第26話
過去の世界では、へびっちは未来に帰る気があるのかどうなのか、気の向くままに過ごしている。
あれからへびっちは女王の寝室に忍んでくることはなく、女王はほっとしていた。
だが、へびっちが一度でもういいと思ったからか、怒られると思ったからか、それは謎である。
昼間、女王の間にやってきたレイアスに、他の騎士が「へびっちはどこにいるんだ？」と聞いていたので、女王もつい耳を傾けていた。
「へびっちは神官長が連れて行きましたよ。巫女様がどうしても会いたいらしくて」
レイアスが答えた。
「そういえば陛下、儀式の日取りは決まったのですか？」
横にいた騎士が聞いた。
「日取りか？ そろそろ決まるころであろうなあ」
女王が答え、レイアスは「懐かしいなあ」と以前の儀式をつい懐かしがっていた。
あれから１５年ほどの月日が経過している。その間この時代にも、未来にも、いろいろなことが起こった。
この時代には新しい巫女が誕生している。ディランやレイアス、フークス、ルークはゆり以外の巫女と儀式をする気はないと
新しい巫女と仲良くなってはいなかった。だが、この時代強い男はたくさんいるので、騎士の順位にこだわらなければ、相手に困ることはない。
この時代は祭事を取り仕切る神官長が儀式の日取りを決めて、蛇霊神の儀式を行うのが決まりだった。
蛇霊神をおろす儀式は一度で成功するとも限らない。３日ほど候補の日取りが決まるはずである。
新しい巫女はゆりが去ってから成人した巫女である。まだ若く、経験も浅かった。
儀式が無事できるのかどうか、周りも心配していたのである。
実際、一番不安に思っていたのは巫女本人だろう。
「へびっち様、儀式のこと、何かご存知じゃないんですか？ なんでもよいので教えてくださいませ」
でかい豪華な長椅子の上に、へびっちは乗っけられていた。ここは女王の城ではなく、国の中央にある城の中にある巫女の一室である。
巫女は女王の次に位が高い女性なので、かなり豪華な部屋が与えられていた。その部屋で、緑の蛇に必死に話しかけている女性がいる。
この女性が現巫女、エレノアである。青い肩にかかる長さのストレートの髪、この一族特有の目鼻立ちがはっきりした顔つきだった。
化粧をすれば、かなり見栄えがする顔立ちではある。
背がかなり高く、体格もよいために、外見は巫女よりも騎士があいそうである。服装もひらひらしたドレスより、身体に
フィットした服装を着ている。ちなみに魔法力などはかなり強い方である。大人になってぐーんと背が伸びて体つきもよくなったのだった。
「美女」と絶賛された前巫女と比べると、今の巫女はかなりタイプが違う。一族の力でいえばエレノアの方が上なのだが、色気ではかなり劣る。
貫禄があり、かなり美しく色っぽかった前巫女を知っているエレノアは、自分は前巫女よりも全体的にかなり劣ると思っていたのだった。
前巫女はどんな騎士でも夢中になるほど魅力的な女性だった。（この評価は一部ではかなり違うのだが、当時のエレノアや他の連中は
そう思っていた。）それに比べて自分はさほど魅力的ではないと思っていたのである。
女王が妊娠するまではエレノアは巫女としてつつがなく祭事を執り行ってきた。だが、女王が妊娠したからには、蛇霊神をおろす儀式をしなければならない。
これは一番難しい儀式で、女王にとっては、一番重要な儀式だった。
女王は前回の妊娠中、儀式のために未来の巫女を呼んだほどなのである。今回失敗すればどうなるか。エレノアにとっては一大事なのだ。
女王が妊娠してからのエレノアは大変だった。それまでも騎士の恋人は数人いたのだが、神官長にはもっと増やせと言われ、いろいろな騎士と
付き合う羽目になった。他の女性からすれば羨ましいかもしれないが、騎士達の中には義務感でエレノアと付き合っている者もいて、エレノアも敏感に
そういう男の感情を感じ取っていた。それで互いに盛り上がれるはずもない。
義務や儀式のためという感情を取り除き、信頼し合い愛し合う関係を複数の騎士と持つというのは、どんな巫女さえ、至難の業だろう。
エレノアもにっちもさっちもいかなくなり、しまいにはゆりにあやかって同じ長さの髪にしてみたり、ゆりの石像に毎日「儀式が成功しますように」と
願っていたところに、へびっちがやってきたのだった。
（もしやゆり様が私の願いを聞いて、へびっち様をこちらに連れてきてくださったのでは？）
とエレノアも思っていた。
エレノアとしては、へびっちに聞きたいことは山のようにある。だが、へびっちはしゃべれないので、何を聞かれても顔を向けるだけだった。
たとえ話せたとしても、儀式のアドバイスができたかどうかはわからないが。
「もーへびっち様ってば、ゆり様のこと、よくご存じなのでしょう？ 教えてくださいな。ディラン様に聞いても儀式のこと全然教えてくれないんですよ。
儀式は巫女によって違うから、あなたはあなたの儀式をするといいって。私の儀式ってどういうことです？」
ドアをノックする音が聞こえてきた。部屋にいた侍女がエレノアの顔を見、エレノアがあごをしゃくったのでドアを開けた。
中に一人の女性が入ってきた。
「こんにちは、エレノア様、こちらにへびっち様がいると聞いて見に来たんですわ。よろしいですか？」
「もちろんいいですよ」
エレノアが笑顔もなく答えると、女性は微笑んで入ってきた。エレノアよりも１５センチも背が低く、くるくるした大きな青い巻き毛のこの女性は、
胸元の開いた白いドレスを着ていた。
ふわふわした印象のかわいらしい女性である。エレノアにとって憎らしいことに、この女性、かなり色っぽいのである。
色気だけでいったらエレノアの倍はありそうだ。
男性にかなり人気がある女性がいるという噂が神官長の耳に入り、最近巫女候補になった女性だった。名前をバルバラという。
巫女は神官の家系から出てはいるのだが、それだけでは限界があるので、一族の中で見込みがある女性がいれば、神官の家系に入り、
巫女候補になれるのである。だが、そういう女性はめったにいない。
城に上がるようになり、バルバラの生活は一変した。今まで騎士を眺めるだけだったのに、今は寝所に呼ぶこともできるのである。
至れり尽くせりの生活で、侍女までつくのだ。
バルバラが巫女候補になったのは５年前である。当時、巫女だったエレノアはかなりのショックを受けた。
神官長にも文句を言ったが、最終判断を下したのはハザークだったので、ハザークにも嫌味を言っている。
「いっそのことあの子を巫女にしたらどうですか？」と。
だが、ハザークは、「お前、やめたいのか？」と聞いてきた。この時代のハザークも、女性の嫌味が通じる相手ではない。
「ハザーク様は、私よりも彼女の方が巫女にふさわしいと思ってらっしゃるんですね？」
エレノアはかなり傷ついていた。
「そこまでは言ってないが、巫女の予備はいた方がいいだろう」
「彼女にとって代わられたら私の立場がありません」
「お前は色気がいまいちないからな。だが、あっちは色気があっても力はない。お前の方が微妙に上だ」
「微妙……」
エレノアはその言葉にさらにショックを受けた。
「巫女に力はあまり関係ないと思いますが……」
エレノアは引きつった顔で聞いていた。力が関係なければ、巫女としてバルバラの方がふさわしいということではないか。
「そんなことはない。一番いいのは、力が強くて色気がある巫女だ。大丈夫だ。しばらく難しい儀式はないだろう。お前が病気になったり死なない限りは、
巫女の交代はない」
「陛下がまた妊娠されるかもしれないですよ？
「女王は結構年だぞ？ もう妊娠しないだろう」
ハザークは本気でそう思っていた。女王がこのセリフを聞いていたらかなり怒ったに違いない。
この時代、祭事は毎月のようにあり、巫女の仕事は、蛇霊神をおろす儀式だけではないのである。
だが、その後女王は妊娠した。これでエレノアにピンチが、バルバラにチャンスが巡ってきたのである。
つまり、蛇霊神の儀式をエレノアが失敗し、バルバラが成功させたならば、バルバラが即巫女になるのである。
バルバラの方はその気がまんまんだった。せっかくここまできたのだから、巫女まで上りつめたいと思うのも無理はない。
バルバラは騎士達を味方につけようとやっきになり、エレノアの騎士にまで手を出して二人がもめたこともあった。
裏では女同士の戦いも過熱しているのである。
「まあ、なんて素敵な蛇なんでしょう。へびっち様、人になれるって本当ですの？ なってくださいな」
バルバラは長椅子の前に座って、へびっちに顔を近づけていた。
「人になってもハンサムなんでしょうねえ」
バルバラはへびっちの顔にちゅっとキスしている。エレノアは面白くなさそうにその様子を見ていた。
「エレノア様ったら、そんなに睨まなくてももう行きますわよ。へびっち様、今度私のお部屋にもいらしてくださいね」
バルバラが立ち上がり、「失礼しました」と長椅子から離れると、なんとへびっちはバルバラについて行ってしまった。
これにはエレノアはかなりショックを受けた。
「あら、へびっち様ったら、もういらっしゃるの？ まあ、へびっち様、私のことが気に入ったのかしら？ それじゃ一緒に行きましょう。
すいません。エレノア様」
バルバラは勝ち誇ったようにうれしそうにへびっちと部屋を出て行った。部屋にいた二人の侍女はどういったらいいのかわからない様子で
エレノアを見ている。
エレノアはそのままがくりとうなだれてしまった。
夕方、レイアスがへびっちを引き取りにやってきた。巫女の部屋を訪ねたレイアスは、あまりのエレノアの暗さにたじろいでいた。
エレノアは一人、長椅子に座ってうなだれている。
「ど、どうしたんですか？」
侍女が耳打ちしてくれた。
「へびっちが？ エレノア様、へびっちに悪気はなかったんですよ。どうもすいません」
レイアスがかわりに謝ると、エレノアはじとーと恨めし気にレイアスを見ていた。
「本当にすいません」
「レイアス、今夜私に付き合ってください」
エレノアはレイアスをにらみつつ言っていた。
「え？ 今夜？」
「ぜえええええったいに付き合ってもらいます！」
「え。はあ……でもあなたの騎士達に怒られるんですけどー……」
レイアスは困ったように言ったが、エレノアは横を向いていた。どうやらかなり激怒しているようである。
夜が更けて、ディランが屋敷に帰ってきた。ディランはレイアスから思念を受けて酒飲の間に行き、そこにいたエレノアを見て
かなり驚いていた。
「ど、どうしてエレノア様が？」
エレノアをここで見たのは初めてのことである。
「付き合ってほしいといわれて、てっきりあっちかと思ったら酒でした」
レイアスが説明しながらエレノアに酒を注いでいた。エレノアはかなり飲んだようである。床には大量の酒の瓶が置かれていた。
エレノアの目は座っている。あまり機嫌はよくなさそうだ。
「酔っていらっしゃるんじゃないのか？」
「へびっち、もとはといえばお前が悪いんだぞー」
レイアスは床にのびてお酒をのめていたへびっちに口をとがらせていた。
「そうよ。へびっち様ったらひどい！ 私よりもバルバラを選ぶなんて！」
エレノアは机をこぶしでどんとたたいていた。すごい力だったので机が揺れていた。
「話がさっぱりわからん」
ディランはとりあえず席に座った。レイアスはざっとディランに事の次第を説明していた。
「でも、へびっちもバルバラとずっと一緒にいたわけじゃないんだから、許してくださいよ」
へびっちはバルバラの部屋に行った後、他の若い巫女候補たちにかわいがられていたようだった。それがわかっても、エレノアの気は晴れないらしい。
やけ酒のごとくここで酒を飲みまくっていた。
「私はきっと儀式も失敗します。そしてバルバラが成功して、巫女になるんだわ。バルバラに仕えるのなんていやー！！！」
エレノアは今度は泣きだしてしまった。
ディランもレイアスも困り顔である。
「まだ失敗すると決まったわけではないでしょう」
ディランが優しく言った。
「でもあなた方は私に手を出す気にもならないじゃないですか。ハザーク様がいってました。良い巫女は、どんな男もその気にさせる魅力があるって。
私にはそんな魅力もありませんし。だーれも、私を愛してませんし」
「そんなことないですよ。あなたを気に入ってる騎士達はたくさんいますし。儀式の男だって、10人も決まってるじゃないですか。みんな立候補ですよ」
レイアスが励ますように言った。
「みんな儀式がやってみたかっただけです」
エレノアがずばり言って、レイアスは返す言葉がなかった。蛇霊神の儀式は今回が終われば、しばらくはないだろう。今度こそ儀式の男になりたいという
騎士達は多いのだ。
「みんな儀式がしたいから私に取り入ってるだけなんだわ。ぐすぐす」
エレノアは泣き続けている。困ったものである。レイアスがハンカチでエレノアの顔をふいていた。するとアイシャドウが取れて、目の周りが黒くなってしまった。
「私は悔しいんです。へびっち様もバルバラの方が好きみたいですし」
「そんなことないですよ」
とレイアスはエレノアの目の周りの汚れをどうしたものかと思いつつ言っていた。
「いいんです。私よりもバルバラの方がいいと思っている騎士もいますし。現に二人も取られました」
レイアスとディランは少々困った様子で目を合わせていた。
バルバラが巫女に闘志を燃やしていてエレノアと張り合おうとしているという話は、ディランも知っている。ディランとレイアスはどちらとも
仲良くする気はないと宣言しているのだが、どちらもバルバラに誘われていた。儀式のことをどうしても詳しく知りたいというのである。
きっと、フークスやルークも誘われているに違いない。バルバラは男に甘えたりするのがかなりうまく、男もついふらっといってしまうのだろう。
エレノアは、そういうところでバルバラと差があるのかもしれない。
巫女としてどちらがふさわしいか、ディランにはわからないが、バルバラに関してはちょっと引っかかるところがあった。それは彼女のあの野心である。
巫女としての権力を手に入れたら、舞い上がってしまうのではないだろうか。
前巫女の裏の顔を知っていたディランとしては、バルバラよりは、裏表がなさそうなエレノアが巫女である方が好ましかった。
今までは巫女に関しては無関心でいようと思っていたが、ここはちょっとエレノアを応援しておくべきかもしれないと、ディランは考え直した。
「私はあなたを応援します。ゆり様によれば、蛇霊神の儀式は愛の儀式だそうです。儀式では、男たちと愛し合うことを第一に考えてみたら
どうでしょうか」
ディランが突然儀式のことを語りだし、エレノアは目をぱちくりさせていた。
「愛……ですか」
「愛ですよ。その場だけでも、自分を一番に愛させることができるかどうか、それが大事なことです。我々は、儀式の最中は本当にゆり様のことを
愛していましたよ。ゆり様がすごい巫女だからじゃないんです。ゆり様が優しく愛してくださったから、我々も愛したんですよ」
「…………」
「確かに、あれは愛の儀式でしたね」
レイアスも懐かしげに言っていた。
エレノアはぼんやりしている。やがて、「あれ？」と言って下を向いた。
右足に違和感がある。
「どうかしましたか？」
レイアスが聞いた。
「なんだか、足が……え？」
自分の右足から、緑の蛇が出ているのが見える。
エレノアは目をぱちぱちさせていた。ディランがエレノアの足を見て「あっ！」と声をあげた。
「へびっちが！」
「え？ へびっち？」
レイアスが足元を見るともうへびっちの姿はない。エレノアはスカートをめくって仰天していた。なんと、ぐるぐる巻きに緑の蛇がまきついているではないか。
「これ、ど、ど、どうなってるんでしょう？」
エレノアは二人に聞いていた。
「……男の体だけじゃなく、女にも入れるんだ？」
レイアスはそんなことを思った。
「……どんな感じです？」
ディランが聞いた。
「……なんだか、体がぞわぞわっと……」
エレノアが胸元をはだけでみると、なんと青い蛇に緑の蛇が巻き付いていた。
「……綺麗な蛇ですねえ」
レイアスはぽかんとして、エレノアの豊満な胸にいる二匹の蛇を眺めていた。エレノアの蛇も、結構でかい蛇である。
「ど、どうなって……動いてる！」
青い蛇は緑の蛇から逃げるようにゆっくりと移動していた。すると、へびっちも追っている。
「……へびっち、すごいな。こんなことしちゃうなんて……どうしましょう？」
レイアスはディランに聞いた。
「エレノア様、儀式をしなさい」
ディランが言い放った。
「え？ ぎ、儀式？」
「たとえ女蛇が下りなくてもいい。儀式の練習になる。男たちを呼びましょう」
「え、ちょ、ちょっと」
エレノアは大慌てだった。
「バルバラに差をつけるチャンスですよ」
「兄さん、そんな強引な、儀式って、うちでするんですか？」
レイアスが高い声で聞いた。
「やはりあそこしかないだろう」
女王の城の一室、かつてゆりが儀式をした部屋は、今は使われず、記念にとっておかれていたのだった。
ディランはエレノアを連れてそこに移動した。
「ああ。もうだめです。それにいきなり儀式なんて……」
エレノアは興奮しているのかおびえているのか、とにかく体もよろよろで、ディランはそんなエレノアの体をベッドの上に寝かせていた。
レイアスは濡れたタオルをもってきて、エレノアの顔を拭いていた。
「せっかくだから綺麗にしましょう」
「私、怖いです。いきなり儀式なんて！」
エレノアは顔を拭かれながらあたふたしている。
「大丈夫ですよ。別に成功しなくてもいいんですから。練習だと思いなさい。男は何人呼びますか？」
「えーと……何人にしましょう？」
「とりあえず、３人ほどで様子を見ましょうか。３人思いついた名前を言ってください」
エレノアは戸惑いまくっていたが、ディランは強引に進めていた。
「えーと……」
エレノアが３人の名前を呼び、ディランは思念を男たちに送っていた。
「私酔ってるんじゃないかしら。これは夢？ 夢じゃない？ そうだ、神官長様は呼ばなくていいんでしょうか？」
「まあ、練習だからいいでしょう。騎士長の特権ということで進めます」
「そんな特権ないですけど」
レイアスは突っ込みながら、なんとかエレノアを綺麗に見せようとエレノアの髪を整えたりしていた。侍女の仕事なのだが、もう時間がないのである。
「しかしいきなりな展開だなあ。へびっちってば、まったく……」
レイアスは久々にこの部屋にやってきたのに懐かしがる暇もなかった。
「大丈夫。みろ、エレノア様に変化の兆しがみえてきた」
「おお……」
確かに、エレノアの瞳が変わっていた。へびっちがとうとうエレノアの蛇をその気にさせたらしい。そのせいで興奮状態になっているようである。
こうなると、なかなか色っぽい。
「あなたならやれますよ。愛の儀式であることを忘れないでください」
ディランはめいいっぱい励ました。
「愛、愛……」
エレノアはぶつぶつ言っていた。
「へびっち、ちゃんと巫女様を助けるんだぞー」
複雑な心境ながら、レイアスはへびっちを応援していた。
ようやく一人目の男がやってきた。
「いきなりなんだ？ どういうことなんだ？」
かなり慌てた様子でやってきたようである。
「エレノア様に儀式の兆候が現れたんだ。あとはお前たちで頼む」
「え？ 儀式って…ええええ？ いきなりすぎだろ！」
「いくぞ。レイアス」
「え？ 丸投げでいいんですか？」
「いい」
「おーい！」
騎士が止めるのも聞かずに、レイアスとディランはさっさと移動してしまった。
二人は城の外に出ていた。部屋には残りの二人の男もやってきたようだ。
「こんな丸投げでいいのかなあ？」
レイアスは首をかしげていた。
「まあ、なんとかなるだろう」
「兄さんも大胆でしたね。しかし、へびっち……何考えてるんだか……」
「さすがお前の息子じゃないか」
「ははは、エレノア様と子蛇ができたりして」
レイアスは苦笑いしていた。
二人は眠る気にもならずに、せっかくなので寝ていたフークスとルークを起こして、４人で集まっていた。二人ともこの成り行きに驚いた様子である。
４人は城の中の別の部屋にいて、酒を飲んでいた。
「儀式になりますかねえ？」
ルークが聞いた。
「ならなくても男たちと愛は深まるはずだ。あの姿はかなり色っぽかったからな」
ディランが言った。
「へびっち、お手柄じゃないか」
フークスが言った。
「ははは。孫蛇が誕生しちゃったりして。しかし兄さんの強引さには驚きましたよ」
「ゆり様の時も突然だったからな。まあこういうのもいいだろうと」
「そうだったねえ。突然女蛇が下りてきたって言って、あの時は驚いたなあ」
フークスがしみじみと言いだした。
「あれからもう１５年にもなるんですねえ。なんだか懐かしいなあ」
ルークもその時のことを思い出していた。思いもかけず儀式の男に選ばれたおかげで、ルークは結構もてるようになった。
あのころいたハインリヒは別の時代に行ってしまい、ドルイドは亡くなった。みんないたころが懐かしい。
「私も転生したドルイド様に会いたいなあ」
「私もだよ」
ルークに続きフークスが言った。この二人は、あの夢で、転生したドルイドに会うことはできなかった。
「また夢がつながればいいですねえ。今度は陛下も呼んで差し上げたい」
レイアスが言った。
「そうだなあ。陛下にもドルイドを会わせてあげたいなあ」
４人がしみじみと語り合っていると、しばらくして、
─蛇きたー！
とディランに思念が届いた。
「お、蛇が来たって言ってるぞ。蛇霊神がきたのか？」
ディランは思念で返した。
─青い蛇が二匹きた。巫女様は無事だ。まったくびっくりだ。わけがわからんままに終わった！
─愛の儀式だったか？
─……愛の儀式だった……ってやっぱりこれ儀式なのか？
「蛇霊神が二匹来たらしい」
「やった！」
「よかった！」
４人とも喜んでいた。
「へびっちは途中で巫女の肌から出て行ってベッドの下にいたらしい」
「そうなんですか。まあ、勝手に出てくるかな」
レイアスも儀式の部屋に今行く気にはなれなかった。
「陛下もびっくりしただろうなあ」
「儀式はもうこれで終わりなんでしょうかね？」
ルークが聞いた。
「いや、これで、エレノア様も自信がついたろう。次は男を増やして、きっともっと蛇霊神がくるさ」
ディランは確信したように言ったのだった。
真夜中に、女王は蛇霊神の気配を感じて驚いたようである。
次の朝には城中蛇霊神が女王に入ったと大変な騒ぎになっていた。
朝、髪が伸びまくっていたエレノアは、侍女たちと泣きながら喜び合った。そして、その話を聞いたバルバラは、かなり悔しがったようである。
「へびっち様が助けてくださったんだわ。やはりゆり様がへびっち様をこちらによこしてくださったんだわ……」
エレノアはへびっちとゆりにかなり感謝していた。
そのころへびっちは王子アデルの部屋で人になり、あわてて服を着せてもらっていた。
「ねえ、へびっち、たまには僕と遊ぼうよ。なにをする？」
アデルが聞いた。
「…………」
へびっちは壁の絵を指していた。
どうやらへびっちは絵を描きたいらしく、この日は二人で絵を描くことになった。
「僕さ、お姉さまのことを想像してよく絵を描いてるんだよ。とにかく早くお会いしたいんだ。君が話せたら、お姉さまのこともいっぱい教えてもらえるのになあ」
アデルは長い髪の女の子を描いていた。なかなか上手である。
「これ、似てる？」
へびっちがうなずいていた。
「本当？ 似てるのかなあ。お姉さまはもっときれいだよね。君は何をかいてるの？」
へびっちはピンクのクレパスを紙にぬりたくっていた。
へびっちはアデルと別れた後、ディランの顔を見るとディランの中に入ってしまった。
ディランは昨晩のことを思い出してちょっとびびったが、男蛇同士では何も起きなかった。へびっちは次の日もディランの肌にひっついたままだった。
「どうしたんだろう？ 僕にくればいいのに」
レイアスは不思議がっていた。
「どうしたんだろうなあ。疲れたのかな？」
ディランにもよくわからない。
儀式の後に会ったエレノアは、一度女蛇を下したせいか、自信に満ちた表情をしていた。本格的な儀式にも、期待できるだろう。
あの晩やってきた騎士達は、不思議な体験をしたと言っていた。女蛇が下りたエレノアは、とても美しかったそうである。
その夜のことである。ディランは夢でヴィラに出会った。
「あ、ヴィラ殿」
「ディラン殿じゃないですか。へびっちは元気ですか？」
ヴィラはディランの顔を見るなり聞いていた。
「はい、元気ですよ。とても。あ」
ディランの体からにょろんと緑の蛇が出てきた。へびっちである。へびっちは今度はヴィラの体に入ってしまった。
「へびっち……そうか。帰ろうと思っていたんですね」
ディランがちょっと寂しそうに言った。
「ディラン殿経由で帰ってくるとは……みなさん驚いたでしょう」
「はい。でもとても楽しかったですよ。レイアスが一番残念がるでしょう。もしかしたら、泣き顔を見たくなかったのかな？」
「そうかもしれませんね」
その晩はそうそうに夢は終わってしまい、いろいろ話せないままに二人は別れた。
朝、ヴィラから「へびっちが帰ってきた」と思念をもらったジュノーは、支度して大慌てでヴィラの屋敷に向かった。
へびっちにいろいろ文句を言ってやろうと思っていたジュノーは、へびっちを見るなり、「うわあああ！」と後ろに後ずさり、壁に頭をぶつけていた。
緑の髪の若い男がそこに立っていたのである。
「朝起きたら人になってたんだよ。すっかり人になれるようになって戻ってきたようだ」
横にいたヴィラが説明した。
「へびっち？ へびっちなのか？」
ヴィラはへびっちをジュノーの横に立たせてみた。そして二人を見比べている。
「やっぱり目元とか似てるな。へびっち、ジュノーの顔が好きなんだ？」
ヴィラが聞くと、へびっちはうなずいていた。
「ジュノー、へびっちの服をいろいろ買ってやれよ」
「ああ、って、へびっちはイシュタール殿の蛇だろ。なんで私が買うんだ！」
ジュノーは文句を言っていた。
「いいじゃないか。どっちかというとお前の息子みたいだし。いや、兄弟でもいけるぞ」
「まったく、まあいいや、イシュタール殿のところにいこう。喜ぶぞ」
ジュノーは気を取り直し、へびっちをイシュタールのところに連れて行ったのだった。
過去の時代では、へびっちが未来に帰ったと知り、皆残念がっていた。レイアスはもちろん、娘のユーリも「もっと遊びたかった」としょんぼりしている。
「兄さんに行ったまま帰るなんてさー」
レイアスはそれが不満だったようである。せめてさよならくらい言いたかったのだ。
「へびっちはお前の悲しむ顔を見たくなかったのさ」
「そうかなあ」
「一度来たんだ。二度もあるさ」
「そうですね。きっとまた……」
レイアスは涙をこらえていた。
城では、女王はへびっちが未来に戻ったことを知り、ほっとしながらもちょっと寂しく思っていた。なんだかんだ言ってへびっちがいる間は
いらいらすることが減っていた。へびっちの存在がかなり気分転換になっていたのだ。
アデルが絵をもってきて女王に渡した。
「そなたが描いたのか？」
女王は絵を受け取りながら聞いた。
「へびっちが描いたんですよ。自分がいなくなった後にお母さまにあげてくれ、みたいなことを言われました」
「言われた？ そなたへびっちと話したのか？」
女王は驚いていた。
「僕がいろいろ聞いたらそういう感じでうなずいてました。へびっちは母様が好きなのかな？」
アデルは微笑んでいた。女王はうれしいような困ったような、微妙な表情でその絵を見つめていた。
紙にはピンクの大きなハートが描かれていたのだった。
つづく
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