第44話
虹から生まれた７人の妖精たちは、神の国をあちこち探険して雲の上の神殿にもやってきていた。
７色の鮮やかな少年たちはその場にいるだけで目を引いた。彼らがぞろぞろ神殿の中に入っていくと、中にいた神々もびっくりしている。
７人がアシュランの間で「はじめまして」とそろって挨拶すると、アシュランも驚いていた。妖精たちは虹の色の順番に並んでいる。
「妖精か？ また同じような顔のがいっぱいできたな……」
アシュランは妖精を赤いのから順に眺めていた。
「ようやく出てこれましたので、これからはどうかよろしくお願いします」
赤い妖精が言うと、残りの６人は口をそろえて「よろしくお願いします」と言った。
「なんとも派手だなー……ラーズとガーベラからできたのか？」
「僕たちは虹の中にずっといたんですよ。でも僕らの力じゃ出られなくて、ラーズの力を借りてやっと出れました」
赤い妖精が言った。
「長かったなあ……」
「でも出られてよかったよね」
「うん」
「でも元はといえば……」
妖精たちが話している時にアリアスがやってきた。
「なんだか胸騒ぎがしてきたんだが……わっなんだ？」
太陽の神アリアスは、中にいた７人を見て目を見開いた。
「随分派手だな」
「あ、元凶」
赤い妖精がアリアスに言った。
「？」
「パパだ」
「お父さんだ」
「ダティ」
「パパがやり捨てするからこんなことになったんだっけ」
「もうパパったらさあ、やり捨てはひどいよう」
「ラーズよりも悪いのはパパだよね」
「そーだね」
７人が次々と話していたが、アリアスはさっぱりわからなかった。
「こいつら何を言ってるんだ？」
アリアスはアシュランに近づいて聞いた。
「私もさっぱりわからん。おい、最初から説明しろ」
アシュランは妖精たちに命じた。
赤い妖精が一歩前に出た。７人のリーダーはやはり赤い妖精らしい。
「もう随分前ですよ。何千年も前ですけど、アリアスとダーナが空の上でひっついて、僕らができたんですよ」
「え？」
アリアスは目をまん丸くしていた。
「なんだそれ」
「その時は一人だったんですけどね。たぶんその時は光の妖精だったのかなあ？ 妖精の形を作れないまま、その下にあった虹に落ちて、
虹の中に入っちゃったんですよね。そしたら出られなくなっちゃって。時が経っていつの間にか７人に分裂したんです。
それでしょっちゅう近くに来ていたラーズに合図らしきものを送っていたんだけど、全然気づいてくれなくて。ラーズのおかげでさっき出られたんですよ」
「正確には気づいたのガーベラだけど」
紫の妖精が言った。アリアスもアシュランも口をぽかんと開けたままである。
「それは大変だったなあ……」
アシュランはつい同情気味に言った。
「本当のことなのか？」
アリアスは戸惑っている。
「パパがすぐに気づいてくれてたらなあ」
橙色の妖精が言った。
「ラーズの羽でこうなったんだけど、パパの力で出られたら、みんな金色だったのかな？」
緑の妖精が首をかしげていた。
「それとも一人に戻ってたのかも？」
黄色い妖精も同様である。
「……ってことは、初息子か。やったじゃないか。一気に７人もできた」
アシュランはアリアスの肩にぽんと手を乗せた。
「はー？ 私は息子はいらん」
「ひどい」
「あ、いらないから捨てたの？」
「ひどい」
「ひどいひどい」
「僕らずっと閉じ込められてたのに……」
とたんに妖精たちがしょんぼりしだして、アリアスの顔が引きつっていた。
「悪かった。妖精ができたなんて全然気づかなかった。本当に悪かった」
アリアスは言い直した。
「空の上って、お前たち馬車の中でしたんだろ。興奮しすぎて妖精が生まれたのにも気づかなかったんだな」
アシュランはあきれていた。
「随分前のことだろ？ 全然覚えてない。ラーズはどうやってお前たちを出したんだ？」
アリアスは苦い表情で聞いた。
「僕らは神気を高めた物が何か必要だったみたい。ラーズが７色の羽をくれて、それで出られたんだよ」
「そうか。ならラーズには礼を言わなきゃな」
「でも気づいたのはガーベラだよ。ガーベラは自分たちの子供ができるんじゃないかと思ってたようだけど」
「それでラーズを興奮させまくってたね」
「うん」
「今日のガーベラは冴えてたよ」
「僕らもついてたね」
妖精たちが次々と言った。そこでアシュランは何かに気づいたように上を向いていた。
「そうか。なら礼はガーベラに言おう」
アリアスはまだ自分の息子ができたということに実感がわいていなかった。ダーナとの間に大勢妖精や神がいるが、皆女である。
初めて息子ができたという感動もまだ全然ない。だが、虹に閉じ込められていたというのなら、娘ならかわいそうなので、息子でよかったか、とも思っていた。
その後アリアスはガーベラの神殿にやってきた。
７人の妖精たちは別々に行動はしたくないらしく、そろってダーナに会いに行っていた。ダーナは大喜びに違いない。
ガーベラの神殿にいたラーズはガーベラと一緒に話を聞き、びっくり仰天だった。
「なんだよそれ。じゃあ私のせいじゃないじゃないか。悪かったと思ってたのに、落ち込んで損した」
ラーズはぶつくさ言っていた。
「全然落ち込んでなかったじゃない」
とガーベラ。ガーベラとラーズはさっきまで仲良くしていたところだった。
「でも、虹の妖精っぽいのにラーズの妖精じゃないなんてねえ」
ガーベラはまだ妖精を見てはいなかったのだが、自分の息子じゃないのでちょっとがっかりしていた。
「そうだよな」
とラーズ。
「まあ、虹ってのは太陽の力がないとできないものだからな。お前は私に属する神だし、だからお前が私を助けるってのは道理に合ってる。
おかげで私の力があがった。ありがとう」
アリアスはラーズの肩をぽんぽんとたたいていた。
「なんか納得できないなあ」
ラーズは不満顔である。
「でも、アリアスは空を飛んでる時は下の虹はみないから虹の訴えには気づかないだろうし、あの子たちにはラーズが頼りだったのよ」
ガーベラがラーズの腕をなでながら言った。
「責めるなら父親を責めてほしいよ」
「私だって散々言われたぞ」
「初めての息子ね、おめでとう。ねえ、私のおかげなんでしょ？ じゃあ何かちょーだい」
ガーベラはかわいらしくアリアスに言った。
「なにがほしいんだ？ 私の熱い抱擁ならいくらでもやるが」
ガーベラは情事のあとだったので、部屋の中にはいい匂いが充満していた。アリアスもちょっとその気になっているらしい。
「いらんいらん」
ラーズはガーベラよりも先に言って、しっしとアリアスを追い払っていた。
「何か考えておくわね」
「ああ、それじゃあな」
アリアスは出て行った。
「残念だったわね」
ガーベラがラーズに引っ付いて慰めるように言った。
「まあいいさ。結局、どっちの妖精でもたいしてかわらないしな」
ラーズはあっけらかんとしている。
虹は太陽の光によってできる。ラーズに属する妖精や神が増えても、それはアリアスの力の増加につながるのである。
虹の女神サーラができた時も、アリアスは喜んだのだった。
妖精が増えることは、この世界を支える力になるので、アシュランや他の神々にとってももちろん喜ばしいことである。
「アリアスに何をもらうんだ？」
ラーズがガーベラを抱きしめて聞いた。
「そうねえ。何をもらおうかしら？」
ガーベラはにこにこしながら（あの子は何が喜ぶかしらね〜？）と考えていたのだった。
さて、人間界では、その日は雨で、ゆりはキラキラを隠そうと部屋にこもっていた。子供たちにはばれていたが、今日は恋人はシャナーンしか
こなかったので、神の国で何をしたのかと問い詰められることはなく済んだ。ゆりは朝出会ったラクシュミには、「ミカエルには絶対言わないでね」と
頼んでいる。
この日もゆりの体からはいい匂いの花びらが数枚落ちていた。神気が出ているかどうかは自分では謎だが、やはり、ラーズと交わった時に高まった神気の
あまりがこちらに一緒にやってきたのではないかとゆりは思っていた。
一人でも神気を高めれば持ってこれるんじゃない？
そうゆりは思ったが、ガーベラが神気を高めるには、やはり興奮しなければならないだろうし、一人で興奮するってのも微妙である。
「うーん、難しいなあ。どうすれば神気が継続できるのかなあ？」
ゆりは部屋でレーヌをあやしながら一人であれこれ考えていた。
蛇の目のゆりからすれば、「悩むくらいなら神様に一晩頼めば？」と思うのだが、黒目のゆりはそうする気はないようだ。
「でも抱いてもらえば神気が一生体に残るってのもなんか変よね？ もしや、神様に抱いてもらうと、体の中に加護の印みたいなのが残るとか、
そういうこと？ それなら納得できるけどね。サラディンの加護はもらってるけどなあ？？ それとは別なのかしら？」
蛇の目のゆりもあれこれ考えたが、どうにもわからなかった。
その次の日も朝からずっと雨が降っていた。昨日も今日も朝イシュタールは来なかった。
半分火の妖精だけに雨の日は思うように力が使えないようである。
ゆりも昨年の梅雨の時期は体調を崩していたが、今年に入ってから雨の日は大丈夫だった。あれはたまたまだったようだ。
夕方には雨が上がり、太陽の光がさしてきた。
「虹だ！ 綺麗な虹が出てるよー！」
子供たちの歓声が聞こえてきて、シスが部屋にやってきた。
「母様、外に連れて行ってあげる」
ゆりはあわててレーヌを抱っこして、シスが瞬間移動で城の前方側にある3階の部屋のベランダに連れてきてくれた。
北の空に、大きな虹が二重になって現れている。
「わあ、虹が二つある。綺麗ね」
ミシェイラ以外の子供たちはみな空を飛んで虹を眺めていた。ロイはかなり高いところまで飛んでみている。
「ミシェイラはいないの？」
ゆりが近くを飛んでいるシスに聞いた。
「ハザーク様と一緒に別の塔から見てるよ」
「そう」
北の方は青い空が広がっている。大きな虹を見上げながら、ゆりは神の国で生まれた妖精たちを思った。
名前は決まったかな？ 今頃はどこにいるんだろう？
「わーサーラだ。かわいい！」
「え？」
ナナミの声にゆりが子供たちを見ると、確かに虹の女神サーラが子供たちに囲まれていた。
「かわいい！ だっこしたい！」
子供たちはよろこんでいる。
サーラがいるってことはラーズもいるのかな？
ゆりは周りをみたが、ラーズの姿は見えなかった。その時ぱっと目隠しをされた。大きな手である。
「ミカエル？」
ゆりはてっきりミカエルだと思って後ろを向いて、「わっ」と飛びのいていた。
後ろにいたのはラーズだった。
「やあ」
ラーズは笑顔を向けた。
「こ、こんにちは……」
予期せぬことだっただけに、ゆりはどぎまぎして挨拶していた。
ゆりは神の国でラーズといろいろ仲良くしたことを思いだし、ちょっと恥ずかしくなった。ちらりと子供たちを見ると、子供たちはサーラに気を取られていたので、
誰もこちらを見ていなかった。
「きょ、今日の虹もきれいですね」
「そうだね。それ、つけてくれているんだね」
ラーズはゆりの左手に巻いていた手首の飾りを見ていた。
「はい」
だが、ひもでできた飾り物なのでどうしても汚れてしまい、何度か洗ったので、よれてしまっていた。
「新しいのあげるよ」
ラーズは７色のグラデーションになっている飾りをゆりに渡してくれた。
「うれしい。ありがとう」
「じゃあお礼に口づけて」
「え？」
ラーズが身をかがめて顔を寄せてきたので、ゆりはかなり混乱していた。
ゆりが知る限り、ラーズはこういうキャラじゃないはずである。
私をからかってるのかな？
そんなことをせがむなんてどう考えても変だ。
ラーズはちょっとにやにやしていたが、ゆりが石のように固まって動かなくなってしまったので、自分からゆりの右の頬にちゅっとキスしていた。
「わっ！」
「それじゃね」
ラーズはキスすると飛んで行ってしまった。
「あ！ ラーズだ！ ラーズもいた！」
「ラーズ！」
「クーどこー？」
ミシェイラも外に出てきていた。サーラとラーズは一緒になって虹の方角の方を飛んで行ったのだった。
「あー……あー……」
ゆりの腕の中ではレーヌが声を出していた。
「すごくびっくりしたね。どうしたんだろう？」
ラーズがあんなことをするなんて思わなかったので、ゆりはすごくどぎまぎしていた。
妖精がいっぱい生まれて相当ご機嫌なのかな？ なんだかうれしいなあ……
ガーベラの時ではなく、生身の自分にキスしてくれたので、ゆりはうれしい気分だった。
「レーヌ、虹が見える？ ラーズってやっぱり素敵な神様よね〜〜」
ゆりはレーヌに虹を見せながら、しばらくにやにやしてしまったのだった。
ラーズとサーラは、空の高いところで７人の妖精たちと合流していた。
「これが人間の世界かあ……」
７人はしげしげと下の世界を見下ろしている。
「次に行こう。来るかい？」
ラーズが７人に聞いた。
「もっちろん♪」
７人はラーズよりも先にびゅっと飛んで行った。７人が移動すると、光の残像が虹のように残っていた。
「いっぱいでよかったね」
サーラはうれしそうだ。
「そうだな。楽しいな」
ラーズも微笑んでいた。
「またな、ガーベラ」
ラーズは城の方角を見下ろして言ったが、聞く者はいなかった。
その夜のことである。ゆりは自分の部屋のベッドで眠っていた。横の小さいベビーベッドではレーヌもぐっすり眠っている。
目を閉じていたゆりは、金色の輝きがキラキラ降ってくるのを感じた。
（目を開けたらなんだか怖いことになりそう……）
ゆりは何かの気配に気づいたものの、そう思い目を閉じていた。すると鼻をつままれて、ゆりは目を開けた。目の前にどんとあったのはハロルドの顔である。
しかも上半身がゆりの上に覆いかぶさっている。
「よ……ばい？」
ゆりは恐る恐る聞いた。まさかハロルドが夜中にやってくるとは。
「違う」
ハロルドは何かを耳に当てたまま答えた。よく見ると、巻貝を耳にあてている。ゆりが横を見ると、巻貝はなかった。
ハロルドの体はうっすらと金色の光に包まれて見えた。
「これ、誰にもらったんだ？ てっきり私がやったやつかと思ったが、違うじゃないか」
ハロルドは巻貝を耳から外して聞いた。ハロルドがくれた巻貝とは、ハロルドの怒鳴り声が入った巻貝である。さすがにゆりもあれを枕元に置いて寝る
気にはなれない。
「え、あ、それ、匿名で神様がくれたの。誰だかわかる？」
「…………」
ハロルドはゆりの上に半分乗ったまま巻貝の歌を聞いていた。
「ねえ、だれ？」
「知らん」
「えーわかったんでしょ？ ラーズ？」
ゆりはついラーズの名前を出していた。
「さあな。ラーズといえば、お前あっちで何かしたろ？」
ハロルドはゆりの上からどいて聞いた。ハロルドは巻貝をとるために覆いかぶさっていただけだった。
ゆりは体を起こしたが、その問には無言である。
「神気が見えるぞ」
「え？ 本当？」
ゆりはきょろきょろしていたが、やっぱり自分では見えなかった。
「じゃあちょっとは持続してるんだ」
「お前……実験のためにラーズと寝たのか？」
ハロルドはちょっとあきれた様子である。
「まさか。違うわよ。子供が生まれそうだったんだもん。だから、女神としてがんばったの」
ゆりは正しいことをしたと主張したいかのように言っていた。ゆりは横を見てはっと口を閉じた。
あまり大きな声を出すと、レーヌが起きてしまうだろう。ハロルドがさっと右手をあげた。レーヌにきらきらしたものが落ちてきた。
「なにをしたの？」
「その子には聞こえないようにした。全くお前って女は……」
ハロルドはぶつぶつ言っていた。
「それで、今日は夜這いじゃないなら何をしに来たの？」
ゆりは天下の軍神に聞いていた。
「神気のことを聞いてきたんで、お前に話そうと思ってきたんだ」
「神気？」
「カサンドラにいろいろ聞いてきた。人間に神の加護があると、あっちの世界には連れていかれない。さらに、あっちの世界の力にも強くなる効果がある。
今回お前がわりと早く回復したのは、サラディンの加護がついていたおかげでもある。人間が神気を帯びると、それに似た効果があるようだ。
だが、人間が一生神気を帯びたままでいるってのは無理だと言っていた。神が人間を抱けばどうのって話は、抱けば情がわいていろいろしてやりたくなる
からだって言ってたな。神が人間を抱けば一時期神気を帯びるかもしれないが、人間にも気ってのがあるからずっとは無理らしい。
それから、たとえ神の加護があっても、普通の武器で攻撃されたり病気になれば当然死ぬからな」
ゆりは頭の中でハロルドの言葉の意味を考えていた。結局、生身で神に抱かれても、神気をずっと体に入れることはできないようだ。
「じゃあなんでアシュランはあんなことを言ったのかしら？」
「アシュランだけは、強力な守護印というのを人間にやることができる。それは人間が神気を帯びるのと同等の力だろうな。それがあれば、あっちの神の
攻撃だろうがふせぐだろう。アシュランはお前が私を選べば、その力をお前にやってもいいようなことを言っていたが、普通の人間にそんなことを言うなんて
やはり信じられない。アシュランはお前のことを気に入りすぎてるような気がする。いや、気に入った上でからかってる」
ハロルドは、真面目な瞳を向けていた。
「実は……私がガーベラになってるのばれてるかも」
ゆりがつい暴露すると、ハロルドの目が極限まで見開いていた。
「本当なのか？」
「女神に入って神と寝ても神気がもらえるって言ってた」
「なにー？」
ハロルドは驚きのあまり立ち上がっていた。
「お前、それを早く言え！」
「だって、言ったらハロルドに激怒られすると思ったから〜」
「……よく平気でいたな」
「全然怒ってなかったわよ」
ゆりはあっけらかんと言った。
ハロルドにとっては開いた口がふさがらないとはこのことである。
「お前、アシュランを甘く見ない方がいいぞ。あれは恐ろしい奴だ。何を考えているのやら、私でさえわからないことが多いんだ。
アシュランにばれたのによくガーベラになれるな」
「いまのところは、好きにしろって感じみたいよ？ でも、ガーベラになって神気をもらっても、ずっと神気をためとくのは無理みたいね。このことにも裏がある？」
「わからん……なんか頭が痛くなってきた。帰る」
ハロルドは頭を押さえていた。
「これだからお前にかかわるのはやめようかと思ったのに……」
ハロルドはゆりに背中を向けてぶつぶつ言っていた。
「ねえ、最後に愛の抱擁して」
ハロルドが目を向けると、ゆりの左目はちょっと変わっていた。ゆりはベッドから降りて両手を出している。
「いまは全然そんな気ない」
ハロルドはつれなく言った。
「私たちのこと好きでしょ？ 今日だって、本当は会いたいからきたんでしょ？」
蛇の目のゆりは自信満々に聞いていた。
ゆりが近づこうとすると、「図にのるな」とハロルドはゆりの顔を押していた。
「あ、ひどい。ラーズはちゅーしてくれたのに」
ゆりが傷ついた表情で言うと、ハロルドの表情がまた変わっていた。
「ラーズが？」
「今日頬にちゅってしてくれたの」
「ラーズにも頼んだのか？ お前ばかじゃないのか？」
「違うわよ。何も頼んでないわよ。あっちからしてくれたの」
「なぜだ」
「ご機嫌だったからじゃない？」
ハロルドはいぶかし気な表情で腕を組んでいた。
「さては、選んだ男はラーズなのか？」
「え？」
「寝たい神で一人選んだろ？ ラーズだろ」
ハロルドは鋭い瞳でゆりを見ている。
「……違うわよ」
「じゃあだれだ」
「あれは、アシュランの話に付き合っただけだから、まあいいじゃない。本当にそんなことしないし」
ゆりの目が泳ぎだした。
「アリアスか？」
「いえ。実はジンラ。王様に似てるし」
「違うな」
ハロルドはずばり言った。
「アシュランが拍子抜けするような名前だったはずだ。言え」
ハロルドの視線があまりに怖かったので、蛇の目のゆりはついに「グレン」と口に出した。
「グレンだと？」
ハロルドはかなり大げさに驚いていた。
「あっちの私は、普通の人間らしい回答がグレンだってさ」
「ばかか。普通の人間がグレンを選ぶわけないだろ！」
ハロルドはつい声を荒げていた。
「なんでよ。そこまで言ったらグレンがかわいそうでしょ」
蛇の目のゆりはグレンの味方をしている。
「お前、さてはグレンと寝たのか？ やっぱりあの子は寝てできたんだろ！」
「寝てないわよ。だけどグレンだって立派な神様じゃない」
「神といってもあいつはおまけみたいなもんだ」
「ひどい」
「はあ……」
ハロルドは大きなため息をついていた。
「お前たちの頭の中はどうなってんだ？ その中を見てみたい」
ハロルドがゆりの頭をつかみたそうに手を出していたので、ゆりはつい頭を押さえていた。
「ガーベラになってる時神気は見えないのか？ グレンと他の神じゃぜっんぜん違うだろ？」
「あっちの私はそういうの全然気にしない人だからねえ」
蛇の目のゆりは他人ごとのように言っていた。
「ちなみに私だったらハロルドを選んでたけど」
蛇の目のゆりはそう言ってみたが、ハロルドの顔が笑顔になることもなかった。
「なんかいろいろ考えるのが面倒になってきた。お前、もう一度アシュランに会え。そして、『やっぱり守ってほしいから相手はハロルド様で』って言え。
それで、私がアシュランから力をもらって、お前に守りの力をつければ、それでもう全部終わる。綺麗に終わる。そうしろ！」
ハロルドは早口で言った。
「今更そんなことできるかなあ」
「できる！」
「でも、あっちの私はハロルドとこの体で仲良くなりたいと思ってないし……あなたが嫌なんじゃなくて、自分に自信がないからって理由でね」
蛇の目のゆりはさりげなくフォローしながら言った。
「じゃああっちのお前には内緒にしとけ。ただし、そうなったらもう、私だけにしてもらうからな。他の神とは金輪際引っ付くな」
「えー……」
ゆりは思いっきり引いていた。
「当たり前だろ」
「それじゃガーベラになる楽しみが……やっぱりこのままでいいです」
ラーズとまた仲良くなりたかったゆりは、ついそう言った。ハロルドの眉間にはしわがより、こめかみはぴくぴく動いていた。
「だってね、ガーベラでいるときは制約されたくないの。自由だったから、ああしてハロルドとも仲良くなったんだしね」
ゆりが引きつりながらも笑みを浮かべて言うと、ハロルドが笑った。だが、かなり怖い笑みだった。
「そうだ。愛の抱擁がほしいんだったな。やる」
「え？ いえ、もういいです」
ゆりは後ずさっていた。
「なぜだ？ この前みたいに私の上で腰を振ればいいだろ」.
青い瞳はまっすぐゆりを見下ろしている。
「無理です」
ハロルドはぱっとゆりの体を捕まえて、ベッドの上に押し倒し、上に乗っていた。
「誰も抱いてくれないから神の国で発散してるんだろ？」
「そういうわけじゃ……」
「抱いてやるって言ってるんだから喜べ」
「いえ、チューだけでいい。チューだけで！！！」
ハロルドは左手でゆりの両手をおさえたまま、右手で寝間着をたくしあげようとしていたので、ゆりは絶叫していた。
「もしかして、ラーズと仲良くなったこと、怒ってる？」
ゆりはそんな気がしたので聞いてみた。
「なんか、外でしたんだって？ 現場を見た妖精が数人昇天したらしいぞ」
「えー……」
「お前欲求不満すぎるぞ！ そんなにしたいならこっちにくればいいだろ」
「そういうわけじゃ……むぐ」
ハロルドは唇を合わせていた。念願のチューだが、ゆりは喜ぶどころじゃなかった。ハロルドは強引にゆりの口の中に舌を侵入させると、
ゆりの舌をからめとり、次にゆりの舌にかみついていたので、ゆりは「いてててて」と声をあげていた。ハロルドが顔を離した。
ゆりはかまれた舌を出していた。
「さっきの話、考え直したか？」
ハロルドはすぐ近くに顔を寄せたまま聞いた。整った顔はいつもならばうっとり見つめたいほどだが、今はもうちょっと離れてほしいとゆりは思っていた。
鋭い青い瞳が怖すぎる。
「さっきのって、ハロルドだけにしろって話？ そういうことは向こうとじっくり検討……ぎゃっ」
ハロルドの手がゆりのショーツをずいっとずらしたので、ゆりは声をあげて足をばたつかせていた。
「私と一つかけをするか？ もしお前が今、あの時のように私を翻弄できたら、他の神としてもいいぞ」
「いっ？ それって、私にいいこと何もないじゃない」
ゆりは両手を押さえつけられたまま言った。
「あるだろ。お前は欲求不満を解消できるし、アシュランの守りももらえるじゃないか」
ゆりはすっかり欲求不満だと決めつけられている。
「その上今まで通り他の神といちゃつける。ほら、ガーベラの意地を見せてみろ」
ハロルドは怖い目で楽し気に言っていた。
「いえ、遠慮します」
ゆりははっきり言った。
「威勢がいいのはガーベラの時だけか」
「だってかけで愛し合うなんて私にはできないし……」
「よく言えるな」
ハロルドは一喝していた。
寝室の窓が明るくなり、カーテンの隙間から日差しが差し込んできた。
「あー重かったなあ」
大きな袋を担いで現れたクーリーフンは、寝室の中を見てぎょっと目を見開いていた。
「……何をしてるのか、聞いてもいい？」
クーリーフンは恐る恐る聞いた。
その声にゆりが顔を向けた。ゆりは両手をあげたまま縛られ、足首も紐で結ばれていた。うつぶせになっていたが、お尻の上まで寝間着はあがっていて
お尻は丸見えだった。下着は足首のところでひっかっかっている。
「あー、最初に会うのがクーリーフンでよかったあ。いや、よくないけど、お願い、ひもを外して〜〜〜」
ゆりは情けない声でクーリーフンに頼んでいた。
「一体どうしたの？」
クーリーフンは紐を外しながら聞いた。
「ハロルドがね、私たちがラーズとひっついたから怒ってやってきてね、こんなことしていったの」
ゆりは半泣きであっさり説明した。
「そ、そうなんだ？」
あまりにも衝撃的な場を見てしまったので、さすがのクーリーフンも笑みを引きつらせている。
「あー疲れた。侍女に見られなくてよかったあ」
ようやく両手両足の紐を外されて、ゆりは両手をぶらぶら揺らしていた。クーリーフンにお尻を見られたのも恥ずかしすぎるが、侍女に見られてラクシュミに報告
される方がもっといやだった。
蛇の目のゆりは、あのまま黒目のゆりに変わるのはあまりに悪いと思ったので、ずっと自分が出ていたのだった。
ショーツを下げて行ったのはハロルドだが、お尻が見えていたのはハロルドがしたせいではない。布団を体にかけようと足を動かしていたのだが、
かけられずに、寝間着が上にたくしあげられてしまったのだった。
ゆりは布団で身体を隠してもぞもぞとショーツもはいていた。
「他にはされなかったの？」
「他はされなかったの。舌はかまれたけど」
「そう、まあ、よかったのか悪かったのかわからないけど、変なものに変えられなくてよかったね」
クーリーフンは一応ゆりを慰めていた。
「恥ずかしい。このことはあっちの私には言わないでね。私もう寝る」
「あ」
ゆりは目を閉じてぐでんと寝てしまい、すぐに目を開いた。
「あれ？ クーリーフン、……？ なんか手と足が痛い。舌もひりひりする。どうしたんだろう？」
黒目のゆりは、途中からのハロルドとのやり取りをまったく知らなかった。
ゆりは身体を起こして、手首が赤くなっているので不思議がっている。クーリーフンはそれについて説明することもできずに、
「とりあえず、僕の用事をすませていいかな？」と聞いていたのだった。
つづく
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