第14話
突然蛇に変身させられたゆりだったが、身体に力が入るせいかなかなかするするっと進むことができなかった。その上床を直接進む、
というのが微妙だ。綺麗に掃除されている床とはいっても、あまり気持ちのよい気はしない。なにせ蛇は服を着ない。いわゆる
裸のまま床をはっているのだから。
蛇ってどうして手足がないんだろう・・・
そんなことまで考えていた。
手と足があったら・・・・いや、それって長いトカゲみたいになっちゃうじゃない。やっぱりない方がいいわ
ゆりは手足がある蛇を想像し、すぐに却下した。
この世界の動物達は神様が創造したということになっている。動物達は中には進化したものもいるだろうが、蛇は昔からこのままだ。
この姿が蛇にとってはもっとも適しているということなのだろう。だから未来永劫このままに違いない。
がんばれば木だって登れるもんねえ。どうせなら翼がある蛇にしてほしかったな。そしたら飛べたのに・・・・
ようやく階段までたどり着いたゆりは、下から上ってくる黒蛇に出くわした。
魔王だ・・・・
別にハインリヒの黒蛇が出ているわけではないが、黒い蛇をみるとついそう思ってしまうのだった。
蛇同士は日常的に挨拶をしているのかどうかは謎だが、黒蛇から目をそらし、ゆりは階段を見つめながらどうやって下りればいいのか考えた。
いざ自分が蛇になると、蛇がどうやって階段を下りているかなどとっさに思いつかない。何十年も蛇を見てきたというのになんということだろう。
うーむ・・・とうなっていると、黒蛇が上にあがり、側にやってきた。
自分よりも大きめの蛇である。黒蛇は黒い縦長の瞳でじっとこちらを見ていた。
挨拶しなかったから怒っているのかも？それとも（かわいいお嬢さんおはよう！）なんて言ってたりして、などと思っていると、
蛇が身体を寄せてきた。
ん？
黒蛇はなにげに胴体をからませてこようとしている。
もしや・・・ちょっと待った！何するの。やめてよー
ゆりは逃げようと階段の上でうにゃうにゃ動いていた。季節は夏だが、発情する蛇もいるようだ。さすが黒蛇、などと感心している場合ではない。
やらしいわね！あっち行ってってば！
シャーと口を開けてみたが、黒蛇は恐れる様子もない。長い胴体を寄せてくる。
やだー誰か助けてー！！！
心の中で助けてを求めていると、誰かにすっと抱きかかえられた。
はっとその人物を見上げると、そこにいたのはハインリヒだった。
やった！天の助け！
ハインリヒは黒蛇ゆりを優しく見つめ、「綺麗な色だ」と言った。
「なかなかこれだけ艶々な黒い蛇はいないなあ」
気づいて！ハインリヒ、気づいてー！！
ゆりはハインリヒの手首に巻きついて喜びを表現してみた。
「ははは、かわいい子だ。いいかい、あまり強引にしちゃいけないぞ」
ハインリヒはどうやらオスの黒蛇に言っているようだ。
「じゃあがんばれ」
え？
ハインリヒはなんと黒蛇ゆりをそのまま下に下ろして行ってしまった。
ショックを受けたのはゆりだ。
助けてくれたと思ったのにーーーー本能で気づいてよーばかー！！
ゆりは心のうちで絶叫したが、ハインリヒには届かなかった。
再び黒蛇が迫ってきた。
ゆりがどうやって逃げようかと思っていると、横から青い蛇がするりとやってきた。ルーである。
ルーはゆりに顔を向けた。
ルー助けてくれるの？
ルーは行けと言っているかのようだ。ゆりに向かってあごをしゃくっていた。
ルーありがとう！！持つべき者は男よりも女友達よね！
ゆりは思い切って階段を下りて行った。
食堂では子供達は食事を済ませてミシェイラ、ロイ、ナナミは食堂を出て行った所だった。
「お母さんってばまだ寝てるのかなあ？」
ラギが呆れた口調で食後の紅茶を飲んでいると、シスが「まあいいじゃない」と気楽に言っていた。
ゆりが遅れることは珍しいことでもない。
だがゆりを待っていた侍女はちょっと奇妙な顔つきだった。他の侍女がゆりの居場所を探していたが、どうにも見当たらないのだ。
朝だし、城の外にはいないと思っていたのでまだ大げさにはなってはいなかったが、その時食堂の扉がノックされ、ハインリヒが
顔をのぞかせた。
ハインリヒは侍女に目くばせし、侍女は困った顔つきになった。
「王妃がどこにもいらっしゃらないんですが、どなたか朝王妃にお会いになりました？」
ハインリヒの言葉に子供達3人は目を見開き、初めてゆりがいないことを知ったのだった。
階段を下りていたゆりは自分の侍女とすれ違っていた。だが侍女が気づくはずもなく、ゆりもあえて何もせずに、今はハザークの元に
行こうと必死だった。広いお城である。階段を一階まで降りるだけでゆりの時間では一時間もかかったかのような感覚だった。
しかも山登りでもしたかのような疲労感である。
そろそろ大騒ぎになってるのかなあ・・・
ゆりは王の間に行ってみようかとも思ったが、ハザークのほうが気づいてくれる確率が高そうだ、とやはりハザークの塔に行くことにした。
いつも半開きになっているお城の裏手の扉から外に出た。
城の中では子供達とハインリヒ、侍女達がゆりを探していた。
「トイレにこもってるんじゃない？」
アナスターシャはそう思ったが、全てのトイレは探した後だという。
「じゃあ父様の布団の中に潜ってたりして」
「王様の寝室は探しました。それでもいらっしゃらないんです」
と侍女。
「母様かくれんぼしてるの？よし！僕が探すぞ！」
話を聞いたロイは張り切ってゆりを探しに行った。
「え？これって遊びなの？」
ナナミが聞いた。
「違うよ。真面目な話だよ」
とラギ。
「とにかくもっとよく探そうよ」
シスが言い、子供達と侍女達でゆりを探したのだった。
この時には、王の衣装を着ていたところだったラクシュミの元にも話が行っていた。
「ゆりがいない？」
ラクシュミは銀色に光る眉をわずかに潜め、「またか」と言ったのだった。
その頃ゆりは土の上を移動中だった。この頃になるとだいぶ腹ばい移動に慣れてきた。もう行くしかないのだ。
塔に向かっていると塔の近くで誰かがたたずんでいた。イシュタールである。イシュタールは元気がなさそうな暗い顔つきだった。
どうしたのかしら？
近づくとぼそりと「おっちゃん・・・・」という声が聞こえた。
もしや『おっちゃん』被害者？
ミシェイラはイシュタールにも「おっちゃん」と言ったのだろうか。
ゆりがイシュタールのブーツにジャンプしようとするのと、イシュタールが歩こうとするのがほぼ同時だった。
ゆりはイシュタールのブーツにあたり、蹴られた格好になった。
「あ！大丈夫か？」
イシュタールはあわててしゃがみ、黒蛇ゆりを手に取った。
「ごめん、ちょっとぼんやりしてたようだ。怪我はないか？」
イシュタールは黒蛇の胴体を回して怪我がないか確かめていた。裸なのでじろじろ見られるとちょっと恥ずかしい。
ゆりはこれはチャンスとイシュタールの腕にまきついた。
イシュタールは顔を寄せて「大丈夫か？」と聞いたので、ゆりはうなずいてみた。
「そうか、よかった」
イシュタールは蛇が返事をしても気にする様子もなかった。
「じゃあ」
イシュタールが再びしゃがみ、蛇を下ろそうとした。ゆりは必死にイシュタールの腕に巻きついて離れなかった。
「降りないのか？まあいいが・・・」
蛇の身体といっても抱き上げると結構重い。だが男性にとっては持って移動できる重さだ。
ゆりは胴体をイシュタールの腕にからませたまま、ハザークの塔の方に必死に顔を向けた。
気づいてー！上まで連れて行ってー！！！！
「ん？ハザーク様の塔に行きたいのか？」
ゆりはやったとばかりにうなずいた。
「ハザーク様に会いたいとか？」
ゆりはまたうなずいた。
「賢い蛇だな」
イシュタールはなんとあっさりゆりを巻いたままハザークの塔に入って行ったのだった。
ありがとう！イシュタール！！ハインリヒよりも好き！！
ゆりは心の中で何度も礼を言った。
イシュタールは階段を上がってハザークの部屋の扉をノックし、中から侍女が顔を見せた。
「あの、この蛇がこちらに来たいというのでつれてきたんですが・・・」
イシュタールは腕に巻きついている黒蛇を見せた。
「そうですか。では受け取りましょう」
「それでは」
イシュタールは黒蛇ゆりを侍女に渡して去って行った。
侍女はくるりと部屋のほうを向き、ゆりはあんぐりと口を開けた。
部屋の中にハザークの姿はなかった。
まだ寝てるの？
ゆりはショックを受けた顔で侍女を見上げた。
「ハザーク様は今王様に呼ばれてお城に行ってるんですよ」
なんですってー！！！
ゆりは卵を丸呑みできるほど口を開けていた。それなら王の間に行った方が早かったではないか。
「あなた初めて見る顔ですね。ハザーク様はそのうち返っていらっしゃいますよ」
侍女は優しくそういってゆりを下ろしたのだった。
王の間にはハザークがやってきて、ラクシュミがゆりがいないことを告げていた。
「王妃がいない？また？」
ハザークもまたという言葉を使っていた。
「そうだ、またいない。お前昨晩は一緒じゃなかったな？」
「いや」
「城の中を探しているんだがどこにもいないのだ。庭園もいないし、誰も見てない」
ラクシュミは困った顔をしていたが、まだ緊迫した表情をしてはいなかった。どこか近くにいるだろうと思っているせいかもしれない。
ハザークは首をかしげている。
「我は知らんぞ。大方王がまた冷たい言葉でも言ったんじゃないのか？」
「私が？まさか」
ラクシュミはわずかにのけぞっていたが、頭の中ではすばやく記憶をさかのぼっていた。
だが、ゆりを傷つくことを最近言った覚えはなかった。
「原因は私ではないだろう。たぶん」
「王でなかったらなんだ」
「うーん・・・・」
その時断りもなしにミカエルが王の間にやってきた。ミカエルはラクシュミよりもはるかに緊迫した表情をしていた。
「王妃がどこにもいないってどういうことなんです！？」
「さあ、わからん」
「大方王が王妃に冷たくしたんだろう」
ハザークの言葉にミカエルは目を見開き、ラクシュミの顔は引きつっていた。
「王！なんでそんな・・・・」
「違う、私は冷たくなどしていない！」
「じゃあ毎晩相手してやってるのか？」
ハザークの追い討ちをかけるような言葉にラクシュミはぎくりとした。
「いや、だが、それが原因ではないだろう。いまさら・・・」
「それが原因ですよ！」
ミカエルは言い切っていた。
「王が疲れた、とか言って王妃に冷たくしたんでしょう。だから王妃はすねてどっか行ったんですよ」
「それじゃないと思うが・・・」
「いや、そうだ」
「そうに決まってます！」
二人に言われるとラクシュミもそうかもしれない、と思い始めていた。
だがそんな・・・
新婚当初ではない。今ではゆりも思っていることはラクシュミに言うし、今更そんなことでそれほどまでに傷つくとも思えない。
その時ヴィクターから思念があり、ラクシュミはとっさに「やめてくれ」と言っていた。
─はい？
ヴィクターからは戸惑いの言葉が返ってきた。どうやらラクシュミは昔のことを思い出したようだ。
「いや、なんでもない。なんだ？」
─今城に来て聞いたんですが王妃がいらっしゃらないという話は本当ですか？
「どうやら本当だ。城の外を探した方がいいのかもしれない」
─では私が指令を出しましょう
「頼む」
「私も探しに行きます！」
ミカエルは言うなり消えた。ハザークは「戻る、何かわかったら教えてくれ」と自分の塔に戻って行った。
「いったいどこに行ったのやら・・・・」
すっかり忘れかけていたがゆりは妊婦だ。何気ない言葉に過剰に反応したのかも？
昨日は・・・何を話したっけか？
出て行った理由がわからないだけに、ラクシュミも頭を悩ますばかりだった。
黒蛇ゆりの元に待望のハザークが返ってきた。ハザークは長いすに寝そべり、ゆりは長いすの下でぴょんぴょんはねていた。
「どうやら王妃がいなくなったらしい」
ハザークは侍女に説明し、侍女は「まあ！」と驚いていた。
「いったいどこに行かれたんでしょう」
「さあなあ」
ハザークはようやく飛び跳ねている黒蛇に気づいた。
「見ない顔だ」
「そうですね」
私ゆりよー！！！！！ハザーク様気づいて！
ゆりは熱い視線を送っていた。
「・・・・この蛇腹が減ってるんじゃないのか？」
ちっがーう！！！
ゆりはずるりとずっこけていた。
だがここであきらめてはいけない。ゆりは鎌首をもたげて横に首を振った。
「何かハザーク様に訴えているようですねえ」
侍女が言った。
「お前は見込みがある。あと100年ほどしたら我を話せそうだ」
そんなに待てませーん！！！
「・・・・よく見ると誰かに似てる」
ハザークがじーと黒蛇を見て言った。
「どなたでしょう」
「さあ・・・・この低い鼻は誰かを思い出すが・・・」
蛇にも低い鼻とかあるんですか？ってすでに私のこと思い出してません？
そうゆりは思ったが、ハザークは「王妃にそっくりだ」とまでは言わなかった。
蛇で思い出されてもゆりとしてはあまりうれしくないが。
ゆりはハザークがまったく気づかないのでかなりショックを受けていたが、とりあえずハザークの長いすの上にあがり、空いている所に
とぐろを巻いた。ハザークは別に邪魔にすることもなかった。
城の外でも戦士達のゆり探しが始まった。
「王妃・・・」
「いったいどこへ・・・」
シャナーンなどは泣きそうな顔で探していたに違いない。
城の内部をあらかた探した子供達とハインリヒ、侍女達が王の間に集まっていた。中には老人ザメハやフレイも混じっていた。
ロイはまだ探し中だ。
皆不安げな表情である。
本日は王様急用につき、面会予定だった者たちへの対応はフリットがしていた。こういう時はミカエルよりもフリットのほうが頼りになる。
「これだけ探してもいらっしゃらないとは・・・・王よ、よく考えてくだされ。何か王妃が傷つくようなことをおっしゃられたのでは？」
ザメハは眉間にさらに皺を刻んでラクシュミに詰め寄っていた。
「言ってないというに」
「父様よく思い出して」
アナスターシャまで加わっていた。
皆でラクシュミを悪者にしているようだ。
「あの・・・」
今日は休みだったゆりの侍女、ミラが前に進み出た。
「もしかしたら再び過去に呼ばれてしまったのではないですか？」
「魔力の残像も感じないしそれはないですよ」
ハインリヒがすぐに答えた。
「今度は別の場所から呼ばれたとか」
「別って？」
シスが聞いた。
「神様の国ですわ。王妃様は神様と親交がありますから」
「神の国？」
王の間がざわついた。
「どなたかが王妃様に懸想され、神の国に閉じ込められたのでは？」
ミラは至極真面目な表情で言った。
だが、周りはちょっとぴんときていなかった。この場にシャナーンがいたならば、「きっとそうです！」と賛同したに違いない。
「神の国でゆりが何かしでかしたというならわかるがな」
ラクシュミが言うと、「それならわかります」とラギもうなずいた。この場にゆりがいたら怒りそうだ。
「神の国なあ・・・」
つぶやいているとミシェイラを抱っこした侍女が前に出た。
「あのう、ミシェイラ様が朝まで王妃様と一緒だったようなんですが・・・・」
「そうなのか？ミシェイラ」
ラクシュミが聞くと、ミシェイラは「うん」とうなずいた。
「ミシェイラったらそういうことはもっと早く言ってよ」
アナスターシャが文句を言い、侍女が変わりに「すいません」と謝っていた。
ミシェイラはいつも王のベッドに勝手に移動しているので、侍女達はそっちかと思っていたようだ。
「ミシェイラ、朝起きた時ゆりはいたのか？」
「うん」
「ゆりはずっと部屋にいたのか？」
「うん」
「どうやらミシェイラ様が先に部屋を出られたようなんです」
と侍女が説明した。
「ということは、朝ゆりはいたんだな」
「マーはね、マーはね、すっごっくかっくいーくなったの！」
ミシェイラが大きな声で言った。
「かっくいーくなった？」
「へびへび」
「ん？」
「へびへび」
「どういうことだ？」
ラクシュミは周りに助けを求めていた。
「マーはね、すっごいの！かっくいーへび！」
ミシェイラは興奮したように両手で円を描いていた。
「お母さんが蛇になったって言うんじゃないよね？」
ラギが確認するように聞いた。
「なったよ！」
「え？」
「マーヘビ！」
王の間の中がしーんとなった。
まさか、という思いで満ちていた。だが幼児の言うことだ。夢ということもある、と皆が思っていた。
その時ラクシュミの足元には一匹の茶色いメス蛇がいた。
ラクシュミがその蛇を見ると、蛇が顔を向けた。
そういえばこの蛇、さっきからずっとこの場を離れないが・・・
「まさかな」
ラギはミシェイラに近づき、もう一度聞いていた。
「ミシェイラ、お母さんは蛇になったって言うの？」
「うん」
「どんな蛇？」
「かっくいーへび」
ラクシュミは茶色い蛇を抱き上げていた。
「もしかしてこの蛇がゆりか？ゆり、お前蛇になってしまったのか？」
ラクシュミは蛇の黄色と黒の瞳をのぞきこんでいた。
「さては神の国で何かやらかしたな？それでとうとうこんな姿になったんだな？だからあれほど気をつけろと言ったじゃないか。
今度は何したんだ？」
「王、落ち着いてくだされ、ミシェイラ様のいうことですから・・・」
ザメハがラクシュミの袖を揺さぶった。
「だがこれだけ探していないんだぞ」
「ミシェイラ、あの茶色い蛇が母様なの？」
シスが強張った顔で聞いた。ミシェイラはぶるぶると横に顔を振った。
「違うのか？なんだ」
ラクシュミは蛇を下ろした。
「じゃあ何色の蛇だ？」
ミシェイラは首をかしげている。
「ミシェイラ、色を指してごらん。同じ色」
ラギがやんわりと言った。
「うーん、うーん」
「赤かな？緑かな？白かな？しましまかな？」
「うーん」
子供達はそこらにいた蛇を捕まえてはミシェイラにみせた。
「どの蛇と一緒かな？」
「うーん。これ」
ミシェイラが指したのは黒い蛇だった。その時ハインリヒの顔がさっと青くなった。
「あっ！まさかどうしよう！」
ハインリヒは動転していたのか断りを入れることもなく消えた。
ハインリヒは３階の階段あたりを探したが、もう黒蛇はいなかった。
「王妃！さっきのは王妃だったんですか？」
叫んだものの近づいてくる黒蛇はいなかった。
その時シスから
─どうしたの？
と思念が来た。
─私朝、黒蛇を見たんですよ。オスに手篭めにされたかもしれない。ああどうしよう！
─えー？まあ落ち着いてハインリヒ。まだ母様と決まったわけじゃないし
─そんなに大きくはない蛇でしたよ、探しましょう！
─あ、うん
「母様は蛇になった。本当のことなのかなあ？」
シスはまだその言葉が信じられずにつぶやいていた。
「いないんだからひとつの可能性として探してみるしかないよ」
とラギ。
「もし蛇になったのなら、やっぱり神の国で何かしたのかな？」
「冗談としか思えないけどねえ」
アナスターシャも首をかしげていると、
「パパみたいだね」
とナナミが言った。
「大きい蛇なのかなあ？確かに変身したらかっこいい！」
「ナナミったら・・・・」
「まったく・・・とにかく、メスの黒蛇を探そう。まだそこらにいるだろう。きっと」
ラクシュミの声で子供達はわらわらと散って行った。
フレイとザメハは目を合わせ、どうにも信じられない様子で首をかしげていたのだった。
「え？今度は黒い蛇を探して王の間にもって行くの？わかった！」
シスはロイにそう頼んでいた。
それがゆりかもしれないとはまだ伝えてはいない。
「メスだけだよ。メスだけ！」
「はーい」
子供達だけでは人が足りないので、近くにいた戦士達も借り出されて、黒蛇探しが始まり、昼を過ぎる頃には大量の黒蛇が
王の間でうにゃうにゃする有様だった。中には違う色の蛇も混じっている。
「ロイ、オスを連れてきてどうするんだ！」
「間違えちゃった」
ラクシュミが明らかに違うだろう蛇を外に出させていた。
ラクシュミは目の前の100匹もいるだろう蛇を見てちょっと途方にくれていた。
ゆりは蛇になったというが、人間としての意識はあるのかないのか、それが問題だ。
人間としての記憶すらなかったらどうすればいいのだろうか。
ちなみにミシェイラは昼食を食べてすぐ昼寝に入ってしまっていた。
「ゆり、いたら・・・いたらこっちに来い」
ラクシュミがそういうと10匹ほどの蛇が反応し、ぞろぞろ動いていた。
「うーん・・・・」
子供達が呼びかけても同じような感じだった。
「ミシェイラが起きるまで待つしかないね」
シスが言った。
「そうだね。起きればきっとわかるよ」
とラギがうなずいた。
王の間にようやく手が開いたフリットがやってきていた。
フリットは引きつった顔で、「本当にこの中に王妃がいるんですか？」と聞いた。
「さあ、いるのかいないのか・・・とりあえず人間のゆりはどこにもいない」
ラクシュミの横ではすすり泣く声が聞こえていた。
ミカエルである。
「かわいそうな王妃・・・・」
黒蛇を集めていたミカエルは、ついゆりを思い泣いていた。ラクシュミはそんなミカエルにうっとおしげな視線を向けた。
「追加です」
大きな布を両手に持ってヴィラとジュノーが入ってきた。
布の中には10匹ほどの黒蛇がいた。
シスとミルキダスも布を手にやってきた。さらに10匹ほどがそっと下ろされた。
「本当にこの中に王妃がいるんですか？」
ミルキダスが聞いた。
「さあ・・・」
とシス。
アナスターシャとナナミも両手に一匹づつ小さな黒蛇を手に入ってきた。ミシェイラの言葉では蛇の長さがよくわからないため、
長いのやら短いの、いろいろな蛇がいる。
ハインリヒがやってきて、「城の中の蛇は大方連れてきました」と報告した。黒蛇探しをしていた侍女達も返ってきた。
他の戦士達はまだ探し中である。
「そうか。結構いるなあ」
「庭園まで範囲を広げるとさらに増えますが」
「・・・・」
その時王の間にあわてた様子のシャナーンが入ってきた。
「王妃が蛇になってしまったというのは本当なんですか！？」
シャナーンは悲壮な表情で聞いた。
「本当かどうかはまだ・・・」
「王妃・・・かわいそうに・・・」
シャナーンは床にひざをつき、両手もついて顔を下げ、蛇と同じ視線になっていた。
「王妃、たとえ一生蛇のままだとしても、私はあなたを愛しています！」
「こらこら不吉なことを言わないように」
ジュノーがついたしなめていた。
「私だって！私だって蛇の王妃と毎晩一緒に寝てもいいくらいだ！」
ラクシュミの横にいたミカエルが発言していた。
「魅力的すぎるからきっと嫉妬されてこのような姿になったに違いないです。かわいそうな王妃・・・」
シャナーンは本気で涙を流していたが、同意していたのはゆりの侍女達くらいのものだった。
美青年の涙は普通ならば心にぐっとくるものだが、今は他の皆にとってはうっとおしいだけだったに違いない。
─シャナーンに言ったのだれだ。内緒にしとけと言ったろう
ラクシュミはヴィラ、ジュノー、ハインリヒ、ミルキダスに文句を言っていた。
─すみません、どこからかかぎつけてしまって・・・
ヴィラが謝った。
─うっとおしいのはミカエルだけで十分だというのに・・・・ん？
「イシュタールはどうした？」
ゆりの恋人でイシュタールだけがこの場にいなかった。
「イシュタールは遠くにいたので呼ばなかったんです」
ヴィラが答えた。イシュタールはあの後遠くの方に移動して探していたようだ。ゆりが瞬間移動で遠くにいたという前歴があるからだ。
城の付近にいた戦士達だけ城に呼ばれて黒蛇探しに借り出されていた。そのほかの戦士達はゆり探しを終了させている。
下の連中には「王妃は見つかった」ということになっているが、上の連中はいないことを知っている。
皆もんもんとしたまま仕事をしているに違いない。
「そうか、来れそうなら呼ぶか」
「私が呼びましょう」
フリットがイシュタールを呼んだ。
「お前達は休んでいいぞ。昼食を食べて来い」
ラクシュミは子供達にそういい、子供達はゆりが心配ながらも王の間を出て行った。
「私にはどの蛇が王妃かわかるはず・・・」
シャナーンはそういいながらも蛇の顔を見比べていた。シャナーンに負けじとミカエルもゆり探しを始めだした。
二人ともお互いに負けじと必死だ。
「愛の力でわかるかな？」
ジュノーがつぶやき、ヴィラは、
「わかったらすごい。たいしたものだ」
と答えていた。
シャナーンとミカエル以外は皆途方にくれた表情をしていた。20人ほどいた侍女達は「王妃、王妃」と呼びかけていたが、一匹だけ
変わった蛇というのはいなかった。
侍女が王の間に食べ物を運んできたが、皆食べる気になれずに手をつけなかった。
やがてその場にイシュタールがやってきた。
「小さい王妃見つかったんですか？」
「小さい王妃？」
「将軍達が王妃が魔法で小さくされて探してるんじゃないかって言ってましたが」
「ああ、ヴィクターにはとりあえずそういっといたんだ」
ラクシュミが答えた。
ハインリヒがゆりが蛇になったと説明すると、イシュタールは「まさか」と皆と同じ反応を返した。そしてそれが黒蛇だと聞くと、
はっとした表情になった。
「私変わった黒蛇を見ましたよ。ハザーク様のところまで連れて行きましたよ」
「ええ！？」
皆同じように声をあげた。
「本当か？イシュタール」
ラクシュミは、すっかりハザークに連絡するのを忘れていたのだった。
「本当です。まだいらっしゃるといいんですが・・・」
「私が行きます！」
「私が！」
シャナーンとミカエルが同時に言いだし、ラクシュミは「フリット、イシュタール、行ってこい」と命令を出した。
「あ、ひどい！王」
「うるさい、お前達はもううっとおしいんだ」
ラクシュミは機嫌が悪そうな顔で言ったのだった。
二人が迎えに行った時、ゆりは疲れたのかハザークの横で寝ていた。
イシュタールはその蛇を見てほっとした。まさしく朝見た蛇である。
「よかった。王妃・・・」
「王妃？」
フリットに「この蛇が王妃かもしれません」と言われたハザークは、珍しくもぽかんと口を開けていた。
「それは・・・冗談なのか？」
「いえ、本気です。この蛇預かります」
「これが王妃？」
フリットは眠っている蛇をそっと腕に抱き上げて、二人はお辞儀をして部屋を去った。
二人が去った後もハザークはその表情のまましばらく動かなかった。
「起きろゆり！」
その声で黒蛇ゆりは目を覚ました。そして近くにラクシュミの顔があるのを見て喜んだ。ゆりの身体はラクシュミがいつも座る椅子に
乗っていた。
王様！私だって気づいたの？！よかった！！
ゆりはうれしかった。
「お前、ゆりなのか？」
ゆりはこくこくうなずいた。
「蛇にされてしまったのか？」
またうなずいた。その場にいた者達はざわめいた。まさか本当に・・・と思っていたことが現実に起こっていたのだ。
「お前ってやつは・・・・」
ラクシュミは震える拳を握り締め、ゆりを見下ろしていた。
「お前ってやつは・・・なんでハザークの所にいるんだ！一番に私のところにくるべきだろ！」
え？最初に気にしたのがそっち？
ゆりは拍子抜けした。てっきりどうしてこうなったかを聞かれると思っていたからだ。それよりも再会を喜ぶ場面があってもいいはずだ。
（心配したぞ！）とか（会いたかった！）という場面はすっ飛んでいる。
「お前は王妃の自覚が足りないぞ。そもそも最初にここに来れば余計な手間をかけずにすんだんだ！どれだけ蛇集めたと思ってるんだ！」
ゆりは困ったのか顔をさげていた。この時には集めた蛇は王の間の外に出されている。
「一番に私のところに来ていればすんなりわかったものを・・・」
ラクシュミは怒り顔でゆりに説教していた。ミラがゆりに同情してラクシュミに近づこうとしたが、ヴィラが制した。
「我々は出た方がいいですね」
「そうだな」
ヴィラにフリットが答えた。
「王妃が少々かわいそうですが・・・」
とミルキダス。
「見つかってよかった・・・」
「王妃・・・・」
「心配しました」
男達はミカエルとシャナーンを強引に連れて王の間を出て行った。侍女達も出た。王の間の番兵達もこっそり出て行き、王の間は
二人きりになった。
「大体どうしてそんな姿になったんだ？大方ハロルドに何かしたんだろ？今度はどこ蹴ったんだ？だから気をつけろとあれほど・・・」
ゆりはしまいには丸まっている胴体の中に頭を入れ込んでいた。
「こら！話を聞け！日ごろから王妃らしくしないからそういうことになるんだ。まったく・・・それにしてもハザークを
優先させるとはどういうことなんだ！」
話は最初に戻っていた。
ううう・・・つらい・・・別にハザーク様のほうが好きとかそういうことじゃないのに・・・・最初にこっちにくればよかったよー
まさかこんなことになってしまうとは。話ができないゆりは弁解することもできずに、子供達が来るまで延々と
ラクシュミの説教を聞く羽目になったのだった。
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