第23話
散歩をしてほどよく疲れたゆりは今度は眠り香で眠ることができた。
そして念願の神の国に来ることができたのである。きっとガーベラが助けてくれたに違いないと、ゆりは何度もガーベラにお礼を言いつつ、
ハロルドの元に飛んだ。
目の前の光景にゆりははっと目を見開いた。開けた草原では妖精らしき男達が10人ほど、剣を手に戦っているのである。
神の国では珍しい光景である。
妖精達は皆皮の鎧を身体につけている。落ち着いてみると緊迫感はあまり感じられない。本気の戦いではなく、どうやら剣の稽古のようだ。
監督するようにハロルドが妖精達の向こう側に立っているのに気づいた。ハロルドは鎧をつけてはいない。薄い緑色の半そでのチュニックに
土色のズボン姿だ。格好はじみだったが、身体からあふれる光が半端ないのでそれだけで派手に見えるのだから不思議だ。
ゆりはハロルドに両手を振った。
するとハロルドはこちらに気づいて、指でちょいちょい呼んだので、ゆりは妖精達の周りを早足で進み、ハロルドの元に向かった。
「何か用か？私は今忙しい」
ハロルドはちらりとゆりを見るとわりとそっけなく告げた。中身がガーベラではないことがすぐにわかったようだ。
「大事な話があるの。お願いします。時間をください」
ゆりは両手を組んで頼み込んだ。
「・・・・」
ゆりの必死な様子に、どうやら本当に何か用事がありそうだと感じたのか、ハロルドは妖精の一人を呼んで何かを支持した。
「それってどのくらい大事な話なんだ？」
ハロルドがゆりに聞いた。
「二人きりじゃなきゃ話せません」
「じゃあ神殿だな」
ハロルドは少し離れた大木の側にいたペガサスを呼び寄せて、ゆりを乗せ、空に舞い上がった。
「あのー、さっきの妖精達って戦いの妖精なの？」
ゆりはちょっと気になったので聞いてみた。
妖精にしては背も高くがっしりした男達だった。
「戦いの妖精というのはいない。私の元で働いている者たちだ」
「そうですか」
「くだらない話だったら怒るぞ？」
ハロルドは脅すようにゆりを睨んで言った。どうやらこの間のことを根に持っているようだ。
「くだらない話じゃないですよ。この間はダンス、楽しかったわね。怒ってるのなら謝るけど」
「怒るとか怒らないとかじゃない。お前の大胆さに呆れた」
「私もまさかあそこであんなことをするとは・・・・」
今となっては思い出すのも恥ずかしい出来事である。
ペガサスはハロルドの神殿の前で降り立ち、二人はすぐに神殿の奥へと入って行った。
一番奥は寝室である。ゆりはベッドの上に腰を下ろした。ハロルドは立ったまま腕を組んでゆりを見下ろしている。
「それで話とは？」
「闇の者について詳しく教えてください」
ゆりの発言に、意表をつかれたのかハロルドの表情が変わった。目を見開き、明らかに狼狽している。
「あの・・・」
「お前・・・一体どういうつもりだ。この場所でそんな話をしだすとは・・・」
「え？」
「ここは神聖な場所だぞ。そんな話をするんじゃない」
ハロルドは両手を握り締め、説教するように言った。
「じゃあどこならいいの？」
「どこもだめだ！」
「そんな・・・私はそのために来たのに。本当に困ってるの。大事な人が闇の者に出遭ってしまって、困ってるのよ。どうか教えてください」
ここで引くわけにはいかないゆりは必死に訴えた。
するとその言葉にまたもやハロルドの顔色が変わったのだった。いつもの、目つきが鋭い戦いの神の顔に戻っている。
「大事な人だと？まさか王ではあるまい？」
「違います。恋人の一人です」
ここでごまかしても仕方ないのでゆりは正直に告げた。
「男に会ったのか？あやつらの姿を聞いたか？動物ではなく人だったのか？」
「いえ、彼には会ってないわ。闇に遭ってしまった、としか聞いてないけど・・・このままだと精神に変調をきたすって聞いたわ」
「・・・・」
ハロルドはあごに指をあてて、何か考えるように横を向いていた。そしてゆりを見てぽつりと言った。
「それならば人だろうな。運が悪かったな」
「どうすれば助かるの？」
「強い精神力があれば助かるかもな」
「ハロルドは同じような状況になった人間も大勢知ってるんでしょ？ちなみに今まで助かった人ってどのくらい・・・」
ゆりは恐る恐る聞いてみた。
「私が知ってるのでは8人だな」
「いっ？はち・・・？」
「いや、もっといたかも」
「一万５千年で8人？！」
ゆりは呆れた顔で言った。
「私が知らない者もいるだろうがな」
「それでも少なすぎるわ。もし一族の上の人間が１０人闇に遭ったら、うち滅びちゃいますけど」
ゆりは涙目だった。それこそしゃれにならない。
「そうはならないだろう」
ハロルドは確信めいた瞳で言った。
「どうしてですか？」
「あやつらにもルールがあるのだ。おそらく、男が出会ったのは闇の使徒。あの大陸にはあいつらの数はそう多くはない。それに次々と
人前に現れるような派手な行動は起こさない。国の中でも目立つ人間の前にはめったに姿は現さないものなのだ。なぜなら、それだけ狩られる
可能性もあがるからだ。今回はたまたまだろうが・・・」
「たまたまとか運が悪かったと言われても、どうしたらいいんですか？」
「大変だが本人が乗り切るしかないな」
「えー・・・」
ハロルドにあっさり言われて、ゆりはつい深い失望と共に声に出していた。
「あいつらの目的って何なんですか？」
「それは自分達の存在を示すためだ」
「神様に対抗しているんですか？」
「まあそうだな。神の歴史と同じほど、あやつらの歴史も長い」
「神様を信仰している者を助ける気はないんですか？」
「あやつらに遭う前の状態に男を戻すことは私にもできない」
「・・・・」
神様ならなんとかしてくれるのでは？そういう甘い期待もちょっとはあったのだが、魔法でちょちょっとどうにか、なんてできそうにない。
しかも助かる確率がむちゃくちゃ低すぎる。
がっかりしたゆりの顔にハロルドは嘆息した。
「彼に触れれば私も闇に落ちてしまう？触れただけで本当にそんなことになるんですか？」
「そうなる人間もいる。あいつらはたまに現れない代わりに、その影響力は強いのだ」
「じゃあ私は何もできないの？」
「お前が巻き添えを食らうのを、男は望まないだろう？」
そんなことはゆりにはわかりきっていた。だが、なんとか助けたいと思う気持ちも止められない。
「あいつらについては聖地がなんとか考えるだろう。だがその男は、自分がどうにか乗り切るしかない。それが無理なら、命を絶ってやる
ことだ。魂が完全に闇に落ちればもう戻ることはできない。穢れた存在として彷徨うことになるのだからな」
「そんな・・・そんなのひどすぎるわ・・・・あいつらと戦う方法は他にないんですか？！」
「本人の意思一つで助かる道もある。常に心を光の世界へと置いていれば、な」
「光の世界？それって神への信仰のことを言っているの？」
「そうなるかもな」
つまり、闇に遭った者が助かるのには、闇にのまれない強い精神力が必要ということなのだ。
イシュタールが果たしてそれほどまでの精神力で耐えることができるのだろうか。
なにせ今まで助かった人間もそうはいないのだ。
「もし私が・・・いえ、なんでもない。話を聞いてくれてどうもありがとう」
ゆりは言いかけたもののやめた。
『もし私が闇に遭っても助けてくれないの？』・・・そう聞こうとしたのだが、ハロルドの自分に対する愛を計るような気がして言えなかった。
それに愚かな質問だ。
神だってできることとできないことがある。万能の存在ではない。それは今はよくわかっている。
「お前まさかー」
ハロルドの言葉をすべて聴けないまま、ゆりはぱたりと横に倒れてしまっていた。
自分の世界へと戻ってしまったのだ。
「ロイ様、いけませんよ。ロイ様」
「え？なんでー？なんで？」
起きると身体の上にロイと、横でロイを止めるミラの姿があったのだった。
一方、神の国で目覚めたガーベラは、目の前に神妙な顔つきのハロルドがいたので何かあったのだろうかといぶかしんだ。
「どうしたの？」
「何が？」
「難しい顔してるわ」
「何もない」
ハロルドはガーベラに背を向けて寝室を出て行った。
「・・・振られたのかしら？」
ガーベラにはそういうことしか思いつかなかった。
自分は一体どうするべきか、ゆりは考えても考えても分からなかった。
城の中で励ますくらいしかできないのだろうか。
夕方ふらふらと王の間に向かい、ゆりはラクシュミに会った。
王の間にはラクシュミのほかに番兵達しかいなかった。
「王様、私イシュタールに会いたい」
ゆりはラクシュミを見つめて言った。
ラクシュミは穏やかな表情で、「私だって会いたい」とそう言った。
「そうだよね。王様だって会いたいよね」
ゆりはぽろぽろと涙をこぼしていた。
イシュタールのことを自分だけが案じているわけではない。
ミカエル達や、ジュメだって心配していることだろう。闇の者がまだこの国にいるかもしれない。そういう不安だってラクシュミは抱えているだろう。
ラクシュミは立ち上がり、ゆりを軽く抱きしめた。
「成果はあったのか？」
「成果？」
「昼間寝てたと聞いた。神の国に行けたのか？」
「行けなかった」
「そうか、まあしょうがないだろう。そう都合よくはいかないだろうからな」
ラクシュミはゆりの肩をぽんぽんとたたいた。
ハロルドから聞いた話をそのままラクシュミに伝えることはどうもできなかったため、ついそう答えてしまった。
「聖地から連絡が来たぞ。強い精神力で助かることもあるらしい。イシュタールは戦士だ。一般人よりは精神力も強いだろう」
「そうだね」
「イシュタールなら乗り切ることができると信じよう」
「うん」
今までの長い歴史で１０人ほどしか助かっていないなどと、とてもラクシュミには知らせることはできないゆりだった。
すすむ
戻る