第45話

あれやこれやという間に今年も最後の月になっていた。

ゆりは結局二月近くを神の国で過ごしていたようだ。難関だったハザークも元に戻り、ゆりはようやく自分の部屋でほっと

くつろげる日々をすごしている。ゆりの蛇ルーも、一安心とばかりにゆりの横でとぐろをまいていた。

季節は冬、外では木枯らしが吹いてはいるが、ゆりの部屋だけは春のようにほんわりとしている。

毎日恋人達が入れ替わり立ち代りやってきていちゃいちゃしているので、そうなっているのだった。

子供達も男達の顔を見るとにやりとする始末である。邪魔しちゃ悪いかな、とばかりに上の3人などは自ら部屋を去っていくのだった。


「王妃、ねえ、ねえ、もし私がイシュタールのようになっても〜」

ある日やってきたミカエルが甘えるように言い出して、

「やめてよーそんなの聞きたくない」

ゆりはミカエルの口を手で覆っていた。

「ハインリヒとかジュノーにも聞かれた」

「私が数日聞くのを我慢してたのに〜それでなんて答えました？」

「もう二度とあんなことはないから考えたくない。別にイシュタールを一番愛してるから行ったわけじゃないし」

「王妃ってばもう無茶するんだから」

ミカエルはゆりを抱きしめて甘い表情をしていた。


ゆりは今更ながらに一つ認識したことがあった。イシュタールが闇に囚われたあの晩、ガーベラに会って思ったことでもあるのだが、

自分は恋人達のこともラクシュミやハザークと同じように愛しているのだ、ということである。行為に差はあっても、

結局はそういうことなのかもしれない。


愛はいろいろだわ。まあミカエルに『愛してる』なんて言ったら大変だから言わないけどね……


ミカエルはここにきてからずっと顔が緩みっぱなしである。たまには戦場で見るようなきりっとした表情でも見たいものである。

ノックの音がして、ゆりが立ち上がろうとしたが、ミカエルはゆりを抱きしめたままだった。

「誰かきたよ」

「気のせいですよ」

「また聞こえたって」

「私にはなーんにも聞こえない」

「ミカエル様、時間ですよ。変わってください！」

扉が開いて部屋に入ってきたのはシャナーンだった。

「まだちょっとしか経ってないのに」

「たっぷり二時間経ちましたよ。離れてください」

シャナーンは強引にミカエルをゆりから離していた。

「お前ってやつは〜後輩のくせに〜」

「それじゃミカエルばいばーい」

ゆりはあっさりミカエルを引き剥がしていた。

「あ、ひどい」

「王妃！」

「シャナーン」

抱き合った二人を見てミカエルは恨めしげな顔をしていた。

「私が出て行ってからにしろ！」

「早く行ってくださいよ」

「昔は散々遊んでやったのに……」

ミカエルはぶつぶつ言いながら歩いて部屋を出て行った。

シャナーンはそんなミカエルにかまっていられないとばかりに、すでにゆりとの世界に陶酔していたのだった。


冬ともなれば日が暮れるのは早い。4時ごろになると廊下にろうそくの明かりが灯っていた。

夕方、廊下を歩いていたラギはシャナーンに出くわした。

「あ、シャナーン、ちょっと時間ある？　僕の話に付き合ってくれない？」

「いいですとも」

シャナーンは上機嫌でラギの部屋に移動したのだった。

「実は気になってることがあってさ」

「なんですか？」

シャナーンはニコニコ顔だった。どうもゆりと会った後の余韻に浸っているようだが、ラギはかまわず続けた。

「お母さんがしてたブレスレットのことだよ。あのブレスレットは未来から来た物だよね。それがなくなったってことは、この先どうなるんだろう？」

シャナーンは瞬いていた。

「つまり、いつか僕らが大人になってから、過去のお母さんにブレスレットを渡さなきゃいけないってことは、どこかでブレスレットを

手に入れなきゃいけないってことだよね」

「そうですね。そうなりますね」

「ブレスレットは今度はどこから来るんだろう？　あれは特殊な石が使われてるからそこらじゃ作れないみたいなんだよね」

ラギはゆりがしていたブレスレットの赤い宝石について調べてみたことがあった。あれは普通の宝石ではなく、魔石と呼ばれるもので、

気の力をためたりする作用があったのだ。あちこち聞いてみたが、商人もそういう宝石は噂に聞くだけで、

実際には見たことがないとのことだった。そういう石はもちろん需要も高く高価だろう。龍の一族の城の中にならたくさんあるかもしれない。


「もしかしたらまた未来から来るのでは？」

シャナーンはラギがシスに聞いた時にシスが答えたのと同じことを言った。

「未来の僕らはどうやって手に入れるのかな？」

「それはわかりませんが……そのうちなるようになるのでは？」

「どうなるんだろう。それがきになる」

「とりあえず、王妃が無事いらっしゃればいいではないですか」

「それも兄さんと同じセリフだよ」

「そうなんですか？　本当に、危機を乗り越えられた王妃は以前にまして美しく思われてなりません。ラギ様もそう思いませんか？」

「え？　いや、別に……まあそうだね」

シャナーンが真面目な顔をしだしたのでラギはそう答えた。

「人間としてさらに強くなってるかもね」

「そうです。強くて美しいです。王妃は」

シャナーンは目を輝かせたまま去って行った。


「母さんのブレスレットかあ……」

ラギはシャナーンが去った後もいろいろ考えていた。

一番最初にゆりがブレスレットを手にしたのは、ゆりがこの世界に来てすぐのことである。そしてそれは、アナスターシャを出産する時に、

別のブレスレットへと変えられた。

「この二つのブレスレットは、別の物なのか、それとも同じものなのか」

ラギは、一つ目のブレスレットは見ていないので知らないが、ラクシュミとゆりによれば、見かけは同じようなものだったようだ。

ブレスレットはなくなってしまったので、どこかで調達しなければ、それを過去にもって行くことはできない。

そもそも、今、自分達がいるこの時間は、未来の筋書き通りに進んでいるのかどうか。

過去に手を加えたことで、違う未来へと進んでいる可能性もある。


「うーん、ああ！　なんかやなこと考えちゃったなあ」

ラギは髪をくしゃくしゃとかいていた。

「確かに考えても無駄だな。うん」

ゆりのことに関しては、明日何があるかさえ、ラギには予測不能だった。考えるだけ時間の無駄のような気もする。

「僕も考えるのやーめたっと」

ラギは椅子から立ち上がり、部屋を出て行ったのだった。



夜、ゆりは部屋で羊毛で作られた長いガウンのような分厚い服を着て部屋でお茶を飲んでいた。

侍女と入れ替わりにハインリヒがやってきた。

「王妃、あっためてあげましょうか？　あれ、随分ぬくそうな服着てますね」

「うん。これにくるまってるとぬくいよ」

「ああ、王妃」

ハインリヒはゆりに近づいて頭をなでていた。

「なんか、ほんと愛しい」

「どうもありがとう」

「ひとりで何を考えてたんですか？」

「秘密」

「なんですか」

「実はいろんな恋人達について考えてた」

ゆりがはっきり言うと、ハインリヒはさすがにちょっと引いていた。

「無事帰ったことを過去のみんなにも伝えたくてしょうがないの」

「みんな王妃が大変だったことも知らないですよ」

「そうだけど、みんなに私は無事よって言いたい。過去のみんなは私のことそんなに考えてないだろうけど」

「たまには考えてますよ」

「そうかなあ」

「そうですよ。肌の蛇達も、きっと王妃の蛇を恋しがっているんでしょうねえ」

ハインリヒは目を細めて言った。

「私の蛇もそうですけどね」

「ふふふ」


なんだかみんなのことが気にかかる

ディラン、レイアス、ルーク、フークス、そしてドルイド……

私は、元気よ


ゆりはしみじみした思いと共に、心の内でそうつぶやいていたのだった。



一方、過去の時代、個室にいたヴィラルージュの元に、ディランがたずねてきた。

「陛下、お召しですか？」

「おお、私のこの身震いを、誰かに味合わせたくてのう」

女王はどうも興奮した様子だった。落ち着きなく部屋の中をうろうろしている。

「身震い？」

「身震いじゃ。ディランもきっと身震いするであろう」

「はあ」

「それを見るが良い。宝石商が持ってきたデザイン画じゃ」

女王は目の前のテーブルをさし、ディランは丸めてあったそれを手に取り、広げてみた。

「これが何か？　ブレスレットですね」

紙にはブレスレットの模様が３パターン描かれていた。一つ目は太めで蛇の周りに派手な模様が描かれていて、宝石も多数使われている。

二つ目は蛇の周りに花の模様が描かれていて、3つ目は一番細く、シンプルに、蛇の周りに少々飾りがある程度である。

ディランはその3つ目に目を留めた。

「これは……」

「見たことがあるであろう。あるはずじゃ！」

女王は早口で告げた。

「私はあの戦い以来、魔石を商人に探させていた。あれがあれば、力をためていざという時に使うということもできるであろうと思ってのことじゃ。

それがようやく二つ手に入った。ブレスレットのデザインを頼んで来たのがこれじゃ」

ディランは口をぽかんと開けたまま、女王を見つめていた。

「これは、ゆり殿がしていたブレスレットに似ているではないか？　もしかしたら、あれは、私が作らせたものなのじゃ！　どうじゃ、

身震いしたろう？」

「はい、ぶるっときました。しかしまさかそんな……ただのデザイン画ですし……」

「金細工で作れば似たようなものになりそうではないか。魔石をはめ込んだ蛇のブレスレット。私がこれをゆり殿に贈ることが、

未来にとっては重要なことなのじゃ。きっと……」

「なんだかぞくぞくっと寒気がしてきました」

ディランはデザイン画を置いて腕をなでていた。

「過去と未来がこのようにつながるとは」

「本当になんと不思議な……」

「陛下はよくゆり様のブレスレットを覚えておられましたねえ」

「ゆり殿はあれしか飾り物をしておらなんだからのう。しっかり見ておったわ。さて、一つはこれで作らせてるとしてもう一つはどうしたものか。

男物か女物かそれともペンダント？　うーむ、この選択はもしかして未来にとっては重要かもしれぬ。悩むのう」

女王は今度は眉間に皺を寄せて悩みだした。

「そうですねえ。女王の直感で決めてしまっていいのではないでしょうか？」

「ならばこの豪華なブレスレットで作ってみるか？」

女王は一番豪華なデザインを指していた。

「それはさすがに……しかしこれが本当にゆり様の……なのでしょうか」

「魔石を10個持っている国王もそうはいないと商人は言っておった。この世界でも珍しいものなのじゃ。未来ともなれば、

そうそう手には入るまい。きっと、いや、絶対そうなのじゃ」

「これが完成すれば、同じブレスレットが二つということになるのでしょうか？　ゆり殿は今しているブレスレットはどうやって手に入れられた

のでしょう？」

二人はゆりがこの世界に来たいきさつはざっとしか知らなかったので、ブレスレットの詳しい話は聞いてはいなかった。

「ん？　そうじゃな？　つじつまがあわんな。元々城にあったのであろうか？　まあよい、詳しい話は王女が知っておるだろう」

「そうですね。そろそろ友にも会いたいものですが……」

ディランは未来にいるヴィラのことを思った。


からみあう過去と未来。そしてゆり達が待ち受ける更なる未来へとどう繋がるのか。


遥かなる未来を思いながら、二人は興奮した面持ちで酒を飲みだしたのだった。



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