第18話
昼食時、城の食堂ではテーブルの上に珍しい食べ物が乗っていた。今日も太陽が照っていて暑い。
「みんな、味はどう？」
ゆりが聞くと、
「なかなかおいしいよ。上達したね。お母さん」
ラギが答えた。
「本当？他のみんなはどう？」
「おいち！」
「さっぱりしてて、のどごしがいいね！」
「つるつるっとすするのが面白い」
「本当？やった！やっとまともなうどんが作れるようになったわ！」
ゆりは喜びながらうどんをつるつるっとすすっていた。
それぞれテーブルの上にはガラスの器の上に白い麺、ゆりがうったうどんが乗っていた。その横には小さいガラスの器に赤い液体。
付け汁はトマト風味である。
ゆりは夏になるとどうしても麺が食べたくなり、たまにうどんを作ってみたりもしたのだが、おいしい！といえるほどの物は
なかなかできなかった。
今回久々に作ってみるとかなりうまくいったのだった。
麺の太さは均一ではないが、それでも立派にうどんにみえる。
「ああ、アヤコさんにも食べさせたい・・・」
ゆりは目を潤ませながらうどんを食べていた。皆フォークでうどんを食べているが、ミシェイラは手づかみで食べていた。
子供達も嫌がらずに食べているので、本当にうまくできたようだ。
ゆりのところには黒っぽいつゆがある。和風のつゆを作り、ネギのような香味野菜を入れたのだが、このつゆもわりと
元の世界の味と似通った味になった、と自分でも喜んでいた。子供達には受けないのをわかっていたので、
好むようにトマト風味にしたのだ。
洋風のうどんである。ロイやナナミは汁の方を飲んでおかわりしていた。
ゆりは珍しく誰も文句を言わなかったのでうれしかったが、うどんをすする王族というのも奇妙な感じではある。
美形のアナスターシャやシスがうどんを食べている図というのもちょっとあっていない。たまにのことだから許してね、と
ゆりはひそかにラクシュミにわびていた。
子供達は慣れると普通にうどんをすすっていた。
「母様、ハインリヒのことなんだけど、そろそろ許してあげてよ」
シスがうどんをすすって言った。
「ハインリヒ？もうしばらくほっといていいかな」
「かわいそうだよう」
「そんなことないわよ」
「ハインリヒ何したの？」
ロイが口を挟んだ。
「大人の話」
とゆり。
蛇だった時のハインリヒとのやりとりはこんな場所では詳しく話せない。
「シスにーは子供よ」
ナナミが言った。
「ハインンリヒに悪気はなかったんだよ。あれはお母さんの自業自得だよ」
話の内容を知っているラギがかわいくないことを言った。
「何のことか私にも話して」
アナスターシャが聞いた。知っているのはシスとラギだけのようだ。
「もういいの。あの話はなしなし」
ゆりは話を切り上げた。
「それよりもうどんようどん！これだけおいしいうどんは、次には無理かも。今回はまぐれかもしれないんだから」
「えー同じように作れば？」
「無理」
自分でももう一度同じものを作る自信もなかった。分量もきっちり量ったわけではなく、小麦粉に塩を入れて適当な固さに練った
だけだ。こね方が重要かもしれないと今回はパンをこねるかのごとくこねてみた。そして奇跡のうどんができたのだった。
短いのや長いの、太いうどんがあったりもするが、それは愛嬌だ。
ゆりは夏バテもなんのその、今日は思いっきりうどんを堪能した。
（ハザーク様食べてくれたかな？）
ゆりはせっかくなのでハザークにもおすそわけしてみたのだった。
その頃、ハザークは椅子に座り、テーブルの上のものを珍しそうに眺めていた。てかりがある白い麺である。麺も結構太めだ。
「王妃様自ら作られたそうです。『うどん』というものらしいですわ」
侍女が説明した。
「うどん？」
よくみると白い麺は太さがまちまちだった。ゆりがどうやって作ったのか、ハザークには見当もつかなかった。
ハザークはガラスの小さい器に入っている赤い汁に注目した。
「これは？」
「これにつけて食べるのですわ。無理に食べなくていいですよ。と王妃様はおっしゃってましたよ」
「ふーん」
ハザークはフォークで麺をすくって赤い液体につけ、口に入れてみた。侍女は反応が気になるのかだまって眺めている。
この国ではあまり麺は食べられることはなかった。小麦粉を練って麺のようにして揚げて食べるつまみはあるが、麺は
主食として食べられていない。だからハザークも麺をすする、ということはしなかった。
口の中に入れてもぐもぐかんでいた。
「いかがですか？」
「美味」
「本当ですか？」
「ああ。このスープの味がいい」
「スープの方を気に入られたのですか？」
「うむ」
ハザークはうどんも汁も飲み干して全部平らげていた。
「スープがうまかった」
うどんはそうでもなかったのか、スープを絶賛していたハザークだった。
一方神の国では、ゆりと大人気ないやりとりをしたハロルドはちょっと反省していた。
蛇に変えたのはちょっとやりすぎだったな・・・と思い、次に会った時泣かれたらどうしようかとも思ったが、考えてみれば
そんなしおらしい性格ではない。たった一日だったのだから案外蛇生活を楽しんだかもな、とも思っていた。
自分の神殿でくつろいでいるとガーベラがやってきた。ゆりではなく、ガーベラ本人である。神殿の中がぱっと華やいだ。
「今日は昼間から神殿にいるのね」
「ああ」
「最近忙しいのかと思ってたわ。この前のアシュラン主催の宴会も休んでいたから」
「ちょっと急用があってな」
その時ちょうど人間界に行ってしまっていたが、そこらのことはガーベラにも言ってなかった。
ゆりとのやりとりをわざわざ言う気もないが、ちょっと聞いてみたい気にもなった。
「なあガーベラ、時々お前に入るあの人間、神を恐れなさすぎだが、お前よく平気で身体貸すな」
「ん？なあに突然」
ガーベラは首をかしげていた。
「平気でいろいろな神に会いに行ってるぞ。お前気にならないのか？」
「別に」
「気楽すぎだ」
ハロルドは呆れるように言った。思えばこのお気楽な性格、二人は似ているといえなくもない。
「そこまで人間を信頼するとはな」
「だって、もう自分の分身のように思っているんだもの。ハロルドもあんまりちょっかい出さないでね」
「ちょっとしか出してない」
「ちょっと？」
ガーベラの眉間に皺がよった。ハロルドがゆりに好意を持っていることはガーベラも知っている。まあひどいことはしないだろうと
ガーベラは気楽に思った。ゆりが蛇に変えられたと知ったら仰天するだろう。
「今日は用があってきたのか？」
「あ、そうそう。ライオネル知らない？最近雲隠れしちゃってるみたいなの。バリアスが寂しがってるんだけど・・・」
「ああ、ちょっと遠くに行くって言ってたぞ」
「遠く？人間界かしら？」
「さあな」
「探してあげてよ。バリアスがかわいそうじゃない」
ガーベラは母親の顔で言った。
「だがなあ・・・ライオネルもちょっとかわいそうだし・・・バリアスは私の子供だけあって力がすごく強いからな。あのハゲはちょっと
気の毒だった」
「はげ？」
「バリアスのやつ、ライオネルの頭の毛をかなり引っこ抜いたんだ。ハゲができてた」
「え？そうなの？それはかわいそうかも」
ガーベラはハゲのできたライオネルを想像して笑っていた。あの豊かな鬣をひっこぬくとは、確かにすごい。
「まあしばらくすれば出てくるだろう。バリアスの子守、パティウスにでもやらせたらどうだ？」
「やめてよーいたずら好きになっちゃうじゃない！」
それだけは断固阻止したいガーベラだった。
雲隠れしたライオネルだったが、そんなに遠くには行っていなかった。
神の国の中では結構遠くに来てはいたのだが、それについては迷惑をこうむっている神が一人いた。火の神サラディンである。
ライオネルは遠くに行くといってここにきていたのだ。
「ライオネル、そろそろ出て行ってくれないか」
サラディンは迷惑げに言った。
しばらくやっかいになるぜ、と言ってライオネルが居座ってから5日になる。その間ガーベラはここに来ていなかったから知らなかった。
「そんなに迷惑か？」
ライオネルは広間の床にじゅうたんを引いてそこに寝そべっていた。
「迷惑だ。お前がいるとなんか暑苦しいし」
「俺がいなくてもここは暑いだろう！」
ライオネルは反論していた。だが、火の近くにライオネルがいるだけでもっと暑く感じる。そして部屋が狭く感じるのだった。
「それにお前暑いの好きだろ？アシュランが手をつけた女はしょっちゅうかくまってるのになんで俺はだめなんだ。差別だ」
ライオネルは不服げに言った。
「今日にもガーベラが来るだろう。そしたらばれるぞ」
「ちゃんと隠れてるさ。別に寝室をのぞいたり聞き耳を立てたりはしないぜ」
「当然だ。子守が嫌なら嫌といえばいいだろう。別に逃げなくても」
「あのガキに言葉なんて通じるもんか。見ろよこれ！」
ライオネルは頭の後ろを見せた。真ん中あたりに小さい丸い肌が見え、そこだけ毛がなかった。
「なんだそのくらい」
サラディンはあっさり言ってのけたので、ライオネルはむっとしてサラディンに近づいた。
「お前の頭にもハゲ作ってやろうか？あ？」
「わかった。わかった。そうでかい口で迫るな」
サラディンは両手で制していた。
「まったくこれじゃ人間界にもいけやしねえぜ・・・」
ライオネルはぶつぶつ言いながら去って行った。どうやら人間にはげを見られるのがいやらしい。
その夜のこと、火の神殿の一室のベッドで寝ていたライオネルは、違う匂いをかいで目を覚ました。
獣の姿をしているだけあって匂いには敏感なのだ。
その匂いは甘く、花のような芳しい匂いで、それでいてむらむらと欲望をそそるようでもあった。
ガーベラが来たに違いないぜ。ちくしょー今からいいことか？うらやましい・・・・
独り寝ているライオネルは、心底サラディンがうらやましかった。普段はガーベラは好みのタイプではないのだが、この匂いを
かぐとどうにも眠れない。
ちょっくら火の妖精に手を出したいもんだが・・・サラディンに丸焼きにされそうだしなあ・・・
ベッドの上でもんもんとしていると、いてもたってもいられなくなった。
だめだ、のぞこう。匂いだけなんて我慢できないぜ！
昼間はのぞかない、と言っていたライオネルだったが、どうしても二人が仲良くしている姿を見たくてたまらなくなったのだった。
ライオネルは人の姿で部屋から出て、こそこそっと奥にあるサラディンの寝室の方へと移動した。
幸いなことに廊下で火の妖精とすれ違うこともなかった。
ベッドがのぞけるところにあればいいんだがなあ・・・
部屋の中のどこにベッドがあるかが重要だ。
寝室の前までやってきた。寝室の扉の所には赤い布が垂れ下がっている。
その向こうには灯りが見える。部屋の中に火がともされているのだろう。
壁に引っ付いて耳をすますと、二人のひそひそ声が聞こえてきた。
おおっこの壁の向こうがベッドかー！！
ライオネルは一人興奮していた。
こんなに興奮してきたのは久しぶりかもしれない。鼻息も荒くなっている。
その時、ちょんちょんと背中をつつかれた。
「ねえ、ライオネル様なにしてるの？」
はっと後ろを見ると、そこにはサラディンの娘ルティアナがいた。
「なんでもない。ちょっとサラディンに用があって」
「私が呼んであげようか？」
「いやいい、いいんだ。もういきな」
ライオネルは小声で言ってあわててルティアナを制していた。
「そう？」
「子供は寝ろ寝ろ」
ライオネルはルティアナを手で追い払った。
ルティアナは去っていき、ライオネルは再び意識を壁の向こうに集中した。
二人の話し声は聞こえてくるが、何の話かはわからない。
そろそろやるか？やっちゃうか？そっちに集中してたら多少のぞいてもわからないかも・・・・
ガーベラが近いせいか芳しい匂いはますますライオネルを誘惑していた。昼間だったならそうでもなかっただろうが、夜の闇は、
男の欲望を意図も簡単に駆り立ててしまう。ライオネルは赤い布をめくってみたくて仕方がなかった。何度も手を出したり
引っ込めたりしている。
今頃は・・・・
頭の中には豊満な胸をさらけだしたガーベラが横になり、手で誘っていた。
うおー
妄想が頂点に達したライオネルは、意を決してそっと赤い布をめくり、中をのぞいた。
ベッドは部屋の奥に位置しているようだ。
二人はいるのだろうが、布団をかけているし、ここからでは何をしているのか見えない。
ガーベラの髪らしき塊が見えるだけだ。
もっと近づかないと見えないぜ・・・うーん、どうしたもんだろうか・・・・さすがに部屋の中に入ればばれるだろうし・・・
ライオネルが一人考えていると、
「お父さん、ライオネル様が用だって」
と少女の声がし、ライオネルは仰天した。興奮のあまり気配に気づかなかったようだ。
「うわっルティアナ、まだいたのか！？」
「ちゃんと声かけないとだめですよーじゃあねー」
ルティアナは笑顔で去っていき、中にいた二人が起き上がってこっちをみた。
「ライオネル」
「ライオネル？」
「何だこんな時間に用ってなんだ」
サラディンがベッドから出て歩いてきた。まだ下は着たままだったところを見ると、これからって所だったようだ。
ライオネルはちょっと困った顔をしていたが、ベッドの上に座ったガーベラに目が釘付けになった。
「ライオネルったらこんなところにいたなんて・・・・」
ガーベラは上半身裸で、一応布で胸をかくしていたが、隠れていたのは右の胸だけで左の胸は見えていた。
「うおっ」
豊かなふくらみについ声をもらしたライオネルに、サラディンはあわてて「ガーベラ、胸が見えてるぞ！」と言っていた。
ガーベラはあわてる様子もなく「あら」と両方の胸を隠していた。
「ライオネル、いったい何用なんだ？」
サラディンがいらいらしながら聞くと、ライオネルはサラディンの腕をぎゅっと握り締めた。
「サラディン、頼みがある」
「頼み？」
「頼む、まぜてくれ」
「・・・・何？」
サラディンは言葉の意味がわからなかった。
「頼む、今だけでいい。俺もまぜて」
ライオネルはちょっとかわいらしげに懇願してみた。
「それってつまり・・・」
「今だけでいいからお願い！」
意味を理解したサラディンの顔はみるみる引きつり、「あほか！」とライオネルの手を払っていた。
「何を言うかと思えば、お前はあほか！」
「ああ、あほだとも。欲望の前には男ってのはあほになるものだ！」
ライオネルは開き直っている。
「出てけ！」
サラディンは蹴り倒さんばかりにライオネルを部屋から追っ払った。
「サラディン、俺のせいじゃないんだ。これも女神の力だ。だから怒るなよー」
「怒るわ！！」
サラディンの手にめらめらっと炎が上がるのを見て、ライオネルは飛ぶように逃げていった。
「まったく・・・あいつがあんなにあほだとは・・・」
あきれ果てた様子でガーベラを見ると、ガーベラは驚いたように目を見開いていた。さすがのガーベラもショックだったようだ。
それも当然だろうとサラディンは思った。
「ああなんてこと・・・・」
「まったくだ。大丈夫か？ガーベラ」
いたわるように言うと、ガーベラは今度は「やったわ！」とベッドの上ではねていた。
「え？やった？」
「だってね、いつもライオネルは私に無関心だったのよ。それがどう？私を抱きたいと思ったなんて・・・私の力、あがった？
もしかしてあがったのかしら？やったわ！！」
ガーベラはとてもうれしそうにはしゃいでいた。
「・・・」
思ってもいない反応にサラディンは固まっていた。
「力があがったなんてうれしいわ！」
「喜ぶところじゃないだろう」
サラディンはようやく言葉を発した。
「いえ、喜ぶところだわ。お祝いに仲良くしましょう」
ガーベラはサラディンに引っ付いた。
のぞかれた祝いというのもよくわからない。
「ガーベラ・・・今日はもうすっかりその気なくなった・・・」
サラディンは乾いた声で言った。
「ええ？嘘！」
ガーベラはガーンとのけぞっていた。
「仲良く並んで寝よう」
「えー！！！」
繊細なサラディンはふとしたことでその気をなくしてしまうのだった。
大丈夫。私の魅力で！
ガーベラは真っ裸でサラディンの横で色っぽくささやいたりしたのだが、サラディンは一向にその気になることはなく、
そのまま寝てしまった。愛欲の女神の横で、あまりの仕打ちである。
そんな・・・・私の力あがったと思ったのに、気のせいだったのかしら・・・
いえ、サラディンが繊細すぎるのね。きっとそうよ。そうよね・・・
ガーベラは自分に言い聞かせるように心の中でつぶやいていたのだった。
あくる朝、火の神殿の中は騒がしかった。
中でもルティアナが一番はしゃいでいる。
「何かあったのか？」
サラディンが広間の方に行ってみると、妖精達の中に、見たこともない火の妖精が一人いた。
「ん？」
その妖精は性別は男でまだ子供だった。だが、かなりたくましい男の子である。上半身は裸で下は赤いズボンをはいていた。
子供ながらに立派な体つき、髪はぼさぼさだ。妖精はサラディンの顔を見るとにかっと笑ってぺこりと頭を下げた。
そして腕をまげて力こぶを作って見せていた。
「すごーいたくましー」
ルティアナは喜んでいる。
「いつ誕生したんだ？」
サラディンはぽかんとして聞いた。
「朝起きたらいたよ。ね！」
ルティアナは妖精の腕にぶら下がっていた。だが少年はびくともしない。ぐるぐる回ってルティアナは「きゃはは」と喜んでいた。
変な妖精だ、とサラディンは思った。他の火の妖精達と明らかに違う。自然に生まれた妖精とは思えない。
周りにいた火の妖精達がサラディンに何かを言おうとした時、サラディンは広間の外を通り過ぎていく獣姿のライオネルを発見した。
どうやらまだいたらしい。
「ライオネル、ちょっと来い」
サラディンが呼ぶとライオネルはばつが悪そうな顔で入ってきたものの、すぐに笑顔になり、「おめでとう！」と言った。
「火の妖精が増えたのか！やったなサラディン。これでお前の力もあがるってもんだな！」
「・・・・・」
サラディンは赤い瞳でライオネルを睨んでいた。その瞳は何かを想像しているようだ。
「いや、めでたい。な、ルティアナ！」
「うん！」
ルティアナは喜んでいる。サラディンは妖精とライオネルを交互にみた。この二人、どこか似ているような気がする。
「お前まさか・・・妖精に手を・・・」
サラディンは震える声で言った。
「すまねえ。昨日興奮しちゃったもんだから」
ライオネルは悪びれる様子もなく言った。
「・・・・」
サラディンは口を開けたまま何もいえなかった。
「え？この子ライオネル様の子供なの？すごいじゃない！だから力もちなんだ！」
ルティアナは納得した様子だった。
「ライオネル、まさか無理やり襲ったんじゃないでしょうね」
言いにくい事を言ったのは、いつの間にかその場に来ていたガーベラだった。
ライオネルは鼻で笑った。
「まさか、そんなことはしないぜ。頼む、と頭を下げた」
ライオネルは鼻をあげてえらそうに言っていた。
「お前ってやつは・・・神に逆らえるわけないだろう」
「無理やりはしてねえって。頼んだらいいですよって言ってくれたんだ」
「母親は大丈夫なのか？」
サラディンは体格のよいライオネルを相手にした妖精の身体が心配だった。
「身体裂けてるんじゃないのか？」
「おっお前人を怪物みたいに言うな！大丈夫に決まってるだろう！失礼な！」
ライオネルはぷんと横を向いた。だが、その姿ではあまり説得力はないかもしれない。
その時女の妖精が一人、真っ赤な顔で広間に入ってきた。
妖精達から拍手が起こった。母親の妖精を祝福したのだ。皆新たな火の妖精の誕生を皆喜んでいた。
なにせここ最近火の妖精は増えていなかったからだ。妖精達にとっても自分達の仲間が増えるということはうれしいことに違いない。
皆に祝福されて、母親の妖精はうれしそうだった。だが子供を生んだせいか弱って見える。
「メプカ、大丈夫か？」
サラディンが女の妖精に声をかけると、「はい、サラディン様、私は大丈夫です」とメプカは微笑んだ。
あの様子では、本当に無理やりではないのかもしれないが、妖精達を子供のように思っているサラディンの心情はちょっと複雑だった。
「いやー役に立ててうれしいぜ。こいつに名前をつけてかわいがってやってくれ」
ライオネルはサラディンの肩に手をかけた。
「まだ私は許してない」
「またまたうれしいくせに」
「うるさい」
サラディンはライオネルの手をぺんとたたいた。
「じゃあ俺はいくぜ。あばよ」
「ライオネル様またきてねー」
「またいらしてください」
「さようなら」
ルティアナと妖精達の別れの言葉を聴きながら、ライオネルは去って行った。
「まったく・・・」
「まあよかったじゃない。かわいい妖精が増えて。名前をつけてあげなくちゃ」
ガーベラがにっこり笑って妖精に近づくと、妖精の頬は真っ赤になっていた。
「かわいい」
「ライオネル様が父親だから、ライとかライオとかは？」
ルティアナが提案した。
「そりゃ変だろう。うーん、バロイはどうだ？」
妖精はうれしそうにうなずいていた。どうやらまだ言葉は発せられないようだ。
「バロイね」
「よろしくーバロイ」
この日は妖精が増えたのでお祝いということになった。
まさかこんな置き土産をされるとは・・・・
バロイは力がかなりすごいことを証明したいのか、他の妖精達を腕相撲を誘ったり、女性達をかついだりしていた。
しまいには一緒にお祝いに参加したガーベラもかつぎ、ガーベラの色香にふらふらになったりもしていた。
正直火の妖精に腕力はあまり必要ではないのだが・・・
「まあいいか」
ここは素直に妖精が増えたことを喜ぶことにしたサラディンだった。
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