第42話
神の国では満天の星空が輝いていた。今宵は上弦の三日月、月の女神の馬車はとっくに神の国を出て行った。
癒しの泉では、両手を組んで祈るマリカの姿があった。マリカは起き上がれるほどに回復したようである。そこに、夜の神オルガが飛来してきた。
「こんな時でも祈っているのか？」
「はい、いつもの習慣ですので」
マリカは顔をあげて答えた。
「実は、アシュランがお前に会いたがっているんだ。ここから出れそうなほど元気になったら連れて来いと言われた。平気か？」
「はい、平気です」
オルガはマリカの身体を抱き上げて、宙に舞った。
夜空を舞うものは、他にはいなかった。
夜の世界は静かで、川のように流れる星々は、マリカにとってはどんな宝石よりも美しいきらめきに思われた。
輝く星々をいつもよりも少し間近に見上げながら、マリカは微笑んでいた。
「小さい頃、こうして空を飛ばせてくださったのを覚えています」
「そうだったな……」
マリカの出身は西の聖域である。両親共に神官であり、母親は夜の神官戦士でオルガもよく知っていた。マリカは小さいころからオルガがそばにいても
眠らない子供だった。「飛ばせて」とせがみ、オルガが夜空を散歩してやったこともある。
その子供はやがて大きくなり、母親と同じ神官戦士を目指した。夜の神官に任命したのもオルガである。
「あれから随分重くなったな」
オルガがちょっと笑って言った。
「え、すいません」
マリカは真面目に謝っている。
「冗談だ。雲の上の神殿についたぞ」
オルガは雲の上でマリカの体をおろした。神殿の中は輝いていたが、光はあまり外にはもれていなかった。夜だからだろうか。
マリカは身をすくめて神殿を見ていた。
「大丈夫か？」
「アシュラン様は、お怒りではないでしょうか」
マリカはちょっと不安そうだった。
「何も怒ってないぞ」
「私は今回なんの役にも立てませんでした」
「そんなことはない。お前がいてくれて随分助かった。何も心配しなくていい」
「私、怖いんです……」
「大丈夫だ。私もいるから」
オルガが安心させるようにいい、マリカを促した。
神殿に入ると、とたんに光が満ちて、夜の世界にいたマリカはまぶしくて目が開けられないほどだった。
アシュランの間に入るときには何とか目が慣れていた。
マリカはアシュランの間に入り、すぐに床に膝をついた。
「マリカ、ようやく元気になったようだな。側にこい」
アシュランが椅子に座ったままマリカを呼んだ。脳天に響くような声である。優しいが、どこか恐ろしさも感じる。
「はい、アシュラン様」
マリカは立ち上がり、頭を下げたまま恐る恐る足を進めた。
マリカは恐ろしさのあまり、顔をあげることはできなかった。
神官であっても、ここに来ることはマリカは初めてである。神の国に来たこそすら初めてだった。おそらく自分の母もないに違いない。
ここは神官たちにとっても最も神聖な場所。その最高神アシュランは、目を合わせるのもはばかられるほどの存在なのである。
なんといっても人間界の基礎を作ったのはアシュランである。最も偉大な神だと、西の聖域ではだれもが思っている。
生まれた時から、アシュランを敬うようにとしつけられている。
アシュランの側に近づくだけで魂が丸裸にされるような感触を、マリカも味わっていた。
重大な罪を犯していなくても、目を合わせるのが恐ろしいのである。
マリカに限らず、アシュランに対面した人間のほとんどはこういう反応を示すものである。
マリカは近くまで来て再び膝をついた。アシュランが椅子から立ち上がり、さらにマリカに近づいた。
マリカはまぶしさのあまり目をぎゅっと閉じている。
「このたびは、助けてくださりありがとうございます。役目を果たせず、申し訳ありません」
マリカは頭を下げたまま言った。
「お前はよくやった。マリカ、泉で夢を見たか？」
アシュランが聞いた。
「夢、ですか？」
「何か夢を見たのなら言ってみろ」
「…………」
アシュランはマリカの頭に手をかざしていた。
「何の夢を見た？」
「黒い……城が見えました……」
少し離れていたオルガがはっとした。
「星があまり見えなくて……いやな……夢……」
その時、マリカの体を黒い気のようなものが薄く取り巻いた。
「やはり、泉でも浄化しきれなかったか」
「待てアシュラン！」
アシュランの左手がマリカの腹に素早くあてられて、強烈な光がマリカの身体を取り巻いた。
「！」
マリカの体は激しくのけぞり、その体はどさりと床に倒れた。黒い気はすっかり消えて、光の輝きも消えた。
「マリカ！」
オルガがあわてて駆け寄ったものの、マリカは目を開いたまま、すでにその瞳には、何も映してはいなかった。
一瞬の内にすべてが行われ、オルガは止めることもできなかった。
アシュランは、極めて冷静な表情で、マリカを見下ろしていた。
「オルガ、何か言うことがあるだろ？」
アシュランが立ったまま、オルガに声をかけた。
「……気づかずに悪かった」
オルガはアシュランと視線を合わさずに言い、マリカを抱き上げた。
「オルガ」
「もういいだろう！」
オルガは激しく言い放ち、マリカを抱いてアシュランの間を出て行った。
完全に取り除いたと思っていたのに、マリカの体の中に注がれた闇の気は、まだ残っていたのだ。
闇の気は泉の水でも浄化されずにマリカの中にくすぶり、マリカを悩ませていた。アシュランはそれに気づいていた。
「すまなかった。私が気づいていれば……」
オルガは雲の上に出るとすぐに飛んで行った。
グレンがオルガを追ってきた。
「オルガ様、まだアシュラン様のお話は終わってませんよ。お戻りください」
グレンはオルガの背に話しかけた。
「私に話などない」
「オルガ様！」
「うるさいな！」
オルガは振り返ってグレンをにらんでいた。
「一体何をそんなに怒っておられるんです？」
グレンは不思議そうである。
「私は私の神官を一人失ったんだぞ！」
「仕方がないでしょう。また神官を増やせばいいではないですか」
グレンはたいしたことでもないかのように言い、オルガは頬を引きつらせていた。
「お前、何を言ってる。神官を持たないお前にはわからんかもしれんが、神と神官ってのは──」
その時マリカの顔の向きが変わり、オルガは「うわっ！」と驚いていた。
「マリカ！？」
マリカの肌の色が、顔からすっと変わって行った。茶色い肌は、白くなっている。
「どうなってる？」
「お戻りください」
グレンがやれやれといった様子で言った。
オルガがアシュランの間に戻ると、アシュランは椅子の膝あてに頬づえをつき、足を組んでいた。
「おい、話の途中で出て行くな」
「悪い」
「アシュラン様が彼女を殺してしまったと思われたようですよ」
一緒に来たグレンが親切にも説明し、オルガはかなり気まずそうな顔をしていた。
「へーそうか」
アシュランはオルガを横目で見ている。
「悪い。ついそうかと思った。目が開いたままだったから」
マリカはオルガに抱かれていたが、今は眠っているような感じだった。
「一時期仮死状態にはなってたが、私がそんな非情なやつだと思われていたとは、ちとショックだな……」
アシュランはぶつぶつ言っていた。
「悪かったと言ってるだろう。それで、マリカはどうなったんだ？」
「最初にやると刺激が強すぎるからな、仕方がないからマリカがちょっと元気になるのを待ってたんだ。闇の気は私が完全に飛ばしたが、それだけでは不十分だ。
夜の神官は闇の力に強いが、あちらの夢まで見てしまうといつか取り込まれる可能性がある。だから夜の神官から光の神官に変えた。
その肌は、夜の神官になる時に変わったんだろう？ だから元に戻ったんだ」
「マリカは光の神官になるのか？」
オルガは驚いてマリカを見ていた。
「腹に私の保護印も刻んだ。それでもう、あちらの夢は見ない。もうしばらく泉で過ごさせれば、すっかりよくなるだろう」
「そうか……礼を言う。ありがとう……」
オルガはようやく微笑んだ。
「夜にはちょっと弱くはなるだろうが、会えないわけじゃない。お前がその子をかわいがってることは知ってる。だから最善の方法をとってやろうと
思ったのに、そんな風に誤解をされるとは……」
アシュランはまだぶつぶつ言っていたので、「さすが最高神だ。だが、最初から教えてくれればよかったじゃないか」とオルガはアシュランをよいしょしながらも
愚痴っていた。
「私もマリカに会うまでは確信が持てなかったのだ。そろそろ泉に返してやれ」
「ああ、ありがとう」
オルガはすっきりした表情で去って行った。
「やれやれ、こんなに慈愛に満ちた顔をしているのに、なんであんな誤解をされるんだ？」
アシュランは自分では心底わからないという表情をしていたが、グレンはそれについては何も言わなかった。
「久しぶりに女の神官を任命したなあ。ヒルデリアはまさか怒らないだろうな。怒ったらオルガに説得させるしかないな」
アシュランが自分の神官に手を出すために、ヒルデリアは光の神官は男限定にしたのだった。神官戦士もそうである。
「アシュラン様が何もなさらなければ大丈夫でしょう」
「保護印を与えた女には手を出したくなるもんだ。オルガが怒るだろうから我慢するが……我慢できなかったらどうしよう……」
最高神は頼りなさげにつぶやいていた。
「あの、蛇の国の王妃に普通に保護印をあげないのも、そういう理由なのですか？ ハロルド様が王妃のことを気に入ってるから、
アシュラン様は遠慮なさっているのですか？」
グレンは疑問を投げかけてみた。アシュランとゆりのやりとりは、グレンにはかなり奇妙に感じていたようである。
「あの王妃に保護印をやってもそういう気にはならないぞ。それに私の保護下に置いたんじゃ何も面白くない。せっかくの魅力がなくなる」
グレンはさっぱりわからないといった顔つきだった。
「お前はわからなくていいんだ」
アシュランはにやりとしていた。
マリカの体は再び癒しの泉に戻された。オルガは沈んでいくマリカを上から見ている。
不老不死の神にとっては、気にいっている人間が亡くなるのは悲しいことである。
だが別の楽しみもある。その血が受け継がれた子や孫に出会うことである。
（いつか、マリカの子供が生まれて、その子供が星が好きだったなら、同じように夜空を散歩させてやりたい）
オルガはそんな願望を抱いていた。
「お前や、お前の母、祖母にしたのと同じようにな……」
夜の神は泉を離れ、夜空に舞ったのだった。
一方、人間界では、ゆりがガーベラに入ってハロルドと仲良くした翌日、ゆりの体からは花びらが現れていたが、やはり周りの反応も違っていた。
侍女のミラからは、「今日は輝いてみえます」と言われ、赤ん坊のレーヌもご機嫌である。
もしかしたら、神の国で女神に優しくされたのが心地よく、それを思い出したのかもしれない。
ゆりは食堂に行くまでに、親指くらいのハートの形をした花びらを２枚拾っていた。
食堂に入り、アナスターシャとナナミにピンクの花びらを「はい」とあげた。
「あ、すごくいいにおい」
ナナミは花びらの匂いにすぐ気づいた。
「ほんとだ」
とアナスターシャ。椅子に座っていたミシェイラが両手を出していた。
「ミーも！」
「もう一枚出るかな？ ちょっと待ってね」
ゆりは立ったままスカートをひらひらしていた。子供たちは何をしているんだろう、という顔でゆりを見ている。
やがてひらひらと花びらが一枚スカートの中から落ちてきた。
「やった。出た」
ゆりは花びらを拾ってミシェイラにあげた。
「わーい」
ロイはゆりに近づいてスカートをめくっていた。
「ちょっと、何するのよ」
ゆりがスカートを押さえた。
「だって、中に隠してるんでしょ？」
ロイはスカートの中をのぞこうとしている。
「隠してないの。今のは……魔法よ。今しか使えないけど」
ゆりはさっさと椅子に座った。
「どうして魔法が使えるの？ じゃあ瞬間移動もできるの？」
ロイが不思議そうに聞いた。
「できないわよ。今だけ、そして魔法はこれだけ」
侍女がゆりの前に食事を置いてくれたので、ゆりは「いただきます」と言って食事を始めた。
アナスターシャが持っていた花びらは消えてしまった。
「母様もっとちょうだい」
アナスターシャが手を出している。
「私も。花びらじゃなくてお花ちょうだい」
ナナミが持っていた花びらも消えた。
「そんなこと言われても無理無理」
ロイが机の下にもぐっていた。
「あった！」
ロイは机から出てきたが、花びらを一枚持っていた。
「ちょうだい」
アナスターシャが手を出したが、「やだ」と言ってロイは自分でにおいをかいでいた。
「いいにおい」
「……あ、僕わかったよ。なんか今日の母様輝いてるし、ガーベラ様に何かもらったんだ？」
シスが微笑んで言った。今日はシスの機嫌はわりといいらしい。
「えっ？ まあ、実はそうなの。うふふ」
ゆりはそう言っておいた。
「ねえ、綺麗なお母様」
ラギがにこにこして言い出したので、ゆりは怪訝な表情をしていた。
「僕ね、ジンラ様に会いたいから今度連れてきてよ。前から言ってるけど、全然連れて来てくれないね」
「僕はライオネル様がいい！」
声は机の下からした。ロイがまたもぐっている。するとアナスターシャとナナミももぐりだした。
「ミーも！」
ミシェイラまで机の下に入ってしまい、ゆりは「こらこらもう魔法はおしまいなの。出なさい」と怒っていた。
「ジンラ様、ジンラ様！」
ラギが連呼している。
「そんなの無理なの。大体……ああ！」
そこでゆりはすっかり忘れていたことを思い出し、机をばんとたたいていた。ラギがびくっとしている。
ジンラ様といえば、すごいことがあったんだった！
ジンラ様が王様に化けた！！！
まさかあんなことがあるなんて……
ゆりは今更ながらに思い出していた。癒しの泉ににやってきたラクシュミはジンラだったと、ゆりはレーヌを抱いてきたヒルデリアに聞かされていたのだった。
だがその時はレーヌの無事で頭がいっぱいだったために、あまり深く考えずに「そうなんですか。私のためにありがとうございます」とだけ返していた。
改めて考えるとものすごいことである。
ああ、このすごいことをだれかに言いたい！ だけど言えない〜〜〜〜！
ジンラ様が！ あのジンラ様が王様になってくれたなんて〜！
しかも『ゆり』って呼んでくれたんだ……
ゆりは真っ赤な顔でぼんやりしだしたので、ラギは、
「お母さんは夢で楽しめていいなあ。僕も連れて行ってほしいよ」
と愚痴ていた。
「まあいいじゃない。母様は城にずっといるんだからさ」
シスが言った。
「ちょっとそれ私のよ」
「僕の」
「ミーもほしい！」
「花ー！」
４人の子供たちはまだ机の下にもぐっていたが、ゆりはぽやんとしていたためにもう注意するどころではなかった。
ゆりが部屋に戻るとラクシュミが来ていた。
「王様〜！」
ゆりはラクシュミに抱き着いた。
「王様、好き」
「よしよし」
ラクシュミは優しくゆりの頭をなでなでしていた。
「王様、今日の私、どこか違うと思わない？」
ゆりは抱き着いたまま顔をあげて聞いた。
「ああ、なんか、かわいいぞ」
「本当？」
以前のラクシュミはそのままゆりを押し倒したいくらいの勢いだったが、今はそれほどの勢いはない。
ゆりが産後のために、かなり気持ちがセーブされているようである。
寝室からミカエルが出てきた。その後ろにはベビーベッドを引いているミラがいる。
「あ、王妃、今日は輝いてますよ。どうしたんですか？」
ミカエルは目ざとく気づいていた。
「え？ そう？ 気のせいじゃない？」
「また神の国で子供を産んだんですか？」
「え？」
「そうなのか？」
ラクシュミが聞いた。
「え？ 違うわよ。何もしてないわよ」
ゆりはちょっとあせっていた。
「子供を産んでお礼に何かしてもらったんでしょ？」
今までが今までなので、ミカエルには容易にそういう想像がついているようである。
「王妃ってば、今キラキラしてもしょうがないじゃないですか」
「それで誰の子供を産んだんだ？」
ラクシュミの興味はそこらしい。
「産んでませんって。そんなことしてないの。ただ、その……」
「花びらが落ちてるわ。どこから落ちたんでしょう？」
ミラが床に落ちている花びらに気づいた。知らない内に１枚落ちている。
「王、たまには怒ってくださいよ。王妃は神の国で浮気ばっかりしてるんですよ」
ミカエルがまるで見たように言っていた。
「まあいいじゃないか。ゆりは頑張って子供を産んでるんだから。ガーベラの体で好きなだけ遊べばいい」
ラクシュミは100パーセント本気でそう言っていた。
「王ってばー神と比較される我々はやですよ。それに神様とはもっと仲良くしてるに違いないんですよ〜〜〜」
ミカエルは鋭くそこをついていた。
「あのねー私が遊んでる前提で話をしないでよ」
ゆりはついぶーたれて言っていた。
「じゃあなんでキラキラになったんだ？」
「そうですよ。どうしてです？」
「う……それは……」
ゆりははっきりとは答えられなかったため、二人の中では、すっかりゆりが神様と遊んだことになっていた。
その後二人はすぐに出て行った。ミカエルも今日は仕事のようである。
「ミラ、私、そんなに遊んでそう？」
ゆりはミラに聞いてみた。
「どんどん遊ばれたらいいと思います」
ミラはにっこり微笑んで返した。
「だめだあ、計画はもう中止だわ…」
ミラがいなくなり、ゆりはご機嫌になっているミシェイラを蛇のおもちゃであやしながら、渋い顔をしていた。
結局神様にひっついて気をもらえるかどうかは謎だった。実験しようにもする相手にも問題がある。
神様と仲良くすれば神気が体に入るような感じではあるが、その神気も長い間は体にはとどまらないだろう。
神気を持続させるには神様としょっちゅうやりまくらなきゃならないってことでしょ？ そんなの無理だし、
キラキラになればなるほど、こっちの男には疑われるし……それじゃ私の立場がないし……
その時ノックの音がして、ちょっと開いている扉からイシュタールが顔を見せた。
「イシュタール、おはよう」
「おはようございます。今日も元気で安心しました。それでは」
イシュタールは顔を部屋に入れただけで去って行った。本当にちらっときただけのようだ。ゆりがちゃんといるか、確かめたくてしょうがないようである。
「キラキラにも気づかずに行っちゃった」
神気がほしいことをイシュタールに相談することはできるだろうが、言えば悩ますことになりそうである。
やはり言わないほうがいいだろう。
ゆりの体から出ていた花びらは、昼が過ぎるころには全く出なくなった。ゆりの姿はまだ魅力的には映っているようだったが、
「何もできないのが残念です」と午後出会ったジュノーには言われた。
こっちのみんなとも仲良くしたいんだけどなあ……
神とだけ仲良くするというのはゆりにとっては気が咎めることのようである。
夕方にはゆりの姿は普通に戻っていた。神気があるのかどうかは自分ではわからない。
あればラギに何か言われそうだし、何も言わないってことは神気も消えたのかも？
ゆりはそこで懐かしいことを思い出していた。以前自分にガーベラが入った時のことである。ガーベラの神官がやってきて、ゆりの頭から神気が出ているのが
見えるとそう言ったのだ。
あれって神官とかにしか見えないんだ？ じゃあ今も頭からちょっとくらいは出てたりして？
ゆりはつい自分の上を見ていたが、自分ではさっぱりわからなかった。
次に神の国に行けたのは、ハロルドと仲良くなってから５日後のことだった。
そのころにはもうゆりは神様に神気をもらうのが面倒になっていた。
ガーベラになっている時は、自分の問題はあまり持ち込みたくない。
せっかく神の国に来たのだから、ただ楽しみたいと思ったのである。第一ハロルドにすぐに会いに行くのも気が進まない。
かといって他の神様に引っ付いていたら、絶対誘っていると誤解されるだろう。
「まあいいや。そうだ。ジンラの顔を見に行こう！」
原っぱにいたゆりは瞬間移動し、ぶどう農園にやってきた。少し離れたところにジンラがいた。
ジンラ……
ジンラはぶどうを眺めながら実に触れている。
ゆりは木の影からそっとジンラを見ていた。ゆりはいまだにジンラに対しては憧れのような感情を抱いている。
普段のラクシュミはそんなに笑って話をするほうではないので、穏やかでいつも微笑んでくれるジンラは、ゆりにとっては癒しの存在でもある。
ジンラを見ていたら肩をちょんちょんとたたかれた。横に小さいクーリーフンがいた。
「なにしてるの？」
クーリーフンが聞いた。
「ジンラを見てるの」
「どうして？」
「まあいいでしょ。うふふ」
ゆりはクーリーフンの肩をぽんとたたいていた。
「あ、そうだ。マリカは元気になった？」
「まだ泉にいるみたいだよ」
「そうなんだ」
「あのさあ、ラーズがね、お母さんにすごく会いたがってたよ」
クーリーフンはゆっくりした口調で言った。
「ラーズ？ 何か用かしら？」
「さあ」
「じゃあ会ってくるわ」
ゆりは疑いもなく消えた。
「……ふふ」
クーリーフンは幼児らしからぬ顔で笑っていた。もちろん、中身がゆりだと知って行かせたのである。
ラーズがゆりだと気づいて話をするのか、それとも全く気が付かないのか、ガーベラの中身が時々入れ替わっていることが
ばれた今となっては、かなり興味を引かれることである。
「ラーズは気づくかな？ どうなるだろう。楽しみだなあ」
クーリーフンは楽しそうな顔で飛んで行ったのだった。
つづく
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