第41話
「神気ちょうだい♪」
といってゆりはハロルドに抱き着いていたが、ハロルドはそっとゆりの体を離していた。
「あのな、ガーベラ、人間は、神気をもらっても神にはなれないんだぞ」
ハロルドは真面目な顔でかみしめるように言っていた。ゆりはぽかんとしている。
「人間と神は根本的に違うんだ。どうやっても人間は神にはなれない」
「違うわよ。そうじゃないの。ただ神気がほしいだけよ」
ゆりは言った。
「どうしてほしいんだ？」
「えーとね」
「まあ、とりあえずこっちに来い」
ハロルドが促し、ゆりもついていった。場所はペガサス牧場の近くにある小さな神殿である。
入ってすぐの部屋の長椅子にハロルドが座ると、ゆりは他にも長椅子があるにもかかわらず、ハロルドの横に座って抱き着いていた。
「………それで神気がほしいってどういうことだ？」
ハロルドは足を組んで聞いた。
「アシュランが言ったのよ。神様から神気をもらえばあっちに狙われないって。だからもらえば？ みたいなことを言われたの」
ゆりが説明すると、ハロルドは「？」という顔をして、体をゆりから離していた。
「それは嘘だ」
「本当よ」
「嘘だ。アシュランがそんなことを言うはずがない」
「だって言ったもん」
ゆりは真面目顔である。ハロルドは、ゆりが馬鹿な嘘をつく人間ではないということはよくわかっていた。
「なら聞き間違えたのだろう。アシュランが何を言ったのか、よーく思いだして言ってみろ」
「うーんと、『神と同衾すればあっちに襲われないんだぞ。誰がいい？』って言った。
「はああ？」
ハロルドはかなりでかい声で驚いていた。
「アシュランがそんな馬鹿なこと言うか。お前寝ながら聞いてたんじゃないのか？」
「そんなわけないでしょ？ 本当にそういわれたの」
「おかしいなあ……」
ハロルドは首をひねっている。
「私もこの話はおかしいとは思ってるの。たぶん私の人間性を試すためにあんなこと言ったんじゃない？」
「人間性を試す？」
ハロルドはさっぱりわからんという表情だった。
「それでお前、誰って言ったんだ？」
「誰とも言ってないよ」
「本当かあ？」
「私には恐れ多いことでございますって言った」
「本当か？」
かなり怪しんでいる。
「というわけでね、この姿で神気をもらおうと思ったの」
ようやく話が通じてきた。
「お前はもうガーベラの神気をもってる。それに神気ってのはあげたりもらったりするようなもんじゃないぞ？」
「だからね。私の魂に、ガツンとほしいの」
「はあ？」
「私、気もらうの得意だから、神気ももらえるかなって思って」
ゆりは再びハロルドに抱き着いていた。
変な話だ……
神気をもらえばあっちに狙われないってどういうことだ？
確かに神が人間に特別な保護を与えるってことはあるかもしれないが……アシュランがそうしろというなんて、とても信じられん
「もう一度聞くが、さっきの話、本当だろうな？」
ハロルドはどうにも信じられなくて、もう一度聞いていた。
「本当よ。嘘だと思うならグレンに聞いてみたら？ グレンも知ってるから」
ゆりは抱き着いたまま聞いた。
「そうしよう。お前の話はさっぱりわからんからな」
「えー？ そうかな」
ゆりはハロルドの胸にぴったりくっついている。
「神気、移動してる？」
ゆりが聞いた。
「知らん」
「えーこれでもらえると思ったんだけどなあ」
ゆりは力を込めてハロルドに抱き着いていた。
ハロルドはゆりの体をひっぺがした。
「ガーベラ、よく聞いてくれ。私は、お前とはもうあまり会わないようにしようかと考えていたんだ」
ハロルドはゆりの肩に手を置いたまま、真面目に言った。
「え？」
ゆりは驚いていた。
「お前のことを考えすぎてなんか疲れてきたんだ。神として、一人の人間ばかり気に掛けるというのも問題だし、それで……」
ハロルドはゆりから手を離していた。
「…………」
女神の顔がしょぼくれてきた。もしかして泣くかな、と身構えたハロルドだったが、ゆりは泣かなかった。
「会ったって会わなくたって、あなたは私のこと気にしてくれてるじゃない。ならどっちでもいいんじゃないの？」
「え？」
「私に幻滅してもう会わないっていうならしょうがないけど、私のことすごく心配してくれたんでしょ？ 会わなくなったらもう全然気にしないで
いられるの？」
「え……」
「そんなに心配するようなことはもう起きないわよ。アシュランもああいいながらなんかしてくれてるだろうし」
ゆりは気楽に言い出した。
「…………」
ハロルドは、（確かにアシュランは赤ん坊には何かしたようだが、お前には何にもしてないはずだぞ）と言おうとしたが、ゆりががっかりするかもしれないと思い
言えなかった。
大体、この女はなんで城にずっといるのに、面倒なことに巻き込まれるんだ！
おかしいだろ！
ちょっと何かがずれていたら死んでいたかもしれないんだぞ。どれだけ気をもんだと思ってるんだ！
ハロルドは心の底からゆりを心配し、助けた後も不安でいっぱいだったのだ。
心が元に戻らなかったらどうしようと心配していたのに、ゆりは神がびっくりするほどあっさり回復していた。
普通の人間はそんなに強くはない。後遺症があってもおかしくはないのだ。神官なみの精神力である。
ゆりはじっとハロルドを見ていたが、やがてまた抱き着いていた。
「ガーベラ……本当に、心配したんだぞ」
人間は、時にあっさりと死んでしまうのだ。ハロルドは、ゆりの死に直面するのが怖くなったのだ。これ以上肩入れしすぎると、いなくなった時には
かなりのショックを受けてしまうだろう。逃げようとしたのだが、確かに会わなくなっても心配は心配だろう。何か噂を聞けば、様子を見に行きたく
なってしまうかもしれない。
「ごめんね。もう大丈夫だからね。だからそんなこと言わないでね」
ハロルドはゆりに逆に慰められていた。
「お前は怖くないのか？」
（まさか部屋で一人になった時にはおびえてるとかいうことはあるのか？ あんまり想像できないが……）
「夜は闇夜ばかりじゃないもん。それにしょっちゅうあんなこと起きないでしょ？」
「そう思いたいが」
「もうその話はいいとして、あのね、私お祝いがまだなの」
ゆりは突然にっこり笑って言い出した。
「お祝い？」
「助かったお祝いに仲良くしたいと思っても、向こうじゃ誰も仲良くしてくれなくて……だからね、あっちに行きましょ」
ゆりは奥のベッドがある部屋を指していたので、ハロルドは「ええ？」と驚いていた。
「お前は、なんで今日に限ってぐいぐい押してくるんだ」
「だって、誰かとお祝いしないとすっきりしないんだもん」
「なんで向こうじゃ誰も抱いてくれないんだ」
「しょうがないの。みんなその気なくて」
「えー……」
（あれだけ男がいて誰も相手をしてくれないなんて、かわいそうな女……）
ハロルドはちょっと誤解していた。
ゆりは立ち上がり、ハロルドの手を引っ張っていた。
ハロルドはつれなくその手を払った。
「今日はしない」
「するの」
「しない」
「するの。拒否するなんて許さない」
「はあ？ なんだ？ その強気な発言は」
「だって、私愛欲の女神だもん」
ゆりはにっこり微笑んで言った。
「だから来て」
ゆりは一人で奥に行ってしまった。
「…………」
ハロルドはあっけにとられていた。
今まで散々逃げてたくせになんなんだ。こうなったら、ちょっと乱暴にして泣かせてやるか……
ハロルドは意地悪く思って寝室に向かった。ゆりはベッドに座っている。
「泣いてもしらんからな」
「え？」
ハロルドは女神の体をベッドに押し倒して上に乗り、服を脱ぎ始めた。裸になった後、女神のスカートだけをたくしあげて、足を広げさせ、
いきなり体を挿入した。普通ならば、いきなり強引に押し込めば、女は悲鳴をあげるはずである。
だがなんということか、女神の体はすっかり準備万端整っていたために、ハロルドの体は難なく奥まで入って行ったのだった。
「くそっ……」
奥までつながると、ゆりはハロルドの背中に腕を回していた。
女神の頬はほんのり赤くなっている。豊満な胸をわしずかみにして乱暴に腰を動かしてみても、女神は嫌がるどころか恍惚とした表情を浮かべていた。
くそくそっ腹が立つ、この女、今日はガーベラの体を完璧に操ってる。気持ちがよすぎて、離れたくない……
いつもは受け身だったのだが今日は自分から誘ったせいか、ハロルドを気持ちよくさせたい、という思いがハロルドには感じられた。
身体はちょうどよい具合に締め付けられて、なんとも気持ちがいいのである。
同時に女神の神気はかなり高まっている。愛欲の女神がその気になれば、相手の男は体も心もメロメロにされてしまうのである。
先ほどの腹立たしさはすっかりハロルドから消えていた。
「ハロルド、もっと優しく触って……」
「あ、ああ」
ハロルドは、女神の胸を優しくなでまわし、唇を合わせた。
女神の吐息からも花の匂いがした。ハロルドの体は甘い匂いに包まれて、思考回路は麻痺しそうになっていた。
ハロルドの体は達していたのだが、ゆりが足を腰にからめて離さなかったために、すぐに興奮状態になっていた。
「素敵」
「はあ……おい、神気を抑えろ、なんかもう、くらくらする」
「加減がわからないの」
「興奮しすぎて、もうわけがわからん」
ハロルドが再び達して力が抜けた時、ゆりは体がひっついたまま、ハロルドの体を回転させて上に乗っていた。
「ガーベラ、もう……無理だ……」
ゆりはハロルドの体を離さず、腰を巧みに動かしていた。ハロルドの体は再び興奮させられている。
ゆりの方は、快楽を感じまくっているというわけでもなく、様子をうかがうようにハロルドを見下ろしていた。
「ガーベラ……おい……」
「実はね、さっきもう会わないって言われてすごく悲しかったの。だからいじめちゃう。謝るまで許してあげないから」
「え……う……うう……」
ゆりは体を離す気がないらしい。ハロルドは達し続けても興奮し続けるのがつらくなり、ついには「悪かった」と謝っていた。
「私のこと愛してる？」
「愛してる」
女神の神気が急速に落ち、ゆりはハロルドから体を離した。
「お前って女は……こわっ！」
ハロルドはかなりの疲労感を漂わせながら言っていた。
「ハロルドがひどいことを言うからでしょ。でもこうやっていじめられるの好きでしょ？」
「……まあ、好きだ」
ハロルドはあっさり認めた。抱けない罰より、こういう罰の方がいいに決まっている。
ゆりはハロルドの頬にちゅっとキスした。
「抱いてくれてうれしかった。ありがとう」
ゆりは最後にはお礼を言って横に寝転んだ。
くそ……悔しいが……負けた……
ハロルドは心の中で白旗をあげていた。
こうまでガーベラの体を完璧に操るとは、なんて恐ろしい女だ……
そう思ったが、まんざら嫌でもなかったハロルドは、ゆりを抱きしめたい気分になり、女神の肩に触れた。
すると、顔を向けた女神は普段のガーベラだった。なんと、ゆりはやるだけやってさっさと帰ってしまったらしい。
ガーベラはきょとんとした目でハロルドを見ていた。
ハロルドはとたんにむすっとして、ガーベラに背中を向けて寝転んでしまった。
「どうしたの？」
ガーベラが聞いた。
「お前たちはどちらも好かん」
ハロルドはふてくされて言っていたのだった。
人間界では、レーヌが「あーあー」声を出していた。ゆりはその声で起きたようである。まだ夜明け前だった。あたりは暗いが真っ暗ではなかった。
「レーヌ、おなかすいちゃったかな？」
ゆりはレーヌを抱っこしたが、レーヌは「あーあー」声を出して手足を動かしていた。
「おなかすいてないの。起きちゃっただけ？」
「あー」
「そっかあ……」
ゆりは神の国でのことを思い出し、顔を引きつらせていた。
なんで私はガーベラに入ったら超強気になっちゃうんだろう……あんなつもりじゃなかったのにー！
ハロルドの肌に触れていたら、たくましい身体についその気になってしまったのだった。
愛欲の女神が恋人に拒否されるなんてあってはならない！
なんて思ったら変なスイッチ入っちゃったなあ。いろいろすごいことしちゃったな……
こっちではあんなことしたことないのに……
ゆりの頭には、巫女スイッチと同じようなスイッチがどこかにあるらしい。
ガーベラになっている時は二人のゆりが一緒になっているので、黒目のゆりが思っていることとは違う行動になってしまうのかもしれない。
まあいいか。こっちでは禁欲生活だし
ハロルドとは元通り仲良くしたいな……
ゆりはベッドの上に花びらが落ちているのに気付いた。
これよこれこれ。これが神気じゃない？
ゆりはレーヌを抱っこしたまま花びらを拾い上げていた。花びらからはいい匂いがする。
「あれ？ でもこれって、ガーベラの神気のせいじゃない？ ガーベラの神気が高まって、余りがこっち来たみたいな感じなのかな？」
ゆりは首をかしげていた。
神の国では夕方、ハロルド神殿にグレンがやってきていた。グレンは部屋にいたハロルドに会ったが、ハロルドが超不機嫌な顔をしていたために、
「何か怒ってます？」
と聞いていた。
「いや、別に怒ってない。こっちに来てくれ」
ハロルドはグレンを奥の部屋に連れて行き、外に誰もいないのを確認してグレンを椅子に座らせた。
ハロルド自身何に対して怒っているのか、自分でもよくわからない。ただむしゃくしゃしてしょうがないのである。
「なんですか？」
「お前、この前蛇の国の王妃が帰る前、アシュランと話をしたのを聞いただろ？ そのことについて聞きたい。王妃に話を聞いたんだが、
さっぱりわけがわからんのだ。アシュランは本当に、『神と寝れば神気がもらえる』ようなことを言ったのか？」
「ええ、おっしゃいましたよ」
グレンがあっさり認めて、ハロルドはおののいていた。
「アシュランがそんなことを人間にいうなんておかしいだろう？」
「私もそう思ったんですが、アシュラン様には何かお考えがあったんじゃないでしょうか？」
「どんな考えだ？」
「アシュラン様にお聞きになってください。私にはわかりません」
「そうだな。アシュランに聞く。もう言っていいぞ」
ハロルドはグレンが立つ前にさっさと部屋を出て行き、神殿も出て行ったのだった。
ハロルドはペガサスに乗り、雲の上の神殿にやってきた。アシュランの間には緑の神ジュライがやってきていた。
「悪い、アシュランに用があるんだが外してくれるか？」
ハロルドがジュライに頼むと、ジュライは「ああ、用が終わったところだ」と言って出て行った。
ハロルドは部屋に誰もいないのを確認して、小声で、
「蛇の国の王妃になぜあんなことを言ったんだ？」
と聞いていた。
「あんなこと？」
アシュランは椅子に座ったまま瞬いている。
「神と寝ろみたいなこと言ったろ？」
「ああ、あのことか。そんなこと言ってないぞ。『神と寝るとしたら誰がいい？』って聞いたんだ」
「はあ？ そんなこと聞くなんておかしいだろ？」
「別におかしくない。私は人間の女性にたまに聞いてるぞ？ 人間の女性の好みが知りたくてな」
アシュランはしれっと言っていた。
「いや、いやいやいやおかしいぞ。それに、正確には、『神と寝ると神気がもらえてあっちに襲われない』というようなこと言ったろ？」
「ああ言った」
「それもおかしいじゃないか。なぜそんなことを人間にすすめる？」
「どういう反応をするのかなと思って聞いてみた」
「からかっただけなのか？」
「王妃はちゃんと私の意図は理解してたぞ。ああいうところが面白い」
「たとえ抱いても人間に神気なんてやれないだろ？ 信じられん。最高神が人間に嘘をつくなんて……」
ハロルドはあきれていた。
「嘘？ 嘘なんてついてない。私が抱いた女はみんなそういう守りがつくぞ。まあ、私だけが持ってる力だが」
アシュランは普通に話していたが、ハロルドは二歩もあとずさり、怖いものを見るような目で自分の父親を見ていた。
「じゃな何か？ お前が王妃を抱きたかったとかいうわけか？ 本気か？」
（とうとうアシュランがあの女にそっちの興味を持ったのか？） とハロルドは恐ろしく思っていた。
「そうじゃない。私はな、彼女はお前を選ぶと思ってたんだ。そしたらお前にそういう力を一時的に授けてやってもいいかなと思ってた」
「はあ？」
「そしたら、彼女は神とそうなるつもりはないと言ってきた。普通あれだけ怖い思いをしたんだから私の話に乗ってくるけどな。
『相手は誰でもいいので助けてください』って普通の女ならいうだろうが、あの王妃はお前を気に入ってるようだから、お前の名前を出すと
思ったんだ。だが出さなかった」
「なあ……そんな周りくどいことしないで、そういう気があるのなら普通に守りの力とやらをやればいいじゃないか」
「やなこった。それに他のことを教えてやったし」
「他って？」
「さあな。それにしても、王妃があの男を選ぶとは思わなかったなあ」
アシュランは口調を変えて、おおげさに言い出した。
「え？ だれも選ばなかったんだろう？」
「私がしつこく聞いたら一人選んでたぞ。でもまさか、あの男とは……」
アシュランは横を向いて意味ありげに言っている。
「だれだ？」
「まさかあの……」
「だから誰なんだ」
「教えない」
アシュランはにやにやして言い、口笛を吹きだした。
「なんなんだ……」
ハロルドは苦々しい表情でアシュランの間を出て、「そうだ！」とグレンを探しに行った。
グレンは雲の上の神殿に帰ってきていた。
「グレン、ちょっと来い！」
ハロルドはグレンの顔をみるやいなや、腕を引っ張り、通路の奥に連れて行った。
「なんですか？」
「王妃が選んだ男を教えろ」
ハロルドはグレンに顔を寄せて聞いた。
「え？」
「誰か神を選んだんだろ？ 教えろ」
ハロルドは小声で迫っている。グレンはすぐにあの話かと察し、
「知りません」
と顔色も変えずに答えた。
「お前聞いたんだろ？ 教えろ」
「聞いてません」
「嘘つけ。絶対聞いただろ」
「知りません」
「本当かあ？」
「本当に知りません」
グレンは最後まで、知らないで通したのだった。
つづく
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