第19話
ライオネルが火の妖精を作った話は神の国でも結構笑い話として伝わっていた。その妖精の姿見たさに火の神殿を訪れる者も
増えたようで、火の神殿も一時に比べるとずいぶんにぎやかになったようである。
そしてここでも虹の神ラーズとガーベラがその話をしていたのだった。
二人は平な大きな岩に腰を下ろし、語らっていた。目の前に広がるのはコバルトブルーの小さな湖面で、周りは木々と大きな岩や
崖に覆われており、その湖面には高い崖の岩肌をつたうように水が流れ落ちていた。
湖面の上をふわふわと飛んでいるのは虹の女神サーラである。
湖面には大きな虹と、サーラの後ろに小さな虹もかかっていた。この場所は二人にとっては思い出の場所だった。水がつたう崖には
人が歩けるほどの隙間があり、その場所が二人の最初の逢瀬の場所だったからである。
もう遥か昔の物語だが、二人ともこの場所を大切に思っているのだ。
「自分の子供とは、ライオネルらしい置き土産だな。サラディンも結局は喜んだんじゃないか？」
「今ではそうでしょうね。でもあの子自分の力自慢をしたがるからおかしくて」
ガーベラが思い出し笑いをしながら答えた。
「ははは、それは面白いなー」
語らっているとクーリーフンが飛んでくるのが見えた。クーリーフンは誰かを抱きかかえている。
それを見たラーズは「面白さではあの子も負けてないけどな」と言った。
クーリーフンが抱っこしていたのは愛の妖精シャリィだった。二人は岩の上に降りてきた。クーリーフンがシャリィを下ろすと、
シャリィはラーズにチュッと投げキッスをした。その瞬間ピンクのハートがふわふわ飛んでいったが、ラーズはさりげなくよけていた。
あれを受ける勇気はラーズにはないらしい。
「二人そろってどうしたの？」
ガーベラが聞くと、シャリィはガーベラに向かって身振り手振りで訴えだした。シャリィはまだ言葉が発せられないのだ。
興奮した様子のシャリィがひとしきりジェスチャーした後、ガーベラはクーリーフンを見て、「なんて言ってる？」と聞いた。
「あっちに人間の赤ちゃんがいてね、すごくかわいかったんだよ」
クーリーフンが通訳した。
「へーそうなの」
シャリィはガーベラの手を引っ張っていた。
「私に来てほしいの？人間の赤ちゃんは別に珍しくないけど・・・」
横ではラーズがクーリーフンに目配せしていた。
「そうだ、サーラを連れて行ってあげようよ」
クーリーフンが気を利かしてそういうと、シャリィはちょっと頬を膨らませていた。ガーベラを連れて行きたかったようだ。
「サーラおいで」
クーリーフンが呼ぶとサーラは飛んできた。
「行こう、シャリィ」
「またね」
クーリーフンがシャリィを再び抱き上げ、サーラも一緒に飛んで行った。
3人を見送った後、ラーズがガーベラがの手をそっと握り、「二人きりになったな。ガーベラ」とささやいた。
「そうね」
「どうだい？久しぶりにあそこに・・・」
ラーズの視線は崖の間にある隙間である。その意味ありげな視線をガーベラはすぐに理解した。
「ふふ、ラーズったら、でもいいわね。行きましょう」
ラーズはガーベラを抱き上げて、二人は崖のほうへと飛んで行ったのだった。
人間界、蛇の国では9の月に入ったもののいまだ暑い日が続いていた。夕方になり、ようやく涼しくなったところでゆりが部屋から出ようとすると、
戦士服ではなく、青い半そでの襟の大きなシャツにズボン姿という軽装のハインリヒが部屋にやってきたのだった。今日は休みのようだ。
軽装ながらも街を歩いていれば人目を引きそうなほど決まっているのは、やはりスタイルが良いせいだろうか。
ミカエルと競うほど足も長く、身体も程よく引き締まっているので、何を着ても様になる。
一つボタンが外れた襟の隙間からは首周りに青い宝石の飾り物が見えた。そして手首にもシルバーのブレスレットをはめている。
なにげにおしゃれだ。
ゆりが蛇になった事件以来、いまだゆりはハインリヒに対してちょっとつれない態度をとっていた。
あれから一月以上経つ。ゆりもいつまでも怒るのも大人気ないかな、と思っていた。今ハインリヒを見ると、なんで怒っていたのかも
忘れそうなほど、蛇になった記憶はゆりにとっては夢のような出来事に変わっていた。それは周りにとってもそうのようだ。
「あら、ハインリヒ何か用？」
大人気ないといいつつも、ついちょっとつれなく聞くと、ハインリヒは目の前に赤ん坊を出した。
「ドルイド！」
ゆりの顔が一瞬で変わった。
「ドルイド〜暑いけど元気だった？」
ゆりはドルイドを受け取ると、まるで孫でもあやすかのようにでれでれの表情で話しかけていた。
ドルイドはにこにこ顔である。手も足もほっぺもぷくぷくしていた。青い髪は前よりも増えている。
「いやん、かわゆい。お昼寝したの？」
「もうここらで許してくださいよ」
「別に怒ってないよーん」
ゆりはハインリヒを部屋に入れた。
「え？怒ってないんですか？本当に？」
「うん」
「じゃあそういってくださればいいのに。意地悪ですね」
ハインリヒは口を尖らせていた。
「言ったら言ったで、じゃあ仲直りにあっちへ、とか言われそうだし・・・」
「いいじゃないですか〜」
「いくないもんねー」
ゆりはドルイドに話しかけていた。
ドルイドはむにゃむにゃ口を動かしている。右目の紫と黄色の蛇の瞳は生まれた時のままだ。前回よりも腕にずっしり来る。
「ちょっと見ない間に重くなったねー。元気そうね」
「しばらくあせもが続いてましたけどね」
「そうなんだ。暑かったからねえ。かゆかったの？」
ドルイドはつぶらな瞳でゆりの顔を見上げていた。赤ちゃんの瞳というのはなんでこう純粋で綺麗なのだろうか。
「もう、ハンサムさん♪」
ゆりはもうでれでれだった。かわいくてたまらないのだ。
するとハインリヒが神妙な顔をして、「実は気になってることがあるんですが・・・」と言い出した。
「何？」
ゆりはドルイドを眺めたまま聞いた。
「蛇になってた時、あの黒蛇に手篭めにされちゃったのかなーと」
「されてないわよ。ルーが助けにきてくれたもん」
「そうなんですか」
「ハインリヒよりもルーのほうが頼りになるもんね」
ゆりは部屋の隅っこで丸くなっていたルーを見た。
「よかった。変な快感に目覚めたらどうしようかと思いましたよ」
ハインリヒはわざとらしく胸に手を当ててほっとし、ゆりはその言葉に肩をずるりと落としていた。
「変な快感って何よ。変な快感って」
その時ドンドンと扉をノックする音がした。ハインリヒが扉を開けると、立っていた人物はぎょっとのけぞっていた。
「ハインリヒ」
立っていたのはミカエルだった。
「今日は取り込んでいるのでまた」
ハインリヒが扉を閉めようとするとミカエルがブーツを突っ込んで止めていた。
「こら、何するんだ」
「取り込んでいるからまたと言ったでしょう？」
「何も取り込んでないだろ。お前なんて格好してんだ。普段着過ぎだろ」
ミカエルのほうは暑くても紫色のシャツは手首までの長袖だった。さすがに上着は着てはいないが、彼ら男性にとっては夏の間の半そでは
屋敷でのホームウェアである。そういう意識があるようだ。
「こっちに来てくだけすぎだろ。女王様の前でそういう格好しないくせに」
「いいじゃないですか。王妃は寝間着姿でも気にしないですよ」
ハインリヒは面倒そうに言っていた。
「気にするわ！」
「おっと寝間着といっても今の時期は裸で寝てたっけ・・・」
「裸で来るなよ。裸で。お前外でも何かにつけて裸になってるだろう。蛇を見せびらかせようと」
「そんなことしてないですよ」
「いーや、してる」
「してませんって」
「してるしてる」
「私の蛇がうらやましいんですか。それならそうといえばいいのに」
ハインリヒが目を細めた。
「別にうらやましくない！」
ミカエルはハインリヒの顔の横から中を眺めて椅子に座っているゆりを見た。
「王妃、そろそろ入ってきてくださらないと、いつまでやりとりさせる気ですか」
ミカエルがハインリヒとのやり取りに飽きたのか言った。だがゆりはこちらを見ようとはしない。
「王妃、おーひってば！」
その言葉でようやくゆりはミカエルを見た。
「そろそろ中に入ってくださらないとー」
「え？喧嘩してるの？」
ゆりはドルイドの観察に夢中で、二人のやりとりをさっぱり聞いてなかったのだった。
暑い夏の間、ゆりは神の国に行くことはなかった。
今度神の国に行ったらどうしようか、と思い、あれこれ考えていたのだが、あの後すぐ神の国に行かなくてちょっとほっともしていた。
『ハロルドに仕返ししないように』とラクシュミだけではなく、ヴィラからも釘をさされ、ゆりとしては逆に何か仕返ししたくなったり
もしたが、時も経つとそういう気も薄れていた。
しかしハロルドに対して悪いことをした記憶もさっぱりないので「ごめんなさい」と謝るのもおかしなことだ。もしハロルドに会ったら、
「こんにちは」と笑って挨拶するのがいいのかもしれない。実際に会ってそうできるかどうかはわからないが。
ゆりが神の国に行けたのはようやく暑さが和らいだ頃だった。気がつくと小さな湖の前で、湖には数人の妖精たちが水浴中だった。
「いきなり倒れちゃってどうしたの？」
と声をかけられて横を見ると、なんとそこには一糸まとわぬダーナがいた。
「うわっダーナ！」
ダーナはきょとんとしている。
「なんでもない」
「そう？」
ダーナは長い金色の髪をかきあげながら湖に入って行った。
目覚めてはじめている光景がダーナの裸体とは、人間の男ならば死ぬほどうらやましいに違いない。
ゆりはダーナの美しい輝く裸体にしばし呆然としていたが、やがて正気に戻り自分も裸になって湖に入った。
念願の水浴だわー！うれしい！
ゆりはうれしかった。人間界では暑い日が続いていたため、毎日湖に泳ぎに行くロイがうらやましかったほどだ。
水はひんやりとして気持ちよかった。
「あー気持ちいい〜これこれ！」
この開放感たまらーん！！
さすがに叫びたいのを我慢して、ゆりは心の中で叫んでいた。
上を見上げると真っ青な空。そして周りには緑の木々と色とりどりの花々。湖はいつ見てもゴミ一つ浮いていない。コバルトブルーの
水面はキラキラと輝いている。
近くではダーナが上半身を水の上に出していた。
ゆりは思わず親指と人差し指で四角を作ってそこにダーナを入れていた。
光輝く水面に流れ落ちる金色の髪、そしてその裸体は美しく、清純な乙女のようにもみえた。
大勢恋人がいるなだととうてい思えない。周りの妖精達と比べると、やはり一人際立っている。ため息が漏れるほどだ。
今は自分自身が女神になっているため、ダーナに負けず劣らず美しいに違いないが、離れたところから自分を見ることができないため、
どうしても女神の意識が薄れて人間の感覚になってしまう。
うん、いいわ。この構図。ああ、私に絵心があれば・・・
たとえ絵心があってもダーナのこの美しさを絵で表現するには難しいだろう。
ダーナが首をかしげつつ近づいてきた。そして指で作った四角をのぞいている。
「何してるの？」
「ダーナの身体って綺麗ねと思って」
そういうとダーナは眉を潜めて奇妙な顔をした。
「何か頼みでもあるわけ？」
「もちろん、私の次にってことだけど」
と付け加えるとダーナは舌を出していた。
「そう思うのはあなただけよ。男が誰もでかい胸が好きってわけじゃないわよ」
ダーナの指摘にゆりは思わず自分の胸を見ていた。ガーベラの魅力の一つは胸である。ちょうどよく丸く膨らんだ胸は
思わずさわってみたくなるほどだった。さわるとやわらかいのに重力に逆らい、見事に丸い形をキープしているのだ。
これがすばらしい。
「ふっそんなひがまなくても・・・」
鼻で笑うと「ひがんでないわよー」と低い声でダーナが言っていた。
「まあいいじゃない。あなたもちょっとはあるし」
「ちょっとじゃないわよー！これがちょうどいいんだってば」
そんなやり取りをしながら水浴が終わると、ダーナは演奏会があるとかで去って行った。「あなたもどう？」と誘われたがもちろん辞退した。
まさかこの地で自分の竪琴を披露するわけにもいかない。
妖精達にすっかり髪も乾かしてもらったゆりは、草の上に咲く一輪の花を手に取った。そしてぶつぶつ言いながら花びらを取り始めた。
「ハロルドに会う。会わない。会う、会わない・・・会う・・・ううっ」
会うの所で花びらがなくなり、ゆりは思わずうめいていた。
ハロルドに会いたくない、というわけでもないのだが、にっこり笑って『こんにちは』と果たしていえるのかどうか。
えーい、どうにでもなれ！
ゆりは目を閉じて『ハロルド』と念じた。そして移動したのだが、目の前にいたのはハロルドではなかった。
豪華そうなソファに足を組んで座っているアシュランだった。
「あら・・・」
ゆりはまぶしそうに目を細めて横を見ると、そこには引きつった顔のハロルドがいた。ハロルドもソファに座っている。
すばやく周りを見渡すと、男の神が10人ほどいて円状に座っていた。そしてその後ろに楽器を持った妖精達がいる。男達の横にはそれぞれ
小さなテーブルが置かれて酒やら果物が置かれていた。
どうやら男ばかりの会合か宴会の場にやってきてしまったようだ。ハロルドの反対側にはオレンジ色の長い髪、中性的な風貌の
太陽の神アリアスがいるが、口ひげのある小太りの男、技の神ジェラルドもいた。そのほかの神は見たことがないようだ。
皆美形ばかりというわけでもない。
ゆりはとりあえず今日も顔が見えないほど光り輝いているアシュランを見て、スカートを持って軽く礼をした。
「ごめんなさい。どうやら邪魔してしまったみたい。ハロルドがここにいるって知らなかったものですから・・・・」
「ハロルドに会いにきたのか。ちょうど男ばかりでつまらんと思っていたところだ。ガーベラ、ちょっと歌でも歌ってくれ」
アシュランは怒る様子もなく言った。
「歌？」
「いや、私に用があるのなら別室で聞こう」
ハロルドが言って立ち上がった。どうやら今日はフォローしてくれるようだ。すでに中身がゆりだとわかっているようである。
「まあいいじゃないか。一曲くらい」
「そうだな。私もガーベラの歌が聞きたい」
アリアスがけだるげに言った。
「私も」
「私も」
他の神まで次々に言っている。ゆりは何度もこういう場面を経験しているので困り果てた、というほど困った顔をしてはいなかった。
まだ事の重大さに気づいていなかっただけかもしれないが。
それが逆にハロルドをあわてさせた。（もしや平気で歌う気では？）と逆に心配になったからだ。
（あの女ならやりかねん）とも思っていた。一曲どころか１フレーズでも歌えば、どうもおかしいと疑われることは間違いない。
「今日はだめだ。また今度な」
ハロルドはつかつか歩いてゆりに近づき、ゆりの手を握った。
「行くぞ」
ハロルドはゆりの手を引いて歩き出した。
アシュランは明らかに不愉快そうに「つまらん」と言っていた。
その言葉がゆりの何かに引っかかった。
この世界に来て散々『面白い女』といわれてきたが、『つまらん』と言われたことはない。
つまらん＝ガーベラがつまらん＝私がつまらん
とでも言われたような気がし、ゆりのプライドに触ったのだった。
私もガーベラもつまらない女じゃないわ！
ゆりはハロルドの手を払いのけていた。
「まあ、あせらなくてもいいじゃない。せっかくここにきたのだし、女神として、何か皆さんに披露しなくちゃ」
ゆりの落ち着いた言葉にハロルドは唖然としていた。
「お前、私がせっかく・・・・」
「いつも歌や竪琴ばかりでもなんだし、たまには変わったことをお見せするわ」
ゆりのにこやかな提案にアシュランは興味を引かれたのか、身を乗り出していた。
「ほお？なんだ？」
「踊りよ」
「踊り？」
「皆さんちょっと下がっていただけるかしら？」
ゆりが女神の顔で言うと、神達はソファごと後ろに下がっていた。
「お、お前・・・踊りって・・・踊れるのか？」
ハロルドが眉をひそめて聞いた。ハロルドはゆりが女神のように踊れるとは夢にも思っていない。
「ハロルドと一緒に踊るわ」
ゆりがハロルドの手をしっかり握って言うと、ハロルドは「は？」と目を開いた。
「あ、これ邪魔ね。脱いで脱いで」
ゆりはハロルドが身体に飾りのようにかけていた長い布を強引にひっぺがして妖精に渡した。
「お、おい！」
あわてるハロルドに神達は（なんだか楽しいことがおきそうだ）と顔を合わせながらちょっとわくわくしていた。
「では音楽始めて。情熱的でテンポの速い曲を頼むわね」
「情熱的ですか・・・」
「そう、情熱的に」
妖精達はリュートや笛を構えて曲を奏でだした。
情熱的という女神の提案に見事答えた妖精達の曲はラテン系の曲だった。
ゆりはハロルドと向かい合わせて立った。
「おい、私は踊りなど踊れん」
ハロルドがあわてて言った。
「私もあんまり」
「は？」
ゆりはハロルドの両手を握り、突然後ろ向きに歩き始め、と思ったら今度は前に歩き出した。
「おいおいおいおい」
ハロルドは手を引っ張られるまま動かされている。
「おお！」
と神々の声がもれた。
二人は今度は横に移動し、女神はハロルドの腰に手をあてて、軽やかな足取りで反対方向に移動しだした。
「お、お前、お前、お前ってやつはばか！」
引き回されながらハロルドはついに子供のような悪態をついていた。よっぽどあわてているのだろう。
「ほら、回って回って」
今度はぐるぐる回っている。
黙ってみていたアシュランは、やがてあごに指を当てて「はじめてみる踊りだ・・・」とぼそりと声に出していた。
その横にいたアリアスは、「ハロルドの顔が面白い」とぷっと吹き出している。
皆女神の踊りなのだからさぞかし優雅なのだろう、と想像していたが、目の前の踊りは違っていた。
優雅、というよりは豪快な踊りである。
いや、これは踊りなのだろうか。女神がいうのだから踊りには違いないが、こんな踊りを見るのは初めてだった。
みなの前をあっちに行ったりこっちに行ったり、くるくる回ったりと、なんともせわしない。
しかも、踊りに合わせて曲が続いていたので、妙に曲にあっていた。曲にあっていたので女神の踊りはそう変でもなく、
こういうのもあるのかもな、と神々に思わせたのだった。とにかく踊っているのはガーベラなのだから、どう踊っていても美しいことは
美しいのだった。
神達は片時も目を離さず、あちこち行く二人を目で追っていた。
接近した時ゆりはハロルドの足を踏んでしまい、ハロルドが「いてっ」と声をあげた。
「ごめんなさい。私酔ってるから」
「酔ってないだろ。お前って女は〜〜〜」
「ほら、抱き上げて回って、回って」
「おい！」
ゆりはぴょんとハロルドに飛びつき、強引に回らせた。
「ほら、ラッタッタ、ラッタッタ」
素早く腕から降りたゆりは再びハロルドの腰に手をあてて、軽快に移動しだした。
「ほら、情熱的に踊って踊って」
「何が情熱的だ！！！」
強引に踊らされているハロルドがあまりにおかしく、アリアスは腹に手をあてて笑っていた。それに気づいたハロルドは、
（くそー！！）と心底悔しがっていた。
「いつまでさせる気だ！」
「そろそろいいかしら？」
中央に移動したゆりはハロルドと一緒にくるりと回り、やがて片足で立って両手を挙げ、ポーズをしたのだった。
ハロルドはぜいぜい息を吐いていた。
やがてアシュランが手をたたき、「楽しい踊りだった」と言ったのでゆりはにこりと微笑んだ。それにつられて他の神も手をたたいていた。
アリアスは愉快そうに「ひーひー」笑っていた。アリアスには大うけだったようだ。
「ひーおかしい。なかなかよかったぞ。ハロルド。こんなに愉快なのは久しぶりだ」
「うるさい！」
からかいの言葉にハロルドは真っ赤な顔をしていた。まさか神々の前でこんな赤っ恥をかくことになろうとは。
「それでは皆さんさようなら」
ゆりは皆に手を振り、一人そそくさと部屋を後にした。ハロルドに睨まれる前に去ったのだ。
「ひらめいた！私もこれで！」
技の神ジェラルドもすっと立ち上がり、去って行った。
「おや？ハロルドに用ではなかったのか？」
アシュランがよろよろになっているハロルドに言ったが、ハロルドはよろけつつソファにどかっと腰を下ろしたのだった。
踊っただけでこの疲労感である。
どれだけ剣を振るっても疲れないハロルドがどうしたことだろうか。
「なかなか楽しかった。私も踊ってみたかった」
アシュランは真面目な顔で言った。確かに情熱的な恋人達の踊り、と言えなくもなかった。ハロルドがもっと踊っていればの話だが。
「私もですよ。なんだかハロルドがうらやましかったなあ」
「本当に」
「うらやましい」
との神々の言葉に、
「何がうらやましいんだ！」
と声を荒げていたハロルドだった。
部屋を出たゆりは、なんだか爽快な気分だった。
さすが女神の身体。適当に踊ってもなんとかなったわ。人間の身体じゃこうはいかないわ！
ゆりはぶっつけ本番でうまく踊れたので満足だった。しかもハロルドをかなりあわてさせたので胸がすいた気分である。
あー恋人が他にいなくてよかったーさすがに他の恋人の前では踊れないわー
今までに受けた踊りのレッスンもちょっとは役に立ったようだ。即興であれだけ堂々と踊れた自分に今更感心している。
それも妖精達の見事な音楽のおかげだろう。音楽があわせてくれたので踊りに見えたようなものだ。
ハロルド怒ってるかなー？やっぱり怒ってるわよねー
アシュランの前で平気で踊ったというのに、今ハロルドの顔を見る勇気はゆりにはなかった。
早足で神殿を出ようとすると入り口のところで伝令神グレンに出くわした。ゆりはグレンに近づき、何かを耳打ちして
去って行ったのだった。
その頃ハロルドも部屋を出ていた。そして苦い薬でも飲んだような顔で廊下を歩いている。
まったくなんて女だ！アシュランの前で踊るか？豪胆にもほどがあるだろう！！！
しかも私にあんな恥をかかせるとは！！
アリアスの笑い声が耳について離れないじゃないか！！
結局はそこが一番悔しかったようだ。
去り際アリアスは、「お前ももっと踊りの練習した方がいいぞ」とにやにやしながら言っていた。
あんな踊りの練習は、さすがに真っ平ごめんである。
まさか、あれが仕返しか？あれが仕返しなのか？ばれるかもしれない危険をおかしてまで普通あんなことするか？
信じられない気持ちでいたハロルドの元にグレンが近づいてきた。
「ハロルド様、ガーベラ様より伝言がございます」
「伝言？」
「『次に変える時はかわいい猫がいいわ』だそうです」
グレンは聞いた事を淡々と伝えた。
「次に変える時？」
ハロルドの目が真ん丸くなった。
そう、ゆりはなんと先に自分の願望を伝えたのだった。
「何がかわいい猫だ！ばか女！」
ハロルドの激しい罵倒にグレンは驚いてのけぞっていた。
「・・・ガーベラ様とけんかでもなさったんですか？」
「いや、別に・・・」
ハロルドはちょっとよろけつつ疲れた様子でグレンの横を通り過ぎて行った。
ハロルドの心を大きく占めていたのは敗北感だった。
今回ばかりはしてやられたと思っていたのだった。
「恐ろしい女だ・・・」
口からぽろっと出た言葉にハロルドは息を吐き、やがて「ふふふ」と低く笑いつつ空の神殿を去って行ったのだった。
数日後、技の神ジェラルドに呼ばれてガーベラが工房に行ってみると、新しい自分の石像が出来上がっていた。
その石像は両手をあげて片足で立ち、もう片方の足を軽くまげてポーズをとっていた。かなり動きのある像である。
「躍動的で素敵ね。まるで踊ってるみたい」
「踊ってるんです」
ジェラルドが言った。
「そうなの？」
「あの時のあなたですよ」
「ああ、あの時ね」
（どの時？）とガーベラは思ったが口には出さなかった。そしてすぐにアシュランの前で自分が踊ったという噂を思い出した。
その話にはガーベラ本人でさえ度肝を抜かれたほどだった。よく神々の前で踊れたものだ。
「最近不調だったんですが、あの時のあなたの踊りになんだかやる気が出てきたんですよ」
「そう。どうせならハロルドも一緒ならよかったのに」
ガーベラが笑顔で言うと、ジェラルドは
「さすがにそれは気の毒というもので・・・」
と苦笑したのだった。
いったいどんな風に踊ったのかしら・・・すっごく気になるわ・・・・
不機嫌そうなハロルドにも聞けず、石像を眺めながら一人想像するしかないガーベラだった。
戻る
すすむ