第62話

静かな夜だった。春だったが、今夜はやけに冷える。

夜、一人自分の寝室で寝ていたゆりの元に、訪問者があった。ゆりは誰が来たのか知っていた。

昼間手紙をもらっていたからである。

「こんばんは、王妃」

ベッドの側にやってきてその人物はいった。男である。

「こんばんは」

ゆりは布団をかけたまま、おきようともせず挨拶を返していた。

「今夜は月が綺麗ですよ。ですが、ちょっと冷えるので月を観賞するのはやめといた方がいいかな」

「そう」

男は布団をちょっとはぐって何かに気付き、ぱたっと閉じた。そしてもう一度布団をはぐっていた。

「どうしたんです？　それ」

驚いた口調で聞いたのはヴィラだった。

「え？」

ゆりも驚いている。

「……く……くくくく……」

ヴィラは布団を閉じて、身をよじって笑っていた。

「あ、ひどい」

「くくくく……」

ヴィラはまだ笑っていた。こらえきれないようだ。

ゆりは布団を頭までかぶってしまった。

「すいません。意外すぎてつい……王妃、そんな……そんな格好で寝たら風邪をひきますよ？」

ヴィラは笑うのをこらえつつ言っていた。

ゆりはスケスケの紫色の生地の寝間着を着ていたのだった。しかも露出度が高く、腕も出され、胸元も開いていた。

生地もおしりまでしかなく、太ももから下が見えている。

ゆりは布団をかぶったまま出てこなかった。

「すいません。つい笑ってしまいました。もう出てきてくださいよ」

ヴィラが布団をはぐると、ゆりは真っ赤な顔で「ひどーい」と非難していた。

「喜ぶかなと思ったのに〜〜〜」

うらめしげな目をしている。

「すごくうれしいですよ。でも今までそういう服を着て待っててもらったことがないので、かなりびっくりしました」

ヴィラはゆりの横に身体を入れた。

ゆりはすっかりへそを曲げていた。口は思いっきり曲がっている。

「そんなに怒らないでくださいよ。王妃がこんな気持ちで待っててくださっていたなんて、うれしいですよ。本当に」

ヴィラの目は笑っていたが、暗闇なので見えなかった。

「やっぱりやめればよかった」

ゆりは恥ずかしげにつぶやいていた。

「この服、売ってるんですか？」

ヴィラが触ってきたのでゆりは思いっきり手をつねっていた。

「いてて」

「それで今日はなんできたのよう」

ゆりは怒ったまま聞いた。

ヴィラが夜に会いたいと手紙を送ってきたので了承したゆりだったが、たまには違うことでもしようと、きわどい服を着て待っていたわけだった。

待っている間に何度も後悔していたが、今はやっぱりやめておけばよかったと思っている。

相手がヴィラだったのでこういうのを着る気になったのだが、相手がミカエルやハインリヒだったなら、とても恐ろしくてこんなことはできない。

「まさか笑うなんて……」

「ばかにしたわけじゃないですよ。王妃がかわいいから笑ってしまったんですよ」

「なんできたの？」

「なんてきたんだっけ……王妃のその姿を見てすっかり忘れてしまった」

「は？」

「あ、そうそう。王妃の様子が気になったんですよ。昼間会った時は普通だったけど、本当はどうなのかと思って。

王がすごく心配されてましたよ」

「王様が？」

「イシュタール殿のことで王妃があまりに平然としているから、逆に怖いって」

「王様はあまり怒るなって言ったくせに」

「溜め込んで爆発するのはやめてくださいね。王は王妃の爆発が怖いんですよ」

「え？　私今まで爆発したことあったかなあ？」

ゆりは記憶にございません、といった風である。みんなの記憶では、ゆりは結構爆発している。

「というわけで、まあ夜のほうが素直になってくださるだろうと思ってきたんですよ」

「そういう理由できたの？　なあんだ」

ゆりはつまらなそうだった。

「まあお話が終わったら、王妃のご期待に沿いたいですが……」

ヴィラは身体を引っ付けてゆりの太ももをなでていた。

「別に沿わなくていいわよーだ」

「まあそういわずに」

ヴィラは顔を寄せて口付けた。

「今度儀式の時に、この格好をしてくださいよ」

「え？　やだよ。ばかみたいじゃないの」

ゆりはまたもや真っ赤である。

「いいじゃないですか。かわいいんですもん。私だけが見るなんてもったいないなあ」

ヴィラは生地の上からゆりの肌をなでていた。薄い生地なので、暖かい肌の感触も伝わってくる。

「王妃、本当に一人で泣いたりしてないです？」

ヴィラはゆりの身体をなでまわしながら聞いた。

「してないよ。イシュタールの子供ができてうれしいって思うのは嘘じゃないし、まあもやもやすることはあるけど、

怒り爆発ってことはないよ。実はヴィラにももやもやする」

「え？　私ですか？」

「若い子に熱烈に誘われたんだってね。今年の赤い月」

「え？」

思いがけない話にヴィラの手の動きが止まっていた。

「かわいい子？」

「そんなの誰から聞いたんですか？」

「ひみつ」

実は王の間の番兵から強引に聞きだしたのだった。わざわざ知らなくていいことをなぜ聞いてしまうのか。人間というのは不思議な

生き物である。フリットに続きヴィラまでと、ゆりはガーンとショックを受けていた。だが、もやもやしても相手の気を引きたいと思うのは、

やはり愛があるからかもしれない。

「みんなそれぞれ人気あるんだもんねーしょうがないよねー」

「王妃ってば、ばかですね。我々にとって王妃以上に魅力的な女なんていないですよ。もし赤い月を一日ずつ王妃と過ごせたら、

そりゃもう大変なことになりますよ。他の男になんて渡せなくなってしまいますよ。

他の男の所に行かないでくれと、泣いてすがるでしょう。私だってきっとそうしますよ。我らにとって、王妃はそういう女性なんですよ。

だから、王妃が妬くなんてばかげてますよ」

「はあ……」

ゆりは拍子抜けしたような返事を返した。

「自覚がないのが王妃のいいところですがね」

「でも、ヴィラだって彼女のことは好きなんでしょ？」

「好きですけど、彼女が他の男性の所にいっても、がんばれって言えますよ。負け惜しみじゃなくて、そう言えるんです。

でも王妃に捨てられたら、立ち直れないかもしれないですよ？」

「私のこと、そんなに好き？」

ゆりはにやにやしていたので、ヴィラはゆりの鼻をつまんでいた。

「王妃のこの格好のこと、ミカエル殿にいいますよ？」

「え？　それだけはやめて！」

ゆりは本気でぶるっとしていた。

「じゃあ儀式でこの服を着てくださいよ。ジュノーにも見せてあげたいんですよ」

「ええー」

「いいじゃないですか」

「まあ、考えておく、っていうか、儀式やりたいって思ってるんだけど、なかなか誰も来なくて……」

「そのうちに来てくれますよ」

「だといいけどねー」

「今日は二人きりでね」

ヴィラはゆりの口を自らの口で覆っていた。

この夜は寒いのもあり、布団の中でお互いにもぞもぞするくらいの軽いいちゃいちゃだったが、夜だったので、それなりに

盛り上がっていた。ヴィラはゆりのスケスケの服が気に入ったのか、全部脱がそうとはしなかった。

「すっかりこの服が好きになってしまいましたよ。今度昼間にこれで出迎えてください」

「それじゃ変態じゃないの」

昼間この格好で部屋にいたら、侍女に「王妃が変です」とラクシュミに報告されそうだ。

「それじゃ隠し部屋でこれを着てくださいね。４の月に男をその気にさせるなんて、王妃はすごいですねー」

ヴィラはほめるよりもからかうような口調だったので、ゆりは「もう何もしてやんないから」とそっぽを向いていた。

「今日はいいです。次お願いしますね」

「やだ」

「その格好でね」

「やーよ」

自分で着ておきながら、真っ赤になっているゆりだった。


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