第27話

へびっちが無事未来の世界に戻ってきた。しかも人になっていたので、皆の驚きは大きかった。

へびっちは人のまま王の間に連れてこられていた。ゆりも子供たちも口々に「すごい」「かっこいい」といっていたが、

この男が本当にへびっちなのかどうか、半信半疑といった様子だった。へびっちの外見は今まで見た蛇戦士とはまるで違う。

蛇戦士よりはハザークに近い姿であるが、ハザークよりは親しみやすい外見である。ただし、喜怒哀楽は人間のように豊かではないようだ。

へびっちはゆりや子供たちに会っても、喜びの表情を浮かべることもなかった。

「へびっち、女王様にちゃんとご挨拶した？」

ゆりが聞くと、へびっちはうなずいていた。

「過去で何をしたの？」

ラギが聞いたが、へびっちはしゃべれないので瞬いただけだった。

「何か教えてもらった？」

アナスターシャが聞くと、へびっちは、騎士がするようなお辞儀をしてみせたのだった。

「すごい！」

「上手！」

皆手をたたいている。

「お辞儀の仕方を教えてもらったんだー」

「しかし、本当にジュノーの兄弟みたいだな」

ラクシュミが二人を見比べて言った。ここにへびっちを連れてきたのはジュノーだった。

並ぶと兄弟でも通りそうである。ナナミとロイは「本当にへびっちなの？」と不思議そうにへびっちを見ていた。

「なんでイシュタールそっくりにならなかったんだろうね？」

シスはそれが疑問だった。

「へびっちは一応イシュタールの蛇なのにねえ？」

とアナスターシャ。

「まあ、へびっちは自由蛇だから、イシュタールの蛇だと思ってるのかどうかも謎だけどね」

ゆりが言った。そのイシュタールは人間になったへびっちを見て大変喜んだようである。

「そうだ。ハザーク様に会いに行こうよ！」

「きっと驚くよ！」

「私も行く！」

アナスターシャ、シス、ラギ、ナナミはへびっちをハザークの元に連れて行った。

残っていたロイは何か考え込んでから、

「へびっちってさあ、母様の子供になるの？」

とゆりに聞いていた。

「え？　……まあ、子供じゃないともいえないけど……」

「じゃあへびっちが長男だ。僕のお兄さんだ」

「え……」

ロイの指摘にゆりはのけぞっていた。

「いや、長男ってのはおかしいでしょ。へびっちは人の姿をしていても人じゃないし、それに王様の子供じゃないしー」

ゆりはラクシュミを気にしながら困った様子である。その様子を見たジュノーはひそかに笑っていた。



一方、へびっちを見たハザークはかなり驚いていた。

「こんなに早く人化するとは……蛇にしては最速じゃないか？」

ハザークは蛇との混血なので別としても、こんなにも早く人化した蛇をみたのはハザークも初めてである。

「ハザーク様、仲間が増えてよかったですね」

アナスターシャが言った。

「仲間？」

「仲間ってなんか変だけど」

ラギが言った。

きょとんとしていたへびっちだったが、やがてハザークの長椅子をバンバンたたきだしたのでみなびっくりした。

「なんだ？」

「どうしたの？」

シスが聞いた。

へびっちはもう一つの長椅子を指している。

「あれはカーライル様の椅子だよ」

ラギが言うと、へびっちは今度は自分自身を指していた。

「わかった。自分の長椅子がほしいんだ！」

ラギが指摘すると、へびっちはうなずいた。

「だ、そうです。ハザーク様」

「カーライルがいないときはあれを使えばいいじゃないか」

ハザークが言うと、へびっちは首を横に振っていた。

「自分のがほしいみたい」

「もう一つ置いたら部屋が狭くなるんだが……」

「そういわずに置いてあげてくださいよ。人化する蛇が増えたんですから」

ラギがとりなした。

「うーん……」

「そうだ。私たちで長椅子を買ってあげようよ！」

アナスターシャがはじけるように言って手をたたいていた。

「そうしよう！」

「そうしよう！」

すっかり盛り上がっている。

「あまり大きいのを置くんじゃないぞ」

ハザークは仕方なしといった感じで言っていた。


次の日には子供たちが選んだ長椅子がハザークの部屋に置かれていた。ハザークのよりは小さかったが結構立派な椅子である。

長椅子を見たへびっちはとても喜んで、たまにここにやってきては人のまま寝そべったり蛇のまま過ごしたりするようになったのだった。

そのほかの時間はイシュタールの元に帰ることもあったのだが、やはりジュノーの方が気に入ってるのか、ジュノーの屋敷にいる方が

多いようである。



ゆりのお腹は結構膨らんできていた。ミシェイラはゆりのお腹が大きくなるのを見るのは初めてなので、興味津々でいろいろ聞いてくる。

「マーおなかどこまで大きくなるの？」

「うーん、もうちょっとかな？」

「これ以上大きくなったら歩くのたいへんだよ」

「そうね。自分の足も見えなくなっちゃうね」

「赤ちゃんほんとにいる？」

「いるよ」

「なにいろの赤ちゃん？」

「何色って、髪は何色かまだわからないねえ。何色だと思う？」

「みどり」

「緑はないと思うけど……ナナミは何色だと思う？」

ゆりはミシェイラの横にいたナナミに聞いてみた。

「緑がいい。ディランみたいなの」

「え？　だから緑はないって……それにレーヌは女の子よ」

「女の子でも緑いいのにねえ」

「うん」

わかってるのかどうなのか、ミシェイラはうなずいていた。

「緑色のへびがいいなあ」

「母様が産むのは人なのよ。蛇じゃないよ。でも時々蛇も産むみたい」

ナナミがややこしいことを言い出していた。

「じゃあまた蛇うむね？」

ミシェイラが言っている。

「産まないって。たぶんね」

ゆりは確信がもてなかったのか、あいまいに答えていた。

「あ、そうだ。マー、朝ね、お庭におっちゃんいたよ」

ミシェイラの言葉にゆりはかなりどきりとした。

「え？　おっちゃんって、どのおっちゃん？」

「ミシェイラ、おっちゃんって言ったら傷つくから、言っちゃだめなんだよー」

ナナミがたしなめていたが、ゆりはどきどきである。

「おっちゃんって、どんなおっちゃんなの？」

「えーとね、前に会った」

「前にあった！？　もしかして髪が金髪？」

「キンキン！」

「えー」

ゆりの脳裏にはハロルドの顔がどんと浮かんでいた。

「なにしにきたんだろう……」

ゆりの顔は引きつっていた。

「ミシェイラ、おっちゃんじゃなくて、おじさんって言った方がいいよ」

ナナミはもう一度言っていた。

「おじさんって……おじさんも微妙よ。相手が神様だったら、おじさんもだめよ」

ゆりはあわてて言っている。

「神様なの？　みてこよっと」

ナナミは瞬間移動で消えた。

「ミシェイラ、おっちゃんもおじさんもだめ」

「じゃあなにさ？」

「うーん、『こんにちは』とか『おはようございます』とか挨拶するだけでいいの」

「やだ」

ミシェイラはゆりから離れて部屋を出て行った。

「あーうー、ほんとにハロルドが来たのかしら？」

ゆりは庭園に行こうと思ったがやめた。朝庭にいたのなら、今もいるはずはないだろう。



ナナミが庭園を探してみたが、やはり金髪の男は見つからず、ナナミは変わりにロイと出会っていた。

ロイは手に何かを乗せていた。白い砂のようなものである。

「なに？」

ナナミが近づいて聞いた。

「前に見つけたやつと同じのがあったんだ。いる？」

ロイが手を出した。キラキラ輝く大きな砂がいっぱい乗っている。

「別にいらない」

「フリットはいるかなあ？」

ロイは清めの砂と呼ばれるものを持ったまま移動した。あたりにはいくつか大粒の砂が転がっていたが、ナナミは興味がなかったようである。

拾うこともなく、城に戻っていた。



さて、そんなころ、神の国では再び事件のようなものが起こっていた。

「なんだか頭が痛い」

と神々の長、アシュランが言い出したのである。

「大変だ。ダーナが心配だ！」

太陽の神アリアスは、大慌てで雲の上の神殿を去って行った。

「またダーナを監禁するのか？　まさかできたばかりのあの像が、また壊れるんじゃないだろうな」

前回壊れたアシュランの像は、すでに再建されていた。すぐに壊れるのはさすがにいやである。

「アシュラン様、今日はもう休まれてはいかがですか？」

グレンが心配して言っていた。

「うーん、一人で寝るのは寂しい。誰かいないかな？」

「ヒルデリア様なら今日はいらっしゃいますが」

「一人でいい。まあ寝てれば治るだろう」

アシュランはさっさと裏に引っ込んでしまった。神は特殊な存在のため、人間のように薬を飲んで身体を治すということはしない。

神の国にとってはアシュランの不調は不吉な印でもある。グレンは神に注意を促すという意味で、

神々にアシュランの頭痛を伝えて回ったのだった。

夜にはアシュランの頭痛はおさまったようである。

やはりダーナはアリアスの神殿に監禁され、ハロルドやライオネルらは神の国の見回りをしていたが、

大半の神々は落ち着いて夜を過ごしていた。


火の神殿も今宵はいつもと変わらぬ夜を迎えている。火の神殿に夜の神、オルガが訪れていた。

「アシュランの頭痛の話、聞いたか？」

サラディンがオルガに聞いた。

「ああ、寝てたらグレンに起こされた。どうせなら娘の方をよこしてほしんだが。グレンに起こされるとどうにも腹が立つ。

結局はたいしたことはなかったんだろう？」

「そのようだな。もう治ったようだ」

「珍しく難しいことでも考えていたんじゃないのか？」

オルガは冗談交じりに言っていた。

「ははは。だといいがな。時々アシュランの変調はシャレにならないことの前触れだからな。なにもなきゃいいんだが……」

「そういえば、イシュタールはあれから何もないのか？」

オルガが聞いた。闇の世界の火の神が警告してきた話をオルガは聞いていたのである。

「何もないようだ。あれから随分経つ気もするが……いやそうでもないか？」

首をかしげていたのはサラディンだった。闇の世界の火の神がイシュタールに何か起こるというような警告をしてきてから、

サラディンは気になってたまに火の精をイシュタールの近くに行かせている。火の精はイシュタールにばれないように世間話のような形で

話をしたりしてきたのだが、イシュタール自身、おかしなことは起こっていないようである。

イシュタールは今や半分妖精である。闇の気配が近くであれば感じることもできるし、以前のように闇に引きずられるようなことはない。

だが。警告された以上気になっていた。

「むこうの火の神が止めさせたとか？」

「あいつが？　そこまでするようなやつじゃないだろう」

サラディンは憎々し気に言っていた。

「イシュタールはせっかく落ち着いたところだ。やっかいなことは起こしてやりたくない。そういえば、お前に引っ付いていた

あの赤ん坊はもう生まれたのか？」

サラディンが思いだしたように言った。

「いや、もうすぐ生まれるようだ。カサンドラが名付けたんだ。神に名前をねだるとは、大した子供だ」

「カサンドラが？　それはすごい。お前にねだらないところがすごい」

サラディンはそっちに感心していた。

「私は人間の名前など知らんから、カサンドラに頼んだのだ」

「なんだ、そうか」

「まあ、私は私でいろいろ気になることはあるのだが……」

「なんだ？」

「まだよくはわからん」

「ふうん？」

オルガはそれ以上語ろうとせず、サラディンもそれ以上は聞かなかった。



そのころ、ガーベラの神殿で寝ていたガーベラの目がぱちりと開いた。

「やった。神の国だわ！」

ゆりがガーベラの中にやってきたようである。

「久々に夜〜せっかくだからお散歩しましょう」

現実世界ではお腹が大きくなっているので、ゆりはうれしそうに軽やかに神殿を出て行った。

現実世界では、こうして動いたりすることもしばらくはできないかもしれない。

ゆりは神殿の近くをうろうろしながら星空を眺めていた。

「誰かに会いに行こうかなあ。ハロルドに会うのはちょっと怖いし……オルガ以外はみんな寝てるかな？」

ゆりはせっかくなので、満点の星空をしばらく眺めていたい気分になった。木々があまりない場所まで移動して、ゆりは草むらに

座り込んで空を見上げていた。

「そういえば、前に夜外で寝てたら誰かにチューされたような？　あれは誰だったのかなあ……」

リーンリーンと綺麗な虫の音が聞こえていた。心静かに夜空を眺めるというのも、たまにはいいものである。

しばらくぼんやりと星を眺めていると、夜空を黒い物体が横切っていくのが見えた。それはペガサスよりも大きなもので、

翼を広げているようだった。頭としっぽもある。

「なにあれ？」

黒い巨大なものは夜空を通り過ぎて行った。

「うーん、もしかして……あれだったりして……」

心細くなったゆりがやはり誰かに会いに行こうと思っていると、「なにをやっているんだ？」と後ろから声をかけられた。

ゆりはびっくりして「うわっ！」とびくついていた。なんと後ろにいたのは金色の輝きを放つハロルドだった。

「もしかして、さっきのに乗ってた？」

「さっきの？　龍か？　ああ、乗ってた」

ハロルドはあっさり言った。

「やっぱりあれだったのね……」

あれだけ巨大で翼がある生き物といえば、やはり龍しかいないだろう。蛇の国にとっては不吉な生き物である。

「降りてくるの早いわね。なんでペガサスじゃないの？」

「夜はあっちの方がいいんだ。早いし。お前はこんなところで何をやってるんだ？」

ハロルドは腰に手を当てて聞いていた。

「ただ、星を見てただけよ」

「星？」

ハロルドは空を見上げた。

「綺麗だなーと思って」

「別にいつもと変わらんが」

神にとっては美しい星空も珍しいものではないのだろう。

「もしかして、今日、蛇の国に来ました？」

ゆりは思い切って聞いてみた。

「……あそこの王妃は子供の教育がなってない」

ハロルドは目をそらせてぼそりと言ったので、ゆりの頬は引きつっていた。

どうやらミシェイラはハロルドに「おっちゃん」とまた言ったようである。

「ほほほ、それで何のようだったの？」

ゆりはミシェイラのことは完全にスルーしていた。

「別に。今日はあちこち行った。蛇にだけ行ったわけじゃない」

「あらそうなの」

ハロルドは何か言いたげにゆりをじーとみていた。

「なあに？」

「もう神殿に戻れ。ちょうど私も帰るところだ。一緒に行こう」

ハロルドはゆりの体を立たせて、背中を押していた。

「え、一緒に？」

「行く」

「えー？」

「なにがえーだ。うれしいだろ」

「うれしくないわよ。いえ、うれしいけど……」

ハロルドに鋭い瞳でにらまれたので、ゆりは言い直していた。

ゆりは手を引っ張られて神殿の方に歩かされていた。

まさかこんな展開になるとは、ゆりの方はかなりあせっていた。なにせ心の準備もなにもできていない。

「ハロルドったらエッチ」と軽くあしらう余裕もない。

どうしようと思っていると神殿にまでやってきた。

思えばハロルドの子供を３人も偶然とはいえ産んだのは自分である。今更恥ずかしがるってにもおかしい気はするが、

恥ずかしいのは仕方がない。

ハロルドは一直線に神殿の中を進んでいき、寝室に行くと、ベッドの上に寝転んだ。

「お前も寝ろ」

なんとハロルドは一人で寝てしまったのである。思いがけない展開にゆりは逆に驚いて固まっていた。


まさか何もされないとは……どういうこと？


ハロルドは頭の下で腕を組み、上を向いて目を閉じていた。


あのハロルドが何もしないなんて……


「どうしたの？　体の具合でも悪いの？」

ゆりは逆に気味悪がっていた。

「あ、さては女ができたわね」

とまで勘ぐっている。

「ばか。私は疲れてるんだ。やりたいなら、お前が自由にいろいろしてくれ」

ハロルドは目を閉じたまま言った。

「自由にいろいろって……するわけないでしょ！」

ゆりは真っ赤な顔で言っていたが、ハロルドは眠ってしまっていた。どうやら本当にその気はないようである。

おかしなこともあるものだ。

ゆりはハロルドと体を密着させないようにベッドに寝転んで、しばらくハロルドの寝顔を眺めていた。

たくましい軍神は寝顔も美しかったが、ゆりはその寝顔にうっとりしているかと思えば、（何かいたずらしたい）と手をうずうずさせていた。

今までのハロルドとのやりとりがそう思わせたのだろう。

結局何もしないままゆりも寝てしまい、神の国での夜は終わったのだった。


あくる朝早く、蛇の国の庭園にて、メイドのマリカが石畳の上に真っ黒な羽が落ちているのに気付いて拾い上げていた。

真っ黒な鳥は昼間はあまり見かけない。夜ならば、飛んでいることもあるのだが。

「いいものを拾ったわ。他にないかしら？」

マリカは他に落ちていないか探したが、黒い羽は一枚しか落ちていなかった。

「まあいいか」

マリカはあきらめて、城に戻っていったのだった。


つづく

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