」

「元気ですよ。いつまでも落ち込んではいられないですからね。生きている者にはいろいろやらねばならないことがありますから」

「そうですね」

傍らにあったお酒の棚が薄れてきた。どうやら時が来たようだ、と二人は感じた。

二人はあわてて手を握り締めた。

「また会いましょう。ヴィラ殿」

「はい、また会いましょうディラン殿！」

しっかりとお互いの手を握り締めて、夢の出会いは終わった。


ヴィラは気づくと自宅の酒飲の間のテーブルに伏していた。テーブルにはお酒の瓶が10本ほどと杯が置いてある。

お酒は夢で見た幻のお酒ではもちろんなかった。幻のお酒の味は、どうにも思い出せない。

どうやら飲んでいる内にうたた寝をしてしまい、あの場へと行ってしまったようだ。

そして愚痴ってしまったらしい。

「恥ずかしい。恥ずかしすぎる・・・」

ヴィラは今頃赤面していた。


誰かに愚痴りたいほどショックだったのだろうか？何もディラン殿に愚痴らなくてもいいのに・・・・

相手がディラン殿だったらもっと報告すべきことはあったはずだ。それなのに・・・・



「そんなに飲んでないのに・・・悪酔いしたかな？まったく・・・」

後悔してため息をついたヴィラだったが、今更もうどうにもならなかった。


近いうちにまた会えればいいが・・・


ヴィラはディランと握手した右手を見つめていた。握手をした感触は今も残っている。あれはただの夢ではない。

自分の夢にディランも確かにいたのだ。


「不思議な・・・・」

何千年も昔を生きている男と、心のどこかでつながっている。それがまったくもって不思議だった。

「そう思うだろう？」

右腕の袖をめくり緑の蛇に語ってみたが、もちろん返答はなかった。

「それにしてもあんな愚痴を言うとは・・・」

ヴィラは再びそのことを後悔し、頭をかいたのだった。


次の日、ヴィラはゆりと会う約束があった。気をあげる日になっていたのだが、今ゆりは一族の女に変身している。

気をあげるのは無理ではないだろうか？会ってその話をすると、ゆりは「それもそうね。今は気もらえないかも？」と初めてそのことに

気づいていた。


ヴィラはゆりを上から下まで見つめ、「なんだか久しぶりに懐かしい人に出会った気分ですね」と言った。

「懐かしい？」

「王妃とは別の方のような気がしましてね」

「そう。所であのー・・・今回は残念だったね」

ゆりは遠慮がちに告げた。

「その代わりジュノーががんばってくれましたからね」

ヴィラはそう返した。昨晩愚痴ったおかげか、今は心底そう思えた。

「大丈夫だよ。まだまだヴィラは若いから」

「昨晩ディラン殿に出会いましたよ」

「え？ディラン？」

ゆりが瞬いた。

「だいぶ立ち直ってましたよ。昨晩は元気そうでした」

「そうなんだ・・・ヴィラはいいなあ。たまにディランに出会えて」

ゆりは懐かしげな瞳で言った。ディランの姿を思い描いていると、

「せっかくですから、あっちで仲良くしましょうか」とヴィラは突然言い出してゆりの手を握っていた。

「え？そんなことよりディランの話をもっとしてよ」

「蛇紋が気になります」

ヴィラは瞬間移動でさっと飛んだ。

「ディラン〜ディランの話〜」

「後でゆっくりとしてあげますよ。蛇紋を先に見せてくださいよ。昨晩見ましたか？」

「うんにゃ。見てない」

ゆりはそういいつつ、（ミシェイラの口癖が移った？）と思っていた。

「昨日は張り切ってたのにミシェイラに邪魔されて」

「そうですか。王より先ってのは気がとがめますが・・・まあ許してくださるでしょう」

「今はあんまりそういう気が・・・・」

「王妃なら大丈夫ですよ」


ヴィラに押し切られた形でゆりはベッドにあがった。

（まあいいか。ヴィラがせっかくその気になってるんだし・・・）などと思ってしまうあたり、こういうことは最近では珍しいのだろう。

「こっちの耳もかわいいですよ」

両方の耳を触られて、ゆりはくすぐったかったのか身をよじっていた。

「今は普段見れない物が見れるから不思議なの」

「幽霊でも見れるんですか？」

「そう。ヴィラの後ろにって違う！ヴィラの気が見えるの！」

「そうですか」

「王様に比べればちょっとだけどね。ハインリヒの気は黒っぽくてなんかすごかった」

ヴィラは自分の服を脱いでいたので、ゆりも手間を省こうとしたのか自分で服を脱いでいた。

「それから耳がよく聞こえるから、なんか落ち着かないなあ」

「さて、それでは─」

ヴィラは服を脱いだ所でゆりを抱き寄せた。


口付けをしていろいろ身体をまさぐっていると、ゆりは結構その気になってきた。この姿でもゆりの気がピンク色に変わっている。

さらに興奮の高みへと登った時、ゆりのおなかに金色っぽい蛇が丸まって現れたのだった。

「おっ」

「あ！出た！出たー！やった！」

蛇を見たゆりは大喜びだった。

「やったやった出た出た！金色の蛇だわ」

「いえ、ちょっと違うかなあ・・・大部分は金色ですが、おなかに違う色も混じってますね」

「本当だ。みんなの気の影響かな？」

蛇の背中部分は金色だが、おなかの部分は緑や青、赤などいろいろな色が所々に見える。

「まあ珍しいといえば珍しいですよ。今回も」

今まで散々珍しい蛇紋を見たので、ヴィラはものすごく驚くこともなかった。今回は観察するようにしげしげと眺めている。

「うれしいなあ」

ゆりは蛇紋が見れただけでうれしかったようだ。

「みんなにも見せてあげませんと」

「そうね。みんなにもって・・・うれしげに蛇紋を見せる女って・・・一体・・・・」

ゆりはぶつくさ言いながらも消え行く蛇を名残惜しそうに眺めていた。


うーん、やはり好きな女性に久しぶりに出会ったような感覚だなあ・・・


ヴィラはそんな奇妙な感覚を覚え、ゆりの大きくなった耳をもう一度触っていたのだった。



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