第40話
「ごめんなさい。本当にごめんなさい」
黒目のゆりは、夢の中で出会った蛇の目のゆりに謝られていた。
「いきなりどうしたの？」
黒目のゆりは目をぱちくりさせている。
「今回の事件は、私のせいのような気がするから。私があっちにいったとき、刺激したせいだわ」
蛇の目のゆりはしょんぼりしていた。
「私が行っても同じだよ。だから別にいいよ」
闇の国に行ったときの記憶は、黒目のゆりも今ではぼんやりと持っている。ファリーヌが現れた時、二人のゆりは過去での記憶を
共有して思いだしてしまったのだ。今回のことは記憶を消されなかったためにしっかり覚えているが、
前回のことは細部までは詳しく思いだせない。思いださない方がいいと思うのでそのままにしている。
正直怖いと思うこともあるのだが、しばらくは何もないのではないかと思っている。
アシュランが今回のことをなかったことにしたがったのは、国内を騒がせたくなかったからだ。
最高神として事件がまた起こらないくらいの策はとってくれていると信じたい。
アシュランはレーヌはもう狙われないといった。それだけでもゆりの心は楽になっていた。
ゆりは今晩は眠れないかもしれないと思い、巻貝の歌を聞いて寝たのだった。
歌の主は、今もゆりには謎である。
「じゃあ怒ってない？」
蛇の目のゆりは神妙な面持ちで聞いていた。
「怒ってないよ」
「よかった」
目の前に座っていた蛇の目のゆりは、黒目のゆりの横に移動してきた。
「ねえねえ、あのアシュラン様の言葉、本気だと思う？神様と寝ればいいって言ってたじゃない」
もう一人のゆりはとたんに好奇心に満ちた目になっている。気持ちの切り替えの早さに黒目のゆりは驚いた。
「あれはあやしい。神様と寝たくらいで神気が体に入るなんて」
「普通にハロルドがいいって言ってもよかったんじゃない？」
「ハロルド？」
黒目のゆりは目をぱちくりさせていた。
「あなただったら、ハロルド？」
「え？ そうねえ。オルガも好きだし、ジンラも好きだし、ラーズも好きだし、サラディンもいいけど、やっぱハロルドがいいかなーあ、ラクアも
好きよ」
と最後にラクアも付け足していた。黒目のゆりは「サントスは？」と聞こうとしてやめた。
「ハロルドは私達がガーベラに入ってるからかまってるだけよ。実際にそんなこと頼んだら『やなこった』って言われるに決まってるじゃない」
「そんなことないと思うけどー？」
「私はハロルド以上にガーベラが好きだからガーベラの恋人をとるってのもやだし、あんまりこの姿で神様に近づきすぎるのも
王様に悪いし。それに普段ガーベラの体を見慣れてる男にこの体を見せるなんてできないなあ」
なんといっても差がありすぎる。
黒目のゆりは生身で神様とどうこうなんて考えられなかった。確かに自分もハロルドは好きだが、生身の自分ででガーベラから寝取りたいほど
ハロルドを愛しているというわけではない。あくまでガーベラでいるときだけである。
「まあ、それもそうだけど、あなたってほんと真面目すぎる」
蛇の目のゆりはつまんなそうに言った。
「ガーベラになっても男とそんなにしないし」
「別にそれが目的じゃないもん」
「でもまあ、私もあのアシュラン様の言葉はちょっとおかしいと思うけどね。それになんか意味ありげなこと言ってたし。
やっぱり気づいてるのかな？」
「怒ってないからいいんじゃない？ 結局好きにしろみたいな感じなんじゃない？」
「真面目なのに大胆ねえ。でも神様の子供を増やして貢献してるもんね。怒られるようなことそんなにしてないからいいよね。
でもなんでグレンっていったの？」
「だって誰かの名前を言わなきゃ離してくれそうになかったし、彼女いなさそうな男でライオネルはちょっとやだし、だからグレン」
さすがのゆりもライオネルの名前を出す気にはなれなかったようだ。
「私はグレン結構好き。ああいうタイプの人がでれっとなるところがみたい！！」
「ははは。まあ実際に何かあるわけじゃないし」
「でもまあ、生身の自分でそうなるってのは確かに想像できないなあ。ガーベラだからこっちも強気でいられるんだし。仲良くなるなら
ガーベラのままがいいな。相手とは対等でいたいもんね」
最後には蛇の目のゆりはそう落ち着いていた。
一方黒目のゆりは違うことを考えていた。神の気をもらえば闇の者に襲われないというアシュランの言葉についてである。
アシュランは女神に入って神と寝ても同じ効果があるようなことを言っていた。
そういえばガーベラになってハロルドと仲良くなった次の日って、周りはちょっとふわふわしてたなあ……
あれって神気のせい？
でも半日くらいで元に戻ったし、あれじゃ神気を継続させるなんて無理じゃない。やっぱりその話はあやしい……
「うーん、神気神気……」
黒目のゆりはぶつぶつ言っていた。
「どうしたの？」
「神気……あ、そうだ。私いいことひらめいた！」
黒目のゆりははっと目を開いて言ったのだった。
さて神の国では、ゆりとレーヌがいなくなり、丸一日が過ぎていた。雲の上の神殿もすっかり静かになった。
ちなみに力の神バリアスもまだ小さい子供だが、力があり過ぎてなんでも壊しまくるので、寝ている時以外は
地上で過ごすことが多くなっている。こちらはもうかわいい赤ちゃんではないので、女神たちが集まって抱っこするという時期は
とっくに過ぎている。
カサンドラや、ついでに子育てを手伝わされたサントスやネルは、レーヌがいなくなってちょっと寂しい気分を感じているに違いない。
アシュランの間では、どうにも気になったことがあり、アシュランがグレンにゆりとの関係を聞いていた。
「何度か親しく話したんじゃないか？」
「いえ？ 前回と今回、少し話をした程度ですよ？」
「それなのにお前の名前を言うのっておかしいだろ？」
「消去法で選んだって自分で言ってらしたじゃないですか」
「消去法ねえ……」
アシュランは何か怪しんでいた。まるっきり知らない男を消去法で選ぶだろうか。
そう考えたとき、ひらめいたのだった。
「お前、やっぱりガーベラと寝たんだろ？」
「え？」
アシュランの指摘にグレンはぎょっとしていた。
「いきなり何をおっしゃるんですか？」
「ライサはやっぱりガーベラと寝てできたんじゃないのか？」
（王妃がガーベラになっている時に、グレンと仲良くなったに違いない）
アシュランはそう思ったのだった。
「そんなことはしてません」
グレンはちょっと慌てた様子である。
「本当かあ？」
「ガーベラ様は私など相手にしませんよ」
「そうかあ？」
「そうです。そんなことはありません」
「ふーん、それで、消去法で選ばれたお前としては、あの王妃のことどう思う？」
アシュランはちょっと意地悪げに聞いていた。話がころころ変わるので、グレンはちょっと戸惑っていたが、やがて、
「あの王妃は、聖地の人間の100倍ほど、好感が持てますね」
と言っていた。
「あ、そう……まあ、その、聖地のことは気にするな」
アシュランは思わぬ返答に面食らったようにそう返していた。
「気にしてません。それでは裏に控えています」
グレンは最後には何食わぬ顔で言って裏に消えた。
グレンは神の一員ではあるのだが、あまり重要な神ではないために、西の聖域、聖地の人間の中にはグレンを軽んじている者もいた。
人間界の他の場所ではそうでもないのだが、聖地ほどそういう傾向にある。というのも聖地は神が現れやすい場所であるからだ。
グレンはアシュランの使いで聖地に行くこともあるのだが、人間たちが見たいのはアシュランであってグレンではないので、
変わりが来たと知りあからさまにがっかりされることも多々ある。他の神様が見たいから連れてきてほしいと頼まれることもある。
グレンはそれについてはアシュランに愚痴を言ったりはしないのだが、内心面白くない日もあったに違いない。
ゆりがグレンの名前を出したのは、ゆりの中ではグレンは神様だという認識があるからである。軽んじて言ったわけではないのだ。
グレンはそれに気づいて「好感がもてる」と言ったのだろう。
「やっぱりうれしかったようだな。 王妃め、ハロルドって言ったらいじってやろうと思ったのに……察して逃げたか……」
アシュランはちょっと悔しそうだった。
次の朝、ゆりは夢の中でもう一人の自分とあれこれ話した記憶はなかったのだが、寝起きにぱっと閃いてある計画を立てた。
その計画には自分がガーベラに入ることが必要だった。
ガーベラに入るためには、とりあえずみんなとも仲良くならなくっちゃ！
まずは自分の足元をしっかりしておかねば、と思ったゆりは、昼間やってきたミカエルとハインリヒを別室に行こうと自ら誘っていた。
別室に３人で行ったものの、男二人はその気になるどころか不審な表情をしてベッドに座っていた。
「どうしたの？」
ゆりはミカエルの膝に乗って抱き着いている。ゆりにすればあの時死んでいればもうこんなことはできなかったと思うと、
感動してうれしくて引っ付いていたのだが、ミカエルは、
「今日の王妃も変ですよ」
と言っていた。
「え？ なんで？」
「最近では一番変ですよ」
ハインリヒが続いた。
「えー？」
「ちょっと前はシャナーンに浮かれてたでしょ。今日は自分で我々二人を誘うなんて。いつもは二人はいやとか言ってるくせに」
ハインリヒがいい、ミカエルはゆりの耳を両方軽く引っ張っていた。
「シャナーンとはもうこっちで仲良くしたんですか？」
「だめですよ。産後すぐにそういうことしちゃ」
ミカエルに続き、ハインリヒは真顔で怒っていた。ちなみに産後すぐの女性と性交することは、この国では非道の部類に入る。
性交まではしなくても、あまり興奮するのも問題があると思っているのである。ラクシュミも、そういうことには厳しいのだ。
「え、ち、違うわよ。シャナーンとはこっちにきてないよ（たぶん）それに、体はもう元に戻ったし、別にそこまで仲良くしなくてもいいの。
こうやってひっついてちゅーしたかったんだもん！」
ゆりはあわてて言っていた。まさか怪しまれるとは思ってもいないことである。
「だからそんな目でみないでよ」
ゆりはすねたように言った。
「そうなんですか？ ならいいですけど……どうしたんですか？」
ミカエルはゆりの様子をうかがうように聞いていた。
「え？ まあ、そういう気分だから」
ゆりは面倒だったのでミカエルの首に腕を回して唇をくっつけていた。ミカエルは拒否はしなかったが、積極的には返さなかった。
ゆりは続いてハインリヒの膝に移っていたが、ハインリヒからは「やっぱりなんか変だな」と言われた。
本物なのに変だといわれる私って一体……
二人一緒に誘ったのがまずかったか……ちょうど一緒にきちゃったんだからしょうがない
「昨日はイシュタールも変でしたよ。夜に酒を一緒に飲もうとやってきて、酒を飲んでずっと泣いてるんですよ。
『よかったよかった』って言いながら。さっき王に聞いて理由がわかりましたよ。石像が帰ってきそうなので喜んでたんですね？」
ミカエルが足を組んで言った。
「石像？ ああ、旅に出た石像？」
ハインリヒが言った。ゆりはハインリヒに抱き着いたままである。
「王妃ってば知ってたのに隠すなんてもー。私は本気で心配したのに」
ミカエルがすね顔になっていた。
「知ったのは一昨日なんだもの」
「石像が歩いて帰ってくるの？」
ハインリヒが聞いた。
「新しくなって戻ってくるって王は言ってた。王妃が神様からそう聞いたんでしょ？」
「え、まあ」
「王妃の石像は神の世界で作られるなんてすごいですね。なんで入れ替えることになったんですか？」
ハインリヒが聞いた。ゆりはハインリヒにしっかり抱き着いていたが、ハインリヒは抱き着き返しもせずに、普通に座っている。
再び引っ付けてうれしいというゆりの感動は、事件を知らない男たちにはさっぱり伝わらなかった。
「それは私も知らないの」
「石像が疲れた顔でもしてたんじゃないの？」
ハインリヒが冗談交じりに言っていた。
「やっぱりドレスがやだったのかな？ それで顔が変わっちゃったとか？」
ミカエルもそんな想像をしていた。ハインリヒにずっと引っ付いていたゆりだったが、もっと何かされたいような気になっていた。
「ねえ、私ね。本当に体は元に戻ったの。だからね」
「だめですよ」
「えーもっといちゃいちゃしたいー」
ゆりはハインリヒの胸元をかりかりしていたが、「だめー」と言われてしまった。
「あと最低３月は我慢しなさい」
「いつもはそんな気にならないくせに、どうしたんですか？」
ミカエルも不思議顔だった。
ゆりの体は癒しの泉に入ったおかげか、産後すぐとは思えないほど元気になっていた。
ゆりは自分でははっきりそれを感じていたのだが、周りに説明することはできない。
「二人が好きだからそう思っただけなの」
ゆりはかわいらしいことを言ってみたが、男二人は感動するどころか首をかしげていた。やっぱり変だと思われているようである。
その後別室に行ったことがラクシュミにはすぐにばれて、王の休憩室に呼ばれ、「ゆり、別室はまだ使うな」とラクシュミからは怒られてしまった。
「裸にはなってないのよ。ただ、キスしただけなの」
「部屋でしろ」
「え、でも、侍女とかいるし……」
「裸になってないならいいじゃないか」
「う……わかりました」
ゆりはとぼとぼと休憩室を出た。
王様は私のこと思って言ってるんだもんな。まさか足を開いてほら元気になったでしょーなんていえないし……
まあしょうがないか。ハザーク様なら？ やっぱ無理か。ばれて怒られそう
しばらくそっちは我慢しなきゃ。そりゃ普通に考えて産後すぐはまずいわ
ゆりは気分転換に庭園に出て行った。
そのころ、ゆりの部屋には侍女が一人いて、ミシェイラとハザークの侍女が一人いた。レーヌは小さいベッドにいる。
「みてみてー」
ミシェイラはコロがついた木製の乳母車を引いていた。小さいおもちゃみたいなもので、とってもついている。
中には木の人形が寝ているのだ。
「素敵ですね。作っていただいたのですか？」
侍女がおもちゃの乳母車をのぞいていた。木の人形はちゃんと服を着て、ふとんもかけてもらっている。
「パパがくれたの。いいでしょー」
「いいですねー」
「あら、お人形の顔はレーヌ様にそっくりなんですねえ」
ハザークの侍女はレーヌと人形の顔を見比べていた。レーヌは今起きていて手足を動かしている。
「本当ですね。よく似てますね」
侍女もそこに気づいた。
ゆりの部屋の大きな窓から、こっそりと覗いている神がいた。クーリーフンである。クーリーフンはゆりを連れてきたときに
木の人形を持っていくのを忘れていたため、「回収してこい」とアシュランに言われて様子を見に来たのである。
まさか今もっていこうとは思っていない。回収するなら夜こっそりとやるつもりである。
（うーん、すっかりあの子の遊び道具になってるのか。なくなったら泣くかなあ）
クーリーフンは困っていた。ただの人形ならばいいのだが、あの人形はジェラルドがすごい速さで彫った人形だった。
しかもアシュランが魔法をかけた人形である。アシュランはその魔法をすっかり取り除いたのだが、何かあるとまずいと思ったようである。
（でもまるっきりただの人形に見えているようだし、置いておいてもいいと思うんだけどなあ）
クーリーフンも子供のおもちゃを取り上げるのは気が進まない。
部屋の中ではミシェイラがいろいろ話している。
「あのね、レーちゃんね、遊んであげるとね、すっごくよろこぶよ」
『レーちゃん』とはお人形の名前らしい。侍女は「そうなんですかー」と微笑んで返していた。
「さっきもね、きゃははって笑ったの」
「あらまあ」
侍女は笑っていた。
それを聞いたクーリーフンは、（やっぱり回収した方がいいな）と思っていた。
その時ミシェイラがはっと窓を見た。
「クーいた！」
（やばっ！）
「クー！！！！！」
ミシェイラは瞬間移動で外に飛んだのだが、クーリーフンは素早く逃げていた。
「あれー？ クーどこー？」
ミシェイラはベランダの外を飛び、あたりをさがしている。
「クー！！」
（ごめんねー）とわびつつ、クーリーフンは遠くを飛んで行った。
そして真夜中、クーリーフンは再び城にやってきた。ただ人形を取り上げるのじゃかわいそうなので、変わりの人形を
ジェラルド工房の職人に作ってもらって持ってきたのである。クーリーフンはミシェイラの部屋にそっと入り、
おもちゃのベッドにいた人形を取り換えた。
そしてミシェイラの枕元に、小さな花の冠を置いたのだった。
「さっきは逃げてごめんね」
そう言って、クーリーフンは去って行った。
朝になった。ミシェイラは綺麗な花の冠を乗せて食堂にやってきたので、みんなが「綺麗だね」「かわいいね」とほめていた。
「誰にもらったの？」
ゆりが聞いた。
「朝起きたらあったの、マーあのねー、レーちゃんがね、いなくなった」
ミシェイラはおもちゃの乳母車を引いてきていた。人形もちゃんと乗っている。
「いなくなった？ ここにいるわよ」
「ちがうもん」
「違う？」
ゆりは乳母車の人形をじっと見た。そういわれるとなんとなく、人形がこんな顔じゃなかったような気がする。
「レーちゃんじゃない」
「そう。じゃあレーちゃんは用ができていなくなったんじゃない？ 変わりにこの子が来たのよ」
ゆりは微笑んでそう言った。
「そうなの？」
「新しい名前をつけてかわいがってあげたら？」
「うん」
ゆりの説明でミシェイラは納得したらしい。ゆりの横にいたロイは「どういう意味？」と聞いたので、ゆりは口元に指を立てていた。
「ミシェイラが納得してるからいいの。みんなもいいわね」
ゆりは上の子供たちにもこっそりいっていた。
ミシェイラは新しい人形を「ヌーちゃん」と名付けていた。
「ヌーちゃんって、変じゃない？」
アナスターシャが言った。
「レーちゃんいなくなったから、ヌーちゃんだもん」
アナスターシャとシスは、ミシェイラの部屋で、人形遊びをしているミシェイラを眺めていたのだった。
ミシェイラは花の冠をずっと頭に乗せたままである。
─人形、本当に入れ替わったの？
アナスターシャがシスに思念で聞いていた。
─さあ、そうかもね
─なんで入れ替わったの？
─さあ、母様の石像に比べれば、たいしたことないよ
─それもそうね
どうやら不思議なことへの耐性ができてしまったようだ。二人は深く考えないようにした。
レーヌの代わりだった人形は、アシュランの元に戻ってきた。アシュランはその人形を、レーヌをかわいがっていたカサンドラにあげた。
カサンドラはその人形を棚に飾ったのだが、次の日にはジェラルドの神殿に人形をもってやってきていた。
「ジェラルド、なんじゃこの不気味な人形は」
「はい？」
「夜中に『ママだっこして』って話しかけてきたのじゃ。ほっておいたら泣いたぞ」
「は？ まさか」
ジェラルドは冗談かと思って笑っていた。
「本当じゃ、試しに部屋において寝てみるがよい。私はいらん」
カサンドラはジェラルドに人形を押し付けた。ジェラルドが試しに一緒に寝てみると、確かに夜中に「あーん」と泣いていた。
「アシュラン様の魔法のせいでしょうな。私の手では壊せません。お願いします」
ジェラルドは人形をアシュランに渡して去って行った。
「いるか？」
アシュランはたまたま部屋に来ていたヒルデリアに聞いたが、ヒルデリアは「いりません」と即答していた。
「そうか。まあしょうがないな」
アシュランはその人形をふっと消してしまった。
人間界では、ゆりはラクシュミに別室は禁止されたので、自分の部屋で恋人たちと軽く抱き合ったりしていた。
子供たちに見られたりもしているが、子供たちは全然気にしてない。ミルキダスは蛇の目のゆりと久々にキスできて喜んでいた。
イシュタールもすっかり元に戻り、仕事に励んでいる。だが心配性になり、休みのたびにちょくちょくゆりの顔を見に来たりもしていた。
６の月に入り、ゆりはようやく神の国に行ってガーベラになることができた。
「やったー！」
ゆりはガーベラの神殿にいたので外に出た。ちょうどクーリーフンが飛んでくるのが見えた。
「クーリーフーン！」
「あ、お母さん、きたの」
「ねえ、マリカどうなった？」
「目が覚めたよ。まだ泉にいるけど」
「連れて行って！」
「だめだよ。なに話すの？ だめー」
「う……じゃあ、泉の方向を教えて」
「えーと、あっちかな？」
クーリーフンが神殿とは反対方向をさした。
ゆりはクーリーフンが指した方向に向かって手を合わせて拝んでいた。
「なにしてるの？」
「元気になるように念を送ってるの」
「……？」
クーリーフンはゆりをほってガーベラの神殿に入って行った。
ゆりはしばらく（マリカが早く元気になりますように）と念を送り続けた。そして気が済んで目を開けたとき、
目の前になにかの塊が飛んできて顔に引っ付いた。サーラである。
「びっくりした」
「えへへ、ガーベラ」
サーラは両手を軽くあげていた。何かを期待しているような様子である。ゆりはサーラの脇の下をくすぐった。
「きゃははは」
「サーラったら好きねえ。面白い？」
「うん」
「じゃあいっぱいくすぐってあげる」
ゆりはサーラの体をくすぐりまくり、サーラは「きゃははは」と笑い転げていた。
「かわいい。かわいすぎる」
ゆりは散々サーラをくすぐり、サーラは笑いつかれたのか「もういい」といっていた。
「私ハロルドに用があるからいくわね」
「ばーい」
ゆりは飛んだ。
そこにラーズがやってきたのだった。
「いまガーベラがいたか？」
「うん。ガーベラになってた」
「ん？」
「ガーベラになってたよ」
「なってたって言い方はおかしいぞ。ガーベラがいたんだろ？」
「今日はガーベラ。前はぬれてた」
「んー？ ぬれてた？ ぬれてたって」
「水にいたでしょ」
「水にいた？」
「どっちも好きなのーおもろいの」
サーラは飛んで行った。
ラーズは地上に立ったまま首をかしげていた。
水にいた？ 水って、癒しの泉のことか？ あの彼女が、ガーベラになってた？
どういうことなんだ？
ラーズはまだわからなかった。
考えながらガーベラの神殿に入って行くと、神殿の中ではクーリーフンが小さい柄杓で、でかいかめにある液体を小瓶に注いでいた。
「なあクーリーフン、さっきな、癒しの泉にいた女性がガーベラになってた」
ラーズはそう言ってみた。クーリーフンは柄杓の液体をこぼしていた。
「あ……」
「…………」
ラーズは無言でクーリーフンを見つめている。
「……とうとうばれちゃった？」
クーリーフンはちょっと苦笑いを浮かべていた。かまをかけてみたのだが、どうやら本当だと知り、ラーズはショックを受けていた。
「これって、どういうことだ？」
「え、どういうことって？」
「なぜ人間が神に入れるんだ？ サーラはなんで気づいてる？ っていうか、何がどうなってる？！」
ラーズは、まくしたてるように聞いていた。
「えーと……一言でいうと、母さんが遊んでるだけなんだよ」
「は？」
クーリーフンは布をもってきて手を拭いていた。
「彼女はお母さんと似てるところがあってね、それで、たまに体を貸してるんだよ。お母さんが始めたことだから、彼女は悪くない。
身体を貸すと、彼女がたまに面白いことをするんで、それでお母さんが面白がっちゃってね。僕もそうだけど」
「…………」
ラーズはショックのあまりか、視線もうつろでぼんやりしていた。
「恋人で自分で気づいたのはラーズが初めてだよ。すごいよラーズ。いやーすごいすごい」
クーリーフンはラーズをほめながら去って行こうとしていたので、ラーズは「こらこら」と腕をつかんでいた。
「肝心な事が何もわかってないぞ。いつからなんだ。いつからそんなことになってる？」
「えーと、アマンザが生まれるころからかな」
「アマンザ……いつ生まれたっけ。忘れたが最近だな」
「何百年も前からじゃないよ。彼女は人間だし」
「そ、そうか。じゃあ、彼女は普通にガーベラになってるのか？ 周りは誰も気づいてないのか？ ばれたら大変じゃないのか？
ガーベラになって何してるんだ？ もしかして、私は彼女がガーベラの時抱いたことがあるのか？」
ラーズの質問はいっぱいだった。
「たぶんラーズとはないと思うよ」
「本当かあ？ サーラが気づいてるのに私がまったく気づかないなんてなんてことだ」
「たぶんサーラが生まれる時に彼女がいたからじゃないかな」
「えー？ じゃあ抱いてるじゃないか」
ラーズは取り乱していたが、クーリーフンは冷静だった。ラーズには近々ばれるかもと思っていたのかもしれない。
「いや、その後入れ替わっちゃったみたい。それで彼女が羽を食べて、サーラができたんだよ」
「はあ」
「お母さんには、ばれたってラーズがいう？ それとも僕が言おうか？」
「え……言ったらどうなる？」
「したいようにすればいいんじゃない？ 怒るなりなんなり」
「えー……怒るって……怒るようなこと……かな？ なんかいろいろこんがらがってわからん！」
ラーズは頭を押さえていた。
「んじゃそういうことで」
クーリーフンが行こうとして、ラーズはまた腕をつかんでいた。
「つまり、ガーベラは自分の意思で、彼女に体を貸してるんだな？ サーラはそれを知って彼女になついてるんだ」
「そうだね」
「彼女はガーベラになって何してるんだ？ もしや目当ての神と仲良くなってるとか？ あ、ハロルドか？ ハロルドと会うために
来てるんだろう」
ラーズはずばり指でさしていた。
「別にそういうわけじゃないけど、ハロルドはこのこと知ってるよ」
「だから彼女を気に入ってたのか？」
「まあそう」
ラーズの中で、いろいろなことがつながってきた。
「ハロルドはよく怒らなかったな。怒りそうだが。なんだ、気づいたのはハロルドが先じゃないか。恋人としては新参なのに」
ラーズはちょっと面白くなさそうだった。
「ハロルドとはちょっといざこざがあって、お母さんが自分でばらしたんだよ。ハロルドはすごく怒ってたけど、結局彼女が気に入ったみたい」
「へー……」
ガーベラが時々別人、などと思ったこともなかったラーズだったが、今考えればひょっとしてあの時かな、と思えることがあった。
ガーベラに仲良くなろうと誘った時、ガーベラはすごく真っ赤になって逃げて行った。あの時である。
「ガーベラは、別人が自分の体で誰かと寝ても、平気なのかな？」
ラーズはぽつりと言った。
「あれほど母さんと気が合う人間はそうはいないから、お母さんはもう自分の分身だって思ってるんだよ。それに恋人たちとの間がうまく
いってるの、彼女のおかげもあるし」
「え？ どういうことだ？」
ラーズは目を丸くしていた。
「彼女がお母さんに出産運を持ってきたようなものなんだよ。子供は僕だけだったのに、今はこんなにいる。ジンラなんてアマンザができて
お母さんへの愛が持続したようなものだしね。サーラだって、彼女が羽を食べなかったら生まれなかったかもしれない」
「へー……じゃあ私は逆に感謝しなきゃいけないのか？ 羽を食べてくれてありがとうって」
人がいいラーズは怒るどころかそう思っていた。
「別にそこまでしなくていいけど、怒ってないなら、素知らぬ顔をしてあげたらいいんじゃない？
あ、アマンザもお母さんがたまに変わってるって気づいてるけど、まさか彼女だと思ってないからね」
「アマンザが生まれた時もいたのか？」
「そう。アマンザは彼女の時できたんだよ」
「そうなんだ……ジンラは知ったらどう思うだろうなあ……そういえばアマンザは、彼女がガーベラに似てるって言ってたな。
ガーベラになってるって知らないのに、本能的にそう思ったのか、すごいな。じゃあジェイクも？」
「うん」
「他には？」
「ルティアナと、ティラ、ティカ以外」
「えー？ ハロルドは全員？ そりゃ、彼女のこと気になるよな……」
想像外の出来事が続いて、ラーズはかえって冷静になってきた。
全然気づかなかったし、まあいいのかな？
ラーズはそう思えてきた。ラーズだってサーラがかわいくてならないのである。
「私はガーベラには言わないことにする」
「そう？」
「ガーベラになった彼女といろいろ話してみたいな。今日はどこに行ったんだろう？」
「さあ？」
クーリーフンも知らないことだった。
サーラと別れたゆりは、ある作戦を実行するためにハロルドの元に飛んでいた。
ゆりはペガサス牧場に移動していた。牧場にはペガサスが２０頭ほどいたがハロルドはいない。厩舎に行ってみると、中にハロルドがいた。
ペガサスの毛づくろいをしているようだ。
「ハロルド、ペガサスのお世話してるの？」
ハロルドが顔を向けた。
「ガーベラ、なんだ、もう来たのか？」
「うん。きたの。あ、かわゆい赤ちゃんがいる！！」
でかいペガサスの横の部屋には、小さいペガサスが二頭いた。
「かわゆーい」
ゆりはペガサスの頭をなでなでしていた。小さくても立派な翼がついている。いつみてもかわいいものである。
「そっちがお母さんなんだ？ がんばったね」
「なにしにきたんだ？」
「あなたに会いに来たの。お世話が終わるまで待ってるから」
ゆりは小さいペガサスをなでなでして待っていた。
しばらくして、ハロルドが「終わった」と言ってやってきた。
「何か用があるのか？」
「実はあなたに欲しいものがあるの」
「欲しい物？」
ハロルドは目を見開いていた。ゆりがハロルドに何かをねだるというのは初めてのことである。
「なんだ？ 人間の金なら持ってないぞ」
「違うわよ。あなたの神気がほしいの」
ゆりはすぐそばでハロルドをじっと見上げて言った。
「はあ？」
「神気ちょうだい♪」
ゆりはそう言ってハロルドに抱き着いていたのだった。
つづく
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