第65話
夜の闇が近づいていた。シスとラギは、城の屋根の出っ張りのところに並んで腰を下ろしていた。今夜は暖かい風が吹いている。
星がきらめいていた。明日もきっと晴れだ。
ラギはうれしそうな顔で夜空を眺めている。
「儀式が起きるのがそんなにうれしいの？」
シスが聞いた。
「うん。うれしいよ。赤ちゃんが強くなれたら、僕もうれしいんだ」
「そっか……」
一族の力がさほど高くないラギの目から見て、同じ赤い月以外の赤ん坊はどのように映っているのか。
シスはずばり聞くことなどできなかった。
「僕も瞬間移動ができた時は本当にうれしかったもんなあ。やっぱり力があるに超したことはないもんね」
ラギはしみじみと言っていた。
「いっぱい蛇が入るといいねえ」
「そうだね」
二人はしばらくその場に座り込んで風にあたっていた。
ゆりが『赤い月のミカエル』について、いろいろ妄想していた時、部屋にぱっと男達が現れて、ゆりはまたわっと驚いて後ずさり、
体をクローゼットにぶつけていた。
「王妃〜いつまで待たせるんですか〜？」
ジュノーがいいながら、でかいベッドの上に置かれている下着に目をとめた。
「あっ！」
その声で他の男達も一斉にそれに注目していた。
「王妃！ ずるい！ 私もこんな下着は見たことないのに〜」
ゆりははっとヒモがついたショーツを見た。それはベッドの上に置かれていたのだった。
「え？ ち、違うわよ。これは私が脱いだんじゃないわよ！ 侍女が勝手に用意していただけなの！」
ゆりはあわててショーツを手に持って後ろに隠していた。顔は真っ赤である。
「本当ですか？ じゃあちょっとはいてみてください」
「え？ やあよ」
「私がはかせたいなあ」
「やだよーだ」
ジュノーとゆりがやりとりしている間、他の男達は紫色のパンツに目をとめて、それぞれ微妙な顔つきをしていた。
だがミカエルはちゃんとズボンを履いているのでおかしいなとも思っていた。
ミカエルがそんな視線に気づき、「みんなのもあるが、履きたい者はどうぞ履いてくれ」と言い、クローゼットにあったパンツが入った
カゴをみんなに見せていた。
中に入っているパンツはそれぞれのイメージカラーで用意されたものだろう。大きさも違う。赤いパンツは一番でかかった。
イシュタールのに違いない。
「この黒いの私のかな？」
ハインリヒが黒いパンツを手にとっていた。
「これも侍女が、用意したのよ。私が用意したんじゃないのよ」
ゆりは誤解されたらまずいと思ったのか強調していた。
「王妃の侍女は一体何を考えてるんでしょうか」
ヴィラはあきれ顔だった。男達はきょろきょろとハートだらけの部屋の中を見回していた。
「かわいい部屋ですね」
とシャナーンが言った。
「この部屋も侍女が用意してくれたの。私のイメージなんだって」
「確かに、王妃のイメージですね」
ヴィラが苦笑交じりに言った。
「ところで、儀式はどうなったんですか？」
フリットが聞いた。フリットはパンツにも部屋にもあまり興味はなさそうである。
「それが、ちょっと入り組んでて……実は今日はミカエルだけと儀式がしたいの。みんな帰ってちょうだい」
ゆりが急に横柄な態度で言い出して、男達は注目した。
ゆりははっと口に手を当てた。
「違うわよ。今のは私じゃないの！ いーえ、私よ！ 違うわ！ 違わない！」
ゆりが一人で言い合いを初めて、フリットは「どうなってるんだ？」とミカエルに聞いていた。
「いやー私にもよくわからないんだ。前回現れたのと同じ女蛇様らしいんだが……私だけと儀式がしたいとか言い出して……」
ミカエルは最後はちょっとうれしそうだった。
「王妃はいやそうですね」
とヴィラ。
「王妃は是が非でも全員でやると言っている。それでもめてるようだ」
「王妃……」
男達の後ろの方で、ミルキダスが感激するように言っていた。
「もう、うるさいってば、あっちに行って！ いやよ！」
とゆりはまだ一人で言い合っている。
前回の儀式ではゆりの意識が勝っていたが、今回は均衡しているようである。
―儀式をするならみんなでするって言ってるでしょー！
―えーやだー
―やならもういいからどっかに行ってよ！
―いや！ だからミカエルと儀式するの！
―だめ！ もうみんないるんだから
―だから帰せばいいでしょ！
「もう疲れるー」
ゆりはぐったりしていた。
男達が皆どうしたものかと思っていると、ハインリヒがゆりに近づいた。
「話はわかりました。それじゃ王妃、儀式をしましょう」
ハインリヒはゆりの体をよいしょと抱き上げた。
「ちょっと！ 私の話を聞いてないの？ 私はミカエルだけと――」
「何も聞こえません」
ハインリヒはゆりの体をベッドにあげて上に乗っていた。
「ちょっと、何するのよ！」
「何って、儀式をするんですよ。あなたも好きでしょ？ 儀式」
「好きじゃないわよ。あんなの！」
「あ、そう」
ハインリヒは顔を近づけて、強引にゆりに口づけていた。
男達は一連の行為を、止めるでもなくぽかんとして見ていた。
「ミカエル、ぼっとしてないで助けて」
ハインリヒに脱がされそうになっているゆりが叫び、ミカエルが一歩前に出ると、
ゆりが「助けなくていい」と言い出した。
「私はどうしたらいいんだ」
ミカエルは困った様子である。ハインリヒはかまわずゆりの服を脱がしていた。
「強引にするのはまずいんじゃないですか？」
シャナーンがフリットに言った。
「だが、王妃自身は嫌がってないしなあ……」
フリットも困ったように頭をかいている。
「姿は王妃なので、私は見ていられません」
ミルキダスにいたっては顔に手を当てている。
ジュノーとヴィラも困ったように目を合わせていたが、止める気にまではなれないようだ。
「ミカエルもハインリヒもひどいわ！」
ゆりが悲痛な声を上げだしたので、シャナーンは
「あのー今日はやめにしましょう」
とすっかりその気をなくしていた。他の男達も、もう儀式どころではない雰囲気である。
「ひどいのはあなたですよ。前回あんなに愛し合ったくせに拒否するなんて。いや、私にはわかってるんですよ。あなたは
強引に迫ってほしい人なんですよね？」
ハインリヒはゆりに乗ったまま、ずばり言った。
「え？ そんなことないわよ！」
ゆりは真っ赤な顔で否定した。
「そんなことあ・る・ん・で・す」
―というわけで、皆さん強引にいきましょう！
ハインリヒはゆりに口づけて皆に思念を送っていた。
ゆりは手足をばたつかせている。
女蛇に半分意識を乗っ取られながらも、ゆりはハインリヒの言う通りかも、と思っていた。
いやならば飛んでいけばいいのだ。それを今もいる、ということは、やはり男達と絡み合いたいに違いない。
だが、口は出せないのだ。
それにしても面倒くさい性格してるわねーまあ、ミカエルのことは好きは好きなのかもしれないけど……
男達にかわいがられるのも好きなくせに……
そのミカエルも、二人を止めることもできずにぽかんと立っているままだった。そして他の男達も。
「強引にって言われても……」
「うーん……」
女蛇の抵抗も薄れてきたのでハインリヒの言う通りなのかもしれないとは皆思っていたが、皆こういう女性に出会ったことがなかったので、
対応に戸惑っているようだ。ハインリヒはすっかりゆりが着ていた白いゆったりしたワンピース状の服を脱がして、下着をずらし、
ゆりの胸に触れていた。
「もっと優しく触ってちょうだい！」
「抵抗しなかったら優しくしますよ」
「うう……もう、ミカエルも来て！」
「は、はい」
ハインリヒにすっかり先を越されたミカエルは、いまいち気持ちが高ぶれないまま、上着を脱いでベッドに上がったのだった。
裸になったゆりと二人が絡み出してようやく儀式らしくなってきたので、見ていた男達もほっとしていた。
二人に愛撫されて女蛇は感じているのか、結構おとなしくなったようだ。
「……次はシャナーン、来て。ミカエルはまだいてね」
ハインリヒがベッドから降りて、シャナーンが上がった。ハインリヒは男達に（なんかすごいことしたな）というような目で見られていた。
相手がゆりだけだったなら、ヴィラだって強引にはできるだろうが、あんな強気の女蛇が入っているとちょっと躊躇してしまうだろう。
―蛇様によくあれだけ強気でいけましたね
ヴィラが思念を送ると、
―蛇だろうが女は女だろ？
との返答があった。
さすが場数を踏んでいる騎士様は違うとヴィラは素直に感心した。
「王妃……」
「シャナーン……」
二人はぎゅっと抱き合っていた。
時折、ゆりの肌には金色の蛇が浮き出ていたので、男達もようやくその気になってきていた。
女蛇はもう「この男はいや」とは言わず、ゆりは一通り男達に愛撫されて、すっかり妖しい匂いを漂わせていた。
「では、これからはもっと愛し合いましょうね。王妃」
ハインリヒがにやりと笑って言った。
「最初はミカエルにするもーんだ」
「いいですよ。じゃあ私は次ね」
ゆりは裸のミカエルと抱き合った。
「王妃、愛してますよ」
「ミカエル」
二人は激しい口づけを交わして、やがて、ゆりは口での愛撫を始めた。
「ああ、王妃……」
ゆりの肌にハインリヒの手が這っていた。やがてミカエルが達すると、ゆりはハインリヒへの愛撫を始め、
「では次は私」とヴィラがゆりの肌に愛撫した。あやしげな気が濃くなり男達は変化しだしていた。
すっかり妖艶な女へと変化したゆりに、男達の愛撫にも熱が入り、ゆりも全員に口での愛撫をしたのだった。
「もっと、もっと可愛がって！ もっと愛して！」
「王妃……」
「愛していますよ。王妃！」
ゆりの肌に金色の蛇とは別に、銀色の蛇の鱗がきらきらと浮かんでいた。
「ああ、きれいだ……」
何度儀式をしても変わらず、男達の目にはゆりはかわいらしい汚れなき女性に映っていたのだった。
「王妃、蛇を呼んでください」
ハインリヒがゆりの耳元で言った。
「ああん……キュウキュウウフニュウニュウニャウニャウ」
ゆりの口からなんだかわからない言葉が出て、部屋の中に銀色に光る蛇がぬっと入ってきた。
「二匹いる！」
長くて大きな蛇は二匹、部屋の中を回り、ゆりの体の中に吸い込まれた。
―まあ、今回はこれで許してあげるわ
何を許すのか不明だが、女蛇は捨て台詞のように言ってゆりの中から消えた。
あれ？ 匂いは大丈夫かな？
ゆりは女蛇が抜けると目を閉じてしまった。
同時に儀式は終わり、変化した男達は元に戻っていた。
前回同様いいにおいは漂っていたが、男達は皆気絶しなかった。二度目だからだろうか。
「王妃、この匂い大丈夫だったんでしょうか？」
ヴィラがはっと気づいてゆりの胸に耳を当てた。脈は正常のようだ。
「すぐ部屋から出しましょう」
「そうだな」
今回はヴィラとフリットがゆりをつれて行った。出遅れたミルキダスはベッドの上でぼんやりしていた。
「……なんかおいしいところをハインリヒに持って行かれたような……」
ミカエルは頭をぽりぽりとかいていた。
「あなたがとっとと押し倒さないからですよ」
とハインリヒ。
「そう言われても、まだそういう状況じゃなかったし……」
「成功してよかったですね。でもなんか癖のある女蛇様でしたね」
ジュノーが疲れたように言った。
「あんな女蛇様まで下ろしてしまうとは、王妃はすごいです」
シャナーンは服を着ながらゆりに感心しきりだった。快楽の余韻で頬が上気している。
「しかしいい匂いだな……王妃は大丈夫かな？」
ミカエルがフリットに思念を送ると、「王妃は大丈夫だ」という返答があった。
うっとりするほどのかぐわしい匂いはまだ部屋の中に漂っていた。
男達はやがて部屋から姿を消したのだが、部屋の外では匂いに誘われたのか無数の蛇が集まっていたのだった。
「今日も儀式をやったのよ！ ちょっと聞いてちょうだい！ あの王妃ってばことごとく私に逆らうんだから！」
部屋にいて寝ようと床についたエルバートの元に、またもや女蛇がやってきていた。どうやら毎回文句を言わねば収まらないらしい。
「オパール様じゃないですか。儀式をされたんですか？」
エルバートは驚いて飛び起きていた。
「そうなのよ。私はミカエルだけとやる気だったのに、結局みんなとやったのよ！ あれ？ 前より一人足りなかったかしら？」
女蛇は今イシュタールがいなかったことに気づいていた。
「そうですか〜」
女蛇はまだ興奮しているのかいいにおいが漂っていたので、エルバートもちょっとふんわりした気分になっていた。
「本当にミカエル様がお好きなんですね〜」
「でも結局男達全員としたのよ。あの王妃はなんて男好きなのかしら！ そう思わない？」
「オパール様はいやだったんですか？」
エルバートはきょとんとして聞いた。
「え？ いや、そうよ。いやだったのよ。私はミカエルだけとしたいって言ったのに、私は楽しんでないのよ？ 本当にいやいやしたの！」
オパールはつんとして言い張っていた。
「そうなんですか？」
「そうなの！ それじゃね！」
オパールは去ってしまい、エルバートは首をかしげていた。
「結局、何が言いたかったんでしょうか？」
―結局は楽しかったんだろ？
カーライルの返答があった。
「え？ そうなんですか？」
「オパールは恋愛をするのが下手な女だからな。あれを理解して普通に恋人にしたのはあのザクートくらいのもんじゃないか？
また儀式をしたということは、楽しかったんじゃないのか？ だが、自分からは複数の男としたいなんて口が裂けても言えない女だろうな」
「奥ゆかしいんですか？」
「違う。面倒くさい性格をしてるだけだ」
カーライルははっきり言っていた。
「でも私はあの方好きですけどねーなんかかわいいし」
エルバートはうきうきして言っていたが、カーライルはもう何も話さなかった。
早朝、ゆりはぱっちり目を開けた。横を見るとラクシュミが起きて自分を見ていた。
「ゆり、身体の具合はどうだ？」
「普通よ。あれ？ あの蛇様の匂い、私は大丈夫だったのかしら？」
ゆりは起きようとして長い髪をおしりでふんでしまっていた。
「大丈夫のようだな。夜の間はおまえの身体からいい匂いが漂っていたぞ」
「そうなの？ 王様ー！」
ゆりはついでとラクシュミに抱きついていた。髪が長くなっているのも久しぶりのような気がする。
「身体に赤ん坊がいるおかげか、おまえには大丈夫だったのかは謎だが……」
「無事でよかった。王様、抱かれたいです。お願い！」
ゆりは抱くというまでは離れそうになかった。
「いいぞ」
「やった！」
ゆりは大喜びで服を脱いでいた。ラクシュミに抱かれて、ゆりの中の儀式は無事終了したのだった。
「あ、そうだ。王様、赤い月のミカエルのこと教えて」
ゆりは事が終わった後、急にそのことを思い出し、ラクシュミに聞いていた。
「赤い月のミカエル？」
「昨日降りた女蛇がね、赤い月にミカエルの恋人に入ったんだって。抱かれようと思ったんだろうけど、赤い月のミカエルは
性格が変わっていたからやだったって言うんだよ。それで、まさかミカエルが彼女に乱暴にしてるわけないだろうしと思って……
どういうことかわかる？」
ラクシュミはなんのことやらと考え込み、やがて何か思いついたかのように口を開いた。
「たぶん、ミカエルが必死になって女を抱いてたからじゃないのか？」
「え？」
「子供を作ろうとそれだけを思って女を抱いてるから女蛇はそう感じたんだろ。お前と気軽にいちゃいちゃしてるのとそりゃ、
違うかもな」
「はあ……」
「赤い月ってのは、元来そういうもんだぞ。本当は」
ラクシュミは初めてやんわりと言っていた。
「そうかな？ 愛を交わす一時でもあるじゃない」
ゆりはにまにまして返した。
「まあ、そうかもな。それじゃ私は行くぞ」
あまり議論するのは得策ではないと感じたのか、ラクシュミはさっさと寝室を出て行った。
「赤い月のミカエルのなぞ」はそういうわけなのかどうなのか、ゆりには知りようがなかったのだった。
まあいいか。ミカエルが乱暴な男に変身してるわけはないだろうしね……やっぱり必死になってしてるのかな？
そりゃ儀式とは違うよね
ゆりもそれについては、あまり詮索しないことにしたのだった。
同じ頃、朝食を食べていたイシュタールの元に、小さな小包が届いた。送り主は王妃になっていたのでイシュタールはすぐにそれを開封した。
中に入っていたものをイシュタールは手にとり、しばらくそれを眺めていた。
「え？ まさか……」
鮮やかな赤い色の、それはパンツであった。しかも、えらく生地が少ないパンツである。
これを王妃が？ なぜに？
パンツの贈り物はこれで３度目だが、これはその中でも一番きわどいものだった。男の大事なところが全部隠れるかどうかというほど
きわどい。ぴっちりしたパンツである。
イシュタールはこれを履いた方がいいのかどうか悩み、「もしかして、王妃は私のこと、すごく怒っているのかな？」などと
これが好意の贈り物かどうかもわからず戸惑っていたのだった。
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