第34話

ゆりの身代わりがやってきて二日目の朝、食堂にてアナスターシャは朝から興奮しまくっていた。

「今朝プリモといる時、黄金の馬車が空を走ってるのみたのよ！！　すごいでしょ！」

「えーなんで教えてくれないの？」

「よかったね」

「私もみたーい」

他の子供たちはうらやましげだった。

「でも変だったのよねえ。太陽の馬車って普通は朝は東から西に向かうでしょ？　私が見たときには西からきて、それでまたＵターンして西に向かった

ったような感じだったわよ？」

「ふーん？　どうしてだろう？」

とシス。

「そんな感じだったんだけどなあ」

「二日続けて見れたんだから明日も見られるかも？　私も明日は早起きしてみようっと」

ナナミが言った。

「僕も。あれ？　お母さんはこないの？」

ラギは横にいた侍女に聞いた。

「お部屋で食べたいそうです」

「そう。昨日はあんまり食欲なさそうだったね」

「そうだね。出産後だからいっぱい食べて元気つけてほしいね」

子供たちはゆりを気遣っていた。


妖精ゆりは自分の部屋でテーブルに用意された朝食をじっと見つめていた。

卵焼きやベーコンは食べたくなかったので、ゆりはふわふわのパンをちょっとかじっていた。

昨晩は調子に乗って食べ過ぎてちょっと気分が悪くなったのだった。気を付けなければならない。

あまり食べないと周りが心配するのでそれも困ったものである。

部屋をノックする音が聞こえて侍女が「イシュタール様なんですがどうしましょう」と聞いてきた。

「いれてもらって。あ、そうだ。二人きりにしてくれる？」

「はい」

侍女と入れ替わりにイシュタールが入ってきた。なんだか申し訳なさそうな様子である。

「昨日はすいません。かなり混乱していたようで」

「落ち着いたのならよかった。お願い。これを全部食べて」

妖精ゆりはテーブルの上を指していた。

「え？　はい」

イシュタールはあわててゆりの朝食を食べ始めた。朝食を食べてきたであろうイシュタールは、ちょっとむせながら全部食べていた。

「……あの、本物の王妃はいつ戻ってこられるんでしょうか？」

イシュタールはナフキンで口元を拭きながら聞いていた。

「私にも詳しくわからないの。ごめんなさい」

「そうですか。わたし、そばにいない方がいいですか？」

「いない方がいいかも。たまに様子を見にきてくれればいいわよ」

「そうですか」

イシュタールはちょっと残念そうに寝室に行き、レーヌの姿を見に行った。そこにいたのはやはり木の人形である。

人形が赤ちゃんの服を着て寝ているだけだった。

「レーヌ様……」

妖精ゆりはイシュタールの背中をぽんとたたいた。

「元気を出して」

「はいすいません」

イシュタールは涙をぬぐって部屋を出て行った。


今朝は朝食を全部食べたので、侍女はうれしそうに食器を下げていた。

（やっぱり全部食べるとうれしいのね。たまに彼に食べてもらいましょう）

妖精ゆりはそう思った。

寝室にぱっとラクシュミが現れた。

「ゆり、おはよう」

「おはようございます」

「レーヌの様子を見に来た」

ラクシュミは人形のレーヌを見下ろしていた。ラクシュミの目にはちゃんと赤ん坊に見えているようである。

「じゃあな」

「はい」

ラクシュミはぱっと去って行った。

（朝の抱擁とかないのかしらん？）

妖精ゆりはきょとんとしていた。人間の夫婦がどういうものかは知らないが、アリアスは子供の前でもダーナに会えば頬にちゅーくらいしている。

（私からしなきゃいけないってことはないわよね。夜は出産後だから誘われないっていってたけど……）

身代わり中に二人の仲が悪くなっては困るので、妖精ゆりもちょっとくらいはと身構えていたが、今のところ手を握られもしなかった。

「まあいいか」

妖精ゆりはじーと人形のレーヌを見た。

レーヌのミルクは妖精ゆりが自分があげるから、といってうまくごまかし、今のところは誰も疑うことはなかった。おしめも自分が変えたといって

いる。

（本物の赤ちゃん、今頃どうしているかしら……）

木の人形をずっと見ていてつまらなくなった妖精ゆりは、本物の赤ちゃんを抱っこしてみたくなったのだった。


そのころレーヌは神の国でわんわん泣いていた。

「おーよしよし、泣かないでおくれ」

カサンドラがあたふたして哺乳瓶をレーヌの口元に持っていき、はっと止めていた。

「ちょっと熱いような？　大丈夫か？」

「大丈夫です」

と妖精に言われて哺乳瓶をレーヌの口にくわえさせると、レーヌはちゅーちゅーミルクを吸っていた。この哺乳瓶、技の神ジェラルドが作った

品である。吸い心地もよさそうだ。

レーヌがおいしそうなので、カサンドラはほっとした表情をしている。


「……すげえ図だぜ。こんな図は千年に一度しか見られないぜ」

「ですよね……」

傍らにいた神二人は、子育てをするカサンドラを見てこっそりと言い合っていた。一人は人間姿のライオネル。もう一人はサントスである。

ちなみにこの二人、母も父も同じなので、兄と弟ということになる。生まれたのはサントスの方が先である。

ライオネルはハロルドは兄だと言っているが、サントスに対しては、普通に名で呼んでいた。持っている力が全然違うと兄弟という感覚がないようだ。


レーヌはミルクを全部飲み干していたので、カサンドラは「もう一本飲むか？」と聞いていた。

「いえ、一本で十分ですよ。飲みすぎてもいけません」

横にいる妖精はヒルデリアの侍女である。

「そうか？」

「じゃあげっぷさせましょう」

「げっぷ……」

「こうするんですよ」

妖精はレーヌを縦抱きにして背中を軽くたたていた。するとレーヌがげっぷのようなものをしたのでカサンドラが「おお！」と感心していた。

カサンドラの挙動がいちいちおかしかったライオネルとサントスは、ついぷっと噴き出していた。

「笑うでない。何もかも初めてなのだからしかたないだろう」

カサンドラは恥ずかし気だった。

「今日は母ちゃんはどうした？」

ライオネルがサントスに聞いた。

「かあちゃ……ヒルデリアは聖地の祭りに顔を出さねばならなくて、人間界におりましたよ。そしたらカサンドラが自分が世話をしたいといいだして」

「へーどうしたんだよ。もしかして子供がほしくなったんか？　悪いが俺はちょっと無理だな」

ライオネルは勝手なことをいっていた。

「は？　だーれも頼んでおらん」

「なんで赤ん坊の世話がしたくなったんだよ」

「この子カサンドラが名付けたんですよ。だからですよ」

サントスがあっさり暴露していた。

「なんで？　母親に頼まれたのか？」

「違う。この子に頼まれたのじゃ」

「どうやって？」

「どうでもいいではないか」

カサンドラはレーヌをあやしながら言っていた。

「ところでいつまでいるつもりじゃ？」

「カサンドラがこの子のおむつを替えるのを見届けてから行く。これだけは見逃せねえ」

「ライオネル……」

カサンドラのこめかみは引きつっていた。

「そういやガーベラは元気になったんか？」

ライオネルはサントスに聞いた。

「さっき会って来たら、大丈夫よって、とってもかわいい声で言ってました」

サントスの頬が一気にバラ色になっていた。

「ふーん、サントスって、カサンドラに女を感じたことはあるのか？」

ライオネルは小さい声で聞いてみた。すると、「ないですね」とサントスは即答していた。

「見かけは美人なのになんでだろうな」

「中身は男ですからね」

「色気を感じねえんだよなあ」

「ぜーんぶ聞こえておる」

カサンドラは睨んでいたが、ライオネルはてこでも動かず、初めて赤ん坊のおむつを替えるカサンドラを見てやはり笑っていたのだった。


ラーズの神殿にて、クーリーフンは暇そうにベッドで寝転がっていた。背中に翼があるのでうつぶせになっている。

クーリーフンは少年姿だった。大きくなろうと思っても、ちょっと大きくしかなれない。ガーベラが不調の影響のようである。

足をぶらぶら揺らしていると、ラーズが戻ってきた。

「ガーベラは昨日よりは元気だった」

「そう。シャリィはみなかった？」

「いや」

「消えてるのかなあ……」

愛の妖精シャリィもガーベラの影響を受けているのかもしれない。前回もガーベラが元気になるとまた現れていた。

ラーズはベッドの傍らで腕を組んでクーリーフンを見下ろしている。

「どうしたの？」

何か言いたげだったのでクーリーフンが聞いた。

「今回の事件、ガーベラが彼女の危機を察知してハロルドを呼んで、ハロルドが人間界に降りただろ？　ガーベラはなんで察することができたんだ？」

ラーズは疑問に思っていたことををクーリーフンに聞いてみた。

「さあねえ。前にも言ったと思うけど、彼女はガーベラの神官になれそうな女性だから、それで通じたんじゃない？」

クーリーフンは何食わぬ顔で返した。確かに、そういうやりとりは以前したような気がする。

「その後ガーベラの具合が悪いのはなぜだ？」

「やっぱり通じてるからかな？　わからないけど」

「じゃあ──」

その時虹の女神サーラがぱたぱた飛んできた。

「ねーガーベラがまた水にいるよー」

サーラはラーズを引っ張っている。

ラーズは横目でクーリーフンを見た。クーリーフンはそれとなく目をそらした。

「なんでサーラは彼女をガーベラと呼ぶんだ」

「僕に聞かれても〜〜〜〜」

「絶対何か知ってるだろ。私に隠し事をする気か？　クーリーフン」

「そういうわけじゃ……」

「ねえ、ガーベラみよーよ」

サーラはラーズを泉に連れて行きたいようである。

「サーラはなぜ彼女をガーベラだと思うんだ？」

ラーズはサーラに聞いてみた。

「ガーベラだもん」

「彼女は人間だろ？　ガーベラは神様だろ？」

「ガーベラよ」

サーラは意思を曲げることはなく、クーリーフンはベッドにつっぷしていた。

「あ、さてはハロルドとグルになってるな？」

「えーなんでそうなるわけ……」

「事情を知ってないとすぐ降りて行かないだろ！　なんかおかしいぞ。教えろ〜！」

「僕は何もしらないよ。ラーズは一体何を怒ってるのさ。人間の女性がガーベラと言われて怒ってるわけ？」

クーリーフンは顔をあげて聞いた。

「え？　違う。そんなことに怒ってはいない。それがなぜかって聞いてる」

「サーラはどうしてだと思う？」

クーリーフンが聞くと、

「ガーベラよ」

サーラはそれしか答えなかった。

「きっと二人の性格が似てるからだよ。僕から見ても二人は結構似たところがある。恋人が数人いてうまくやってるところとかさ」

クーリーフンがまともに答えると、ラーズ「ふーん」と小首をかしげていた。

「二人の共通点がいっぱいあるから、サーラがそう思ってるんだよ」

クーリーフンが（これでラーズが納得した）とほっとしていると、サーラが「違うよ」と言い出した。

「だって、ガーベラになってるよ？」

「ガーベラに、なってる？」

ラーズがクーリーフンを見ると、クーリーフンは軽く頭を押さえていた。

「なってるってどういうことだ？」

「さあ、なんだろうね。僕さ、ダーナの竪琴が聞きたくなってきたからいくよ」

クーリーフンはこれ以上ここにいたくなかったのか、ベッドを下りて逃げるように去って行った。

「ガーベラになってるってどういうことだ？」

ラーズは仕方なくサーラに聞いた。

「ガーベラよ。サーラ両方すきなの！」

サーラは両手をあげていった。

「両方って？」

ラーズが動きそうになかったので、サーラは一人で飛んで出て行った。

「どういうことだ？　両方ってなんなんだ？」

ますます混乱したラーズだった。


つづく

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