第13話

蛇になったゆりはちょっと冷静になったところで神の国でのことを思い返していた。

まず最初に行ったのは火の神殿だった。温泉に入っていると珍しくサラディンが入ってきて混浴になってしまった。

（以前サラディンとはいろいろあったようだが今はラブラブのようね）、とちょっと安心していると、サラディンが何か言い足そうな視線を

送ってきた。

ゆりがどうしたの？と聞く前に、サラディンが「相談したいことがある」と言ってきた。


「相談？」

「息子がほしいんだ」

サラディンはかなり早口で言った。

「この後ゆっくりしていかないか？」

「・・・・」

ゆりは薄目でサラディンを見ていた。

「なんだ？最近いっつもその目をするな」

どうやらガーベラ本人にもされているらしい。

いつもそういう誘い方ばかりしているというのが驚きだが、サラディンらしいといえばらしいかもしれない。

「サラディンってば女の心ってものがわかってないわね。子供がほしい、じゃあ今から、とか言われて喜ぶ女はそうはいないわよ。いや、赤い月の

人間なら喜ぶかもしれないけど、少なくとも私は喜ばないわ」

「そうか。では息子ってのはなしだ。この後ゆっくりしていかないか？」

サラディンはあっさり言い換えた。

「・・・・いや」

「どこに対して怒ってるんだ？」

サラディンは心底わからなかったのか眉を潜めて聞いた。

「もっとムードを盛り上げて誘ってくれないと。たとえばね、『おお！なんと美しいその肌！黄金のようなまばゆい髪、どの女神もお前の前では

色あせて映る。お前の側によるだけで私は天にも昇る心地だ！』とかなんとか」

ゆりは大げさにジェスチャーしつつ言った。

目をまん丸に見開いたサラディンは、「自分で言って歯が浮かないか？」と言った。

「たまにはそれくらい言ってくれてもいいってことよ」

「お前のことは美しいと思ってる。当然のことだから言わなくてもいいかと」

「言わなくてもわかってるだろう、というのがいけないわ。たまには愛してる、とか言ってくれなくちゃ」

「そんなこと言うのは恥ずかしい」

「何が恥ずかしいのよ」

「じゃあ愛してる」

サラディンはじっとゆりを見つめて言った。

「ごめんなさい。実は予定が」

「ガーベラ、それを先に言え！」

サラディンのこめかみは引きつっていた。

「次回はムードを作ってくどいてねってことなの。それじゃあさよなら〜」

ゆりはそそくさと湯から上がっていた。

サラディンはぶつくさ言っている。この不器用さがサラディンらしい、とゆりは思った。


あっさりサラディンと別れたゆりだったが、次の予定があったわけでもなかったので神殿の外でどうしようか思案していた。先ほどああいったのは、

サラディンはガーベラ本人と仲良くなった方がいいと思ったからだ。

（次はジンラに会いに行こう！）

ゆりは移動した。移動先はジンラの神殿の横にある酒蔵だった。

妖精達が瓶にお酒を詰める作業中で、その場にジンラもいた。建物の中は酔っ払いそうなくらいお酒の匂いで満ちていた。

「あら、忙しそうね」

その声でジンラが振り向いた。ジンラはいつもと変わらない穏やかな微笑を浮かべた。

「ガーベラ、今夜大きな宴会があるんでな。その準備中なんだ」

「そうなの。それじゃ邪魔しちゃ悪いわね」

「後でな」

ゆりは酒蔵の外に出た。そしてお酒の匂いを払うように新鮮な空気を吸い込んだ。

「さて、どうしようかな？次は・・・あ」

青い空を見上げていると、翼がある派手な神が通り過ぎていくのが見えた。虹の神ラーズである。

「ラーズ！」

女神らしからず大きな声をあげてみた。するとラーズが顔を向け、こちらに近づいて下降してきた。

「どこかに行くの？」

「ああ、雲の上の神殿に行くところだ」

「私も連れて行ってくれる？」

「いいとも」

ラーズに抱きかかえられて、ゆりも空に舞った。

ラーズはその姿だけで十分派手なのだが、首や手首に小さな色とりどりの石でできた飾り物をしていた。上半身は片側白い布をかけ、

青い帯にグラデーションがかった水色のズボンを着ていた。

その身体はハロルドほどのたくましさはないが十分男らしい。

「ラーズっておしゃれで素敵ね。いつもいいにおいがするし」

「ははは、ガーベラの方がいい匂いだろう」

「何の用か聞いてもいい？」

「ああ、アシュランが虹が見たくなったから来い、とかいう理不尽な理由だ」

ゆりは思わず笑ってしまった。

「確かに理不尽ね」

「まったくだ。そういえばバリアスの部屋修理したんだってな。最近遊びに目覚めちまったようで、ライオネルが子守に任命されたっていうから

驚きだ」


ライオネルが子守！？


ゆりは驚いたものの声には出さなかった。

「ライオネルに子守ってできるのかしら」

「バリアスも生まれてすぐは男嫌いだったんだが今は平気らしい」

ラーズは雲の上の神殿に降り立ち、二人は別れた。

最近のバリアス情報については何もしらなかったゆりだったが、雲の神殿にいるようなので会ってみることにした。

神殿の中にいた召使風の妖精に聞くとバリアスは神殿の外で遊んでいるようだ。さっそく教えてもらった場所に行って見た。

そして目の前の光景を見て、ゆりは思わず笑ってしまった。

なんとライオネルの上に馬乗りになりバリアスが乗っている。バリアスは生まれてからちょっと大きくなった程度でそんなには変わってなかったが、

ライオネルの鬣を後ろにひっぱり、ライオネルの顔はつっぱり、「やめろひっぱるな！」と叫んでいた。

「くくくくくく、あはははははは」

腹をかかえて笑っているとライオネルがきっとこちらを向いた。

「お前、ガーベラ！何がおかしいんだ！」

「似合ってるわ。ライオネル」

ゆりは女神の顔でにこやかに言った。

「なんで俺様がこのガキの相手しなきゃならないんだよーいてててて！」

バリアスは思いっきり鬣を後ろにひっぱり、ライオネルの顔も引っ張られていた。見るからに痛そうだ。

「あなたが素直に子守するなんて」

「しょうがないだろう。問答無用で決められちまったんだからな。このバカ力のガキの相手をできるのは俺だけだ、とかぬかしやがって」

「バカ力のガキはないでしょう。小さくてもかわいい神様なのに。いらっしゃい。バリアス」

ゆりは近づいて両手を広げてみせた。するとバリアスがこちらを見た。顔だけ見るとかわいい赤ん坊なのだが。

「だっこしてあげる」

バリアスはじーとこっちを見ていたが移動しようとしなかった。

「そう、その背中よっぽど居心地いいのね。ふかふかだものね。じゃあもうちょっと遊んでもらいなさい」

「お前！」

「だー！！」

バリアスは両足をばたつかせていた。

「それじゃよろしく」

背中にライオネルの「逃げるなー！」という悲鳴に混じった叫びを聞きながら、ゆりはさっさと背中を向けて離れて行った。


ライオネルが子守、ぷぷ、案外似合ってるわねえ


神殿の入り口まで戻ると水の神ラクアと土の神サントスがそろって歩いて来るところに出くわした。

こちらを見るなりサントスの顔は真っ赤になっていた。こちらも相変わらずだ。

「やあガーベラ」

ラクアは微笑を向けた。サントスは口だけパクパク動かしていた。

「こんにちは、そろってどうしたの？」

「新しい川がほしい場所があるって相談されてね、アシュランも交えて話をしてきたのさ。これからその土地を見てみようと思ってね」

「そうなの。いってらっしゃい」

ひらひらと手を振ると、サントスも恥ずかしそうに手を振ってくれた。


今日はいろんな神様にあえてうれしいわ。オルガとハロルドに会えば恋人制覇じゃない。行ってみよう！


ゆりはオルガの元にとんだ。オルガはぐっすり眠っていたので顔を見て頬にちゅっとキスして別れた。

ゆりは次にハロルドの元にとんだ。ハロルドは神殿の裏で息子ジェイクに剣の稽古をつけている最中だった。

二人がガーベラに気づくと、

「それじゃ今日はここまでだ」とハロルドは切り上げた。

「ありがとうございました。お母さん、今日も綺麗だよ」

ジェイクは挨拶のようにほめてくれた。

「ありがとう。あなたもだいぶたくましくなったわね」

ハロルドの息子だけあって肌も日に焼け、体つきも会うたびに男らしくなっているようだ。

「まだまだだろう」

ハロルドは息子をにほめられてまんざらでもなさそうな顔つきで言っていた。

「今日はどうしたんだ？」

ハロルドはジェイクの姿が見えなくなり、聞いた。

「あなたに会いたくなってきたの」

ゆりがすんなり言うと、ハロルドは「そうか。まあゆっくりしていけ」と言い、剣を挿すベルトを腰からはずしていた。

「それが・・・もうそろそろ時間かも」

結構な時をすごしていたので、ゆりはそう言った。

「ん？来たばっかりじゃないのか？」

「いろいろあちこち行ってました」

「どこに？」

「火の神殿に行って、酒蔵行って雲の上の神殿に行ったの。そして夜の神殿にも行ったわ」

「ふーん」

ハロルドはちょっとしらけた様子で言った。

（それにしてもよくのこのこと雲の上の神殿に行くもんだ）とそう思いつつ。

「恋人みんなに会いたいなって思って・・・」

「みんな会ったのか？」

「みんなに会ったわ」

「・・・・」

ハロルドの表情が微妙になってきた。だが、ここではゆりはまだ気づいていなかった。

「ちなみにみんなというのは？」

「サラディン、ジンラ、ラーズ、サントスにラクア、オルガ、そうそうライオネルにも会ったわ。子守してた。ぷぷ」

ゆりは思い出し笑いをしていたが、ハロルドはますます微妙な顔つきになっていた。

「それってどういうことだ。ガーベラ」

ハロルドがゆりの肩に手をかけた時、異変が起きたのだった。

気づいたらゆりは人間として目覚め、ハロルドが横にいたというわけだ。



思い出した〜ものすごい偶然だわ。ものすごい嫌な偶然だわ〜


蛇になったゆりは記憶を鮮明に思い出しながら、廊下を移動中だった。


そのころハロルドは、城の近くにある厩にいた。そこには４頭の馬とへんてこな天馬プリモがいたが、皆うれしそうにいなないていた。

ハロルドは面白くなさそうな顔でプリモの鼻先をなでていた。

「まったく失礼な女だ。なんで私が最後なんだ！」

ハロルドは忌々しげにつぶやいていた。


どうやらハロルドは「おっちゃん」発言に怒っていたわけではないようである。




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