第５５話

夜中、シスの寝室に一人の男が現れた。

目を覚ましたシスが見たのは、大きな布を身体に巻いた男だった。

男がなぜそんな格好をしているのかは気になったのだが、突然の訪問者である。

普通ならば、誰かに思念を送るべきなのだが、シスはぼんやりと男を見つめているだけだった。

面識はないが同族である。相手に殺意はないのはわかった。

シスとその男はしばらく沈黙していた。

シスが感じていたのは奇妙な既視感であった。


懐かしい・・・


そう感じるのは何故なのか。


懐かしい・・・


男の顔は見たこともないのに、男がまとう気には覚えがある。

「すいません。突然やってきてしまって・・・」

男が申し訳なさそうに告げた。

「嘘だ・・・どういうこと？」

シスは戸惑っていた。

男の気は知っている。今は薄まってはいるが、この気をまとう男は一人しかいない。

しかもその人物は今この時代にいるわけはないのだ。

「ドルイド？」

シスが名を呼ぶと、男ははっとした表情をした。

「やっぱりドルイドなの？　一体どういうこと？」

「すいません」

男は申し訳なさそうに頭を下げていた。

シスは右腕をなでていた。

ドルイドを思って何度泣いたかわからない。

シスの右腕にいる金色の蛇はドルイドの肌にいた蛇の息子なのだ。

シスにとってドルイドは、過去の男達の中で最も近しい存在に違いない。

シスは涙が出そうになるのをこらえていた。

なぜか、ドルイドの気をまとった男が目の前にいる。

しかし、顔はドルイドの顔ではない。

「わ、わかった！誰かの身体に乗り移ったの？」

シスがまず思いついたのはそういうことだった。

エルバートにいるカーライルのような感じかと思ったのだ。

「そうなんでしょ？　とにかくおいでよ。どうしてそんな格好してるの？」

シスはベッドから出てドルイドに近づいた。男は膝から下は素足だった。靴もはいていない。

「裸なの？」

「すいません」

「謝ってばかりいないで説明してよ。いい男の身体を借りたね」

長い髪は青く、眉もきりっとしていて、顔立ちはかなり男前である。背も高いし、見栄えもいい。ゆりがいればぽっとしそうだ。

「そうだ、お母さんの所に行こうよ！　びっくりするよ！」

シスがそういうと、男はあわてた様子で

「待ってください！誰にも言わないでください！」

とシスを止めていた。

「どうして？」

「私にも何がなんやらさっぱりわからないんですよ」

「君はドルイドなんでしょ？」

「そのようではあるんですが……お願いします。とりあえず、私の話を聞いてください。誰も呼ばないでください」

「うん、わかったよ。さ、寒くない？布団かけなよ」

シスは、とりあえず、ドルイドらしき男とベッドに並んで座り、身体に布団をかけたのだった。服をあげようにも、ここには子供の服しかない。

「いつきたの？」

シスが聞いた。

「どう言って説明すればいいのか……この身体は、借りたのではないんです。いえ、

今は借りているという方が正しいのかもしれないですが……」

シスは横で黙って聞いている。

「ある日ガーベラ様にお会いしたんです。どうして出会ったのかよく分からないんですが、そうしたら、

以前ガーベラ様に会ったことを思い出して……ドルイドだった記憶が戻ったんです」

「はあ」

「私は、この時代にたぶん転生したんですよ。シス様」

「え？　そういうことなの？　すごい！」

転生という言葉で、シスはなんとなく理解していた。

「まさか僕らの時代に転生してたなんて！　すごいよ！　じゃあこれからずっと一緒にいられるじゃない！！」

シスは大興奮していた。

「いえ、私はこの姿のまま長い間はいられないんです。朝になればたぶん元に戻ってしまう」

「元？」

「この身体はまだ子供なんですよ。シス様」

「え？　そうなの？　なんで大きくなったの？」

「たぶん今回はゆり様の顔に刺激されたのかと」

「え？　母様？」

「ガーベラ様に出会ったときに、ゆり様の顔が浮かんだんです。昼間、両方のゆり様の顔を見てさらにいろいろ思い出しました」

「昼間……」

昼間ゆりに出会った子供といえば、シスには一人しか思い当たらない。

「え？　もしかして……」

あまりの驚きにシスは口をぱくぱくさせたまま続きが言えなかった。

横の男はちょっと気まずそうな顔をしている。

「……ハインリヒに言ってもいい？」

「言わないでください！」

男は即座に反応していた。

「すごいね。ドルイドが本当にドルイドだったって。ははっははは」

シスは乾いた笑い声を出していた。

偶然というにはあまりにもできすぎている。

「悪い冗談としか思えない」

男、ドルイドが言った。

「すごい偶然だね。でもまた会えるなんてうれしいよ。ハインリヒだって、そうだよ。僕こういう話聞いたことがあるよ。

僕の周りにいた人たちも、前世では一緒に暮らしていたのかもしれないって話。魂は近い存在に惹かれて集まってくるって話があるじゃない。

ドルイドはハインリヒに惹かれて赤ちゃんに入ったのかもよ」

「どうでしょうか。そういえば、私は過去、ハインリヒの子供なら丈夫で長生きするだろうなあと、ちらりと思ったことがあります。

ドルイドが亡くなった後、私は一度転生したようなんですが、子供の時に病気で亡くなったんですよ。次は丈夫な身体で産まれたいと、

そのときもきっと思ったことでしょう」

「そうなんだ。なんかいろいろあったんだね。ハインリヒの子供ならきっと大丈夫。丈夫で長生きできるよ」

シスは泣きそうな顔で言っていた。

ドルイドは苦笑している。

「というわけで母様とハインリヒを呼んでいい？」

「いえ、すいません。私は今日は誰かと話がしたくてここに来ただけで……他の人に会う気はありません」

「え？　なんで？　二人に会いたくないの？」

「ハインリヒに会っても気まずいだけですし……ゆり様とはあのとき、素晴らしい別れをしましたから、もういいんです」

ドルイドは視線を下げた。

「え？　なんで？　そんな……」

「シス様と会えただけで満足です」

ドルイドはシスの手を握っていた。

「本当に会わないの？」

「はい」

「絶対に？」

「すいません。会ったところで、私はいつでも大きくなるわけじゃないですし……皆が戸惑うだけだと思うんです」

「そうかもしれないけど……」


僕はこんなすごい事実をずっと黙ってなきゃならないの？


シスはショックを受けていた。

少し移動すれば、ゆりが寝ているというのに、会わないままというのはあんまりである。

いっそのことこのまま瞬間移動したいくらいだ。

「シス様を混乱させてしまってすいません。そう思いながらもどうしても誰かと話がしたくてきてしまったんです。

もうここにも来るつもりもありません」

「え？　なんで？」

「こうして出会ってもシス様も困るでしょうし」

「いやいやそんなことないよ。僕はドルイドに会えてうれしいったらないよ。また来てよ」

シスは困った様子だった。ドルイドはゆりやハインリヒに会わないばかりか、ここにももう来ないとまで言っているのだ。

「しかし……私はもうみんなの中ではいない人間ですし……」


せっかく会えたのにそれはないよ！　誰かドルイドを説得して！


と思ったが、自分が説得するしかないようだ。

「僕には君が必要だよ！」

シスは頭をフル回転させて、ドルイドを説得する言葉を探していた。

「君が前世を思い出したのは、きっと、きっと意味があることだよ。そうだよ。きっとそうだ！」

シスはうなずきながら言った。

「だから、そんなこと言わないでよ。もし今度また大人になったらここに来るって約束して」

「シス様……」

「き、君には僕を育てる義務がある」

「え？」

「だって、ほら、僕は君の子供みたいなものだもん。君の蛇の子供が引っ付いてるから」

シスは自分でも変だと思いつつもこじつけていた。

「ここだけの話、ハインリヒは忙しすぎて、ゆっくり僕らにあれこれ教えてる暇もないんだ。ほら、この時代って戦士が足りないからさ。

ハインリヒは実践で忙しすぎるんだ。優秀な先生が不足してるわけ」

「はあ」

「だからさ、こうして出会ったからには、君は僕にあれこれ教える義務があるよ。僕は将来的には戦とかにも出なきゃいけないんだからさ、

いろいろ教えてよ。ドルイドはほら、過去の時代で戦士達にいろいろ教えてたんでしょ？　それを僕に教えて」

ドルイドは目をまんまるくさせていた。まさかこんなことを言われるとは想像していなかっただろう。

「だから、またここに来てよ。ドルイド」

「私は昔のことを完璧に思い出したわけではないので、何かを教えられるかどうかは……」

「それでもいいよ。きてよ。その内思い出すって」

「はあ」

「親でしょ？　子供の言うこと聞いてよ。僕の蛇も会いたいって言ってるもん！」

「本当ですか？」

「うん。パパにまた会いたいって言ってる」

シスは言い張った。

「…………」

ドルイドはシスに言いくるめられた形になり、ちょっと戸惑っていた。

シスもちょっとこじつけすぎるかな、とは思っていた。

だが、ゆりのことをいろいろ言うよりは効果があるだろうとシスは思っていた。

ドルイドは自分の子蛇を気にかけているということをシスは知っている。

ドルイドがここに何度も来れば、そのうちにゆりに会う気にもなるかもしれない。

まずは、ここに次も来てもらわなければならないのだ。

「……私が昔を思い出したのには意味があるんでしょうか」

ドルイドがぽつりと言った。

「あるよ。約束だよ。僕は君が来るのを待ってるから」

シスはドルイドの手をぎゅっと握りしめた。

「わかりました。もし次があれば必ずここに来ますね」

ドルイドはそう約束して姿を消したのだった。


残されたシスは、喜びと同時に、せつない思いも感じていた。

ゆりに言えばどれほど喜ぶことだろう。だが、ゆりと会うことを、ドルイドは望んではいないのだ。

ゆりを混乱させたくないと思っているのだろう。

「確かに、出会ってまた恋人になるわけじゃないだろうけど……なんだかせつないなあ……」

心なしか、右腕の蛇のあたりが熱かった。


とりあえず、ドルイドをつなぎ止めよう。かなり危うい説得だったけど、納得してくれてよかった！

子供っていえば、シャナーンもドルイドの子供になるのかあ。でもまだ誰にもいえないしなあ。言いたい！　

誰かに言いたくてしょうがない！　でも言えない！　今は我慢だ！


シスはあれこれ考えている間に朝になってしまったのだった。


こんなことがあるなんてなあ……

ガーベラ様に出会ったって言ってたけど、どういうことなんだろう？

この前の人生でも早死にしちゃったなんて……悲しすぎるよ

次は長生きしたいって気持ちにもなるよね


朝食堂にて、食事に手もつけずにぼんやりしていたシスは、自分でも気づかない内に涙を流していた。

「どっか痛いの？」

「どうしたの？」

ナナミとラギに聞かれて、シスははっと涙をふいていた。

「ちょっとごみが入ったみたい」

「大丈夫？　後で診てもらったら？」

とゆり。

「平気、もう取れたよ」

アナスターシャも奇妙な顔つきだったので、シスは皆に笑ってみせた。

「なんだか顔色が悪いみたいよ」

「あんまり眠れなくてさ、それでだよ」

「巻き貝、いつでも貸してあげるわよ」

ゆりは言った。


『ゆり様とはあのとき素晴らしい別れをしましたから、もういいんです』

ドルイドの言葉がよみがえってきた。


ドルイドは母様が苦労して、ようやくドルイドに出会えたの知ってるのかな？

いつか、それを教えてあげなきゃね……

ドルイドが思っている以上に、僕らはドルイドのことを思っているんだよ

過去のみんなだって、今でもきっと君の事を思ってるはずだよ


食べる気がしなかったシスは、パンを一個だけ持って自分の部屋に戻ったのだった。

自分の部屋でも椅子に座って、シスはパンをかじりつつぼんやりしていた。

そこにラギがやってきたのだった。

「どうしたの？　何かあったの？」

「いろいろ考えてるんだよ。前世ではさ、僕とラギは兄弟だったのかなあ」

「前世？」

ラギはきょとんとしている。

「僕ら兄弟全員が前世で兄弟なわけないけどさ、前世でも仲良くしてたのかなあ」

「なんでいきなりそんなこと思ったの？」

「なんとなく。世の中には奇跡みたいな偶然ってやっぱりあるね」

「今度は奇跡？」

「考えてみれば、僕らが産まれたのも奇跡みたいなもんだね」

「まあそうかもね。母様がこの国にこなきゃ僕らいないもんね」

ラギはシスの向かいの椅子に座っていた。

「やっぱり奇跡ってあるね」

「いやーその奇跡ってのは努力の結果でしょ？　将来的に僕らが努力して過去に行ったり異世界に飛んだりしなきゃ、

その奇跡は起きないんだからさ」

「あ、そうか」

「奇跡の裏では努力と苦労があるんだろうなあ……僕はアヤコさんのためによくわからない薬も開発しなきゃならないみたいだし……」

ラギはぶつぶつつぶやいていた。

「薬の配合表みたいなの置いていってくれればよかったのに。未来の僕は性格が悪いよ！」

「ははは、大丈夫だって思ったんじゃない？」

未来のロイは、この時代に来てアヤコに注射を打ったのだが、その薬については何も分からずじまいである。

この世界では主流は飲み薬なので、注射を打つというのは結構珍しい。敵に毒を打つという使い方ならあるが、

治療となると、いろいろ研究が必要だろう。

「未来の僕らもいろいろ試行錯誤してるんだろうなあ……その都度過去と未来が変わってたりして」

「そうか。努力しなきゃ奇跡って起きないんだ。僕もがんばって奇跡が起きるようにしよう」

シスは何かを決意したように言っていた。

「今日の兄さんは変だね」

「僕もたまにはいろいろ考えるよ」


シスの部屋では、数匹の蛇たちがくっついていた。

「……僕らの前世は仲がいい蛇兄弟だったのかも？」

蛇たちを見たシスはそんなことを思った。蛇ならば、兄弟が一杯いても珍しくはない。

「蛇兄弟……ぷっ」

シスの発想につい笑ってしまったラギだった。


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