第59話

雲の上の演奏会に、ぞくぞくと神々がつめかけていた。ペガサスの馬車から大量の楽器をおろさせていたのはラメーンだった。

どうにも楽器が決まらず、いろいろ持ってきてしまったらしい。

神殿の前にいたグレンはラメーンを見るなり、

「おや、演奏会に出られるんですか？　珍しいですねえ」

などと言っていた。

やってきた神々にちらりとも笑顔を向けないあたり、グレンらしい。

「君の娘の顔を立ててやったんだ」

ラメーンはさも面倒そうに言っていた。

「私が行っても一度も来てくださらなかったのに……」

グレンは小声でぶつくさいっていた。聞こえたのかラメーンの顔が引きつっている。

「私が行っても一度も来てくださらなかったのに……」

今度は声が微妙にでかくなっていた。

どうやら根に持っているらしい。

「ネチネチ言わなくてもいいだろう」

ラメーンは顔をしかめていた。雲の上にもう一台ペガサスの馬車が到着した。馬車から降りてきたのはアリアスにダーナ、

ジュライだった。

ダーナは笑顔で

「かわいい子が生まれたわね。おめでとう」

とグレンにお祝いの言葉を述べていた。

「ありがとうございます」

グレンはでれっともせずに普通の顔で返していた。

「結局なんでできたの？」

「私にも大いなる謎です」

とグレン。今では、もしかしてあの時のことが原因か、とは感じていたが、誰に聞かれてもすっとぼけていたのだった。

「グレンの子であんなに愛嬌があるなんてなあ」

言ったのはアリアスだった。

「これでいつでも引退できるな。グレン」

むしろ引退しろとばかりにジュライは言って、横を通り過ぎて行った。

「ジュライったら……それにしてもラメーンってば一体何曲弾くの？」

楽器を運んでいる妖精達を見ながらダーナは苦笑していた。

「アシュランがラメーンの曲にケチをつけるのかどうか、今日はみものだなー」

アリアスがぼそっとつぶやいたが、

「聞こえたぞ」

ラメーンに睨まれて、アリアスは首をすくめてさっさと神殿に入って行ったのだった。


その頃ガーベラはといえば、自分の神殿にいた。そこにハロルドがやってきた。

「あら、演奏会？　今日はラーズが迎えに来てくれる予定なの」

ガーベラが笑顔で言うと、「そんなことで来たんじゃない」とハロルドは不機嫌そうだった。

「グレンの子供のことだ！　なんかお前の子供の確率が高いとかいう話を聞いたぞ！」

ハロルドはガーベラにずんずん迫りながら言った。

「お前、グレンと寝たのか？」

「いいえ」

ガーベラはあっさり否定した。クーリーフンはまだ人間界から帰ってきていなかった。帰ってくれば事情も詳しくわかるだろうとガーベラは

思っている。

「本当か？　もしやあっちのガーベラの仕業じゃないだろうな！」

ハロルドはやはり鋭く感づいていたが、ガーベラは笑ってごまかしていた。

「やっぱりそうなのか！？」

ハロルドはショックを受けている。

「いや、そこまで仲良くしてないでしょう。偶然できただけよ。偶然偶然。あらラーズ」

ラーズが部屋に入ってきていた。ハロルドはむっとしたまま口を閉ざしている。

「ハロルドも演奏会に行くのか？」

ラーズが聞くと、ハロルドはそっけなく「いかん」と答えていた。

「あっちのガーベラってなんのことだ？」

どうやらラーズにも聞こえたらしい。

「なんでもない。それよりも、ラーズはグレンの子供のこと、気にならないのか？　ちょっとはガーベラを責めろ」

ハロルドは自分の味方を増やそうとしているようだ。

「だからいちゃいちゃしまくってできたわけじゃないってば」

ガーベラはすんなり言っていた。ハロルドは睨みまくっている。

「まあまあ、いいじゃないか。グレンに聞いたが、グレンもそう言ってたし」

「そろそろ行きましょ」

「ああ」

「それじゃねー」

ガーベラはそそくさとラーズといなくなってしまい、ハロルドは「まったく」と口惜しげに吐き捨てたのだった。


さて、久方ぶりにラメーンの演奏を間近で聞いたアシュランは、「なかなかよかったぞ」とケチをつけなかったらしく、神々や音楽の妖精達は

ほっとするやらちょっと残念がるやらしたようである。その場でライサのお披露目のようなこともされたのだが、グレンはその場にはいなかった。

「娘をよろしく」などという気もないようだ。アシュランが「偶然生まれた」と言ったので、みんなそうかと思っていた。

明るいライサを神々も歓迎して迎え入れた。

伝令神というのはなかなか難しい仕事である。時にはアシュランに告げ口のようなこともしなければならない。

（ライサが神々の間をうまく立ち回れるように応援しましょう）とガーベラも母親のような気持ちで思ったのだった。


人間界ではイシュタールの事件から５日ほど経過していた。

事情を聞いた周りの人たちは、ゆりに気を遣っていた。ゆりが傷ついたと思ったからだろう。

ラクシュミでさえゆりに、「イシュタールにも立場があったんだ。あまり怒らないようにな」と言ったほどだった。

ゆりは別に不機嫌になってもいなかった。もしイシュタールが唯一の恋の相手だったとしたら、今回のことはかなり傷ついたかもしれないが、

そうではない。逆に、イシュタールが彼女が死んだことにショックを受けていたことが、うれしいとさえ感じていた。

蛇の一族は恋愛関係が希薄だと言われているが、イシュタールはちゃんと、彼女に情を持っていたということなのだから。


「まあ、私もこっちの価値観にかなり染まったものよねー」

ゆりはしみじみと思っていたのだった。これが20年も前だったなら、イシュタールに怒る気持ちもわいたかもしれない。

「あの時はつれなかったのに、随分丸くなりましたね」

ミカエルからはちょっといやみったらしく言われたのだった。あの時、とは、ミカエルの若い彼女との事件のことである。

あの時はゆりはかなり動揺して、ミカエルとの縁を切るとまで言ったのだった。

ミカエルはゆりが捨てたことをいまだに根に持っているようだ。あの時の彼女クロエは、違う彼氏との間に子供ができて、

ちゃんとお母さんをしているらしい。

「王妃がそんなに丸くなったんなら、また若い彼女を作っちゃおうかな〜」

ミカエルはこんなことも言っていた。

「作ればー？　若い彼女にいろいろしてもらえばー？」

ゆりがつっけんどんに返すと、ミカエルはにやにやしながら「やいちゃってかわいい」などと言っていた。


とはいっても……もしイシュタールじゃなくて王様がああいうことしたなら、さすがに私も激怒したんだろうなあ……

王様はやっぱり独占したい。我がままだと言われようがそうなんだもん！


「私も王妃のように神様の恋人が欲しいなあ。またかわいい女神をつれてきてくださいよ」

ミカエルはこんなことを言っていたが、ゆりは笑顔で受け流した。


午後になり、蛇の目のゆりが別室でジュノーといたが、ジュノーもゆりの様子を気にかけているようだった。

二人は服を着たままベッドに座っている。

「みんなして私が怒ってると思ってるんだね」

ゆりが察して言うと、ジュノーは「全然怒ってないんですか？」と聞いた。

「全然ってことはないよ。だから、昨日イシュタールをいじめてあげたの」

ゆりはにやっとして言った。「いじめちゃおうかな」とイシュタールに言ったのは黒目のゆりだったが、実際にいじめたのは

蛇の目のゆりだったようだ。

「え？　どうやっていじめたんですか？」

「縄でしばったの」

「な、縄で？！」

ジュノーはひっくり返りそうなくらい反応していた。

「ど、どこを縛ったんですか？」

「いろんなところ」

「いろんなところ？！」

ジュノーの鼻息が荒くなってきた。

「いろんなところって？」

「なんか興奮してない？」

「ししし、縛って何をしたんですか？」

「ムチでぶったの」

「えー！！！」

「嘘よ」

「嘘なんですか？　なんだーなんか変な想像をしてしまったじゃないですか」

ジュノーは興奮気味に告げていた。

「それで縛ることは縛ったんですか？」

ジュノーはしつこく聞いていた。どうやら気になって仕方がないらしい。

「本当は手を後ろで縛って、変化させたの」

「あーそうなんですか。いいなあ。なんかうらやましいなあ」

「えー？　これのどこがうらやましいの？」

「だって、他の誰ともしないことをしたいんですもん」

ジュノーはゆりに擦り寄っていた。

「じゃあ全身縄でしばってあげようか？」

「それはちょっと……」

「実はイシュタールの身体の蛇も気になってたからなの。蛇紋の蛇はどうだったと思う？」

「うーん、やはり赤い蛇だったんですか？」

「うん。子蛇はどこにもいないのよねーそのうち出てくるのかなあ？　まさか死んだって事はないと思うんだけどね」

「赤い蛇が出たくらいですから、赤に変身して出てくるかもしれないですよ」

「そうなのかな。変身してもいいから出てくればいいなあ。兄弟蛇が刺激すれば出てくるかも。ジュノーちょっとイシュタールとひっついてみる？」

「いやです」

ジュノーは笑顔で即答していた。

「儀式でみんなの蛇を見たら出てくるかもしれないですよ」

「そうかな。でもイシュタールはちょっとまだ儀式があっても出られないなあ。興奮すると体温があがっちゃうみたい。他のみんなが触ると危険だわ」

「え？　じゃあこの前の赤い月はだめだったんですか？」

「うん。だめだったみたい。体温が上がらないようにする修行しなきゃね。彼女達がやけどしちゃう」

「あらら、それは大変ですね」


『王妃、赤い月が成功するように、私を鍛えてください』

ちょっといじめた後、イシュタールには真面目に昨日こう懇願されたのだった。

『私には王妃の助けが必要です』

「つまり、興奮しても体温が上がらないように、鍛えるの？」

『そうです。お願いします。今の所、安心して触れるのは王妃だけなんです』

イシュタールはちょっと甘えるようにいいながらゆりを抱きしめていた。確かに、ゆりはイシュタールがいくら熱くなってもやけどはしなかった。

（あれ？　サラディンってこういうことを見越して私に加護をつけたのかしらん？）

ゆりはその時ふとそう思ったのだった。

その後は興奮したイシュタールにいろいろされたのだが、ベッドの上の布団は黒ずんでいた。


確かにイシュタールには修行が必要かも。なんか久々に押せ押せ気分になってるみたい。まあいいか

その分他の恋人とも仲良くしなきゃ


「ジュノ〜」

「王妃〜」

二人はひしっと抱き合っていた。

「ジュノーも縛って変化させてあげようか？」

ゆりが目をキラキラさせて言うと、ジュノーは「やっぱりいいです」と答えた。

「うらやましいんじゃなかったの？」

「妄想したんでもういいです」

「そう」

「ミカエル殿にしてあげてください。きっと喜びますよ」

ジュノーは適当なことを言っていた。

「ミカエル〜？」


ミカエルよりもハインリヒをいじめてみたい！　でも倍で返されそうだから危険か……


「まああんまり王妃様らしくないことはしないでおこう。王様に怒られたらやだし」

ミカエルに何かすると絶対ラクシュミの耳に入りそうである。

ジュノーはゆりがラクシュミに怒られる所を想像したのか、思わずふふっと笑っていたのだった。



その頃、魔法の稽古をして城に戻ってきたシスは、ハインリヒに出会い、ドルイドがすっかり元気になったと告げられて喜んでいた。

「本当？　じゃあ今から会いに行ってもいいかな？」

「いいですよ」

「あ、そうだ。ドルイド、今日城に泊めてもいい？」

「え？　城にですか？」

「うん。僕が責任持って面倒みるから。侍女もいるし、お願いー」

シスはハインリヒの腕をゆすっていた。

「しかし、夜は泣くかもしれないですよ？」

「大丈夫だよ。お願い！　僕子供には慣れてるから平気だよ」

「はあ」

「じゃあ行ってこようっと」

シスは消えてしまい、残されたハインリヒはしばらく首をかしげていたのだった。


もう待てない！　今日だ！　『ドルイドを大人にする作戦』今日実行だー！！


シスは、興奮しつつカレンの屋敷に飛んで行ったのだった。


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