第12話

「オッチャンだれ？」

かわいい少女の口から出たあまりの言葉にゆりもハロルドもしばし固まっていた。


オッチャン・・・・オッチャン！？


ゆりははっと上にいたハロルドを見た。ハロルドと目が合った。


オッ・・・・オッチャン・・・・


「・・・・・」

ゆりは笑うまいと必死にこらえていた。だが口元はむずむず動いている。

「ミシェイラ、この方はオッチャンじゃなくておにいさん」

「オ？」

「おにいさん」

「おじぃ？」

「おにいさん」

「オジーチャン？」

「そうじゃなくて・・・」

ゆりはどちらかというとにやっとした顔で無邪気なミシェイラとやりとりしていたが、ハロルドが「もういい」とさえぎった。

神様としての長い生の中で「おっちゃん」呼ばわりされたのは始めてだったかもしれない。

「あのー私はあんな言葉教えてないですよ。『オッチャン』なんて。この子ったらどこで覚えたのかしら」

王族が使う言葉とも思えなかった。自分の影響では断じてない、と信じたい。

「オッチャン！」

ミシェイラはにこにこして言った。

「だからおにいさんですよ」

「もういいって言ってるだろ。お前達は親子そろってしつこいな」

ハロルドの眉間にはちょっと皺がよっていた。この二人の前ではハロルドの精悍な顔つきも美しい肉体も形無しである。いくら神様とはいえ、

クーリーフンほどミシェイラの心を射止めることもできなかったようだ。

「もしかして傷つきました？」

「顔が笑ってるぞ！」

「え？あら」

ゆりは頬に手をあてた。こらえていたが笑っていたようだ。

ハロルドはむすっとした顔で右手をぱっとあげた。するとゆりの姿はドロンと変わった。


え・・・あれ？あれれれれ？


ゆりは何が起こったのかわからなかった。視線がやたら低くなっている。手も足も動かない。

「マーヤッタネ！」

ミシェイラは布団の上でぴょんと飛び跳ねて喜んでいた。


やったって・・・何が？何が起こったの？

足が・・・足が動かない・・・っていうか、足がない！手もないー！！！！


目の前にあるのは長い胴体だけだった。そう、ゆりはとうとう蛇に変えられてしまったのだ。

「ふん、ちょっと反省しろ！まったく失礼な女だ」

ハロルドはぷんと顔を背けると、ベッドから降りてすたすた歩いていってしまった。


あ、ちょっと！！行かないでー！！！！！

っていうかどこ行くのー！！！！


口から出るのは舌だけで声も出なかった。

「やったやった！」

ミシェイラは何がうれしいのか喜んでいた。母親が蛇に変わっても驚いていないようだ。ハザークの変化を見ているせいだろうか。

こういうこともありだと思っているのかもしれない。


ハロルド待ってー！！！


ゆりは身体をくねくねと動かした。するとベッドの端からすてんと落ちてしまった。


きゃー！！！


床にするんと落ちたものの、たいした衝撃もなかったのでゆりはほっとした。


これからどうすればいいのー！！！


くねくねしているとミシェイラがベッドから降りた。


「マーバイバイ」

ミシェイラはそう言うと消えた。


え・・・・ちょ・・・ちょっと！！！！行かないで！一人にしないでー！！！


ゆりの悲鳴はやはりどこに響くこともなかった。



うーん、いったいどうしたらいいのだろう・・・あの調子でミシェイラがちゃんと説明してくれるんだろうか・・・


ミシェイラに期待するのはどうも無理な気がしていた。一緒に寝ていたのがナナミだったらよかったのだがミシェイラの言葉はまだ

つたなすぎる。

『マーが蛇になったよ』ミシェイラがその言葉を皆に言えるのかどうか。またそれをみんなが信じるかどうかわからない。

城の中のどこにもゆりがいなければ、皆がおかしいと思ってはくれるだろうが。

ゆりはするりと寝室から部屋の方へと移動して行き、全身が見える鏡の前に移動してみた。そしてよいしょと鎌首をもたげてみた。


・・・・・


どこからどう見ても蛇だった。しかも真っ黒の蛇だ。どうせなら青とかオレンジとかかわいい色がよかったな、などと思いつつ、

自分の蛇の顔を眺めていた。


黒髪だから黒なのかしら？うーむ・・・


瞳は黄色に黒だった。顔を横にしたりして自分の顔を見ていたゆりだったが、しだいにかわいいかも、などとも思えていた。

黒い身体も光が当たると綺麗に見える。


美人蛇だわ・・・うん・・・・


自画自賛していると横に青い蛇がやってきた。ルーだ。ゆりの身体はルーよりも短いようだ。それでも１メートルほどはありそうだ。


ルー・・・私だってわかる？


「・・・・」

ルーは舌を出していたが、ゆりはわかっているはずだと勝手に思い込んだ。


まさか同じ蛇になっちゃうとはね。ははは、王様の予言があたっちゃったなあ・・・


以前ラクシュミには、あまりいたずらすると蛇に変えられるぞ、と言われたことがあった。まさか本当に変えられてしまうとは思わなかった。

昨晩は自分の寝室で寝ていたからよかったものの、王の寝室で二人が鉢合わせていたら、と思うとぞっとする。それだけは不幸中の

幸いだった。


これからどうしようかなあ。ハザーク様なら私だってわかってくれるかもしれないけど・・・王様は無理のような気がするわ・・・


この部屋からハザークの元に行くには蛇の身体ではかなりありそうだ。ここにいる方がいいのかなあ、とゆりは迷っていた。

迷っていると部屋にミラが入ってきた。ミラは当然のことながらゆりに見向きもせずに寝室の方に行き、「いらっしゃらないわね」と

言いつつまた出て行った。


このままじゃ大騒ぎになりそうだわ。やっぱり冒険してみようかなあ・・・

それにしても私ってほんと楽天的だわ。蛇に変えられてもあまり動じないなんてね・・・


ゆりは自分で自分に呆れつつも、ルーと別れて部屋から出て行った。

自分を蛇に変えた相手がハロルドだったからゆりも楽天的でいられたのだろう。相手には悪意はない。逆にこれも愛情の裏返しだろうなどと

高をくくっていた。最長でも１０日ほどで元に戻してくれるに違いないとも思っている。


あれくらいで怒らなくてもいいのに・・・

それにしてもハロルドどこ行ったんだろう。神の国に帰ったのかなあ？

あ、そうだわ。なんでハロルド連れてきたんだっけか。それを思い出してみよう・・・


ゆりは神の国での記憶をたどりつつ、廊下をするすると移動して行った。


そのころミシェイラは食堂で朝食を食べていた。子供達もそろっていたが、ゆりは寝坊したのだろう、くらいにしかまだ思ってはいない。

皆もくもくと朝食を食べていた。

ゆりの予想通り、ミシェイラは『マーが蛇になった』とはちらりとも言わず、ご機嫌でジャムをなめて顔をべとべとにしていたのだった。




つづく

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