第８話

その日は雲ひとつない晴天で、城の南にある庭園の木には赤や青の鮮やかなオウムが舞い降りていた。20匹ほども

やってきていたので集団でどこかに移動中なのだろう。結構大きいオウムである。

「ギーギー」とにぎやかな鳴き声が聞こえてくる。ゆりはミシェイラを抱っこして少し離れたところから鳥の観察をしていた。その場にはタロウと

ラギもいた。大木にするすると近づいていく長い生き物はもちろん蛇である。この様子ではオウムもすぐに飛んでいってしまうだろう。

自然があふれるこの世界ではさまざまな鳥を見ることができる。だが庭園でこれだけでかい鳥の集団を見ることは稀だった。

「綺麗な鳥ねえ。ミシェイラ」

「おいちい？」

ミシェイラは大きな目で聞いた。

「さあねえ」

「あれはあんまりうまくないぞ」

横でタロウが言った。

「ってことは食べたことあるのね」

「一羽部屋で飼いたい」

その声に振り向くと後ろにナナミがいた。

「無理だね」

つれなく答えたのはラギである。

「じゃあ犬飼いたい」

「犬？」

「猫でもいい。もしくは私専用のペガサスがほしいなあ」

「プリモに乗せてもらえばいいじゃない」

ゆりが言った。

「プリモはおねえちゃんのだもん」

「ナナミにはゴショクがいるじゃないか」

ラギが言うとナナミは口をへの字に曲げていた。

「たまには蛇以外の動物を触りたいの」

「ナナミでもそんなこと思うんだ・・・・」

「毛ふさふさの動物がいいの！」

「よし、今度虎連れてこようか？」

タロウがまじめな顔で言い出したので、「いい、いい」とラギとゆりは手を横に振っていた。


そのころ、城の右後方にある塔の一番上、景色を見渡せる高い場所にラクシュミも気づかぬ訪問者がいた。

神々しい輝きを発している男の名前はハロルド。

軍神として崇められている神である。

その神が何をしているかというと、柱に隠れるようにこっそりと庭園の方を伺っていた。ここから庭園は相当な距離があるが、

そこは神だけによく見えているらしい。いつも堂々とした神の姿からすれば、今の姿はちょっとおかしかった。

ハロルドはちょっと首をかしげてあれ？という顔をした。

「どこかが違うような気がするが気のせいか？」

ここから見ていたのはゆりの姿らしい。ゆりはまだ一族の女性のままだ。そのいきさつをハロルドが知るわけもない。

「別人？のわけないな。あんな顔と姿の女がまさか二人もいないだろう」

ハロルドはゆりが聞くとむっとするようなことを言っていた。疑問に思ったがこれ以上近づく気はないようだった。

本人に顔を見せる気もないようだ。顔を見せて「何か用？」とでも問われでもしたら答えようがない。

ただちょっと寄っただけだからだ。だが、そんなことは言いたくない。

「あら、私に会いたかったのね」などと相手を優越感に浸らせる気もなかった。にやりと笑われでもしたら癪に障る。

ハロルドはちょっと身体を左に移動させていた。

どうやらゆりが移動したらしい。

「そうか。耳だ。耳が違うんだ」

ハロルドはようやくそのことに気がついた。

「どう違うんだ？」

「大きくなってる」

「だれが？」

「だれって・・・・わっ！」

ハロルドは横を見て驚いた。塔のすぐ外にいたのは風の神ウィルである。ウィルは宙を浮いている。

「なんだ、いつからいたんだ。何してる！」

ハロルドは驚きのあまりかバツの悪いところを見られたせいか、頬がちょっと赤くなっていた。

「散歩中。姿が見えたんで何してるのかなーと」

ウィルが相変わらずののんきな顔で言うと、「別に何もしてない」とハロルドは横を向いた。

「誰の耳が違うって？」

ウィルはハロルドの視線の先を探していた。

「なんでもないし誰でもない」

「別に隠さなくてもいいじゃないか」

「なんでもない。さっさと行け！」

ハロルドはウィルの目の前をささっと手でさえぎった。

「あれ？あの黒髪の女性、前に会ったことがあったような・・・」

指の隙間からのぞいたウィルの言葉に、

「何？お前来い！」

「え？ちょっ！」

ハロルドはウィルの首根っこを捕まえてそのまま神の国に連れて行ってしまった。


庭園にいた一同はそのやりとりを知ることはなく、ハロルドの来訪を知っていた者がいるとするならば、その前になでられてご機嫌になっていた

天馬のプリモだけだった。


庭園ではオウムが蛇を威嚇してにぎやかな声をあげていたが、やがて皆飛び去ってしまった。青い空を飛んでいくオウム達は美しかった。

「綺麗だったね。毎日でもくればいいのにね」

とナナミが女の子らしい感想を言うと、ラギが水を差すように「鳥の集団は糞を大量に落とすからなあ」などと子供らしくないことを言っていた。

相変わらず物事に感動しない子供である。


ロイが迎えに来てタロウは「おかずを捕ってくる」と出かけていった。

「やっぱり今晩も鳥の丸焼きなのかあ・・・」

ゆりがつぶやいたとき、近くにミカエルが現れた。

「皆様こんにちは。今日もいい天気ですね」

にこやかに言ったミカエルに子供達はそれぞれ挨拶を返し、ゆりはミシェイラをだっこしたままくるくる回ってスカートの端を持ち、

足を交差させてポーズをとっていた。

「ご機嫌よう、ミカエル」

「元気そうですね。王妃」

「母様何してるの？」

ナナミが不思議そうに言った。

「別に何も」

そう言いつつ、ゆりはまた回ってミカエルの側で立ち止まっていた。

「お母さん今日も変だよ」

ラギが言った。

「今日もって何よ！いつも変みたいに言わないでよ」

ゆりが抗議した。

「ラギ様、これでこそ王妃ですよ」

ミカエルはよくわからないフォローをしていた。

「私、ミカエルと踊りたい！」

「踊りですか？私踊りはあんまりなんですけど・・・」

「じゃ、はい。あ、そうだ。楽団呼んでちょうだい。早くね」

ゆりはラギにミシェイラを渡しながら言い、ラギはへ？という顔をしたが、問いただすこともなくそのまま城にむかった。

母親の気まぐれもいつものことだとでも思ったのかもしれない。


「さ、ミカエル、踊りましょう」

「曲ないですけどいいんですか？」

「いいの」

ゆりはミカエルの手を取り優雅に踊りだし、傍らで見ていたナナミは「母様上手！」と手をたたいていた。

ミカエルは強引にゆりの相手をさせられながらも戸惑い顔だったが、女蛇が身体の中にいるという話を聞いていたのでそのせいか？と

思っていた。でなければ突然踊りだす意味がわからない。

「ミカエルってばあんまりうまくないわねえ」

ゆりが不服げに言い出した。どう見てもゆりの方がリードしている。ミカエルはついていってるだけだ。

「すみませんね。そっちは不調法で」

「いいわ。それはそれで・・・・らしいわ」

「はあ」

「母様すごーい！いつの間に練習したの？」

ゆりのダンスの腕前はかなりすごいようだ。それがわかったのかナナミは感心して見ていた。


しばらくし、ラギが瞬間移動で現れた。手に木製の椅子を持っている。

「お母さん、楽団だよ！」

ゆりが顔を向けると、ラギの横にハインリヒがリュートを持って立っていた。

「ぼうや、楽団って言うのは複数のことよ」

ゆりがあきれたように言った。

「わかってるけど偶然会ったからさ。まあいいじゃない。一人でも」

「しょうがないわねえ」

「私の方が踊るの得意ですよ」

ハインリヒは椅子に座りながらもゆりに訴えていた。

「ごめんなさい。今日はミカエルと踊りたいの」

「そうですか」

ハインリヒは残念そうに曲をかなでだし、ゆりはまたミカエルをリードして踊りだした。

ラギとナナミはしばらく傍らで見ていたが、ナナミは途中で飽きたのか去っていった。

３曲ほど終わり、ミカエルが「まだ踊るんですか？」と聞いた。

「うん。日が暮れるまで踊りたいの」

「そんなに？」

「え？そんなに？」

傍らでハインリヒも言っていた。日が暮れるまで２，３時間はあるだろう。ずっとリュートを弾くのは大変だ。

「嫌？」

「いいえ。うれしいですよ」

ミカエルが微笑んで言うと、ゆりもにっこり笑っていた。


（やっぱりなんか変だな・・・）

どちらのゆりもそうは踊れないはずだ。ラギはゆりが変になった理由の見当もつかなかった。

ミカエルを見ると嫌がる様子もない。ゆりがおかしいのにはもう慣れっこになっているのだろうか。


踊りは再開されたが、ハインリヒは途中で疲れたのか手を止めていた。

「ねえ、お母さんどうしちゃったの？」

ラギが近づいて小声で聞いた。

「王妃の中にこの前の儀式の女蛇がまだいるようなんですよ。そのせいなんでしょうかねえ」

ハインリヒもこっそり答えた。

「え？」

「ミカエルと踊りたいなんて変わった女蛇みたいですね・・・」

「だ、大丈夫なのかな。お母さん・・・」


ゆりを見ると、すっかり二人の世界だった。曲がなくても関係ないようだ。二人は飽きることなく庭園の中で踊り続けている。

ミカエルもとことんゆりの相手をしてみようと思っているようだ。踊る内にミカエルのダンスの腕前も上がっているようだった。

アナスターシャやシスが様子を見にきたが、二人は関係なく踊っていた。


やがて、日が翳ってきた。そのころにはゆりの侍女達もやってきていた。

西の空が赤くなってきてゆりはようやく足を止めた。ゆりはミカエルを見上げて言った。

「付き合ってくれてありがとう」

「王妃。もういいんですか？」

ミカエルが優しく聞いた。

「ええ。うれしかったわ。とても。もう蛇もいいわ。それじゃ」

ゆりは身体から何かがすっと抜ける感覚を感じていた。女蛇はあっさり去ったのだ。

そのとたん、足ががくっと折れていた。

「王妃！」

ミカエルがあわててゆりの身体を支えた。

「足が疲れたー・・・」

「大丈夫？お母さん」

「大丈夫ですか？」

ラギとハインリヒ、侍女達もゆりに近づいた。

「大丈夫。疲れただけーミカエルもよく相手してくれたねー」

ゆりはミカエルの手をぽんぽんとなでた。

「私は別に。彼女の目的は結局なんだったんですかね」

「ミカエルが昔の彼に似てたんじゃない？どうもそんな気がする」

「そうですか。なんだか名残惜しいですねえ」

「また来るといいねえ・・・」

面白い女蛇だっただけに、これで最後なのはちょっと寂しい気分だった。

「お母さんって大物だねえ」

そんなゆりにラギは感心したのだった。


てこずりそうだと思っていた女蛇がすんなり出て行き、ゆりはちょっと拍子抜けしていた。

「もっとひと悶着あると思ったんだけどなあ・・・」

「あっさり出てよかったじゃないか」

横で答えたのはラクシュミだった。すでに夜である。寝室で二人は並んでいる。ミシェイラはうまい具合にいなかった。

本当ならばラブラブの時間を過ごすはずだったのだが、

「だ、だめだわ。足が、足が動かない。まったく動かないーこれじゃ、できないー」

ゆりはこぶしを握り締めて悔しがっていた。昼間踊りすぎたせいで足が棒のようになっていた。

これではラブラブどころではない。

「うーん、ラブラブがー」

ゆりは低い声でうなっていたが、ラクシュミは「おやすみ」とあっさり寝てしまった。どうやらその気がない時期らしい。

「彼女これを狙って？なわけないか・・・くすん・・・」

疲れていたゆりもそのまま眠りについたのだった。


そのころ、エルバートは再び来訪者を迎えていた。幻の客人は昨晩に続いての来訪である。いきなりやってきて自分の事を語りだしたのだった。

よっぽどエルバートが気に入ったらしい。

王妃から出た、と聞いた時にはエルバートもちょっとほっとしていた。

「ミカエル様が昔の恋人に似てらしたんですね」

エルバートが聞いた。女蛇の話を総合するとそういうことらしい。

『恋人というわけではなかったわ。別にどういう仲でもなかったし。ただ、こんなにも気にしていた人だとは思わなかったの』

「そうですか・・・」

男女の感情の機微はエルバートには理解できなかったが、彼女がミカエルと踊って気が晴れたようだということはわかった。

「王妃のことはもうどうでもよくなったんですね」

「美しい思い出に浸れたからもういいの。行くわ」

「寂しいですね」

「本当にそう思う？」

「はい、思います」

「なら明日も来るわ」

「え？」

「冗談よ。でもまたくるかもよ」

「はあ・・・」

「さよなら」

ちょっと笑って女蛇の姿は消えた。エルバートはどきどきする心臓を押さえ、「さようなら」と言っていた。

「すごい人だったなあ・・・心臓のどきどきが止まらない。もしやこれが恋！？なわけはないか・・・」

エルバートは布団の中に入り、目を閉じた。静寂の中、女蛇の言葉がよみがえってきた。


昔昔、人化する女蛇に恋をした男がいた。

男の恋は実ることはなかったが、代わりにダンスを踊ったそうだ。

男のダンスの腕前は、さほどでもなかったが、それは美しい時だったのだろう。

まもなく、男は病気にかかり亡くなってしまったのだそうな。



その男のことが忘れられなかったとは、かわいらしい心をお持ちなんですねえ・・・


『また来いなどといわない方がいいぞ。面倒臭い女だからな』

とカーライルの言葉が聞こえてきた。

「私は結構あのお方のことが好きですよ。恋をした男性の気持ちもわかる気がします」

『恋に疎いお前がか？』

カーライルからは皮肉げな声が聞こえてきた。確かに、とエルバートは自分でも思っていた。


眠りに落ちるまでしばらく、エルバートの脳裏に銀色の髪の美しい女性と男が寄り添ってくるくると回っていたのだった。


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