第31話

蛇の国に太陽が昇ろうとしていた。ほとんどの街の者達はいつもと変わらぬ朝を迎えているが、城の北にある街の者達、もしくは高い塔にいた者の中には、

異変に気付いた者もいた。闇が明けた空に、太陽ではない、別の輝きが空にあるではないか。それは城の方角であった。

城の真上が光り輝いている。

「あれ、アリアス様じゃないか？」

「太陽の馬車だ！！」

「きっとそうだ！」

街の者達はそう噂しだした。

城の中が光り輝き、使用人達の中にも城の外に出てみるものがいた。

まぶしくてはっきりとは見えなかったが、光り輝く馬車のようなものと４頭のペガサスが浮いているのが見えた。

そしてそこから出てきたのはオレンジ系の豊かな髪、金色の衣を身にまとった美神、太陽の神アリアスその人であった。

『目を閉じよ』

そう声が聞こえて、外にいた者達は目を閉じた。

アリアスから真下に強烈な光が降り注いだ。それは３分ほどの出来事であった。

使用人たちが目を開けてみたころには、強烈な光はなくなっていた。そして、黄金の馬車も。

残念ながら、城にいた子供たちはまだ寝ていたので、誰もこの不思議な現象を見ることはできなかった。


いつも通りの時間に子供たちは起き、食堂に集まっていたが、今日はみな、浮かない顔つきだった。子供たちだけではない。メイドや使用人もそうである。

皆ちゃんと寝たのに疲れた様子なのである。

「なんか寝苦しい夜だったねえ」

シスが言い出した。

「なんか怖い夢をみたのよねえ。私」

アナスターシャがため息をついていた。

「でも夢の内容は思いだせないの」

「私もなんか変な感じ。ところで、太陽の馬車を見たってメイドが言ってるんだけど、だれか見た？」

ナナミがみなに聞いた。

「聞いたよ。僕も見たかったなあ。今日は早く起きられなかったよ」

ラギは残念そうに言っていた。

「僕も見たかった。そして馬車に乗せてほしかった」

ロイが言った。ミシェイラは普段と変わらぬ様子である。

食堂にぱっとラクシュミが現れた。

「なんか変な夢を見たような気がする。頭が重い……」

ラクシュミもだるそうな様子だった。

「あれ、父様も？　私たちも昨晩は変な感じだったのよねえ」

アナスターシャが言った。

「そうなのか？」

ラクシュミは食堂を見まわして、「ゆりがいないな。見に行こう」とゆりの部屋に移動した。

ラクシュミがゆりの部屋に移動すると、ミラがいた。

「王様、おはようございます」

「ああ、ゆりは起きてるか？」

「はい」

ラクシュミが寝室をのぞくと、ゆりは着替えをしている最中だった。メイドが一人寝室にいて手伝っている。

「ゆり、お前は元気か？」

ラクシュミが聞くと、ゆりは顔を向けてにこっと笑って「元気ですよ」と言った。

「そうか。ならいいんだ。じゃあな」

ラクシュミはゆりの笑顔を見て安心して去って行った。

ゆりは空色のワンピースを着ていた。軽く化粧もしている。

「似合う？」

「はい、お似合いですよ」

「子供たちに会ってくるから、赤ちゃんお願いね」

「はい」

なんと、小さなベッドにはレーヌもちゃんといるではないか。

ゆりは軽やかに部屋を出て行った。


闇の世界の女神が現れたのは昨晩のことである。ゆりはかなり傷ついていた。短期間で回復したのだろうか。

真相を知るものが一人部屋の外にいた。

ゆりは部屋の外に出て一人の男に出会った。

「あら、えーと、イシュタール？　あってる？」

「はい、あってます」

イシュタールはかなり青ざめた様子でいた。

「すごい。ちゃんと名前は出てくるわ」

「あの、どこに行かれます？」

「子供たちに朝の挨拶をしてくるのよ」

「だ、大丈夫ですか？」

「大丈夫よ。なんならあなたも来たら？」

ゆりは陽気に廊下を歩いて行った。そしてすぐに振り向いた。

「あれ？　子供たちってどこにいるかしら？」

「ご案内します」

「後で城の中も案内してね」

「はい」

二人はかなりおかしな会話をしていた。見かけは完全にゆりだったが、中身はゆりではなかったのである。

あの傷はやはりすぐにどうにかなるものではなかった。

王の城に闇の神が現れて王妃を傷つけたなどということは、こちらの神にとってはあってはならぬことだった。

しかもゆりは二度目である。

助かればいいとかいう問題ではない。周りの者への影響も大きすぎる。人々が神々の力に疑問を持つことになりかねない。

アシュランは苦肉の策として、ゆりが回復するまで身代わりを立てた。それがこのゆりなのである。

外見はゆりだが、中身は妖精である。そして赤ん坊のレーヌは、木の人形だった。

人形にはレーヌに見えるようにアシュランの魔法がかけられているのである。


ゆりが神の国に連れていかれた後、イシュタールはサラディンに起こされて神の国に連れていかれたのだった。イシュタールはそこでゆりとレーヌのことを

アシュランに説明されて、かなり頭が混乱状態だった。

闇の神がやってきた元凶は自分である。イシュタールはすぐに自分を責めた。

「おおおお、王妃、王妃はどこにいるんですか！　どうか合わせてください！」

イシュタールは泣きながらアシュランに頼んだが、ゆりに会うことはできなかった。

「お前の王妃は無事だ。だが、すぐに戻ることはできない。私は今回のことはなかったことにしたいのだ。だから王妃の代役をしばらく遣わすことにした。

お前にはそのフォローをしてほしい。そのために呼んだんだ」

「だ、代役ってどういうことですか？」

アシュランの申し出はかなりむちゃくちゃなように思われた。

「王妃が元気になるまで、妖精に代役をさせる。幸い赤ん坊はまだしゃべりもしないので、人形でいいだろう」

「ええ？」

イシュタールは涙を流しつつ、驚愕していた。

「そんな無茶な……」

「ちゃんと魔法をかけるから無茶ではない。いいか？　二度も闇の者と接触した王妃がいると他の者が知ったらどう思う？　この国は神に見放されてる

とそう思うだろう？　お前の国にとってもこの方がいいのだ。お前は妖精の手助けをするように。それがお前の仕事だ。わかったな」

「は、はい。あの、せめてレーヌ様に合わせてください」

「赤ん坊はヒルデリアといる。王妃が元気になるまで赤ん坊も預かる。そちらは会ってもいい。だが、お前はすぐに人間界に戻れ」

「わ、わかりました。ああああ、ありがとうございます。今回も本当にありがとうございます」

状況のすべてが飲み込めていなかったが、イシュタールはとりあえずアシュランに何度も頭を下げて、ヒルデリアに会いに行った。

レーヌはヒルデリアの腕の中にいた。

「大変でしたね。この子は大丈夫ですよ」

ヒルデリアはイシュタールにレーヌの顔を見せてくれた。どこも傷はない。ただ眠っているようなのでイシュタールはほっとした。

「あの、レーヌ様だけでも帰るわけにはいかないのでしょうか？」

イシュタールはついそう聞きたくなった。

「しばらくは悪夢を見るかもしれないので、私が抱いています」

「そ、そうですか。よろしくお願いします」

イシュタールはヒルデリアにも何度も頭を下げた。

イシュタールはその後サラディンに人間界に送られたのだった。サラディンには「王妃が無事でよかった。自分のせいだと思うんじゃないぞ」と

優しい言葉をかけてもらったが、イシュタールの心は張り裂けんばかりだった。


私のせいだ……ああ、王妃、どんなに心細かったことでしょう。どんなに怖かったことでしょう

助けてあげることができずに、本当にすいません……


イシュタールは心の中でずっとゆりに謝っている。（夢じゃないか？　本物の王妃じゃないか？）と勝手なことを思ったが、

出会ったゆりは、やはりどこか違うようである。

中身は妖精なのだ。



食堂にて、ゆりは子供たちに「おはよう」と言ってほっぺにキスして回っていた。珍しいことだったが、これだけで子供たちが、「お母さんが別人だ」

などと思うことはなかった。ちょっとくらい変でも疑われない魔法をかけられている。

食堂のドアの隙間からじっとイシュタールが中をみていて、

「どうしたの？」

「なんで泣いてるの？」

と、イシュタールの方に子供たちは不審がっていた。



「うーん……あの男大丈夫か？」

神の国にて手鏡でゆりの様子を見ていたアシュランは、少々困った顔つきだった。

妖精にゆりの記憶まで与えれば完璧な代役にできたのだが、それはできなかった。ゆりの記憶がかなり複雑なものであるからだ。

しかもゆりがガーベラになっていることまで知らせるわけにはいかない。

「この前の頭痛は今回の前兆だったのか？　まったく。おい、グレン、ガーベラの様子を見て来い」

アシュランはそばに控えていたグレンに命じていた。

「はい」

グレンはすぐに広間を出て行った。今回も、ガーベラはまた体調を崩している。

「そちらも困ったものだが……」

アシュランの間につかつかとカサンドラとディアメラがやってきた。カサンドラは手に黄金のでかい弓を持っていて、矢筒を背追っていた。

「一体どうしたんだ？」

カサンドラがこんないでたちでくるとは珍しいことである。しかも表情が怖い。眉も目もつりあがっている。

「今回のこと、まさかこのままでは終わらせないでしょうね」

カサンドラは迫力ある声で言いだした。

「は？　今回って、あのことか？　ああ、それはまあ……」

カサンドラは黄金の弓を床にどんとつけた。

「では、制裁を加えましょう」

「え？　それは私の仕事だ。どうしたんだ。いきなり戦いの女神に変更でもしたのか？」

知恵の女神らしくないふるまいにアシュランは戸惑っていた。

「私はカサンドラ様に賛成です。ここまでされたら黙っていられません。何かしてやらないと」

ディアメラもこぶしを握り締めていた。ディアメラはもともと好戦的な性質である。

「月が出ている晩なら私が相手をしてやったのに！」

「というわけで、そこをどいてください」

カサンドラはアシュランのすぐ目の前で言っていた。

「そこって、どこだ？」

アシュランは目をぱちくりさせている。

「椅子をどけてください」

「だめだ。何をする気だ」

「何って、黄金の矢をあっちに射るに決まってるじゃないですか」

「は？」

「え？　まさか、アシュラン様の椅子の下が、向こうに通じてるんですか？　知りませんでした」

ディアメラは驚いていた。

「こら、お前はなんで知ってるんだ。これは私だけの秘密」

アシュランは必至になって椅子を握りしめている。

「どいてくださいってば」

「だめだ。どかない」

「ディアメラ、そっちをもって」

「はい」

カサンドラは弓を置き、二人はそろって椅子を動かそうとしていた。

「こらーやめんか。ヒルデリア助けてくれー！！」

ついにはアシュランがヒルデリアに助けを求める事態にまで発展していた。



一方ガーベラの神殿は、今は輝きは半減している。その輝きに目を細めて、グレンはガーベラの神殿の中に入って行った。

ガーベラは広間のソファに横になり、違う椅子に虹の神ラーズがいた。

「ガーベラ様、体調はいかがですか？」

グレンが聞くと、ガーベラは顔を向けた。

「２，３日もすれば元に戻るわよ。大丈夫よ」

ガーベラはなんでもないとばかりに言っていた。

「そうですか。今回はどうしてそうなられたんでしょうか？」

「さあ、わからないわ。ま、たまにあることだから。アシュランには大丈夫だっていっておいて」

「わかりました。では」

グレンは二人にお辞儀をして去って行った。


「ガーベラ、大丈夫？」

水の神ラクアがやってきて、ラーズは入れ違いに神殿を出た。

ラーズには腑に落ちないことがあった。昨晩、ガーベラはラーズといたのである。夜中に突然ガーベラが飛び起きて、「ハロルドに会わなきゃ」

と言って出て行った。その後、騒ぎが起こり、ガーベラは体調を崩したのだった。


二度も、ガーベラは同じ人間の女性の異変がきっかけで体調を崩している。ラーズはそこに気づき、なぜだろうと思い始めた。

ラーズは空を飛び、癒しの泉の上空まで飛んだ。癒しの泉には今、二人の女性が並んで入っている。

ラーズは泉のふちにハロルドが立っているのを見た。


ガーベラはハロルドに会いに行き、ハロルドはその後人間界に降りた

ハロルドが知っていて、私が知らないことが何かあるんじゃないだろうか？


ラーズは今回の騒動でそんなことを思った。ガーベラに直接聞きたいような気もするが、はぐらかされたらもっともやもやしてしまいそうである。

ガーベラが言わないということは、何か言いたくない理由があるのかもしれない。

「うーん、わからん。そうだ。クーリーフンはどこだろう」

ラーズはクーリーフンを探しに行った。


そしてアシュランの間では、椅子を動かされまいとするアシュランと、動かそうとする二人の女神の元に、赤ん坊を抱いたヒルデリアが現れていた。

カサンドラはレーヌを見てちょっと興奮が収まっていた。

「あなたまで一体どうしたの？」

ヒルデリアもカサンドラの様子には驚いていた。カサンドラはいつも諍いをいさめる役回りである。

「向こうが規則を破ったのですから、何か報復するべきです。こちらはいつも我慢してばかりではないですか」

カサンドラは戦いの女神のごとく怒っていた。

「全面戦争でもしそうな勢いだ」

アシュランはあきれた様子である。

「まさか、矢を一本射るだけですよ。偶然、ある女性の胸に刺さるかもしれませんけど」

カサンドラはしれっといいだした。

「らしくないわよ」

ヒルデリアもあっけにとられている。

「報復ならハロルドがもうした。肩を貫いたと言っていたから、しばらくは動かないだろう」

「それだけですか？」

ディアメラはしきりにアシュランの椅子の下を気にしていたが、アシュランは足で制していた。

「あの女も向こうで怒られてるだろうし、あせらなくても私がちゃんとするから。まってろ。これでもいろいろ考えているのだ。

ん？　その子、カサンドラの加護がついてるじゃないか。いつつけたんだ？　あ、だからそんなに興奮してるのか？」

アシュランはたった今気づいてカサンドラに聞きまくっていた。

「知りません」

カサンドラはそっけなく返していた。

「知りませんじゃないだろ。いきさつが気になるじゃないか」

「とにかく、この子もなんとかしてあげてください。今後も狙われたら不憫です」

「それも考えている。全部まかせろ」

「……わかりました。赤ん坊を抱かせてください」

カサンドラはアシュランにしぶしぶといった様子で返して、次に表情をやわらげてヒルデリアに手をだしていた。

「私も！」

ディアメラも加わっている。

レーヌは女神の腕の中を回っていた。

「まったくやれやれだ」

アシュランは女神たちを横目にため息をついたのだった。


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