第29話

レーヌの誕生は、国の新聞でも大々的に取り上げられた。数日経ってもみな酒場で祝杯をあげている。

続けて出産することが困難な世の中で、一族のために命をかけて出産しつづける王妃に、みな心底感服していた。


「７人目……一人でこんなに産んじゃうなんてすごいね」

ある町の酒場にて、カウンターに座り新聞を読んでいる中年の男がいた。常連客ではなかった。

「この新聞には載ってないなあ。新しく生まれた王女様はどういう外見なんだい？　やっぱり王様にそっくりなのかい？」

男は酒場のマスターに聞いた。

「レーヌ様は黒髪に黒い瞳だそうだ。二日目の新聞に載ってたな？」

マスターがカウンターにいる常連客に話を振った。

「ああ、俺は読んだぞ。黒髪に黒い瞳だ。王妃様に似たんだろうな」

常連客がすぐに答えた。

「そうかあ。かわいいんだろうなあ」

「そりゃ、かわいいに決まってるさー」

常連客とマスターは「ははは」と笑っていた。中年の男は酒を一杯飲むと新聞を丸めて脇にかかえ、酒場を出て行った。

「黒い瞳なのか、不運なこったなあ……」

酒場の外で発せられた言葉に気づいた者はいなかった。


レーヌが4の月21日に生まれて５日が経っていた。今回の出産はミシェイラの時ほど大変ではなかった。ゆりはわりと元気で部屋の中を

歩けるほどである。体型はまだ完全には戻ってはいない。元気になったら、おなかの肉をなんとかしたいとゆりは思っていた。

レーヌは黒い髪、黒い瞳で、耳はゆりと同じように丸かった。そして気の力はさほど強くはなかった。

レーヌを妊娠中、ゆりは儀式をして蛇霊神を入れたので周りもちょっとは期待していたが、さほど気の力はないようである。

だが、ラギが生まれた時よりもましのようで、７人目にもなると、周りは気の力があろうがなかろうが、あまり気にしてはいない。

（いい蛇を入れたと思ったのになーやっぱり、蛇が少なかったからかしら？それとも赤い月の子じゃなかったから？）

ゆりもいろいろ考えてみたが、周りがわからないので自分にわかるはずもない。

「力がまるっきりないわけじゃないんだから、大きくなれば何かできるよ！」

とラギは言っていた。

「思念はまだ通じてないけどね……ナナミ、ちゃんと毎日特訓してくれた？」

アナスターシャはナナミに聞いていた。

「え？　特訓って？」

ナナミはぽかんとしている。

「レーヌの思念の特訓、してって言ったじゃない〜」

「あーしたよ。３回くらい」

「３回？　少ないわよ！　毎日しないと」

「だって忘れてたんだもん。それにアーねーがすればいいじゃない」

「だって私忙しいからー」

「私だって忙しいわよ」

「私の方がー」

アナスターシャとナナミがぶつくさと喧嘩をしたして、シスが制していた。

「まあまあ、もういいじゃない。思念なんてこれから特訓すればいいって」

「じゃあシスがして」

アナスターシャがすぐ返していた。

「僕？　まあいいけど、もうちょっと大きくなってからね」

「あ〜」

レーヌが泣き出していた。

「ごめんね。アーねーが怖かったねー」

ナナミはレーヌの頬をちょんちょんつついて言っていた。

「なんで私が怖いのよ」

とアナスターシャ。

「喧嘩するなって言ってるのよ。ほらほら、笑顔を見せてあげなさい」

ゆりが言うと、子供たちは作り笑いをしてみせていた。

妹が一人増えたのである。なんだかんだいいながら、子供たちはみなうれしそうである。



レーヌはしばらくゆりの部屋にいることになった。移動できるベビーベッドに乗せられて、昼間は部屋の方で、夜になるとゆりと一緒に寝室で

眠っている。たまに子供のおしめをかえるのもいいものだ、とゆりは思っている。おしめを変える王妃には侍女たちの方が困ってしまっているが。

昼間は毎日結構な訪問者がレーヌの顔を見に来ていた。ゆりも今回は元気なので、客の相手もしている。


今日ははシャナーンがやってきていた。シャナーンは目を細めてレーヌを見下ろしていた。

レーヌはぐっすり眠っている。

「王妃そっくりの美人になりそうですね」

シャナーンは大真面目にそんなことを言っている。

ゆりは苦笑していた。

「王妃がお元気そうでうれしいですよ」

「私も、元気でうれしい」

シャナーンはゆりに近づいて、ゆりの体を軽く抱きしめた。二人でまったりしていると、部屋の中にぱっとミシェイラがやってきて、

シャナーンはあわてて離れた。

「レーちゃん、遊ぼう！」

ミシェイラは二人に気を留めることもなく、宙に浮いたまま赤ん坊を見て言っていた。

「ミシェイラ、レーヌはまだ赤ちゃんだから一緒には遊べないのよ。もっと大きくなってからね」

ゆりが言った。

「いつになったらあそべるの？」

「そうねえ、あと、４、５年はまたないとねえ。ナナミに遊んでもらったら？」

「だって、おべんきょーだっていうんだもん！」

「じゃあパパとママに遊んでもらったら？」

ハザークと侍女のことである。

「ちぇーあぶぶぶぶ」

ミシェイラは頬を膨らませて消えた。

「かわいいですね」

シャナーンは微笑んでいる。

「今のところ一番甘やかされてるからねー、時々手を焼いてるみたい。アナスターシャとナナミがね」

ミシェイラが自分にわがままを言うことはそうはないのだが、遊んでほしくて上の姉達にはわがままを言っているようである。

「あんなにかわいいんですから。誰だってつい甘やかしてしまいますよ」

「塔での甘やかし具合は半端ないけどね」

ゆりがぼそっというと、シャナーンは笑っていた。

侍女が部屋に入ってきた。

「王妃様、今日はとてもいい天気ですよ。庭園も花が満開ですし、少し散歩されてはどうですか？」

侍女にそういわれて、ゆりは「ちょっと出てこようかな」と出産後初めて城の外に出ることにした。

「では私がお連れしましょう」

シャナーンがゆりの手を取った。

「いってきます」

ゆりはシャナーンに連れられて消えた。


侍女はしばらくレーヌを眺めていた。赤ん坊の姿には癒されるものである。侍女の表情もほころんでいる。

ゆりが出て行ってから１５分ほど経った頃、王妃の部屋に誰かが入ってきた。侍女が顔を向けると、城で働いているメイドだった。

「えーと、マリカさん？　何か御用？」

入ってきたメイドはマリカだった。

「あのう、ちょっと聞きたいことがあるんですけど……」

マリカはベビーベッドに近づいてきて、侍女の前に右手をかざした。

「？」

その侍女は、そのまま固まってしまった。

「すいませんね。誰もいない時ってのがないので……」

マリカはスカートのポケットから何かを取り出して、レーヌが眠っている敷布団の下にそれを潜り込ませていた。


侍女がはっと気づいた時には部屋には他に誰もいなかった。ベッドを見るとレーヌはまだ眠ったままだったので、

侍女は何事もなかったかのように振る舞ったのだった。



ゆりは庭園で３０分ほど過ごして、シャナーンに部屋に送ってもらった。庭園は花で満開だった。綺麗なちょうちょが飛び、

まるでレーヌを歓迎しているようでもあった。


夕方城の廊下にて、ラギがマリカに出会っていた。マリカはほうきを持っていたが、でかい蛇が巻き付いて邪魔をしていた。

「まだ蛇にちょっかい出されてるんだ？」

ラギが笑って聞いた。

マリカがここにきて結構経つ。そろそろ蛇を軽くあしらってもよいはずである。

「最近親しみがわいてきまして、この子の顔を見ないと心配になったりするんですよね」

マリカはほうきを軽く振っていたが、蛇は巻き付いたままだった。

「ははは、なんなら恋人にしてもいいよ」

「えーこの蛇をですか？　そういう趣味はないですよ」

「ははは」

と笑ってラギは去って行った。

蛇はにょろっと鎌首をもたげて、マリカのスカートのポケットに顔を突っ込んでいた。

「こらーなにしてるの？」

顔を出した蛇は何かをくわえていた。丸い飾りのようなものだが黒い羽がついていた。

「返して。これは大事なものなのよ」

マリカは蛇からそれを奪ってポケットに入れた。

「これを見たことは内緒よ。じゃないと遊んであげないから」

蛇はほうきから離れて、廊下をすーと移動していった。

「わかっているのかいないのか？　まあいいわ」

マリカは軽くなったほうきで掃除を始めたのだった。


無事赤ん坊が生まれたこともあり、城の中は陽気だった。レーヌはよくミルクを飲んでよく眠る、元気な赤ん坊だった。

この日も、ゆりの横にベッドを付けて、レーヌはぐっすり眠っていた。


今夜は月も星もない闇夜であった。

真夜中、ぐっすり眠る二人の元に訪問者があった。突然すっと現れたのである。

白い肌は闇に浮いて見えた。流れる漆黒の髪、豊満な胸にくびれたウエスト、胸の谷間が見える黒いタイトなドレスを身にまとい、

スカートのスリットからは白い長い脚がのぞいていた。


その訪問者はまさに招かれざる客であった。


闇の世界でかつてゆりが出会ったファリーヌ、あのガーベラによく似た女が、なんと自らゆりの元へとやってきたのだった。



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