第49話

レーヌの特殊能力には一同びっくりだったが、その後子供たちがどんなにレーヌを抱いても、レーヌがみなの気を奪うことがなかった。

何か望みがない時は、そういう能力も発動しないらしい。

レーヌの瞳が本当に金色になるのか、ゆりもラクシュミも実際に見てみたいのだが、あれから瞳が変わることもなかった。

「まさか私の力を継ぐ子供ができるなんてねえ……」

ゆりはレーヌを見て何度も同じことを言い、驚いていた。同じ両親から生まれたのに子供たちはそれぞれ個性を持っている。

子供というものは実に面白いものである。


６の月も終わりに近づいていた。夜出歩くにはいい季節である。

時刻は深夜だが、もう分厚い上着も必要ない。夜出歩くドルイドにとっては、ありがたい季節である。

ベッドの下に置かれた服は季節ごとに変えてくれているようで、ドルイドが今来ている上着も、以前よりは薄い生地である。

ドルイドは過去の世界できていた服よりは各段に地味な、黒系統の服装を着ていた。

不思議な縁で大人になり、もう一年以上が経っている。いまだゆりもハインリヒもドルイドのことを知らない。

シスには申し訳ないことをしている、と思っているドルイドだったが、今更どんな顔でゆりに会えばいいのかもわからない。

あの時のゆりとの別れはとても美しく、今も大切な宝物としてドルイドの心に残っていた。

ときどき大人になることを望んだのは自分である。大人でなければできないことがある、そう思ったからこうしたのだ。

ときどき心が揺らぐものの、この夜は、ドルイドはシスの部屋を訪ねていた。

久々にドルイドに会ったシスは大喜びだった。

「前回来た後、母様に子供が生まれたんだよ。女の子だよ。レーヌっていうんだよ」

シスはまず、ゆりの出産の報告をしていた。

「そうですか。ゆり様はお元気ですか？」

「元気だよ。そのほかにもいろいろなことがあってねえ」

『では古代語でお願いします』

「ええー」

すぐ話したかったシスだが、仕方なくたどたどしく古代語で話していた。話す速度が遅くなるのはしょうがない。

ドルイドに助けてもらいながら、ようやくゆりの石像がどこかに行って戻ってきたことを説明していた。

『ゆり様の石像ですか……』

ドルイドはその話に、過去のゆりの石像のことを懐かしく思い出していた。

『ドルイドも見てくればいいよ！』

『そうですね。勝手に博物館に入ってもいいんでしょうか？』

『いーよいーよ』

シスはうなずきながら言っていた。

ドルイドがふいにぷっと笑っていた。

「どうしたの？」

シスは普通に聞いた。

「ハインリヒですよ。今日も城にいるでしょう。私のことを気にしてるんじゃないでしょうか？　もしかしたら来るかな？　と思ってるんですが……」

「そんなこともわかるなんですごいね。ドルイドの気だったらすぐわかるんじゃない？」

今も、ドルイドは故意に気の質を変えていた。そのせいで、ドルイドとハインリヒの間には、微妙な緊張感が漂っているのだ。

「それではあまりにねえ……まあこういうどきどきも面白いですが……」

ドルイドは楽し気だった。どうやらハインリヒが来たら来たでいいと思っているようだ。

「ドルイドってば、あまりいじめたらハインリヒがかわいそうだよ。ただでさえ大びっくりなことなんだからさ」

「いいですよ。昔いじめられましたからね」

ドルイドは肩をすくめて言っていた。


ハインリヒが部屋を訪ねてくることはなく、ドルイドは城から出て行った。

ドルイドは少し庭園でたたずんでいた。ハインリヒが来るのかどうか、ちょっと試してみたかったのである。だが、５分ほどいてもハインリヒは現れなかった。

眠ってしまったのかもしれない。

「ほっとするような、ちょっと残念なような……変な気持ちだな。そうだ、博物館に行ってみよう」

ドルイドは移動した。

実際にハインリヒを目に前にどう反応すればいいのか、ドルイドにもわかってはいない。

ただ、昔と比べて一族の気が薄いこの世界にハインリヒがいるということが、今のドルイドにとっては、心強いことでもあった。

父だなどと思えるわけはないが。


ハインリヒは違う世界でいろいろ苦労もしたんだろうなあ……いや、その苦労も楽しいと感じる性格かもな……


博物館にやってきた。当然中は真っ暗である。ドルイドは一階の奥の部屋の真ん中に、ゆりの石像を発見した。

「ゆり様……」

はっきり見たかったドルイドは、魔法で手の上に小さな炎を浮かべて、ゆりの顔を見た。

赤ん坊を抱いたゆりは優しく微笑んでいる。

「素晴らしい石像だ……」

ドルイドは久しぶりに立っているゆりを見てうれしくなった。石像は今にもこちらに顔を向けそうである。

ゆりの姿は過去の世界であった時と、なんら変わるところはない。

ゆりの石像に気を取られていたドルイドは、博物館に入ってきた人物に気づかなかった。気づいた時には少し離れた所にその人物はいて、自分を見ていたのである。

「あ……」

同じ部屋にいたのはシャナーンだった。シャナーンはかなりドルイドを見て驚いているようである。

ドルイドの手から炎が消えた。部屋の中は闇に覆われた。

「どうもこんばんは」

ドルイドはなんといっていいやらわからず、ついシャナーンに挨拶していた。

「……どういうことでしょうか。あなたからドルイド様と同じ気を感じるんですが……」

ドルイドはすっかり自分の気のままだった。もう誰にも会うことはないだろうと油断していたのである。シャナーンもさすがに、自分が出会った男の気質を

覚えていたようだ。

「…………」

「もしや、以前に噂になった、敵を倒した謎の男はあなたですね？」

シャナーンはそこまで頭を巡らせていた。

「答えてください」

「……すいません。私のことは黙っていてください。今のところ、私のことを知っているのはシス様だけなんです」

「ええ？　やはりドルイド様なんですか？」

「父の望みだと思って聞いてください」

「え……」

ドルイドは消えた。シャナーンはかなり戸惑っているだろうが、つい、説明するのが面倒で逃げてしまったのである。

「父の望みか……私も勝手なことをいうなあ……」

自分の子蛇がいるシャナーンについそう言ってしまった。


まあシス様に聞くだろうし、彼が元気そうでよかったな……


ドルイドはその後自分の屋敷に帰ったのだった。



次の朝、王の間の外でシスはハインリヒに出会っていた。ハインリヒは挨拶した後、じーとシスを見ていた。

「どうしたの？」

シスは何食わぬ顔で聞いてみた。

「昨晩、この前と同じ男がいたでしょ？」

ハインリヒはちょっとかがんで小声で聞いていた。

「うん。いたよ」

シスはあっさり答えた。

「何してたんですか？」

「勉強だよ」

「あんな夜にですか？」

「彼は忙しくてあんな時間にしか来られないんだよ。今度ハインリヒも来る？　相手がだれか知りたいんでしょ？」

シスはこう言ってみた。

ハインリヒは意外そうな顔をしている。

「おや、私が行ってもいいんですか？」

「別にいいよ。お勉強してるの見に来れば？」

シスはそう言ってにやりと笑った。

内心どきどきである。


もう早く出会っちゃってよ！　僕もみんなに言いたいんだよー！！


と心のうちでは絶叫していた。ハインリヒが何か言おうとしたとき、

「シス様ー！！！」

という絶叫が聞こえてきた。二人が顔を向けると血相を変えた顔でやってきたのはシャナーンだった。

「ちょっと来てください。すいません」

シャナーンはハインリヒに頭をさげて慌てるようにシスを連れて瞬間移動していってしまった。

「なんだ？」

ハインリヒは首をかしげていたのだった。



そのころ、ゆりの部屋では、「ぎゃー！」というゆりの絶叫が響いていた。

ゆりは棚に立てかけてあったスケッチブックを見て顔を引きつらせていた。

スケッチブックに描かれていたのはゆりの石像である。自分が見られないので、画家に描いてもらったのだった。

昨日絵を見て感動したばかりなのに、今はゆりの顔はひきつりまくっている。

それもそのはずである。スケッチブックのゆりの顔に落書きがしてあった。口は大きく笑い、目もでかくアニメ調になっている。

「ロイー！！！　誰かすぐロイを連れてきて！」

こんなことをするのはロイに決まっているので、ゆりはすぐにロイを呼んでいた。

「ごめん。これ見てたらつい……」

やはりロイだった。

「でも、口はぼくじゃないよ」

「目はあんたが描いたんじゃないのよ。それから、この『ハロちゃん』ってのは何？」

落書きは他にもあった。赤ん坊に矢印が向いていて、「ハロちゃん」と書かれていた。

「これも僕じゃないよ」

「ロイのいたずらが一番でかいわよ」

ゆりはロイの頭をぺしっとたたいていた。ゆりはアナスターシャとナナミも呼んだ。

問いただした結果、口を描いたのはアナスターシャで、ハロちゃんと書いたのはナナミだった。

「アナスターシャ、いい年をして……」

「ごめんなさい。ロイのいたずらを見て、つい……」

アナスターシャが頭をかきながら謝っていた。最初にいたずらをしたのはロイのようだ。

「あなたたちはそろいもそろってなによ。せっかくいい出来だったのにー」

ゆりは変わり果てた自分の絵を見て悲し気だった。

「実物を博物館でみなよ」

ロイがあっさり言った。

「だから見られないって言ってるでしょー！！！」

「なんで？」

ロイが聞いた。

「知らないわよ！」

「ハロルド様、母様にハロちゃんを見られるのが嫌なのよ」

ナナミが真面目な顔で言った。アナスターシャとナナミの中では、ゆりの石像が抱いている赤ん坊はすっかりハロルドの子供になっていた。しかも「ハロちゃん」

と名前までついている。

「だから、違うって言ってるのに」

ゆりが何度言っても、二人はなぜかそう信じているのである。

「ハロルド様、母様よりも母様の石像の方が好きなのかしら？」

アナスターシャがとぼけたことを言っている。

「母様も石像に負けずにがんばってよ」

「次は母様にハロちゃんができるの？」

ナナミとロイも続いていた。そろいもそろって頭の中はどうなっているのだろうか。

「私は王様の子供しか生まないの！」

はっきりと言い切ったゆりだったが、はっとミシェイラのことを思いだして、「ミシェイラは別だけど」と付け加えていた。

「じゃあ、半分ハロルド様の子供を産んだら？」

「強い子供になりそうでいいね」

「がんばってよ。カー様」

３人ともむしろそっちを望んでいるようである。

「もういい。あなたたちと話してると頭がどうにかなりそう」

ゆりはしまいには３人を部屋から追い出していた。

「何がハロちゃんよ、まったくもー」

ゆりは石像の絵の落書きを消したかったが、ペンで書かれていたので消せなかった。

「くーもう。次は見えないところに隠しておかなきゃ」

そこでナナミの言葉を思い出し、ゆりははっと思った。


まさか、ハロルドは、自分の子供だと思って石像に抱かせてるってことはないよね？

それで私に見せたくないってことはありえないよね？

いやがらせの方がましだって！


「まさかね。それはないよね。絶対ない」

ゆりは怖い想像をして身震いし、スケッチブックを閉じたのだった。


つづく

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