第23話
朝になり、ベッドで目覚めたヴィラは思わずうーんとうなっていた。しくじったという苦い顔つきである。
布団の横に緑色の蛇の頭がのぞいていた。
「あーへびっち。人になってたから説明がさらにややこしかったじゃないか」
ヴィラはへびっちを見るなり言っていた。
「あれで信じてくれたかな……無理かもなあ……」
ヴィラはディランを納得させた自信がなかったようである。
へびっちはヴィラを見ていた。お前の説明が悪いとでもいいたげである。
「何も人になってることないだろう。今もなれるのか？ なってみろ」
ヴィラはへびっちの体をつついていたが、へびっちは知らんぷりとばかりに横を向いていた。
一方、過去の世界では、夢から目覚めたディランは、なんとも不思議な夢を見たと思っていた。
ヴィラとの出会いは、今までと同じならばただの夢ではないのだが、内容がどうにも荒唐無稽すぎた。
ディランは食堂でレイアスの顔を見ても、言うべきか言わないべきか、迷いに迷っていた。
そんな兄の思いを察したレイアスは、「なんですか？」と聞いていた。レイアスは食事を食べていたが、ディランは
手をつけてはいなかった。
「うーん、実は、昨晩ヴィラ殿に出会った、かも」
「かも？」
「今回ばかりはただの夢だったような気がする」
「そうなんですか？ いつもと違って変な夢だったんですか？」
「そう。変な夢だった。私の子蛇が、なんと人になってた。少年で、抱っこした。それはいいんだが、もう一人いた。
そっちの方は大人で、私の子蛇よりも人間っぽかった。そして、その男がお前のいなくなった子蛇だっていうんだ」
ディランはまっすぐレイアスを見て告げたが、レイアスは何の反応もしなかった。
「へびっちという名前らしい」
レイアスはまだ無言だった。
「という夢だった」
ようやくレイアスは「ははは」と笑い出した。
「それはただの夢でしょう。大体、どうして僕の子蛇が兄さんの夢に出てくるんですか。僕の夢に出てくればいいじゃないですか。
しかも、ヴィラ殿と一緒だったんでしょう？ 何もかもおかしいですよ」
レイアスはディランの言葉で「僕の子蛇が生きていた」と喜ぶことはなかった。
「それがな、そのへびっちは、イシュタール殿が死にかけた時に体を離れて、それで幸運なことに神様に育てられたというんだ。
そのせいでかなり特殊な蛇になってしまった。人の肌に入ったり出たりできるらしい。それで昨晩はヴィラ殿の肌にいて、
一緒に夢に出てきたとか言ってたな」
「はあ……」
レイアスはぼんやりした顔で反応していた。
「それで人になってた。大人の男だったがかわいい顔してたぞ」
「それを僕に信じろっていうんですかあ？ あまりにも、あまりにもねえ……」
「だから、私も本当にヴィラ殿に会えたのかどうかわからない」
おかしな夢を見ただけかもしれないと、ディランは半分思っていたのだった。
「そういうわけで、ヴィラ殿に会えたら言おうと思っていたことは何も言えなかった」
「この目で見ないと信じられないですよ。ところでなんでへびっちとかいうおかしな名前なんでしょうか？」
「神様がつけたらしいからそこは文句を言っちゃいかんらしい」
「神様……だれだろう……もしやガーベラ様が？」
自分たちにゆかりのある女神をふと思い出したレイアスだった。
「ガーベラ様が育ててくださったんならうれしいけどなあ……しかしどういういきさつでそうなったんだろう？」
考えれば考えるほど謎である。
「なんか詳しくは言えないとか言ってたなあ……なにせ時間も短かったし、いろいろ聞く余裕もなかったんだ」
「本当だったら、次は僕の夢に出てきてって言ってくださいよー」
レイアスはうらめしげに言っていた。
こちら変わってゆりがいる時代である。
ヴィラは朝、ゆりに昨晩の報告をしにきていた。へびっちはゆりの部屋にいて、へびっち目当てにミシェイラもやってきていた。
へびっちはミシェイラにあっちむいてほいの相手をさせられている。
話を途中まで聞いたゆりは、面白い話だったのでラギとシスも部屋に呼び、改めてヴィラに話をしてもらったのだった。
話を聞いたラギは、「それは、説明も大変だったろうねえ」と昨晩のヴィラを想像してちょっと気の毒に思っていた。
「本当ですよ。もっとうまく説明すればよかったなあと後悔しているんですよ」
とヴィラ。
「いやあ、なかなかうまくは説明できないよ」
「人になったへびっち、見たいなあ。へびっち、今は人になれないの？」
ゆりはやはりそっちが気になったようである。
「イシュタールじゃなくジュノーに似てるんだ。ははは、面白いね」
シスは笑っていた。
「へびっちがイシュタール殿と一緒にレイアス殿に会えば、すっきりとあっちも納得してくれたでしょうにねえ。
私と一緒で、しかも人になってるからさらにややこしくなりましたよ」
ヴィラは頭をかいていた。
「子蛇と親蛇が一番通じてるのが、ヴィラとディランだからね。もしかしたら、他の人だと、会える確率がものすごく低いのかもよ？」
ラギが言い出した。
「ジュノーにいても過去に行けないからヴィラに行ってみたとか？ へびっちがそこまで考えたのならすごいけどね」
シスが言った。
「自分の無事を親に伝えたい気持ちがあったのかもね。やっぱり死にかけて会いに行ったせいかしら？ ヴィラが一番親蛇に
会いやすいのかもね」
と、ゆりも納得していた。
「きっといいところを見せたくて人になってたのよ。ふふふ。へびっち、変身してみてよー」
ゆりは何度も頼んでみたが、へびっちは変身してくれなかった。
「これでへびっちがイシュタールに戻ったら、目的は達成したと思っていいんじゃない？」
ラギが言った。
「そうですねえ。へびっち、イシュタール殿のところに帰るか？」
ヴィラが聞いてもへびっちはそれには答えなかった。
その後ヴィラがイシュタールに会いに行っても、へびっちは出て行かなかった。
目的はまだ達成していないということなのだろうか。それとも気まぐれか、ヴィラにもさっぱりわからず、夜になり、
ジュノーに会って昨晩の報告をしていると、へびっちはヴィラから離れてジュノーの元に戻ってしまった。
「まだお前に用があるらしい」
「えー？」
ヴィラは話し終わると帰って行った。昨晩は夢で疲れたから今日は早く寝たいそうである。
ジュノーはヴィラに聞いた話を思い出していた。
「私の顔になってたってえ？ ちょっと気味が悪いような……いや、私が一番いい男だと思ったから私に似たのかも。
きっとそうだな。男を見る目があるじゃないか」
そう思うとジュノーはちょっといい気分になっていた。
ジュノーは眠りにつき、どのくらい眠ったのかは不明だが、夢で二匹の蛇に出会っていた。
自分の子蛇と、へびっちである。
「なんだ？ また兄弟蛇に何かやらせようっていうのか？」
ジュノーは二匹のそばでしゃがんでいた。ちなみに、いつ夢でだれかにあってもいいようにと、ジュノーは
白いシャツに青いズボン姿で寝ている。今もその姿だ。
「へびっち、せっかくだから変身して見せてくれよー」
ジュノーは自分に似ているというへびっちを見たかった。だが、へびっちは顔を横に振っていた。
「本人の前じゃ恥ずかしいのか？ 変なやつだなあ」
回りは白いもやがかかったような空間だったのだが、「誰かいるんですか？」と男の声が遠くから聞こえてきた。
「あれ？ だれかきた？ ここにいますよー」
ジュノーは立ち上がり、大きな声で答えた。誰かが近づいてくる。その姿が鮮明になり、ジュノーは「あーレイアス殿！」
と喜びの声をあげていた。やってきたのは緑の服を着たレイアスだった。
「あれー？ ジュノー殿じゃないですか。夢がつながったんですね？ やった！ あれ？ すごくでかい蛇がいる」
レイアスはジュノーの両手を握りしめて軽く振ってから、へびっちに顔を向けた。
「この蛇、レイアス殿の子蛇ですよ」
ジュノーは説明した。
「え？ 子蛇？ すでに中蛇くらいですが。こっちがジュノー殿の子蛇ですよね？」
レイアスは小さい方を指した。
「そうですよ」
ジュノーは子蛇を抱き上げてレイアスに渡した。レイアスはうれしそうに蛇を抱いている。
子蛇は舌をちろちろ出していた。
「こっちの大きいのはイシュタール殿がもらった蛇なんですけど、いろいろあってこんなにでかくなっちゃって、しかも
普通の蛇のようにもなれるすごい蛇になったんですよ。子蛇の中では一番出世しましたよ」
ジュノーは今までの様々な出来事を、「出世した」と簡単にまとめていた。
「本人はいろいろがんばったんで、まあほめてやってください」
「はあ……昨日兄さんが変なことを言ってたんですよ。私の子蛇が人になってたとか、神様に育てられたとか」
レイアスはいまだ状況が把握できていないのか、ぼんやりした表情をしていた。
「昨日は人になってたようですよ。今はなぜかならないけど、なればいいのに。あ、さては、
昨日ディラン殿が全く信じれくれないみたいだったから、人になるのはやめたのかな？」
ジュノーが聞くと、へびっちはうなずいていた。
「そりゃいきなり人になってりゃ信じてくれないぞ。ただでさえでかい蛇なのに……レイアス殿？」
ジュノーはレイアスの体が震えだしたのに気付いた。
「もしかして……この蛇がへびっちなんですか？」
レイアスは震える声で聞いた。
「そうです。へびっちという名前ですよ」
「まさか、本当に生きてたなんて……しかもこんなに立派になって……よかったあ！」
ようやくレイアスにも実感がわいたようである。レイアスはしゃがんでへびっちをぎゅっと抱き寄せていた。
「よかった、よかった。じゃあこの子を育ててくださった神様ってガーベラ様なんですね？」
レイアスは泣きながら聞いていた。
「え？ いえ、違いますよ。過去の時代ではまだ生まれてない女神で、ガーベラの娘ですけど、その女神が名付けたんです」
「そうなんですか。へびっち、いい名前だ！」
レイアスはへびっちを間近で見た喜びで、本気でそう思い出していた。
「私はてっきりこの子が死んでしまったと思ってたんですよ。ああ、私の娘にも見せたいなあ。他のみんなにも、
この立派な蛇をみせてあげたい。みんな喜んでくれるだろうになあ」
レイアスは泣きながらへびっちの頭をなでなでしていた。
「そうですねえ。我々が会える時間は短いし、この前のように偶然他のみんなも一緒に会えればいいですね」
「はい。昨日兄さんの話を聞いてもまったく信じられなくて、私の子蛇がヴィラ殿にくっついているのもよくわからなかったし」
「あ、もしかして、これってへびっちがつなげたのかな？ 昨日でつなげ方を覚えたとか？」
ジュノーは自分だけの力でレイアスに出会ったことがなかったので、もしやと思っていた。
ヴィラにひっついてディランに出会ったことで、親蛇と出会う感覚を覚えて自分で実践してみたとすれば、かなりの賢さである。
イシュタールよりも、ジュノーの方が会える確率は高そうだ、とへびっちが思ったのかもしれない。
「自分の無事を親に伝えたかったんだなあ」
「なんて賢いんでしょう。さすが私の息子ですね」
レイアスは感激していた。
なんとなく、この世界が終わるという感覚があった。あたりが狭まってきているようである。
「次もすぐに会えればいいですね」
ジュノーはレイアスから子蛇を受け取っていた。
「本当に、近いうちに会いたいですね」
レイアスがへびっちをなでて顔をあげたとき、ジュノーはへびっちがレイアスの足に吸い込まれるのを見て「あー！」と絶叫していた。
「どうしたんですか？」
「あーへびっちが！ へびっちがー！」
「え？ あれ？ どこに行ったのかな？」
周りを見てもすでにへびっちの姿はなく、子蛇を抱いたままジュノーはあわてていた。
「そりゃだめだ。それはだめだって。戻ってこい。へびっち！」
「？？？？」
「何考えてるんだ。戻れー！ 戻ってくれ！ へびっち！ 早くしないと時間が！！！」
ジュノーはレイアスに向かって必死に頼んでいたが、レイアスはジュノーが何を言っているのか、さっぱりわかってなかった。
「へびっちー！！」
無情にもそこで夢は終わった。
飛び起きたジュノーはまずあわてて服を脱いだ。自分の子蛇はいるがへびっちはいない。
布団の中にも、部屋の中にもへびっちの姿はなかった。
となると、やはりへびっちはレイアスにくっついたままということになる。
ジュノーは二日酔いのごとく頭を抱えていた。
「どうしよう。怒られる……まさかあっちに行ってしまうなんて……行ったんだから帰ってくるかも？
だが帰ってこなかったらどうしよう」
へびっちの暴挙に途方にくれたジュノーだった。
そして過去の世界では、別れ際のジュノーのあわてぶりはなんだったのかと、目覚めたレイアスは首をかしげていた。
「謎だなあ。へびっちは最後にどこに行ったんだろう？ まあ生きててよかったな」
とりあえず、蛇の生還をよろこんでいたレイアスは、寝間着を脱いで、自分の肌を見てわっと飛びのいていた。
「なんだこりゃ！ 違う蛇がいる！」
左足を周り、腹に顔がある緑の蛇がいた。自分の蛇はちゃんと左腕にいるから別の蛇である。しかも、その顔には
見覚えがあった。
そこで、レイアスはジュノーがあわてていた理由をようやく理解したのだった。
「まさかへびっち！ お前、こっちにきちゃったのか？」
レイアスは裏返った声で聞いた。
へびっちは「うん、きちゃった」という代わりに舌をぺろっと出した。
「うわーこりゃびっくりだなあ。ジュノー殿、きっとあわててるぞー、とりあえず兄さんに見せよう！」
レイアスは驚きのあまりパンツ姿で部屋を移動していた。
そして今度こそイシュタールに怒られると思った未来のジュノーは、
「こうなったら……イシュタール殿にはばれるまで黙っていよう」
と決心したのだった。
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