第6話


─ちょっと変わってましたが楽しかったですよ。なんだか最後の方はすごくいい気分になって前後不覚に陥りましたが、

いつもと同じように興奮しました


ラクシュミはこんな思念をミカエルから受けていた。儀式の様子を聞くには聞いた相手が悪かったな、とラクシュミ自身思っていた。

一族の男達じゃあるまいに、「どうだ、興奮したのか？」とか「よかったのか？」などと儀式で興奮したかどうかが聞きたかったわけではない。

儀式でのゆりの様子が知りたかっただけだ。それも今回の女蛇はいつもと違うようなことをハザークから聞いたからだった。


─二日酔いとは違うんですが同じような気分です

─あほ


ラクシュミは満足げなミカエルとの話は早々にやめてヴィラに聞いてみた。ヴィラはミカエルとは違い、ゆりがいつもと違っていたことを

ラクシュミに報告した。さすがにヴィラはそういうことには敏感である。


─女蛇と交渉している、というようなことを言っておられましたよ。それで何の交渉だろうと我々も思ったんですが、

その内容はわかりません。途中何度か女蛇と会話をしている感じでした

─そうか


ハザークの話では珍しい女蛇だったようだが・・・まあゆりは元気らしいから大丈夫かな？


浴室から出たゆりは元気に侍女と会話したのだが、うっかり他族の侍女が相手をしたら気分が悪くなってしまった。

ゆりの儀式の残り香のせいらしい。すぐに離れたので大丈夫だったが、一族以外にはよくない匂いのようだ。

ゆりの寝室はハザークの指摘通り異様な空気が充満していた。一族の女達に掃除をさせているが、

その空気はなかなかなくならないようで、さらに掃除をしていた女達もちょっとくらくらしているという。

ゆりの部屋は数日立ち入り禁止にした方がよいかもしれない。

儀式に参加した男達はあの後は仕事どころではなく、各自自分の屋敷で休息を取っている。ミカエルが言うように症状は

二日酔いのようなものだ。まあ休めば元に戻るだろう。毒の気を発するとは変わった女蛇がいたものである。

一族の男達にとっては妖気のようなものではあるが。


儀式ができたということは、お腹の中にいる赤ん坊に一族の力は少なからずあるということだな。それはうれしいことだ・・・

ラクシュミはそのことにまず喜んだのだった。


ゆりは男達と別れた後食欲を満たしてから再び眠りについていた。もちろんあの寝室ではなく別の寝室を使っている。

頭がちょっとぼおっとしていたので自分がいつ眠ったのか把握できなかった。顔の前に垂れてくる長い髪をよけつつ、

ゆりは体を起こして伸びをした。ベッドから降りて窓のカーテンをよけて外を眺めると、空は薄暗い。夕暮れ時のようだ。

結構長いこと寝ていたようだ。今までは儀式の次の朝などは気分的にはさっぱりしていたが、今はちょっと頭が重い。

二度寝したせいだろうか。それとも特殊な女蛇のせいなのか。体はひどくだるい、ということもない。ちょっとだるい程度だ。

ゆりはお腹をなでた。

「蛇が入ってよかったね。うれしい？」

赤ん坊から返答はないが、きっと喜んでいるに違いない。


「とりあえず髪が邪魔だから切ってもらおう」

ゆりはそう決心して部屋を出て行ったのだった。頭が軽くなったゆりは食事をとり、話を聞きたいというラクシュミに呼ばれて

休憩室に行った。そこにはラクシュミの他、医師のフレイもいた。


ゆりは二人に女蛇との戦いを話して聞かせた。二人は話の途中であっけにとられたように口を開けていた。美しい王のこんな顔も、

最近はそう珍しくはない。ゆりはほめられることを期待しているような表情だったが、ラクシュミはほめる気はなさそうだった。

「ゆり・・・お前ってやつは・・・」

「・・・」

フレイに至っては言葉を告げることもできなかった。

「ほめてくれないの？」

「ほめる？そうだった。お前は相手が神でも恐れない女だからな・・・」

ラクシュミは一人納得していた。なにせゆりは神と対等にいたずらをしあえる数少ない人間だった。この世界の人間ではないせいか、

神への畏怖の念が薄いせいであろう。そして長生きした女蛇への恐れも薄いようだ。そうでなければ戦おうなどとまず思わない。

「女蛇と喧嘩した巫女はお前が初めてかもな」

ラクシュミは呆れるように告げた。

「王様ったら、ここはさすがゆり！よく言った！とか言ってくれなくちゃ」

ゆりはラクシュミの反応がちょっと不服だったようだ。

「うーん」

ラクシュミがうなっていたので、フレイが「さすが王妃、よくぞ言ってくださいました！」と代わりに告げた。

「それを聞いたら男達も泣いて喜ぶでしょう」

「いや、これは秘密よ。女蛇の好みに外れていた面々が聞いたら傷つくかもしれないからね」

ゆりは口元に指を一本立てていた。

「王妃の愛の深さに感服いたしました」

「いやいや、私だって女蛇の言いなりにはなりたくないものね」

ゆりは得意げである。ゆりが蛇霊神を自分の中に入れているので、あの戦いはゆりが勝ったようなものである。

これも今まで散々儀式をやり巫女レベルをあげていたおかげであろう。なにはともあれ、女蛇との戦いに勝ったことはうれしいことだった。

「女蛇相手に戦いを挑むとは・・・お前ってやつは・・しかも相手がどんな蛇かもわからないというのに・・・前に痛い目にあったことを忘れたのか？」

「忘れてないよ。最初は怖かったし逆らったら怖いなって思ったんだけど、あの女蛇が男の選り好みをするからカチンときたの」

「それくらいで」

「私にとっては重要よ！選り好みなんてひどいわ！」

「そりゃ女蛇にも好みくらいあるだろうに・・・逆に今までの女蛇達がいい蛇だったといえるくらいだ」

「王様ったら」

ゆりは口をとがらせていた。ラクシュミは女蛇の言い分はおかしなことだとは思っていないようだ。もともと儀式で１０人も男がいたのは

女蛇の気に入る男が中にいるように、とのことだった。気に入らない男が中にいてその男の相手をしなくても、

女蛇が責められる言われはないだろう。

「とにかくよかったですな。蛇霊神が入られて」

フレイが場を取り持つように言うと、

「うん、本当によかったわ」

ゆりも喜んでいた。

「しかしその女蛇、特殊な毒気を吐くようなので、普段の王妃に戻って儀式をしたら、どうなるのでしょうなあ。

王妃自身が危なくなってしまうかもしれないですな」

フレイが首をかしげつつ言っていた。

「え？そうなの？あ、そうか。そうかもね。でもまあ、怒っていたからもう来ないと思うけどね」

「ならよいですがね」

「そりゃもうかなり怒っていたと思うわ」

「ハザークのところに文句を言いに行ったそうだぞ」

ラクシュミが言うと、ゆりは驚いていた。

「そうなの？」

「ハザークは相手にしなかったらしいが」

「あらら・・・」

「まあとりあえず疲れただろう。ゆっくり休んでくれ」

ラクシュミがねぎらうように言うと、ゆりは立ち上がった。

「やだやだ！今夜こそは王様と仲良くなりたいわ！だって王様だけまだ私の蛇紋見てないんだもん！」

ゆりはフレイがいるのも構わずに言い出した。

「そういえばそうだったな」

ラクシュミがゆりの気迫に押されつつ言った。

「ふつう蛇紋ってのは一番愛する人に一番に見てもらうものでしょ？」

ゆりがフレイを見ていうと、「確かにそれが筋ですなあ」とフレイもうなずいていた。「ではわしはこれで」とフレイはさっさと逃げていき、

ゆりのお願いしますという視線にラクシュミは、「別に今まで逃げていたわけじゃないぞ。お前が早くに寝ているからしなかっただけで」と

ごにょごにょと言っていた。

「じゃあ今夜はお願いします」

「ああ、ミシェイラが邪魔しなかったらな」

「うん」

ゆりは喜んで部屋を出て行った。



ラクシュミは一人になり、しみじみと思っていた。

結婚して３０年以上経つが、その間にゆりはなんと勇ましくなったことか、と。

勇ましいという言葉はこの世界では立派なほめ言葉であろう。

「何千年も生きた蛇相手にも一歩も引かないとは・・・・女蛇の方が驚いただろうな・・・」

昔の儀式では女蛇が気に入らないといえば相手の男などいくらでも変えられたものだったに違いない。

男達は儀式のためにいたのだから。それを「選り好みするな！」と怒るとは、なんとまあ、強気の巫女もいたものだ。

（次も戦いになったら大変だ。やはりちょっと穏やかにしろと言っておいた方がいいな・・・）

そうラクシュミは思ったのだった。


ゆりはミシェイラの部屋に行き、諭すように言った。

「ミシェイラあのね、今夜は」

「へん！」

ミシェイラはゆりに鼻を近づけて、「へん！」ともう一度言った。

「何が変なの？」

「くちゃい」

「え？」

ゆりは自分の匂いをくんくんかいでみたが、別にどういう匂いもしなかった。

ミシェイラはかわいらしい鼻をつまんでいる。ゆりはかたわらにいた侍女を呼び、においをかいでもらった。

侍女は遠慮がちに鼻を近づけたが、「これといって・・・」と首をかしげていた。

「どんな匂いがするのかな？」

「くちゃいの」

「くさいの？」

愛する娘に臭いといわれてゆりはちょっと傷ついていた。

「儀式のせいではないでしょうか？王妃様のお部屋はまだ立ち入り禁止になっておりますから」

侍女が安心させるように言った。

「そうかなあ？ねえミシェイラ、今夜一緒に寝る？」

「や」

ミシェイラはぱっと瞬間移動してしまった。

「あれ？どこ行ったのかしら？」

「きっとアナスターシャ様の所でしょう」

「そう。ならいいけど・・・」

娘に嫌われたのはショックだが、これで今晩はラクシュミと二人きりだ。それはそれでうれしい。

ゆりはミシェイラの言葉が引っ掛かったのか念入りに体を何度も洗い、王の寝室へと行った。

ミシェイラはやはりアナスターシャの所だった。今夜は姉二人と同じ寝室で寝るようだ。


「なんだかどきどきだわ。儀式があったせいかいつもよりも興奮しそうだわ」

ゆりがどきどきで待ったいたらラクシュミがガウン姿でやってきた。

ゆりは「王様！」とラクシュミの腰あたりに抱きついた。

「王様！好き！」

「なんだミシェイラはいないのか」

ラクシュミは布団の上を見つつ言った。

「なんだって残念そうに言わなくても・・・・」

「いや、よかったなあと思って」

「王様今日こそは！」

ゆりは自分が着ていたガウンのひもを取った。そして裸になろうとした時、

『なんて素敵なお方』

と声が聞こえた。

「ん？」

ゆりの手が止まっていた。

「なんだ？」

ラクシュミがベッドに上がった。

「なんでも・・・」

『このような寸胴のへちゃむくれが相手とは不憫な・・・』

「え？」

ゆりはまた声をあげていた。

「なんだ？」

またラクシュミが聞いた。

「いえ・・・なんでも・・・」

ゆりの顔が引きつっている。

「？？」

ラクシュミは不思議そうだった。


何！この声・・・まさか誰かいる！？寸胴のへちゃむくれってだれのこと！？


『あなたに決まっているでしょう！』


当然のような言葉にゆりの顔がさらにひきつった。この声、あの儀式の時に来た女蛇の声である。いつの間に入ったのだろうか。


─あれ？出て行ってないってことないよね。もしかしてまた来たの？

─そうよ

─そんなに私のこと気に入ったの？

─そんなわけないでしょう！

─じゃあなんで来たのよ

─不憫な王を見たかっただけよ

─不憫じゃないわよ！今日はやめてよ。これから仲良くするんだから！

─わたくしを気にせずにすればいいじゃない

─できるかー！！

─んまあ！なんという言葉使い！あなたのような巫女が王妃だなんてこの時代はどうなっているのかしら！危機だわ！

この国はもう終わりだわ！

─いえ、終わりそうだから私が王妃に・・・

─なんてこと！まさか国の終わりを目にすることになろうとは！

─だからー・・・

ゆりはいろいろ説明するのも面倒だった。


ゆりは眉間に皺を寄せて黙ったまま女蛇と話をしていたが、ラクシュミはそんなゆりを見てちょっと心配になっていた。

ラクシュミはちょいちょいとゆりの肩をたたいて、「お前変だぞ」と言った。


─そうよ！顔も変よ！

と女蛇が言い出した。


─お願いだからもう帰ってください

─蛇霊神を返すなら帰るわ

─えー！やだ！っていうか返せるの？あれ

─あれとは何よ失礼な。出そうと思えば出せるわ

─絶対返しません

あんな珍しい蛇を返すなんで絶対に嫌だった。


「ゆり・・・」

ゆりはようやくラクシュミに顔を向けた。

「王様・・・私恥ずかしくなっちゃった。やっぱり今日はいいわ」

ゆりはてへっと笑って言った。

「え？しなくていいのか？」

「今夜は恥ずかしい」

ゆりは恥ずかしそうにしていたが、新妻でもあるまいに、「恥ずかしい」といわれてラクシュミが信じるわけもない。

「何かあったのか？」

「ううん、何も。疲れてるでしょう。寝て寝て」

ゆりはすすっと後ろに下がり、寝る場所を提供した。女蛇がいやがらせにきた、などといえば、それみたことか、と言われるだけだ。

「そうか？本当に何も困ってないのか？」

「うん。またお願いします」

「ああ」

腑に落ちないながらもラクシュミは寝ころび、ゆりもちょっと離れて寝ころんだ。


せっかくのラブラブが・・・


これも女蛇に喧嘩を売った報いなのか。ゆりは泣きそうな顔で布団の中で丸まっていた。


─お願いだから出て行ってください

─いやよ

─お願いですから

─蛇を返す？

─いやです

─わたくしもいや

（しくしくしくしく・・・）


しばらく女蛇とやりとりをしたものの、女蛇は結局出て行かず、ゆりは疲れていつの間にか寝てしまったのだった。


『王様、見て見て私の蛇紋！』

『おおっ！今回もすごいぞゆり！』

夢の中で、ゆりはラクシュミに恥ずかしげもなく蛇紋を見せまくっていた。ラクシュミはそんなゆりの蛇紋を見て満足そうだった。

『さすがは我が王妃！我が最愛の妻よ！』

『王様ー』

『ゆり！』

二人は盛り上がった。夢の中でだが。


あくる朝、ラクシュミが目を覚ますと、ゆりが横で正座していた。

「どうしたんだ？」

ラクシュミが聞くと、ゆりはラクシュミの手をそっと握り、なぜか泣いていた。

「一体どうしたんだ？」

「陛下がおかわいそうで・・・」

「かわいそう？」

「私のような寸胴でへちゃむくれな王妃でごめんなさい。おまけに私ってば教養もないし、言葉遣いも悪いし、

とにかく王妃であることが不思議なくらい、いいところがどこもないわ。ごめんなさい」

「・・・」


ゆりが変になった・・・


「ゆり？」

「私は悪い王妃だわ！ごめんなさい！」

ゆりは正座したまま頭を下げていた。

「ゆり・・・お前はいい王妃だ。疲れているんだ。もうちょっと寝ていろ」

ラクシュミは優しく言いつつ、（儀式の影響か何かか？）と思っていた。

「はい、そうします」

ゆりは素直に寝ころんですぐにぐうと寝てしまった。

ラクシュミはそんなゆりを見つめつつ、（変な夢でも見たのか？）と首をかしげて寝室を出て行ったのだった。



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