第66話

星のきれいな夜だった。神の国、ラメーンの神殿の前では、妖精達が夜の演奏会を開催中だった。

女神は参加せず、音楽関係の妖精達と、ラメーンの姿があった。

夜だったが、妖精達の周りは真っ暗ではない。わずかな光がともっていた。円状に置かれているのは光るコケか何かだろう。

手元がはっきり見えるわけではないが、妖精達は慣れているのか、それぞれの楽器を奏でている。

ラメーンは楽器を演奏せず、傍らで夜空を見上げている。だが耳はしっかりと演奏を聴いているのか、

時々ラメーンが演奏を止めて、妖精達はラメーンの言葉を聞きながら再び演奏を始めていた。

どうやらラメーンの音楽指導も兼ねているようだ。

明るいテンポが早い音楽ではなく、ゆったりとした穏やかな音楽が夜空に響いていた。


夜空に漂い、演奏に耳を傾けていたのはオルガだった。演奏はなかなかなのに、それでもラメーンは納得いかないのか何度か

妖精達の演奏を遮っている。

「相変わらず厳しいやつだな……」

オルガがそうつぶやいて行こうとし、くるっと顔を横に向けて「おっ」とのけぞっていた。いつの間にか淡い光の輝きがその場にいたから

である。

―トー、トー


光の玉はうれしそうにオルガの胸にひっついてきた。


―トー　へび　へび

そして何か訴えようとしている。

「そうだな。お前の国は蛇がいっぱいだな」

オルガは手で光りの玉を持つようにしてそう言った。その光の玉は、ゆりのお腹の中にいる赤ん坊だった。神の国でオルガに

優しくされてから、オルガが好きになってしまったのか、たまにこうしてやってくるのである。すっかり神の国に来る道を覚えてしまった

ようだ。

「あ、そうだ」

オルガは何かを閃いて、光の玉をつれてどこかに移動したのだった。


そして人間界蛇の国では――

自分の部屋で眠っていたシスは、とんとんと軽くたたかれて目を覚ました。ベッドの横にいたのはドルイドだった。

「えー！　ドルイド！　今回はどうして大人になったの？」

シスは驚いて飛び起きていた。ドルイドは今日はタオルだけを腰に巻いていたので、「服、服！」とシスはあわててクローゼットから

服を取り出していた。

「すいません。今日は母が横に寝ていたもので、シーツがとれなかったんです」

ドルイドが服を着ながら説明した。

「母って、カレン？　横に寝てたの？」

「はい、それで大きくなったときに気づかれてしまって、あわてて魔法をかけて眠らせたんです」

「えー？　大丈夫かな？」

「朝戻ればたぶん大丈夫でしょう。しばらく母の顔を眺めてしまいましたよ。なんだか変な気分で……」

「そうだよね」

ドルイドは服を着て、ようやく落ち着いていた。以前と同じ服である。

「今日はどうして大きくなれたんだろうね？　昼間母様に会ってないよね」

シスが知る限り、ドルイドは城には来ていない。

「はい、どうしてでしょうね。わかりません」

「母様に会わなくても大きくなれるようになったのかな？」

「そうなんですかね」

シスはドルイドと並んでベッドに座った。シスは再びドルイドにあえてうれしかった。しかももう昼間城に連れてくる必要もなさそうだ。

ドルイドは、「ではさっそく、今日の出来事を私に古代語で話してください」と言い出した。

「もう授業が始まるの？」

「はい」

ドルイドはうれしそうにうなずいた。どうやらやはりそのために来たらしい。

（ドルイドって結構容赦ない性格してるなあ……）

シスはそう思いながらも、朝からの出来事を古代語でぽつりぽつりと話し、ドルイドに間違ったところを訂正されていたのだった。



神の国では、オルガが赤ん坊の魂をつれてカサンドラの神殿に来ていた。

以前オルガがカサンドラに相談したときに、「今度魂が来たら見せてほしい」と言われていたからである。

今カサンドラは、宙に浮いている赤ん坊の魂を眺めていた。カサンドラの輝きで、夜でも部屋の中は見渡せるほどだった。

「伝言貝はちょっとしか効果がなかったぞ」

オルガは椅子に座っていた。

「そうかね。この子はオルガが好きなのだな」

赤ん坊の魂はオルガに寄っていき、カサンドラはオルガの横に腰をおろした。どうやらかなり興味を引かれているらしい。

「この子は私のことを『トー』と呼ぶんだが」

オルガがいうと、カサンドラの瞳が輝いた。

「子供は『ママ』とか『パパ』と両親のことを呼ぶことが多いが、蛇の国では『トー』とか『マー』と呼ぶようじゃ。

『トー』と『マー』は一族の者が使う言葉で、一般の人々は『トト』あるいは『パパ』と『ママ』、これが田舎の方に行くと

『おとー』と『おかー』と呼ぶこともある。さらにだな」

「わかったもういい」

オルガは途中で遮った。

大昔、人々はそれぞれ違う言語を話していた。意思の疎通が困難だったために、アシュランが人間達が共通の言葉を話すように

しようと考えた。その言葉の大元を考えたのがこのカサンドラである。その言葉はいまやその国独自の言葉とあわさり、方言のように

変化している。カサンドラは言葉の研究家であり、妖精達に頼んで言語を聞いてきてもらい、その研究もしているのである。

ちなみに神々に人間の言葉を教えたりもしている。ジェイクもカサンドラに習ったのだ。

「ここからが重要なのじゃ。両親のことを『トー』と『マー』と呼ぶのだが、日常的に世話をしてくれてる大人にも使うことがある。まあこの子は

どういうつもりでオルガのことをトー』と言っているのかというと、父親というよりは、『自分にかまってくれる大人の男』、

の意味で使っているのではないかな？」

「……そうか」

言葉の説明をしだすと、カサンドラの目はらんらんに輝いている。自分の研究を話せてうれしいらしい。

「それで、この子はどうしたらいいんだ？」

「ん？　そうだな……まあこのように移動できるのも生まれるまでであろう。後一年か一年半たてばそのようなこともなくなるのでは

ないかな？」

「しかし、いつも私のところにくるとは限らないだろう。迷子になったりはしないのか？　魂が戻らないままだと、

この子は死産になってしまうぞ。それは私もいやだぞ」

「そうだ。目印をつけておこう。ある程度時間が経つと、強制的に帰るような目印。そうしよう」

「目印か……そう簡単につけられるか？」

「加護の要領でつければよい。やり方は……」


オルガはカサンドラに相談した後、赤ん坊の魂を蛇の国の城まで送った。そして寝室で一人眠っているゆりの元に行き、

目印をつけたのだった。

「これでよしと」

オルガは城の外に出た。そして、ふと、何かの気配を感じてそちらに移動した。王の結界のすぐ外にある林の中に、何かがいた。

それは夜の闇よりもさらに濃い闇の何かであった。オルガが来るとすぐにそれは姿を消した。しかし、いやな気配は残っていた。

オルガは眉をひそめてその気配を見ていた。

「…………」

オルガは右手を振り上げて、その後姿を消した。


その頃、シスの寝室では、ドルイドとシスが目覚めたところだった。急に眠くなり、二人とも眠ってしまったらしい。

真夜中なので仕方ないと二人は思っていた。

「ではそろそろ行きます」

「うん。ありがとう。ドルイド。また来てね」

「はい」

「またタオルで帰らなきゃならないね」

シスが笑いながら言うと、ドルイドも笑っていた。

「ドルイドの部屋に服をおければいいんだけどねえ、誰にもばれないところとなると難しいね」

「はい、そうですね。まあなんとかします。さようなら」

「さようなら」

ドルイドは恥ずかしそうにタオルを腰に巻いて去って行った。

「あー楽しかった」

シスはそのまま眠ったのだった。


朝になった。

目覚めたカレンは、横にドルイドが寝ていたのでほっとしていた。

「なんだか変な夢をみたわ。気がつくとすてきな人が横にいたの。髪が長くって……やだ、私ったら」

ハインリヒという完璧な恋人がいるのにそんな妄想をしてしまうなんて、とカレンは苦笑していた。夢を見たのかしら、とも

思っていた。

カレンはドルイドが裸なのに気づいた。下の方にまたもやびりびりに裂かれた服がある。

「ドルイドちゃんったら暑がりさんなんだから」

カレンはさほど気にせず、ドルイドをなでなでしてベッドから降りたのだった。


一方城では、服を着替えていたゆりは、自分の身体の異変に気づいていた。自分のおへその右側に、星のような形のあざが

できているのである。そこだけ肌の色がちょっと濃くなっている。

「あれ？」

ゆりはそこを指でなでていたが、消えなかった。

「ぶつけたかな？　いや、うーん、まあいいか」

あざといってもでかいわけではなく、親指の爪くらいの大きさだったので、ゆりはさほど気にせずに服を着たのだった。


今日は天気がよい日だった。蛇たちも庭園でひなたぼっこをしている。

「姉様、勉強が終わったら遊ぼうよ」

珍しくシスがアナタスターシャを誘っていた。

「いいわよ。何をするの？」

「蛇を眠らせて遊ぶんだよ」

「ん？」

「どっちがいっぱい眠らせるか競争しよう！」

「はあ」

アナスターシャはよくわかっていないようだ。


お勉強の時間が終わり、シスはアナスターシャと庭園に出た。石畳の上にはたくさんの蛇がいた。

「僕ね、人を眠らせる呪文を教えてもらったんだよ。姉様にも教えてあげるよ。それで蛇を眠らせて遊ぶんだよ」

「へー、楽しそう」

シスはラギを呼び、ラギに審判をしてもらうことにした。

「じゃあ、先に５匹眠らせた方が勝ちだよ。ヨーイドン！」

ラギのかけ声で、シスとアナスターシャは蛇に呪文をかけまくった。

ちゃんとした呪文をかけないと眠ってもすぐに起きてしまうため、子供には結構難しい。

ちゃんと眠っている蛇は、二人の前でまっすぐに伸びていた。

「姉さんがんばれー」

シスが優勢だったので、ラギはアナスターシャを応援していた。

アナスターシャは負けじと魔法の呪文を唱えていた。


離れたところをハインリヒが移動してきた。子供達を見て、（ああ、蛇に魔法をかけて遊んでいるのか）と思い、違う場所に移動した。

そして何かがひっかかり、もう一度庭園にやってきていた。引っかかるのは子供達が使っているその呪文だった。

「ディラリィスィー、ディラリィスィー、メディヴィゥ、グー、よし、寝た。寝たよ！」

「はい、シス兄さんの勝ち−！」

「やったー」

「あー！」

喜ぶ声と悔しそうな声がした。アナスターシャの前に寝ていた蛇は３匹である。

「くやしい、もう一回！」

「楽しそうですね」

ハインリヒが近づいていった。

「今の呪文、どこで教えてもらったんですか？」

ハインリヒがシスとアナスターシャに聞いた。

シスは、「父様だよ」と答えた。

「王が？」

「うん」

「そうですか。王が……」

ハインリヒはつぶやきながら離れていった。

シスは心の中で（ごめん）とハインリヒに謝っていた。実は昨晩ドルイドて教えてもらったのだ。子供の頃、ハインリヒやディランと

蛇を眠らせて遊んだと聞いていたのだった。

「シス、もう一回よ！」

アナスターシャは負けたのが悔しかったようである。

「うん。じゃあもう一回」

二人は再び競争したのだった。


一方、場所を移動したハインリヒは首をかしげていた。疑問なのは呪文である。

眠らせる呪文に「眠れ、眠れ、安らかに眠れ」という呪文がある。子供達が言っていたのは、「眠った眠った安らかだ」という意味なのだ。

つまり、一般に伝わる呪文とは少し違っていた。それだけならばそう気にはしなかった。

昔、ハインリヒがドルイドやディランと蛇を眠らせる遊びをしていた時のことである、ある日魔法を変えてみようという話になった。

３人は、有効な魔法を考えた。それでドルイドは最後に「グー」とつけていた。

「グーってなんだ？」

ハインリヒが聞くと、「グーと眠るグーだ」とドルイドは言っていた。

「グーと眠るグーか。古代語じゃないけど」

「通じればいいんだもん」

ドルイドはこんなことを言っていた。ドルイドは「グー」が気に入ったのか、ずっと「グー」を使っていた。


ハインリヒはふとそんなことを思い出した。

「偶然の一致か？？」

ドルイドの他に呪文を考えた者がいるのかもしれない。大騒ぎするような問題ではなかったので、ハインリヒは疑問には思ったが、

ラクシュミに聞いてみることまではしなかった。


その頃、フリットは右手に砂のようなものをもって、北の砦にいた。

「誰か、これが何か知ってる者はいないか？　どこかで見たことがあるものなんだがなあ」

フリットは砦にいた者達に右手を見せていた。そこにあるのはただの砂ではなかった。砂の粒は結構大きい。五芒星のような

突起がある砂なのだが、白っぽくてとてもきれいなのだ。フリットはこれを城の近くで大量に見つけたのだが、

これが何なのか不明だったので持ち歩いていたのだった。

「知ってますよ。これ、教会によくあるやつじゃないですか？」

フリットの手の平を見た戦士がすぐに言った。

「あ、そういえば、そうだ。あれだ！」

フリットもようやく思い出した。たまに教会の外にまかれていたりする。子供達が拾っては怒られているのをよくみかける。


なぜこれが城の近くにあったのかな？　誰かがまいたのか？

広範囲ではなく、一部分にだけぶちまけた感じだったが……


土の上に一部分だけ、その砂が大量にまかれていたのだった。

「あれは真っ白ですけどね、これはきれいですね」

「本当だ。キラキラしてる。ちょっと粒もでかいですね」

戦士達はフリットの手から砂の粒をとって近くで眺めていた。


フリットが再び城の近くに戻ると、きれいな砂はかなりなくなっていた。誰か取っていったのかな？　とフリットが思い城に行くと、

やはりロイが城に持って入り、みんなに「きれいでしょ！」と見せて回っていた。ロイはゆりの部屋にもやってきた。

「本当だ。きれいね。どうしたの？」

「外にあったよ」

ロイはお酒の杯に砂を入れてもってきていた。

「そうなの」

ゆりもしげしげと眺めている。

「ロイ様、勝手に城の中に持って入ったらだめですよ」

フリットがやってきてロイに言った。

「だって変なものじゃないでしょ」

「フリット、これ何の砂なの？　星の砂っぽいわね」

ゆりは元の世界の土産物屋でよく売っていた星の砂を思い出していた。

「名前は、なんというんでしょうね。知りませんが、今朝城の外にあったんですよ」

「へー誰かがまいたのかしら？」

「そうなんでしょうねえ。とりあえず、没収します」

「えー！」

「まだ正体がわかりませんので」

「欲しい欲しい欲しいよー！」

ロイはだだをこねている。

「代わりに珍しいお菓子を持ってきてあげますから」

「ほんと？　ならいいや」

砂よりもお菓子なのか、ロイはあっさりフリットに砂を渡していた。


フリットはその後教会などにも行って聞いてみたが、誰がまいたかまでは結局わからなかったのだった。



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