第24話
死んだと思っていた自分の子蛇が生きていたということにも驚きだったが、その子蛇が、なんと親蛇と一緒に肌にいるのだから、
レイアスの感動もひとしおだった。涙が流れてたまらない。肌にいる親蛇も、きっと喜んでいるに違いない。
まさかこのように自分の子蛇を実感できる時がくるとは、世の中何が起こるのか、本当にわからないものである。
「かっこいい。よく生きていてくれた。ほんとに……」
涙で頬をぬらしているレイアスの横では、ディランがじろじろとレイアスの足を眺めていた。
レイアスはまだパンツ姿のままなのだ。なかなかズボンをはけないようだ。
ディランの方はいまだ信じられないといった様子である。
「二匹もいるとすごいな。しかも、親蛇とそう大きさも変わらないじゃないか。いや、親よりもでかいんじゃないか？」
レイアスの肌の親蛇は、左腕にまきついて胸に顔があった。どちらもぐるぐる巻きになっているので正確に長さは測れないが、
顔の大きさはそう変わらなかった。胴体はへびっちの方が太いくらいだし、のばせばへびっちの方が長そうである。
「そうでしょう。立派に成長してくれました」
レイアスは胸をはってうれしそうに言った。
「なんかうらやましいな。私もヴィラ殿に子蛇を借りたい。そうだ、こうしちゃいられない。今日は朝礼がある日だぞ。お前も早く支度をしろ」
ディランが部屋を去ったあとも、レイアスは服を着ずにいた。
「成長した息子の姿をみることができるなんてうれしいなあ。あとでユーリにも見せてあげよう」
いつまでもへびっちを見ていたかったが、ディランから「遅れるぞー」と思念が届いて、レイアスは仕方なく騎士の服装に着替えた。
この日は、赤い月後、初めて女王の前に騎士たちがそろう日なのである。
妊娠中の女王は、当然今年の赤い月を男と過ごすことはなかった。妊娠のせいかしばらく体調が悪かったが、今日の女王もにこにこ顔とは
いかなかった。ちょっと険しい顔つきである。女王も外見は輝くばかりに美しいが、年齢的にはそう若い方ではない。
ディランやフークスよりも年は上であるし、今回が最後の出産になるだろう。
なんとしても無事出産したいという思いと、もししくじれば、それは国の存亡にもかかわる事態になりかねないという思いもあり、
心理的プレッシャーもかなり感じているのだろうと、周りは思っていた。それでなくても妊娠している女性はナーバスなものである。
女王の機嫌が悪い時には、男の騎士たちもあまり近づかないようにしている。
女王が現れていつも通り騎士たちに挨拶をした。
「みな健やかそうでなによりじゃ。さあ、アゼル、皆に顔をお見せ」
「はい」
アゼル王子は早いもので今年１３歳になる。女王譲りの綺麗な顔立ちで、素直で賢そうな王子様である。銀色の髪は顎のラインまでの
長さだった。
「みんなおはよう」
「おはようございます」
と騎士たちが頭を下げた。
「赤い月の間、僕は面白い体験をしましたよ。聖堂にお参りしたときに、なんと昔の王様に出会ったんです。がんばれって励ましてもらいました」
聖堂とは未来にもある、王の墓である。
「素敵な王様でしたよ」
アゼル王子がほほえましい話をしている間、後ろにいた女王はあきらかにレイアスをじーとみていたので、
騎士たちが不思議がっていた。中には『何かしたのか？』とレイアスに思念をおくるものまでいる。
レイアスはきょろきょろ周りを見て女王を見たが、あきらかに自分を見ていた。ちなみに、
レイアスは右列の後ろの方にいる。今回騎士の順位は以前より落ちて18位、その横には19位のルークがいる。
ルークはいまだ儀式効果が効いていて、ファンが多いようである。レイアスは今回試験に身が入らず順位を落としていた。
ディランは一番、フークスは二番をキープしている。
一番騎士であるディランから女王と王子への言葉があり、この場は解散となった。
「レイアス、ちょっと部屋までくるように」
女王はそう言い残して去っていった。
「なにかしたんですか？」
横にいたルークが聞いた。
「さっき遅刻したのを怒ってらっしゃるのかなあ？ でも陛下の前にここにいたし……なんだろう？」
レイアス自身、ちんぷんかんぷんだった。
「にやけてたからじゃないのか？」
と別の騎士にいわれた。
「なんかずっとにやにやしてたろ？」
「それはしょうがないんです。いいことがあったんですから。そうだ。兄さん、せっかくだから、陛下にお話ししてもいいですよね？」
レイアスはディランに近づいて聞いた。
「え。・・・うーん、どうだろう？」
ディランはフークスを見たが、フークスはまだ事情をしらなかったのできょとんとしていた。
「何の話？」
「えーとな……」
「とりあえずいってきます！」
ここで話している余裕はなく、レイアスは移動した。女王は待たされるのが嫌いなのだ。
レイアスが女王が休憩用に使っている部屋に行くと、女王とアゼルもいた。
「陛下、御用はなんでしょうか？」
レイアスはお辞儀をして聞いた。
「レイアス、おぬしの気がどうもいつもと違う、と思って探ってみたら、肌に違う蛇が引っ付いている。これはどういうことじゃ？」
女王はすでにそのことに気づいていたようである。レイアスはついにやっとしてしまった。
「もう気づかれたんですか？ 陛下に紹介しようと思っていたんですが、足にいるんでここでズボンを脱ぐわけにもいかないですねえ」
「えー？ どういうこと？ なんで違う蛇がいるの？」
アゼル王子がワクワク顔で聞いてきた。アゼルにはまだ肌の蛇を見る力はないようだ。
「足にいる蛇は、なんと！ 私の肌の蛇の子供なんですよ！」
レイアスは興奮した様子で告げた。
「なに？」
女王はぽかんとしている。
「私の子蛇がいるんです〜」
「子蛇？ 子蛇とは、まさかゆり殿の蛇が生んだ子蛇のことか？」
「そうなんです。実は私の子蛇をもらった未来の男が死にかけたんですよ。男は元気になったんだけど、子蛇はいなくなってしまって、
私も死んだのかと思って悲しんでいたんですが、昨晩、未来のジュノー殿に夢で会いまして、子蛇が無事だって聞いたんです。
私の子蛇は数奇な運命をたどって、神様に育ててもらって、それでこんなにでかくなって帰ってきたんです」
「はあ？ 話がさっぱりわからん」
女王はぽかんと口を開けた。
「僕もわかりません」
女王も王子も不思議そうな顔つきだった。
「どうして神がでてくる？ 神に育ててもらったというのはどういうことじゃ？」
「えーとですねえ……」
レイアスは椅子に座り、じっくりと話し出した。だが、二人の顔つきはそう変わらない。まったくもって信じられない話なのだが、
実際に蛇はレイアスの肌にいるのである。イシュタールが死にかけてなぜ蛇が離れたのか、そこはレイアスにも謎だったので、
肝心な部分で二人を納得させることはできなかった。
「レイアス、服を脱いでよ。僕その蛇がみたいよ」
アゼルが言い出した。
「しかしですねえ……」
レイアスは女王を気にしている。
「かまわぬ。お脱ぎ」
「はあ、それでは……」
レイアスが立ち上がった時、レイアスの左足の太もも当たりから、にょろんと緑の蛇が出てきて、レイアスは「わっ」と横に飛びのき、
女王と王子も「「わっ！」」と声をあげて驚いていた。
緑の蛇は完全にレイアスから離れて、女王の前にやってきて鎌首をもたげていた。
「うわーびっくりした。予告なく出てくるんだもんな。なんて器用な……この蛇がへびっちです。どうかよろしくお願いします」
レイアスはへびっちを二人に紹介し、二人はあんぐりと口をあけたまま、しばらくへびっちを見下ろしていたのだった。
そのころ未来のジュノーは、へびっちがいなくなったことをイシュタールにも誰にも伝えてはいなかった。
聞かれたら言おうとは思っていたが、聞かれるまで黙っていようと思っていた。
まさか夢でへびっちが過去に行ってしまうとは、思いもよらなかったことである。
だが、言えば今度ことイシュタールが怒るに違いない。そうジュノーは思っていた。
「今晩帰ってきますように……」
案外一泊でひょっこり帰ってくるような気がしたので、ジュノーはそれに期待したのだったが、その晩も、次の晩もジュノーが
レイアスと出会うことはなかった。夢でレイアスに会えないと、へびっちも帰りようがないだろう。
「へびっちめ、さては過去で遊んでるな？ ちゃんと帰ってくるんだぞー」
ジュノーはいつぞやのゆりを心配するラクシュミのごとく、へびっちの帰りをまちわびていたのだった。
過去では不思議な蛇、へびっちはみなの話題になっていた。女王はよっぽど子蛇に会えたのがうれしかったようである。
以前ハインリヒとゆり一同がこの世界にやってきたときに、女王はアナスターシャや他の子供たちにいる小さい蛇を見ていたが、
このようにじっくりと時間をかけてみることはなかった。
しかも肌にいる蛇が肌から出てくるのだから、女王も不思議でたまらない。
へびっちは人の言葉もよく理解していたので、女王の言葉に時おりうなずいたりもしていた。
へびっちは女王の気を紛らわせる役目を立派に果たしたようである。
へびっちが来てから女王はよく笑うようになり、機嫌がかなりよくなった。周りの者にとってはへびっち様様である。
「さすが僕の子蛇……」とレイアスも鼻高々だった。
「もしかして、ゆり殿が私に見せようと、へびっちを送ってくれたのではないだろうか。どうもそんな気がする……」
女王は本気でそう思っていた。隣にいたフークスは、「きっとそうですよ」と同意していた。
「王子もへびっちが気になって、しょうがない様子ですよ」
「そうであろうなあ。へびっちはいつまでここにいてくれるのだろうのう……」
別れるのはなんとも名残惜しいものである。
「ところで陛下、へびっちのこと、ハザーク様には？」
フークスが小声で聞いた。
「言わぬ方がよいような気がして伝えてはおらぬ。未来の姫が参った時も、ハザーク殿のことはどうしたものかと思っているのだがのう…」
ハザークがアナスターシャに会えば、自分がいつ死ぬのか、それとも生きているのかということが気になって聞きたいと思うかもしれない。
その時、どう答えればいいのやら、女王としても思案するところだった。
「そうですねえ……」
その時へびっちは、女王の間の真ん中あたりで、女性騎士達に囲まれてかわいがられていた。
「陛下、へびっちを人にすることって無理でしょうか？」
女騎士の一人が女王に聞いた。
「人化？ 蛇戦士にするにはちと小さいであろう」
女王が答えた。
「やっぱり無理ですかね。フークス様、魔法をかけてみてくださいよ」
「小さすぎて無理だろう」
「一応やってみてくださいな」
「うーん、無理だと思うけどね」
「お願いします」
女たちはどうにもひきそうにない。
「この魔法、久しぶりだなあ」
フークスも蛇を蛇戦士にする魔法は使えるのである。だが、魔法の需要がなく、使ったことはあまりなかった。
フークスはへびっちに近づいて魔法をとなえてみた。
だが、そこで誰もが驚くことが起こった。緑の蛇は、姿を変えて青年になったのである。
「うわ！」
と魔法をかけたフークスも驚き、女王も驚いて立ち上がっていた。女騎士達は「きゃー！」と悲鳴のような歓声をあげている。
人になったへびっちは素っ裸だった。
「人になった。なんで裸なんだろう？」
普通、蛇戦士は、人化すると服を着ているものなのだ。
人になったへびっちは女騎士のマントをひっつかんで股間を隠していた。
「すごーい！」
「人になったわ！」
「しかも、かわいい！」
「普通の蛇戦士と違うのう」
近づいてきた女王がそこに気づいた。へびっちの瞳は人に近いし、顔つきも人で通るほどである。
しかもなかなかに整っていて貴公子的である。
このような蛇戦士に出会ったのは女王も初めてだった。
魔法をかけたフークスも不思議でいっぱいという顔つきである。
「かっこいいわよ。へびっち」
「本当の人みたい」
「とりあえずへびっちにあう服を用意せよ」
「はい」
へびっちは別室に連れていかれたが、フークスはいつまでも首をかしげていたのだった。
話を聞いたレイアスが城にやってきた時には、人になったへびっちは酒をたらふく飲んですっかりソファに寝そべっていた。
女王は向かい側の椅子で、へびっちをずっと眺めている。
「へびっち、本当だ。かなりいい男になっちゃってるじゃないですか」
レイアスは上からへびっちを眺めて驚いていた。噂に聞いた通り、まるっきり人である。
「奇妙な蛇戦士じゃ。本当に、奇妙じゃ」
「陛下の前でねむりこけちゃって。おーい、へびっち、かえるぞー」
レイアスがへびっちの頬をぺちぺちたたくと、へびっちは目を覚まして体を起こした。
「それじゃ今日はへびっちを連れていきます」
「一体いつまで人になっておるのだろう。それも不思議な……」
レイアスは深くお辞儀をしてへびっちを連れて行った。
屋敷に帰るとへびっちは蛇に変わってしまった。
だが、次の朝になるとへびっちはまた人になっていた。へびっちはレイアスを起こして服をせがんだのである。
「あ、夢であった姿と同じだ」
ディランはへびっちを見て言った。
「ジュノー殿に似てますよね。気に入ったんでしょうかね？」
レイアスはせっかくなので、へびっちに緑系のズボンとシャツを着せていた。
レイアスの横に並ぶと、兄弟のようにも見える。
「今回はなんで人になったんだ？ フークスは何もしてないそうだぞ」
ディランはフークスに思念で聞いたのだった。
「昨日ので人になる方法を覚えちゃったんですかね？」
レイアスにもわからなかったが、そういう理由しか思いつかない。
「そういうことなのか？」
「まあ細かいことはいいですよ。今日は休みだけど、何かしたいことある？」
レイアスが聞くと、へびっちは首をかしげていた。
レイアスはへびっちを町に連れていくことにした。娘のユーリも一緒である。ユーリとへびっちは手をつないでいた。
ユーリは「へびっちお兄ちゃん」などと呼んでいる。
確かに、兄と妹のように見えなくもない。レイアスは二人の後ろを歩きながら不思議な気分を味わっていた。
一人は自分の肌の蛇の息子、もう一人は実の娘なのである。
「うーん、母が違う兄と妹？ 細かいことをのぞけばそうなるのかなあ？ ゆり様と僕の息子？ ふっ」
レイアスは想像して一人で笑っていた。
にぎやかな通りを歩いても、へびっちが興味を示すようなことはないようで、途中でへびっちが城を指したので、３人は城の周りにある庭園に
移動した。
「あ、そうだ」
レイアスはゆりの石像があるところにへびっちを連れて行った。すると、へびっちが、知ってる、とでも言いたげに、石像に抱き着いていた。
「ゆり様だよ。君の、ママ？ ふふっ」
レイアスがちょっとにやっとして言った。へびっちがふいに噴水の方に顔を向けた。そこに大きな緑色のカエルがいたのである。
次の瞬間にはへびっちは蛇に変わり、服の間からぬけだしてカエル目がけて移動していた。
そして二人の前で、へびっちはカエルを素早く捕まえて丸呑みしていたのだった。
「へびっち……もっといいものをあげたのに……」
その様子を見ていたレイアスはちょっとあきれている。ユーリは、
「お兄ちゃんおいしい？」
などと聞いていた。
へびっちはそのまま人には戻らず、レイアスはへびっちの服を持ったまま庭園を散歩して城の中に入った。
へびっちが勝手に城に入って行ったからである。そして勝手に女王の間に入っていってしまった。
人は門番の許しがいるが、蛇は基本、いつでも出入りできるのである。へびっちから少し遅れて、レイアスとユーリも女王の間に入った。
レイアスは女王にお辞儀をし、ユーリもスカートのはしをもってお辞儀をした。
「こんな格好ですいません」
レイアスは普段着だったので、恐縮していた。
「おお、ユーリ、おいで」
「はい、陛下」
女王はユーリを膝の上にだっこした。へびっちはちゃっかり女王の足元にいる。
「へびっちはすっかり陛下が気に入ってしまったようですね。自分で勝手にここにきちゃうんですから」
「今日は何をしておったのだ？」
女王がへびっちを見下ろしながら聞いた。
「朝は人になっていたので街を見せてあげたんですよ。それからそこの庭園に行って、食事をしました」
レイアスはちょっと笑いながら言った。
「へびっちはユーリのお兄ちゃんなんです」
ユーリが無邪気に言い、女王は、「まあ、確かにそのような感じであるのう」と笑っていた。
「じゃあそろそろ行こうか、へびっち」
レイアスは今日は軽装である。あまりここにいるのもはばかられたのでへびっちを促した。
へびっちはいやだとばかりに顔を横に振った。
「ここにいたいのか？ 仕方ないなあ。一人で城から出るんじゃないぞ？ じゃあ、しばらく置いておきます」
「ああ」
レイアスは女王の後ろに控えていたメイドに、へびっちの服を渡した。
「お兄ちゃん、迷子になっちゃだめですよ？」
レイアスとユーリは去っていき、へびっちはしばらく女王の間にとどまり、やってきた騎士達に声をかけられていた。
夜になっても、へびっちはレイアスの屋敷に帰ることはなかった。レイアスは思念でディランに頼んでいたのだが、へびっちが
帰りたがらなかったので、ディランはへびっちを置いてきたのだった。
「陛下が、今夜は城で預かるとおっしゃったんでおいてきた」
「そうなんですか。まったく、へびっちってば何を考えているのやら？」
このとき、二人はたいして気にしてもいなかったが、へびっちを城においてきたことで、なんとも大変なことが起こってしまうのである。
その夜、へびっちは女王の寝室にまでついてきていた。
女王の寝室には１０匹ほどのメス蛇がいたが、オスはへびっちだけだった。
普段はオス蛇もここには入れない。
「ここまでついてくるとは。まてよ。そなたと一緒に寝たら、夢で誰かに会えるかもしれぬのう」
女王はふとそんなことを思った。自分もディランやレイアスのように未来の人たちに会ってみたい。常々そう思っていた。
自分だけなら無理だが、へびっちがいればいけるかもしれないのだ。
「もしかしたらゆり殿に会えるかもしれぬ。よし、ここに来てもよいぞ」
女王はベッドの上にへびっちを招いた。
へびっちは女王の横で丸くなり、女王も眠りについた。この行為が、とんでもない誤算を招くことになる。
夜が更けて、女王は体がなんともざわめくので目を覚ました。とてもじゃないが寝ていられないのである。
「なんじゃ？ 一体……」
体がどうも熱い。心臓の鼓動も早くなっている。
「ん？ 体が変じゃ？」
女王は何かを感じて自分の寝間着をたくしあげた。そして驚愕に瞳を見開いた。なんと、自分のお腹の周りに緑の蛇が回っているではないか。
「な、なんじゃこれは、まさか、まさかへびっち？ へびっちなのか？」
はっと布団をめくっても、自分の横にはへびっちの姿はなく、肌にいたのはオスだった。
「へびっち、何をしておる。出なさい」
女王はへびっちに命じたが、へびっちは出るどころか女王の豊かな乳房の周りをまわりだした。
「へびっち、そなた何をするのじゃ！ 出なさいというに！」
へびっちを追い出そうと肌の上から触ろうとしても、女王はへびっちに触ることはできなかった。へびっちはすっかり肌に入ってしまっているのである。
「そなた何を考えておるのじゃ。まさか私に何かしようとおもっておるのか？ 小さいくせに大胆な……」
へびっちの行為にあきれた女王の瞳が、さらに開かれた。へびっちの鱗の色が金色に変化していたのである。
「へびっち、お願いだから、出ておくれ。出なさい。出なさいというに」
怒りよりも困った様子の女王だったが、さらに困ったことがおきていた。女王の体に変化が表れたのである。
蛇のうろこが薄く表れている。これは、変化の兆しであった。
「へ、へびっち、そなた、そなたはいったい何をする気なのじゃー？」
へびっちは女王の体の周りをゆっくりと回っている。女王の鱗の模様は徐々に鮮やかになっていた。
興奮させられていたのである。
へびっちは回りながら、女王を刺激しているかのようである。
一体何をする気なのか。
女王の肌には金色の鱗が大半だったが、銀や赤、緑など他の色の鱗の色も浮かんでいた。一匹の蛇が回っているというわけでもない。
体中に鱗が浮かんでいるのである。それは巨大すぎて境目がわからない蛇が肌にいるかのようでもあった。
「へびっち、そなたは一体……」
女王は変化と共に興奮状態になっていた。
何かを待っている様子のへびっちだったが、やがて何かを見つけたのか、へびっちは女王の体を縦に移動し始めた。
なんと、へびっちの胴体にからむように一匹の蛇が現れたではないか。
黄金色に輝くそのメス蛇に、女王は「ああー？」と素っ頓狂な声をあげていた。
「まさか、この蛇は、わたしの？ 」
今まで、赤い月でもこのように肌に一匹の蛇が出てきたことはなかった。今ははっきりと見える。
へびっちと胴体をからませている自分の蛇がはっきりと見えるのである。
「あ、ああー！！！ そんな、な、なにを！」
異様な高揚感があった。二匹の蛇は、女王の肌の上で胴体をからませて交わり、しばらくして離れた。へびっちはそこでようやく
女王の肌から出て行ったのだった。出てきたときにはへびっちは緑に変わっていた。
「へびっち、そなたはなんと大胆なことをするのじゃ！」
女王は戸惑いつつもへびっちに怒っていた。自分の肌を見ると金色に輝く蛇は消えている。
「金色に変化してあのようなことを……はっ」
へびっちは目の前で人に変わっていた。もちろんへびっちは裸である。へびっちと目があって女王はたくしあげていた
寝間着をあわてて下に下げたのだが、肌はいまだ変化中である。
へびっちはばっと女王に近づいてそのまま女王を押し倒していた。
「こら、およしなさい。そなたは幼いくせになんということをするのじゃ」
へびっちは女王の寝間着を上にあげている。
「やめなさいというに」
女王の銀色の長い髪が乱れに乱れていた。
女王はへびっちから本気で逃げようと思えば逃げられたのだが、どうにも体がいうことを聞かなかった。
変化してしまった今では、欲望が理性よりも勝ってしまっているのである。
女王はいつの間にやら下着を取られて、すっかりへびっちに上に乗られてしまっていた。そして両足を開かれている。
かわいらしいと思っていたへびっちの顔だったが、目つきはすっかり大人のものへ変わっていた。
「そなたは一体どこでこんなことを覚えたのじゃ。こんなことがみなに知れたら、わたしの立場は……あう……」
へびっちの体はすっかり大人の男のもので、変化していた女王は簡単に体を許してしまっていた。
「ああ…おのれ…へびっちめ…」
へびっちの方は興奮しているという顔つきでもなく、かなり無表情で女王を抱いていたので、女王はそこにかなりかちんときていた。
「そのような顔で女を抱くでない。もっと、もっと違う顔があるであろう」
そういうと、へびっちはにっと笑っていた。
「もー腹が立つ！！」
相手は人であって人ではない。どこか禁忌を犯している気がしながらも、女王は体の高ぶりを抑えきれず、しまいには自らへびっちに
抱き着いていた。
こうして女王の誰にも言うことができない夜は終わった。
朝になった。あの夜のことは夢か、と女王はふと思ったが、自らは裸のままだった。やはり夢ではない。横に蛇になったへびっちが長くなっていた。
「ああ、なんということじゃ…まさか蛇とあのようなことをしてしまうとは……普段興奮するたちではないのに…」
今は妊娠中である。今年は赤い月にもちらりとも興奮しなかった女王であった。
それが、普段に変化して男の体を許してしまうとはなんとしたことだろうか。
最初から人の姿で上に乗ってきたならば、女王も抗っていただろう。肌の蛇を抱かれてしまったのがいけなかった。
「そうであった。そなたの母御は男たちの蛇が一目で恋に落ちたすごい蛇であったのう。そなたにもそういう魅力があるのか？
しかし私の中にあのような蛇が潜んでいたとはそれも驚いた。このことはみなには内緒ぞ？ よいな？」
もはやへびっちを怒る気にもなれず、事が発覚することを恐れた女王は、へびっちに何度も念を押していたのだった。
女王の間にレイアスがやってきた。部屋には女王他数人の騎士がいて、、メイドが女王の後ろに控えていた。
「陛下、へびっちはいい子にしてましたか？」
まさかそんな大変な夜になっていたとは知らないレイアスが笑顔で聞いた。
「ん？ ああ、もちろん」
女王は作り笑いで答えた。女王の近くにいたへびっちは、レイアスに近づくとそのまま足から体に入って行った。
「あれ？ 今日は肌にいるんだ？ それではこのまま失礼します」
レイアスは深くお辞儀をして女王の間を出て行った。
「まったく、なんという悪い蛇じゃ」
女王はレイアスがいなくなった後、ぼそりと悪態をついていたのだった。
つづく
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