第15話


「王妃・・・どうせならもっと大きな蛇になってくれたらよかったのに・・・」

再び蛇のゆりを見たハザークの第一声がこれだった。

「そんなに小さくちゃなあ・・・」

とちょっと残念そうだ。ハザークは大きさを自分で変えられるといっても小さくなる限界があるようだ。

部屋にはその他大勢いたのでハザークもそれ以上は言わず、部屋を去って行った。

ここはゆりの部屋。ゆりの侍女達、恋人達、子供達がいる。

皆の反応はさまざまで、その話を聞いたロイは「僕も蛇になりたい」とゆりをちょっとうらやましがっていた。


長いすに乗っていたゆりは皆に見下ろされながら、困ったものだと思っていた。

とりあえずラクシュミに、先にハザークの元に行った説明をしたかったのだが、それができない。

皆の興味は「なぜゆりが蛇になったのか」その一点だったが、蛇のままでは説明もできなかった。

しかも気に障ることに「王妃、いったい何をやったんです？」と、ゆりがまるで何かをしたかのように聞かれるのだった。

まるで今まで散々自分が何かをしてきたかのように。

いや、考えてみると結構しているかもしれないが、今回に限っては自分が何かをしたわけではない。

ゆりはそうはっきり言いたかった。


ゆりの頭上では皆の推測があれやこれやと飛び交い、シャナーンとミラをはじめとしたゆりの侍女達だけが、ゆりを弁護するかのように

ゆりにとっては有難いことを言ってくれていた。


「話ができないんじゃさっぱりわからないね」

アナスターシャが言った。

今日はもう子供達は訓練も勉強もなしになってしまったようだ。

「あ、そうだ」

とラギは何かを思いついてみんなの輪から出て行き、入れ違いにミシェイラが入ってきた。

ミシェイラは皆の輪の中に入ってゆりをみて、「マー」と言った。

その言葉に、皆の顔にやっぱりそうなのか、という落胆の表情が浮かんだ。

王妃が蛇になったのは何かの間違いだと心のどこかでは思っていたのだろう。


「ねえ、ミシェイラ、母様はどうして蛇になったのか覚えてる？」

シスがやさしい口調で聞いた。

「うん」

ミシェイラはうなずいた。

「どうして蛇になったんだろう？」

「どろんってなった」

「どうしてどろんとなったの？」

ミシェイラは小首をかしげていた。

「どろんとなった理由わかりますか？」

ヴィラが可能な限り優しい声で聞いていた。

ミシェイラは右に左に首をかしげ、「うん」とうなずいた。

皆がミシェイラの次の言葉に注目している。

「えーとね、えーと・・・パパといっしょ！」

誰かのため息が聞こえてきた。

「ミシェイラに聞いても説明できなそうね」

アナスターシャが小声でつぶやいた。ミシェイラはこれでもだいぶしゃべる方になったくらいだ。ちゃんと説明しろっていうほうが無理である。

その時横にいたナナミが、

「朝母様とミシェイラだけだったのよね？」

と聞いてみた。するとミシェイラは「ううん」と首を横に振っていた。

「あれ？二人だけじゃなかったのかな？他に誰かいたの？」

シスが聞くとミシェイラは大きくうなずいた。

「「誰がいたの？」」

アナスターシャとナナミの問いは一緒だった。

「あのねーおっちゃん！」

ミシェイラの口からまたあの言葉が飛び出した。


そうだ、いったい誰があんな言葉をミシェイラに教えたのだろう。きっとロイに決まってる！


ロイはさっさと遊びに行ってしまいここにはいなかった。今回のことはたいしたことではないと思っているようだ。

（しかし、嫌な話題になってきた・・・）とゆりは思った。


「おっちゃん？？おっちゃんって何のこと？」

アナスターシャが皆に聞いていた。

「おっちゃんというのは、中年の男のことですね」

とジュノーが説明していた。一同がざわめいた。それは一部にとっては由々しき問題でもある。

「朝・・・どの男と一緒だったんですか？王妃・・・」

緊張したような声で聞いたのはミカエルだった。

皆の視線が一斉にゆりを見たが、ゆりは長いすの背もたれの方に顔をむけていた。

いかにも後ろめたそうなそのしぐさに、男達はちょっと怪訝な顔をし、ミカエルの頬はぴくぴく引きつっていた。


「王妃の浮気者！」

「うわきものって何？」

ナナミが聞いた。

「うわきものっていうのは・・・何？」

アナスターシャがシスに話を振った。

「えーと・・・なんだっけ？」

シスがミルキダスに話を振り、ミルキダスは「えーと・・・情を移しやすい人ってことですね」と律儀に説明していた。

「どういうこと？」

ミルキダスの説明でも子供達はよくわからなかったようだ。

「朝一緒にいた男ってのは誰なんだ？」

ミカエルが男達を見回して聞いた。男達はそれぞれ困惑したりお互いの顔を見たりしている。

「ミシェイラ、どのおっちゃん？」

アナスターシャがミシェイラに聞いた。

「アナスターシャ様、その言い方は・・・」

とヴィラの顔は引きつっている。

「我々はまだ若いんですよ」

「心は少年ですから」

と言ったのはジュノーだ。

「ミシェイラにとってはおっちゃんじゃない？」とアナスターシャはきついことを言っていた。

「ひどい・・・」

「でもこの中の誰かが王妃と一緒にいたというのか？まさか」

フリットは信じられない様子だ。

「私は違いますよ」

とイシュタールが言った。

「私も違います」

とミルキダス。

「同じく。朝一緒にいたのならとっくに口にしてるでしょう」

ハインリヒが言った。

「おっちゃんおっちゃん、まさか将軍の誰かが？しかし蛇になったことと何の関係もないような・・・」

ミカエルはぶつぶつ言っている。ゆりの侍女達も相手は誰だろうと首をかしげていた。


戸惑いの空気の中ラギが返ってきた。

シスがラギにわかったことを説明していた。

「おっちゃん？この中にいたらミシェイラだって指でさせると思うけど」

ラギはもっともなことを言った。シスが「この中にその人いる？」とようやくミシェイラに聞くと、ミシェイラは「うんにゃ」と首を横に

振った。

「じゃあこの場にはいないってことですか？じゃあ新たな男なんですか？王妃ってば王妃ってばひどい！」

ミカエルは興奮気味にまくしたてた。

「うるさいなあ。落ち着いてくださいよ」

シャナーンは冷静だった。

「誰といようが王妃の自由です」

遠い目をしたシャナーンの瞳はちょっとうるんでいた。

「王もご存知ないんだから問題だろう」

「ミシェイラ様・・・まさか水色の髪の男じゃないですよね？」

シャナーンはミシェイラにこっそり聞いていた。

「文字表もってきたよ。お母さん、朝何があったのか白状してください」

ラギが持ってきたのは文字が並んでいる表だった。一文字づつ示せば文字を伝えることができるはずだ。

ラギはゆりの前にバーンと大きな紙を広げた。


白状って・・・すでに私が男を呼んだことになってるみたい・・・


ゆりは文字表を目の前に途方にくれた。

ハロルドに蛇に変えられたといえば理由を聞かれるだろう。

ミシェイラのせいだと言って信じてくれるだろうか。

まさか神様がそんなことで怒るはずはないでしょう、と笑われるに決まっている。


ゆりは仕方なく顔を向けていたが、皆の顔が一斉にゆりを見ていたため、やりずらいことこの上なかった。



「本当に男といたんですか？」

ジュノーが寂しげな犬のような目をして聞いた。

「朝一緒にいた男は誰ですか？」

ヴィラは表面上は微笑んでいたが、口調にはトゲがあった。

「王妃、名前を」

とハインリヒがせかした。

皆がジーとゆりを見下ろしている。



誰って・・・こんな状況でハロルドといたって・・・・・いえるかー！！絶対誤解されるに決まってるじゃない！！

すでに疑ってるし！みんな、そんな目で私をみないでー！！！

私は男を連れ込んでなーい！！



「あの、オッチャンとは蛇の名前では？」

ゆりの侍女が思い余って発言した。

「おっちゃんって蛇のこと？」

アナスターシャの声に、ミシェイラは「うんにゃ」と言った。

「男の人のこと？」

「うん」

そこははっきりうなずいた。

「お母さんさあ相手の名前を」

ラギもせかしている。

顔を動かしたゆりは文字表を眺めたものの、胴体を丸めて顔を中に入れてしまった。

「お母さんってば、なんでいえないのさ？」

ラギは不思議そうだ。

「あのーあまり王妃を追い詰めては・・・我々は出た方がいいのでは？」

ミルキダスは遠慮がちに告げた。

「そ、そうだな。少人数で相手をした方がいい。ミカエル、お前がそんな顔で王妃を睨むから・・・」

イシュタールが恨みがましい目でみているミカエルに気づいた。

「では、ラギ様とシス様とミラだけ残ってもらって後はでましょう」

ヴィラが皆を促し、「残る」と言い張ったミカエルもつれて行った。


廊下に出されたミカエルは何かがひらめいたようにはっとしていた。

「わかった！男といたために後ろめたくて王を飛ばしてハザーク様の元へ行ったのでは？」

「王妃が蛇に変わった理由はなんです？」

ヴィラが聞くと、ミカエルは「わからん」とあっさり言い、「もしや何かののろいかも？」と言い出した。

「のろい？」

「王妃が浮気しすぎるから誰かののろいを受けたとか」

「そんなばかな」

ヴィラは鼻で笑っていた。

「ねえ、うわきっていけないことなの？」

ナナミがイシュタールに聞いていた。

「いけないことではないですよ。いいことですよ」

イシュタールが真面目に答え、「何がいいことだ！」とミカエルに突っ込まれていた。

「悪いことではないだろう。なあ」

イシュタールが横にいたフリットに話を振ると、「まあ悪いことではないな。いいことかもな」と言っていた。

「じゃあなんでミカエル怒ってるの？」

「それはミカエル殿が、この国で一番ほほえましい男だからですよ」

とジュノーが答えた。

「ほほえましい？頭が？」

アナスターシャが余計なことを言い、ミカエルに睨まれていた。ハインリヒは「あたってるかも」と笑い、次に睨まれていた。

「それじゃ私がばかみたいじゃないですか。そんなことばっかり言ってるといい女王様にはなれないですよ」

「とにかく推測ばかりしててもしょうがない。行こう」

フリットが促して、皆はもやもやしたまま廊下をぞろぞろ歩いて行ったのだった。歩きながらミカエルは、「私が一番ならお前は二番だな」

とシャナーンの肩をたたき、シャナーンはその手をすっと下ろしたのだった。



「お母さん、別に誰も怒らないからさ、本当のこと教えてよ」

「そうですわよ。王妃様の無実を語ってくださいませ」

ミラがゆりを応援するように告げた。

「僕達はみな母様が大好きだよ」

シスも励ましている。

ゆりはちょっと困ったように、『ハ』の文字あたりをちらちら見ていたのだった。



すすむ

戻る