第３３話


夜になった。この日は偽物のゆりもレーヌもみなにばれることはなくすんだ。

かなり緊張していた妖精ゆりはその晩は早めに自分の布団で眠りについた。すると、寝室に入ってくる男がいた。

「おーい、、ビアンナ」

その声で妖精ゆりは目を開けた。

中にいたのは風の神ウィルである。

「あら、ウィル様」

「水もってきた。飲みな」

ウィルは手に白い瓶を一本袋を持っていた。

「助かりました。ちょっと疲れてて」

ビアンナと言われた妖精ゆりは起き上がり、受け取った水を飲んだ。一本飲み干すと、妖精ゆりの表情が和らいだ。

「アー生き返った気分」

「毎晩もってくるよ」

「それはありがたいんですが、どうしてウィル様が？」

妖精ゆりはちょっと不服そうだった。

「それはアリアスに命じられて……お前の報告もしなきゃならないしな、アリアスは夜来れないしなあ。それなのに早く行けと

うるさいうるさい」

「せっかくですので、クーリーフン様がいいんですけど。お母さんの恋人と毎晩あってもちっともうれしくないです」

「遊びにきてるんじゃないんだから文句いわないの」

ウィルはあっかんべーをして瓶を受け取っていた。

ウィルの恋人はダーナである。つまり、この妖精はダーナの娘というわけだ。父親はアリアス。妖精の名前はビアンナ、大勢いる光の妖精の中の

一人である。ダーナはガーベラとは違い恋人たちとの間に大勢の妖精を作っている。アリアスとの間にできた妖精が最も多く、すべて女性だった。

「それで大丈夫？　ばれそうにならなかった？　気分悪くならなかった？」

「大丈夫でした。まあ初日ですし。お父さんがすっかり浄化してくれたおかげでここにいても気分がよいです」

「それはよかった。きっとアリアスは毎朝この上を通るよ」

ウィルは笑いながら上を向いていた。

「降りてこないならいいですよ」

「じゃあな。気をつけろよ」

ウィルは手を振って去って行った。

「さようなら」

妖精ゆりは再び布団の中に入ったのだった。

アシュランがゆりの身代わりを募り、ビアンナも立候補したのだった。候補者は結構いたのだが、クジで勝ったのである。

アシュラン公認で人間として生活できる機会もめったにないことである。

ゆりとしての記憶はないが、相手の名前は出てくるし、城の中の部屋も大体把握した。

なんとかなりそうかな？　とビアンナは思っている。


さて、神の国にいる本物のゆりはというと、癒しの泉にずっと沈み、意識はまだ戻っていなかった。横にはマリカもいるが、

こちらも同じである。

ゆりはラクシュミにやさしく抱きしめられている夢を見ていた。

『大丈夫だ。安心して眠れ……』

『うん……』

ラクシュミになでられながら、ゆりは眠っていた。


人間界で事件が起こり、神の国も今日はあわただしかった。やっと落ち着きを取り戻し、アシュランの間にて、アシュランとハロルドは

酒を飲んでいる。先ほどまでオルガもいていろいろ話をしたところだった。

「王妃は目覚めれば赤ん坊に会いたがるだろうなあ……」

アシュランがしみじみと言った。

「それはそうだろう。だが、アシュランがのろいを取り除いてくれてよかった。どういうのろいだったかわかったか？」

ハロルドには内容まではわからなかった。闇の術がかかっているままここにはおいておけないので、アシュランはゆりを見てすぐにそれを

とりのぞいたのだった。

「……実は、あの術はまだ生きている」

ぽつりとアシュランは言った。

「え？」

「王妃の身近な者に肩代わりさせた」

「なんだって？」

ハロルドは仰天していた。

「他の者にはいうんじゃないぞ」

「誰に肩代わりさせたんだ」

「教えない」

「アシュラン！」

「仕方がないだろう。王妃を救うためにはこうするしかなかった。まさか、あの女を呼んで術を解かせるわけにもいかんだろう」

「……どんなのろいをかけられたんだ？」

「あの女は赤ん坊を連れ帰る予定だったようだからな。あの性格の悪さからいって、再び赤ん坊と会ったら何かが起きるとかじゃないのか？」

「…………」

「王妃が赤ん坊に会う時を考えなきゃならない。人間界が昼の時はまずい。夜にしよう」

「……もう一発ぶち込んでおくんだったな……」

ハロルドは苦い表情でつぶやいたのだった。

一体王妃ののろいを肩代わりしたのは誰なのか？

ハロルドはいろいろ想像していた。

（まさか子供たちのだれかが？　しかしそれはあまりにひどすぎる……となれば、侍女とか王以外の男のだれかとか？　

そりゃみな王妃のためならば命を投げ出しても惜しくはないだろうが……）

誰が犠牲になっても、ゆりが人間界に戻れば悲しむことになるだろう。

「それからカサンドラの意見を尊重して、闇の城に黄金の矢を一本射ってやった」

「そうなのか？」

「当分はおとなしくしているだろう」



光り輝く神の国とは正反対に位置する世界、闇の世界と言われる世界がこの世には存在していた。

闇の神を王に据えたこの世界にも、様々な神が存在している。

「痛い……痛くてたまらないわ……王、どうにかしてください」

闇の王の城で懇願していたのはファリーヌだった。ハロルドに貫かれた右肩が傷んでいるのである。

「勝手なまねをしたのはお前だろう」

玉座に座る闇の神は、ファリーヌに冷たい視線を向けていた。漆黒の長い髪、黒いローブを身にまとった男である。

肌は白く、美しい風貌はオルガに似ていたが、その瞳に星のきらめきはなく、闇の色をしていた。

かなり冷ややかな印象を感じる神である。だが、その力は他の神々をはるかに凌駕していた。

「大体子供を連れてきてどうするつもりだったの？」

ファリーヌを支えていたのは息子のゲイルだった。今は黒い翼ははえてはいない。

「母さんに子育てなんかできないでしょ」

「だって、あの女を苦しませるにはこれが一番だったのよ。ガーベラの信者を苦しませてやりたかったのよ！」

ファリーヌは同じ風貌を持つガーベラを憎らしく思っていた。

「まったくもう……僕にだまって……」

「知れば止めるでしょ」

「あたりまえだよ」

「黄金の矢にはアシュランからの伝言が書いてあった。『次は自慢の顔を変える』とさ。淫欲の女神が男に相手をされない顔になっても

いいのか？」

闇の神が冷静な口調で聞いた。

「う……」

「お前の私怨のせいで黄金の矢はしばらくささったままだ。この方が私にとっては屈辱だ」

「申し訳ありません」

ファリーヌは初めてしょんぼりして謝っていた。

「まあいい、しばらく休んでいろ」

「はい……」

ファリーヌはゲイルに付き添われて出て行った。

入れ違いに火の神ブレンネンが現れた。

「すまない。あの矢、炎でも燃えなかった」

「そうか。まあ仕方がない。光が弱まってから私が抜く」

「ファリーヌの目当てが赤ん坊だったとは。女の考えることはわからん」

ブレンネンはあきれた様子だった。

「実際に自分でとりにいくとは。執念だな」

「お前だって火の妖精を奪いに行ったじゃないか」

「知ってたのか？」

「知ってたぞ。お前もしばらくおとなしくしてろ」

「そのつもりだ」

ブレンネンは出て行った。

「まったくどいつもこいつも……」

困ったというよりはむしろ少し楽し気に、闇の神はつぶやいていたのだった。


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