第61話


愛する者のために強くなろう

愛する者のために強くなろう

あなたの微笑みを守るのが私の役目

守って見せよう　私のすべてをかけて


どうしたの？　そんなに悲しい顔をして

大丈夫　私の旅は、そう簡単には終わらない

今ようやく中間地点にさしかかったくらいだ

私の物語が語り継がれるまでには、まだだいぶ間があるだろう

英雄の物語か愛の物語なのか、それさえもまだ未定なのだから

君は私を信じて待っていてほしい


不服そうだね

君も強くなりたい　そう言うのかね？

私を守るのが君の役目だと？

なんといじらしい心がけだろう

なら君も一緒に来るがいい

共に強くなろう　

だが、これだけは守っておくれ

私より先に旅を終えてはいけない

私の物語の最後は君の笑顔で締めくくられると、すでにそう決まっているのだからね



ハインリヒがリュートに合わせて歌を歌っていた。

古代語で歌い、現代語で歌って、ようやく聞いていたアナスターシャは完全な意味がわかった。聞いていたのはシス、ラギ、アナスターシャの

３人である。シスがドルイドに出会った翌日のことである。シスはすぐにハインリヒにドルイドが教えてくれた言葉、

「ダレル・ラオル・イー・ミ・ラヴィデス」のことを聞いていたのだった。

この朝、シスは昨日の不機嫌さはなんだったのか、というほど機嫌がよかったので、ゆりもラギ達も不思議がったくらいだった。

今は昼食後の休憩時間だった。この後はちょうどハインリヒの授業なのだ。


歌が終わって、３人は手をたたいて拍手した。ここに大人の女性がいれば、ハインリヒの色っぽい歌声にうっとりしたに違いない。

「古代叙事詩にありそうな詩だね」

ラギが言った。

「そうね。シス、さっきの古代語、意味分かった？」

アナスターシャはシスに聞いた。

「え？　実はちょっとだけね」

「ほんと？　よかったー分からないの私だけかと思ったー」

アナスターシャがほっとしていたので、ハインリヒは頬を引きつらせていた。

「まさか全然わからなかったわけじゃないですよね？」

「もちろん、ちょっとはわかったわよ。古代語って訳すの時間がかかるから〜ゆっくりと考えたらわかったんだけどね」

アナスターシャはえへへと笑っていた。

「あれほど古代語の勉強をしているのに……」

ハインリヒはため息をついていた。

「わかった！　ハインリヒの発音が良すぎてわかんなかったのかも！

「でも、姉さんは前よりはましになったよ。日常会話ならできるし、ね」

ラギがフォローにまわっている。

「前よりはましなんだけどなあ。ちなみにラギは全部わかったんでしょ？」

「大体はね。でも、これって昔の王様が考えた歌なの？」

「いえ、王様のお言葉を、詩人が歌にしたんですよ。実はこの言葉、いろんな歌があるんです。古代語の授業の時、私も

詩を作らされましたよ。毎回お題をもらってね」

「へーそうなんだ。でもいい歌だよね。僕らの物語は、将来どうやって伝わるのかなあ。つい考えちゃったよ」

シスはちょっと妄想していた。

「英雄の物語か、愛の物語か？　お母さんの物語は愛の物語で決まりだね」

ラギが笑って言った。

「時々喜劇も入ってるね」

アナスターシャが付け加えた。

「まあ確かにね〜」

シスとラギもはははと笑っている。

「『ダレル・ラオル・イー・ミ・ラヴィデス』かあ、こちらに来て初めて聞きましたよ。シス様はどこで聞いたんですか？」

ハインリヒが何気に聞いた。

「えっと、何かの本にあったのを読んだんだよ」

シスは笑顔で返した。すでに聞かれることは予想ずみである。

「そうですか」

ハインリヒは別段疑うこともなかった。

『一つ問題があります。アナスターシャ様は、古代語の勉強時間を増やしなさい』

「えー！！！」

ハインリヒが古代語で言ったのに、アナスターシャは即反応していた。

「姉さん今のわかったの？！　すごい」

「本当だよ。すごいじゃない」

ラギとシスはそこに驚いていた。

「失礼な。私だってちょっとはわかるわよ。古代叙事詩だって歌えるんだから！」

「意味わかって歌ってないでしょ。意味を理解しながら歌わないとだめですよ」

「だってさー」

「過去に行って恥をかくのは自分なんですからね」

「はーい」

アナスターシャは口を尖らせて返事をしていた。

「後３年くらいかなあ……」

何年のいつ迎えに来るとは聞いていないので、未来に行くのは大体そのくらいになるだろうとアナスターシャは思っていた。

「どうでしょうね。その頃になるとヴィラルージュ様も大変でしょうしねえ」

ハインリヒの言葉に、ラギもシスも「そうだね」「でも楽しみだね」などと言っていた。

「何のこと？」

とアナスターシャ。

「わからないなら秘密〜」

「秘密〜」

二人は意地悪く言い、アナスターシャがハインリヒを見ると、ハインリヒも古代語で『秘密でーす』と言っていた。

「何よもう！　ぷんだ」

アナスターシャはすっかりへそを曲げていたのだった。


その頃ゆりは、フリットに気をもらいつつ、シスのことを相談していた。

「昨日はあんなに不機嫌だったのに、今朝はけろっとしててね。一体なんだったのかわけがわからないのよね」

フリットは真面目に聞いている。

「今朝はものすごくご機嫌ってな顔だったわ。さっきもそうだったし。夜の間に何かあったわけでもないだろうし……ラギに聞いても

よくわからないって」

「そうですか。まあシス様も今年２４歳ですからね。微妙なお年頃ですよ。わけもなくいらだったり、悲しくなったりと、私もよくありました」

「そう。フリットも？」

「ちょうど子供の中間地点ですからね」

「子供の中間地点かあ。なんか外見があんまり変わらないから不思議な感じだけど、もう２４歳なんだねえ」

外見は元の世界では８歳でもいけそうなくらいなので、奇妙な感じである。アナスターシャにいたっては、今年なんと２８歳。

時々お姉さんらしいことを言うが、外見はこちらもまだまだ子供だ。

「時々わけがわからないことをしたくなったりもしましたよ。まあ、シス様もたいしたことはないでしょう」

「そうかな。まあ、シスは何かあったら相談できる人がたくさんいるだろうからね」

ラギもいるし、トーもいっぱいいるので、相談相手に事欠くことはないだろう。男の子のことは、やはり男同士の方がいいのかもしれない。

「シス様よりも王妃は本当に大丈夫ですか？　私はどちらかというと王妃の方が心配ですよ」

「私？　私は別に落ち込んでないよ」

「ならいいんですが……」

「ミカエルには怒らないのが不服なのかいやみったらしく言われたわ」

「私も怒ると思ってました」

「フリットはどうなの？　私が知らないことが実はいろいろあるんじゃないの？」

ゆりは突然フリットを見つめて言い出した。

「え？　いえ、ないですよ」

フリットは笑顔で返している。

「本当かなあ？　実は彼女が増えてるんじゃないの？　若くてかわいい子が」

その指摘に、フリットはちょっと目をそらしていた。

「え？　そうなの？　本当？」

ゆりは自分で聞いて驚いていた。

「いえいえ、まさかそんなことないですよ」

フリットは元に戻ったが、ゆりは怪しい瞳を向けていた。

そしてフリットの手の甲をぎゅっとつねっている。

「本当に何もないですよ。王妃」

「白状しなさい」

「……実は、まあちょっとありましたが、別に彼女にしたわけじゃないんですよ」

「じゃあなんなの？」

「聞いてどうするんです？」

「どうもしないよ。フリットが若い彼女作ったって、今の私は怒りもしないわよ」

ゆりはフリットの手をつねるのをやめていた。

「でも聞きたいの」

「はあ、でも楽しい話じゃないですよ」

「でも聞きたいの」

ゆりは折れないようだ。

「初めての赤い月の相手をしてあげたんですよ。一晩だけでいいと泣きつかれたので、まあ仕方なくというか……」

ゆりはぽかんと口を開けた。

「最初は憧れの人としたいとか、そういうこと？」

「まあ、そうですかね」

「へーそうなんだ……もしかして王様に頼まれたとか？」

「いえ、そういうわけではないですよ」

フリットは否定したが、ゆりは疑っていた。

「女の子は喜んだだろうねえ」

ゆりは冷静な口調で言っていた。

フリットはゆりの様子を伺っている。だが、ゆりが普通に戻ったので、ちょっと拍子抜けといった表情だった。

「怒ってほしかった？」

「いえ。王妃は本当に変わられたなあ、と思っただけですよ」

ちょっと寂しそうな口調だった。

ゆりはすっと立ち上がった。

「ちょっとこっちに来て」

ゆりは部屋の中をすたすた歩いている。

「？」

「早く早く」

促されてフリットはゆりの側までやってきた。

「あっちに連れて行って」

ゆりは横の部屋を指している。

「あっちに行くんですか？」

「うん。行く」

フリットはゆりと移動した。

横の部屋にやってきたゆりは、立ったまま無言だった。

「王妃、どうしたんですか？」

「その子にどうやったのか、私にしてみて」

「はあ？」

フリットはぽかんとした口調で聞いていた。

「やさしーくしてあげたんでしょ？　怖くないよ、とかいいながら。ほら、身体を楽にしなさい、とかなんとか言ったんでしょ？」

ゆりは完全に妄想しながらぶつぶつ言っていた。

「王妃、怒ってるんですか？」

「怒ってないよ」

ゆりはきっと睨んで言った。

「じゃあどうしたんです？」

「どうもしないわよ。でもすっごくむかつくから今日はメロメロにしてやる」

「え？」

ゆりはフリットの腕をつかんでベッドにあがった。

そしてさっさと服を脱ぎだした。

フリットはぽけーとしてそれを見ている。ゆりは全部脱ぐとフリットの服を脱がせにかかっていた。

「王妃……本当にどうしたんですか？」

ゆりの左目は黒目のままだったので、フリットは意外に思っていた。

「普段の私の役回りは、優しい兄だと思ってましたが……」

「義理の兄だからこういうことしてもいいんだもん。ほら脱いで」

ゆりは変なスイッチが入ったのか、やめようとはしなかった。フリットの胸の青い蛇を見て、

「青い蛇ちゃん、私のなのにー」

とぶつぶつ言っている。

「何回くらいキスしたの？」

「え？」

「白状しなさい」

「さあ……覚えてないです」

「覚えてないほどしたの？　許せない」

「いえ、そういうわけじゃ……」

ゆりはフリットをベッドに押し倒し、フリットにキスした。

「じゃあいっぱいキスしなきゃ」

「王妃、今日は変ですよ」

「変な私と、冷静な私、どっちがいいの？」

ゆりは間近でフリットの顔を眺めて聞いた。

「変な方がいいです」

「でしょ？」

ゆりは熱烈にキスしあった後、フリットの下半身を手で触っていた。

そして、フリットが「もう勘弁してください」と言っても手と口でしつこく愛撫を繰り返したのだった。


ゆりが身体を離すと、フリットは嵐がすぎた後、のような疲れた顔をしていた。

ゆりはフリットの横に並んで布団で身体を隠していた。

今度はうって変わって寂しそうな表情をしている。

「王妃？」

「シスじゃないけどなんかすっごくもやもやする。フリットもイシュタールも嫌い」

「王妃……」

フリットは身体を寄せてゆりを抱きしめた。

「王妃、イシュタールにも素直に怒ってもよかったんですよ」

「だってさ、あの時は、本当に腹が立たなかったんだもん。改めて冷静に考えるとちょっともやもやしてきて……

でも今更怒るのも変だし……みんな私が怒ると思ってるから、やっぱり怒ってもいいことだったのかな？って思ったり……」

「それでイシュタールの分も私にあたったんですか？」

「そうかも」

ゆりは認めた。

「でも、フリットのことももやもやするの！　若い子に優しくしちゃって何よ」

「王妃の妄想でしょう。そんなに優しくないですよ」

「嘘よ。フリットは優しいもん。優しくしてるのが目に浮かぶ」

「妄想しないでください。でも、なんだかうれしかったですよ。王妃に妬かれるなんて初めてですからね」

「そうだっけ？」

「そうですよ。普段こうなったのも久しぶりですし」

「そうね」

「私まだ王妃に何もしてないんですけど、してもいいんですか？」

フリットはゆりの首筋をなでていた。

「うん」

フリットはゆりの胸をなで、ゆりの肩に口付けていた。


うーん、シスが思春期のもやもやなら私はなんだろう。『青年期のもやもや？』

この分じゃ他の男達もいろいろあるかも

手っ取り早く儀式しちゃいたいな……こんなことまで、思っちゃうなんて、私ってどれだけ困った女なんだか……


ゆりは自分でも呆れていた。


─ごにょごにょ


フリットは顔をあげた。

「何か言いました？」

「ううん」


─トー　へびもっと


「今の聞こえました？」

「ううん。どうしたの？」

どうやらゆりには聞こえないようだった。

「お腹のお子様が、蛇もっとって言いましたよ」

「え？」


─もっともっと


「どうやら儀式をして欲しいようですね。お腹のお子様は、本当に力があるようですね」

フリットはうれしそうだった。

「そうなんだ。じゃあ、がんばって儀式しなきゃね。子供のために」

ゆりは最後を強調して微笑んだ。

「とりあえず、後日にしてくださいね。私は今日はもう無理ですよ」

「蛇紋も儀式までおあずけにしちゃおうかなー」

「え？　出るようになったんですか？」

「うん、赤い月に出たよ」

「それは見たいな。見せてください」

フリットの愛撫にも熱がこもってきた。

「ねえ、フリット、私のこと好き？」

「好きですよ」

「本当？」

「本当ですよ」

「私もフリットのことが好き。他の女性を抱いてもいいけど、青い蛇は私のだからね」

「いいですよ。私の蛇は王妃の蛇にずっと前から参ってますからね」

フリットはゆりをぎゅっと抱きしめた。


王妃の愛の物語はまだまだ道は半ば、この先、どう展開するのやら、それは子供達にも、ゆり自身にも予想はできないのだった。


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