第16話

ゆりの部屋から出た一同は王の間にいた。フリットの報告を聞くとラクシュミは、「男といた？」と首をかしげていた。

「男ってだれだ？」

「それが・・・」

「それが一番重要なところです！」

フリットの声をさえぎったのはミカエルだった。

「いったい誰なんでしょうか」

「一族の男ならば言うだろう。となれば・・・」

一族以外の男が城の中に入るというのは普通ならばありえないが、普通ではない人物ならば可能である。


「ミシェイラ、男って、金色の髪してなかったか？クーリーフンみたいに」

ラクシュミはひざの上にいたミシェイラに聞いた。

「クー？」

ミシェイラの目が輝いた。

「クーリーフンと同じ髪してたんじゃないか？」

ミシェイラは「うんにゃ」と言った。

「クーじゃない」

ミシェイラははっきりと力をこめて答えた。ミシェイラにとって、クーリーフンとハロルドはまったく別であり、同じように輝いていたと

しても、やはり別なのだ。

「違うのか？まさか私みたいな顔してたんじゃないだろうな？」

ラクシュミは一族の男以外というのなら神様だろうとそう思った。神様ならハロルドあたりだろうと思ったのだが、意外にジンラだったら

びっくりである。

「王は神様じゃないかって思うんですか？」

ヴィラが聞いた。

「それ以外ないだろう。相手が神様だから蛇に変えられたんじゃないのか？てっきりハロルドだと思ったんだが・・・・

ハロルド意外だと逆に困るな・・・」

ラクシュミはあごをなでていた。

ラクシュミが知る限り、ゆりが神の国に行ってることを知る男はハロルドだけである。相手がハロルドならばいいのだが、別の神に

知れて蛇にされた、ということになるとやっかいだ。

「ミシェイラ、本当に金色の髪じゃなかったか？金色っていうのはハザークと一緒の髪ってことだぞ？」

ラクシュミはミシェイラに念を押すように聞いた。

ミシェイラは「パパちゃう」と言った。

「うーん・・・」

「ミシェイラ様に神様の石像を見てもらいましょう。ハロルド様はそっくりですからね」

フリットが提案し、ミシェイラは庭園に連れて行かれたのだった。



その頃ゆりはといえば、仕方なく白状したところだった。

「「「ハロルドがやった？」」」

シス、ラギ、ミラの3人は声をあわせていた。

「ハロルド様が？」

「やったって・・・」

「え？ハロルド様ここにいらっしゃったの？」

シスの指摘に今度は3人の目が真ん丸くなった。

「どこ行ったんだろう？」

「わたし、一目でいいから実物ハロルド様がみたいですわ・・・」

ミラはつい我を忘れて頬を染めていた。

「僕だってみたい！そしてどうやったらすごい筋肉がつくのか聞きたい！」

「それは僕も聞いてみたい。お母さんってばまた遊ばれちゃったの？」

子供達の目は笑っていた。

もはや深刻感ゼロである。

「父様に言っておこう」

「まだハロルド様そこらへんにいるかなあ？」

「いらっしゃるといいですねえ」

ゆりのことよりもハロルドに会いたくてしょうがない3人だった。


シスから思念を受けたラクシュミはほっとしていた。相手がハロルドならばいつもの遊びだろうと子供達と同じように思ったからだ。

その時ミシェイラはハロルドの石像のところに連れて行かれていたが、興味がなかったのか勝手に移動してしまっていた。


「ハロルド様・・・そんなにも深く王妃を愛されているなんて・・・」

シャナーンはぼそりとつぶやき、その言葉にん？とジュノーとヴィラの二人は首をかしげていた。シャナーンは愛ゆえの行為だと

言いたいようだ。自分たちならば、愛されているからといっても蛇に変えられるのはいやだが。


「まさかハロルドまだ近くにいるんじゃないだろうな？私は会いたくないぞ」

ラクシュミははっとおののいていた。

「そうですね、さすがにお会いしてなんと言っていいやら困りますね」

フリットが言った。

「いつも王妃がお世話になって・・・なんていえないですね」

とヴィラ。

「そんなこと言えるか。あ、なんだか具合が悪くなってきた。私は休憩する」

ラクシュミはその場面を想像しただけでぞっとし、逃げるように去って行った。



「ほっとしたような、困ったような、なんだかもやもやした気分だなあ」

ジュノーが言った。

「同感だ」

とヴィラがうなずいた。

確かに皆の気分は複雑だった。王妃がまた神様に遊ばれた、と手放しに笑える話でもないような気もする。

「とりあえず、まあ、仕事に戻るか」

フリットがぽつりと言い出し、男達はそれぞれ気が抜けた感じで去って行った。

「私はハロルド様探そう！そしてロイみたいに強くしてもらうの！」

「わたしも！」

アナスターシャとナナミも消えた。

ゆりの侍女達はぼんやりした様子で歩いて王の間を出て行きつつ、

「王妃様の食事はどうしましょう？蛇の食べ物でしょうか？人間の食べ物でしょうか？」

と首を傾げあっていたのだった。


子供達は一目ハロルドの姿を見たくて城の近くを探したが、一向に見当たらなかった。ハロルドはさっさと神の国に帰ってしまって

いたからである。


昼食の時間、ゆりの前には人間の食べ物と蛇の食べ物両方並べられていた。ゆりはちょっと悩みつつも人間の食べ物の方を

たべていた。

子供達は時々ゆりに同情に満ちた視線を送りながらも、「ハロルドに会えないのが残念だ」と残念がっていた。



なぜ蛇に変えられたのか、誰も詳しく聞いてくれない・・・


ゆりはそのことにがっかりしていた。だが理由を言っても信じてもらえるわけもないだろう。

「母様いつ元に戻るの？」

ロイが聞いた。

「そのうちに戻るよ」

と答えたのはラギだ。

「蛇のままでもかわいいよ」

シスが目を細めて言ったが、慰めの言葉としては微妙だった。


夕食後、蛇のルーと長いすの上でまったりしていると、ゆりはどろんと人間の姿に戻った。

「やった！戻った！戻ったわ！」

ゆりはルーの頭を抱いて喜んだ。

「ありがとう。ルーありがとう」

ゆりは急いで部屋から出て、子供達や侍女達に姿を見せた。そしてラクシュミにも姿を見せたのだった。

ゆりはそこで初めてラクシュミになぜ蛇にされたかを説明した。

だがラクシュミはやはり怪訝な顔をしただけだった。

「本当よ。ミシェイラに『オッチャン』といわれて、ショックで私が蛇に変えられたの！」

「神様が『おっさん』と言われたくらいで怒らないだろう。相手は子供だぞ？」

「おっさんじゃなくておっちゃん！」

「どっちでも一緒だろう」

「とにかくロイをとっちめてやるわ！」

ゆりの予想通り、ミシェイラに変な言葉を教えたのはロイだった。

「面白かったよ。ミシェイラにオッチャンと言われたときのみんなの顔」

「そのせいで私が大変な目にあったじゃない！」

「神様なのに心が狭いなあ」

「ちょっとは反省しなさい」

ゆりはロイの頭をぺしりとたたいた。

「ロイは一月おやつぬき」

「えー！！」

「こっそり食べたら許さないからねー」

ゆりの左目は蛇の目に変わっていた。

「もし食べたらおしり100回たたくから、フリットが」

「えー！！！！」

ロイはさすがにショックを受けたのか、がくりとうなだれていた。


ゆりはその後お風呂で疲れを癒した。床を這い回ったせいか身体の節々が痛い。

お風呂に入りながらハロルドに対して怒りがこみ上げていた。


くそーハロルドめーいたいけな乙女を蛇に変えるなんてひどいーひどすぎるー！！！


湯浴みを終えた後、ゆりは部屋でミラ相手に決意を語っていた。

「次に神の国に行く時はカミソリを持ち込んでやる」

ミラはぎょっとのけぞった。

「まさか、あれはただの冗談だったんですよ。本気で怒ってはいけませんわ。王妃様」

蛇にされたのはそれほどまでの屈辱だったのか、とミラは感じていた。

普通はあれだけのことをされればしゅんとおとなしくしているものだが、ゆりはやはり違うようだ。といっても相手は神、

相手が悪すぎる。

「そして寝ている隙に・・・」

「そんなことをすれば殺されてしまいますよ。もう忘れてください！王妃様にそんな血なまぐさいことは似合いませんわ」

「髪をそる」

「え？」

ミラの耳がぴくぴくっと動いた。

「髪？」

「ハゲつくってやる。ふふふ」

「・・・・」

「それともモヒカンに。あの顔でモヒカン。いいかも。新たな魅力で」

ゆりは悪そうな顔で笑っていた。

「王妃様ったら・・・・ハロルド様の信者達が失神するからやめてください」

さすがにミラも呆れ顔だった。

「それが無理なら庭園の石像にかつらをかぶせるわ」

「それよりも、王様にはもう一度きちんと謝っておかれた方がよいですよ」

「さっき謝ったけれど、そうだね」

ゆりはそれもそうだと王の寝室に行くことにした。

するとラクシュミはもうベッドの上にいた。今日は仕事どころではなかったのだろう。


「王様、今日はごめんなさい。決して王様をないがしろにしたわけじゃないのよ。あの時は気が動転していたから」

ゆりは両手をそろえてしゅんとして言った。

「いいんだ。わかってる」

ラクシュミの声は優しかった。

「王様」

ゆりがベッドにあがろうとすると、ラクシュミに「今日は先客がいるからだめだ」と言われた。

「先客って？」

「蛇のユリだ」

ラクシュミが布団をめくると、でかい黒いメス蛇がでんと乗っていた。

「え・・・ゆり？」

「今日はこの蛇と寝ることにした」

「王様ってば・・・怒ってるの？ぷんぷん？」

「別に」

「こんな嫌がらせするなんて怒ってるじゃない」

「私は今日は精神的に疲れた」

ラクシュミはちょっと冷たげに言った。

「私のせいじゃないのにー」

「うっかりつれてきたのはお前のせいだ。なあ、ユリ」

ラクシュミは蛇をなでながら言っていた。ゆりに対する口調よりも優しげである。

「ひどい・・・わざとじゃないのにい・・・でもごめんなさい」

確かにいろいろ心配させたのは本当なので、ゆりは言い訳せずに寝室を出て行った。


でも王様とハロルドが対面しなくてよかった。それこそ、寿命が縮まるわ！


ゆりはそれだけは心底よかったと思っていた。二人が会った場面を想像するだけで身体が震える。

やはりハロルドに何かしないと気が治まらない。


モヒカンはやっぱり無理ね、かつらでいこう！


数日後、ゆりの手には黒髪のかつらが握られていた。

太陽がまぶしいくらいの昼下がり、ゆりはハロルドの石像の台のところに上ろうとし、ヴィラに発見されていた。


「何してるんですか？」

「ちょっと・・・・」

「それ、なんですか？」

ヴィラはゆりが持っている毛に気づいた。

「これ？かつら。かわいいでしょ？」

ゆりはにこりと笑って見せた。かつらには大きな三つ編みが二つあり、ピンクのリボンがついていた。

「これをどうしようと・・・」

「別に」

「まさかハロルド様にかぶせる気ではないでしょうね？」

「はい、その気です」

ゆりは台にあがり、背伸びをして本気でかつらをかぶせようとし、ヴィラがあわててゆりの身体を下に下ろしていた。

「王妃ってばやめてくださいよ。今度は3年蛇に変えられますよ？」

「まさか同じものには変えられないと思うけど」

「蛇より小さいものだったらどうするんです！」

「わかったわよ。じゃあ一日経ったらはずすから」

「だめ」

「一時間だけ」

「だめですってば」

ヴィラはかつらを取り上げていた。

「せっかく作ってもらったのにい」

「王妃がかぶればいいじゃないですか。ほらかわいい」

ヴィラはゆりにかつらをかぶせていた。

「それじゃ面白くないー」

ゆりはぶんぶん顔を振り、三つ編みが右に左に揺れていた。

「だめですよ。絶対」

「神様もそんな暇じゃないから見に来ないってば」

「万が一ってことがあります」

「じゃあヴィラがかぶってくれたらあきらめる」

「いいですよ」

ヴィラはすんなりかつらをかぶった。

「・・・」

あっさりかぶられたのでゆりは笑うに笑えなかった。

「かわいいです？」

「うん」

「気すみました？」

「あんまり。いや、すみました。ちょうだい」

ゆりは右手を出した。

「・・・・」

ヴィラは怪しがり、かつらを渡さなかった。

「これは私がもらいます」

「えー！！」

ヴィラはひらひらと手を振って去って行った。

「ちょっとだけでもかぶせてみたかったのにー」

悔しがったゆりは、やがてにやりと笑った。

「仕方ない。こっちにするかな」

ゆりは周りに誰もいないのを確かめて、スカートのポケットから何かを取り出していた。

それはレンズがない黒縁のメガネで真ん中にはでかい鼻がついていた。

祭でふざけてかぶるグッズである。この世界でも似たような物があったのだ。鼻の部分はブリキでできていて肌色に塗られていた。

ゆりは商人からこっそりこんなものまで入手していたのだった。

ゆりはもう一度周りを確かめて、台座の上にまたのぼっていた。

（いい年して何してんのかしら・・・）と心のどこかではさめている自分もいたが、ちょっとでも何かしてやらないと気がすまない。

石像の身長が高いので、ゆりは石像に抱きついて賢明に手を伸ばし、石像の耳にメガネをひっかけることに成功したのだった。

「やった！」

喜んだゆりだったが、石像から下りて改めて眺めてみると、でか鼻メガネをかけたハロルドはおかしいのだが笑えなかった。

（7人目もできるというのに何やってるんだか・・・）

と軽い自己嫌悪に陥ったからである。


これってロイ並みのいたずらだわ。まあいいか。ちょっとだけつけておこう


ゆりはとぼとぼと去っていき、しばらくしてこの場にきたら、メガネは取られていた。きっと誰かが見つけて取ったのだろう。


その日の夕食後、呼ばれて王の休憩室に行き、ゆりは仰天した。休憩室にはヴィクターとラクシュミがいたのだが、ラクシュミの手には

でか鼻メガネがあったからだった。

「王様・・・それ・・・」

二人は明るい雰囲気で笑っていた。

「これか？おかしなことに、博物館のお前の石像がこれしてたらしい」

「えー！！！！？」

ゆりは飛び上がらんばかりに驚いていた。

ゆりの石像とは、以前この国に落ちてきたゆりの裸体の石像である。それは博物館でドレスを着て飾られていて、今も大人気である。


「午後突然、石像がこれつけてたらしいですよ。まったく不埒なやつがいるものですね」

ヴィクターは呆れ顔だった。

「子供のいたずらだな」

ラクシュミはメガネを眺めて笑っている。

「子供でも許されないいたずらですよ」

「ははは、まあ、たいしたことじゃないだろう」

二人はいろいろ会話していたが、ゆりはそんな二人の言葉も耳に入らず、ただ真っ赤になっていた。


ま・・・まさかハロルドが・・・あれを見てた？必死にあれをつけてた私を見てたっていうの？

穴があったら入りたいくらい恥ずかしいー！！

こんな仕返しするなんてあなた子供ですかー？？


ゆりは恥ずかしいやら呆れるやらだった。もともと子供じみたことをしたのは自分だが、まさかこれの仕返しをされるとは思わなかった。


「王妃、大丈夫ですか？石像に傷はなかったですよ。だから安心してくださいね」

ゆりが驚きのあまり言葉を失ったと思ったヴィクターは優しく告げていた。

「お前でもこんなことくらいでそんなに驚くとはな」

ラクシュミも意外そうだ。

「これいるか？」

「いえ・・・私は・・・」

「ロイが喜びそうだな」

「私はこれで・・・」

ゆりはおとなしめに去って行った。

そして小走りに自分の部屋に戻ったのだった。


恥ずかしい！恥ずかしすぎる！ごめんなさい私の石像ー！！！


罪がない石像がそんな仕打ちを受けたため、ゆりは石像に申し訳ない気分だった。

神話によればハロルドは子供の頃、とてもやんちゃでいたずら好きだったそうだ。


今も十分いたずら好きよ！こうなったら！・・・いや、もうやめておこう。不毛だし・・・


ゆりは心の中で白旗を掲げたのだった。

その夜、でか鼻メガネをかけた自分の石像が夢にまで出てきて、ゆりは石像に「ごめん、本当にごめん」とただひたすら

謝ったのだった。



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