第38話
ある朝のことである。朝食後、部屋にいたラギはを見ながらうーんとうなっていた。
城の北の大きな街で発行されている新聞は、２枚の紙が折られて８ページある。毎日は発行されていないが、定期的に発行され、目出度いこと、
たとえばゆりに子供が生まれたりすれば号外のような感じで発行されている。南の街でも新聞は同じように発行されている。
ラギは毎回街の新聞を読むのを習慣にしているのだが、今回はどちらの新聞にも、１ページ目の真ん中あたりに四角い穴があいていた。
結構大きな穴である。北と南の新聞で穴の大きさは違うが、たいして差はない。
ラギは新聞を受け取るときに侍女に「なんで穴があいてるの？」と聞いていた。
その時侍女は、「ラギ様に見せられない大人の記事が載っていたので、切り抜いたみたいです」と返している。
「大人の記事ってなんだろう……裏の記事が読めない」
表が切り抜かれているので、裏は記事の適当な処で穴があいている。これじゃ内容がさっぱりわからない。
「街で何かあったっけなあ？ 二つの穴は同じ記事なのかな？」
記事の内容を推測していると、シスがやってきた。
「ちょっと博物館にいくけどラギもいく？」
「なにするの？」
ラギが聞いた。
「お母さんを見に行くんだよ。なんかとても会いたくなってさ」
「僕も行くよ」
シスはラクシュミに（博物館に行ってきます。すぐ帰ります）と思念を飛ばした。いつもならば「わかった」とだけラクシュミは返すのだが、
今回は「だめだ」と返ってきた。
─どうしてですか？
─博物館に何をしにいくんだ？
─お母さんの石像を見に行くだけですよ
─ゆりの石像は今はない
「え？」
シスが声を出し、ラギが注目した。
「博物館のお母さんの石像、今はないんだって」
「え？ なんで？」
二人はあわてて王の間に行き、初めてラクシュミにその話を聞いたのだった。
そこでラギはようやく切り抜かれた新聞の内容を推理できた。ゆりの石像に関する記事だったのだ。
博物館側はゆりの石像のことは秘密にして臨時改装中にしていたのだが、夜中瞬間移動で入ってきた者達もいたために、
どこからともなく話がもれてしまったのだった。
シスはかなりのショックを受けて、やがて子供のように「わーん」と泣き出してしまったのでラクシュミがびっくりしていた。
「ひどいです。そんな重大なことを内緒にしてるなんて！」
「お前たちが悲しむと思って言わなかったんだ」
「母様、どこにいっちゃったんだろう」
「高価な腕輪をしてるから盗まれたのかな？」
ラギが言った。
「母様がかわいそうだ！！」
「おい、シス……」
「泣かないでよ。僕もなんか悲しくなってきた」
シスが大泣きするものだから、ラギまでつられて泣き出してしまった。
最近しっかりしてきたと思っていたシスが大泣きする姿にラクシュミは度肝を抜かれたが、ラギまで泣いてしまい、対応に困り果てた。
そこにアナスターシャがやってきた。アナスターシャは二人が泣いている理由を聞き、
「帰ってくるって書いてるなら帰ってくるんじゃない？」
と気楽に言ったために、さらにシスの気持ちを逆なでしていた。
「石像が歩いて帰ってくるわけないでしょ。姉様のばか！」
「ばかってなによ。だって帰ってくるって書いてるし」
「誰かがもっていったに決まってるよ。絶対かえってこないよ！」
「そんなのわからないでしょ！」
二人が言い合いをしている時にゆりがやってきた。もちろん妖精のゆりである。
「一体どうしたの？」
「本物のゆりがいるからいいじゃないか」
ラクシュミがシスをなだめるように言ったが、シスはゆりを見ると、ツンと横を向いて瞬間移動で消えてしまった。
「なにを怒っているのかしら？」
ゆりが聞いた。
「さあなあ」
「またもんもんしてるんじゃないの？」
アナスターシャがむっとして答えていた。
ラギがシスの部屋に行ってみると、シスはベッドの上で、布団の中に潜り込んでいた。
「兄さん、元気を出して」
「僕は、僕はあっちの母様に会いたかったんだよ。なんでかわからないけどすごく会いたかったんだ」
「うん、うん。僕もその気持ちわかるよ」
「すごく会いたかったのに……」
どうやらシスは、ゆりの違和感に気づいていたに違いない。魔法で抑えられていたが、石像までいなくなったことで、気持ちが爆発してしまったのだ。
しばらくするとシスも落ち着いた。さっきはどうしてあれほど泣いたのかわからないほどだった。
「父様に謝ってくる」
シスはラクシュミに謝りに行ったものの、石像がいなくなったショックはまだ尾を引いているようだ。その日はずっと沈んだままだった。
神の国では、今日は赤ん坊のレーヌは女神たちのサロンに連れてこられていた。人間の赤ちゃんが長い間いることもそうないため、
雲の上の神殿にやってきた妖精や女神たちは、レーヌの顔を見に来ては子守歌のようなものを歌っていた。
レーヌはうれしそうである。
「なんて小さい手なんでしょう」
「耳も小さくてかわいいわね」
「そろそろ人間界に帰れるらしいわよ」
「よかったわねえ」
「すいません。そろそろいいですか？」
グレンが遠慮がちに入ってきた。赤ん坊を女神たちが勝手にここに連れてきてしまったのである。
「もう？ またね」
子守歌を歌ってもらってご機嫌だったレーヌは、グレンの腕に抱かれて一気に不機嫌になった。
「うう……あーん、あーん」
「う……」
グレンは速足で廊下を歩き、アシュランの広間に行ってアシュランに赤ん坊を渡したのだが、その時には大泣きだった。
「あーん、あーん、あーん！」
「…………」
アシュランはグレンをじろりとみている。
「すいません。私が抱いたら泣いてしまって」
「まったく、ほら、泣き止め」
仕方なくアシュランがレーヌをあやしたが、レーヌは一向に泣き止まない。両手をしっかりと握りしめてのけぞっている。
広間にオルガが入ってきて、アシュランはこれ幸いとレーヌをオルガにおしつけた。
「ほら、パパがきたぞー」
オルガがレーヌを腕に抱くと、レーヌは「ふえええ」と泣いて、やがて泣き止んだ。
「あ、すごい」
グレンは驚いている。
「ぴたっと泣き止んだ。お前経験があるな。それで何か用か？」
「ちょうどこの子のことを聞きに来た」
オルガはレーヌをゆらゆら揺らしながら言った。
「母親はそろそろ帰れる頃かと思ってな。この子はどうするんだ。このまま返すのか？」
ゆりは気づいてはいないが、オルガは毎晩ゆりとマリカの様子は見ていた。それで知っているのである。
「それを考えようと連れてきたら泣かれたんだ」
アシュランはオルガに抱かれているレーヌを眺めている。レーヌは気持ちよさそうにうつらうつらしだした。
「あの、またこの子が狙われることはあるでしょうか？」
グレンが恐る恐る聞いていた。
「さあ、同じところばかり狙っては来ないと思うが、もし次があれば防ぎきれないかもしれないし、カサンドラが戦いの女神に変更しかねないからな。
やはりこの子自身に防衛機能を付けたほうがよいだろうな。あまりあからさまなことはしたくないが……どうしようかな」
アシュランはレーヌに近づいてしばらく顔を眺めていた。
癒しの泉では、ゆりは目覚めたものの周りに誰もいなかったので、伸びをしたり身体をねじったりしていた。
するとクーリーフンが飛んできた。
「あ、起きててよかった。ここから出れそうかな？」
クーリーフンが聞いた。
「たぶん大丈夫」
「じゃあ連れてくよ」
ゆりは久しぶりにクーリーフンにだっこされて空を飛んで行った。かなり長い距離を飛んでいたので、ゆりは「どこに行くの？」と聞いてみた。
「ジェラルド工房だよ」
「ジェラルド工房？」
しばらく飛んでジェラルドの神殿の近くにある工房前でゆりは降ろされた。そこにハロルドがいた。
「あ」
「すっかり元気になったようだな」
ハロルドが顔を向けた。
「いろいろ助けてくれてありがとう」
「いや」
ハロルドは視線をふせた。
「それでどうしてここに？」
ゆりが後ろを見ると、クーリーフンはもういなかった。
「お前の新しい石像を作ることにした」
ハロルドが答えた。
「え？ どうして？」
「どうしても石像がいるんだ」
「いらないわよ。だってあの石像があるし」
本調子に戻ったゆりは、つい口答えをしていた。
「あれはもうない。壊れてしまった」
「え？ なんで？」
ゆりの顔色がさっと変わった。
「理由は聞くな。壊れたんだからもうしょうがない」
有無を言わせぬ様子である。ゆりはあの石像を自分の分身のように思っていたため、なぜ壊れたのか理由が知りたかった。
「…………」
ゆりは目で訴えてみたが、ハロルドはそっぽをむいていた。答える気はないらしい。
工房の中から職人らしき妖精たちが５人出てきた。
「あ、ミッケルさん！」
ゆりはその中に見知った顔を見つけた。以前人間界で出会ったミッケルである。
「王妃様、まさかこちらでお会いすることになろうとは」
ミッケルもうれしそうな顔をしている。
「若くなりましたね！」
「はい」
「中に女の妖精がいるから着替えてこい」
ゆりはハロルドに促されて工房の中に入った。中にいた妖精の顔にも見覚えがあった。
「あ……えーと……」
「ルシェルです。お久しぶりです。王妃様、あの後、無事旦那様と出会えました」
ミッケルと一緒にいた奥さんである。
「そうだったの。おめでとう」
「すぐ着替えましょう」
ゆりは着ていた真っ白なだぼっとした服を脱いで、妖精と同じような服を着せてもらった。先ほどよりは腕も胸元もでている。腰でベルトを締められて
膝までスカート状の布でかくされた。下の方は薄いピンクに染められている布である。なかなか肌さわりがいい。
外に出た。
「じゃあそこに立て」
ハロルドに言われて、ゆりはみんなの前に立った。職人たちは一斉に紙にスケッチをしていた。ゆりの周りをぐるぐる回っている
職人もいる。
「あのーまた裸体じゃないですよね？」
ゆりはおずおずと聞いていた。
「ああ。今回は服を着せる」
ハロルドはでかい丸太に座っているが、どうにも機嫌がよくないようである。自分の石像はどうなったのか、詳しく知りたいのだが聞けそうにはない。
職人たちのスケッチはあっという間に終わった。さすが天才集団である。
「どんな石像をつくるの？」
「それは後のお楽しみだ」
ハロルドはぴゅーと口笛を吹いた。すると一頭のペガサスが飛来してきた。
「雲の上の神殿にいこう」
ハロルドはゆりの体をペガサスに乗せて自分も後ろに乗った。ゆりはあわてて職人とルシェルに手を振った。
「またねー」
「さようなら。王妃様、お元気で！」
という声が聞こえた。
「ねえ、なんか怒ってるの？」
ゆりは気になったのでハロルドに聞いてみた。
「別に怒ってない」
「そう？ なんか機嫌悪くない？」
「悪くない」
「そうかなあ？ あ、私が今回も首を突っ込んだと思ってる？ 今回は違うのよ？」
「知ってる」
「じゃあ何かな？」
「こっちのことだ。お前は関係ない。お前はすごいな。よくこんな短期間で元に戻れるな」
ハロルドは感心していた。
「そうですか？ あ、でもハロルドが助けてくれたでしょ？ 手を引っ張ってくれたの覚えてるの」
「お前が単純な女で助かった。複雑な性格をしてたら危なかっただろう」
ハロルドは気になる言い回しをしていたが、ゆりはとりあえずほめられていると受け取っておいた。
ペガサスは雲の上の神殿の前に降りた。ハロルドはゆりをおろすと、「じゃあな」と言ってさっさと飛んで行ってしまった。
「ありがとう」
態度はそっけないが、心の中ではいろいろ心配してくれていたに違いない。ゆりはそう思い、気を取り直して神殿に入って行った。
するとすぐにガーベラに出会った。どうやらゆりが来るのを待っていたようである。
「体はすっかり平気かしら？ 今日帰ることになったのよ」
「え？ すぐですか？」
「すぐよ」
「そうですか。すぐだと思わなかったから、マリカにさよならがいいたかったなあ」
「中にオルガがいるから、伝えてもらったら？」
「そうします」
ゆりはガーベラと一緒にアシュランの間に入った。中にいたのはアシュランにヒルデリア、オルガにカサンドラである。レーヌはヒルデリアが
抱いていた。
「すっかりよさそうだな。向こうが限界だからお前をすぐ返すことにした。帰ってからゆっくり休んでくれ」
アシュランが椅子から立ち上がり言った。
「はい」
「実は人間界にはお前の身代わりを置いていたんだ」
「身代わり？」
「だからお前は何もなかったことになってる。そういう風に過ごすように」
「はあ……え？ あれ？ 身代わりって、誰が？」
ゆりは初めて聞いて呆気に取られていた。
「妖精にやらしてたんだがもうここらが限界だ。夜に入れ替わるからな」
「あのー……そのー……」
いろいろ気になることがあるが、他の神々もいるし、何から聞いていいやらゆりは混乱していた。
「あ、いろいろありがとうございます。お世話になりました」
ゆりはとりあえずお礼が先だとぺこぺこ頭を下げていた。
「オルガ様にも助けていただいたようで」
「いや、もっと早く行けなくて悪かった」
オルガは申し訳なさげだった。
「マリカが目覚めたら、ありがとうって伝えてください」
「ああ、伝えよう」
ヒルデリアが近づいてきてレーヌを渡してくれた。レーヌはかわいい服を着せられている。
「お世話をしてくださってありがとうございます」
「これからがんばって」
「はい」
「これを持って行って。さっきミルクは飲みましたからね」
カサンドラは空の哺乳瓶を渡してくれた。
「ありがとうございます」
「それじゃちょっと二人っきりにしてくれ」
アシュランが言って、他の神々は出て行った。ガーベラは手を振ってくれた。
ゆりはまた頭を下げていた。
「さて、何か聞きたいことはあるか？」
二人きりになったところでアシュランが聞いた。
「いっぱいあります。まず、今回は踊りはないですね？」
一番気になったのはそこらしい。アシュランはついぷっと笑っていた。
アシュランが椅子を促して座ったので、ゆりはレーヌを抱いたまま、アシュランの横にあった椅子に腰を下ろした。
「今回はない。お前は何もなかったことになってるんだから、あるわけないだろう」
「えーと、では、私の身代わりさんがしていた間の生活のことはどうやって知ったらいいんですか？ 子供たちに数日前のこととか聞かれても、
わかりませんが……」
「そんなものは気合でなんとかしろ」
「気合で……わかりました」
「とにかく、帰ったら何食わぬ顔で生活してればいいんだ」
「はい、でも……あの……実は怖いんです。また襲われたらって思うと……」
「この子はもう襲われない。実は、お前も襲われなくなる方法があるんだが、知りたいか？」
アシュランがちょっと顔を寄せて聞いてきた。輝きすぎてまぶしかったので、ゆりは目をぱちぱちさせながら「なんですか？」
と聞いていた。
「神と同衾して、神気を体の中に取り入れれば襲われないんだ。誰かに頼むか？」
アシュランはものすごく興味深げに聞いていた。
「は？」
ゆりはぽかーんとしていた。
「同衾って……いきなり話がそっちにいきますか？」
「男の神に頼むとしたら誰がいい？」
「いえ、誰にも頼みませんよ」
ゆりは引きつった顔で答えていた。
「それじゃ面白くない。誰かひとり答えろ」
「えー……」
「えーってなんだ。神気を体に取り入れれば襲われないって言ってるんだぞ？ せっかくだから仲の良い神に頼んでみたらどうだ？」
そこでゆりはぴーんときた。
（これは何かの罠に違いない。私の人間性をためしてるんだわ。きっと）
「そういうことは、相手の好みもありますから。それに神様にお相手してもらうなんて考えられません」
ゆりはまともに返した。
「あのな、王妃、せっかく話題を提供しているんだから話にのってこい。つまらん返答をするならもう話してやらんぞ」
「え……」
「一人だれを選ぶ？」
アシュランは面白そうに聞いていた。
（……一体何を考えているんだか。しょうがない神様だわ……）
ゆりはあきれたが、この話が助けたお礼ということかもしれないと思いなおした。それならば、相手をしなければならない。
「わかりました。そうですねえ。相手をお願いするなら……グレン様ですね」
「え？ グレン？」
アシュランは意外そうな顔をしていた。
「どうしてグレンなんだ？」
「どうしてって……アシュラン様に頼むなんて恐れ多いですし……ガーベラ様やダーナ様のことはすごく好きなので、
彼女達の恋人に頼むってのも無理ですし……他の神様のことはよく知らないし、グレン様が恋人がいないならいいかなーと」
「ふーん」
アシュランはあまり面白くなさそうだった。
ゆりとしては人間らしい真面目な回答をしたつもりである。
「だそうだ。グレンよかったな」
アシュランが後ろのカーテンを見ながらいったので、ゆりはぎくりとした。
「えーもしかしていらしたんですか？」
「ああ、人間に人気がないと思ってたから喜んでるだろう」
「あまり喜んでないと思いますけど……」
ゆりは一気に恥ずかしくなった。
「あの、一応いっときますけど、私は旦那様意外とはそうそうそんなことしてませんから」
「そうそう」
「これでも真面目なんです」
「恋人がいっぱいいるのは知ってるぞ」
「全員と真面目につきあってるんです」
ゆりは言い切った。アシュランはついぷっと笑っていた。
「本当なんですよ」
「わかってる。わかってる。グレン、クーリーフンがそろそろ来てると思うが、呼んで来い」
アシュランが後ろに顔を向けて言った。
（やっぱりいたんだ……）
ゆりの顔は真っ赤になっていた。
「なあ、もし、ガーベラとダーナに絶対ばれないとすれば、男は誰を選ぶ？」
「またそれですか？ばれなくても後ろめたいからいやです」
「じゃあ、女神の体を借りられるとしたらだれがいい？ それも絶対ばれないとしたら」
「え……」
「女神に入って同衾するのも効果は一緒かもな。その場合一度や二度じゃ無理だな。定期的にやり続ければ可能かもな」
「なにいってるんですか」
そういいながらもゆりは、（なんかばれてる？）と感じていた。だが、たとえばれていたとしても怒られないということは、勝手にしろということ
かもしれない、といいほうに考えた。でなければ、もう来るなと言われるはずである。
「入っていいですか？」
クーリーフンがやってきた。
「いいぞ。それじゃ話は終わりだ。王妃を送ってくれ。じゃあ元気でな」
「ありがとうございます」
ゆりは雲の上の神殿を出て、クーリーフンに連れられて行った。神の国はまだ昼間である。
「目を閉じていて」
「はい」
ゆりはレーヌを抱きしめてぎゅっと目を閉じた。
「いいよ」
と言われて目を開けると、夜空が目に飛び込んできた。そして大きな三日月。城が見えてきた。懐かしい城である。
クーリーフンはゆりの部屋のバルコニーから部屋の中に入った。ゆりは初めて、ベッドに座っていた自分に対面した。
「お疲れ様、ビアンナ。これで交代だよ」
「よかった。そろそろ帰りたくなってきたところなんです」
「代わりをしてくれてありがとう」
ゆりはお礼を言った。
「いいえ、楽しかったです。男の人と話もできたし。赤ちゃんを抱かせてください」
ゆりは妖精にレーヌを渡した。
「かわいい。ずっと木の人形のお世話してたからつまらなくて」
妖精はゆりに赤ん坊を返した。
「じゃあいこう」
「さようなら」
「さようなら。ありがとう！」
自分の姿をした妖精は、クーリーフンに連れられて行った。
ゆりは部屋の中を見まわして、ようやく戻ってこれたと実感していた。
「みんなに会いたい。王様」
ゆりの左目は蛇の目に変わり、ゆりは哺乳瓶だけおいて王の寝室にひとっとびしていた。
ゆりは寝ていたラクシュミに「王様好き！」とキスしていた。
「ん？ ゆり、どうしたんだ？」
ラクシュミが目を開けた。
「ちょっとレーヌをおかせて」
ゆりはレーヌをまかせると、子供たちの寝室に飛んだ。
アナスターシャはナナミと同じ部屋でぐっすり寝ていた。次にシスの寝室に行くと、シスは目を開けていた。
「母様」
「起きてたの？」
「なんだか眠れなくて、母様はどうしたの？」
「シスの顔がみたくて」
「…………」
シスの目はうるうるしていた。
「どうしたの？」
「わからないけど、なんかうれしい」
「ちょっと待ってて。ロイとミシェイラとラギの顔みてくるから」
蛇の目のゆりは飛んでいき、戻ってきた。３人はよく眠っていた。
「その服かわいいね」
シスがゆりの服を眺めて行った。ゆりは妖精の服のまま来ていたのである。着替えるのを忘れていた。
「かわいいでしょ？ 今日は王様の寝室で一緒に寝ましょ」
「えー？」
「たまにはいいじゃない。レーヌもいるし」
ゆりはシスを強引に連れて行き、ラクシュミのベッドにシスと一緒に入った。
シスは恥ずかしそうだったが、やがて、ゆりの横で眠りについた。
ようやく戻ってこれたんだ。マリカ、あなたも早く元気になってね
ゆりはそう願いながら、ようやく、久しぶりにベッドで眠ることができたのだった。
つづく
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